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Loyal Tomboy  作者: EN
第九話「白き波紋と、黒き波紋と」
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09-06:○白き波紋と、黒き波紋と[5]@

第九話:「白き波紋と、黒き波紋と」

section06「白き波紋と、黒き波紋と」


繁華街の裏通り内にある小洒落こじゃれた飲食店で昼食を取り終えたセニフとシルは、その周囲に立ち並ぶ様々な店の様々な商品を彼是あれこれつぶさに見て回りながら、街の北側へと抜け出る細通路を辿り上って行った。


そして、これにて商店街通りが終わりとなる街角付近で、小さなデザートショップを見付け取ると、そこでチョコレート味とストロベリー味のアイスクリームを、お持ち帰りでそれぞれ一つづつ購入し(勿論シルのおごり)、しばしの間、それを食べ歩きながら、周囲に広がる美しき景観を眺め回し、たしなみ見遣り入っていた。


この後の彼女達の行動予定としては、取り敢えず一気に街の最北端部を目指し歩み進んで行くと言う方針で、今日中に街中を一通り見て回りたいと言う、セニフの意思を第一に尊重したものだった。


・・・が、しかし、行く先々で随所に現れ出る非常に物珍しき街の景観が、彼女達(特にセニフ)の意識を頻繁にくくり止め遣ると言った、全く埒無らちなき事態を何度も何度も引き起こす次第となり、彼女達の足取りは、中々思う様に上手く進み行かない状況へと落ちまり入ってしまう事になった。


勿論、シルとしては、特にこれと言って、何処に行きたい、何を見たいと言う、強い願望を抱き持っていた訳ではなく、基本的には、セニフの意向にそくし合わせて適当に行動してやる事を念頭に置き据えていた訳だが、次から次へと何にでも無節操に興味心を寄り付かせる、セニフの余りにも気まぐれなる振る舞い様に、多少なりと辟易へきえきしていた様子であった。


繁華街を抜け出てから、もう既に、小一時間程の時が過ぎようとしているが、彼女達は未だ、当初目した道のりの半分程度しか移動する事ができていなかった。


(セニフ)

「あ、凄い凄い。すっごく綺麗なお花畑がある。うっわー。綺麗ー。」


(シルジーク)

「結構広そうだな。公園か何かかな。・・・って、おい。また寄り道するんかい。」


(セニフ)

「良いじゃん良いじゃん。一休みするには持って来いの場所っぽいよ。行こう。シル。」


そして、程なくして、目の前に現れ出た次なる標的・・・、非常に色艶いろあでやかな花公園を見付けるなり、全く有無を言わさずと言った感じで、一目散に駆け走って行くセニフの後ろ姿をしばし見遣り経て、シルは思わず、呆れ果てたとも、疲れ果てたとも取れる、大きな溜息を吐き出してしまう事となる。


この時の彼の胸中は、世話の焼ける我が子を引き連れて外に遊びに出た保護者たるや心境と言える、ゲンナリ感満載の色濃い焦燥感しょうそうかんに、完全に取り巻きかれてしまっている様子だった。


・・・とは言え、折角セニフが楽しそうにはしゃぎ回っているのを、無理矢理に引き留めて台無しにしまうのもどうかと、そう不意に思い付いてしまったシルは、やがて、セニフの気分が良ければ、それで良いか・・・的な諦観ていかんの念を脳裏に浮かび上がらせ、渋々ながらも、黙って彼女の後に付いて行く素振りを見せ出した。




彼女達二人が分け入ったその公園は、確かに程良く温和な居心地の良い空気感に満ち溢れ、しばしのんびりとだらけ呆けた非生産的時間を過ごし経るには、絶好の場所であると言えた。


街の繁華街から、結構距離が離れていると言う事もあり、周囲を見渡しても人通りはほとんど無く、小高い丘を中心に円形に広がる遊歩道路を、一通りぐるり巡り歩いてみたものの、公園の西端部にある小さな運動広場で、三、四人の子供達が元気よくボールを蹴って遊んでいる程度だった。


その後、公園内にある水場付近に設置されていた自動販売機で缶ジュースを二本購入した彼女達二人は、その直ぐ脇にあった小洒落こじゃれた風体のベンチの上へと座り、一息付く事にした。


(シルジーク)

「はぁ。なんだかんだ言って、結構疲れたな。」


(セニフ)

「そうだね。結構歩いたもんね。」


(シルジーク)

