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Loyal Tomboy  作者: EN
第九話「白き波紋と、黒き波紋と」
189/245

09-09:○白き波紋と、黒き波紋と[8]

第九話:「白き波紋と、黒き波紋と」

section09「白き波紋と、黒き波紋と」



この時、彼は難題を一つクリアした。確かにクリアした。


・・・だが、彼が心の中に抱き持つ本当の目的を、完全に達し叶え得る為には、更にもう一つ、難題をクリアせねばならなかった。


それは、この赤毛の少女が、本当に本物の皇女様である事を示す「何か」を見極め、獲得し得る事・・・、言質を引き出すなり、何かしらの証拠を見付け出すなりして、それが事実である確証を得取る事であった。


それが出来なければ、この素晴らしき偶然の巡り合わせも、何ら意味無きものとして水泡に帰し落ちてしまう恐れがある・・・と言うより、確実にそう成り終わってしまう可能性の方が非常に高かった。


何故ならば、彼と彼女は、お互いに敵国同士の人間と言う立ち位置に有るのだから・・・。


彼としては、このチャンスを絶対にものにし得ねばならなかった。


彼の中で、一体、何をどのようにして掛かればいいのか、妙的思案が綺麗にまとまり上がっていた訳では無いのだが、だからと言って、いつまでも不毛なる会話に意味無き花を咲かせ散らせ、興じ呆け入り続ける訳には行かなかった。


やがて、ユピーチルは、ここが勝負どころだな・・・と言う思いを、色濃く脳裏に募らせ上げ、腹をくくり据えると、それ以降の会話の中で、自らの手の内に有る攻撃的なカードを、徐々に徐々に彼女の目の前に示し切り出して行く事にしたのだった。


(ユピーチル)

「それにしても、貴女は本当に御美しい方ですね。見れば見るほどに、その初々しき可憐さに、強く強くき入れられてしまいます。」


(セニフ)

「そ、そんな・・・。私なんか・・・。」


(ユピーチル)

「いえいえ。貴女が持つその気品溢れる清楚さは、まるで、水辺の緑園りょくえんに咲く真っ赤なロベリアの花の様に華やかでいて、暖かな春の日和ひよりに吹き抜ける涼やかな薫風くんぷうの様に柔らかい、非常に清々しき印象を受け得る、うら素晴らしき秀逸品です。貴女の魅力に気付きもしない様な男共は、皆、目が節穴であると、そう称し評する以外に、手立てがありません。」


(セニフ)

「あの・・・。えっへへ・・・。えっと・・・。困ったな・・・・・・。そ、そうだ。名前。貴方の名前をまだ聞いてなかった。貴方の名前は何て言うの?」


(ユピーチル)

「これはこれは、大変申し遅れました。私、この街でしがない商人をしております、ユピーチルと言う者です。」


(セニフ)

「ユピーチル・・・。ユピーチル・・・。ふーん。ユピーチルって言うんだ。良い名前だね。」


(ユピーチル)

「・・・。」


ユピーチルはまず、相手の事を、手放しでおだて持てはやす揺さ振りのカードを切り出し、続いて、程良い虚飾きょしょくを塗し被せた真実のカードとなる、自らの名前をセニフに明かした。


しかし、その反応から見て察して取るに、どうやらユピーチルの事を覚えていない様子だった。


勿論、セニフ自身は、やはり何処かで聞いた事のある名前だ・・・と、やや確信めいた思いを脳裏に募らせ上げ遣る事になるのだが、一体、何処の誰であったかまでは、全く思い出す事が出来なかった。


ただ、つい最近、何処かで聞いた様な気がする・・・と言う、直感的な思いだけが、脳裏に色濃く蔓延はびこり残っていた様子だった。


(セニフ)

「・・・あ、そっか・・・。・・・えっと、人に名前を尋ねておいて、自分は名乗らないってのは失礼だよね。・・・うーん。名前ぐらい良いのかな・・・。」


(ユピーチル)

「あ、いえ、どうか、お気になさらずに。ネニファイン部隊のセニフさん。」


(セニフ)

「・・・え?・・・どうしてそれを?」


(ユピーチル)

「実はですね。ここだけの話し・・・、私は美しい女性の瞳を見ると、その人の心の内中を透かし見る事が出来るのですよ。」


(セニフ)

「・・・へ?」


(ユピーチル)

