08-19:○スティーブ・マウンテン・ダイビング[13]
第八話:「懐かしき新転地」
section19「スティーブ・マウンテン・ダイビング」
X地点・・・と、そう定め標された岩石地帯の辺は、北側に聳え立つやや低めの断崖壁と、南側に広がる小高い丘陵群とに囲い覆われた、起伏の激しい小さな渓谷道の終端部付近だった。
「魔境の森」と揶揄されし濃密な樹海群の真っ只中にあって、天へと生え伸びし高峻なる緑樹達が、これ程までに疎らな希薄さを醸し出している場所と言うのも物珍しいが、頭上に覆い被さった深緑色の枝葉群は、相も変らぬ色濃さを有したままで、逆に言えば、それだけ化け物染みた悪魔的巨樹狂木がのさばり座る、雄偉な魔窟の様であったとも言える。
勿論、だからと言って、周囲の様相を備に観察、容易に窺い見る事が出来たと言えばそうではなく、無秩序無原則に生い茂る大量の樹木群に立ち代わり、不思議な風体をした大きな岩山の数々が、視線の行く先々を悉く阻み止める面構えで立ち塞がっていた。
そして、巨大な樹身、巨大な岩塊に勝るとも劣らぬ威容さを持って、ゆっくりと歩を進め東進し行く八本足の化け物機が、規律正しき大きな地鳴りを断続的に生み齎しながら、その大きな躯幹を大きく上下させ行く・・・。
(ガラハン)
「ふーむ。時折攻撃に転ずる構えを匂わせつつも、逃げの一手に終始する・・・か。」
(ボンジョイ)
「あいや~あ~~~。深緑の大海原でぇ~~~。男気ぃ~~~一本~~~釣竿ぉ~~~一本~~~っとぉ。」
(ガラハン)
「相手の機体は何処からどう見ても単なる中型機風情だ。このツィー・ハゲンの装甲を、遠方からぶち抜ける火器を装備しているとも思えん。」
(ボンジョイ)
「大魚を求めて命を投げ打つぅ~~~。闘志ぃ漲るぅ男のぉ~~~漁火ぃ~~~。燃える~っ燃える~~っ。情炎の血潮~~~。」
(ガラハン)
「ボンジョイ。周囲に敵の動きは無いのか?」
(ボンジョイ)
「蠢く獲物は~~~。孤高の物の怪ぇ~~~。地を這い~森を縫い~漁男をぉ~惑わす~~~。のるかそるかのぉ~~~過酷なぁ一騎打ちぃ~~~。両者の矜持がぁ~今っ。火花をぉ~散らすぅ~~~。」
(ガラハン)
「・・・と言う事は、誘い込まれている可能性も十分にあり得るか・・・。」
ガラハンはふと、ボンジョイが奏で出す間の抜けた喜劇的歌声に、完全無視を突き通しながら、無意味に視線を右往左往させ、問題は、相手が一体何を狙っているのか・・・と言う事だが・・・と、神妙な面持ちを浮かび上げて思案を巡らせた。
そして、北側に聳え立つ高台崖上をなぞり這う様に視線を巡らせた上で、右手側に広がる疎林地帯へとチラリと意識を投げ放り、最後に正面部へと引き敷かれた岩山だらけの凸凹道に視線を据え付けた。
・・・直後、彼は不意に、岩場の陰から勢い良くその身を飛び出させた、深緑色のDQの蠢きを察して取り、直ぐにナルセスキャノン砲の発射トリガーを引き放った。
ズゴーーーーーン!!!
