08-20:○スティーブ・マウンテン・ダイビング[14]
第八話:「懐かしき新転地」
section20「スティーブ・マウンテン・ダイビング」
猛烈な勢いで降り散らされた大量の枝葉群が、めくるめく様な豪雨たる様相を樹海内部に無秩序に描き出し行く中で、ゆっくりとその巨体を寄り傾けて行った大樹が、天より遣わされし大自然の禍たる威容を持って、強固な八本足の移動要塞へと襲い掛かる。
それは、咄嗟の判断により即座に緊急回避行動へと移り進んだボンジョイの行動と、瞬間的に生じた搭乗者二人の願望、希望の全てを情け容赦なく踏み潰す、悪夢のような凶変凶事・・・、天が開くと言う、神々(こうごう)しき形容を持って評し感嘆するに足る、真に豪壮なる破滅的大災害であった。
次第に明るみを帯び行く周囲の様相とは裏腹に、真っ黒な巨木の影奥へと一気にその身を吸い込まれて行ったツィー・ハゲンは、その後、もはや何ら手の打ち施しようのない最悪の状況下で、荒々しき深緑色の激流の最中に飲まれ、沈み落ちる結末を迎え入れる事になる。
(ガラハン)
「回避!!回避だ・・・!!うぉぉっ・・・!!」
(ボンジョイ)
「ぬぁぁぁぁぁっ!!」
ドッッッズズン!!
(ユピーチル)
「!?」
(セニフ)
「よっしゃ!!いったぁ!!」
(マルコ)
「やった・・・。やったか!?」
(バネル)
「はっはっはっ!!見たかこの大蛸野郎が!!丘の上で人間様に勝とうなんざ百年早いんだよ!!」
巨大な樹木のたくましき真幹が、歪な形様を形作る硬骨の岩場群へと倒れ落ち込むと共に、唐突に吐き散らされた重々しき大轟音と荒々しき大震動が、それを願いじっと待ち望んでいた陣営側の歓喜色を、激しく彩り煽り立てた。
そして、瞬間的に立ち昇った色濃い粉塵と、一斉に巻き上がった無数の葉面が、開け放たれた頭上に広がる碧空の蒼の中へと勢い良く吸い込まれて行き、燦々(さんさん)と降り注ぐ力強い初夏の陽光を、美しく煌びやかにキラキラと反照させながら、勝利者たる陣営側を祝福する紙吹雪の様な幻想的現象を、その場に有形化した。
言うまでも無くそれは、魔境の森と呼ばれる色濃い密林地帯内部で執り行われていた、セルブ・クロアート・スロベーヌ帝国軍とトゥアム共和国軍との激しい戦闘において、戦局と言う巨大な天秤が一方へと大きく傾き倒れ落ち込んだ瞬間でもあった。
(テヌーテ)
「ユ・・・ユピーチル様!!ツィー・ハゲンの機体が・・・!!・・・ボンジョイ少尉!!ガラハン曹長!!」
(ユピーチル)
「どうした!?テヌーテ!!何があった!?」
(テヌーテ)
「ツィー・ハゲンが・・・ツィー・ハゲンが巨大な木に押し潰されて・・・!!」
(ガラハン)
「・・・くっそう!!こいつら・・・!!舐めた真似しやがって・・・!!」
(テヌーテ)
「あっ・・・。」
(ボンジョイ)
「うっひゃぁ!こりゃまた危機一髪・・・間一髪・・・って、ビビったチビった所の話じゃねぇぞ!思わずショック死しちまうとこだったぜぃ!」
しかし、倒壊した巨大な樹身本体の下敷きに成り経ると言う最悪の事態を、何とか・・・と言うより運良くも回避し得る事に成功した彼等は、あの世へと続く冥界の門を完全に潜り抜けるまでには至らず、この世の中でしか奏で上げる事の出来ない肉声を、けたたましき断末魔の後に、そのまま吐き連ね続ける事を許された。
勿論、濛々(もうもう)たる巨木の幹から、無数に枝分かれした大量の大枝群によって、完全にその八足を雁字搦めに圧し押さえられた状況下にあって、ツィー・ハゲンの機体は、全く身動き一つ取れない事態に陥ってしまったものの、大きなバルーン型をした機体本体部分は、それ程深刻なダメージを受け負わされずに済んだ様子だった。
(ユピーチル)
「ボンジョイ少尉!!機体の損傷具合はどの程度だ!?動けそうにない程か!?詳細を報告せよ!!」
(ボンジョイ)
「んん?・・・うーん。うむむー・・・。見渡す限りの緑色一面に・・・真っ赤なアラート群がピカピカ点滅・・・。」