「勿論。冗談です。冗談ですよ。・・・実は私、トゥアム共和国とは、いささか通じ合っておりまして、物資の搬入作業などで、頻繁にパレ・ロワイヤル基地に出入りしたりしているのですよ。週に二、三回程度ですが、それなりに基地内の人達とも、顔見知りと言える関係になりました。」


(セニフ)

「あ~。なんだ。それでか~。・・・って、もしかして、私と直接会った事もある?」


(ユピーチル)

「ええ。ありますとも。」


(セニフ)

「へ~。そっかそっか。・・・だからなんだ。さっきからずっと、貴方の事、何処かで見た事があるなぁって、そう思っててさ。パレ・ロワイヤル基地の中でか~。ふーん。パレ・ロワイヤル基地の中ね~・・・。パレ・ロワイヤル基地の中~・・・。」


ユピーチルは、なるべく怪しいと感じ気取られぬ様に慎重に気を使い回しながら、相手との精神的距離感を詰め縮めて行く作業を、適宜体良ていよく適当に推し進めて行こうと考えていた。


狙い所は、彼女から、もっと多くの情報を引き出し易くする事に有り、「パレ・ロワイヤル基地内に精通している」と言う虚実のカードを交え、「セニフの名前を知っている」「会った事がある」と言う二枚の真実のカードを切り出したのは、セニフに、それなりの親近感を沸き抱かせる為だった。


勿論、一気に畳み掛けようなどと、変に色気を出していた訳では無い。


しかし、不意にセニフが、ユピーチルの事を「何処かで見た事がある」と漏らし零し、何かを深く考え込む様な素振りを見せた為、ユピーチルは即座に、勝負を決めに掛かる攻撃的カードを強引に切り出して行く決意をした。



ユピーチルの事を何処かで見た事がある・・・。


それは、セニフの頭の中に、ユピーチルと初めて出会った時の記憶が、未だまがいなりにも確かにある。


・・・と言う事である。



(ユピーチル)

「私は、貴女と初めて出会った日の事を、今でも良く覚えていますよ。」


(セニフ)

「・・・へ、へー。」


(ユピーチル)

「・・・その顔は、まさに覚えていませんと言う顔ですね。」


(セニフ)

「あ、いや・・・・・・。えっと・・・・・・。ごめんなさい。余り良く覚えてないです。」


(ユピーチル)

「あっはっは。正直な方ですね貴女は。もしかして、私と始めて出会った時に、貴女が私に何をしたかと言う事も、お忘れになったのですか?」


(セニフ)

「え?・・・うーん、・・・・・・えっと、私・・・、何かやらかした?」


(ユピーチル)

「ええ。私は貴女に、ほうきで思いっきり頭を叩かれました。」


(セニフ)

「え?・・・ほうきで?」


(ユピーチル)

「加えてその後、貴女に男子トイレまでお見送りしてもらいました。」


(セニフ)

「ええ??・・・男子トイレ??」


セニフは、ユピーチルが、一体何を言っているのか解らなかった。


先程の冗談事と同様、からかわれ遊ばれているのかと思った。


・・・ところがしかし、ユピーチルがその次に切り放った最後の真実のカードが、セニフの心の奥底に眠り潜んだ過去の記憶を、一気に呼び覚まし上げ遣る強烈な爆弾となる・・・。



(ユピーチル)

「貴女は知っているはずです。・・・私が、アプサラス家チームの一員として、DQA大会に参加していたと言う事を・・・。」


(セニフ)

「あああーっ!!思い出した!!あんた!!あの時のアプサラス・ロッソーーー・・・・・・・・・・・・。」




セニフはやってしまった。完全にやってしまった。


思いっきり大声に乗せて、その事実を思い出してしまった事を、ユピーチルに告げ知らしめてしまった。


それはもはや、完全なる後の祭り状態と言っても過言では無く、何をどう言い訳しようと絶対に掻き消し得れない、少しも誤魔化ごまかし切れない、余りにも大きな痛恨の大失態であった。



ユピーチルは直後、一瞬、にわかに驚いた表情を色濃く浮かべ上げ、目の前に佇む小さな赤毛の少女の姿を強く強く凝視し遣った。


そして、それまでユピーチルの脳裏に色濃く蔓延はびり付いていた鬱陶うっとうしき数々の疑念が、完全なる確信へと一気にめくり返り染まり上がるや否や、即座にセニフの前にひざまずき、静かに深々と頭を垂れ下げた。