「時間的にもう、街を全部見て回るってのは無理そうだけど、良いのか?」


(セニフ)

「うん。良い。もう結構良さげな場所、幾つも見つけたし。ペギィもこのぐらいで満足してくれるでしょ。」


(シルジーク)

「なんだ?ペギィに何か頼まれていたのか?」


(セニフ)

「デートするのに最適な場所を見付けといてってさ。今度、ジョルジュと一緒に見て回りたいんだって。」


(シルジーク)

「ふーん。そう言う所、意外とマメだよな。あいつも。思ったよりも随分と気い遣いみたいだし、決して悪い奴じゃ無いよな。」


(セニフ)

「うん。正直、まだちょっと苦手な部分が有ったりするけど、基本的には良い人よ。良い人。」


(シルジーク)

「・・・そっか。上手くやってるのか。あの二人。」


(セニフ)

「うん。そう見たい。」


(シルジーク)

「・・・ふーん。」




(セニフ)

「・・・そう言えばさ。私、見ててちょっと思ったんだけどさ。」


(シルジーク)

「何だ?」


(セニフ)

「猫ちゃんって、絶対に隊長の事、好きだよね?」


(シルジーク)

「え?そうなのか?」


(セニフ)

「うん。あれは絶対にそうだよ。間違いないよ。だって、隊長と話ししている時の猫ちゃん、すっごく可愛い顔してるもん。」


(シルジーク)

「・・・ふーん。全然そんな風には見えなかったけどな。」


(セニフ)

「兄弟そろって鈍感だしね。当の本人も、全く気付いていないみたいだったし。」


(シルジーク)

「悪かったね。鈍感で。」


(セニフ)

「あっれぇ?怒ったぁ?ふっへへ。」


(シルジーク)

「・・・なんだよ。その目は。」


(セニフ)

「べっつにー。大した意味はありませんよー。」


(シルジーク)

「ああ。そうかい。」


(セニフ)

「ええ。そうですとも。くっふふ。」


(シルジーク)

「・・・なんだ?やけにご機嫌だな。」


(セニフ)

「そりゃぁね。・・・だって、久しぶりだもん。こんなにのんびりとしていられるのって。」


(シルジーク)

「そうだな。」




(セニフ)

「・・・ほんと、綺麗だね。」


(シルジーク)

「うん。そうだな。」


(セニフ)

「ただ、こうやってボーっと座って、周りの景色を眺めているだけなのに、不思議と全然無駄な時間を過ごしている気がしない。・・・良いよねー。こう言うのも。」


(シルジーク)

「ああ。確かにな。」


非常に華やかでいて、うらうらとした花公園の優美な世界観の中にどっぷりと浸り入りながら、辺り一面にしっとりと漂い舞う甘く柔らかな草花達の香りに、うっとりとした心地良き舌鼓したつづみを穏やかに打ち付けつつ、適度に疲れ入った身体の重さを、静かにねぎらい休め付けていた彼女達二人は、しばし、他愛無き陳腐ちんぷな雑談事を、思い付くがままに無意味に繰り広げる事となった。


それは、周囲に見え広がる華々しき景観に比べれば、大した盛り上がりも見せない、非常に低調なるキレの悪さに取りかれた遣り取りであったが、時が経過し行くと共に、次第に重々しさを増し行く身体の気怠けだるさとは裏腹に、二人の心は、何処か不思議と妙な軽やかさの中に包み込まれて行く様子だった。


時折挟み入れられるのどやかな沈黙の時も、全くと言って良い程嫌な香りを有し持たず、直ぐ隣に座り居る相手との物理的距離感も、論理的距離感も、絶妙と言うに相応ふさわしき心地良さを漂わせ出していた。



シルはふと、全く何の気無しと言った感じで、一度セニフの方へとチラリと横目を宛がうと、最後の一口となった缶ジュースの残りを一気に飲み干し、通りを挟んで反対側に置いてあったゴミ箱へと目がけて、空き缶を放り投げた。


そして、非常に軽快なる直入音をガゴンと一発、綺麗に鳴らし上げたその光景を見て、徐に「おーっ。」と、ささやかなる感嘆符付きの短言を吐き漏らしたセニフの横顔を再びチラリと見遣り、次いで、その胸元にこじんまりとした光りをこしらえる銀色のネックレスへと視線を移した。


(シルジーク)

「そう言えばさ。セニフ。それ。本当に良いのか?」


(セニフ)

「それって、・・・あ、これ?」


(シルジーク)

