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Loyal Tomboy  作者: EN
第八話「懐かしき新転地」
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08-26:○ジェニー・デルフス杯[2]

第八話:「懐かしき新転地」

section26「ジェニー・デルフス杯」



翌朝の寝覚めは思ったよりも遥かに良好だった。


ベッドの直ぐ脇にある大きな窓から見通せる空の色が、若干かんばしくないと言う事以外には、何一つ文句の付け様の無い快適な朝だった。


中々寝付けずにもがき苦しんだ昨晩の胸のうずめきも、今や完全に何処いずこかへと掻き消え去っており、十分とは言えない睡眠時間の中で、期待以上の充足感を獲得し得た爽快そうかいなる意識と、軽快なる身体が、否が応にもみなぎる闘志を静かにくすぶらせていると言いう感じだった。


今日の試合、負ける気がしないな・・・と、不意にそう思い付いてしまった私は、自らが必ず優勝すると言う他愛無きシミュレーションを、幾度と無く脳内で執り行うと、色濃い勝癖をギリリと意識の只奥へと焼き付け、気分良くその日をスタートさせる事にした。


その後、取り敢えず朝食を取る為にと、向かった先のレストラン内で、べトラ、テヌーテの二人と再会した私は、嵐の前の静けさなる穏やかな雰囲気の中で、軽めの食事を簡単に済ませ終え、直ぐに、べトラと二人でマータリアルム・コロッセオへと向かった。



ジェニー・デルフス杯の二回戦第一試合。



観客の入り様は、前日よりも遥かに密なるものだった。


大会初日は単なるお遊び・・・、二日目からが本当の戦いであると言う事を、予め予期していたとでも言うのだろうか。


試合開始と共に沸き起こった観客達の歓声も、前日とは明らかに異なる前掛かり的心持ちが、非常に色濃く混じえ入れられている様子だった。


私の相手となった「エレーネミンツ・ハフス」なる者は、確かにそれなりのDQ操舵技術を有し持った輩の様で、私が繰り出した攻撃を再三再四に渡り回避、小気味良くかわし続けて見せたその技も、熟練した香気こうきをプンプンとかおらせる、中々の腕前と称すに相応ふさわしき代物であった。


恐らくは、べトラが言った通り、前日の一回戦では適当に遊び倒した者が相手だったのだろう。


時折、機を見て反撃へと転ずる気構えも、私の興味心をすこぶくすぐる挑戦的姿勢が、如実にょじつに垣間見て取れる覇気に満ち溢れ、お互いに遣り取りされる弾丸の応酬も、それなりに意味のある有意義な戦いが、しばらくの間続けられる事となった。


・・・しかし、体良ていよき程度に吐き放たれる相手の反撃弾は、余り脅威たる雰囲気を感じ得ない、薄っぺらな弾幕をみだりに張り巡らせていただけの様であり、私が多少、本気モードと言える能動的挙措のうどうてききょそを垣間見せると、直ぐに少しも対抗し得ない慌ただしき様相へと塗れ堕ちて行くのだ。


所詮はこの程度か・・・と、不意に色濃い失望感を感じ得てしまった私は、直ぐさま攻撃的な接近戦を相手方パイロットに仕掛け強いる作戦を敢行し、防戦一辺倒たる後ろ向きな様態に凝り固まった相手機を、一気に敗者たる立場側へと追い立てて行く。


そして、三度目に敢行した強烈な突貫攻撃を持って、相手機を完全に撃砕せしめた私は、またしても完勝と言うに相応ふさわしき勝利を収め得る事に成功し、トーナメント表の階段を一つ昇り上がる事となった。



「昨日教えた事を、今日直ぐに実践して見せるなんて、中々の優等生振りじゃないか。ユピーチル。観客達もかなり興奮していた様子だったぞ。」


「別に。君の教えに従ってそうした訳ではない。ただ、最初は少し、様子を見てみようかと思っただけだ。」


「見た所、相手は中々の腕前を有した熟練パイロットの様だったが、どうだ?少しは楽しむ事が出来たか?」


「全く・・・と言う程に、幻滅を繰り返した訳ではないが、相手の動きに君の姿を重ね見た瞬間、つまらない者の様に感じてしまったよ。それなりと称す以外に無い程度の腕前でしかなかった。」


「それなりね・・・。お前の言う「それなり」と言う言葉は、得てして過分に低調な評価に納まり入るものだからな。次戦は俺も、より一層気を引き締めてかかる事にしよう。」


「君の次の対戦相手は、エレーネミンツ家の者か?」


「ああ。第二回戦での戦い振りを見た限りでは、奴も相当実戦慣れしたパイロットの様だ。・・・と言うより、お前、見てなかったのか?」


「途中で飽きて見るのを止めた。どうせ君が勝ち上がると解っているブロックだからな。消化試合においてどちらが勝利するかなど、私にとっては瑣末さまつなる問題でしかない。」


