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Loyal Tomboy  作者: EN
第九話「白き波紋と、黒き波紋と」
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09-02:○白き波紋と、黒き波紋と[1]

第九話:「白き波紋と、黒き波紋と」

section02「白き波紋と、黒き波紋と」


トゥアム共和国軍の前線基地である「パレ・ロワイヤル基地」から、北に60kmils程行った先にある「スーリン」と言う街は、非常に奥深い山間の真っ只中に存在した。


そこは、四方八方を険しい山々に囲まれた渓谷部の最深地と言える場所で、異様な程に力強く育ち蔓延はびこった濃密な樹木群達を利用して、あからさまに人跡未踏じんせきみとうの僻地たるや景観を、そのままに保ち残すように配慮された土地だった。


急勾配な山の斜面に建て並べられた古めかしい建物群の全ては、皆、周囲に群生する木々達の背丈を越えない様に抑え止められ、街の中心部に横たわる割と大きめの主要道路も、見るからに馬鹿高い喬木きょうぼく緑陰りょくいんの元に、全て納まり入る様に作りこしらえられていた。


言うなれば、この街は、完全に森の中に沈み潜んだ隠れ家的な小規模都市・・・、上空から見下ろしても、恐らくは直ぐにそれとは解り取れない秘密の緑下都市であった。


ジリジリとドぎつい真夏の日差しが燦々(さんさん)と降り注ぐ中で、これ程までにひんやりとした空気感をじっと保ち得られるのは、街の上部を完全に覆い隠した木々達の天然の日傘が、如何なくその効力を発揮し得ていたからであり、明らかに薄ら暗いどんよりとした雰囲気感が先に立って印象付けられるものの、それを補って余りある程の心地良さが周囲を汲まなく漂い舞っていた。


勿論、街の中から見上げて、全く空の色を拝み捉える事が出来ないかと言えばそうでは無く、街の所々に広がる大きな自然公園的空間の頭上部などは、かなり大きめの穴がぽっかりと開いていたりする。


そして、その大穴を通して見通せる景色の中に、急峻きゅうしゅんなる断崖絶壁を豪快に降り下る大きな滝の姿があった。


(セニフ)

「ねぇねぇ。シル。見て見て。大きな滝。」


(シルジーク)

「おー。これまた凄い滝だな。一体、何メートルぐらいあるんだ?」


(セニフ)

「うーん。パッと見た感じ、100メートルぐらい?・・・もうちょっとあるかな。」


(シルジーク)

「いやいや。流石にそこまでの高さはないだろ。あっても80~90メートルって所だな。」


(セニフ)

「えーっ?絶対100メートル以上あるって。私の目に狂いは無いよ。」


(シルジーク)

「絶対100メートルもないって。俺の見立てに間違い無し。」


(セニフ)

「むーん。・・・やけに自信満々だね。お昼ご飯でも賭ける?」


(シルジーク)

「ああ、いいぞ。食後のデザート付きでな。」


(セニフ)

「おーぅ。さっすがシル。太っ腹ー。御っ馳走様で~~~す。」


(シルジーク)

「何だ?もう勝った気でいやがるのか?獲らぬ狸の皮算用とは、良く言ったもんだ。」


(セニフ)

「ざーんねん。そう言うのを飛んで火に入る夏の蟲って言うんだよ。絶対に100メートル以上あるんだから。ねー。ジャネット。」


(ジャネット)

「うん?・・・うーん。そうねぇ。確かに100メートル以上あるみたいね。」


(セニフ)

「でしょ?でしょ?」


(シルジーク)

「何でだよ。何でそう言い切れるんだよ。」


(ジャネット)

「だってほら。あそこの看板にちゃんと書いてある。102メートルって。」


(シルジーク)

「なぬ?」


(セニフ)

「あ。ほんとだー。へっへー。私の勝っちー。」


(シルジーク)

