08-21:○スティーブ・マウンテン・ダイビング[15]
第八話:「懐かしき新転地」
section21「スティーブ・マウンテン・ダイビング」
(ジャネット)
「バーンス!!カリッツォが・・・!!」
(バーンス)
「解っている!!ルワシー!!もう一機のカリッツォから目を離すな!!」
(ルワシー)
「そんぐれぇ解ってるって!!コンビプレーしか能のねぇ糞蟲共に、戦いの何たるかを教え食らわしてやる良い機会だ!!逃してたまるかってんだよ!!」
(バーンス)
「ロッコ!!北エリアへと向かった一機の動きを牽制する!!一緒に付いてこい!!」
(ロッコ)
「了解!!」
(ペギィ)
「あんっ!・・・ちょっとぉ!私、体勢が不安定なんだから、もっと優しくして!」
(ロッコ)
「す・・・すみません!」
廃墟地帯の東側出入り口付近へと屯していたネニファイン部隊の面々にとって、彼等帝国軍DQ部隊の動きは不可解そのものであった。
攻勢へと転ずる構えを見せ示したにしては、妙に積極性を欠いた遠回りな行動と言うに相応しく、何かを目論み入れた囮作戦にしては、余りに意外性を欠いた安直なる行動であった事は確かで、勿論、そう思わせる事自体に何かしらの意図を込め入れていたと推測する事は出来たが、まさか墜落した輸送機へと迫り至る為の粗暴な突撃行動であるとまでは、考えもしていなかった。
何よりこの時、両軍が共に作戦目標と定め据える中型輸送機が墜落した地点は、この廃墟地帯より北側に広がる高台の上に存在するのであって、この両エリアを分け隔てる急峻なる断崖ラインを、単なる中型DQ機程度で攀じ登るのは、ほぼ不可能な事であると言えた。
勿論、ユピーチルが搭乗するのカリッツォ・・・、元々高機動型軽量指向である華奢な機体の上に、加速旋回用サブバーニヤをふんだんに塗し搭載した改良機「Y3型」が、単なる中型機程度に収まり嵌るか・・・と言う点は別に置くとして、その場に居た彼以外の人間達は皆、北側棚台へと這い上がる為には、東側へと抜け出てなだらかな緩斜面を登り経るか、西側へと大きく後退して迂回路を取り経るかしかない・・・と、完全に思い込んでいたのだ。
・・・だが、廃屋が幾つも連なり建った狭い裏通りを、勢い良く北上するユピーチルの脳裏には、全く別物の進攻ルートがくっきりと描き出されていた。
それは、常識的な見解のみでは絶対に見定める事の出来ない無形の進攻ルート・・・、彼自身、必ずしも成功するとは断言できない、極度に不安定なガラス細工の架け橋・・・と言うべき危険な難道には違いなかったが、彼は少しも躊躇する素振りを垣間見せず、更に機体を激しく駆り立てて行った。
そして、程なくして辿り着いた急峻なる崖際付近で、裏路地の片脇に積み上がった瓦礫の山を一気に駆け上がると、カリッツォの機体後部に取り付けられたメインバーニヤと、両翼六枚羽根の裏側に取り付けられていたサブバーニヤの全てを全開にまで吹き上がらせ、勢い良く隣脇にある廃屋の屋上部へと機体を乗り上げさせた。
・・・と同時に、機体の重みによって建物を押し潰してしまうよりも早く、多少なりと頑丈な部分部位を軽く蹴り拉いて、もう一段高い廃屋の上へと飛び移り、続いて、これで最後だ言わんばかりの様相を持って、二段目の廃屋の屋上部を力強く蹴り飛ばし、搭乗する小豆色の機体を高々と舞い上がらせた。
ガラガラガラ!ドッシャン!!