(ガラハン)
「くっ・・・!!主砲も駄目!!機関砲も・・・駄目か!!ボンジョイ!!強引にでも良い!!機体を動かせないのか!?」
(ボンジョイ)
「そりゃぁもう、見ての通りのザマですわい。ウンともスンとも言いやしねぇよ。・・・・大尉さんよぉ。全く持って面目ねぇこったが、どうやら俺達はここでリタイヤって事になりそうだぜ。ツィー・ハゲンの足が半分以上イカレちまいやがった・・・。」
(ユピーチル)
「なっ・・・!」
但し、やはりと言うべきか、彼等二人が生き永らえる為に失った代償は、決して小さなものなどではなく、移動要塞たる凶悪な破壊兵器ツィー・ハゲンの存在を、完全に没落の淵底へと叩き落すに足る、重要な機能機構が、その見返りとして奪い取られる始末へと嵌り落ち込んでしまっていた。
大量の枝木群の重みに押し潰され、前のめりとなった機体本体の傾斜と共に、何ら意味無き足元へと砲先を釘付けられてしまったナルセスキャノン砲は、完全に使用不能と言った状態から簡単には逃れ脱せない様相へと凝り固まり、機体両側部に備え付けられた剥き出しの火器、40mm対空機関砲も、入力された稼動コマンドを一切受け付けぬ剛直振りを堅持したまま、情けないアラート文を垂れ流し続けるだけであった。
言うなればこの時点で、ツィー・ハゲンの機体は、虚しくもただそこに有り続けるだけの岩塊よろしく、自らの意思では動く事さえも出来ない、単なる鉄塊風情へと成り下がってしまったと言え、機動兵器としての役割を賄い担うだけの能力を、完全に失ってしまった現状においては、これ以上戦闘を継続する事は不可能である様にも見受けられた。
少なくとも、一瞬にして悲観的色合いへと染まり落ちた自軍の通信内容を、憮然とした表情で聞き入る羽目となってしまったユピーチルには、そう思えた。
(ボンジョイ)
「これも駄目~それも駄目~あれも駄目~どれも駄目~って、こりゃもう、逃げ出す以外に手立てはねぇって感じだな。ここは一つ、潔く店仕舞いって事で・・・。」
(ガラハン)
「いや!!まだだ!!まだ終わってねぇ!!」
(ボンジョイ)
「終わってねぇ・・・って、一体どうするつもりなんでい。相棒。」
そして、この時、自らの陣営側が最終的勝利者たり得る資格を、完全に剥奪されてしまったのだと言う事に気が付いたユピーチルは、激しい落胆色を込め入れた大きな溜息を一つ吐き付け、僅かに表面を俯けてしまう事となる。
当然彼は、直ぐに「次なる一手をどう打ち据えるべきか」と言う、戦術上の問題へと思考を切り替えなければならなかったのだが、無意識の内に蟠った気持ちの悪い焦燥感に、いつまでも苛まれ続け、彼是と考えあぐねている合間に、一際激しい怒気を打ち据えたガラハンの大声を迎え入れてしまう事となってしまった。
直後、彼は、ガラハンが発した言葉の尻尾に猛然と噛み付く様に、慌てて制止する言葉の鏃を吐き付けた。
(ガラハン)
「へっへ・・・。見てろ。糞生意気な小兵どもを一気に血祭りにあげてやる!!逃げんのはそれからだ!!」
(ユピーチル)
「待て!!ガラハン曹長!!」
・・・が、ガラハンの思惑を直ぐに察して取ったユピーチルの発言は、言葉を発したタイミングが少し遅かったと言う事もあるが、完全に無視、黙殺されたまま虚しくも掻き飛ばされてしまう次第となり、自らの思いを体現するべく右手を差し伸ばしたガラハンの人差し指が、何ら躊躇う事無く不気味な赤色を光らせるボタンを押し込んだ。
すると次の瞬間、閑散とした樹海内部に無理矢理に拵えられた、濃密な深緑色の枝木山の中から、ブシュリと鋭く大きな発射音が唐突に吐き散らされ、瞬間的衝撃を持って大量の枝木群を激しく打ち据え煽り飛ばすと同時に、勢い良く綺麗な無形の白柱を二本立ち昇らせた。
