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Loyal Tomboy  作者: EN
第八話「懐かしき新転地」
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08-27:○ジェニー・デルフス杯[3]

第八話:「懐かしき新転地」

section27「ジェニー・デルフス杯」



ジェニー・デルフス杯の準決勝戦第二試合一本目。



・・・の事など、もはや頭になかった。


準決勝戦第一試合で既に敗者となってしまった私は、僚友であるべトラの試合を完全にそっち退け状態で、一人、会場内の裏通路を歩いていた。


振り払えど振り払えど、次から次へと沸き起こる鬱陶うっとうしき敗北感にどっぷりと塗れ浸りながら、胸の奥底へと色濃くわだかった悔しさ、不甲斐なさ、腹立たしさと言った、負たる感情の全てに酷くさいなまれ続けながら、私はただ只管に歩を進めていた。


勿論、私は、自分を抜きにして進められる大会のその後に関して、全く興味心を失ってしまった訳ではないし、唐突に突き付けられたまわしき現実を、全く受け入れられぬままに、無意味なる現実逃避行に意識を降り逃がしていた訳でもない。



私はただ、知りたかっただけなのだ。



自らが持ち得るDQ操舵技術を、遥かに上回る技量度量を有し持った輩が、一体、如何なる人物であるのか・・・と言う事を。



準決勝戦第一試合を終え、各チーム毎に割り振られた特設ガレージ内へと戻り帰ってきた私は、即座に神妙な面持ちで駆け寄って来たべトラの言葉を早々に封じ込めると、「しばらく一人にしておいてくれ。」と言う、もっともらしい言葉を一つだけ吐き残して、直ぐに特設ガレージを後にした。


そして、試合を執り行う円形闘技場を挟んで向こう側へと続く裏通路内に躍り出ると、マギサなるチーム陣営に与えられた特設ガレージを目指して、早足に歩き始めたのだ。


その目的は言うまでも無く、「マギサ・トゥエルノ」なる人物と直接相見あいまみえる事にあった。



しかし、非常に秘匿性の高い大会として知られる、このジェニー・デルフス杯において、そう簡単に私の願いが聞き受け入れられるかと言えば、全くそうではなく、特に、試合に出場するDQパイロット達にコードネームを用いる様な大会に関して言えば、どのチーム陣営も一様にして、パイロット達の素性を隠匿いんとくして掛かる様な風潮があった。


それは、有能なDQパイロットを有し持たぬチーム陣営側が、多額の報酬金を約束して、あからさまに腕の立つ猛者パイロット達を傭兵として雇い入れていると言う事実を、一見してそれと悟られぬ様にする為の暗黙のルールの一つであり、経済力にモノを言わせて栄光のみを獲得し得ようとする高級貴族達の目論見を、簡単に実現させてやる為の配慮であったとも言える。


勿論、私自身としては、アプサラス家チームに所属するDQパイロットであると、堂々と公言しても、されても、何ら差支えない立場にあったのだが、全てのチーム陣営が呼応して守り通さねば意味を成さない代物でもあった為、これまでの大会においても、私の活躍振りが周囲の者達に知れ渡る事は無かったのだ。


つまりは、こう言った種の大会において、相手方陣営のパイロットが一体如何なる人物であるのか、見たい、知り得たいと、願い欲するのは、完全に御法度ごはっと・・・と言う事になる・・・。



しかし、やはり、この時の私は、歩みを止めなかった。


いや、止める事が出来なかった・・・と言った方が正しいのかもしれない。


私は、私を倒した相手の事を知りたい、何が何でもこの目で直接確認したい・・・、確認せねばならない・・・と、直感的にそう感じていた。


何故か、そうせねばならない様な気がしていた。


自分が如何なる人物に敗北を喫したのか、それすらも解らぬまま、大会を後にしたのでは、後々まで長らく尾を引くトラウマを抱え持ってしまう事になりそうだったし、何より、そうする事で初めて、自分が次なるステップへと足を踏み入れられそうな予感がしていた。




アプサラス家チームに分け与えられたガレージ区画を抜け出ると、直ぐにオットトネス家チームの特設ガレージへと続く出入り口が見えてきたが、このチームは前日の一回戦で既に敗北し切っていた為、完全にもぬけの殻状態だった。


