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Loyal Tomboy  作者: EN
第九話「白き波紋と、黒き波紋と」
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09-05:○白き波紋と、黒き波紋と[4]

第九話:「白き波紋と、黒き波紋と」

section05「白き波紋と、黒き波紋と」



「確かに。非常に興味深い面白い話ではあるが、余り他所では口外せぬ方が良い話だな。」


「勿論、事の真偽の程は全く定かではありません。ですが・・・。」


「君自身、そう感じたと?」


「はい。」


「ふーむ。君が言うからには、それなりの信憑性があって然るべきと考えるのが妥当なのだろうが、余りにも確たる情報が少なすぎる感が否め切れないのも事実だ。私としては、にわかには信じがたい話であると、そう称し表す事しか出来ないな。」


「お前の思い違いか何かじゃないのか?ただ単に、昔戦った相手の誰かと感じ違えただけとか。」


「DQA大会において、私が唯一敗北を喫した試合だ。間違えるはずが無い。」


「そうは言うがな、これはちまた流布るふする低俗な戯言ざれごとと全く同じレベルの話だぞ。お前が言うから、多少の妙味みょうみが利いた風に聞こえるだけで・・・。」


「そのぐらいの事は私にも解っている。解っているのだ。しかし・・・。」


「もし仮にだ。皇女様が今も尚生きておられたとして、何故にトゥアム共和国軍にいるんだ?そして何故、最前線の地でDQに乗って戦っておられるんだ?」


「・・・それが解らないから、私も混乱している・・・。」


「そもそも、皇女様がDQにお乗りになられるなどと、俺自身、初めて聞いた話しだ。しかも、お前を手玉に取れる程の腕前をお持ちであるなどと、そう簡単に信じられる話ではないぞ。」


「それは事実だよ。べトラ。セシル様はギュゲルト様に直接ご指導いただいていたんだ。そして、よく、お忍びでDQA大会にも参加なされていた様子だった。私自身、何度も本気でセシル様に挑みかかった経験があるが、只の一度もセシル様には勝利する事ができなかった。只の一度もだ。」


「うーむ・・・。確かにマリンガ・ピューロで出会ったあのパイロットは、物凄い腕前の持ち主だったが・・・。」


「まあ、しかし、だからと言って、その人物がセシル様である可能性は限り無く低いだろうな。第一、セシル様が直接戦場にお出にならなれる理由が何処にも無いよ。それに、もし仮にセシル様が生きておいでなのだとしたら、少なくとも、それを手引きした者達によって、何処いずこかしらにかくまわれてる等しているはずだ。」


「・・・では、この件は、何も無かった事として、そのまま放置される事になるのでしょうか。」


「・・・放置しておきたいのかね?」


「あ、いえ・・・。私は・・・。」


「はっはっは。君が考えている事など全てお見通しだよ。一度思い込んだら一意専心と言う、君の性格も含めてな。」


「それでは・・・。」


「実際、私自身も、この件に関しては、少なからず思う所があるのだよ。取り敢えず、君達三人には、休暇と称して、自由な時間をしばし与える事としよう。」


「ゲイリー様。」


「まあ、そう呆れた顔をするな。べトラ。これはユピーチルの話し云々(うんぬん)以前に、当初から決めていた事なのだ。君達も連日の軍務で多少なりと疲れているだろう?偶にはゆっくりと羽を伸ばし付ける時間を与えてやろうと思っていてな。不満か?」


「いえ。不満とかではありませんが・・・、よろしいのですかね。こんな情勢下に。」


「こんな情勢下だからこそだ。今現在、カフカス砂漠方面の軍事的緊張が非常に高まって来てはいるが、直ぐ直ぐに何がどうこうなろかと言う逼迫ひっぱくした状況には無い。何より、我々には難攻不落のトポリ要塞がある訳だしな。それに、オクラホマ都市奪還に向けた作戦案も、中々に上手くまとまり上がらぬ様だし、言い換えれば、今の内に休んでおけと言う事だ。」


「ゲイリー様。一つ、お願いがあります。」


「なんだ?」


「パレ・ロワイヤル基地周辺部の内情に詳しい人物を、どなたかご紹介いただきたいのですが。」


「ユピーチル。お前本気か?」


「あっはっはっは。これまた君らしいストレートな発想だな。良いだろう。君の要望に打って付けの人物を一人心得ている。彼女を紹介してやろう。クリューネワルトが撃墜されてから、マリンガ・ピューロへと出張るまでに要した時間を考慮すれば、そこ以外に出立点は考えられないからな。」


