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Loyal Tomboy  作者: EN
第九話「白き波紋と、黒き波紋と」
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09-03:○白き波紋と、黒き波紋と[2]

第九話:「白き波紋と、黒き波紋と」

section03「白き波紋と、黒き波紋と」


その後、数多くの商店、露店が立ち並ぶ街の繁華街へと移動したセニフとシルは、割と活気付いた様子の小狭い細通り内に、小洒落たオープンテラスの店を見付け、そこで若干遅めの昼食を取る事にした。


そして、意味無くも店の前に配された日よけ屋根の下に並べられた小さな円卓席に、面と向かって仲良く座り合い、程なくして店の中から出てきた女性店員に、取り敢えず食べたいものを各々二品づつ注文する。


シルが注文した品は、ピリリと辛い濃厚レッドカルボナーラと、カリカリベーコンとレタスの冷菜サラダで、セニフが注文した品は、特濃山菜チーズリゾットと、完熟トマトの冷製ミネストローネスープだった。


時刻的には、昼の一時を程良く回り過ぎた頃合いであり、店内の様相は、比較的閑散とした雰囲気の中へと落ち着き収まり入っている様だったが、繁華街のメインストリートに当たる表通りを行き交う人々の流れは、未だに少しも差し止まる気配を窺わせない勢いを保ち有したままで、特に、数多くの食料品や生活雑貨品などを開き売る出店付近には、幾つもの人集りが出来ている様子だった。


(セニフ)

「ほんと、平和な街だよね。山を一つ、二つ越えれば直ぐ戦場って、危険な場所のはずなのに、少しも物々しい雰囲気がしない。」


(シルジーク)

「そうだな。確かに、少し平和過ぎるって感じがしないでもないな。」


(セニフ)

「私さ。敵国の勢力下に置かれた街って、もっと殺伐とした雰囲気があるのかなって思ってたんだ。だから、ちょっと意外だったんだよね。この街の妙に落ち着いた雰囲気がさ。街中を歩いていても、地元の警官っぽい人が二、三人歩いていた程度だし、不思議だよね。なんでこうも皆、平然としていられるのかな。」


(シルジーク)

「この辺の地域は、昔からコロコロと統治者が変わったって言う過去の例があるからな。今更統治者が誰に変わった所で、大した違いは無いって事なのかもしれない。」


(セニフ)

「へー。そうなんだ。良く知っているね。シル。」


(シルジーク)

「あ、いや・・・。この街に来る前に、ちょっと調べたんだ。」


(セニフ)

「ふーん。」


セニフはふと、何の気なしに振り向けた視線の先で、群衆の中を元気良く駆け回る三人の幼い子供達の姿を見付け取ると、その余りにも愛らし過ぎる無邪気な振る舞い様をつぶさに眺め見て取りながら、ほのかに頬を緩ませ、くすくすと小さな笑みを浮かべて見せた。


そして、徐にゆっくりと、テーブルの上へと寝そべる格好で上体を前掛かり的に投げ出して遣ると、今度は、楽しげに話し歩くカップルらしき二人の男女へと視線を移し変え、次いで、通り沿い据え置かれたベンチに座る老夫婦の仲睦なかむつまじき様相へと意識を飛び移らせた。


(セニフ)

「・・・でもさ。私達も、ついこないだまでは、こんな風に普通の生活を送ってたんだよね。」


(シルジーク)

「そうだな。」


(セニフ)

「毎日毎日、他愛無い事で馬鹿みたいにはしゃぎ合ったりしてさ。」


(シルジーク)

「馬鹿みたいにはしゃぎ回ってたのは、お前とサフォークぐらいだろ。俺を一緒に混ぜるな。」


(セニフ)

「なーに言ってんだか。シルだって結構、私の馬鹿に付き合って騒いでくれてたよ?ジャネットとかアリミアが良く呆れてたもん。」


(シルジーク)

「そんな事無いだろ。俺は至って真面目な男だったぜ。」


(セニフ)

「うんうん。真面目真面目。そこん所だけは素直に認めてあげる。でもさ。その生真面目すぎる反応が度を過ぎてるって言うか、からかえばからかう程に、面白い反応になって行くから、楽しくてやめらんないの。特に怒り出すと、自分でも止められないって感じで、振り上げた拳の落とし所に困ってオロオロしたりさ。一回有ったよね。そのまま自分の頬をぶん殴って済ませた事とか。あれ、見てて結構面白かったよ。くっふふ。」