結果、私は、いとも簡単にこの区画を素通りする事が出来た。


また、その次に迎えたシャフツ家チームの特設ガレージ前では、いそいそと帰り支度を始めていた大量の作業員達の中に紛れ入り、有耶無耶うやむやのままに、体良ていよくその場をやり過ごす事に成功した。


恐らく、私は運が良かったのだろう。


更にその次に続いたアイマール家チームのガレージ区画においても、私は、シャフツ家の時と同様にして、難無くその場を乗り切る事に成功した。




そしてやがて、私は、ようやく目的地周辺部と言える区画へと足を踏み入れる事となり、それ以降、慎重に周囲を警戒する様な素振りを匂わせながら、ゆっくりと歩を進めて行く事になる。・・・のだが、やはりと言うべきか、マギサ家チームの特設ガレージ出入り口前には、見るからに屈強そうな二人の警備兵が立ち控えており、決して何者をも通し入れぬ威圧的雰囲気を如実にひけらかしながら、そこに佇んでいた。


正面突破は難しいか・・・と、不意にそう思い付いた私は、何かしらの打開策を探し求め、直ぐに辺りをキョロキョロと見渡して見る。・・・も、それは思ったよりも簡単に見つける事が出来た。


警備兵が屯す出入り口付近より少し手前側に、こんもりと積み上げられた資材の山束があり、その直ぐ手前側の裏陰付近に小さな小窓が存在する所までは、私も気付いていたのだが、よく見ると、その外枠に取り付けられているはずの鉄格子の窓枠が無い・・・。


しかも、不意におや?と思った私が徐に手を掛けてみると、その窓は、いとも簡単に、人一人が通り抜けられる程度の隙間をそこに形作ったのだ。


直後、私は、積み上げられた資材山の裏陰に、隠し込む様に放り入れられていた鉄格子の窓枠を見付けると、恐らくは資材を運び入れる時に、作業員の誰かがぶつけ飛ばしてしまったのであろう憶測を脳裏に過らせ、何とも不用心な・・・などと言う、完全に意に反した呟きを吐き出しながら、思わず頬を緩めてしまった。


そして、願っても無い裏道を授け与えられた幸運に感謝しながら、素早くその小窓を潜り抜け、目的地内部へと静かに潜入を果たす。




・・・そこは、男子トイレだった。



取り敢えず、女子トイレでなくてよかった・・・と、不意にそう思い付いてしまった私は、にわかに沸き起こった他愛無き安堵感を、小さな溜息の上へと乗せ上げて軽く吐き出し、続いて、誰もいなくてよかった・・・と言う、色濃い安堵感を持って、早なる鼓動を徐々にしずたしなめてやった。


そして、ゆっくりとトイレの出入り口付近まで歩み寄り、扉の向こう側に全く人の気配が無い事を素早く確認し終えると、恐らくは、自分達が使用していた特設ガレージと同じ構造のはず・・・と、これから辿り進むべき侵入経路をつぶさに脳裏に描き出し出しながら、意を決した様にトイレの扉を開け放った。


トイレを出て左手側にしばし歩き進むと、施設三階まで続く大きな階段があるので、まずはそれを二階まで昇り上った。


次いで、二階へと躍り出た後で、左右へと伸びる通路を左手方向に奥まで突き進み、突き当たったL字角を右手側に折れ曲がる。


・・・と、次の瞬間、前方の通路奥から人の話し声がにわかに流れ聞こえてきたので、直ぐ脇にあった大きな観葉植物の裏側へと身を潜め、静かにそれをやり過ごした。


そして、しばしの時を置き放った後で、再びゆっくりと前進を開始し、数多くの整備作業員達が控え屯しているであろうガレージへと続く、大通り交差点を一気に渡り経る勢いで突入を仕掛けかます・・・。


大通り交差点を通過する際、左手側通路奥に一瞬チラリと人影が見えた様な気がしたが、特に何かを怪しまれる様子も無かった。


やがて、私は、恐らくはここが控室であろう、確信に近い憶測を持って選び出した扉の前まで素早く歩み寄ると、再び周囲の様相を注意深く窺う見渡す仕草を適度に見せ入れながら、慎重にその部屋の扉を開いて、中へと身を潜り込ませた。



