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Loyal Tomboy  作者: EN
第九話「白き波紋と、黒き波紋と」
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09-04:○白き波紋と、黒き波紋と[3]

第九話:「白き波紋と、黒き波紋と」

section04「白き波紋と、黒き波紋と」


そこは、非常に色濃い緑樹達が大量に群れを成す奥深い山間部の真っ只中であり、見るからに古めかしい建物群が所狭しと立ち並ぶ街の商店街でもあり、お互いがお互いに持った特色長所を、如何なく発揮し合って生み出された見事な二重奏・・・とも言うべき、神秘的な景観と独特のかぐわしさを有した場所だった。


街の中心部より少しだけ北に外れた川沿いに有るこの小通りは、比較的落ち着いた雰囲気のお洒落な小店群が数多く軒を連ね、その道で名をせた高級ブランド品などを扱うお店や、流行り物を大量に並べ売る量販店、非常にモダンな感じのレストランカフェや、明媚めいびな美容院、化粧品屋などがりん首尾良しゅびよく配された形で、それらを目的として寄り集まった多くの若者達や熟年者達などで、結構な賑わいを見せていた。


真夏の昼下がりと言う、聞いただけでもダレつきそうになるどんよりとした熱気感や、こもり入った暗所に淀み蔓延はびこ鬱陶うっとうしきジメジメ感も全く無く、驚くほど清涼爽快せいりょうそうかいなる微風そよかぜと、心地良き自然の香りとに、暗なる舌鼓したつづみを打ち付ける様にして、静かに両目を閉じて見せた彼は、不規則に並べ敷き詰められた石畳の道上をゆっくりと歩き進みながら、大きく一つ深呼吸を奏で出して見せた。


そして、人々が奏で出す繁華街の賑やかな生活音の中に混じり入った、耳触りの良い小鳥達のさえずり音や、小さな蟲達の穏やかな協奏音を聞き取った彼は、徐にぐいりと顔を大きく持ち上げて、きらびやかな太陽光を幾つも漏らし零す、あでやかな森の天井部へと視線を宛がった。



(ユピーチル)

「ふーむ。中々に味わいのある街作りだ。物珍しき景観を売り物にする景勝地けいしょうちとしては、まさに一級品に類すると言っても過言では無いな。」


(テヌーテ)

「そうですね。何処も彼処かしこも、自然と調和する事を目的として、作りこしらえた感がありますし、見た目的にも、雰囲気的にも、本当に素晴らしい街並みだと思います。」


(ユピーチル)

「それに、見た所、民衆達の生活水準も比較的高い様だし、身分の格差も然程無い様だし、辺境地域にある地方小都市とは思えない程の良質的な品位と、平和的な解放感に満ち満ちている点が、非常に感銘深く印象深い。節度無き圧政と唾棄すべき嗜虐しぎゃくが横行する何処ぞ田舎町とは大違いだ。つい最近まで、この地を治めていたファーマー家の家主とは、それ程までに高い道義心を有したひとかどの人物だったのか?」


(テヌーテ)

「さあ。私もそこまでは・・・。でも、その前の領主だったオットトネス家に関しては、民衆からの評判もすこぶるよかったと言う話ですよ。」


(ユピーチル)

「ふーむ。・・・まあ、何にせよ。統治者が逃げ去った後でも、平静さを失わない民意の高さは、賞賛に値すべきものだな。一度、この街の民衆達をまとめ上げている人物と、直接会ってみたいものだ。」


(テヌーテ)

「そうですね。きっと民衆からの人望も厚い、優れた指導者なのでしょうね。」



セルブ・クロアート・スロベーヌ帝国のストラントーゼ軍に所属する士官兵士、「ユピーチル・フローラン・レブ・ネノベル」は、今、帝国領南東部にある「スーリン」と言う小さな街を訪れていた。