(シルジーク)

「さーーーてな。そんな昔の事は忘れちまったい。」


(セニフ)

「・・・あの頃は、ほんと、楽しかったよね。」


(シルジーク)

「まあな。ムカつく事も結構あったような気がするけど、それは否定しないよ。」


(セニフ)

「うん。・・・でもさ。なんかちょっと、・・・遠い昔の出来事だった様な気がする・・・。」


(シルジーク)

「そうだな。」


(セニフ)

「ついこないだまで、普通の生活を送っていたはずなのになー。それが、いつの間にか、軍隊に入って、DQに乗って、戦場に行って、帝国軍と戦っているー・・・・・・か。」


この時、シルは、セニフの横顔の上に、不意に重苦しき陰鬱な陰りが混じり浮かび出たのを見逃さなかった。


そして、僅かに俯く様に視線を落としたその仕草をじっと見つめ遣りながら、全く無音なる深い溜息が、彼女の口から漏れ零れる音を聞いた様な気がした。


(セニフ)

「私、ほんと、何やってんだろうね・・・。」


(シルジーク)

「また、普段通りの生活に戻れるようにって、毎日毎日、必死こいて頑張っているんだろ?違うのか?」


(セニフ)

「頑張っているには頑張ってるんだけどさ。うん。・・・結構頑張ってると思う。・・・でもさ、なんかさ、・・・頑張れば頑張る程に、自分がどんどん遠くに行っちゃう様な気がしてさ。」


(シルジーク)

「・・・。」


日々、毎日の様に繰り返される過酷な軍隊生活の中で、全くの普段通りと称せる平和的生活感が、次第に掻き消え去って行く様な物憂ものうい感覚を、不意に捉え覚えてしまうと言う事は良く有る事だ。


比較的安全なる後方基地内において、毎日毎日、DQの整備作業に明け暮れているだけのシルでさえ、時として、そう言う思いに苛まれ落ちてしまう事があるのだから、過酷な最前線の地にて敵兵と凌ぎを削り取り合わなければならないセニフにとっては、それは、なおのさらの事であったと言えるだろう。


軍隊に所属する一兵士として、戦場に出張って頑張ると言う事は、相手方の兵士を出来るだけ無力化する、傷付ける、殺す・・・と言う事とほぼ同意語であり、勿論、一概にそうとは言い切れない任務を受け負わされる兵士達も数多く存在するが、強力な破壊武器を幾つも装備した巨大な殺人兵器のパイロットである彼女の立場は、完全にそのケースに一致していると断言する事が出来る。


言うなれば、彼女の仕事は、出来るだけ敵兵を殺し排すよう努力する事にあり、彼女の横顔に不意に滲み現れ出た鬱々(うつうつ)しき雰囲気感は、その事をしっかりと認識している様な感じだった。


(セニフ)

「・・・あ。ごめん。・・・・変な事言ったね。気にしないで。」


(シルジーク)

「いや、いいんだ。うん。・・・その気持ち、何となくだけど、俺にも解るよ。」


しかし、最前線の地で戦う事を余儀なくされる彼女達戦闘兵士にとって、敵兵を殺し排すと言うその行為自体に対して、色濃い罪悪感、強い抵抗感を覚え感じ、さいなみ入ってしまう事は、自らが生き延びる可能性を、自らの手で落としめる愚行そのものであると言える。


更に加えて言えば、味方の兵士達の命を危機的状況に曝し落としかねない暴挙であるとも言える。


言うまでも無く、彼女がそう言った事を全く理解できていない訳では無いだろうし、敵兵の為に自らの命を捧げ上げるつもりも毛頭ないであろう事は予想できたが、非常に重苦しき空気感をまとい被って、唐突に沈みしぼみ入ってしまった彼女の様子から、シルは不意に、心の内底に強い不安感を沸き起こしてしまった。


そして、再び何の気なしに、街の様相を眺め始めたセニフの横顔をじっと見遣り付けながら、あからさまに真面目掛かった強い口調を用いて言葉を並べ立て始めた。


(シルジーク)

