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Loyal Tomboy  作者: EN
第八話「懐かしき新転地」
164/245

08-17:○スティーブ・マウンテン・ダイビング[11]

第八話:「懐かしき新転地」

section17「スティーブ・マウンテン・ダイビング」


窪地くぼち地帯北方部に広がる広大なクリフ地帯は、高低差300メートルから500メートル級の断崖絶壁が連なって出来た巨大な渓谷群で、周囲の山々から流れ集まった水群達が、一斉に遥か北の海、ムルア海へと向けて旅立つ支流とも言える場所であった。


嘗てこの地に栄えた山岳都市「マリンガ・ピューロ」が健在の頃には、有名な観光名所の一つにも名を連ねた風光明媚ふうこうめいびたる土地柄で、崖の上へと建てられた数多くのリゾートホテルからは、非常に雄大で清々しき大自然の景観が眺め下ろせたと言われている。


一般的に、強大なる軍事山岳都市としてその名を知られるマリンガ・ピューロだが、平和的時節には鉱山業、製造業を主軸に、様々な業種に携わる人々で溢れ返り、観光客なども数多く訪れる自然豊かな大都市であった。


しかし、EC342年頃より開始された巨大な城塞壁建設計画によって、非常に軍事的色合いの強い機能役割を与え付けられる様になると、同都市は、次第に大量の兵士達を囲い養う駐留基地へと変貌を遂げて行く事となる。


そして、EC347年に勃発した大陸戦争においては、セルブ・クロアート・スロベーヌ帝国を守る南方側の守護壁として、その持てる力を如何なく発揮、存分に振るい回したのだった。


その後、多大なる費用と多大なる労力を注ぎ込んで築き上げられたこの要塞都市は、これまた多大なる軍事力と多大なる犠牲をき払う事によって、その波乱万丈たる人生に終止符を打ち付け、ようやく訪れた静穏なる時の移ろいの中で、前向きな自然的生産活動に没頭して行く事となる。



ガンガンガンガンガンガン!!


ドゴン!!ドゴン!!ドゴン!!


(セニフ)

「うっ!!・・・ちっくしょ・・・。」


(べスパー)

「隊長!!マーカー弾の着弾を確認しました!!中継します!!」


(マルコ)

「よし!!もう一度北方からの低空攻撃を敢行する!!続け!!」


(べスパー)

「了解!!」


ガンガンガンガンガンガン!!



しかし、再び美しき景観を招来しょうらいさせる為にと、力強き息吹を込め入れ描き出された大自然の造形物達も、人間と言う小賢こざかしき生き物の横暴なる蠢動しゅんどうに対しては、何らあがらう術を持ち得ていなかった。


幾ら必死に禍々(まがまが)しき様相をまとい被ろうと、複雑怪奇に織り成す困難な道筋を敷き広げようと、決して何者にも屈し得ぬ強い精神力を持って、積み重ねて来た知識力と技術力とをひけらかす、人間と言う生き物に対しては、完全なる被捕食者的立場側へと甘んじる以外に無かった。


古都市マリンガ・ピューロが崩壊して以来、約三十年もの長きに渡って大切に育まれてきた深緑野は、今まさに、混沌とした非生産的破壊活動の荒波に揉みしだかれながら、完全無音の悲痛なる叫びを必死に奏で上げている真っ最中であった。


豪壮ごうそうなる威容を持ってそびえ立つ森の喬木きょうぼく達も、唐突に浴びせかけられた鋭い鉄のやじりによって、いとも簡単にズタズタに引き裂かれ、容赦なく弾け飛んだ強力な爆発が、綺麗な自然色に染まり上がった汚れなき大地を激しく吹き飛ばして行く・・・。


一度そこ根付いたら最後、その場から逃げ出す事も、助けを呼ぶ事も出来ない彼等にとって、傲慢ごうまんなる立ち振る舞いを持って破壊的活動に陶酔する人間達の姿は、死を司る神たる存在が凶悪な大鎌を振りかざさまそのものであると言える。


か弱き立場側に置き捨てられた彼等は、ただただその暴挙なる行為を眺め回す事しか出来ず、せめて我が身にその厄事が降りかからぬ様にと、必死に願い祈りを捧げる事しか出来なかった。


(マルコ)

「フロアツー!!少しの間だけでいい!!奴の注意を引き付けてくれ!!」


(セニフ)

「そんな事言われたって!!そう簡単には・・・!?」


ガンガンガンガンガンガン!!