「ぐんぬぬ~~~。」


濃緑色一辺倒に塗り固められた街の小狭き裏通り内を、非常に和気藹々(わきあいあい)とした仲睦なかむつまじき様相で練り歩いていた彼女達三人は、周囲に広がる摩訶不思議な街の景観をゆっくりと眺め見て回りながら、久々に与え付けられた完全非番なる自由な一時を楽しく過ごしていた。


対帝国軍戦線の中でも最激戦区となるカフカス砂漠周辺部地域内において、これ程までに平穏安寧なる雰囲気感を保ち得られる街と言うのも珍しいと言えば珍しいが、パレ・ロワイヤル基地の所有権を失ってしまった帝国軍陣営側が、単なる物資補給拠点でしかなかったこの街に、新たなる別の利用価値を見出し得なかったと言う事と、同基地の南方側に同じ様な補給路を作りこしらえたトゥアム共和国軍陣営側が、不足した日用品や食料品などを求めて現地を訪れる以外に、余り強く干渉しない様に心がけた事により、この街は、完全に平静無音なる戦局の外観部で過ごし通し経る事を許されたのだった。



軍事力を持って強引に制圧する労力に対して、見返りとなる利が非常に少ない山奥の小さな田舎町・・・。


戦略的には無用の長物たる不名誉なレッテルを張り付けられた、非常に使い勝手の悪い不便な閉鎖的古街・・・。


それが、この「スーリン」と言う街だった。



勿論、トゥアム共和国軍の兵士である彼女達三人にとって、この街は、完全に敵地たり得る危険な異国の街であり、あからさまにそれと直ぐに解り取られる様な軍服姿などで、平然と街中を練り歩く事など出来なかった訳だが、この街に住まう人々の多くが、トゥアム共和国に対する悪感情云々うんぬん以前に、自分達の事を見捨て放してさっさと逃げ去ってしまった前領主「アルエレンゾ・レブ・ファーマー」への憎しみの念の方を強く募らせ抱いており、彼女達に対する風当たりは、それ程強い訳でも、痛々しい訳でもなかった。


その為、彼女達三人は、比較的穏やかと言える柔和的雰囲気感の中で、ゆったりとした時間を過ごし経る事が出来ていた。



見るからにこの街に住まう一般的若人たる服装をしていたシルの格好は、全く普段通りと言って差支えないGパンにTシャツ、その上に薄手のGジャンと言うラフな組み合わせで、履いている靴も非常に簡素なスニーカーだった。


比較的お上品な感じがするジャネットの服装も、それ程目立った印象を与え付けない程度にまとめ上げられ、薄黄色の小洒落たYシャツに、ぴっちりとした茶色のスキニーパンツを履き、シンプルな黒のローファー靴をあわせると言った組み合わせだった。


そして、三人の中で唯一派手目な異端的服装を身にまとっていたのが、事ある毎に元気良く先頭を駆け走る小柄な赤毛の少女、セニフだった。


勿論、彼女自身に、他の人より目立ちたい、周囲の視線を釘付けにしたいなどと言う、変に色気付いた考えがあった訳では無い。出発する一時間半程前までは、いつも通り適当にTシャツとGパンで良いじゃん・・・と、そう安易に彼女は考えていた。


しかし、見る人が見れば一目で「セニフ」であると、直ぐに解り取れるいつも通りの格好をしたまま、基地の外へとノコノコ遊びに出ると言う彼女の無警戒振りに、シルが色濃い難色の意を示したのだ。



この日、セニフがスーリンと言う街に遊びに出る事は、基地内に居る者であれば、誰でも簡単に調べ上げられる瑣末な情報で、恐らくは、シルが最も警戒する男、ユァンラオ・ジャンワンの耳にも、確実に聞き及んでいるであろう事は間違いなく、シルは、どうしてもセニフに、ある程度の迷彩を利かせ被せた、普段とは違う服装をさせたかった。・・・と言う訳なのだが、単に服装を変えただけと言う安易な手法のみを用いて、降りかかる陰謀事の全てを防ぎ抑える事など、そうそう簡単に成し得る事では無く、シル自身も、何ら効果を発揮し得ない悪足掻き的措置であろう悲しき認識を抱き持っていた事は事実だった。