「・・・でもな。セニフ。この際だからはっきり言っておくぞ。兵士として戦場に出て、相手方の兵士を倒す事・・・殺す事は、決して悪い事じゃない。作戦任務を遂行する為に、味方の兵士達の命を守る為に、自分自身の命を守る為に、それはもう、仕方がない事なんだって、しっかりと割り切って考える様にしろ。それ以上の事は何も考えるな。それ以上の事を考えると、戦場で敵兵と出会った時、絶対に迷いが生じる事になる。迷いが生じれば思考が止まるし、思考が止まれば手が止まる。一瞬の判断ミスが命取りになる戦場で、変に相手の事を考えて、手加減してやろうとか、見逃してやろうとか、そんな事、絶対に考えるなよ。」


(セニフ)

「・・・うん。解っている。」


(シルジーク)

「戦場でお前が敵兵を撃ち倒せば撃ち倒した分だけ味方が有利になる。そして、それは、結果的にお前自身の命を守る事にも繋がる。いいか。戦場では絶対に自分達陣営側の事だけを考えて行動する様にするんだ。相手方の兵士達の事を考えるよりも前に、まず、味方の兵士達の事を考えるんだ。事の優先順位を絶対に見誤らない様にな。」


(セニフ)

「・・・うん。」


(シルジーク)

「戦場で出会った敵は敵として、躊躇ためらう事無く撃ち倒せ。味方の兵士達の為に、自分自身の為に、何も躊躇ためらう事は無い。迷わず撃ち倒すんだ。それで良いんだ。何も悩む必要は無いんだ。」


(セニフ)

「・・・うん。」


シル自身、何となく、人として余りよろしくない事を言っている様な気がしたが、それ以外に何も良い言葉を選び出す事が出来なかった。


自分自身は後方基地にて、のんびりと整備作業をしていればいいだけの贅沢な身分に有りながら、何とも偉そうな事を言っているな・・・と言う、無節操なる羞恥心を沸き起こしてしまうに至ったが、無理矢理にでもそう言って、彼女の事を正当化して見せる事しか出来なかった。


ネニファイン部隊へと配属されてから、既に二ヶ月が経とうとしているが、その間、戦場へと出張ったセニフが、只の一人も敵兵を撃ち殺す事無く、作戦任務を遂行できたかと言えばそうでは無い。・・・と言う事ぐらい、シルも解っていた。


恐らくは、自らの意思を持って敵兵へと銃口をかざし付け、懸命になってトリガーを引いていたのであろう事は、本人に直接聞きただすまでも無く明らかな事だった。


確かに、DQと言う巨大人型兵器や、戦車と言う装甲移動兵器を、数多く使用して執り行われる現時代の戦闘においては、敗北者たる立場側の人間の最後の断末魔を、直接聞き取る機会などほとんど無く、視覚的にも、目の前で敵の兵器が爆発四散すると言った現象を、目の当たりにするだけで済まし通せる事が多い。


自らの手で直接人の命を奪い取っているのだと言う負たる実感を、それ程余り強く感じずに済まし流す事が出来ると言える。


だが、その中に人が乗っているのだと、少しも想像できない様な大馬鹿者がそうそう居るとは思えないし、それと解っていながらにして、殺人行為を好みたしなむ精神的異常者も、それ程多くはないはずだ。


恐らくはセニフも、自らの手で人殺しをしているのだと言う負たる実感を胸の内に溜め込み、如何ともし難い鬱々しき罪悪感に苛まれ続けているに違いなかった。


(シルジーク)

「ほんと、何かあったら直ぐに俺に相談する様にしろよ。遠慮なんかする必要は無いからな。」


(セニフ)

「うん。」


(シルジーク)

「これからも色々と、辛い事とか、悲しい事とかもあるだろうし、時には泣きたい時だってあるだろうし。そう言う時、なるべく一人で我慢しない様にするんだぞ。お前の周りには、俺だけじゃなく、ジャネットとかサフォークとか、他の皆も居るんだからさ。」


(セニフ)

「うん。ありがと。」


(シルジーク)