「うん。・・・やっぱりさ。もっとちゃんとしたのを買ってやりたいなって、思ってさ。」


(セニフ)

「ううん。良いよ。全然これで良い。これで十分だよ。」


(シルジーク)

「そっか。」


(セニフ)

「私ね。シルからこれを貰った時、本当に嬉しかったんだ。もうね。何も考えられないぐらい。ほんと、涙が止まらなかった。」

 

(シルジーク)

「そう言ってもらえると、あげた方としても嬉しいな。」


いつもとは何処か違った温和な空気感、心揺り躍る優美な世界観が、二人の気持ちをより解放的に、より柔和的に仕立てあおり上げていた事は間違いなかった。


彼女達は、普段よりもずっと簡単に、心の中に沸き起こった素直な気持ちを、そのままに並べ連ね出す事ができている様だった。


(セニフ)

「そう言えばさ。私、ちゃんとお礼言って無かったよね。ありがとう。シル。」


(シルジーク)

「な・・・何だよ。・・・急に。」


(セニフ)

「本当にね。本当に、私の宝物だよ。」


(シルジーク)

「・・・べ、別に大したもんじゃないだろ。そんなの。」


(セニフ)

「えっへっへ。照れた時、急にムスッとするシルの顔、久しぶりに見た。」


(シルジーク)

「ふん。ほっとけ。」


(セニフ)

「シルってばさ。直ぐに顔に出るんだから、無理して誤魔化ごまかして見せる必要なんか無いのに。折角私が心からの感謝の気持ちを言って上げてるんだから、ちゃんと素直に受け取りなさいって。」


(シルジーク)

「別に誤魔化ごまかしてなんかいやしないさ。」


(セニフ)

「ほらほら。変にひねくれて見せたって駄目駄目。顔が赤くなってるよ?」


(シルジーク)

「ん・・・、むー。」


ただ、不意にそう言った普段とは違う空気感の中に浸り入っている自分自身の姿を、徐に顧みてしまった時、急に、如何いかんともし難き心のむずがゆさ、得も言われぬ気恥ずかしさにさいなまれてしまい、戸惑とまどい入ってしまう事は良くある事だ。


しかも、その事を必死にひた隠しにしようとしている自分自身の姿を、相手方にしっかと垣間見て取られていたとなれば、尚の更の事である。


シルはこの時、全く持って情けないと、自分自身でそう思い付きながらも、あからさまに不機嫌そうな表情を無愛想に突き返して、黙り込んでしまう他なかった。


・・・が、思いっきり小憎らしい笑みを浮かべ上げて、「んー?んー?」と、意地悪気な視線をチクリチクリと突き立ててくるセニフの態度に、心の中で小さな舌打ちをかまし出して見せたシルは、多少なりとやり返してやりたい気持ちを強く渦巻かせ抱いたようで、次第に反撃へと転ずる構えを見せ示し出し始めるのだ。


勿論、彼の中では、「いつまでもセニフのペースに乗せられていては駄目」と言う、ジャネットに言われた言葉は、全く関係ないつもりだった。


(セニフ)

「でもさ。私ってほんと、シルから貰ってばっかり。偶には私も、シルに何かお返しをしてあげなくちゃねー。」


(シルジーク)

「お返しかー。いいねそれ。じゃあさ。今度の俺の誕生日に、お前の手作りの品を何かくれよ。俺も宝物にするからさ。」


(セニフ)

「・・・それって、私の手先が不器用だって事を知ってて言ってるんだよね。」


(シルジーク)

「ははっ。まあな。」


(セニフ)

「ひっど。・・・むー。いいもん。今度思いっきり不細工な手編みの帽子でも作って、プレゼントしてやる事にするから。」


(シルジーク)

「そりゃまた、凄い悪意がこもってるな。」


(セニフ)

「ははっ。まあね。」


(シルジーク)

「でもさ。善意に対して悪意を返すって、どうなのかなぁー。」


(セニフ)

「む。」


(シルジーク)

「そりゃ、手先の器用さは人それぞれだしー、出来が良い悪いはどうしたって出るだろうしー、その辺はまあ、仕方がない事だと思うんだけどなぁー。」


(セニフ)

「むむ。」


(シルジーク)

「要は、心がこもっているか、こもっていないかって話しだよ。お嬢さんー。君が一生懸命になって作った物ならば、俺は決して無下に笑い飛ばしたりはしないよー。」


(セニフ)