勿論、この部屋の作りは事前に予測していた通りで、私はまず、短く小狭い玄関ホールの中に迎え入れられる事となり、控室として使用される一室へと立ち入る前に、一呼吸付く余裕を与えられた。


・・・が、やはり、完全に不法侵入たる罪を犯して、部屋へと忍び込んだ自らの行動を不意に省みてしまうと、今更ながらに沸き起こった色濃い自責の念に強く縛り付けられ、次なる一歩を中々に踏み出せぬもどかしき状況に、しばし喘ぎ苦しみ続ける事になるのだ。



・・・うーむ。


このまま黙って部屋の中へと押し入ったでは、私はただの不審者・・・と言う事になる。


如何に会話を上手くね繰り回して見せた所で、ただ会って見たかっただけ・・・なのだとは、にわかには信じてもらえないだろう。


ここは一度、部屋の外へと出て、ノックでもした方が良いのだろうか・・・。


いやいや、今更部屋の外に出て、他の誰かに見つかる様なヘマをやらかしたくはないし、まずは出来るだけ相手に騒がれない方法を考えるべき・・・っと、良く良く考えれば、別に相手と会話を取り交わす必要もないか・・・。


マギサ・トゥエルノなる者の姿を、一目見る事さえできれば、それでいいのかもしれない・・・。



その後、不意に体良ていよき妥協点を己の中に見出し、「うん。」と一つ、無音なるうなずきを小さく奏で出して見せた私は、せめて・・・との思いを強く込め入れながら、静かにたいを揺り動かし、部屋の中を覗き見る様な仕草へと移り変わらせて行った。


そして、部屋の入り口付近に並び立っていた、大きな三枚の衝立ついたての隙間から、マジマジと中の様相をつぶさに窺い見て取り、一目見て直ぐにそれと解る人物であるといいのだが・・・と、ささやかなる願いを脳裏にそっと思い浮かべ上げる。・・・も、覗き込んだ部屋の様相は、一向に閑散たる静寂な雰囲気を壊し崩す様な気配を匂わせなかった。


誰も居ないのか?・・・と、不意にそう小さく漏らし零してしまった私は、少しばかりの安堵感を滲ませた溜息を一つ大きく吐き出しつつ、一度だけ出入り口付近へと視線を振り逃がすと、徐に張り詰めた警戒心の糸紐を適度に緩め解きながら、ゆっくりと部屋の中へと足を踏み入れて行った。



・・・すると、次の瞬間。


「曲者ぉっ!!」


・・・と言う、荒々しき罵声が唐突に吐き上げられ、勢い良く吹き飛んだ衝立ついたての裏側から、突然「何者か」が飛び出して来た。


完全に不意を突かれる格好となってしまった私は、瞬間的に跳ね上がった胸の鼓動に時を合わせ、驚愕色に塗れ堕ちたたいを、半場強引気味に後方へと仰け反らせたのだが、問答無用とばかりに素早く振り下ろされた長箒ながほうき?・・・による攻撃を、体良ていよく避けかわして見せる事が出来ず、私は情けなくも真面に、その第一撃目を脳天部分に叩き込まれてしまう事となった。



バッシィ!!



「うっ!!」


しかし、思いっきり振り下ろされたと感じた割に、少しも致命傷たるや重症を受け負わされた感もなく、何とか取り留めた意識の片隅で、第二撃目を打ち据えようとする相手の所作を見て取ってやると、私は、難無く次の攻撃を冷静に受けかわして見せる事に成功した。


そして、間髪を置かずして第三撃目を繰り出そうと、長箒ながほうきを大上段に振り被った相手の無防備な挙動の隙を突いて、素早く相手に寄せ取りく猛突進を仕掛けかましてやると、即座に相手のか細い両手首を上手く掴み取って、直ぐ脇にあったソファーの上へと相手の身体を強引に押し倒した。



私は既に、この時点で、相手が女である事に気付いていた。


それもかなり小柄な少女、完全なる子供だ・・・と言う事にも気付いていた。・・・だが、ソファーの上へと押し倒して、完全に羽交い絞め状態にしてやったこの相手が、一体如何なる人物であるのか、私は全く解っていなかった。


「無礼なっ!!」と言う、可愛らしい怒声を唐突に浴びせ掛けられ、不意に振り下ろした視線の先で、その人物の顔をつぶさに捉え見るまでは・・・。



それは非常に細く綺麗な赤色の長髪を携えた可愛らしい少女だった。


旋毛付近で結わえ上げたポニーテールが非常に印象的な・・・、非常に活発で元気の良さそうな少女だっ・・・。



・・・!!??