「ふっ。向かう所敵無し、完全無欠のユピーチル様に、そう言って保証して戴けるとは、正にやんごとなき光栄の至り。恐悦至極にございます。」


「ふん。どうせ君だって、マギサ・トゥエルノなる者が勝利した試合を、適当に見倒していただけなんだろ?お互い様だ。」


「・・・ふーむ。特に意識してそうした訳ではないが・・・、確かに言われてみればそうだな。」


「まあ、君が決勝戦に勝ち進む・・・と言う所までは保証してやっても良い。だが、全くの無傷のままに勝ち上がれるかどうかは完全に君次第だ。」


「勿論、準決勝戦において予備機を投入しなければならない様な事態だけは、絶対に避け得るつもりだ。お前の方こそ、得意の接近戦を無駄に仕掛けて、無用なダメージを受け食らう様な馬鹿な真似はするなよ。」


「ふん。この私がそんな間抜けな事を仕出かすと思うのか?全く持って無用の心配と言うものだ。君の方こそ、人の事を気に掛けている暇があったら、さっさと予備機の手入れでもしたらどうだ?決勝戦では使う予定になっているんだろ?」


「ふっ。言ってろ。」



二回戦の四試合全てを消化し終えた後、私とべトラは、各チーム毎に与えられた特設ガレージ内の控室で昼食を取りながら、長い長い二時間程の昼休みをゆったりと過ごしていた。


共に午後の部の準決勝戦へと既にコマを進め済ませた状況下とあって、普段よりもやや軽口が数多く乱れ飛んでいた様にも見受けられたが、和やかな雰囲気で遣り取りされるその会話の中には、何処か不思議とピリピリした空気がほんのりと混じり入っている様でもあった。


全く持って普段通りと言っても差支えない様相を漂わせながら、お互いがお互いに決勝戦で相見える相手の様子を探り合っていた・・・と言うのが本当の所で、お約束的に取り交わされる準決勝戦に向けての展望論争も、何処か気もそぞろ的な様態に凝り固まっている様に感じられた。


実際、私自身、次なる戦いにおいて対戦する相手が、一体如何なる者であるのかなど、全く興味を抱き持とうともせず、決勝戦における戦い方を如何様にすべきか・・・と言う、先走った思案ばかりが脳裏を駆け巡っていた。


その後、特設ガレージ内を訪れたゲイリー様の激励を受け、俄然がぜんやる気をみなぎらせた私は、一通りの機体整備作業をさらりと完遂させた後で、意気揚々(いきようよう)と次なる戦いへと臨み入る事となった。



ジェニー・デルフス杯の準決勝戦第一試合一本目。



私の目の前に現れた対戦相手は、鮮やかな真朱まそほ色一色で塗り固められた、ド派手なDQ機に乗って登場した。


それは、左手に構え持ったオーソドックスなアサルトライフル以外には、何ら攻撃手段を有さぬであろう、シンプルな風体が逆に特徴的な機体で、私が搭乗する鉄紺てつこん色のDQ「AE-394Bカリッツォ」と、大して背丈も体格も変わりない完全ドノーマル型の中型機・・・、これまでの戦いにおいて、マギサ・トゥエルノなる者が使用して来た鈍重な大型DQ機とは、あからさまに相反あいはんした高機動軽量型のDQ機であった。


勿論、それが相手の予備機である事は考えるまでも無く直ぐに解ったのだが、もしかして、こちらの方が本命機か?・・・と、不意にそう思い被せてしまった私は、非常に色濃い警戒心の暗幕をまとい被りながら、試合開始のブザー音を聞く事になった。



私は取り敢えず、序盤は相手の動きをつぶさに観察してみようかと思い、試合開始と同時に、右手後方付近にある遮蔽物の裏蔭へと潜り入る行動へと移り進んだ。


・・・のだが、そう思った瞬間、真朱まそほ色のDQ機が、いきなり真正面特攻攻撃を仕掛けかす様相で猛突進を開始して来た。


私は一瞬、何!?・・・と、酷く虚を突かれた様子で強く眉をしかめ歪め、直ぐに相手機の行動を遅れ鈍らせる為の牽制弾を二、三、浴びせ放つも、絶妙のタイミングを持って左手方向へと急旋回した相手機に、上手く銃口をくくり付ける事が出来なかった。


そして、コクピット前面部に張り巡らされたTRPスクリーン上から、一瞬にして可憐に姿を掻き消して行った相手機の攻撃弾を、いとも簡単に受け食らう事となり、僅かにカリッツォの体位を崩れよろめかせてしまう。



ちっ・・・上等だ!!そちらがその気なら私も受けて立つまで!!