彼の直ぐ後ろに付いて回るあどけない顔貌がんぼうの茶髪の青年は、彼のお目付け役・・・と言うより、世話係、付き人と言った役割を一手に担う人物で、常に、威風堂々たる有様で先頭を行き進むユピーチルとは、明らかに異なる柔和的雰囲気感をかもし出していた。


彼等二人の間で遣り取りされる会話の全ては、間違いなく、そこに、主従関係が存在するであろう気配を、如実にょじつに窺わせる堅苦しさが交え入れられており、実際に存在する身分の格差をそのままに示し現している様だったが、時折笑みを浮かべながら他愛無き会話に興じ入る二人の態度から窺い見るに、それ程色濃い上下関係に凝り固まっている様子でもなかった。



(ユピーチル)

「地図によると、この辺の通りからが街の中心部だな。もう少し南の方にも足を延ばしてみるか?」


(テヌーテ)

「ああっ。見てくださいユピーチル様。街の中を鹿の群れが歩いています。」


(ユピーチル)

「ほうー。これはまた偉く和み入れる長閑のどかな珍景だな。この街のほのぼのとした感が、より良く現れ出ている。」


(テヌーテ)

「うわー。凄いなー。本当に可愛いなー。結構な数が居るみたいですけど、一体、何匹ぐらい居るんでしょうね。あっ。ほらほら見てください。子鹿ですよ子鹿。子供連れの親子が居ます。あっ。あっちの方にも、もう一組。あっ。こっちにも。わー凄い凄い。団体さんだー。」


(ユピーチル)

「・・・。テヌーテ。テヌーテ。余りそう無闇にはしゃぎ立てるな。周りの人間達は皆、当たり前の様な顔をして歩いているぞ。」


(テヌーテ)

「あ・・・。申し訳ありません。つい・・・。」


(ユピーチル)

「今の俺達は、この街に住まう一般市民と言う位置付けだ。余り派手に目立つ様な行動は控えるよう心がけろ。」


(テヌーテ)

「解りました。ユピーチル様。」


(ユピーチル)

「それともう一つ。人前では、そのユピーチル様と言うのはやめろ。」


(テヌーテ)

「えっ?」


(ユピーチル)

「一般市民であるはずのお前が、一般市民であるはずの私に対して、様付けをするのはおかしい事だろう?今現在、この街には貴族は居ないと言う事になっているのだからな。」


(テヌーテ)

「そ・・・、それも、そうですね。」



完全に一般市民風情と言える非常に質素な服装を身にまとっていた彼等二人の様相は、見るからに程良く適度に、その場の雰囲気、周囲の景観に同化し入っていたと言え、人通りの多い街の中心部へと差し掛かった最中にあっても、全く懐疑的な視線を送り付けられる事無く済まし通す事ができていた。


ただ、やはりと言うべきか、常に色濃い高慢ちきな態度をひけらかすユピーチルと、事ある毎に控えめな反応に終始するテヌーテの間には、明らかに通常の一般市民とは異なる主従的関係感が漂い舞っている様子だった。


幼い頃よりお互いに慣れ親しんだお互いの付き合い様を、突然今すぐに変えろと言われて、首尾良しゅびよく実践して見せられる程の器用さを持ち合わせていたかと言えば、お互いにそうではないのだと言う事をユピーチルは理解していた。


理解していながらにして、彼はそう言わざるを得なかった。


それは、もしかしたら、常に親身になって自分の事を案じてくれる心優しきテヌーテの為に、ユピーチルが見せた、彼なりの思い遣りだったのかもしれない。


彼はその後、本末転倒とも言うべき高圧的な態度を持って、この茶髪の青年にその感を払拭し得る努力を無理強いし始めるのだ。



(ユピーチル)

「では、テヌーテ。一度練習と言う事で、私の名前を呼んでみてくれないか?」


(テヌーテ)

「えっ?あ・・・そ、それは・・・、その・・・。」


(ユピーチル)

