表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Loyal Tomboy  作者: EN
第九話「白き波紋と、黒き波紋と」
181/245

09-01:○死して尚、受け継がれる人の思い

第九話:「白き波紋と、黒き波紋と」

section01「死して尚、受け継がれる人の思い」


見るも鮮やかな豪華さで塗り固められた馬鹿っ広い執務室の中で、しばしの間、にべも無い業務的会話を繰り広げていた彼は、最後に「それでは、失礼します。」と言って、丁寧な別れの言葉をそこに述べ置くと、がっしりとした大柄な体躯を軽やかにひるがえして、そそくさとその部屋を後にした。


そして、部屋を抜け出るなり、入れ替わりで執務室内へと立ち入ろうとする、緑髪の女性と一瞥いちべつを交わし合い、背後部で扉が閉まり切った音を聞くなり、軽く後ろを振り返って、口元を小さく歪め尖らせて見せた。



あれでいて、まだ18歳か。全く。恐れ入るよ。


見た感じからして、あからさまに懐浅い若人わこうど的振る舞いに固執するのかと思いきや、割とどっしりと構え待った重厚なる雰囲気も感じ得たし、噂に聞いたふてぶてしきお行儀の悪さも、それ程手酷いものでは無かった。


流石に前線基地を丸々一つ預け与えられる人物だけある・・・と、そこまで言い切れる程の確かなる何かを感じ得た訳では無いが、それでも、あの得も言われぬ不思議な貫禄感は、決してまがい物などではないのだろう。



パレ・ロワイヤル基地の心臓部とも言える重要施設群が軒を連ねる中央区の最上階部にて、それらを繋ぎ通す大通りへと這い出た彼は、つい先程面会した一人の少年・・・、元い、パレ・ロワイヤル基地防衛司令官たる青年士官に対する印象を、忌憚きたん無き所感として脳裏に思い浮かべ上げると、思わず「ふーむ。」と、軽い鼻音を鳴らした。


そして、下階へと続くエレベータールームを目指し歩きながら、明らかに警戒されている感があったな・・・と、不意にそう思い付き、にわかに込み上げたバツの悪い思いを紛らせる様にして、愛用のサングラスのブリッジ部分に、右手の中指を軽く宛がった。



彼の名前は「ギャロップ・リッスモン」と言った。


彼は、トゥアム共和国軍の諜報部に所属する名うての戦闘工作員の一人で、見るからに屈強そうな大柄な体躯と、サングラスの隙間から覗く鋭い眼光とを併せ持ち、一見して、非常にささくれ立った攻撃的威圧感と、禍々(まがまが)しき負たる雰囲気感を、如実にょじつに吐き放っているかの様でもあった。


・・・が、しかし、実際に彼が有するその人となりは、非常に気さくでいて人当たりの良い代物であり、彼は、エレベータールームへと辿り着くなり、後ろから静かに付き歩いて来た黒髪の女性に対して、何ら敵意無き作り笑いを浮かべ上げながら、優しげにこう語りかけるのである。


(ギャロップ)

「敵地へと潜入するのが私の役割ではありますが、私はまだ、敵地へと潜入したつもりなど無いんですがね。」


(カース)

「幾ら我が軍の勢力下に有るとは言え、ここは帝国領内の真っ只中です。余り気を抜かれない方が良いでしょう。」


(ギャロップ)

「はは。これは手厳しい。しかと肝に銘じて置く事にしますよ。・・・で、やはり・・・と言ってはなんですが、私個人に対する印象も、黒と言う見方をしておられるのですか?」


(カース)

「同じ旗を仰ぐ者同士。完全なる黒であるとまでは見做みなしません。ですが、私個人としては、限り無く黒に近い灰色なのではないかと、そう思っております。」


(ギャロップ)

「それはまた、随分と色濃いサングラスをおかけの様で・・・。」


(カース)