(ユピーチル)

「・・・まさか、本当に生きていらっしゃられるとは・・・。このユピーチル。もしかしたらと、強く強くそう思い込み入れる様になってからと言うもの、ずっと、ずっと、この時が訪れるのを待ち焦がれておりました。またお会い出来て、本当に光栄にございます。セファニティール皇女様。」


(セニフ)

「いやっ・・・!違う!違うの!間違い!間違いなんだって!」


(ユピーチル)

「皇女様が必死に御身分を隠されようとなさる、そのお気持ちは解ります。しかし、このユピーチル。決して皇女様の敵などではございません。どうか、御安心なさってください。」


(セニフ)

「違うんだって!私は皇女なんかじゃない!私はセニフ!只の普通の女の子なの!」


(ユピーチル)

「・・・そうおっしゃられましても、マータリアルム・コロッセオで開催されたジェニー・デルフス杯での、あの出来事を覚えてらっしゃる御方は、皇女様御本人以外に、この世に存在し得ません。その事は、皇女様も良くご存じの事かと思います。」


(セニフ)

「う・・・。ううう・・・。知らない!そんな事知らない!」


(ユピーチル)

「身分を偽り、白を切り通し、それによって、確実に皇女様御自身の身の安全が図り通せると言うのであれば、それもまた良いでしょう。ですが、今回の事件を見ても解る通り、皇女様が置かれた今現在の御立場は、非常に危険極まりない状況下にあると言えます。いつまでも知らぬ存ぜぬだけを押し通し、言い逃れ続ける事は出来ないでしょう。何れこの先、必ず立ち行かなくなる時が来ます。」


(セニフ)

「う・・・・・・。」


(ユピーチル)

「勿論、だからと言って、御自身の身分を無闇に明かせ・・・と言っている訳ではありません。要は、真に信用に足る人物かどうかを見極め、御仲間を作り増やして行く着想を、なるべくお持ちいただきたいと言う事なのです。」


(セニフ)

「で・・・、でも・・・。」


(ユピーチル)

「確かに私は、皇女様とは、一度しかお会いした事のない、云わば赤の他人です。しかしながら、皇女様の身を案ずる思いは、人一倍強く抱き持っていると言う自負があります。未だ、単なる一介の兵士たる身分ながら、帝国内においては、それなりに強いと言える影響力を持ち有しておりますし、皇女様さえ宜しければ、帝国への逃亡を手助けする事も可能なのです。」


(セニフ)

「そ、そんな・・・。帝国に帰るなんて・・・。駄目・・・。絶対に駄目!私は帰れないの!」


(ユピーチル)

「私は、皇女様も良く知るゲイリー様と、非常に親密な関係に有ります。」


(セニフ)

「え?・・・ゲイリーと?」


(ユピーチル)

「はい。ゲイリー様であれば、皇女様の事を、何処いずこかにひっそりとかくまい通し続ける事も可能だと、私は思います。聞けば、皇女様とゲイリー様とは、非常に仲が御よろしかったとか。ゲイリー様も、皇女様の事を決して悪い様にはなされないはずです。」


セニフは一瞬考えた。一瞬だけ考え入る様な仕草を見せた。


だが、帝国に帰ると言う事が、どれだけ自分にとって危険な事であるかを解っていた。


確かに、ゲイリー程に強い権力を持ち有した人物であれば、自分の事を上手くかくまい通す事の出来る堅牢な環境を、整い揃える事が出来るかもしれないし、叔母であるラキシスの力を借りる事も、比較的容易な事であろう。


しかし、彼等二人の手を借りると言う事は、確実に二人を危険な陰謀の渦中へと、引き摺り込み遣ってしまう事を意味している訳で、セニフとしては、そうそう簡単に・・・と言うより、ほぼ絶対的に選択し得ない負たる未来像でしかなかった。


・・・と言うよりも、彼女自身の中には、それ以上にもっと、明確な答えが色濃く存在し得ていた。


(セニフ)

「・・・ううん。・・・駄目。やっぱり駄目。絶対に駄目!」


(ユピーチル)

「何故です?それ程までに、トゥアム共和国がお気に入りになられたのですか?」


(セニフ)

「・・・気に入ったとか、気に入らないとかじゃなくて・・・、帰れない・・・、ううん。帰れないんじゃなくて、帰りたくない・・・。私は帰りたくないの!私はもう、普通の女の子でいたいの!」