「むむむ。」


それまで保ち有して来た和やかな雰囲気を、なるべくブチ壊さない様にと配慮しながら、不意に思わぬ手痛い反撃をこおむり被らぬように適度に配慮しながら、的確にセニフの弱点部分を狙い、上手く小突き当て遣って行ったシルは、思ったよりも簡単にセニフの調子付いた口をつぐみ、封じ込める事に成功した。


シル自身、まさかここまで上手く事が運び進んでくれるとは思っていなかったが、彼は然程苦も無く、二人の間で揺れ動く形勢と言う名の天秤上に、優位的な重みをしっかと加え入れ遣る事に成功した。


勿論、当然の事ながら、セニフもただ黙っていびり倒され続けて遣るつもりなど毛頭無く、再び自らの攻撃の手番を奪い取る為に、意地の悪い鎌首をむっくりともたげ上げ始めるのだ。


(セニフ)

「・・・って事はさ。シルは全然、形にはこだわらないって事だよね?」


(シルジーク)

「おおうよ。」


(セニフ)

「心がこもっていれば、全く形が無くっても良いって事だよね?」


(シルジーク)

「・・・うーん。・・・まあ、そう言う事になるのかな。」


そして、明らかに反撃いたします的な下準備作業を簡単に施し済まし終えたセニフが、照れ屋気質たるシルの弱点部分にキリリと狙いを定め、徐にシルの傍へとずいりと擦り寄る。思いっきり小憎らしい笑みを浮かべ上げる。それなりに破壊力を有し持った一撃を放ち入れる。


言うまでも無くそれは、いつも通りのシルの慌てふためき様を強引に誘い引き出し遣る、まごう事なき正面切っての真直球勝負だった。


(セニフ)

「じゃあさ。シル。私がお返しにキスしてあげるって言ったら、貰ってくれる?」


(シルジーク)

「ははっ。そうだな。もし、お前が本気でくれるって言うなら、貰ってやっても良いぞ。うん。」


(セニフ)

「えっ?」


・・・だが、しかし、この時放ったセニフの攻撃は、全然利かなかった。


白々しくも目の前に広がる美しき花々の景観の中に意識をぼんやりと漂わせながら、さー。来るなら来い的に力強く心を身構えさせていたシルには、全くと言って良い程利かなかった。


シルはこの時、恐らくはそう言った攻撃を受け食らわされる事になるであろう事を既に予測していたのだ。


完全に真芯で捉え得て、完璧に弾き返すとまでは行かなかったまでも、セニフの勝負球を鮮やかにいなしかわして見せたシルは、そうそう何度も同じ手を食うかよ。・・・と言わんばかりの得意げな表情を満面に浮かべ上げながら、しばし、自らが作り出したほんの僅かな沈黙の時の中に、悦的えつてき心境を静かにせ飛ばした。


そして、本当はそんな度胸も無い癖にと、茶化し入れ半分な薄ら笑いを作り滲み出しながら、意気揚々(いきようよう)とセニフの方へと視線を振り向けた。




・・・と、次の瞬間、思いっきり間近へと差し迫ったセニフの顔を目の前に見付け取るや否や、シルはいきなりセニフに唇を奪い取られた。


徐に両頬を鷲掴み状態にされ、いとも簡単に唇を重ね合わされてしまった。


喉元を軽く「うっ・・・。」と鳴らし上げ、只々大きく目を丸め見開く事しか出来なかったシルは、ここに来て、本当に強烈な手痛い反撃弾を、思いっきり心の臓に撃ち食らわされてしまった。


挿絵(By みてみん)




(セニフ)

「えっへへ・・・。いただき。」


ほのかに漂うセニフと言う名の女性の香りをしっかりと嗅ぎ取り得ながら、しばしやり過ごし経た僅かなる時間は、完全なる空白たる真白ましろの一時だった。


お返しをあげると言っておきながら、いただきとは一体どう言う事だよ・・・などと言うツッコミ言葉も思い浮かばず、通例通りの慌てふためき様を奏で出す自分自身を無理矢理に押し突き出す事も、シルには出来なかった。



それだけセニフの仕草は可愛かった。


それだけセニフの表情は可愛かった。


ゆっくりと自分の元から離れ行く間、全く視線を合わそうとしない、その恥らい交じりのいじらしい仕草が・・・。


正面へと向き直り、ベンチへと腰を置き据えた後で、唇にそっと指を宛がい、ほのかに頬を赤らめながら、小さな笑みを浮かべるその表情が、この上なく、非常に可愛らしかった。