「貴方方諜報部が、一体何を目論んでいるのか・・・と言う事に関しては、取り敢えず何も詮索しないでおきましょう。私も、二佐の判断には従わなければならない立場にありますから。ですが、余り私共の手を変にわずわせる様な真似だけはしないでください。」


(ギャロップ)

「・・・解りました。」


頭部に巻かれた真っ白なバンダナに、耳元でキラキラと光る綺麗なピアスと、分厚く塗られた派手目の口紅が特徴的なその女性は、全く歯に衣を着せぬ物言いの攻撃的人物だった。


喋り口調に関してだけは、優しく穏やかな雰囲気を装っていたと言えようが、明らかに無愛想なる厳めしさを圧し掛けてくる彼女の態度は、完全に目が笑っていない的なかぐわしさを、大々的に吐き放っているかの様だった。


その後、程無くして到着したエレベーターの中に、彼女と二人きりの状態で乗り込まざるを得なかった彼は、目的地へと辿り着くほんの数十秒の間、何とかしてその場の空気感を緩め和ませようと努力し続けたのだが、あからさまに素っ気ない態度をひけらかしてくる彼女の牙城を、最後まで突き崩す事が出来ず、やがて、情けなくも、観客無き劇場で踊る虚飾きょしょく道化師ぴえろたる心情に、至り着いてしまう事になる。


・・・と同時に、エレベーターが目的地へと到着した事を知らせる機械的通告音を聞いた彼は、何とも浮かない表情を浮かべ上げたまま、深い溜息を一つ大きく漏らし零してしまった。


そして、エレベーターの扉が開くなり、そそくさとその場を立ち去り行こうとする、彼女の後姿をじっと見遣りながら、こう思う。



自らが望んで選んだ地とは言え、これでは先が思いやられるな・・・と。



今回、彼がこの地へと赴いたのは、勿論、上層部から指示された新たなる任務を全うする為・・・、帝国国内へと潜入し、その内情を探ると言う任務を遂行する為であり、その為の足掛かり的橋頭堡きょうとうほを、何処いずこかに作りこしらえておく必要があったからなのだが、彼がこのパレ・ロワイヤル基地を活動の拠点に選んだのは、全く持って恣意しい的な考えからだった。


勿論、彼自身は、ネニファイン部隊と言う組織に対する他意など、全く持ち合わせていなかった。



彼は、つい一か月ほど前に敢行されたオクラホマ都市攻略作戦において、同都市内の主要軍事施設に破壊工作を仕掛ける任務を担当し、見事にそれを成功、完遂せしめる事に成功した。


・・・が、それと同時に、自らが率いた潜入工作部隊の有能な四人の部下達・・・、彼以外の全員をその戦いで失う事となり、彼自身も、重症と言うに相応ふさわしき手酷い傷を受け負わされ、しばらくの間、病院のベッドの上で生活する事を余儀なくされた。(彼と共に救出されたもう一人の工作員は、その後、搬送先の病院内で死亡)


そしてその後、丸々一か月間もの間、負傷者たるレッテルを張り付けられ、身体の傷を癒し治す事に専念させられる事になるのだが、次第に全快たるや快調振りを指し示す様になって行った身体の調子とは裏腹に、彼の心の中に蔓延はびこり残った色濃い喪失感、激しい孤独感は、一向に掻き消え行く気配を匂わせなかった。



「もし万が一、私が戻らなかった場合、諜報部メインDBのコード805を覗いてみてくれないかしら。」



だが、しかし、そんな鬱々(うつうつ)しき思いの中で、グズグズとさいなまれ続けていた彼の心に、唯一のやる気たるや熱意をき付ける一つの言葉があった。


それは、トゥアム共和国軍が大勝利を収め得たオクラホマ都市攻略作戦において、非常に重要なる役割を担い果たした一人の女性工作員が残した言葉・・・。


今も尚、彼の脳裏に色濃く焼き付いて離れない、非常に魅力的でいて奥深し気な女性が残した言葉・・・。


今となっては、完全に遺言たるや風情に落ち固まってしまった、彼女の最後のお願い事・・・と捉え得られる意味深な言葉だった。


実際に彼は、彼女が残したその言葉にいざなさそわれる様にして、このパレ・ロワイヤル基地へとやって来たのだった。


それだけ彼の中では、彼女に対する思いが強かった。



・・・しかし、彼女に託された最後のお願い事を、何とか叶え果たしてやろうと、退院後、諜報部メインDBの指定されたコードエリア内を覗き込んで見た彼は、彼女から与えられたパスワードによって開示された些細なる情報以外に、何ら有益な情報を引き出し得る事が出来なかった。