(セニフ)

「きゃぅっ!!!」


ガンガンガンガンガンガン!!


(べスパー)

「隊長!!この砲撃下での攻撃は無理です!!一旦離脱を!!」


(マルコ)

「ちっ!!」


しかしこの時、むべき凶悪なる力を持って、それを執り行っていた者達の中に、彼等の懇願こんがんを聞き入れる程の精神的余裕があったかと言えば、全くそうではなかった。


巨大な鋼鉄の木偶でく人形を駆り操り、高性能な機械的長目飛耳ちょうもくひじを駆使し、強力な破壊力を有した銃火器を無造作に撃ち放つ、暴虐の化身たる輩達の真の目的は、全く同列なる立場にある同種達を滅殺する事・・・、戦争と言う名において繰り広げられる過酷な同士討ちであり、決して遊び半分、面白半分でそれを振るい回していた訳ではなかった。


数多くの動植物達が息づくこの大地上において、絶対的強者としての地位を確立して久しい彼等だが、その強者たる証としての力そのものを、自らの身へと突き付けられて尚、彼等は強者たり得る存在ではなかった。


(マルコ)

「フロアツー!!無事か!?」


(セニフ)

「な・・・なんとか・・・。」


(マルコ)

「べスパー!!ツィー・ハゲンが装備していたミサイルポッドの型番は解るか!?残りの弾頭数はあと何発だ!!」


(べスパー)

「上空から目視した限りでは、八連装型のミサイルポッドでした!!あと二発!!」


(マルコ)

「あと二発か・・・。」


セニフは、断続的に浴びせ掛けられる強力な機関砲攻撃を、巨大な木の幹の裏陰に潜み入る事で、辛うじてやり過ごし続けてはいたが、彼女が真に目した相手機への接近行動は、中々に良き成果を得られないまま、全て頓挫とんざを余儀なくされていた。


悲しいかな彼女が搭乗するトゥマルクの機体位置と、凶悪なる砂色の巨大モンスターの機体位置は、未だ一向に減縮する気配を匂わせず、ただただ、東方へと静かに進行し行く相手機の歩調に合わせて、ズリズリと情けない後退行動に終始するのみであった。


勿論、何ら行く手を遮るもの無し・・・と言った、完全ドフリーの状態で相手機を捨て置くよりも、多少なりと足止めの効果があった事は間違いないが、彼女自身、自らの存在が相手機にとって、小粒程度の障壁にしか成り得ていない事を自覚していた。


ギリギリと不甲斐なき思いを強く噛みしめる様に、奥歯に力を込め入れたセニフは、巨木の裏蔭からひょっこりと顔を覗かせる様な仕草を自らの機体に奏でさせると、TRPスクリーン左手側隅に辛うじて映し出された、巨大な八本足のDQをチラリと見遣り、静かに眉をひそめた。


(マルコ)

「べスパー!!同方向からの一斉攻撃ではらちが明かん!!散開して奴の注意を撹乱かくらんするぞ!!」


(べスパー)

「了解!!」


北方に広がる切り立った断崖群の淵底より這い上がり、濃密な密林地帯内部へと足を運び入れた巨大DQ「ヴィン・ツィー・ハゲン」は、周囲に立ち広がる巨木達の枝葉を見下ろす程の大きさ・・・とまではいかないものの、何人たりにも阻止し得ぬ圧倒的重厚感を色濃く放ち撒き散らしているかの様でもあり、見るからにゆったりとした歩調で東方へと進み行く様からは、絶対的強者たる雄々(おお)しさすら感じ得てしまう程のものだった。


巨大なバルーン型をした機体本体を支える、二重関節式の長い八本足が特徴的なこの機体は、左右対称に三門づつ配された強力な40mm対空機関砲と、前頭部より生え伸びる巨大な180mmロングキャノン砲を主軸とした、超攻撃型の支援砲撃機で、中長距離における戦闘に関して言えば、無類の強さを誇っていた破壊兵器である。


接近戦に弱い・・・と言う以外に、したる弱点部分も無く、強固な装甲板を全身にまとい被ったその重厚なる姿は、まさに移動要塞と揶揄やゆされし所以ゆえんを、そのままに物語る風格を兼ね揃えた機体であると言えた。