直後、私は、全く持って自分らしくも無い後ろ向きな作戦を採用した己の愚を素直に認め、心の内底へと眠り潜ませていた濃密な闘争心をフル全開で呼び覚ますと、一気に勝負を決めてかかろうと息を巻く相手機の猛接近に対し、力強い猪突を持って対抗しかかる気概を爆発させ、思いっきりフットペダルを踏みしだいた。


そして、受け食らうダメージをなるべく最小限に押さえるよう、効果的なフェイント所作を適度に混ぜ入れながら、小気味良いドリフト走行を連発する相手機へと一気に迫り寄り、与え食らわすダメージをなるべく最大限に引き上げるよう、素早く振りかざしたアサルトライフルの銃口を何度も激しく光りまたたかせる。


勿論、多少の被弾を覚悟した上で、無理矢理に敢行したその突貫攻撃が、相手機を撃砕する為の序章と成り得る事を、私は信じて疑わなかったし、至近距離における相手との戦いで、自分が負けてしまうとは少しも考えていなかった。


しかし、攻撃よりも回避に重きを置いた相手機の旋回行動は、非常に掴み所の無い所作を絶え間なく積み重ねた驚くべき美技妙技と言える代物で、私は、またしても相手機を正確に定め捕らえられぬ鬱々(うつうつ)しき事態に、激しく悩まされ続ける事になる。


そして、一撃必殺と成り得る危険な距離位置を、あからさまに毛嫌いする感を漂わせた相手機が、一瞬の隙を突いて超至近距離戦へと雪崩れ込む様相を強引に敷き強いてくると、戦局は一転して、不毛なる鍔迫つばぜり合い戦を演じ奏でる状態へと塗れ堕ちて行った。


お互いがお互いに持つ唯一の攻撃手段であるアサルトライフルの銃身同士を荒々しく絡み付かせ、必死に相手の機体に銃口を括り付けようと、もがきのたうつその様は、いつまで経っても一向に終わる気配を匂わせず、挙句の果てには、相手の機体を間近に見合い遣った状態で、何ら味気ない押し相撲をやらかす羽目になってしまう。



くっ・・・!この私が押されているだと!?馬鹿な!



不覚にも、信じられない・・・と言った様相で驚きの表情を浮かび上げてしまった私は、沸々と沸き起こる煩わしき焦燥感しょうそうかんを強く感じ得ながら、にわかに湧き立つ観客達の大歓声を聞き、小さく舌打ちを奏で出した。


そして、TRPスクリーン一杯に映し出された真朱まそほ色のDQ機をギリギリと睨み遣りながら、激しく燃え盛る闘争心の炎の中に、猛り狂った怒りの油をふんだんに流し込んでやると、相手機の圧力が若干弱まった間隙を見計らって、思いっきり力強くフットペダルを踏み込んでやった。


・・・が、しかし、ガシャン!!と、鈍い衝突音を奏で出して、相手機を突き飛ばしてやったと感じたその瞬間、私は、思いもよらず不気味な挙動の只中へと塗れ堕ち、TRPスクリーン上に描き出された外界の様相が、急激に斜め回転を始めた光景を目の当たりにした。


・・・と同時に、唐突に振りもたされた激しい衝撃によって、全身を強く強く打ちひしがれる事態へと叩き落されてしまい、苦痛に歪め詰まらされた情けなき声色を吐き零してしまう事になる。



ドッシャーーン!!


ぐっ!!




「只今の試合。勝者。マギサ・トゥエルノ。勝者。マギサ・トゥエルノ。時間。9分39秒。」



私はこの時、一体何が起きたのかさっぱり解らなかった。


対戦相手であるマギサ・トゥエルノなる者が、勝利を収め得たと言うアナウンスを、完全なる上の空状態で聞き流しながら、何故自分が仰向け状態になって、分厚い雲に覆われた空模様を見上げる事態となっているのか、全く理解できなかった。



引き倒された?・・・私は引き倒されたのか?