「ありがとうございます。ゲイリー様。」


「あの・・・ユピーチル様。危険な事を、なさろうとしている訳ではありませんよね?」


「勿論だ。私も多少なりと、自重すると言う言葉を知っている。」


「良かった・・・。では、私もユピーチル様と一緒に同行させていただきたいのですが、よろしいでしょうか。」


「何?」


「私は、常にユピーチル様のお傍に居なければならない立場にありますので。それに、危険は無いのですよね。」


「いや、全く危険が無いかと言えばそうでは無い。恐らく、お前にとっては危険だと称し得る不測の事態が、突発的に生じ起きる可能性は大いにある。」


「では、私にとって危険の無い、ギリギリの所までお供します。それならば、何も問題はありませんよね。」


「いや、それは・・・。」


「悪いが、俺は今回はパスさせてもらう事にするよ。俺はもう、甘く優美な砂上の楼閣ろうかくに、目を輝かせて夢を見馳みはせるほど若くはないからな。」


「む。」


「お願いします。ユピーチル様。私も連れて行ってください。決して足手纏あしでまといになる様な事は致しませんから。」


「ん・・・、んーむ。」


「お願いします。私も連れて行ってください。お兄様。お願いします。お兄様。」


「う・・・、うーん。・・・ううん?」




・・・と、そこまで深々と思案を巡り至らせた所で、不意に「ん?」と、物理的に喉元を軽く鳴らし上げて見せたユピーチルは、唐突に脳裏へと響き聞こえ来た甲高い声色の発現元へとチラリと視線を送り付け、直ぐ左手側小脇付近で不思議そうな面持を浮かべるテヌーテの表情を、しばしじっと見遣った。


(テヌーテ)

「如何なされたのですか?お兄様。」


(ユピーチル)

「・・・いや、別に。大した事では無い。」


そして、何処となく上の空的な生返事を投げ返してやりながら、周囲を行き交う街の人々の様相へと無為に視線を投げ流しつつ、多少、鬱陶うっとうしげとも取れる素っ気ない態度を滲ませて、小さな溜息を吐き付けて見せる・・・。


彼の脳裏には、未だに整理付かぬまだるっこしい疑念が、色濃く蔓延はびこり付いたままの様だった。


大自然の装い豊かな美しき街並みの中へと無理矢理に意識を立ち返らせて尚、何処か心此処ここに非ず的な様相を、中々に払拭し得る事が出来ない様子だった。



帝国軍の戦闘兵士である彼等二人が、この「スーリン」と言う街を訪れたのは、軍から下された作戦任務を遂行する為でも、久しぶりに与え付けられた休暇を満喫する為でも無い。


勿論、休暇を利用してこの地を訪れた・・・と言う事は紛れも無い事実であったが、彼等は、全くそれらとは異なる別物の目的を抱き持ち、この地へとやって来たのだった。


それは、彼等の上官である「ゲイリーゲイツ・トロ・ナイト」も、程良く興味心を寄り付かせた、「とある噂話」の真偽の程を確かめる事・・・。


ユピーチル自身が、身を持って体験した奇妙不可解なる現象を、より確かなる現実的情報によって固め上げる作業を実施する事にあった。



実際に、セファニティール皇女様が生きておられるのではないか・・・と言う、不確かなる憶測が激しくちまた錯綜さくそうしまくった事は、これまでに何度もあった。


そして、その度に、全くらちも無い瑣末な戯言ざれごとであるとして簡単に片付けられ、人々の記憶から徐々に風化し行くと言う、同じ様なサイクルを歩み辿り続けてきた。


言うまでも無く、ユピーチル自身も、セファニティール皇女様が生きておられるなどと言う、荒唐無稽こうとうむけいなる世迷言よまいごとを信じる気など毛頭ありはしなかった。


そう・・・。つい半月ほど前に勃発した「古都市マリンガ・ピューロ」での遭遇戦において、忌まわしき過去の記憶をそのままに蘇らせる巧みなDQさばきを見せ付けた、とある左利きのパイロットと直接対峙するその瞬間までは・・・。