直後、私は一瞬にして全身を駆け巡った荒々しき雷撃に骨の髄まで激しく打ち据えられ、咄嗟とっさにその少女から素早く身を引き離すと、わなわな・・・と言った感じのつたない足取りを持って、二、三歩後退りし、直ぐさま少女の目の前にひざまずいた。


そして、にわかに騒然とし行く脳裏の真中心部に、瞬時に達し至った結論たる言葉を浮かべ上げる。



セ・・・セファニティール皇女様・・・!?



「も・・・申し訳ございません!!まさか、皇女様がおられるお部屋とは露知らず・・・・!!大変御無礼をつかまつりました!!どうか!!ご容赦くださいませ!!」



それは紛れも無く、「セファニティール・マロワ・ベフォンヌ」と言う名の少女・・・。


セルブ・クロアート・スロベーヌ帝国の第十三代皇帝「ソヴェール・ランス・セルブ」の一人娘。


次期皇帝候補と言う峻厳しゅんげんなる身分を持つ、帝国の第一皇女たる人物その人に間違いはなかった。


決して他人の空似などでは無い・・・と、真に証明し得るものは何もなかったが、過去に幾度もその姿を直接拝見する機会に恵まれていた私にとっては、何の疑い様も無い事だった。



「ん?・・・あれ?・・・私がこの部屋に居ると知っての狼藉・・・って訳じゃないの?」


「い・・・いえ!!滅相もございません!!その様な事は決して・・・!!」


「・・・ふーん。・・・じゃあさ、何でまたノックもしないで、こっそりと部屋の中に忍び込む様な真似をしたのさ。何処の誰がどう見たって、不審者以外の何者でもないじゃない。」


「そ・・・それは・・・。」


「・・・もしかして、泥棒・・・とか?」


「いえ!そのような事も、決して・・・!!」


この時、私は非常に混乱していた。錯乱していた。


全く持って予想だにしなかった驚愕の展開を無理矢理に押し付けられ、酷く狼狽ろうばいした意識が、少しも事態を整理し得ない混迷の淵底を、ぐるりぐるりと巡り彷徨さまよい歩き続けている様だった。


私にとっては、それだけ衝撃的な出来事だったのだ。


まさか自分が、このジェニー・デルフス杯の試合会場内において、セファニティール皇女様と出会う事態に遭遇しようとは・・・。


しかも、マギサ・トゥエルノなる者が使用しているはずの控室内において・・・などと。


それはまさに、青天の霹靂へきれきと言うに相応ふさわしき奇怪な出来事以外の何ものでもなかった。


その後、私は、不意に「もしかして・・・。」と言う色濃い疑念に、心を強く揺さぶり付けられてしまうと、徐に頭をもたげ上げ、再び目の前に居る少女の姿を見遣る様な仕草をほのかに奏で出した。・・・のだが、つぶさにその姿を観察し得ようと、力強く意気込んで振り上げたその視線は、突として全く別の衝撃的な白物を捉え見てしまう事となり、直ぐに力なく床面へとへたり落ちる始末となってしまった。


「ふーん。・・・ま、見るからに凶悪そうな暗殺者って訳でもなさそうだし、変に嘘を付いている様にも見えないし。・・・取り敢えず、先程の無礼な振る舞いも、不可抗力だった・・・って事で、許してあげる事にしよっかな。・・・うん。」


「あの・・・。皇女様・・・。皇女様・・・。」


「ん?何?何か文句でもあるの?私が許してあげるって言うんだから、それで良いじゃない。もしかして、私が思いっきり頭を引っ叩いてやった事を根に持ってるの?それはあんたが悪い。そうでしょ?違うの?」