「俺・・・。ほんと、なんて言ってやったらいいのか、中々良い言葉を見付けられないんだけどさ・・・。うーん。なんていうか・・・。こう・・・。」


シルはこの時、彼女の事を凄く心配していた。非常に強くうれえていた。


久しぶりに目の当たりにした平和的世界観の中で、彼女がそう言った罪悪感を、より一層強く抱き持つ悪因に取りかれてしまったのではないかと。


必要以上に募り積もらされた強い自責の念が、戦場における彼女の行動を、著しく逆進的な方向へと寄り固まらせてしまうのではないかと。


戦場において敵兵を目の前にしても、全くトリガーを引き絞れない、最悪の硬直状態に陥ってしまうのではないかと。


そう懸念していたのだ。


しかし、そんなシルの色濃い憂慮心を、じっと静かに受けて感じて取っていたセニフは、徐にシルの方へと向き直って、あからさまに嬉しいなる作り笑いを口元に浮かべ上げて見せると、そんなに気を遣わなくても良いから的な雰囲気を如実にょじつに吐き放って、軽い感じでこう言って見せた。


(セニフ)

「大丈夫。大丈夫だよシル。そんなに心配しなくてもいいよ。私さ、そう言う躊躇ためらい感みたいなの、もうずっと昔に何処かに置いてきちゃったから。・・・だから大丈夫。・・・うん。大丈夫。」


(シルジーク)

「え?」


(セニフ)

「あれ?・・・また変な事言っちゃったかな。えっへへ。気にしないで。うん。・・・へへっ。」


それは、シル自身、全く予想だにしていなかった言葉・・・と言う訳では無かったが、やはりそれなりの驚きを禁じ得る事ができなかった。


そして、見るからに明る気な雰囲気感を無理矢理に維持したまま、見るからに不自然なる乾いた誤魔化ごまかし笑いを奏で上げたセニフの反応をつぶさに見て取り、不意に、彼女の心の奥底に蔓延はびこり溜まった黒々しき鬱念うつねんの影を、暗に垣間見てしまった様な気がした。


・・・と同時に、全く何事も無かったかの様な素振りで、再び外界の様相へと視線を振り逃がした、セニフの表情をじっと見つめ遣りながら、シルはふとこう思った。



自分と初めて出会った頃のセニフは、もっと陰鬱で、他人を全く寄せ付けない痛々しき威圧感をあからさまに吐き放って見せていたが、それは過去に、セニフが、何度も何度もそう言った行為に及ばざるを得なかった・・・、自らの意思を持って、他人の命を幾つも奪い取らざるを得なかった・・・と言う、暗なる事実を如実にょじつに物語る、真に色濃い精神的陰りの現れではなかったのか・・・と。


万人共通の罪たるや人殺しと言う業病ごうびょうに侵されかれてしまった彼女の心が、絶望感満載なる自閉的暗黒の世界観の中で、非常に重苦しき自責の念に強く強く責め立てられながら、もがき苦しんでいた、足掻きのた打ち回っていたからではなかったのか・・・と。



確かに考えてもみれば、帝国の皇女たる身分にある者が、他の国に逃れ堕ち行く様を想像して、容易に事を成し叶え遂げられる事の顛末てんまつを直ぐに構築し得る者は、相当の楽天家であると言える。


恐らくは彼女も、相当過酷な道のりを通り経て、このトゥアム共和国へとやって来たのであろう事は明白な事だった。




(女性店員)

「お待たせしました。こちら。レッドカルボナーラと冷菜サラダ、チーズリゾットと、ミネストローネスープになります。」


(セニフ)

「わーお。美味しそうー。来たよ来たよシル。いいじゃーん。いい感じゃーん。」


(女性店員)

「こちらはお好みに合わせてご使用下さい。ご注文の品は以上でよろしいでしょうか?」


(セニフ)

「はーい。大丈夫でーす。」


(女性店員)

「それでは、ごゆっくりどうぞ。」


やがて、ほんのりと静かに流れ過ぎ去って行った沈黙の時をしばし隔て、ようやく持ち運ばれてきた美味しそうなお昼ご飯に、あからさまに目を丸めて大袈裟なる反応を奏で上げて見せたセニフが、二人の間にわだかまったバツの悪い空気感を払拭しにかかった。