足場に利用された二つの廃屋が、無残にも粉々に崩れ落ちて行く中で、機体後方部に取り付けられた全バーニヤを、全開全力フル稼働させながら飛翔し行くカリッツォの移動軌跡は、全く持って何の文句も付けようのない、美しきラインを宙に引き残した。
結果、彼は思ったよりも簡単に北側棚台上の大地をしっかと踏み締める事に成功した。
(ルワシー)
「ああん?何だこれ?・・・何かおかしくねぇか?」
(バーンス)
「何っ!?・・・何だ!?一体何をした!?」
(ロッコ)
「カ・・・カリッツォが!!棚台上を北上して行きます!!何故!?・・・どうやって!?」
(バネル)
「二佐!!」
直後、サーチモニター上で帝国軍側の動向を注意深く観察していた、トゥアム共和国軍兵士達の間に緊張が走った。
全く持って不可解なる行動へと転じ入ったカリッツォが、一瞬にして地形的行き止まりをショートカットせしめたその行為は、この地における戦闘での勝利を確信し得ていた者達にとって、まさに驚愕、狼狽と言った負たる感情を持って受け入れる他ない、突然の兇変凶事と言うべきものだった。
(フレッチャー)
「回収作業班!!作業の進捗状況は!?」
(ビッテル)
「まだ開梱前です!!巨木の爆破作業も終わっていません!!」
(フレッチャー)
「手の空いている者は即刻迎撃体勢に移行!!左に一班!!右に二班を展開させ、鶴翼の陣を持って敵の足を止める!!輸送機には絶対に近付けるな!!」
この時、俄かに混沌とした騒乱の渦中へと陥ってしまった自軍の兵士達を、見事に再統制し、迅速に迎撃態勢へと移り至らせたフレッチャー陸等二佐の手腕は、まさに何の非の打ち所もない的確なものだったと言える。
最強最精鋭たる装甲擲弾兵部隊を前線に配し欠く状況の中で、後方支援用の装備一式しか持ち得ない歩兵部隊のみを持って、猛然と迫り来るユピーチル機の足を緩め鈍らせる事に成功したのは、一様に彼の戦功であったと言っても過言では無かった。
しかし、彼が持てる傑出した才幹の全てを総動員しても、どうにもならぬ事態を覆す程の非現実的現象、魔法の様な効能をそこに生み齎す事など出来るはずが無く、対装甲機動兵器用ロケット弾シュメルファウストを装備した歩兵部隊による猛攻撃も、両肩部から生え伸びる強固な六枚羽根を全て防御へと回し、メインバーニヤの推進力のみを持って、不規則な蛇行運転を繰り広げたユピーチルの動きを、完全には堰き止める事が出来なかった。
確かに彼等は善戦した。
ただ、善戦しただけで終わりを見ると言う事態を、甘んじて受け入れざるを得なかった。
やがて、大量に浴びせ掛けられたロケット弾の暴雨の最中を掻い潜り、大小様々な傷を受け負わされた小豆色の機体が、最後の激走とも言うべきけたたましいバーニヤ音を大きく吹き上がらせる。
そして、「死にたくなければそこを退け!!」と言う、ユピーチルが発した激しい怒声と共に、墜落した中型輸送機クリューネワルトの機体側面部へと取り付き、右手に装備した「BSY10スタンディスチャー」を構え上げた。
(ユピーチル)
「降りかかる数多の困難、障壁を乗り越え、颯爽と参上仕った王子よりの熱き口付けだ!!目覚めるが良い!!美しき姫君よ!!」
(フレッチャー)
「総員退避!!退避!!」
直後、何ら躊躇う事無くスタンディスチャーの発射トリガーを引き絞ったユピーチルが、半仮死状態へと眠り入った中型輸送機クリューネワルトの機体動力部に、激しい電気的衝撃波を何度となく浴びせ掛け、悲しくも捕われの身へと落ちた玉女の御霊を、瞬間的に弾け飛んだ眩い閃光の中へと誘い解き放った。
ドッゴーーーーーン!!