・・・と、恐らくはそうであろう結論を取り敢えず簡単に導き出して見せた私は、次戦に向けて何とかその事実を受け入れようと、何度も何度も脳裏に同じ言葉を反芻はんすうさせて見たが、一体どのようにして引き倒されたのかも解らぬ現状においては、真に心が整理付くはずも無く、決勝戦へと至り経る前に敗北を喫してしまったと言う情けなき思いがいつまでも先行し、中々に根深い混乱の最中から立ち逃れる事が出来なかった。


その後、自力では立ち上がれぬ程に損傷したカリッツォのコクピットから這い出し、目の前にそびえ立つ真朱まそほ色のDQ機体を静かに見遣り上げた私は、会場内を吹き抜ける冷たい風にしばし浸り当たりながら、必死に思いを巡らせ自問自答を繰り返した。


自分は何故、敗北を喫する様な事態へと迷い入ってしまったのか・・・と。


そして、ようやく導き出した答えがこれだ。



油断していた・・・事は紛れもない事実だろう。


思い上がっていた・・・事も間違いなく事実だろう。


真に卓越したDQ操舵技術を有する猛者と言う理想の戦士に思い憧れ、必死になって訓練を積み重ねて来た私は、確かに幾度となく執り行われたDQ同士の戦闘試合において、連戦連勝たる輝かしき実績を難なく積み上げる事に成功して来た。


しかし、上には上がいるのだと言う事実を完全に棚上げにし、小狭き世界観の只中における最強と言う称号に満足していた私は、いつの間にか自分自身が最強戦士たる存在になったつもりでいた。


そして、私に対抗し得る者は、べトラ以外に存在し得ないのだと、勝手に思い込んでいた。


強い者を求め、強い者と戦い、強い者に勝つ事を目標として、様々な大会に参加して来たと言うのに・・・。


全く持って情けない・・・。情けない男だ!ユピーチル!



やがて、無残なる鉄塊てっかいへと成り果てたカリッツォ機が、そそくさと会場外へと運び出され、次なる試合を執り行う為の予備機が、いそいそと試合会場内へと運び込まれて来る様を、じっと見遣っていた私は、じわじわと高鳴り来る胸のうずきを静かに押さえ付けながら、何ら良い所なく敗れ去った一本目の戦いをつぶさに思い返していた。


そして、マギサ・トゥエルノなる者が、真の強者たり得る猛者である事を完全に認め捉えた上で、新たなる挑戦者として二度目の戦いへと望む強い勇気と強い気概を奮い立たせていた。



ジェニー・デルフス杯の準決勝戦第一試合二本目。



会場内に運び込まれてきた予備機のコクピットへと搭乗し、前面のTRPスクリーンに映し出された真朱まそほ色のDQ機をギリリと強く睨み付けた私は、猛り狂うまでに燃え上がった闘争心の炎をほのかに冷やし覚まそうと、数回程度大きく深呼吸を繰り返した。


そして、余計な策謀を巡り入らせた姑息な作戦に頼り寄ろうとする卑しき意識を完全にじ伏せ、自らが持ち得る能力の長所たる部分を最大限に発揮させる事だけを考えて、ただ只管に、試合開始のブザーが鳴り響くのを待った。



このパイロットは強い。


紛れも無く強い。


決勝戦を見据えたつまらぬ戦い方に固執こしゅうしながら、簡単に勝てる様な相手では無い。


全身全霊を傾ける事でしか勝ちを得る事の出来ない相手。


いや、全身全霊を傾けた所で勝ち得るかどうかも解らぬ相手。


このパイロットこそ、私が真に望んだ、最大最強の好敵手だ。



やがて、程なくして「ブーッ」と言う、素っ気ないブザー音が周囲に響き渡ると、会場内は一気に轟々とうねり狂う観客達の大歓声に包まれた。


私は素早く右足でフットペダルを強く踏みしだき、カリッツォの機体を勢い良く急発進させる。


するとやはり、相手も同じくそうであろう挙動を直ぐに奏で出し、こちら側へと猛突進を開始して来た。



・・・二本目の試合の様相は、一本目とは異なり、序盤から激しく攻勢に出た私の方が完全に主導権を握った。


常に相手の攻撃の先を制し、効果的に弾丸を浴びせ掛ける事で、相手の攻撃を完全に封じ込める事に成功した私は、まさに事前に思い描いた通りの展開を披露して見せる事に成功した。


相手はただ逃げ惑う事しか出来ない様子だった。


しかし、私の攻撃に対する相手機の対応も決して悪いものでは無く、再三再四に渡り敢行した私の攻撃は、全て、何ら実りなく空を切り続ける事になってしまう。


勿論、特にこれと言って目立った大技を繰り出された訳では無いし、いとも簡単にそれを回避して見せている風も感じられない。


それは一見して、その場しのぎ的な行動に終始しているだけの様にも見受けられた。


・・・が、しかし、一向に相手機に致命傷を与え食らわす事が出来ずにもがいていた私は、不意にもてあそばれている感の方が強くなってしまい、このまま攻撃を続けても無駄であろう結論を、直感的に導き出してしまう事になる。