言わずもがな、それは、ツィー・ハゲンが有する攻撃火器の中で、唯一被害を免れる事が出来ていた強力なミサイル弾頭が発射された事を示す現象・・・、ボンジョイが繰り出した緊急回避行動によって、一番被害の少なかった北西サイド側へと振り向けられていた八連装型のミサイルポッドが、唐突に禍々(まがまが)しき猛火を噴き上げた瞬間であった。
(セニフ)
「あっ!?」
(マルコ)
「やはりそう来るか!!」
この時セニフは、完全に虚を突かれた・・・と言った様相で、間の抜けた驚声を唐突に発し上げ、歓喜色に染まり上がったその表情を俄かに立ち曇らせて行ったのだが、味方部隊が繰り出した強烈な倒木攻撃の余波に巻き込まれまいと、一目散にその場からの離脱、かなり遠くの位置まで後退していた彼女にとって、それ以上、何をどうする事も出来なかった。
しかし、全く思惑通りの展開をそのままに推し進めていたトゥアム共和国軍側にとって、ツィー・ハゲンを罠に嵌め落とした時点で彼女の仕事は終わり・・・と言うのは、全くの規定路線で、完全に身動きが取れなくなってしまった大蛸機が、最終的に如何なる手段を取り経ようとするのか、既に予測し得ていた様子だった。
両軍が共に作戦目標と定め据える中型輸送機クリューネワルトが墜落した地点と、ツィー・ハゲン機が座礁した罠位置X地点とを結ぶ直線経路上、ポイント09-08エリアの上空付近に待機するよう事前に命じられていた、マルコ・シトレーゼ陸等三尉の存在が、まさにその事を示し現していると言えた。
(バネル)
「マルコ三尉!!」
(マルコ)
「当然!!間に合いますよ!!」
ツィー・ハゲン機より発せられたクラスター型ミサイル弾頭「MAG02スターレイン」は、確かに同系統兵器の中でも鈍足中の鈍足と称される程の難物であるが、それでも、戦闘ヘリ程度に追い付かれて撃墜されてしまう様な陳腐な代物ではない。・・・と言うのは、その使い方を正しく運用出来て初めて言える言葉である。
特に、ミサイルを発射した直後から加速段階へと至り経る間に生じる、煩わしき最遅速飛翔区間帯を、完全に狙い撃ちされるような状況で使用するのは、最も愚劣な判断ミスであると言え、如何に混沌とした戦況下での使用を余儀なくされたのだとしても、それなりに発射するタイミングを見計らって然るべき所であった。
ましてやこの時、発射されたミサイルを即座に迎撃すべく、上空に待機していた戦闘装甲ヘリのパイロットは、卓越した操縦スキルと射撃スキルとを併せ持つ歴戦の猛者である・・・。
ガンガンガンガン!!
直後、樹海地帯の上空で激しく機銃を打ち据える音が鳴り響き・・・。
ドッドゴゴーーーン!!
続いて、雄々(おお)しく激しい巨大な大轟音が立て続けに吐き散らされる・・・。
(ガラハン)
「・・・がっ!」
(マルコ)
「よっし!!上々!!」
(バネル)
「ヒュ~ッ!これはもう文句なし!言う事なしだ!」
(ボンジョイ)
「ああ~。これまた見事に、た~まや~~~・・・って感じで終わったな・・・。」
それはもはや、当然の結果と言えば当然の結果たる非常に情けない結末で、最後の最後まで切り札として大事に取り置いていた二つのミサイル弾頭は、何ら意味無き大空の彼方で、その強力過ぎる破壊力を盛大に花開かせて、終焉を迎え入れる事となってしまった。
勿論、ミサイル弾頭を撃ち放った当の本人からすれば、イタチの最後っ屁たる些細なる効能を少しは期待していたのだが、それも全くの期待外れに終わり、徐々に徐々にと、戦いの幕を下ろしつつあった魔境の森周辺部に、物侘しげな終曲の余韻を響き残す結果となってしまった。
(ユピーチル)
「ちっ・・・。」
ユピーチルはその後、しばし唖然とした表情を携えたまま、北方の密林内部奥深くへと静かに視線を投げ遣り、完全なる愚物へと成り果ててしまったであろう、ツィー・ハゲン機の情けない姿を思い浮かべながら、小さな舌打ちを一つ奏で打ち付けた。
そして、相手方陣営側の完全勝利と言う最悪の図式を、何とか回避し得ようと、瞬間的に脳裏に巡らせた数々の小細工、策略の全てが、一気に水泡に帰してしまった事を悟り取ると、俄かに落胆した様子を顔中一面に浮かび上がらせて両目を瞑り、ゆっくりと天を仰ぎ見る様な体勢を形作った。