(テヌーテ)

「ところでお兄様。あのフェーンと言う女性についてなのですが、多少、警戒なさった方がよろしいのではないでしょうか。」


(ユピーチル)

「何故だ?」


(テヌーテ)

「私が聞いた話によりますと、彼女は嘗て、あのシュタルホルテ家に仕えていた人物だったそうです。」


(ユピーチル)

「ほほう。そんな情報を何処から仕入れて来たんだ?」


(テヌーテ)

「私共が宿泊しているホテルの店主からです。昨日の晩、都合良くじっくりと話し込む機会がございまして。」


(ユピーチル)

「ふーむ。そうか、なるほど・・・。フィッグス・フォンス事件の生き残りと言う訳か。道理で、単なる一般兵にしては、余りに度を過ぎた威圧感を持っていると思った。」


(テヌーテ)

「シュタルホルテ家が叛旗はんきひるがえしたのは、現帝国の色濃い貴族支配体制を一掃したいと考えていたからだとも言われています。もしかしたら、今も尚、帝国貴族達に対する、根強い悪感情を抱き持っていたりするのではないでしょうか。」


(ユピーチル)

「あの家は、ストラ派の中核的役割を担いまかなう大家であったにも関わらず、自らの財産の多くを領民達と共有し、比較的質素な庶民的生活を送っていたらしいからな。・・・だが、恐らくは大丈夫だろう。何と言っても、ゲイリー様直々の御推薦人だ。私達自身が無用な疑いをかけて無為に事を荒らげる必要も無かろう。勿論、実際に彼女の本意が、ゲイリー様をはいす事にあるのだとしたら、それ相応の手段を講じて然るべき所ではあるがな。」


(テヌーテ)

「そうですか・・・。解りました。」


(ユピーチル)

「取り敢えずは、彼女がもたらしてくれた情報通り、共和国軍と取引をしている言う輩達との接触を、順次試みて行く事にしよう。ここから一番近い場所にある店は何処だ?」


(テヌーテ)

「繁華街の南東部にある、ピル・グレンツァと言う食料品店ですね。徒歩で五分と言った所でしょうか。」


(ユピーチル)

「よし、ではまずそこから始めるとしよう。」


(テヌーテ)

「解りました。お兄様。私がご案内いたします。」



ユピーチルの心の中では、「マリンガ・ピューロで対峙した左利きのパイロット」=「ジェニー・デルフス杯で敗北を喫した相手」と言う認識が、非常に強く根付き蔓延はびこりのさばっていた。


当然、「ジェニー・デルフス杯で敗北を喫した相手」=「セファニティール皇女様」なのだから、必然的に、「マリンガ・ピューロで対峙した左利きのパイロット」=「帝国の皇女様」と言う構図になる。


つまりは、「A=B」「B=C」なのだから、「A=C」に間違いはないと言う事なのだ。


勿論、ユピーチル自身、絶対的に「A=C」であると、完璧に断言し得る程の強い確信を持っていた訳では無いし、偶然に偶然が重なって生じた奇跡的現象を目の当たりし、面を食らってしまっただけなのかもしれない・・・と言う思いも多少はあった。


しかし、彼はそこでふと思う。


偶然に偶然が重なると言っても、これだけ多くの事象が、実際に重なり起きるものなのだろうか・・・と。



1.偶々相手が、左利きのパイロットだった。


2.偶々相手が、近接戦闘を得意とするパイロットだった。


3.偶々相手が、類稀たぐいまれなるDQ操舵技術を有する者だった。


4.偶々相手が、ジェニー・デルフス杯で敗北を喫した時と同じ様な攻撃手段を二段構えで用いてきた。


5.偶々相手が、子供の様なあどけなさを残した声色を持つ小柄な女性だった。


6.偶々相手が、皇女様の渾名あだなと非常に良く似た「セニフ」と言う名で呼ばれていた。(こじつければ母音は全て同じだ)



・・・これらは本当に、全てが全て偶然の産物と呼び得る事象なのだろうか。


ここまで来ると、もはやそこに、何かしらの必然性があって然るべきと考えるのが妥当なのではないだろうか。


実際に自分が目の当たりにしたこれらの事象の中で、四つ目の項目以外は、全てべトラもテヌーテも知り得ている確たる情報だが、肝心なのは正にその四つ目の項目であって、自身が「A=B」であると強く主張できるポイントもそこに有る。