勿論、シルがセニフの事を可愛いと思ったのは、これが初めてでは無い。


これまでの付き合いの中で、何度と無くセニフの事を可愛いと感じ得ていた事は確かだった。


シル自身もそれを否定するつもりは全く無かった。


だが、言うなればそれは、まだ幼い少女たるセニフの無邪気な振る舞い様に可愛さを覚えたのであって、女性的な可愛らしさ、初々しさを真に感じ得たのは、この時が初めてだった。




やがて、穏やかに流れ過ぎ去って行った静寂の一時をしばし挟み経て、得も言われぬ高揚感こうようかんの只中に囚われ入っていた思考が不意に我へと返り着き、二人は徐に横目でチラリとお互いを見遣り合った。


そして、嬉しいやら、恥ずかしいやら、照れくさいやら、妙に落ち着かない気持ちに色濃く駆られ突き立てられつつ、全く持って良い意味でのバツの悪さに強く強くさいなまれかれ始める・・・。


この時の二人は、お互いに、新たなるステージ上で踏み出すその第一歩目を、どういった方向へと向け標すべきか、如何様にして置き据えるべきか、少し迷っているような様子だった。



(セニフ)

「・・・えっと、私、ちょっとトイレ。確かこの丘の反対側に有ったよね。ちょっと行って来る。」


(シルジーク)

「え?・・・あ、・・・ああ。」


・・・と、そんな時、余りにたかぶり上がった荒々しき高揚感こうようかんと極度の緊張感からか、セニフが唐突に待ったなる逃げの一手を打ち付け、徐にベンチから勢い良く立ち上がった。


勿論、セニフとしても、もっと相手の傍へと寄り付きたい、更なる高みの園を目指して歩き進みたいと言う強い気持ちがあった訳だが、いきなり直ぐに次なる展開へと押し雪崩れ込み入るつもりなど毛頭なく、彼女は取り敢えず、急激に膨らみ熱し上がってしまった心と身体を、しばし冷やし醒まそうと考えたのだ。


言うまでも無く、シルも同じ様な思考の途を歩き進んでいた様で、お互いに差し向けあった好意的思いの矛先を、一時的に収め得ようと言う彼女の提案を直ぐに了承する返答を軽く返した。


そして、まさに一目散と言った様相で元気良く駆け出し、公園の反対側に設置されている公衆トイレへと向かう、セニフの後ろ姿をじっと横目で眺め見遣りながら、多少、ホッとなる気持ちを湧き立たせ、不意に脳裏へと浮き上がった感慨深げな思いにどっぷりと浸り入る様に、ゆっくりと天を仰ぎ見た。



そう言えば、あいつ。


最近、意味も無く無闇に抱き付いて来たりしなくなったな。


顔を合わせれば直ぐに、好きだの、愛しているだの言ってきてたのに、この頃はそれも、めっきり言わなくなってきた。


まだ、子供染みた所は一杯あるけれど・・・、やっぱりあいつも、だんだんと大人になって来たって事なんだな。



・・・それにしても、さっきのはやばかった。


本当にやばかった。


まさかあいつが、あんな表情を見せるなんて・・・。


夢にも思わなかったな・・・。




その後、シルは、しばしの間、彼是あれこれ詮無せんない思考を脳裏に幾つも渦巻かせながら、一人でボーッと周囲の景色へと意味無き視線をグルグルとわせ巡らせていたのだが、ふと、左手首に巻き付けていた腕時計に視線を宛がうと、パレ・ロワイヤル基地へと戻る夕刻の第一便まで、後二時間半程度しかないと言う事に気が付いた。


そして、これはもう、そろそろ戻る方向で考えて置いた方が良いかなと、そう思い付き、Gパンの後ろポケットから街の地図を取り出した。



・・・と、そんな時だった。



(少女)

「ねえねえ。おじちゃん。おじちゃん。」


(シルジーク)

「ん?」


シルから見て右手前方側に有る公園の出入り口から、一人の小さな女の子がパタパタと駆け走って来て、シルの目の前に到着するなり、いきなり声を掛けてきた。


もしかして、公園で遊んでいた子供達の仲間だろうか・・・と、そう思い付く前に、おじちゃん・・・と言う言葉に、激しくゲンナリとした思いを渦巻かせてしまったシルは、多少、滅入り参った表情をほのかに浮かび上がらせながらも、優しく女の子の言葉に耳を傾けてやる事にした。


(少女)