恐らくはそこに、彼女の真意を掴み取る上での、重要なる何かが隠し伏せられているであろう事は明らかだったが、彼が有し持つ情報操作技術のみでは、彼女が作りこしらえた強固な防壁網を掻い潜る事は出来ず、挙句の果てには、巧妙に仕掛け入れられた強力な自爆型のウィルスに、敢え無く感知されてしまうと言う情けない失態を晒し演じてしまい、彼女がこれまでに集め固めた大量の情報群の全てを、完全に掻き消される事態へと落ち嵌り込んでしまう事になる・・・。


全く、何とも情けない話だった。


結局、彼がそこで入手し得た情報は、適度な隠語によってやんわりと包みくるまれた、非常に簡素な考察文程度の代物で、彼女が必死に「何者か」を守り通そうとしていた・・・所までは、簡単に窺い見て取る事が出来たのだが、肝心のその「何者か」が誰なのか、一体何から守り通そうとしていたのかまでは明確に記載されていなかった。


それ以外の事は、全て推測して掛かる他なかった。



開示された情報の中で、彼女は自分の事を、「人の生き血をすすり飲む闇の吸血鬼」と称し、自らが守り通したいと思い願っていたその人物の事を、「か弱き嘗ての飲み者」と称していた。


帝国全土にその名を知らしめた「ローゼイト・サーペント」たるや人物その人が、「嘗ての飲み者」と称するからには、恐らくは過去に、彼女のターゲットであった人物が対象者である可能性が非常に高く、態々(わざわざ)「か弱き」と言う単語を付け加えている事から推測して、帝国貴族や皇帝血族と言った輩達より、帝国の一般市民である可能性の方が、より高い確立を有し持っていると言う事になる・・・。


そして更に、彼女が守りたいと思い願う様な人物である事と、恐らくは、それなりに見知った関係性を有する人物であろう事に加え、トゥアム共和国内における、彼女のこれまでの経歴を調べ上げれば、答えは自ずと簡単に浮かび上がって来る事になる。



彼女が必死に守りたいと思っていた人物・・・。


それは、ネニファイン部隊に所属する16歳の赤毛の少女・・・であると。



勿論、彼自身、絶対にそうであると言い切れる程の強い確信を抱き得ていた訳では無いし、こうも簡単に答えを導き出せるのも、何かおかしい気がするな・・・と言う、懐疑的思いが全く無かった訳でもない。


しかし、それ以外に何も寄りすがれるものを持ち併せていなかった彼は、自らが導き出したつたい推測論を元に、行動を起こし出す以外に手立ては無かった。



・・・やがて彼は、基地内で最も人通りが多いとされる「テルワナ通り」を、一通り眺め見回して歩いた後、ネニファイン部隊専用のDQ格納庫がある地下施設・・・、パレ・ロワイヤル基地内では最大規模の第一格納庫へと移動する為、下り方面行きの別のエレベーターへと乗り込んだ。


そして、目的地へと到着するなり、精悍せいかんなる威容で綺麗に並び立つ、合計十八機もの巨大人型兵器(内一機は蟲型)に目を奪われるでもなく、格納庫内に屯しうごめく人の影に視線を順々に当て付け、忙しく巡らせ這わせて行った。