勿論、この四つ目の項目を、他人に理解してもらう事など不可能な事であろうし、それ以外の項目のみを用いて他人を説得し得る事も、やはり不可能な事であろう。


・・・と、すれば・・・、もはや実際に、その「セニフ」なる少女の事を、詳しく調べ上げる他手立ては無く、何かしらの方法を用いて、彼女が本物の皇女様であると言う確たる証拠を入手し得ねばならない事になる。


敵軍に属する兵士たる者の素性を調査する事は、そう簡単に成し叶え果たせる代物ではないだろうが、それでも、比較的反帝国貴族志向であるこの街の人間をよそおいさえすれば、それなりに柔和的な足掛かり的人物に行き当たれるはずだ。


そして、その者が持ち得る情報網を利用して、少なからず、「セニフ」なる者の素性を暴き解く道筋を歩み進む事ができるはずだ。



ユピーチルはふと、そう意気込んで振り上げた視線を持って、キリリと頭上に生えそろう濃緑色の天井部を見据え、そこにきらめく無数の木漏こもれ日の向こう側へと意識をせ飛ばしながら、しばし足を止めた。


そして、ゆっくりと大きく息を吸い込みながら、徐に右手で強く握り拳を作りこしらえ上げ、不意にこちらの方へと振り返ったテヌーテと一瞥いちべつをくれ遣り合うと、再び行き向かう筋先へと向かって静かに歩を進め始めた。



・・・と、次の瞬間。



ドスン。



「きゃっ!」


「うあっ!」



迂闊うかつにも、完全なる余所見よそみ歩きを奏で出していたテヌーテが、程無くして迎え入れた繁華街通りの四つ角付近で、唐突に横道から姿を現した一人の通行人と、真正面から真面にぶつかり合う羽目となり、非常に可愛らしい驚声同士を交じり合わせて、情けなき二重奏をそこに吐けける事になってしまった。


明らかにテヌーテの方から勢い良くぶつかり当たった様にも見受けられたが、相手方の人物は比較的背丈のある大柄な女性であった様で、悲しくも大きく弾き返されてよろめき倒れてしまったのは、テヌーテ自身の方だった。


(ジャネット)

「あっ!ごめんなさい。大丈夫?」


(テヌーテ)

「いっちち・・・。いえ、こちらの方こそ、申し訳ございません。つい余所見よそみをしてしまいまして・・・。」


(ジャネット)

「本当にごめんなさい。私もちょっと、ぼんやりとしていたから・・・。」


それは、抹茶色の癖毛が特徴的な非常に愛らしい顔付きの長身女性で、比較的お上品と言える清楚な感じの一般的服装を上下に着揃えた蠱惑こわく的美女だった。


言うまでも無く、彼女はトゥアム共和国軍のネニファイン部隊に所属するDQパイロットの一人で、帝国軍に属するユピーチル達からすれば、完全なる敵兵と言う事になるのだが、一見して直ぐにそれと解り取れるすべをお互いに持ち合わせていなかった事が幸いし、その後もずっと、至って平穏普通なる形式的な遣り取りが続け並べられる事となった。


(ユピーチル)

「これはこれは・・・。申し訳ありません。私の連れ・・・いや、弟が大変御無礼をつかまつりました。何処かお怪我はありませんか?」


(ジャネット)

「ううん。私は大丈夫。そっちこそ、大丈夫?何処か擦りむいたんじゃない?」


(テヌーテ)

「あ、いえ。大丈夫です。」


(ユピーチル)

「何にしても大事に至らなくて良かった。弟の不注意に関しましては、私が後できつく叱っておきますので、どうかご容赦くださいますよう、よろしくお願いいたします。」


(ジャネット)

「いえいえ。私の方こそ、上手く避けてあげられなくて、ごめんなさいね。」


(テヌーテ)

「いえ、そんな。元々私が余所見よそみをして歩いていたのが悪いのですから。本当に申し訳ございませんでした。」



・・・と、本来であれば、ここでお互いに笑顔を浮かべ見せ合って、軽く手を振りさようなら・・・となる、非常に瑣末さまつな遭遇劇であったと言えるが、女性で対しては誰にでも極めて温厚、著しく積極的なユピーチルにとっては、ここからが始まりと言える胸熱むねあつ場面シーンであると言えた。