しかし、それでも、やらないよりはまだマシであろうと、セニフを引き連れてペギィの部屋へと押し掛けた彼は、態々(わざわざ)セニフらしくない服をペギィに選んでもらい(ペギィ自身にその意識は無し)、セニフにそれを着させる事にしたのだった。


それに、セニフと一緒に居られる時間帯に関しては、自分がしっかりと周囲を見張り続けていれば良い・・・と言う、割と安易な考えがあった事も確かで、彼はまず、セニフと一緒に行動する事を第一優先に考え、もし万が一、何かの拍子にセニフとはぐれ離れてしまった時に、少しでもその身を危険から遠ざける為の時間稼ぎ的役割を果たしてくれればいいと、そう考えていたのだ。



真っ白なフリルブラウスの上に、丈の短い浅緋色あさひいろのレザージャケットを羽織り、上着に併せた同系統暗色の短いスカートに、真っ白なニーソックスと漆黒のロングブーツとを併せ履いたセニフの姿は、見るからに大都会の歓楽街を我が物顔で練り歩く今時?の女子風だった。


極め付けは、大きな耳当てと大きなゴーグルが無意味に装備された可愛らしい角付きニット帽と、愛らしい小熊の縫い包みが付いた小さな肩掛け鞄で、それはもう、何処からどう見てもセニフらしくない派手派手な衣装だった。


・・・と、ここまでの流れを簡潔にまとめると、シルとペギィが無理矢理にセニフにド派手な衣装を着させた・・・感が非常に強いが、セニフ自身、割とこの衣装を気に入っていた様でもあり、街に到着してからの彼女の機嫌は、すこぶる快調と言うに相応しきテンションだった。


(セニフ)

「さーてとー。私、そろそろお腹が空いてきちゃったなー。何処かでお昼ご飯でも食べたいなー。今の時間・・・げ、もう十二時半過ぎちゃってる。お昼の時間が終わっちゃうよぉー。」


(シルジーク)

「はいはい。解ってます。解ってますって。おごりますよ。おごればいいんでしょ。」


(セニフ)

「何だーその言い方はー。それがおごる者のおごられる者に対する態度かー?もっと謙虚に、慎ましく、喜んでおごらせていただきたいのですがよろしいでしょうかーでしょ?」


(シルジーク)

「何を言っているのか良く解んないよ。」


(セニフ)

「へーん。悔しいんでやんの。」


(シルジーク)

「別に悔しいって訳じゃないけどさ。大した量も食えない癖して、昼飯を賭けるとか、どうなのかなーって思ってさ。」


(セニフ)

「量より質。これ基本よ。基本。」


(シルジーク)

「こんなご時世に、そんな良質な物を期待したって、無いと思うけどな。そりゃ確かに、この街には、自給自足できるだけの地下農業プラントがあるって話だし、規模は小さいけど、それなりにやっていける様々な地下製造工場が揃ってるって話だけど、今やこの街は、周囲から完全に隔絶された陸の孤島なんだぜ。大したものなんて絶対に売って無いって。」


(セニフ)

「・・・むーん。じゃあさ。ジャネットの分も一緒におごってよ。」


(シルジーク)

「何でだよ。」


(セニフ)

「いいーじゃーん。ケチケチすんなよ。男でしょ?女性の食事代を持つぐらいしなさいって。ケチは女に嫌われるよ。ケチはさー。」


(シルジーク)

「ケチケチケチケチ言うなって。誰もおごらないとは言ってないだろ?」


(セニフ)

「おおー。さっすがシル。良く言った。良い男ー。ぬっふっふ。ジャネットがいれば百人力。二人で三人前食っちゃる。三人前。」


(シルジーク)

「お前、ジャネットに二人前以上食わすつもりかよ・・・。」


(ジャネット)

「・・・ああ、ええと・・・悪いんだけどさ。昼食は貴女達二人で食べに行ってくれる?私、ちょっとその辺、適当に歩いて来るからさ。」


(セニフ)