(ユピーチル)

「ですが、それでは・・・。」


(セニフ)

「 いいの!それでいいの!もう、私の事なんか、放って置いて!」


セニフはもう、皇女である自分の本当の身分など、どうでも良かった。


慎ましくても、楽しく平穏な暮らしの中で、小さな幸せを手にしたいと、本気でそう思い、強く願い望んでいた。


確かに、この時、ユピーチルが示し出したセニフに対する熱く強い一本気な心意気は、セニフにとって、この上なく喜ばしき暖かな思い遣りであったと言えるが、セニフ自身が望むものとは完全に相反している事をかんがみれば、非常に如何ともし難いわずらわしき思いにしかならなかった。


やがて、セニフは、これ以上何を話し合っても無駄であろう思いを強く心の内中に募らせ上げると、直ぐにきびすを返し回して、唐突にその場から逃げ去ろうとした。


(ユピーチル)

「皇女様!」


・・・が、しかし、セニフは忘れていた。


今現在、自分の立場が如何なる状況下にあるのかと言う事を・・・。


未だに危険極まりない陰謀の最中に捕われ入ったままなのだと言う事を・・・。



(悪漢A)

「ああん??何だぁ?何であの小娘がこんな所に居る?」


(セニフ)

「あっ・・・。う・・・。」


(悪漢B)

「・・・おい。あいつらは何処に行った?姿が見えねぇぞ?」


(悪漢C)

「ねぇ。ちょっとちょっと。誰よあの子。すっごく良い男じゃない。まさに私好み~って感じ。」


セニフの目の前に突然現れ出た三人の男達は、明らかに悪者であろう様相を色濃く示し現した、厳ついごろつき野郎共で、つい先程まで、シルの足止め作業を施し行っていた連中共だった。


彼等は、セニフの姿を見遣り取るなり、唐突に驚いた表情を色濃く浮かべ上げ、仕切に教会跡地周辺部を見渡し回す様な素振りを垣間見せたが、程なくして直ぐに、意識の矛先をセニフへと順々にくくり付け遣り始めた。


これにより、元来た道口みちぐちを完全に塞ぎ閉ざされてしまったセニフは、直ぐさま全く別物の体良ていよき逃げ道を探し求め、周囲へと忙しく視線を巡らせ這わせ遣る事になるのだが、いつ何時なんどき何処いずこから誰が襲い掛かって来るかも解らぬ混沌とした状況の中で、全く見知らぬ道筋へと己の身を投じ入る勇気が、どうしても沸き起こって来なかった。


(悪漢B)

「ちっ。あいつ等失敗しやがったな・・・。あの馬鹿共が・・・。」


(悪漢A)

「だから言ったじゃねぇかよ。最初から俺達が連れてった方が良いだろうってよ。」


(悪漢B)

「今更そんな事を言ったってしょうがねぇだろ。」


(悪漢C)

「あ~ん。もう~。もう早く帰ってシャワー浴びたいのに~。あいつらの尻拭いをさせられるなんて、御免真っ平~。」


そして、完全に自分達の事を棚に上げたまま、仲間の失態に侮蔑的悪言を吐き上げ遣る悪漢共三人の姿を、左から順番に見遣り取りつつ、只々、無為に、ゆっくりと後退りを施し出して行く・・・。


(ユピーチル)

「やれやれ。可憐なる華君の傍に相応そうおうしき存在は、汚らわしき妖彩を放つ毒芋虫共などでは無く、程良く見栄えのする色鮮やかな蝶々達と、相場は決まっているのだがな。これもまた、御美し過ぎるが故の悲しき定めか・・・。」


勿論、そんな状況をただ黙って見過ごし遣り経るユピーチルなどでは無く、彼は即座にその身をすっくと立ち上がらせると、素早くセニフの目の前へと割り込み入り、鋭い赤色の瞳を激しくギラつかせて、三人の男共に色濃い敵愾心てきがいしんをぶつけかました。


セニフとしては、もはや、ユピーチルの背中の後ろに隠れ入る他手立てがなかった。


(悪漢A)

「なんだぁ?この餓鬼ゃ!妙に気取り腐りやがって!」


(悪漢C)

「うっふふ。そこがまたイイ。」


(悪漢B)

「おいこら小僧。怪我したくなけりゃさっさとそこを退きな。俺達が用があるのは、その小娘だけだ。」


(悪漢A)