「ほら。別に難しい事では無いだろう?いつもべトラが言っている様にすればいいだけだ。簡単な事じゃないか。」


(テヌーテ)

「で・・・、でも・・・。」


(ユピーチル)

「別に、変に気にする必要は無いぞ。この私が許すと言っているのだ。仲の良い友達の事を呼ぶと思って、気軽な感じで言ってみろ。」


(テヌーテ)

「・・・う・・・、うー・・・・・・。ユ・・・ユピーチル・・・。様・・・。」


(ユピーチル)

「・・・。」


(テヌーテ)

「ユピー・・・。ユピー・・・チル・・・。様・・・。」


(ユピーチル)

「・・・。」


(テヌーテ)

「ユピー・・・チル・・・。・・・・・・・・・・・・。様・・・。」


(ユピーチル)

「・・・。」



当然、結果は火を見るより明らかな終着点にしか行き着かなかった。


何度やってもそれは同じ事の様だった。



(ユピーチル)

「どうした?出来ないのか?」


(テヌーテ)

「・・・も、申し訳ありません・・・。」


(ユピーチル)

「うーむ。では仕方がないな。お前は一人で先にホテルに帰っていろ。」


(テヌーテ)

「そ、そんな・・・。」


(ユピーチル)

「勿論、お前に悪気が無いのだと言う事は、私もちゃんと解っている。お前が私の身を案じて一緒に付いて歩きたいのだと言う、その思いも含めてな。だがなテヌーテ。今やこの街は、我々にとって完全に敵地たり得る危険な場所なのだ。誰一人として頼り付ける者など居ない。土地勘すらない異国の街だ。そんな場所において、あからさまに「私は貴族です」などと言う名札をぶら下げながら、のうのうと歩き回れると思っているのか?」


(テヌーテ)

「で・・・、では、私は今後、なるべく喋らない様にします。それなら・・・。」


(ユピーチル)

「そもそも、お前のその著しくへりくだった喋り口調が問題と言えば問題なのだ。全く一言も喋らずに突き通すと言うのも、やはり妙な違和感を相手に与え付けてしまう事になるだろうし、もっと普通に、自然にと言った感じの喋り方とかは出来ないのか?」


(テヌーテ)

「・・・そう言われましても、これはもう幼い頃から身に染みて付いてしまった、癖の様なものですから・・・。」


(ユピーチル)

「まあ、お前のその控え目な性格では無理だと言わざるを得んだろうな。お前はそう言う奴だ。良い意味でそう言う奴だ。それはそれで仕方がない。だから今回ばかりは私の言う事を聞いて、素直に自重してはくれまいか。私なら大丈夫だ。、私一人だけなら、如何様な事が起きようとも何とでも出来る。だから心配するな。テヌーテ。安心してホテルで待っていてくれ。」


(テヌーテ)

「・・・。」



何やら上手く言い包められつつあるな・・・と言う感が、沸々と沸き起こる心の内底の中で、「ですが・・・」と、全く無音なる逆接詞を付け加えて見せたテヌーテは、何かを言いたそうな表情をしばし垣間見せながらも、その後に続けるべき体良ていよき強弁を全く見出す事ができなかった。


何としても一緒に付いて歩きたいと言う思いに強く駆られ取りかれながらも、この金髪の青年が発した言にも一理有りと、少なからず認めざるを得ない心境に陥ってしまったテヌーテは、只々黙って静かに項垂うなだれ入る事しか出来なかった。


彼は、ユピーチルが、一体何を言わんとしているのかを、良く理解していた。



要は、この街は危険だから、お前は安全なホテルの部屋に戻っていろと言う事なのだ。



勿論、だからと言って、そんな危険な街の中に、主人たる人物を一人残してのこのこと立ち去れようはずが無いし、彼はその後も、しばしの間、同じ様な言を同じ様に繰り返して見せながら、彼是あれこれと思案を巡り回す時間稼ぎを展開して見せる他無かった。