「あの、いえ、皇女様。・・・まずは何かお召し物を・・・。」


今の今まで全くそれとは気付かなかったのだが、ソファーの上に足組をして座る皇女様の姿は、恐らくは着替えの真っ最中であったのだろう格好を、そのままに差し止めた中途半端なる形様をしていた。


綺麗なオレンジ色の長袖シャツを一枚、上に羽織っている所までは良かったのだが、下は完全に下着姿のままだった。


「えっ?・・・あ・・・。」


直後、皇女様は、ようやく自分が卑猥なる格好を曝け出したままの状態にある事を悟り取ると、直ぐさま、慌てた様子で衝立ついたての裏側へと逃げ込む様に走り出した。


そして、思わず視線を振り向けてしまった私の気配を暗に察して取ったのか、唐突にぴょこりと衝立ついたての裏側から顔を覗かせて、「覗くなよ。」と強い口調で私に釘を刺し、いそいそと服を着込む物音を静かに奏で上げ始めた。



この時点で、私はもう既に、何が何だか訳が解らなくなってしまっていた。


にわかに赤味を帯びて火照り行くその表情を、必死に隠し通そうとこうべを垂れ下げ、皇女様が発するであろう次なる言葉を、ただ只管にじっと待つ事しか出来なかった。


事の成り行きに流されるがまま・・・と言うのは、得てしてこう言う事を指して言うのだろう。


その場の事態を進展させ得る会話のバトンは、完全に皇女様が握っていると言えた。


「・・・で?あんた一体何者なのさ?何しにここに来たの?」


「ええと・・・。それは・・・。」


「そんな格好しているから、もしかしたら、替え玉要員か何かかな・・・とも思ったんだけど、良く見れば、マギサ家のパイロットスーツとデザインが違う様だし、私の事を全く知らされていないってのも変な話だしさ。」


「えっ?・・・えっ?」


私はこの時、情けなくも初めて気が付いた。


自分が未だにパイロットスーツを着込んだままの状態にあったと言う事を・・・。


私は不意に、それ程までに気が動転していたのか・・・などと、酷く呆れた表情を強く浮かべ上げて、大きな溜息を一つ吐き出してしまうと、思いもよらず非常に情けない思いにさいなまれる事となってしまった。


しかし、それと同時に、ここまで落ちれば何処まで落ちても一緒だな・・・と、突発的に沸き起こった自虐的な笑いに、思わず口元を緩め歪めてしまった私は、全く持って自分らしくも無い伏し見がちな視線を、グイと力強く持ち上げてやると、程なくして、衝立ついたての裏側からぴょこりと姿を現した、皇女様の表情をしっかと見遣った。


「・・・それに、そもそも、あんたのその体格じゃ、私仕様のDQには乗れない・・・って、・・・あれ?そう言えば、あんたのそのパイロットスーツって、何処かで・・・。」


「皇女様。」


そして、恐らくはそうに違いないであろう予測を脳裏に強く掛け被せ、ようやく自らの思いの丈を発し放つ気概を抱き持つと、そのままの勢いを保ち通したまま、静かに言葉を並べ連ね出して行った。


「私は先程の試合・・・、準決勝戦第一試合で敗れた、アプサラス・ロッソなるコードネームを持つ者です。私がここに参ったのは、ひとえに、私を敗者たる立場側に追いやった人物・・・、マギサ・トゥエルノなる人物が、一体如何なる人物であるのか、直接この目で確かめてみたいと思ったからです。」


「あ・・・。あーっ。そっか。さっきの試合中に見たパイロットスーツだ・・・。そうだそうだ。・・・すると、あんたがアプサラス・ロッソ?」


「はい。」


「・・・そっかそっか。さっきはヘルメット被ったまんまだったから、誰なのかまでは解んなかったけど、そっか、あんたがアプサラス・ロッソか~。へぇ~。ふ~ん。」


この時、皇女様は、多少驚いた様子をほのかに垣間見せたものの、不思議と愛嬌のある作り笑いを顔中一面に広め浮かべ、にわかに沸き起こった色濃い興味心を抑えきれないと言った様相で、私の姿をじろじろと見回して来た。