「あのね。あのね。あっちでおばちゃんが呼んでるの。」


(シルジーク)

「おばちゃん?・・・おばちゃんって、誰かのお母さんとかかい?」


(少女)

「ううん。違うの。おばちゃんがね。おじちゃんにちょっと手伝って欲しい事があるんだって。」


(シルジーク)

「手伝い?・・・うーん。人違いか何かじゃないのかな。お兄さんは、おばちゃんなんて知らないよ?」


(少女)

「ううん。全然人違わないの。おじちゃんで間違いないの。ほら。飴玉あげるから。」


(シルジーク)

「あ・・・、どうも・・・。」


(少女)

「ほらほら行こう。直ぐ行こう。」


(シルジーク)

「いやいや。ちょっと待って。お兄さんね。ここで人を待っているんだ。もう少し待ってくれないか?」


(少女)

「待つってどのぐらい?明日?」


(シルジーク)

「ううん。ほんのちょっとだけ。」


(少女)

「えー?ほんのちょっとだけも待つのー?駄目だよー。急がないと、おばちゃんが居なくなっちゃうよー。おばちゃんが居なくなっちゃったら、おじちゃんも困っちゃうでしょ?」


(シルジーク)

「困る?」


(少女)

「こないだ、お花屋さんのおばちゃんが居なくなったんだって。それでおじちゃん、凄く困ってるって言ってたから。」


(シルジーク)

「・・・う、うーむ。」


シルはこの時点で、この子から詳しい話しを聞こうとしてもダメだなと思った。


そして、やはりセニフの事を待った方が良くないか?と言う思いをほのかに湧き起こしながらも、「直ぐそこだから、公園の直ぐ外。」と言う少女の言葉を信じて、後に付いて行く事にした。


(シルジーク)

「あのさ。おばちゃんって、どんな人だった?背の高い人だった?」


(少女)

「うんうん。背の高い人。綺麗なおばちゃんだったよ。」


(シルジーク)

「緑色の髪のおばちゃん?」


(少女)

「うんうん。緑色の髪のおばちゃん。凄いねー。おじちゃん。なんでも知ってるんだ。飴玉もう一個あげる。」


(シルジーク)

「あ・・・、どうも・・・。」


(少女)

「おーじちゃーんはー。なーんでーもしってーるスーパーマーン!」


(シルジーク)

「・・・。」


(少女)

「ねぇねぇ。おじちゃん。お花屋さんのおばちゃんは、何で居なくなっちゃったの?」


(シルジーク)

「さ・・・、さぁ・・・。何でだろうねぇ・・・。」


子供の相手を適当にこなし経ながら、もしかしてジャネットかな?・・・と、シルは直ぐにそう思い付いたが、何故に子供を使いに出してまで自分の事を呼び出そうとしているのか、全く解らなかった。


用があるなら用があるで、自分から来れば良い訳だし、何か動けない事情、もしくは動きたくない事情が有るのかな?・・・的な事以外に、何らそれらしき理由を見つけ出す事ができなかった。


確かにシルは、色々と思案を巡らせ回した。


だが、しかし、何かがおかしいとか、何かが怪しいとまでは、全く微塵も考えなかった。


それだけ油断していた・・・と、そう言われればそれまでの話しである。



やがて、公園の出入り口付近へと到着したシルは、少女が指差した方角へと向かって視線を投げ振り、少し離れた家屋の脇角にぽつねんと佇む、一人の女性の姿を見付け取った。


女性の髪の毛の色は確かに緑色であったが、その女性は、シルの姿を見つけ取るなり、恐らくはカツラであろうその髪の毛を、ゆっくりと取り去ったのだ。


そして、その中から現れた紫色の綺麗な髪の毛を大きく妖美にひと掻きして見せると、その女性は、シルに向かって、恐ろしくも不気味な含み笑いを浮かべ上げて見せた。



この女・・・、何処かで・・・。



そう思ったシルが、その答えとなる記憶を脳裏へと導き出した直後、公園内に女性の叫び声が響き渡った。


言うまでも無くそれは、セニフの叫び声だった。



ちっ!!



シルは一瞬、先程の女性の方に視線を振り戻したが、颯爽さっそうと逃げ去り行くその姿を見て取るなり、直ぐに公園内の向こう側へと向かって駆け走り出した。


不意に少女が発した「おじちゃん。どうかしたの?」と言う問い掛けに答える暇も惜しむ様にして。



シルはこの時、完全に嵌められたのだった。


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