と、同時に、またしても逃げられたか・・・と言う、口惜しき憂色を如実に込め入れた汚らしき舌打ちを一つ吐き鳴らせると、俄かに猛り狂った苛立ちを無理矢理に浴びせ掛けるかの様に、荒々しく40mm対空機関砲を撃ち放った。
ツィー・ハゲンの機体両側部に備え付けられた合計六門もの対空機関砲の内、前方部二門によって繰り出された強烈な同時攻撃は、確かに恐ろしき連射性能と容赦無き破壊力を持って、岩石地帯を疾走し行くトゥマルク機へと襲い掛かるに至ったが、小気味良く岩陰を転々とするセニフの爆走を、少しも差し止める事は出来なかった。
勿論、ガラハン自身は、相手の機体を完全に撃滅せしめる腹積もりで、一連の攻撃を正確に繰り出して見せたつもりだった。
(ガラハン)
「ちっ!!・・・マジかこいつ!!」
(ボンジョイ)
「だ~か~ら~言っただろ~?俺様の腕が悪ぃ訳じゃねぇんだってよぉ~。」
(ガラハン)
「偉そうに威張り腐るなこの糞ジジイ!!大体てめぇの運転が荒すぎんのが悪ぃんだよ!!もうちょっとマシな運転できねぇのか!!」
(ボンジョイ)
「ほー。この期に及んでも、まだ俺様のせいですかい。やっぱりそう来るかい。こんなか弱き老いぼれをいびり倒して、一体何が楽しいんだかねぇ。性格が悪すぎるにも程があるってもんだぞ~相棒~。」
(ガラハン)
「煩い!!ほっとけカスが!!少し黙っとけ!!」
(ボンジョイ)
「へっへ~。俺様が黙っちまったら寂しい癖してよぉ~。もう~。」
俄かに込み上げる色濃い焦燥感を、他人へと投げ付けた理不尽なる悪態の中に乗せ被せ、ガラハンは、自らの非を認めぬ硬直的態度に終始固執して見せはしたものの、自らが繰り出した攻撃の全てが、相手機に「完全」に読みかわされてしまっていると言う事実に気が付いていた。
そして、余りにも意気揚々(いきようよう)たる有様をひけらかして、リズミカルに岩石地帯を縫い進むトゥマルクの姿を、サーチモニタ上でじっと見つめ捉えながら、無意識の内に陰り入った表情をじわじわと硬く、きつく強張らせて行く。
周囲に立ち並ぶ煩雑な岩山群に取り囲まれた只中にあって、狙いを定め入れた目標地点へと正確に砲弾を運び入れる事の難しさは、彼も重々承知の事であったが、それでも尚、彼は、まさかここまで思い通りにならぬ事態に喘ぎ苦しむとは、少しも思っていなかったのである。
しかし、運否天賦に全てを任せ入れた博打的行為にしては、余りにも正答を射抜かれ過ぎていた事も事実で、もしかしたら、何か癖の様なものを読み取られてしまっているのだろうか・・・と、ガラハンは不意に思い悩み入り、しばし攻撃の手を緩める気配を示唆して、眉を顰めてしまった。
一方、強大凶悪なるツィー・ハゲンの猛攻撃を、艶やかにかわし凌ぎ続けていたセニフの方はと言えば、一見して、攻撃するだけ無駄・・・たる印象を、相手方パイロットの意識に深々と植え付ける美技妙技を、平然と披露して見せているかの様にも見受けられたが、彼女は彼女で必死と言えばまさに必死だった。
直撃を食らえば完全に即死、僅かにかわし切っただけでも即死を免れえぬ、強力な破壊兵器の矢面へと曝し立たされた状況下にあって、それは言うに及ばず無理ない事であると言え、彼女の表情には、ヘルメット越しにでも解る程の大粒の汗が滴り溢れかえっていた。
(セニフ)