「へっへっへ。俺様をさっきの連中と一緒にするなよ。痛い目を見るぜぇ。」


(ユピーチル)

「ふーむ。どうやら最近の芋虫は、毒を吐き散らすだけで無く、自らの無能振りをそのままに露呈する世迷言を無意味にき散らすらしいな。全く持ってたちが悪い害虫共だ。」


(悪漢A)

「何だとゴラァ!!やんのかてめぇ!?」


(悪漢B)

「馬鹿に付ける薬はねぇってか。しょうがねぇな。血を見てもらう事にするぜ。」


(悪漢C)

「うっきゃ~っ。血だらけになった姿も良いかな~なんて思っちゃったら、物凄く興奮して来ちゃた。うっふっふ。血塗れ血塗れ。」


つい今し方、手酷くやられあしらわれて逃げ去って来た身でありながら、不思議と強気な態度で激しく息を巻く三人の悪漢共は、赤毛の少女を守る為にと、白騎士ホワイトナイト的様相で、颯爽さっそうとしゃしゃり出てきた金髪の青年の事を、完全に勝てる相手だと勘違いしていた様だった。


赤毛の少女を救出する事が出来たのも、何かしら上手い策を講じ遣ったからなのだろう・・・、あいつ等二人は馬鹿だから・・・などと安直に考え、見るからに華奢きゃしゃ目なこの若僧と、真正面から真面に戦って、自分達が敗北し得るとは、少しも考えていない様子だった。


言うまでも無く、相手の力量を簡単に見誤る特殊思考を持ち有する彼等三人も、先の二人と同様に完全なるお馬鹿であった様だった。


やがて・・・。


(ユピーチル)

「来るなら来るで、さっさと来てほしいものだな。貴様らの様な下賤な愚物共を相手に、く時間程惜しいものはない。」


・・・と言うユピーチルの言葉に激しく触発された三人の悪漢共が、顔中一面に物凄い剣幕をグワリと浮かべ上げた状態で、猛然と金髪の青年に襲い掛かって行く・・・。


・・・も、やはり、同じ様な発言を飽きる事無く同じ様に繰り返し、同じ様な結末へと向かって、同じ様な失敗を只管に繰り返し続ける彼等の愚行は、この時も、御多分に漏れず、見事な寒々しき華を綺麗に咲かせ広げる事になるのだ。


三対一と言う、圧倒的に有利な立場側に有る状況ながらも、非常につたない連携練度しか持ち得なかった彼等三人の攻撃は、高い格闘戦技術を持つユピーチルに対し、ほぼ全くと言って良い程まるで歯が立たない様子だった。


結果、繰り出した攻撃の全てをユピーチルに上手くスルリと避けかわし切られ、すれ違い様に強烈なお釣り撃を一撃づつ受け食らい貰わされた彼等三人は、「ぐがっ!!」「きゃぁぁっ!!」「ぐげっ!!」と言う、情けない三色のうめき声を大々的に吐き上げ、仲良く順番に地面へと膝を屈し折り遣って行く事になる・・・。


(悪漢A)

「くっそ!!何だこいつ・・・!!」


(悪漢B)

「何だって今日に限って、こんなやたら強い奴と・・・!」


(悪漢C)

「何で~っ!?あたし達って弱い!?もしかして弱い~っ!?そんな事ないよね!?絶対にないよね!?」


彼等三人の側には、早くも敗色濃厚なる不穏当な気配が漂い流れ始めている様だった。


何をどうこう策を巡らせ回そうとも、この金髪の青年には絶対に勝てない・・・と言った負たる雰囲気感に、完全に包み込まれ入ってしまっている様子だった。


だが、単なる時間稼ぎを施し入れればいいだけの先程の消化試合とは完全に異なり、今回の戦いは、彼等にとって、目の前にチラつき見える真の獲物たる赤毛の少女を巡る争奪戦・・・、ここで負ければ全てが無意味にかえる最終決戦であり、彼等としても、そう簡単に逃げ出す訳には行かなかった。


その後、得意気満面な笑みをほのかに浮かべ上げつつ、完全に上から目線で鼻から大きな溜息を付き放つユピーチルの事を、怒りに満ち歪んだ鋭いまなこでギギリと強く睨め付け遣った彼等三人は、やがて、もう一悶着やらかし上げる為の色濃い闘争心を、心の只中にごうごうと強く燃やしき入れながら、ゆっくりと静かに体をもたげ上げて行った。