上下共に真っ赤な衣装に身を包み、快活的な物腰で可愛らしいポニーテールを左右に揺さぶるその様は、私がそれまで見てきた皇女様の姿と何ら変わらない、高貴な装いと愛くるしき香気に満ち溢れたもので、私は不意に、舞い上がってしまいそうになる程の気恥ずかしさを感じ覚えてしまった。


そして、再び完全なる受動的立場へと転がり落ちはまり込んでしまう事になる・・・。


「・・・もしかして、以前、ゲイリーの奴が言ってた凄い奴って、あんたの事なのかな。」


「え?ゲイリー様が?」


「そうそう。自分の事でも無いのに、凄く嬉しそうな顔しちゃってさ。私に言って来るの。凄い奴がいるんだ。凄い奴がいるんだ。・・・って、何度も何度もね。あいつもあれでいて、結構なDQ馬鹿だからね。大した腕前でも無い癖に、ギュゲルトの真似事ばっかりしちゃってさ。あいつね。まだ一度も私に勝った事が無いんだよ。」


「えっ?皇女様に・・・ですか?」


「当然でしょ。あんな理屈倒れの鈍臭どんくさ坊ちゃんに、私が負けるはず無いよ。あんただって、実際に私と戦ってみて解ったでしょ?私のじ・つ・りょ・く・をさ。」



恐らくそうであろうと言う予測が、完璧にそうであると言う確信に変わった時、人は「ああ、やっぱりそうか・・・。」程度の簡単な所感だけで済ます事が出来るだろうか。


私には出来なかった。


私は、瞬間的に駆け走った稲光によって身体の真幹部分を激しく打ち据えられてしまうと、情けなくも、更にもう一つの「え?」と言う、か細い喉声を加え入れてしまった。


「あんたもさー。確かに結構強かったよ。確かに結構上手かったよ。でもさー。なんて言うか・・・、今一つ怖さが足りてないって感じなんだよね。読み易いって言うか・・・、さばき易いって言うか・・・、逆に上手すぎるのが珠に傷って感じ?」


「上手すぎる・・・ですか?」


「そうそう。例えば、正面切って相手と撃ち合う時、敢えて射線をばらつかせてみるとか、無駄に変なフェイントを入れてみせるとか、そう言った工夫をしないと、私に勝つ事は出来ないよ。勿論、バレバレなのは論外だけどね。」


「・・・すると、私の攻撃はほとんど皇女様に読まれていた・・・と言う事なのですか?」


「全部が全部って訳じゃないけど、大半がね。下手糞なパイロットよりは断然読みやすかったかなぁ。あんたが最後に見せた強引な不意打ち特攻も、完全に来ると解ってたしね。でも、まさか、あそこで銃を弾き飛ばされるとまでは思ってなかったかな。完全に間に合うと思ってた。私が乗ったヒーピアに対して、あそこまでゴリゴリ出来るの、ギュゲルト以外ではあんたが初めてだよ。うん。自信持って良いと思うよ。」



私はこの時点で、自らの敗北を完全に認め得た。


単に不運なる要素が積み重なって生み出された偶然の結果などでは無い・・・、完全に実力で負けたのだと言う事実を、素直に受け止める事が出来た。


・・・しかし、まさか、あの皇女様が?・・・と言う色濃い疑念が完全に払拭された訳では無く、私の中では、未だに信じられないと言った思いの方が非常に強かった。


そもそも、皇女様がDQ操舵技術に長けた人物である・・・などと言う話を、私は聞いた事が無い。


と言うより、今の今まで、DQを操縦できる事すら知らなかった。


もしかして、ギュゲルト様に直接ご指導いただいているのだろうか・・・と、不意にそう思い付いてしまった私は、これまで、一体どのようにして腕を磨いてきたのか、にわかに聞き知りたいと言う思いに強く駆り立てられ、再び能動的気概を激しく心の中に燃やし入れた。



コン。コン。



・・・が、しかし、完全に負たる風潮に取りかれてしまった感のある私は、唐突に鳴り響いた軽い小突き音・・・、部屋の外から入口の扉をノックする音によって、開きかけた口を強引につぐみ差し止められてしまう事になる。