「やっぱり・・・。思った通りだ。八本足の砲撃精度がさっきよりも上がっている。何でかは解んないけど・・・。これなら何とか・・・。」
しかし、再三再四に渡り浴びせ掛けられたツィーハゲンの攻撃の中でも、一際高い精度を有して飛来して来た砲弾を、完全に意図した通りにヒラリと避けかわして見せたセニフは、確信にも近い思い込みを持って、そう小さく呟き出すと、西側より迫り来る砂色の巨大モンスターへと静かに視線を据え付け、大きく一つ、ゆったりとした深呼吸を奏で出して見せた。
そして、彼女はこう思った。
崖下へと降り下る前のツィー・ハゲンの攻撃の方が、より怖かったと・・・。
実際、面白半分遊び半分で砲手を担当していたボンジョイの攻撃と比べ、真の砲撃担当者たるガラハンの攻撃は、非常に質の高い精度と、体良きタイミングを持って正確に撃ち放たれ、岩石地帯を逃げ回るセニフ機へと、徐々に肉迫し行く様相を漂わせつつあった事は事実だ。
しかし逆に言えば、それは非常に綺麗過ぎる、素直すぎる単調な攻撃であったとも言え、相手機の攻撃を意図的に誘発する事で、真に回避すべき危険エリアを、特定化していたセニフの目論見に、もろに嵌り落ちる原因となってしまっていた。
撃てども撃てども全く相手機を捉え得られないボンジョイの適当撃ちは、言ってしまえば単に弾丸を浪費するだけの無意味な愚行とも言える代物であったが、まぐれ当たりを誘発する危険性が非常に高かったとも言え、逆にセニフの恐怖心を激しく煽り立てる事となっていたのだった。
やがてセニフは、大きな岩山の周囲を流れ進む様に巡り回りながら、殊更必要以上に自らの機体を相手方方面へと曝け出して見せると、先程と同様、唐突に撃ち放たれた神速の砲弾を無理なくサクリとかわし振り払い、北側に聳え立つ崖壁付近へと一直線にトゥマルクの機体を走らせた。
そして、一際大きく凹み入った崖壁の横堀の中へと素早く身を隠し入れた後で、もうそろそろかな・・・と言う感覚的思考を脳裏に小さく渦巻かせて見せると、既に通り過ぎ去りしX地点付近の崖縁を静かに見上げ、徐にトゥマルクの左手に装備したASR-RType45を構え上げた。
ガンガンガン!
直後、セニフは、三回程度の空砲を無意味に吐き鳴らして見せる。
(ボンジョイ)
「桟橋の陰へと~潜み入った獲物は~、逃げ場無き袋小路の中で~、悲しき最後の飛沫を~上げました~とさ。さ~て。そろそろ総仕上げと行きますかい。相棒。」
(ガラハン)
「待て!!ボンジョイ!!少し待て!!」
ガラハンはふと、自らの逃げ道を自らの手で断ち捨てると言う、思い切った行動へと転じ入った相手機の振る舞い、全く無意味としか捉え得られない空撃ちを奏で出した相手機の意図に対し、何処か不穏当なる気配を察して感じ取ると、俄かに眉間に皺を寄せ、北面一帯に広がる褐色の壁面へと、備なる視線を這わし付けた。
深緑の自然色を所々に配した急峻なるその崖壁は、遥か頭上を見上げねばならない程の高さを有していた訳ではないが、巨大な砂色のDQ機ツィー・ハゲンの1.5倍は優にあろうかと言う、力強い威圧感を有してそこに(たたず)佇まい、所によっては、鼠返しの様に大きくせせり出した岩肌が、今にも崩れ出しそうな雰囲気を如実に醸し出している様でもあった。
ははーん。もしかして、これが狙いか?