・・・と、ここで、彼は直ぐ右手側にある大きな支柱の裏影にへばり付く、不思議な女性の後ろ姿に気が付き、ほのかに小首を傾げ倒してしまった。


完全に私服であろう可愛らしき洋服を身にまとい、奇妙な帽子を深々と被ったその女性は、明らかに場違い的な雰囲気を、如実に吐き放っている様に窺い取れたが、何やらブツブツと独り言を連ね出しながら、格納庫内へと熱視線を送り付けている彼女は、その事を少しも気に掛ける様子を垣間見せなかった。


彼は取り敢えず、あからさまに暇そうに見える彼女に声を掛けてみる事にした。


(ギャロップ)

「あのー。すみません。ここに・・・。」


(ペギィ)

(うぁ~。いい・・・。やっぱりいい。)


(ギャロップ)

「ええと・・・。ちょっといいですか?」


(ペギィ)

「しっ!!黙ってて!!私今、超忙しいんだから、邪魔しないで!!」


(ギャロップ)

「・・・ええと・・・。」


(ペギィ)

(・・・ああ~。いいわぁ~。言う事なしだわ~。)


(ギャロップ)

「・・・。」


・・・何処からどう見ても、忙しそうには見えないのですが・・・と、彼は思わず口に出して、そう言い漏らし零しそうになったが、同時に、これ以上関わると面倒な事になりそうだな・・・とも思い付いてしまった彼は、賢明にも、大きな溜息を一つそこに吐き残しただけで、直ぐにその場を後にした。


そして、格納庫内の壁面にへばり付く様に作りこしらえられた、割と広めの作業通路上をゆっくりと練り歩きながら、今度は明らかに話し掛け易そうな人物を探した。


すると、程なくして、彼が行き向かう進路方向の右手側の下り階段から、それなりに話し掛け易そうな二人の男女が昇り上がって来て、彼の姿を見遣るなり、不思議そうな面持ちで「見かけない顔だね。新入りかい?」と、逆に声を掛けてきた。


女性の方は、綺麗な麻色の髪の毛が特徴的な人物で、見た目的には彼と同年代とおぼしき風貌をしており、非常に親しみやすい柔和的雰囲気を漂わせていた。


男性の方は、キキリと刈り揃えた角刈りと、細く垂れた目尻が特徴的な人物で、何かに付けて無駄口を叩き放る軽い感じの軟弱者だった。


(ソドム)

謹厳実直きんげんじっちょくなる歩兵さん方の溜まり場は、も一つ隣のエレベーターを降りなきゃ駄目ですよ~。ここは所謂いわゆる腐敗堕落者達の為の暗なる掃き溜め~。幾ら掃除したって、少しも綺麗にならないんだな。これが。」


(メディアス)

「ああ。そう言えば確かに。見た感じからして、そう言ったたぐいの人種だねぇ。もしかして迷子になったとかかい?」


(ギャロップ)

「いえ。そう言う訳では無いのですが・・・。ちょっと人探しをしておりまして。」


(メディアス)

「人探し?」


(ソドム)

「見るからに屈強そうな大男が、ゴミ箱の中をあさりて何を得るか。一、一度捨て去った過去の栄光。二、哀れなる多重債務者の最後の尻の毛。三、諦めの境地からくる未来の伴侶。」


(メディアス)

「三なら面白いねぇ。笑えないけど。」


(ソドム)

「二でも全く笑えないでしょ。」


(メディアス)

「おや。あんたまさか、追われる身だったのかい?」


(ソドム)

「美しい女性様方に追われる身なら大歓迎なんだけど、どうにも俺は年増に好かれるタイプらしくてね。何をどうしたって変わってもくれない悲しきさが持ちなのさ。」


(メディアス)

「悪かったね。年増で。」


(ソドム)

「いやいやいや。まさか自分より年下の女性を捕まえて、お・ば・ちゃ・ん・だなんて、私目わたくしめには、一切そんな事・・・。」


(メディアス)

「目は口ほどにものを言うってね。あんたいっぺん自分の目を鏡で見てみなよ。きっと物凄い悪意に満ち溢れていて、黒光りしているからさ。」


(ソドム)