そして、私は、こう思い付いたのだ。



一度、相手に攻撃をさせておいて、その後の隙を突いてやろう・・・と。



相手の攻撃精度がかなり高いと言う事は、一本目の戦いで既に解っていた。


攻撃の手番を相手方に引き渡した瞬間、二度とそれを取り戻せない可能性もある・・・と言う事も解っていた。


しかし、私は、相手の攻撃をかわして見せる自信が全く無かった訳ではなく、相手が攻撃を繰り出した直後に、無理矢理攻撃を浴びせ被せてやる事ぐらいは、出来るであろうと思っていた。


勿論、このまま事態が好転せずに進めば、自分の方が先に弾切れになってしまう・・・と言う考えも確かにあった。



私はやがて、殊更ことさら色濃い牽制色を滲ませた攻撃弾を、遮蔽物の裏蔭に潜み入った相手機へと激しく浴びせかけてやり、一気に残段数ゼロへと降り落ちた弾倉を銃身から外し飛ばした。


そして、ここでわざと手間取る様な感を如実にょじつに漂わせながら、次なる弾倉への換装作業を執り行う・・・。


するとやはり、相手機のパイロットはその隙を見逃さず、勢い良く遮蔽物の裏蔭から身を乗り出すと、にわかに慌てふためいた様相で逃げ腰な所作へと移り進んだ私の機体に、情け容赦ない猛攻撃を浴びせ掛けながら、一気に迫り寄って来た。



良し!釣れた!



直後、私は、多少の弾丸を受け食らう覚悟で機体を強引にひねり回し込んで見せると、一転して相手の虚を突く無謀なる特攻を仕掛けかます様相を強く匂わせ、フットペダルを踏み抜いた。


そして、瞬間的に相手機の右手側方向へと回り込む様な形でカリッツォの機体を弾けさせると、致命傷と成り得る直撃弾を全て回避、かわしいなして相手機へと肉迫し、必死にこちら側へと振り向いてくる相手機のアサルトライフルを、自らが持つアサルトライフルの銃身で思いっきり弾き飛ばしてやった。



ガチン!



この瞬間、私は勝った!・・・と思った。


相手機の左手に握られたアサルトライフルが、弾かれた勢いで、真朱まそほ色の機体の更に向こう側へと、勢い良く飛び去って行く様をつぶさに見て取った私は、最後の足掻きとばかりに、振り伸ばされた相手機の右手を軽快に避けかわして見せると、相手機の右手側側面部に回り経ようとする、カリッツォの完璧なる機体挙動を全身で受け感じながら、素早く自らが持つアサルトライフルを構え上げた。


もはや、この状況からの大逆転劇は、絶対にないであろうと思っていた。



・・・が、しかし・・・。


大きく伸ばし放った右腕を、勢い良く前方に掻き込む様に振り回して、機体を強引に左回転させた真朱まそほ色の機体が、不意に、完全無防備なる背面部をこちら側へと曝け出して来た・・・と、次の瞬間、私は、全く予想だにしていなかった攻撃・・・、相手機体の後部メインバーニヤから吐き放たれる、強烈な排熱噴射攻撃を派手に浴びせ掛けられる事になる・・・。


トリガーを引き放てば確実に勝利を得られると言う刹那的瞬間の中で、私は完全に油断してしまっていたのかもしれない。


唐突に繰り出された相手機の大胆な行動に、一瞬、強く怯み入ってしまったのかもしれない。


私は情けなくなる程まともに、その攻撃を受け食らう羽目になってしまった。


勿論、吹き飛ばされた勢いに塗れて転倒する・・・と言う、最悪の事態だけは避け得る事に成功したのだが、素早く機体を反転させて攻勢へと転じ入った相手の攻撃を、体良ていよくかわして見せる事までは出来なかった。


結果、私は、二、三発程度の弾丸を持って右腕を簡単に撃ち飛ばされると言う、あっけない幕切れを無理矢理に押し付けられる事態へと陥り、無情にもとつとして鳴り響いたけたたましきブザー音を聞く事になる。



「只今の試合。勝者。マギサ・トゥエルノ。勝者。マギサ・トゥエルノ。時間。11分51秒。対戦スコア合計2対0で、マギサ・トゥエルノの勝利。」




私は負けた。


完全に負けた。


ぐうの音も出ないとは、まさにこの事だった。


悔しかった。


非常に悔しかった。


・・・が、しかし、それと同時に、沸々と湧き起こる不思議な高揚感が、私の心の奥底にべっとりとまとわり付いて、離れない様子だった。

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