・・・と、ガラハンは一瞬、そう思った。
(ガラハン)
「尤もらしく逃げ回って見せてはいるが・・・、あれは恐らく、俺達を誘い込む為の擬態だ。十中八九何かあると見ていい。崖際付近には絶対に近寄るな。回り込む様に迂回しながら前進を続けろ。」
(ボンジョイ)
「ほぇ~?擬態?・・・擬態だってぇ?そりゃまた何一つ気が付きませんで~~~・・・って、もしかしてこの岩壁を利用して、俺達の事を生き埋めにしようなんて腹積もりだったんか?敵も中々に悪辣な事を考え付くねぇ~~~。年長者に対する労りってもんが無さすぎる~~~。」
(ガラハン)
「へっ。攻勢に転じる気配を匂わせながらも、全く取り付いて来る様子が無いって時点で、何処か胡散臭いとは思ってたんだ。まさかこんな旧石器時代の罠を用意して、待ち構えてやがったとはな。ご苦労なこった。」
ガラハンはそう言って、変に浮付いた薄ら笑いを一つ浮かべて見せると、恐らくは歩兵部隊が潜み入っているであろう北側崖上付近の様相をチラリと窺い見遣り、次いで、小鼠が隠れ入った東方崖下付近の穴蔵へと視線を振り向けた。
そして、相手方陣営側の思惑を完全に看破し得た自分自身の洞察力に、自画自賛たる思いを沸々と湧き起こしつつ、俄かに熱く高揚し行く己の意識を静かに嗜める様に、大きな深呼吸を二、三回まとめて施し入れた。
・・・確かにこの時、ガラハンが予測した通り、北側の棚台崖縁上にはトゥアム共和国軍の歩兵部隊が隠れ潜んでおり、ツィー・ハゲン機が到着するのを、じっと待ち構えている状態にあった事は事実だ。
言うまでも無くそれは、強力な攻撃火力と強固な防御力とを有するこの移動要塞を、悪辣な罠の中に嵌め落として無力化しようと画策していた訳で、ガラハンが脳裏に思い描いたトゥアム共和国軍側の目論みと、何ら変わらぬ原始的謀が、そこに敷き敷かれていたと言っても間違いではなかった。
しかし実際に、トゥアム共和国軍側の意図を正確に射抜き捉えたかに見えるガラハンの洞察力も、それが敵の手によって誘導されし偽りの正答であった事までは、読み取る事が出来ていなかった。
いや、正確に言えば、それ自体も正答であった事に間違いはなく、用心して然るべきと即決即断したガラハンの判断力も、見事なものと言えば見事なものなのだが、トゥアム共和国軍側が真に目した謀は、どちらかと言えば右か左かの何れかに寄り進んでもらった方が都合が良い代物であり、相手方にそうであると気付かせる事が、作戦を成功させる最たる方法であった。
一見して無意味とも取れる空撃ちを放ったセニフの行為・・・、それがまさにそれであった。
(ガラハン)
「よぉし。今度こそ絶対にぶち当ててやる。一度足を止めた状態から、そう簡単に逃げ果せると思うなよ。この小鼠めが。・・・ボンジョイ!右手前方側に見える、あの岩場付近に機体を移動させろ!処刑場一帯を見渡せる恰好のエリアだ!」
(ボンジョイ)
「へっへ。了解。北壁に阻まれた逃げ場無き拷問部屋ってこったね~。特等席からじっくり高みの見物と行こうじゃないのぉ!相棒!」
そしてその後、間もなくして、X地点と呼び定められしエリアポイントへとを踏み入れた彼等は、その強大なる砂色の機体をその上にドッカと据え置いたまま、完全に袋の鼠と化した獲物を如何様に料理してやろうか・・・などと言う、憐れみに富んだ好奇なる視線を括り付け、俄かに口元を歪め緩める。
しかし、一度足を止めた状態から、そう簡単に逃げ果せると思うなよ・・・とは、まさにその言葉を発した本人自身に、言って聞かせるべき苦言そのものであると言えた。
ドッドーーーン!!
(ガラハン)
「!?」
(ボンジョイ)
「あん?何だ?」
直後、意気揚々(いきようよう)とナルセスキャノン砲の照準を覗き込んだガラハンの脳裏に、全く予想だにしなかった大きな爆発音が聞き捉え得られると、彼の表情は一瞬にして物憂げな陰湿色へと陰り落ちる事となる。
メキッ!メキメキッ!
・・・と同時に、不意に恐ろしげな怪奇音が密林地帯内部へと駆け走り、岩肌だらけの大地上に描き出された色濃い樹海の陰影が、細かな揺れ動きを大きくうねり狂わせながら、おどろおどろしき戦慄の舞いを踊り始める・・・。
それは、北側の崖壁方面へと全神経全意識を注力していた彼等にとって、完全に不意打ちとなる背後からの攻撃・・・、トゥアム共和国軍の装甲擲弾兵部隊兵士達によって生み出された、強力無慈悲なる倒木攻撃・・・、強大凶悪なるツィー・ハゲン機の足を止める為に、トゥアム共和国軍側がそこに敷き強いた、真に悪辣な罠の正体であった。