「いやー。鏡に映して見てしまったら、真実を語っている様にしか見えないじゃないか。」


(メディアス)

「そうだね。左右反対に映って見えてしまうからね。」


その後、彼は、いつまで経っても終わりを見なさそうな二人の不毛なる漫才事に、激しく滅入り参る思いを強く沸き起こしてしまうと、これはもう、自分一人で探し回った方が早いな・・・と言う、諦めの境地たる心境に達し至ってしまった。


・・・のだが、彼が思わず浮かべ上げてしまった呆れ顔を、サングラスをかけ直す仕草で何とかごまかし、逃げ去り際の体良き一言を発し放とうとしたその矢先、彼女が不意に「・・・で?あんた一体誰を探しているのさ。」と言って、会話を振り出しに戻した。


何というか・・・何処となく、変にからかわれている様な感が、強く心の中に蔓延はびこり残る事となってしまったが、折角なので、彼は、自分が探している人物の名を二人に言ってみる事にした。


(メディアス)

「・・・ランスロット?」


(ソドム)

「へぇへぇ。やっぱり尻の毛をむしり取る山賊様だったって事ですかい。哀れだねぇ~。ランスロットの奴も。せめて奴の為に、華々しき墓碑銘を考えてやる事としましょうかね。」


(メディアス)

「ランスロットの奴なら、ついさっきこの下の階で見かけたよ。馬鹿みたいにしつこく女に絡んで、派手に喚き散らされていたから、直ぐに解ると思うよ。」


(ギャロップ)

「そうですか。ありがとうございます。」


(ソドム)

「紳士的な態度がまた、更に色濃い恐怖感をあおり立てるねぇ。怖い。怖い。」



彼がこの時探し回っていた人物・・・。それは16歳の赤毛の少女では無かった。


勿論、最終的には彼女に直接会って、話をしてみる事が真の目的だった訳だが、その少女の事を守りたいと強く思い願っていた女性が、かなり神経質になって、その事実を隠匿して掛かっていた事をかんがみて、恐らくそこに、何かしらの危険が隠れ潜んでいるのであろうと、暗に察して取っていた彼は、取り敢えず、その周囲を取り巻く外堀部分から埋めに掛かるべきと、そう考えていたのだ。


彼にとって、ランスロットと言う男は、決して旧知の仲であるとまでは言い切れないものの、それなりに見知り合った間柄である友人の一人であり、何かを望み頼るには十分に事足り得る人物と言う認識だった。



やがて彼は、二人の男女が昇り上がってきたその階段を降り下って行き、程なくして到着したDQ格納庫内の最下層部へと躍り出ると、先程の女性が言っていた騒ぎの元凶たる人物の姿を探し求め、直ぐに周囲へと視線を巡らせ投げた。


そして、一通り辺りを見渡して見た後で、・・・特にこれと言って目立った騒動事は起きていない様子だが・・・と、不意に小首を傾げ倒した次の瞬間、彼は、何の気なしに振り向けた視線の先で、ようやく旧友たる人物姿を見捉える事になる。


大きな中央通りのど真ん中付近に仰向けの状態で寝そべり、恐らくは派手に平手打ちでも打ち食らわされたのであろう、赤味がかった左頬を静かに擦る金髪の男性が一人、周囲を行き交う人々の失笑の対象となっていたのだが、この荒唐無稽こうとうむけいなる間抜けな金髪の男性こそが、彼が探し求めていた友人その人だった。


彼はここで、激しく呆れ返った深い溜息を強く強く吐き付けてしまった。


・・・が、同時に、嘗て見た同じ様な光景を、つぶさに脳裏に浮かべ上げてしまうと、彼は思わずプッと噴き出す様にして軽い笑みを滲ませ、相変わらずだな・・・と言う、懐かしき思いを色濃く湧き立たせてしまった。


そして、僅かに肩をすくすぼめる様な素振りを見せながら、ゆっくりとその男の元へと向かって歩み寄って行った。



(ギャロップ)