そして、自分が完全に袋の鼠たる立ち位置にあった事を不意に思い出し、悟り得ると、一瞬にして冷え落ち行く意識と身体の無様なる硬直振りを如実に感じて取りながら、直ぐに、何とかその場をやり過ごす方法を考え出そうと、必死に思案を巡らせた。・・・のだが、先程のドタバタで非常に荒れた雰囲気を形作っていた部屋の様相を見て取るなり、これは隠れても無駄だな・・・と言う思いに直ぐに至り着いてしまった。


誰かが来た・・・と言う事は、もはや考えるまでも無く明白な事で、私は、直後、非常に色濃い諦観ていかんの念を脳裏に過らせてしまった。


しかし、私がふと、何の気なしに皇女様の表情を窺い見遣ると、皇女様は直ぐに、大丈夫、大丈夫と言わんばかりの可愛らしい笑みを浮かべ上げ、上手くその場をやり過ごす為の会話を形作りにかかってくれた。



「・・・セシル様。そろそろお時間です。」


「ギュゲルトか?まだ着替えの最中だ。入って来るなよ。」


「会場の裏口に車を用意してありますで、準備が出来次第、下に降りてきてください。」


「解った。直ぐに行く。お前はボストラード伯爵に事の次第を話してきて。」


「解りました。」


「それと、ヒーピアの左膝が、かなりやばい状態になっちゃってるから、動かす時には気を付けてって、整備作業員達に伝えといて。」


「解りました。」


その後、私は、部屋の出入り口付近にねっとりとまとわり付いていた人の気配が、次第に遠退き行く微かな足音を静かに聞いて取り、にわかに安堵した表情を浮かべ上げて、大きな溜息を一つ吐き出した。


そして、やがて完全に掻き消えてしまったと感じ得る無機的な静寂さの中で、皇女様と二人、まるで息を合わせた様にピタリと視線をかち合わせると、「へっへへー。」と、あからさまに得意げな表情を振り撒いてくる皇女様に対し、思わず漏れ零れた小さな笑みを投げ返して見せた。



それはまさに、私にとっては夢の様な一時・・・と言うに相応ふさわしき、極悦の瞬間以外の何ものでもなかった。


自分で実際に体験した出来事ながら、にわかには信じがたい、空想世界の絵空事の様に感じ得てしまう程のものだった。


誰も居ない密室の中で皇女様と二人きり・・・、お互いを隔てる空間的距離感以上に、それまで感じ得ていた精神的距離感が著しく縮み狭まった様な感覚を覚えてしまった私は、不意に、このままずっと皇女様と一緒に楽しく時を過ごしたい・・・と言う色濃い願望を湧き起こしてしまった。



私はこの時、完全に恋してしまったのかもしれない。


非常に無邪気でいて明るく、清楚でいて可愛らしく、人懐っこくて優しい、この皇女様に対して・・・。



しかし、夢の様な一時は、やはり儚くも唐突に終わりを迎え入れる運命にあるようで、私は程なくして、皇女様自身の口から直接終幕の時鐘を打ち鳴らす言葉を告げ聞かされる事になるのだ。



「さてと。私、そろそろ行かなくちゃいけない時間なんだけど。」


「行くって・・・、どちらにですか?」


「王都ルーアン。・・・私ね。本当は今、ルーアンに居るって事になっているんだ。私がここに居るって事を知っているのは、ギュゲルト率いる悪の集団一味と、あんただけ~。」


「えっ?」


「・・・で?あんたはどうするの?」


「・・・どうする?・・・と言われますと?」


「これからよ。これから。あんたちゃんと一人でここから抜け出せるの?」


「あ・・・。」


私はこの時、完全に意に反した間抜けな声色を突として発し出してしまうと、次第に呆れ顔へと変貌して行った皇女様の表情をつぶさに見て取りながら、そう言えば・・・と言う、今更ながらの情けない思いに色濃く捕われかれてしまった。