「えっ?お昼ご飯食べないの?」


(シルジーク)

「何だ?何処か調子でも悪いのか?」


(ジャネット)

「別にそう言う訳じゃないけど・・・、ちょっと食欲がないって言うか、うーん・・・。ま、余り気にしないで。」


彼女達三人が、パレ・ロワイヤル基地を出立してから、彼是かれこれ四時間半が経過しようとしているが、その間、彼女達が口にした食べ物は、街の南西部にある自然公園内で購入したソフトアイスクリームのみで、飲み物も大して飲んだと言う程に飲んでいた訳では無い。


時間帯にして言えば、空腹度を指し示す腹時計が、皆一様にしてくぐもった情けない音色を奏で上げ出す時頃であると言えた。


しかし、そろそろお昼にしようと言う流れに、次第に寄り傾き始めたセニフとシルの思いとは別に、余り乗り気じゃなさそうな雰囲気をほのかにかもし出していたジャネットが、思いもよらず唐突に、一人その輪から離脱する意思を示し出して来ると、二人の表情は一転して、あからさまに曇り掛かった寒々しき様相に塗れ堕ちてしまう事になる。


そして、徐に声を揃え併せて、「夏バテか?」「夏バテなの?」と、真っ先に思い付いた言葉をそのままに吐き連ね出しながら、ジャネットの顔色を心配そうに窺い見上げ、それとも何か、機嫌を損ねる様な事を仕出かしてしまったのだろうか・・・と、多少不安めいた思いを脳裏に巡り至らせてしまった。


・・・が、恐らくは二人がそう言った反応を示し現すであろう事を、予め予想していた風でもあったジャネットは、直ぐに二人の疑念をなだめ収め掛かるよう、優しげな笑みを浮かべ上げながら、ゆっくりと首を左右に振って見せた。


そして、加えて、あからさまに見て直ぐにそれと解る、やれやれ感満載の大きな溜息を強く吐き付けて見せると、徐にセニフの耳元に顔を近付け、小声でこう言った。


(ジャネット)

(偶にの休みなんだから、二人っきりで大いに楽しみなさいって事よ。)


(セニフ)

「えっ??」


そして、続いて今度はシルの耳元へと顔を振り寄せて、またしても小声でこう言った。


(ジャネット)

(いつまでもセニフのペースに乗せられていては駄目。もっと自分から強引に引っ張って行く態度を示さなきゃ。)


(シルジーク)

「はい??」


ジャネットは、別段、気分が悪いとか、機嫌が悪いとか、そう言う訳では無かった。


彼女は単に、セニフとシルの為に、二人きりで過ごせる時間を作ってやろうと、画策していただけだった。


その後、ジャネットは、「じゃあ、後は若い者同士、二人で仲良くやりなさいね。」と言う言葉だけをそこ残して、足早にその場を立ち去って行ってしまった。


今日は一日、三人で仲良く・・・と言う意識に完全に凝り固まっていた二人にとって、それは、全く予想だにしていなかった展開と言える成り行きで、完全に虚を突かれたと言うか・・・、何と言うか・・・で、茫然とジャネットの後ろ姿を見遣り送る事しか出来なかった。



やがて、静かに流れ過ぎた沈黙の時をしばし隔て、意味無くお互いの顔を見合わせたセニフとシルとが、唐突に沸き起こった気恥ずかしい思いを紛れ散らす様にして、白々しく視線を逸らし合い、「余計な事を・・・」とか、「変に気を使われても困るじゃん・・・」と言った、詮無い思考をグルグルと脳裏に巡り回しながら、赤味がかった頬の火照りを強引に冷やし押さえに掛かる・・・。


・・・が、最近、ようやく不思議とお互いの事を以前よりも近くに感じ取れる様になっていた二人にとって、それは、然程お互いの気まずさを増長する要因には成り得ず、二人は程なくして再び、他愛無き会話をいつも通りに再開し始めるのだった。


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