「カルタクの金狼たるターラ・アデンタスは、実は非常に狩り下手な男であった。・・・とは、一体、誰が言った言葉だったかな。今にして思えば、非常に良い墓碑銘になると思うんだが。」


(ランスロット)

「・・・確かにそれは見事な揶揄やゆですな~。まさに反論の余地も無い・・・って、・・・もしかして、ギャロップの旦那??ですかい??」


(ギャロップ)

「ああ。久しぶりだな。」


(ランスロット)

「おおー。まさかこんな所でギャロップの旦那にお会いするとは、露ほどもにも思いませんで。本当にお久しぶりです~。もしかして、仕事サボってナンパとかですかい?」


(ギャロップ)

「まさか。俺にはお前程の元気はないよ。単に仕事で来ただけさ。」


(ランスロット)

「仕事?・・・仕事と言うと?」


(ギャロップ)

「ああ、別にそう言うつもりで言った訳じゃない。パレ・ロワイヤル基地に来た理由が仕事ってだけで、俺がお前を訪ねたのは、全くプライベートな話でさ。」


(ランスロット)

「それもまた、非常に黒々しき香りが漂っていそうな感じですなぁ。ちょっと聞くのが怖いかなぁ~って。」


(ギャロップ)

「解るか?」


(ランスロット)

「解りますとも。旦那が態々(わざわざ)俺の所に来たって時点でね。」


(ギャロップ)

「まあ、俺も別に、この件でお前に迷惑をかけるつもりはない。少しだけ、俺の質問に答えてくれればそれで良いんだ。勿論、他言無用。変に気を利かせた調査行動も不要だ。」


(ランスロット)

「信用されてますなぁ。嬉しい限りです。」


(ギャロップ)

「信用してなければ来ないさ。」


(ランスロット)

「・・・で?変に黒い話なら、場所を変えた方が良いと思いますが、何処か気の利いた個室でもお取りしましょうか?」


(ギャロップ)

「いや、余り不自然な行動を取りたくない所でもあるし・・・、そうだな、あの壁際付近辺りで良いだろう。久しぶりに再会した旧友との昔話に花を咲かせているって感じで頼む。」


(ランスロット)

「演技するのは余り得意な方じゃないんですがね。努力するとしましょう。」


その後、彼は、この金髪の男性を引き連れて、余り人気ひとけの無い格納庫の壁際付近へと移動し、直ぐ小脇に設置してあった自動販売機で、缶コーヒーを二つ買い求めると、ほのかにじっくりと話し込む様相を匂わせながら、その一つを金髪の男性へとヒョイと投げ渡した。


そして、自らはゆっくりと壁に背をもたれ掛けさせ、静かに自分の分の缶コーヒーの蓋をプシュリと軽快に開け放つと、一口だけ軽く口を付けて見せた後で、直ぐに本題へと切り入って行った。



・・・本題とは、無論、ネニファイン部隊に所属するDQパイロット、「セニフ・ソンロ」と言う名の16歳の赤毛の少女についての話しである。



彼はこの時、彼女に関する事以外の話題には、なるべく触れ触らない様に心がけ、慎重に会話を進め行く態度を如実にょじつに示し現していたが、変に回りくどい隠語を用いたり、遠回しな言い方をしたりはせず、彼女の事をもっと良く知り得たいのだと言う、聞き込み調査的な内容である事を全く隠さなかった。


勿論、自分がオクラホマ都市攻略作戦に参加していた事・・・、アリミアと言う女性を部下に従え行動していた事などについては、一切触れなかったが、彼はこの金髪男性の事を非常に良く信用していた様であり、ほぼ単刀直入に、と言えるストレートな言葉を持って、次々と質問を投げかけて行った。



ランスロットから見て、彼女は一体どんな人物なのか。


普段彼女はどんな事をしているのか。どんな事に興味があるのか。


彼女の周囲にはどんな人物が集まるのか。


それが男性なのか女性なのか。


若年者なのか熟年者なのか。等々・・・。



右手に持った缶コーヒーで、時折口の中を軽く潤わせながら、一問一答、丁寧に言葉の遣り取りをする彼の表情は、まさに真剣そのもので、自他共に認めるお調子者であるはずの金髪の男性も、この時ばかりはと、少なからず真面目に受け答えをしていた様子だった。