勿論、その分、機体の総重量はかなりの重さを指し示す事となり、通常時は、設置面積を大きく取った八本足を持って、大地をしっかりと踏み締める形を常に求められるのだが、切り立った断崖をいとも簡単にじ登って見せた同機体に関してだけ言えば、少しばかり様相が異なると言わざるを得なかった。


それは恐らく・・・と言うよりも確実に、自重を軽減する為の機構システムを搭載した特殊改良機で、平原平野部にのみ限られていた同機体の運用方法を新たに模索したい・・と言った、帝国軍の目論見を色濃く反映した試作機である事に間違いはなかった。


実際、これ程までに不安定な地形地質上で同機体を実戦運用するのは、これが初めての試みであった。



ドゴン!!ドゴン!!ドゴゴーーーン!!ドゴン!!


(べスパー)

「よしっ!!入った!!一発命中!!機体左側面部!!」


(マルコ)

「べスパー!!離脱時は常に東方側へと回り込め!!奴がミサイルを発射して来た場合に対処できなくなる!!」


(べスパー)

「了解!!」


(マルコ)

「フロアツー!!密林内部の映像を転送してくれ!!静止画像でも構わん!!」


(セニフ)

「了解!」


上空を飛翔する二匹の小蝿にしつこくまとわり付かれ、何度も何度も小賢しき対地攻撃を仕掛けかまされると言った、難儀なんぎな状況下に晒し置かれながらも、砂色の巨体は少しも揺らぎ乱れる様子を垣間見せなかった。


堅固けんごな装甲板によって覆われた巨大な八本足を順々に前へと推し進め、起伏の激しい山岳地帯をゆっくりと邁進まいしんし行くその移動要塞は、天より振り下ろされし凶悪無慈悲なるミサイル弾頭を、その横腹部分に突き刺されて尚、全くその足を差し止める様子を窺わせなかった。


しかも、そればかりか、不意に吐き被された濃密な鉄灰色てつかいしょくの爆煙を、静かに振り解く様な仕草を垣間見せた砂色の巨大モンスターは、全く何事も無かったかの様な立ち振る舞いを得意げにひけらかしながら、再び強力な対空砲火をド派手に撃ち上げ始めるのだ。


(べスパー)

「なっ・・・!?浅かった!?・・・そんな・・・。」


(マルコ)

「ちっ・・・。流石さすがに移動要塞と呼ばれるだけの事はあるな・・・。ツインアローの直撃を食らって、小揺るぎもしないとは・・・。べスパー!!無理難題は承知の上だが、なるべく奴の後部ミサイルポッドを狙って攻撃を集中させろ!!上手く行けば、誘爆させられるかもしれん!!」


(ベスパー)

「・・・了解・・・。」


強固な鋼の鎧を全身にまとい被った、難攻不落の移動要塞を前に、たった数機程度の少戦力を持って対峙する事を余儀なくされた彼等にとって、自らが持ち得る最高火力の得物えものを、いとも簡単に弾き返されてしまったと言う事実は、全く持って不幸なる出来事以外の何ものでもなかった。


深い深い密林内部をゆっくりと這い進む大蛸おおだこ機は、確かに程良く攻撃を命中させるのに十分な的幅を有していたと言え、繰り返し繰り返し攻撃を敢行し続ければ、いつかはそれなりの成果を持って報われるものと、彼等は信じていた。


しかしそれは、全く持ってもろくもはかない、夢遊橋ゆめのうきはしに過ぎなかった事を、彼等は直ぐに悟り得る事になる。


重々しくも憂鬱ゆううつな現実世界の原理現象をまざまざと見せつけられ、虚飾きょしょくの願望に凝り固まった未来予想図を無残にも打ち砕かれてしまった彼等は、再び地獄ともおぼしき過酷な戦況の中で、自分達の立場を見直さざるを得なくなってしまった。


羽振り良く撃ち上げられる逆雨の様な対空砲火を容赦なく浴びせ掛けられ、死に物狂いで逃げ惑う彼等の形相には、未だに朽ち折れぬ熱い戦意が滲み出てはいたが、それでも、もはや如何ともし難い袋小路へと迷い込んでしまった・・・と言う、冷ややかな汗に塗れ沈んでしまっている様子だった。



(セニフ)