(フレッチャー)
「ぐぅっ!」
(ベトラッシュ)
「ユピーチル!!」
(テヌーテ)
「ユピーチル様!!」
(セニフ)
「ああっ・・・。」
(バーンス)
「ちっ!!」
猛烈な大爆音を吐き放って爆発四散した玉女の叫び声は、自らの悲劇的運命を嘆き悲しむ、最後の断末魔の様にも聞こえたが、誰一人巻き添えにする事無く真っ赤な火柱を立ち昇らせたその最後の灯は、これ以上の流血を好まぬ平和的女神の温和なる目覚めであったのかもしれない。
何ら武装を持たぬ力なき存在でありながら、己の身を激しく焼き焦がす事によって、当戦場における荒々しき激戦劇の完全終幕を周囲に告げ知らしめたその光景は、実しやかに美しく、妖美な赤光の暖かさに満ち溢れていたと言え、攻撃的意識に凝り固まった戦士達の心を、優しく宥め賺す効果が多少なりと有った様だった。
それ以降、両軍が当戦域より離脱撤退を完遂するまでの間、一発の砲声も鳴り響く事は無かった。
(フレッチャー)
「ぬぅ!・・・してやられたか!敵DQは!?」
(ビッテル)
「離脱しました。再度攻撃を仕掛けてくる様子はありません・・・。」
(バネル)
「痛み分け・・・と言うには多少残念な感が否めませんが、最悪の事態を回避し得た事だけは、素直に満足すべき所でしょうな。」
(ペギィ)
「あ~あ。こんなに必死こいて頑張ったって言うのに、何の成果も得られず終わるなんて、ほ~んと残念。」
(ルワシー)
「一発も弾を撃たねぇ内に機体を乗り捨てた、てめぇに言えたセリフじゃねぇと思うがな。全く恥ずかしいったらありゃしねぇぜ。」
(ペギィ)
「何よ!!あんたみたいな豚野郎に言われたくないわよ!!私だってね・・・!!」
(ロッコ)
「まあまあ。二人とも落ち着いて。落ち着いて。」
(ジャネット)
「セニフ?機体は大丈夫?帰って来れそう?」
(セニフ)
「うん。大丈夫。・・・でも、このまま行くと、北側に抜けたカリッツォと鉢合わせする事になっちゃいそう・・・かな?」
その後、色濃い焦燥感の中に薄弱とした安堵感、大きな落胆色の中に小さな満足感を僅かに混じり入れた、大小高低色取り取りの声音を順々に紡ぎ出し、通信システム内を賑わせていたトゥアム共和国軍兵士達とは別に、たった一人で北側の大地上をゆっくりと後退していたユピーチルは、その行く先にぽつねんと立ち尽くす、一つの赤色光点をじっと眺め見つめていた。
勿論、この時の彼には、それが左利きのパイロットであると言う事が既に解っていた。
(テヌーテ)
「ユピーチル様!!・・・ユピーチル様!!」
(ユピーチル)
「・・・そう何度も叫ぶなテヌーテ。私なら大丈夫だ。それよりも、二人の回収作業は済んだのか?」
(テヌーテ)
「あ・・・。・・・はい。完了しております。」
(ベトラッシュ)
「全くお前って奴は・・・。帰ったら説教確定だな。テヌーテ。」
(テヌーテ)
「え?・・・あ、そうですね。・・・はい。」
(ユピーチル)
「ふん。まあ、偶にはそれも良かろう。私も余りに無謀な暴挙だったと素直に反省している所だ。・・・ただ、今一つ。・・・やっておかねばならない事が、まだ残ってはいるがな。」
ユピーチルはそう言って、再び濃密な覇気を赤色の瞳の中に宿し入れると、再び搭乗するカリッツォの機体に急加速を加え入れ、西側の崖際付近に待機する深緑色の敵機へと向けて迫り進んだ。
・・・が、俄かに慌ただしく反撃する構えへと転じたセニフの反応を余所に、全くそれを気にする風でもなく、その一つ手前側の小高い丘の上に機体を乗り上げさせ、停止させたユピーチルは、威風堂々落ち着きのある所作を持って機体をクルリと翻し、その持てる巨大な六枚羽根を大きく羽ばたかせると、完全ドフリーなる垂れ流し通信モードを開け放って、こう言い放った。
(ユピーチル)
「見事な戦い振りであったぞ!共和国軍兵士達諸君!私はストラントーゼ軍所属ゲイリーゲイツ将軍帰下の士官兵士!ユピーチル・フローラン・レブ・ネノベル大尉だ!貴官等の勇戦に対し素直に敬意を表するものとする!」
(セニフ)
「?」
(フレッチャー)
「??」
(バネル)
「ああ?」
(バーンス)
「何だ?」
(ルワシー)
「なんじゃこりゃ?」