全く何の考えも無しに、思いが赴くままに歩を進めてきた事は確か。


何とかなるとさえ考えていなかった事も確か。


私は、マギサ・トゥエルノなる者と相見あいまみえる事以外に、全く何も考えていなかったのだ。


馬鹿と言えば馬鹿・・・。阿呆と言えば阿呆・・・。何ら反論の余地なき完全なる愚か者であった。


しかし、この時もまた、皇女様は私に、助け舟を出してくれる意向を示し出してくれたのだ。


私にとっては非常に嬉しい言葉だった。


・・・が、しかし・・・。だが、しかし・・・。



「・・・やっぱりね。そんな事だろうと思った。・・・仕方ない。私があんたを出口まで連れてってあげるよ。」


「えっ?」


「あんたさ。一体何処から入ってきたの?まさか正門から堂々と・・・って訳じゃないよね?」


「ええと・・・。それは・・・。」


「ほら、余り時間が無いんだから早く。私がそこまで付いて行ってあげる。・・・大丈夫だよ。私と一緒なら、皆も怪しまないだろうし、出口まで見送るだけだから。・・・で?出口は何処なの?」


「ええと・・・。・・・。」


真に恐れ多き事ながら、私はその後、皇女様に男子トイレまで見送りしてもらう・・・と言う、とんでもない事をやらかす次第へとはまり落ちる事になってしまった。


それはもう、何と言ったらいいのか・・・、非常に恥ずかしいやら、非常に情けないやら・・・、そう言った負たる感情の全てに、脳裏を酷く打ちひしがれてしまった様な感覚で、それと聞くなり、強引に私の手を引き、男子トイレを目指し歩き出そうとする皇女様の行動力に、少しもあらがう事が出来なった。


私は完全に、皇女様に引き摺られるがまま・・・と言った感じだった。


道中、不運にも、一階へと降り下る階段付近で、整備作業員らしき女性と遭遇し、「あら?セシル様。そちらの方は?」と言う、至極真っ当な問い掛けを不意に投げかけられる事態に見舞われる事となるが、「昔からの古い友人だ。気にするな。」と言う、ツッコミ所満載の返答によって、それを見事に捻じ伏せて見せた皇女様の堂々たる振る舞いのおかげもあって、私は難なく男子トイレの前まで辿り着く事が出来た。


そして、最後に・・・、「いい。ここでの事は、絶対に他の誰にも喋らないようにしてね。約束だよ。」と、そう強く釘を刺され、「そう言えばさ。あんたの名前を聞いてなかったよね。」と、非常に色濃い興味心を滲ませた視線をグリグリと突き刺される。


「私はユピーチル・・・。ユピーチル・フローラン・レブ・ネノベルと言う者です。皇女様。」


「ユピーチル・・・。ユピーチルか。良い名前だね。覚えておく事にするよ。」



私はその後、男子トイレの扉を閉じて皇女様と別れた。


そして、未だに白昼夢の只中を、ふんわりと漂い歩く様な物憂ものうい感覚に酷くさいなまれ続けながら、元来た道筋をそのままに辿り戻り、ようやくアプサラス家チームの特設ガレージへと舞い戻って来た。



準決勝戦第二試合は、どうやらべトラが順当に勝利を収め得たようだったが、私にとってはどうでもいい事だった。


その後の決勝戦において、べトラの対戦相手となる「マギサ・トゥエルノ」なる者が、体調不良を理由に出場を辞退した事から、最終的にべトラがこの大会の覇者となったが、私の心の中には、べトラの事をひがむ様な気持ちは全く無かった。


そして、余りにも尻すぼみ的な終幕を迎えてしまった大会の最後を、盛大に飾り付けようと、サプライズ的に登場したギュゲルト様が、優勝者とのスペシャルマッチを開催する事になり、会場は一気に熱狂的興奮の坩堝るつぼへと飲み込まれて行ったのだが、私の心はそれほど浮き立つ様な感覚を芽生えさせなかった。


ギュゲルト様とのスペシャルマッチにおいて、べトラは完全に子供扱い・・・と言った様相で、ボコボコに打ち負かされる事になるのだが、しばらくの間は、興奮冷めやらぬと言った感じで、私に得意げに自慢して来るのだった。


・・・が、しかし、やはり私は、少しも羨ましいとは感じ得なかった。

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