「・・・。・・・・・・くっ。」


勿論、強力な火力を有した武器兵器と言う点では、セニフが装備する「BQF01バーナーランチャー」も、十分に有効的な火器であったと言える。


目には見えない無形の発火粒子群を大量に浴びせ掛けるこの近接格闘戦用兵器は、相手機体の装甲板の分厚さ如何いかんに関わらず、その隙間から内部へと分け入って爆発を誘起するタイプの特殊兵器であり、相手機へと接近戦を仕掛ける事さえできれば、幾らでも使い様のある強力な火器であった。


言うまでも無く彼女は、このバーナーランチャーの特異的破壊力を持って、ツィー・ハゲンの巨足を一本づつ破壊せしめようと目し、行動していた訳で、隙有らば一気に相手機へと取り付く為の算段を、常に念頭部に浮かべ置きながら、そのタイミングをじっと見計らっていたのだ。


しかし、彼女が思うよりも簡単に幾度も降りもたらされた数々の間隙は、余りにも無防備すぎる不可解な様態を如実にょじつに示し現したものばかりで、何かしらの罠がそこに隠し入れられているのではないか・・・と言った疑念を、中々に払拭し得ずにいた彼女は、どうしてもフットペダルを踏み込む右足に、真の力を込め入れる事が出来なかった。


勿論、彼女自身、この砂色の巨大モンスターに対して、少なからず臆してしまったと言う事実は否定できないが、それよりも何よりも彼女は、ツィー・ハゲンより少し離れた後方に控え構える、完全ドノーマル型とおぼしきカリッツォの存在を酷く警戒していたのだ。


実際にそれは、余りに一方的な過大評価であったと言わざるを得ないが、ツィー・ハゲンへと接近戦を仕掛けようと試みていた彼女にとっては、非常に不快なるわずらわしき存在である事は間違いなかった。


ツィー・ハゲンが有する合計六門もの40mm機関砲の攻撃力、反応速度をかんがみれば、一撃離脱を繰り返し、その巨足を一本一本破壊せしめると言う戦法は、非常にリスクが高い自殺行為そのものであると言える。


とすれば、その足元へと潜り込んだが最後、相手機を完全に撃破するまで取り付いた状態を維持し続ける他なく、彼女が最終的に生還と言う華々しき帰着点へと達する為には、最低でも三、四本・・・、出来れば五本程度、大蛸おおだこ機の巨足を圧し折らねばならなかった。


だがしかし、彼女が装備するバーナーランチャーは、連続して使用する事が許されぬ一撃必殺の大出力兵器であり、トゥマルクに搭載されたテスラポット程度では、二連続放射してエネルギー切れ・・・と言う、情けない事態を引き起こす可能性が非常に高い。・・・と言うよりほぼ間違いなく確実である。(実際に彼女はパレ・ロワイヤル基地攻略作戦時に体験済み)


つまり彼女は、ツィー・ハゲンの足元付近に限定された小狭い安全地帯の中で、どうしても数回程度のエネルギー再充填作業を敢行する必要があった訳で、出来る事なら、その周辺周域に蔓延はびこる脅威たる存在を全て排除してから、突撃を仕掛けかましたいと思っていたのだ。


全く戦闘に参加する素振りさえ見せず、ただただそこに居座り続けるだけのそのカリッツォは、確かに物理的な効能を何らもたらさぬ単なる遊兵に過ぎない存在であったが、その余りにあからさま過ぎる役立たず振りが、かえって彼女の攻撃的意思をくじき倒す要因となっていた。


勿論、このわずらわしき遊兵を優先的に排除する為、デモアキート部隊に支援を要請すると言う手も無くはなかったが、ツィー・ハゲンが有する強力なミサイル弾頭の発射を阻止し得る体勢を、完全に崩す形となってしまう為、安易にそれを伝え頼む事も出来なかった。



セニフはやがて、サーチモニター上に映し出される後続部隊の様相をチラリと見遣ると、東方へと静かにずり動き行くツィー・ハゲンとの距離をかんがみて、このまま何もせずに居る事の愚なる度合いを如実にょじつに感じ取り、にわかに厳しげな表情を浮かび上がらせた。


そして、もはや一か八かと言う決死の覚悟を鋭い眼差しの上に乗せ宿らせ、TRPスクリーンの小脇に僅かに映し出された砂色の巨体をギリリと見据えると、ジワリと汗が滲みこもったグローブ越しに、操縦桿を強く握りしめる。


直後、彼女は、再び上空からの爆撃コースへと乗り構えた、デモアキート部隊の戦闘ヘリ二機の動きに合わせ、思いっきり右足でフットペダルを踏み込み、自らの搭乗機を巨木の裏蔭から激しく駆り出させた。


(セニフ)「!!!?」


ドン!!・・・ズゴーーーーーン!!!