しかしこの時、非常に察しが悪いとも言えるこの金髪の男性は、彼の問い掛けの内容から総合的に導き出した一つの答えを、思わず彼に直接ぶつけ放つと言う暴挙を繰り出してしまう・・・。


(ランスロット)

「ひょっとして旦那。少女趣味ロリコンなんですか?」


彼は直後、激しく幻滅すると共ににわかに込み上げて来たやるせない怒りを、まるで苦虫を噛み潰すかの様にして必死に押し殺す羽目となった。


・・・のだが、まあ、変に勘繰られるよりはまだマシか・・・と、直ぐにそう思い直して、胸の奥にわだかまった苛々感を紛らわせた。


そして、缶コーヒーの残り分を一気に飲み干して見せた後で、何事も無かったかの様に軽い笑みを静かに浮かべ上げて見せると、一度、彼女の姿を直接見ておいた方が良いな・・・と言う思いに駆られ至り、彼女の所在を問う質問を投げかけた。


すると・・・。


(ランスロット)

「あー。セニフちゃんなら、今日は朝から居ませんよ。多分、夕方まで戻って来ないんじゃないですかね。」


(ギャロップ)

「居ない?警戒任務中とかか?」


(ランスロット)

「いえいえ。バカンスですよ。バカンスー。しがないが~、これまた甘美な~、儚くも楽しいバカンスの真っ最中~って所です。」


(ギャロップ)

「バカンス?」


(ランスロット)

「いやね。ここん所めっきり敵襲が減って来ましたでしょ?完全非番組に限っては、外出して良い旨の許可が出ているんですよ。勿論、外出するって言ったって、近くにある小さな街の中を、うろつく程度に限られているんですがね。」


(ギャロップ)

「それは何処にある街だ?ここから近いのか?」


(ランスロット)

「近いって言う程に近いって訳じゃありませんが、ここから北に車で二時間程行くとあるスーリンって言う小さな街です。」


(ギャロップ)

「ああ、スーリンか。・・・ふーむ。確かにあの街なら行けなくもないか。」


(ランスロット)

「おや?旦那は行った事があるんで?」


(ギャロップ)

「いや。これから行こうと思っていた街ってだけさ。」


直後、彼は、徐に軽い笑みを浮かべ上げながら、静かに壁際から離れ立ち、動き出すと、飲み終えた缶コーヒーの空き缶を、軽快にポイとゴミ箱の中へと放り投げ入れ、ゆっくりと大きく背伸びをする所作を一つ繰り出した。


そして、巨大なDQ格納庫内に並び建つ、これまた巨大な人型兵器へと、意味無く視線を振り付けてやりながら、ふと、下見も兼ねて一度街の様子でも見に行ってみるか・・・と、そう思い至らせ、直ぐに、この金髪の男性との会話を切り上げる態度を示し出した。


(ランスロット)

「旦那。良い店を見付けたら後で教えてくださいよ。俺も明後日辺りに行こうかと思ってますんで。」


(ギャロップ)

「そうだな。これからもお前には何かと役に立ってもらいたい所ではあるし、出来るだけお前好みの店を探し出して置く事にするよ。」


(ランスロット)

「へっへっへー。期待してますぜー。旦那ー。」


やがて、彼は、変にニヤケ付いたお茶ら気男と、軽い別れ際の挨拶を交わし合うと、直ぐにその場から立ち去る風を装い被り、基地内の雑務事を一手に担っていると言う、可愛らしい女性の元へと足早に向った。


そして、程なくして入手しえた外出許可証と移動車輛使用許可証を持ち、すぐさま小汚い迷彩色で彩られた小型装甲車両へと飛び乗ると、一路、スーリンと言う小さな街を目指して北上を開始した。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