彼は、徐にジャネットの目の前へと静かに歩み寄ると、ほのかに優しげな微笑みをわざとらしく浮かべ上げて見せ、彼女の瞳をじっと見つめ遣りながら、何ら他愛無き雑談事を繰り広げ続ける体勢へと転じ入って行った。


(ユピーチル)

「ところでお嬢さん。お嬢さんは、この辺にお住いの方なのですか?」


(ジャネット)

「え?・・・いや、うーん。住んでいるって言うか、・・・ちょっと用事があって来たってだけ。」


(ユピーチル)

「と言う事は、この街の程近くに住まわれている方なのですね。今日は如何様いかような御用事でこの街へと来られたのですか?買い物か何かですか?」


(ジャネット)

「うーん。・・・ま、そんなとこね。」


(ユピーチル)

「そうですか。そうですか。・・・いえ、実はですね。私共二人は、つい一か月程前に、この街に越してきたばかりでして、未だに、右も左も解らぬと言った状況にあるのですよ。」


(ジャネット)

「ふーん。」


(ユピーチル)

「そこで一つ、私からお願いがあるのですが、よろしければ、多少なりとこの街の事について、私共に教えてはいただけないでしょうか。」


(ジャネット)

「え?・・・私が?・・・いえ、私はちょっと・・・。」


(ユピーチル)

「勿論、それ程お時間は取らせません。どこぞの店かでお茶などをたしなみ飲みながら、少しお話をして見たいなと思った次第なのです。先程のお詫びも兼ねて、御馳走いたしますよ。」


(ジャネット)

「・・・うーん。」


(ユピーチル)

「実はこの通りをもう少し進んだ先に、非常に美味しいケーキを出す店があるのです。如何でしょう?昼下がりの長閑のどかな一時をゆっくりと過ごし経るには、まさに打って付けと言える良店ですよ。」


(ジャネット)

「あの、えっと・・・・・・。もしかして、これって、ナンパ?」


(ユピーチル)

「私の本心を正直に申し上げますと、まさにおっしゃる通りにございます。」


(ジャネット)

「ぷっ・・・。くっふっふっふっふ・・・。正直なのね。あっははははは。」


(ユピーチル)

「貴女の様な真に御美しい方を目の前にしながら、お誘いもせずに帰してしまったとあらば、末代の末の末まで語り継がれる大恥になってしまいます。この街の美しき景観以上に、魅力的でいて御美しい貴女の様な女性に巡り合えた事は、私にとって、この上なく幸運な事、真に奇跡と称し得る希有けうな出来事なのですよ。出来る事なら、是非とも、この私目わたくしめの為に、多少なりと時間をお割き下さいますよう、よろしくお願い申し上げます。」


(ジャネット)

「うっふっふ。・・・嫌いじゃないわ。そう言うの。・・・でもね。ダメ。今日はちょっと、なんかそう言う気分じゃないの。・・・ごめんなさいね。」


(ユピーチル)

「・・・そうですか。それならば致し方ありません。それではまた、次の機会にお会いしましたら、また声を掛けさせていただきたいと思います。」


(ジャネット)

「うん。それじゃあ、またね。」


感覚的に捉えかんがみてみれば、彼女の反応は決して悪いものでは無い様に窺い見取れた。


無理矢理にでもゴリ押しを続け、食い下がり粘り通せば、彼女の方から仕方なしと折れてくれそうな柔和的な雰囲気が確かに感じられた。


・・・が、しかし、この時のユピーチルは、余りしつこくまとわり付く風を装わず、潔く素直に引き下がる事を選択した。


それは何故か?・・・と問われれば、彼女との会話の途中、ユピーチルの脳裏に全く別物の妙的みょうてき思案が浮かび上がったからである。


彼はその後、優しげな微笑みを振りき残しつつ、スタスタとその場を立ち去って行った長身女性の後ろ姿をじっと見遣りながら、ほのかにニヤリと頬を緩め歪めて見せた。



(ユピーチル)

「テヌーテ。テヌーテ。」


(テヌーテ)

「はい。何でしょう。」


(ユピーチル)

「今の女性の後を付けろ。」


(テヌーテ)