・・・が、しかし、唐突に駆け走った不気味なる砲撃音が、ようやく前掛かりへとのめり傾いた彼女の攻撃的意識を軽く小突き倒し、全く間髪を置かずして生みもたらした巨大な真白の閃光を持って、彼女の突撃行動を強引にき止めにかかった。


過度過激とも言える暴虐的爆風を一斉に吐き放ち、鬱蒼うっそうと生い茂る巨木達を激しく揺るがすその大爆発は、言わずもがな、ツィー・ハゲンより撃ち放たれた一撃に他ならず、直撃せずとも確実に致命傷と成り得る破壊力を有したものだった。


(セニフ)

「・・・っく。・・・思った以上にやばい攻撃・・・。今のが八本足の主砲か・・・。最短距離を直進するのは、ちょっと無理・・・かな・・・。」


ただ、この時、彼女へと差し向けられた凶悪なる敵意の刃は、何故か狙いを定めた着弾地点から大きく外れた飛翔コースを辿り経る事となり、全く無意味にも盛大なる赤色せきしょくの造花を派手に狂い咲かせて終わりを見た。


結果、彼女は、全く新たなる損傷を請け負わされる事無く、その攻撃を回避する事に成功し、また直ぐに別の大きな巨木の裏蔭へと身を隠す時間的猶予を与えられる事となった。


・・・が、様々な事象が折り重なって示し出される現実世界の移ろいの中で、運良く・・・とそう称せる事象が、そう何度も都合良く振りもたらされるはずも無く、二度目は無いな・・・と言う、ややマイナス気味な思考を持って、自らの暴挙をつぶさに省みてしまったセニフは、その後、更なる重苦しさを増した色濃い焦燥感しょうそうかんの中で、背筋へと直走る冷ややかな汗の存在を感じ取らざるを得なくなってしまった。


そして、 次から次へと悪いイメージばかりが浮かび上がる如何ともし難い状況に、呆れた様に軽い溜息を吐き付け、素直に思い付いた言葉を静かに並べ連ねながら、再び森の向こう側でうごめく砂色の難壁へと視線を投げかけた。



移動要塞とも揶揄やゆされし八本足の巨大DQは、やはりモンスターと呼ぶに相応ふさしきものだった。


いや、魔境の森に住まうとされる、凶悪な魔物そのものと言うべき存在なのだろうか。


酷く鋭利な鋼のつるぎに炎の魔法を宿し入れた強力な一振りに全く臆する様子も無く、たかり来る全ての脅威を軽く振り払いあしらうその様は、まるで悪魔的高笑いを張り上げながら歩を進める暴虐の魔人と言った様相であった。


実際、自らの意のみを強引に突き通す堅固さを持って、再度飛来したデモアキート部隊の攻撃を撃退せしめたツィー・ハゲンの機体内部では、楽観的思考に凝り固まった鼻歌と戯言ざれごとが交じり合い、自らが有する絶対的優位性を無意味に誇示こじする二人の男が、悦楽えつらくの中に塗れ沈んだ表情を更に大きく歪ませていた。


強大なる力を分け与えられ、完全無欠の強者たる立ち位置を約束されていた彼等にとって、もはや慢心、虚心と言った言葉は、全く取るに足らない小さな懸念材料でしかなかった。


(ボンジョイ)

「へっへっへ~。一発~二発~程度の直撃弾は~~~、ちょっとした御愛嬌ごあいきょう~~~ってか。中々に気の利いた演出を見せてくれるじゃねぇか。ガラハン。る気満々の癖して、とことん相手をいびり倒してやろうだなんてよ。ほんといい趣味してやがるぜ。」


(ガラハン)

「余りに一方的な展開を形作ると、敵さんも逃げるしかなくなっちまうだろが。やり過ぎはかえって俺達の戦果を損なう事になる。適当に遊び倒すのも一つの手って事だぜ。」


(ボンジョイ)

「相手の戦意をくすぶらせ~~~、刈り取る事なくき付ける~~~、虚光きょこうを見据えし蟲のは~~~、飛んだ直後にほふらるる~~~っなんてな。どうだい俺様の挽歌ばんかは。時代の最先端を行き過ぎてて困るレベルだろ?」


(ガラハン)