それは勿論、今回の戦闘において、ユピーチル自身が感じ得た素直なる所感を、そのままに吐き連ねた相手方兵士への賞賛賛辞の言葉に違いなかったが、実際にそれを浴びせ聞かされたトゥアム共和国軍兵士達にとって、それは、一体如何なる目論見を持って発せられたものなのか、全く理解出来ぬと言った様相で、しばし唖然とした表情を並べ連ねる事しか出来ない代物であった。
戦場において相手方兵士達と遣り取りするのは、お互いの命と、それを狙い奪う為に撃ち放たれる弾丸だけ・・・と言うのが、極々一般的な常識論であり、稀に、誹謗、中傷、悪態、罵倒、と言った言葉の応酬を繰り広げる事態には成り経るものの、敵対する相手方兵士達を褒め称える言葉を直接投げかけられるなど、昨今の戦闘においてはほとんど例の無い、珍事中の珍事と言うべきものであった。
しかし、唐突に発せられたユピーチルの摩訶不思議な褒めちぎり攻撃は、尚も更に連ね続けられる事となる。
(ユピーチル)
「再三再四に渡り敢行した我々の攻撃を全て堪え!凌ぎ切り!最終的勝利を掴み得る為の努力を決して惜しまなかった貴官等の忍耐力!行動力!そして勇気の全ては、総じて素晴らしきものであったと、真に感嘆するや切なる所である!特に!我々と直接相見える事となった、共和国軍DQ部隊の戦士達諸君の戦いぶりには、大いに目を見張るものがあった!同じDQ乗りとして、非常に興味をそそられる感を否めない!出来れば貴官等の所属部隊名を聞かせてもらいたいのだが、如何に!」
これはもしかして・・・、俺達の事を馬鹿にして言っているのか?・・・と、思わずそう思ってしまった兵士達も少なく無いであろうが、言われた当の側の方が恥ずかしくなって、徐に肩を竦め窄めてしまいそうになるほど、彼の放った言葉は実直で、紳士的で、品のある丁寧な色調で統一された代物だった。
勿論、だからと言って、彼が発したその要求に対して、素直に応じてやる義務など無かったのだが、相手の煽てに乗り踊らされて、態々(わざわざ)その相手を買って出ようと言う、煩わしきお調子者が、今のネニファイン部隊には存在した。
彼は唐突に「へっへっへ。面白れぇ奴。」などと言いのたまうと、全く何を躊躇するでもなく、それに答える通信回線を無造作に開け放ち、お馬鹿丸出しの濁声をそのままに垂れ流したのだった。
(ルワシー)
「おう!おう!おう!おう!おう!俺様はネニファイン部隊所属のルワシー・オスカフォード様だ!てめぇら如き蟲けらを相手に、全く持って情けねぇ戦い方をする羽目になっちまったが、真に狂えるDQ戦士ルワシー様とは、俺様の事だぜ!覚えときな!帝国印の品の良いお坊ちゃんよぉ!」
(ユピーチル)
「ほ~ぅ。それはそれは。」
(ルワシー)
「いいかぁ~。この俺様はなぁ~。」
(ペギィ)
「ちょっとアンタ!やめなさいよ!」
(バーンス)
「馬鹿か!何を考えてるんだお前は!」
(フレッチャー)
「グラントツー!!何をしている!!敵との通信を許可した覚えは無いぞ!!」
(ルワシー)
「ぐえぇ~っ。何じゃいそりゃ・・・。」
すると、言うまでも無く、ルワシーが発したふざけ調子の買い言葉は、仲間達から容赦なく浴びせかけられた激しい罵倒の短期的雨霰によって、即座に差し止められる事となった。
確かに、敵対する勢力の兵士同士が決して会話をしてはならない・・・などと言う決まり事は、トゥアム共和国軍軍規の中の何処にも存在し得ないが、今回の戦闘において、命を落としてしまった仲間達も居るのだと言う事を、少しでも鑑みれば、敵軍の兵士達と軽はずみな会話を交わす事は、端から控え慎んで然るべき行為であると言えた。
しかし、こう言った無神経な輩の無配慮な反応を真に期待していたユピーチルにとっては、それは、まさに願っても無いチャンス以外の何ものでもなく、彼は即座に次なる要求を無理矢理に捻じ込んで行くのである。
この機を逃しては、もう二度と同じ様な好機には巡り合えない・・・と言う事は、もはや考えるまでも無く明らかな事であった。
(ユピーチル)
「それと今一つ!私の方から貴官等にどうしてもと切に願う申し出がある!貴官等の中に、我々と最初に砲火を交える事となった、左利きのDQのパイロットがいると思うが、貴官と少し話をしてみたい!真に卓越したDQ操縦技術を有する修羅の如き英傑が、一体如何なる人物であるのか、多少なりとも見知りおきたいのだ!願わくば声なりと聞かせてもらえると嬉しい!」
勿論、相手方兵士達の会話の内容が、一様に問い掛けを拒絶する風潮へと染まり落ちかけていた中にあって、一方的に通信回線を切り捨てられると言う事態に終わり萎む恐れもあった。