そして、今度は絶対に少しも油断し遣らぬと言った用心深き様相を、如実にょじつに垣間見せ出しながら、徐々に徐々にユピーチルの周りを半包囲する為の体勢を構築し始めた。


・・・が、しかし、三人で一斉に攻撃し掛かれば・・・的なゴリ押し作戦を強引に敢行し遣ろうと、激しく息を巻き上げていた彼等三人の元に、突然、非常に不都合なる悪い知らせが送り届け付けられたのは、まさにそんな時だった。


タッタッタッタッタ・・・と、次第次第に大きく鳴り響き始めた「何者か」の足音が、明らかに急ぎそこに駆け付けようと、荒々しき音を奏で上げながら勢い良く迫り寄って来る・・・。


言うまでも無く、彼等の表情は一変した。


(悪漢C)

「ちょっとちょっと!やばいんじゃないの!?後続が来てるって!」


(悪漢A)

「もしかして、あいつ等!俺達の後を付いて来てやがったのか!?」


(悪漢B)

「おい。さっきの奴は絶対にやばいぞ・・・。」


それは、彼等にとって、まさに最悪の事態が到来してしまった事を意味していた。


彼等は既に、先程の戦いにおいて、あのサングラスの男には勝てない・・・、絶対に勝てない・・・のだと、しっかりと認識し取る事が出来ていたのだ。


目の前に立ちはだかる金髪の青年一人にも梃子摺てこずる様な輩達が、恐らくはプロであろう一騎当千なる豪傑漢を更に敵に回して、これ以上戦えるはずが無い。


彼等の戦いは、完全に終わりだった。


やがて、程なくして颯爽さっそうとその場に姿を現し出した二人の男性を見つけ取り遣るなり、彼等三人は、全く脇目も振らずに一目散にとんずらを開始する。


もはや、赤毛の少女の事など、どうでも良いと言う感じだった。


(悪漢C)

「うっぎゃ~!でたっ!あいつよあいつ!」


(悪漢B)

「ちっ!これはもう駄目だ!逃げるぞ!」


(悪漢A)

「畜っ生!後金は倍額だってのによぉっ!覚えてろ~っ!」


・・・などと、派手にのたまい散らし上げながら・・・。


その場に姿を現した二人の男性・・・。それは確かに、先程彼等三人が相手をしていた、金髪の少年と、サングラスの男であった。




ちっ・・・。


ユピーチルはこの時、情けなくも滑稽な様相で逃げ果せ行く三人の悪漢共の後ろ姿をじっと見遣りながら、思わず小さく舌打ちをかまし出してしまった。


そして、徐にセニフの姿を見遣り取ったシルが、「セニフ!!」と大きな声で呼び、直ぐにそれに呼応して「シル!!」と返事を返したセニフの声を聞き取るなり、如実にょじつに表情を強くしかめめ歪め遣って、軽く下唇を噛みしめた。



彼は解っていたのだ。


この金髪の少年が姿を現し出すまでが、タイムリミットであったと言う事を・・・。


この金髪の少年が姿を現した時点で、皇女様が、セニフと言う一人の少女に戻らなければならなくなるのだと言う事を・・・彼は解っていたいたのだ。


・・・そう。解っていた。


だが、彼は、徐にシルの元へと駆け寄ろうと動き出したセニフの目の前に、素早く左手をかざし付けて、これを制し、色濃い敵愾心てきがいしんを強く込め入れた鋭い視線を持って、シルの姿をじろりと睨み付け遣った。


(シルジーク)

「何だ!?お前は!!お前も奴等の仲間なのか!?」


(ユピーチル)

「あんな下賤げせんな輩共と一緒にされるとは心外だな。貴様の方こそ。やましき野心をたくらみ持つ、山賊野党共の手下なのではないのか?」


(シルジーク)

「何っ!?」


(セニフ)

「シル!違うの!この人は私の事を助けてくれたの!この人は敵じゃないの!」


(シルジーク)

「えっ?」


(セニフ)

(ユピーチル。あの人は敵じゃない。私の仲間なの。)