「俺達の為に用意された盛大な余興を彩るBGMとしては、最低レベルの糞歌だな。へどが出るぜ。」


帝国軍の巨大DQ「SNDf-GN01Jヴィン・ツィー・ハゲン」の砲手を担当する「ガラハン・ゼリンド」は、それまでの長きに渡りコンビを組んで来た運転手「ボンジョイ・バッハ」の間抜けな問い掛けに対し、全くいつも通りの毒舌を突き返してやると、直ぐに40mm対空機関砲の照準を覗き込み、やや逃げ遅れ気味であった戦闘装甲ヘリの後ろ姿を捉え見た。


そして、そろそろいいか・・・と言わんばかりの様相を持って、その厳つい顔の上に不気味に歪んだ笑みを形作ると、更に小さくペロリと舌を出して見せ、轟々とうなり狂う強力な対空砲火の三重奏を奏で上げる。


ガンガンガンガンガン!!


(ベスパー)

「!!?」


(マルコ)

「べスパー!!」


ドッゴーーーン!!


(セニフ)

「ああっ・・・。」


二次元的平面上に差しえられた存在ながらも、三次元的空間を自由に飛翔するわずらわしき相手機を、いとも簡単に撃墜せしめた彼の腕前は、やはりと言うべきか、専属砲手として取り置かれるだけある非凡なる技量を、如実にょじつに垣間見せるものだった。


それまで撃ち放たれてきた数々の打ち上げ花火の中でも、一際精度を重視してぶち放たれた数発の弾丸が、僅かに機体を旋回させて東方側へと回り込もうと揺り動いた、デモアキート部隊所属の戦闘装甲ヘリの機体側面部を正確に貫くと、全く容赦ない爆発四散と言う結末を引き起こし、同機に搭乗する若手パイロット「べスパー・ロンドリンゴ」の命もろとも、一瞬の内に掻き消してしまったのだ。


(ガラハン)

「ふん。なんとも他愛の無い・・・。何が装甲オートジャイロだ。紙装甲にも等しいもろさじゃないか。」


(ボンジョイ)

「ほっほ。流石にやるねぇ~~~。その調子でどんどん頼むぜ相棒よ~~~。」


(ガラハン)

「何も好き好んで、てめぇとつるんでる訳じゃねぇ。そこんとこ勘違いするな。」


(ボンジョイ)

「へっへっへ。つれない言葉の中にも、一縷いちるの愛を込め入れて~~~ってかぁ。少しも勘違いしてねぇぜ。相棒。」


(ガラハン)

「うるせんだぇよこの糞ジジイが!!てめぇは大人しく黙って運転してろ!!おら!!ボケッとすんな!!目の前の小鼠が動き出してっぞ!!」


(ボンジョイ)

「おおう!!おおうよ~!!そいつは御法度ごはっと脱兎だっとだぜ~!!恐れおののけ主砲がえる!!ファイアーーー!!」


全く他愛の無い会話をひっきりなしに投げ付け合う中にあっても、周囲の状況へと溶け込ませた彼等の意識が、完全に戦場から離れ浮付いてしまう事は無かった。


直情的な性格をそのままに示し現した剛直な髪質と、切れ味の鋭い目尻とをたずさえ、太くしゃがれ切った濁声だみごえを張り上げる中年男ガラハンにしても、鬱陶うっとうしき茶目っ気を満載にして、のらりくらりとボケ倒す白髪の髭老人ボンジョイにしても、前線における戦士たる気質を常に心の内底に秘め入れたまま、獰猛なる戦意を鋭く研ぎ澄ませていたのだ。


直後、ツィー・ハゲンの体勢が僅かに緩み傾いた一瞬の隙を狙って、相手機体の正面から逃げ去ろうとしたセニフ機に対し、再び強大凶悪な魔物の鉄槌が容赦なく振り下ろされる。


ズゴーーーーーン!!!