・・・が、彼にとっては幸運な事に、先程間抜けな返答を返してよこしたお馬鹿なお調子者は、自らが開いた通信回線を完全に切り忘れたままだった。
結果、それ以降の会話は、全て隈無く、ユピーチルの耳に聞き入れられる事となる。
(ルワシー)
「・・・だとよ。セニフ。どうする?」
(セニフ)
「えっ?・・・いいよ。私は・・・。」
(ペギィ)
「えっへへ~。修羅の如き英傑だって。かっこいいね~。セニフ~。」
(セニフ)
「そんなんじゃないって!・・・からかわないでよ。もう・・・。」
(ルワシー)
「まあよ。ドチビの修羅ってのも面白ぇかもしんねぇな。真っ赤な顔してムッキームッキーって言いながら、プチッと潰されて直ぐ終わりとかよ。弱っちぃ~ぜぇ~。」
(セニフ)
「あぁ~ん!?お前みたいな肥満豚野郎に、簡単に踏み潰されたりしないですよ~~~だ!馬ー鹿!馬ー鹿!」
(ロッコ)
「あっははは。」
(ジャネット)
「・・・ねぇ。ちょっと。これって、もしかして・・・。ダダ漏れのままなんじゃない?」
(バーンス)
「おい!ルワシー!」
(ルワシー)
「おおうっ。こりゃまた失敬失敬。がっは・・・プツッ。」
それは、相手方兵士達の善戦に対し、忌憚なき賞賛の言葉を送って、敬意を表し示してきた敵軍の将たる人物には、絶対に聞かせたくない会話だったのではなかろうか。
通信回線を切り捨てた直後、やぶから棒に訳の解らない誤魔化し笑いを吐き飛ばしたルワシー一人を別に置くとしても、不意に恥ずかしい思いに苛まれてしまったのは、何もバーンス一人だけではなかったはずだ。
フレッチャー二佐の無言なる反応が痛いな・・・と、唐突にそう思い付いてしまったバーンスは、何処かばつの悪い思いを外へと逃がす様にして、サーチモニター上へと視線を移し変えると、遥か北方、丘山の上でぽつねんと佇む赤い光点を見遣った。
そして、これは呆れ返って溜息の一つでも吐き付けている所であろうか・・・と、そんな詮無い思いを重々しくも脳裏に巡り至らせながら、自身も大きな溜息を吐き出した。
・・・しかし、どこぞの喜劇的間の抜けた遣り取りを聞かされる事となった当の本人、ユピーチルの方はと言えば、全く溜息を付くどころの話ではなかった。
女・・・。女の声。
それもまだ子供のあどけなさを残した声色だ・・・。
ドチビと言うからには体格は小柄・・・。
名前をセニフ・・・と言うのか・・・。セニフ・・・。セニフ・・・。
トゥアム共和国軍ネニファイン部隊に所属するDQパイロット・・・。
セニフと言う名の小柄な少女・・・。
やはり・・・。そうなのか・・・?
本当に・・・。そうなのか・・・?
それ以降、トゥアム共和国軍側の通信回線からは、何一つも会話が漏れ伝わる事は無かった。
・・・が、彼にとっては十分過ぎる程の成果を得られたと言っても過言では無かった。
直後、彼は、沸々と沸き起こる不気味な高揚感の荒波に、激しく煽り立てられる事態に見舞われながらも、全く先程と変わらぬ口調を固め据え置いたまま、今回の戦闘を完全に締め括る言葉を吐き連ね始めた。
(ユピーチル)
「戦場において遣り取りされる言葉は、銃口によってのみ吐き放たれる・・・と、貴官等はそう言うのだな!良かろう!それでこそ真の戦士たるや不屈の精神を有する同種同胞!真に倒すべき価値のある偉大なる敵手と称すに相応しき相手だ!敢えて申し上げるが、貴官等の更なる出世栄達と成長飛躍とを切に願う次第である!次会う時まで壮健成れ!」
墜落した中型輸送機「クリューネワルト」の積み荷を巡り争う小さな戦い、古都市「マリンガ・ピューロ」周辺周域で勃発した、セルブ・クロアート・スロベーヌ帝国軍とトゥアム共和国軍との戦いは、これにて完全なる終結を迎え入れた。
両軍共に、戦地へと投入した人員が非常に少なかったと言う事もあり、今回の一連の戦闘における戦死者の数は、帝国軍が四人、共和国軍が二人と、両軍合わせても、たったの六人であった。
戦死者六人と言う数が少ない・・・と称せるのは、完全なる戦乱の世へと塗れ入ってしまった証・・・なのかもしれないが、その後、失われ去る事になる幾多の人命の数に比べれば、確かにささやかなる数であったに違いなかった。
一つの戦いの終わりが、また次なる戦いを呼び込む。
彼等の長い長い戦いの日々は、未だ終わりそうな気配を簡単には匂わせなかった。