そして、テーブルの上に並べられた一つ一つの料理に、「うわー。これも美味しそう。これも美味しそう。」などと言って、色濃い歓喜色を交えた単純なる所感を順番に示し現して見せると、徐に意気揚々たる形様をこれまた大袈裟にひけらかして見せ、左手で銀色のスプーンを掴み取った。


(セニフ)

「ほらほら。シル。冷めないうちに食べよう。美味しそうだよ。」


(シルジーク)

「ああ。そうだな。」


(セニフ)

「へっへへー。御馳走様ー。この後のデザートも期待してますよー。」


(シルジーク)

「解ってるよ。」


(セニフ)

「むっふふ。それでは、いただきまーす。」


・・・が、しかし、その後、楽しい食事時をゆっくりとたしなみ満喫し経るはずだった二人の間には、いつまで経っても掻き消え行かない微妙な雰囲気感が蔓延はびこり残ったままだった。


確かに、彼と彼女の間で、お互いに遣り取りされる会話の全ては、しっかりとした受け答えを持って終わりへと至り着く流れを完全に踏襲とうしゅうしていたと言えるが、時折何かを考え込む様にして低調なる不協和音を奏で出すシルの態度に引きられ、中々思う様に盛り上がる気配を匂わせなかった。


勿論、セニフ自身、自らが何となく的に漏らし零した愚痴発言が、事の発端となった事を自覚していたし、自分の事を彼是あれこれと心配してくれている様子のシルの思いも非常に嬉しいと感じていた。


しかし、それでも、そこまで変にシルの事を悩ませるつもりも、考え込ませるつもりも無かった訳で、出来ればシルに、その事から早く思考を切り離して欲しいと思っていた。


そこで、セニフは、自分がこれまで余り触れ触らない様にしてきたと「ある話題」をシルにブチ投げ、彼の気を散らし逸らしてやる作戦へと移り出る事にした。



(セニフ)

「ねぇねぇ。そう言えばさ。シルって、お兄さんと仲悪いの?」


(シルジーク)

「お兄さん?」


(セニフ)

「ほら。うちの部隊の隊長さんと。」


(シルジーク)

「何で奴がお兄さんなんだよ。」


(セニフ)

「何でって・・・、違うの?」


(シルジーク)

「奴は弟だ。俺の方が兄貴。」


(セニフ)

「へー。そうなんだ。全然そんな風にみえないなー。」


(シルジーク)

「ちっ・・・。なんでどいつもこいつも同じ事を言いやがるんだよ。全く・・・。」


(セニフ)

「だってさー。何か、隊長の方が色々としっかりしてそうだし、頭も良さそうだし、なんてったって、パレ・ロワイヤル基地の防衛司令官だからね。すごいよねー。あの年齢で。」


(シルジーク)

「はいはい。どうせ俺はしがない整備作業員の下っ端風情でしかありませんよ。何をどうこう引っ繰り返ったって、奴には何もかないません。」


(セニフ)

「あっははっ。何もそんなに卑屈になる事無いじゃーん。シルはシルなんだし。それでいいじゃないのさ。気にすることないって。」


(シルジーク)

「別に気にしてなんか無いさ。ただ、毎回毎回同じ様な事を言われるのが鬱陶しいだけだ。」


(セニフ)

「でもさ。双子の兄弟って、なんか羨ましいよね。」


(シルジーク)

「何がだよ。」


(セニフ)

「だって、生まれた時からずっと一緒だった訳でしょ?話しも合うだろうし、趣味だって合うだろうし、常に何でも話せる仲の良い友達が傍に居るって感じで、楽しそうじゃない。」


(シルジーク)

「双子だからって、いつもいつも一緒に居るって訳じゃないぞ。それに、話しだって合わない時は全然噛み合わないし、喧嘩する時はガッツリ遣り合ったりもする。その辺に居る兄弟姉妹と何も変わらないよ。」


(セニフ)

「でもさ、片方に何かあった時とか、もう片方がテレパシーとかでビビビッと、直ぐに感知出来たりするんでしょ?何か凄いじゃない。それって。」


(シルジーク)

「そんな事出来る訳ないだろ。偶にちょっとだけ、感覚が似てるなって、そう感じる時があるぐらいだ。」


(セニフ)

「ふーん。そうなんだ。・・・でも何か、そんなに仲が悪いって訳じゃなさそうだね。」


(シルジーク)