(セニフ)

「きゃぁぁぁぁぁっ!!」


ツィー・ハゲンの機体正面部に備え付けられた巨砲は、「180mmナルセスキャノン砲」と呼ばれる強力な狙撃兵器で、遮蔽物へと潜み入った相手機を、その遮蔽物群ごとまとめて粉砕する事を目して開発された超高威力重火器である。


勿論、密林地帯、山岳地帯、市街地などによく投入される一般的な通常DQ程度では、装備する事すら叶わぬ難儀なんぎさを有していたものの、ナルセスキャノン砲専用機として改良を施された「H型」以降のツィー・ハゲンに関して言えば、その取り回し辛さを差し引いても尚、有り余る性能を発揮し得る機体であると言えた。


実際、砂漠の移動要塞と呼ばれ、敵対する兵士達に真に恐れられる様になったのは、「H型」以降のツィー・ハゲンが戦場で猛威を振るう様になってからの話である。


重量感のある巨大な八足を持ってずしりと大地を踏み沈め、巨砲を撃ち放った反動にも微動だにしないその威容は、まさに行き向かう所敵無し・・・と言った圧倒的貫禄を、得意げに吹捲ふきまくっているかの様だった。



(セニフ)

「今のはやばかった・・・。ほんとやばかった・・・。・・・こんなんじゃ、もう・・・。」


ツィー・ハゲンより撃ち放たれた神速の砲弾は、セニフが進み向かう行く手へと目掛けて、ほぼ正確な一直線上を駆け抜け、首尾良く爆発四散したが、その交錯点へと至る少し手前側付近で、大きくへこみ入った窪地くぼち穴へと機体を滑り込ませたセニフ機を、完全には捉え得る事は出来なかった。


猛烈な勢いを持って四方八方へと吹き散った鋭い衝撃波も、体良ていよく西側へと盛り上がった強固な岩壁によって、その大半が阻害される事となり、彼女は、またしてもノーダメージと言える上々の結果を引きりながら、ツィー・ハゲンの強力な主砲攻撃をやり過ごす事に成功した。


しかし、何をどうしようと幾ら必死に足掻あがいて見せた所で、少しも事態が好転する様子は垣間見えず、いつまでたっても同じ事の繰り返しにしかならぬ現状に、彼女の心はほとんど折れかけていた・・・と言っても過言では無かった。


真正面から突撃を仕掛けると言う力業ちからわざを早々にくじき倒され、小細工をろうする事すら許さぬ完璧な対応力をまざまざと見せ付けられた彼女は、もはや逃げ出す他に手立ては無いのではないか・・・と言う、情けない思考の渦中に完全に捕われ始めていた。




・・・しかし、そんな時だ。


周囲に立ち込める重苦しき雰囲気も何処吹く風・・・と言わんばかりに、無駄な活気に満ち溢れたけたたましき怒声が、不意に彼女の耳殻じかくを激しく揺さ振り付ける。


(バネル)

「こちら第七機械化歩兵部隊!!第三空挺隊所属のバネル・ラカゼッテ一尉だ!!フロアツー!!聞こえるか!?フロアツー!!」


(セニフ)

「・・・!?」


(バネル)

「どうした!?フロアツー!!聞こえんのか!?フロアツー!!」


(セニフ)

「・・・あ、いえ。こちらフロアツー。・・・聞こえています。・・・大丈夫です。」


一瞬の判断ミスから自らの死をも招きかねない過酷な状況下の中にあって、やや取っ付き難いタイミングを持って降りもたらされたその問い掛けは、じわりじわりと迫り来る凶悪な八本足の化け物機へと全神経を注力していたセニフにとって、直ぐには反応を示し返す事の出来ない、非常にわずらわしき横槍と言うべきものだった。


勿論、彼女自身、問答無用とも言える強引さと慌ただしさを如実にょじつかもし出して、力強く吐き連ねられたそのせっつき文句が、何ら意味無き会話を成立させる為のものではない事を理解しており、彼女は、多少おざなり気味になりながらも、直ぐにそう返答を返し、目の前の戦闘へとのめり込んだ意識の片隅に、流れ来る通信波の舳先へさきくくり付けた。


(バネル)

「緑海へと出航した友船団の配置がほぼ完了した!準備が出来次第、即座に大蛸おおだこ機の捕獲作戦へと移る!」


(セニフ)

「捕獲作戦!?・・・・・・って、あの化け物機を!?」


(バネル)

「はっはっは!!絶対に上手く行く・・・と言う保証は何処にも無いが、やってみる価値のある面白い作戦だ!期待して良いぞ!」


(セニフ)

「で、でも・・・一体どうやって!!」


(バネル)

「何、別に大した話ではないさ!お前さんが今居る座標位置から、南東側に80mils程離れた場所に、奴を捕獲する為の悪辣あくらつな罠を仕掛け入れてやるって寸法だ!お前さんには、その罠位置まで、獲物を誘き寄せてもらいたい!勿論、デモアキート部隊にも協力を要請する!」