(ユピーチル)
「・・・全く持って不本意ではあるが・・・。ボンジョイ少尉。ガラハン曹長。直ぐに機体を乗り捨てて脱出しろ。回収にはテヌーテを向かわせる。いいな。テヌーテ。」
(テヌーテ)
「解りました。お任せください。」
(ボンジョイ)
「さらば我が友。我が青春の愛機よ。長い間、本当に良く頑張ってくれた。俺は一生、お前の事を忘れやしねぇからな~。」
(ガラハン)
「たった一週間しか乗ってねぇのに、愛機も糞もあるか!馬鹿な事言ってねぇで、さっさと脱出しろ!後がつっかえてんだよ!」
(ベトラッシュ)
「テヌーテ。周囲の状況には気を付けろよ。まだ近くに歩兵部隊が潜んでいるはずだ。」
(テヌーテ)
「了解。」
確かにこの時、彼等にはもはや、逆転を期する有効的な手立てなど無かった。
頼みの綱である強力な移動要塞ツィー・ハゲンが、樹海の藻屑と掻き消えてしまった時点で、彼等は、作戦第二目標である墜落した輸送機を破壊する事すら、容易にはままならぬ難道へと足を踏み入れてしまったと言え、その後、何をどう上手く運び進めようとも、単なる悪足掻きにしか成り得ない様にも感じられた。
・・・だが、しかし・・・。
(ユピーチル)
「べトラ。スタンディスチャーを貸せ。」
(ベトラッシュ)
「ん?・・・なんだ?どうするんだ?」
(ユピーチル)
「いいから貸せ。」
・・・と言い放ったユピーチルの声色の中には、まだ確かなる覇気が如実に滲み入れられている様にも見受けられた。
ベトラッシュは徐に、怪訝な表情を浮かべ上げ、TRPスクリーン越しに映し出される小豆色の隊長機の様相を窺い見たのだが、その真意の程を問い質そうと口を開きかけた刹那、問答無用とばかりに「BSY10スタンディスチャー」を強引に取り上げられてしまった。
(ベトラッシュ)
「おい。ユピーチル。」
(ユピーチル)
「君はテヌーテの護衛に回れ。もはや勝利の女神が我々の側に微笑む事は無い。本来であれば、素直に負けを認めて、おめおめと逃げ帰る準備に勤しむのが得策なのだろうが・・・。」
勿論、ユピーチル自身、完全なる優位性を確保し得た敵軍を相手に、たった一人で挑み掛かって勝利をもぎ取ろうなどと、安易な考えを抱いていた訳ではなかった。
既に動かし難く相手方へと傾き凝り固まってしまった戦局の中において、自らの陣営側が勝利と言う二文字を頭上に戴冠する事は、もはや絶対に有り得ない事態であろう事を理解していた。
だが、彼は、何をどうする事も出来ない状況に託けて、全く何もせずに済ませられるほど大人しい性分の持ち主ではなく、自らの中に残された唯一最後の手段を行使すべく心を奮い立たせると、現時点において最大限望み得る結末へと向けて、思いっきりフットペダルを強く踏み拉いた。
それは、何の秘策詭計をも有さぬ単身単騎での特攻劇・・・、全く持って情けない、単なる引き分け狙いの突貫攻撃と言うに相応しき暴挙で、有能な兵士たるを完全に忘却した、狂戦士の成せる暴走爆走以外の何ものでもなかった。
(テヌーテ)
「!?・・・ユピーチル様!?何を!?」
(べトラッシュ)
「ユピーチル!!戻れ!!一人で何とかしようと考えるな!!無茶にも程があるぞ!!」
その後、ユピーチルは、仲間達から立て続けに浴びせ掛けられた、慌ただしき制止の言葉を完全に意識外へと放り去り、搭乗するカリッツォの機体を更なる加速段階へと導き入れ、程なくして迎えた一つ目の曲がり角を全速力で北側へと折れ曲がった。
直後、俄かに肉迫したコーナーアウトサイド側の廃屋の壁面に、機体を激しく擦り付ける事態に見舞われる事となるが、轟々と猛り狂った彼の攻撃的意識が、それに臆し差し止められる様子は一切無く、逆に、心の内底へと見据え入れた目標地点に向かって、ただただ一心不乱に盲進し行く様態を、色濃く周囲に示威して見せるかの様でもあった。