「何だよ。別に良いだろ。そんな事。お前が気にする様な事じゃないよ。それより、早い所それ、全部食べてしまえよ。午前中かけて、まだ街の半分しか回れてないんだから。」


(セニフ)

「だってー。気になるじゃんかよー。私だってシルの事、色々と聞いてみたいって思ってるのにさー。ほんと狡いよー。自分だけさぁー。」


(シルジーク)

「俺も言いたくなったら言う事にする。そう言う事にしといてくれ。」


(セニフ)

「むー。・・・じゃあいいよ。私、隊長の方に直接聞いてみる事にするから。」


(シルジーク)

「おいおい。あいつはあれでいて結構忙しい身分なんだから。余り余計な事に時間を取らせるなって。」


(セニフ)

「えー?そんな事ないよ。私、こないだ休憩ルームのソファーで、思いっきりお昼寝ぶっかましている所見たよ。多分、二時間ぐらいはぶっ通しで寝てたんじゃないかな。私が整備作業をし終える間ずっとだったみたいだから。」


(シルジーク)

「あの馬鹿・・・。」


(セニフ)

「なんか聞いたらさ。その後、猫ちゃんに相当こっ酷く叱られたって話だよ。猫ちゃんね。隊長が寝ている間、ずっと必死になって探し回ってたんだって。なんか妙にウケるよね。ほのぼのとしていてさ。」


(シルジーク)

「あいつはそう言う所、結構抜けてたりするからな。」


(セニフ)

「あっれー?まるで自分は抜けてないって感じの言い方だねー。」


(シルジーク)

「何だよ。俺はお前ほど抜けているつもりはないぞ。」


(セニフ)

「そうそう。抜けない様に抜けない様にって、色んな所に気を遣って、偶に必要な所が思いっきり抜けてたりとかしてねー。」


(シルジーク)

「そんな事はないだろう。」


(セニフ)

「本当にそうかなぁー。けっけっけ。・・・じゃあ言うよ。これは朝からずっとなんだけどさー。シルのズボンのチャックが空きっぱなしなんだよねぇー。」


(シルジーク)

「なっ!・・・・・・え?・・・・・・あれ?・・・。」


(セニフ)

「あっははははははは。引っかかったー。引っかかったー。」


(シルジーク)

「ぐぬぬぬぬぬ!こいつっ!」


(セニフ)

「ぷぷぷっ。シルも結構ド天然入ってるよね。可っ愛いーんだから、もうー。」


(シルジーク)

「あーっ!もう!馬鹿な事ばっかり言ってないでさっさと食べちまえ!食べないならもう行くぞ!置いて行くぞ!」


(セニフ)

「あーん。ごめんごめん。ちょっと待って。ちゃんと食べるから。全部食べるから。もうちょっと待って。」


その後、シルの機嫌が一時的にすこぶる悪くなってしまう羽目となったが、二人の間にわだかまっていた陰鬱な空気感は、完全に一掃される事になった。


それは、折角の休日なんだから、出来るだけ楽しく時を過ごし経たい・・・と考えていたセニフにとって、まさに目論んだ通りと言える上々の結果で、シルの性格を良く知る者ならではの美技妙義と言える巧みな誘導戦術が功を奏したと言っても過言では無かった。


勿論、シル自身、そう言ったセニフの思惑を全く察し得なかった訳では無いし、途中からは、わざと彼女の策略に嵌り落ち行くよう、しっかりと演じ通す事を意識していた。


・・・が、何かに付けて切り替えの悪い自分自身の性格を、良く悪くもきちんと理解出来ていた彼は、彼女が繰り出すそう言った噛み付きやすい反応に、多少なりと感謝せざるを得なかった。



やがて、シルは、一生懸命になって食事を平らげようとするセニフのコミカルな動きに、思わず頬を緩め解かせてしまうと、濃密な枝葉群によって形作られた森の天井部へと静かに視線を宛がい、ふと、まだまだ暑くなりそうだな・・・と言う意味無き独り言を、何気なく脳裏に漏らし零してしまった。


そして、ほのかに機嫌が悪そうな雰囲気を表層部分にほんのりとまとい被らせてやると、ほどなくして食事を終えたセニフを引き連れて、街の北部エリアを見て回る為に、この店を後にした。




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