ユピーチルは、勿論、知っています・・・などとは答えなかった。


この金髪の少年が、セニフの仲間である事をしっかりと認識していたが、敢えて全く素知らぬ振りを突き通した。


それは、あからさまに偶然そこに居合わせたのだ・・・と言う風感を、もっともらしく装い被る為の妙的演技であり、事前にセニフ達の事をちょくちょく監視していた事実を、体良ていよく揉み消し遣る意図を含み入れたものだった。・・・と言うのは完全に建前で、彼の実際の本心としては、全く子供染みた行為であるとは解っていながらも、ささやかなる嫌がらせ攻撃を、この金髪の少年にぶつけかましてやりたかっただけなのだ。



やがて、ユピーチルは、非常に可愛らしい懇願の表情を携え上げるセニフと軽く一瞥いちべつをかわし合い、お願い・・・。何も言わないで・・・。的なかぐわしさを、ほのかに感じ得て、察し取り遣ると、直ぐに彼女に向かって小さくうなずく仕草を奏で出し、静かに左手を振り下ろした。


そして、再びお互いの名前を呼び合いながら徐に駆け寄り合い、人目もはばからず、しっかと抱き合う二人の姿を遠目に見つめ眺め遣りながら、ふと、・・・たった一人の女性すら守り通す事の出来ない軟弱者が・・・などと、非常に腹立たしき思いを脳裏に渦巻かせ上げてしまった。


この時の彼には、それ以外に何も出来なかった。




(ギャロップ)

「この度はどうも。私共の連れが大変お世話になった様で。心から感謝します。」


(ユピーチル)

「いえ。大した事はありませんよ。・・・それより、先程の輩達は一体何者なのです?何故、お嬢さんの事を狙っていたのでしょう。」


(ギャロップ)

「・・・それが解っていれば、ここまで後手にはなりませんでしたよ。私にもさっぱりです。」


(ユピーチル)

「そうですか・・・。」


(ギャロップ)

「それはそうと、貴方は随分と御強そうですね。何か訓練でも?」


(ユピーチル)

「いえ、趣味で格闘技を多少習っているだけです。私など、まだまだですよ。ただ、貴方の立ち姿を見て、一目で直ぐに強者たる者だと解り取れる様にはなりました。一体、何処でどの様な訓練を御積みになられたのですか?」


(ギャロップ)

「あっはっは。それはお互いに、秘密・・・、と言う事で。」


(ユピーチル)

「・・・そうですね。それが一番良い落とし所かもしれませんね。」


ユピーチルは、そう言って、不意にチラリと、もう一度だけセニフの方へと視線を差し向けると、今ならばまだ、彼女の事を強引に連れ出す事が出来るのではないか・・・、また再び皇女様と二人きりの状態を形作る事が出来るのではないか・・・と、全く持って詮無せんない思考を思わず脳裏へと渦巻かせ上げてしまい、徐に利き手側の拳を強く強く握り締めた。


・・・が、それでは先程の輩達と何も変わらぬではないか・・・と、直ぐにそう思い被せ、未だに諦めきれぬと言った、未練がましき鬱念うつねんを、無理矢理に心の奥底へと捻じ込み遣る様に、大きな溜息を深々と付き放ち出した。


そして、皇女様の御立場をこれ以上悪くする様な軽率な真似は絶対に出来ないな・・・と、自らの考えを強引にそう至り着かせると、こうなってしまっては致し方が無い、ここは一旦出直すか・・・と、潔く引き下がる態度を示し出す事にした。


(ユピーチル)

「それでは、私は用事が有りますので、これにて失礼させていただきます。お嬢さん。もし、またお会いする機会がございましたら、今度は静かな場所で、ゆっくりとお茶などを嗜み飲みましょう。」


(セニフ)

「・・・え?・・・あ、うん・・・。」


(ユピーチル)

「それでは。また。」


(セニフ)

「あ、あの。ユピ・・・、えっと・・・・・・・・・本当に、ありがとう。」


ユピーチルは、最後に、セニフに対して、また再び絶対に再会し得るのだと言う暗なる願いを強く込め入れた、優しげな笑みを一つ浮かべ返してやると、徐に颯爽さっそうきびすを返し回して、直ぐにその場からスタスタと歩き離れて行った。


非常に残念無念なる鬱々(うつうつ)しき悔恨かいこんの思いに、酷くいたさいなみ付け遣られながらも・・・、確かに手にし得た大いなる戦果品を、しっかりとその胸の内に強く優しく抱きかかえながら・・・、彼は、一歩一歩、前へ前へと、歩き進んで行った。







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