やや高揚こうようした声調を持って示しもたらされたその作戦案は、恐らくは第七機械化歩兵部隊の長たるフレッチャー陸等二佐が考案したものなのであろうが、比較的容易に成し得そうな雰囲気をかもし出す男の態度とは裏腹に、それ相応の覚悟と苦労を強いられそうな代物であった。


勿論、あの巨大な化け物機をたった一機で撃破しろ・・・と命令されるよりは、遥かにまだマシと言える作戦であった事は間違いないが、それでも、実際にその難事をこなす役割を担わされる彼女からしてみれば、非常に危険極まりない過酷な作戦任務であった事は間違いなかった。


しかし、多少尻込みする様な様態で表情をしかめていたセニフに対し、全く思いもしなかった一言が不意に投げつけられると、彼女は、更に表情を固く強張らせて声を荒らげてしまう事になる。


(バネル)

大蛸おおだこ機が今居る位置より少し南側にずれたライン上に、大きな岩山が幾つも連なるていの良い後退ルートがある!その地形を上手く利用して大蛸おおだこ機を罠位置まで誘導する事にするぞ!南側へと獲物を追い立てる役目は我々の方でこなす!お前さんは、大蛸おおだこ機の注意を引き付けながら、上手く逃げ回る事だけを考えてくれ!」


(セニフ)

「えっ?・・・・・・追い立てる?・・・って?」


(バネル)

「いいか!無理そうなら直ぐに大蛸おおだこ機との距離を取れ!変に無茶な事を仕出かして、死に急いだりするんじゃないぞ!解ったな!」


(セニフ)

「ちょ・・・!!ちょっと待って!!・・・まさか!!」


(バネル)

「では通信終わり!検討を祈る!・・・プツッ。」


セニフは直後、全く一言も発する事が出来ないままに、しばし茫然と凝り固まってしまった。


巨大なロボット同士が相見える危険極まりない戦場の奥深くで、多大なる兵力を用いてようやく攻略し得るとされる強大な移動要塞を相手に、事も有ろうか彼等は、生身の人間達、歩兵部隊を持って、直接攻撃を仕掛けかまそうと画策していたのだ。


驚くなと言う方が無理な話だろう。


確かに彼等は、歩兵部隊の中でも最強と揶揄やゆされし装甲擲弾兵そうこうてきだんへいたる兵種であるが、如何に強固なる装甲服に身を包んでいたとしても、DQが持つ強力な火器群の攻撃に曝されて尚、全くの無傷でいられるはずも無い。


言うなればそれは、全く正気の沙汰とは思えぬ完全なる暴挙・・・と言う他ない、無謀なる行為そのものであると言えた。


・・・が、しかし、帝国軍陣営側に完全に主導権を握られてしまった現戦況下において、それに取り代わる良き代替え案があったかと言えばそうではなく、奇計謀計きけいぼうけいに類する何れかの策略を駆使してでも、必死に戦局を変え挑まねばならない立場にあった彼等からすれば、それは、ようやく振りもたらされた最後のチャンス・・・、唯一見定める事が出来た眩い希望の光であった。


尻尾を巻いて逃げ出す・・・と言う最終的選択肢に寄りすがる事無く、決死の覚悟を持って戦う事を選択した彼等戦士達の気概は、まさに自らの身をていして献身的活動に従事する、真の武人たる様相を如実にょじつに感じさせるものであり、やがて「自分だけが逃げ出すなんて事・・・」と、小さく呟き出してしまったセニフは、徐々に徐々にと、力強い闘争心の炎を心の奥底に燃やし入れて行く事になるのだ。


(セニフ)

「・・・ディップ・メイサでやりあった、あのデカブツに比べれば・・・。そんなに大した相手でも無いかな・・・。うん・・・。主砲の射角は狭そうだし、機関砲も、遮蔽物を利用すれば何とか凌げる程度だ。・・・行ける。うん。何とかなる。」


そして、第七機械化歩兵部隊の兵士達が見せた勇気と行動力に、激しく触発された鋭利な視線をグイと持ち上げたセニフは、目の前に示し出された深い森の中へと力強い敵意の刃を投げ込むと、躊躇ためらい心に塗れ沈んでいた自分と言う存在を、一気に払拭するかの様にして、勢い良く右足でフットペダルを踏み込んだ。


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