・・・が、しかし、彼はこの時、運良くも、不意に振り向けた視線の先で、通り沿いを元気よく走り回る幼い二人の兄弟の姿をチラリと見て取り、非常に収まりの良い妙的みょうてき設定案を脳裏にひらめき上げる事に成功する。


そして、意気揚々と振り上げた視線を持って、ユピーチルの表情をじっと窺い見つめ遣り、「では、こうしたら如何でしょう。」と、攻勢に転ずる構えを示し出した。



(テヌーテ)

「私とユピーチル様は実の兄弟だと言う事にするんです。」


(ユピーチル)

「実の兄弟?」


(テヌーテ)

「はい。非常に仲の良い兄弟と言う設定です。そこで私は、兄の事を非常に尊敬している控え目な弟と言う役割を演じます。これなら、私が敬語口調を用いても、おかしくはありませんよね?」


(ユピーチル)

「うーむ・・・。だが、お互いを兄弟と称するには、余りにも似ていない部分が多すぎる様な気もするのだが・・・。」


(テヌーテ)

「それでは腹違いの兄弟と言う設定で。育った環境も全く別々だったと言う事にしましょう。それならお互いに全く普段と変わりない態度で楽に接し合えますし、周囲の人達にも、きっと怪しまれないと思います。」


(ユピーチル)

「う・・・、うーむ・・・。」


(テヌーテ)

「それに、しっかりと敬称を付けてお呼びする事さえできれば、私も全く問題無く言えると思いますので、どうかそう言った設定にして下さいますよう、よろしくお願いします。お兄様。」


(ユピーチル)

「お・・・お兄様??」


(テヌーテ)

「はい。お兄様。決して足手纏あしでまといになる様な事は致しませんから。私も連れて行ってください。お兄様。お願いします。お兄様。」


(ユピーチル)

「む・・・むー・・・。」



必死の形相で強く強く懇願して来るテヌーテの表情は、まさに真剣そのものと言った様相だった。


あからさまにいぶかしげな顔色を浮かべ上げ、大きな溜息を吐き付けて見せたユピーチルの邪険そうな態度にも、全く物怖じせずと言った力強い意気込みが、その両の眼差しの中に含み入れられている様だった。



ユピーチルはここで、彼を説得する事を諦めた。



お兄様と呼びつけられる度に、激しく居心地の悪いむず痒き思いに苛まれる次第となったが、この茶髪の青年の言を素直に採用して、仲の良い兄弟を演じてやる事にした。


普段から気弱な感じで、直ぐに人の下手したてへと回り堕ちて行こうとする彼だが、一度強く思い詰め始めると融通が利かなくなると言う事を、ユピーチルは良く知っていたのだ。


彼はその後、徐に呆れた顔色を十分に浮かべ上げながら、「仕方が無いな・・・。」と言って、自らが敗北した事を認める発言を漏らし零した。



(テヌーテ)

「うわーい。やったー。ありがとうございます。お兄様。私もしっかりとお兄様のお役に立てるよう頑張りますので、よろしくお願いします。」


(ユピーチル)

「解った解った。解ったから、そう無闇にはしゃぎ立てるな。私達は遊びに来ているのではないのだぞ。」


(テヌーテ)

「解っております。お兄様。仰せの通りに致します。」



・・・まあ、自身が言って見せた程に、危険な場所でもないであろう・・・と言うのが、ユピーチルの中での負け惜しみ的言い訳だったが、本当に嬉しそうな表情を振り撒く茶髪の青年の反応を静かに見遣り取るなり、ほのかに口元を緩めて小さく溜息を吐き出した。


そして、自らが発した「遊びに来ているのではないのだぞ。」と言う言葉を、しっかと脳裏に強く反芻はんすうさせながら、意気揚々と先頭を歩き出したテヌーテの後を追い、ゆっくりと歩を進め始めた。


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