「え??・・・私が?・・・ですか?」


(ユピーチル)

「そうだ。」


(テヌーテ)

「・・・ええと、・・・それほどまでに、今の女性の事をお気に入りになられたのですか?」


(ユピーチル)

「違う。そう言う事じゃない。お前は先程の会話を聞いていて、何処か不自然だとは思わなかったのか?彼女は、この街には住んでいない。用事があって来ただけなのだと、そう言ったが、では一体、この街以外の何処に住んでいると言うのだ?魔境の森の奥深くに根城を構える山賊野党共と、同じ様な生活を送っているとでも言うのか?」


(テヌーテ)

「あ・・・。」


(ユピーチル)

「私の見立てでは、彼女には何かある。もしかしたら、共和国軍が駐留しているパレ・ロワイヤル基地に何か深く関係しているのかもしれん。勿論、これは、私自身が直感的に感じ得た些細なる違和感に過ぎない程度のものだが、妙に気になって仕方がない。本来であれば、私が直接彼女の後を付ける役割を担いまかないたい所だが、我々がこれから向かおうとしている行く先々では、何かと慎重な対応が必要になるだろうし、金銭的な買収取引事を含めた、巧みな交渉術が要求される事になる。」


(テヌーテ)

「・・・確かに、巧妙な駆け引きを要する交渉事に関しては、私では荷が重すぎます。」


(ユピーチル)

「こう言う時、べトラが居てくれたら、何かと面倒が無くて良いのだがな。すまないが、彼女の後を付けると言うもう一方の役割を頼まれてくれないか。」


(テヌーテ)

「解りました。私はあの女性の動向を探れば良い訳ですね。」


(ユピーチル)

「そうだ。いいか。決して相手に感付かれない様に注意しろ。無理そうだと思ったら、直ぐに尾行を取りやめてホテルに戻るんだ。」


(テヌーテ)

「はい。」


(ユピーチル)

「では、一度ここで別れる事にするぞ。再会場所はホテルだ。お互いに夜までには戻る事にしよう。」


(テヌーテ)

「解りました。お兄様も、どうかお気を付けて。」


・・・と、非常に硬く強張った真剣な表情を如実にょじつに浮かべ上げて、自らの心の中に沸き起こった懐疑心を、トクトクと説明して見せ掛かったユピーチルだが、彼自身が抱く本当の思い所としては、それ程強く彼女の事を疑い怪しんでいた訳では無かった。


言うなれば、彼はこの時、突発的に生じた予想外の出来事の上に、もっともらしい理由を無理矢理にこじつけて、何時までも何処までもべっとりとまとわり付いて来るテヌーテの存在を、強引に引き剥がしてやろうと画策していただけなのだ。


勿論、実際にそれは、完全にまとを射抜き通した正的推測であった事は言うまでも無く、ユピーチル自身も、多少なりと、そうなのではないか、と言う疑念を脳裏に渦巻かせていた。


・・・が、しかし、敵陣営側寄りの人間達と直接交渉を執り行うと言う確たる危険度に比べれば、まだ幾分かはマシであろう的な考えがあったユピーチルにとっては、それはまさに、してやったりてきな好成果を獲得し得る事ができたと言えよう。



そして彼は、ここでふと思う。


彼女に出会えた事は、私にとって、本当にこの上なく幸運な出来事であったな・・・と。




・・・が、しかし、そう言った喜悦きえつ心にしばし酔いしれて、ほんのりと浮かれ舞っていたのも束の間、テヌーテと別れてものの五分もしない内に、また新たなる出来事が、唐突に彼の元に振りもたらされる事となった。


それは、ユピーチルにとって、更にこの上なく幸運である言える、真に奇跡的な好機的出来事であった。



「おーい!セニフ!一人で勝手にうろちょろするな!迷子になっても知らないぞ!」


「大丈夫!大丈夫だよ!子供じゃないんだら!迷子になんかなりませんよーって!」



ユピーチルはこの時、唐突にハッとした表情を浮かべ上げて、その場に制止した。


そして、数多くの雑音の中に混じり入る二人の若い男女の声色に、じっと注意深く聞き耳を立てながら、非常に恐ろしくも真剣でいて鋭い深紅の視線を持って、周囲の様相をつぶさに探り見て取り始めたのだった。





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