08-16:○スティーブ・マウンテン・ダイビング[10]
第八話:「懐かしき新転地」
section16「スティーブ・マウンテン・ダイビング」
(ルワシー)
「ちっくしょう!!この糞蝿共がぁぁぁ!!」
周囲に立ち並ぶ巨大な木の幹を避け通る様にして大地上に描き出された、ハーフパイプ状の天然水路の底で、南方側から猛突進してくるカリッツォの走行音を聞き取ったルワシーは、俄かに吐き捨てた汚らしい言葉と共に、持ち上げたGMM30-グレネードガンのトリガーを連射モードで引き放った。
勿論、流跡豪の中からでは直視する事も適わぬ状況下において、相手機を完全に沈黙させる事など出来るはずも無く、山かん上等、不作上等なる勢いのみで発せられたその攻撃は、ほとんど実質的得益を得る事なくして、その持てる全ての弾頭を撃ち尽くしてしまう事になる。
そして、その攻撃によって生み出された僅かなる間隙を利用し、反撃へと転じたバーンスの攻撃もまた、巨大な木の幹と酷く盛り上がった岩山との間を、小気味良く擦り抜け爆走する小豆色の機体に、いとも簡単にいなしかわされてしまった。
こいつ・・・!!本物か!!
相手機体へと狙いを定め据え置いたASR-RType45の照準越しに、断片的に映し出される六枚羽根の機体を見遣ったバーンスは、不意に脳裏に浮かび上がった短い言葉を小さく呟き出してしまうと、直ぐに機体を巨大な木の幹の裏側へと隠し戻し、トゥマルクの左手側に装備したGMM30-グレネードガンを構え上げた。
彼の脳裏には、もはや正攻法を持って対処し得る相手では無いと言う、忌々(いまいま)しき諦観の念が蔓延り始めていたが、過去に何度も窮地たる苦境を乗り越えてきた戦士だけあって、彼の気概が恐怖心と言う荒波の中に完全に飲まれ果てる事は無かった。
バーンスは、徐に右手に持ったASR-RType45の銃口を地面へと突き刺し、自らの機体の右太腿部分に立て掛けて置き放つと、巨木の裏蔭から西側の岩山へと延びる直線経路上に、合計三発のグレネード弾を撃ち放った。
そして、トゥマルクの機体全てを覆い隠すほどの、濃密な爆煙のカーテンをそこに作り拵えた後で、自機の周囲にFTPフィールドを張り巡らせると、右腰部分に装備していた手投げ式のダミーイリュージョンカプセルを西側へと投げ放った。
直後、彼は、不意に降り落とした視線の先に、拙い光りながらも、急激に西側へと進行方向をずらし行く敵機の挙動をサーチモニター上に見て取り、直ぐにASR-RType45を持ちかまえて、巨木の反対側から勢い良く機体を乗り出させた。
(ユピーチル)
「ぬるいな!!共和国軍のパイロット!!そんな子供騙しのトラップに、私が引っかかるとでも思っていたのか!!
(バーンス)
「なっ!!」
しかし、バーンスが敵の進行方向右手側側面から不意打ちを仕掛けようと、フットペダルを全開にまで踏み込んだその矢先、振り翳したASR-RType45の銃口を括り付けるべき相手方の機体が、全く見付けられないと言う驚愕の事実を突き付けられる事となった。
西側に移動した様に見せかけたのはダミーか!!・・・と、瞬間的にそう思い付いたバーンスは、直ぐに反対側、左手方向へと意識を振り向けようとする・・・も、流跡豪の中に聳え立つ大きな岩陰から、勢い良く現したカリッツォの攻撃を、体良くかわして見せる事までは出来なかった。
小細工を弄し、相手方パイロットの攻撃意識を、僅かなりとも撹乱せしめようと試みたバーンスだが、結果的には、その上から更なる小細工を仕掛け被されると言う、悲しき結末に喘ぐ羽目となり、その後、彼は、死を覚悟すべき瀬戸際の際の際にまで、己の命を漬け晒す事となってしまった。
(ルワシー)
「バーンス!!」
ただ、流跡豪の中には、既に友軍機であるルワシーの搭乗機トゥマルクが待機している状態にあり、岩陰から素早く飛び出したカリッツォの行動を見て取るや否や、激しい反撃弾を浴びせ掛けたルワシーの対応が、不死鳥遂に堕つ・・・と言う最悪の事態を回避し得る一因となった。
勿論、そんな事は百も承知と言わんばかりの勢いを持って、流跡豪の中へと雪崩れ込んだユピーチルは、右肩から生え伸びる大きな三枚羽をルワシー機側へと翳し置く事で、巧みにその反撃弾を弾き返し、自らは左手側の三枚羽裏に取り付けられた、サブバーニヤのみを用いて、綺麗なドリフト走行を描き出した。
そして、流跡豪の中から見て、崖上に位置するバーンス機に対し、HV192-T64による猛攻撃を浴びせ掛けながら、完全に横向きの状態で急接近したルワシーの機体に、やや軽めの体当たり攻撃を仕掛けかます。
ドガッシャン!!
(ルワシー)
「ぬっぉ!!」
ドゴン!!
(バーンス)
「ぐっ!!!!」
直後、強力な炸薬弾を無数に浴びせかけられたバーンス機の左腕が、突如として暴発したGMM30-グレネードガンと共に眩い閃光の只中へと掻き消え、吹き飛ばされた勢いで巨木の樹身へと叩き付けられた機体が、聞き心地の悪い鈍い金属音を周囲へと撒き散らす。
・・・と同時に、カリッツォの重々しき三枚羽によって、唐突に突き押されたルワシー機もまた、無様なる千鳥足を奏で出しながら、流跡豪の側壁部へと、左肩から激突する羽目となった。
そして、傍若無人とも言える豪快な立ち振る舞いを持って、共和国軍の猛者たる二人の戦士達を圧倒して見せたユピーチルが、流れる様な美しき移動軌跡を描き出し、一気に流跡豪西側の崖上へと駆け上がる。
(ユピーチル)
「真の戦士たる気質は、窮地たる状況へと陥って、初めて芽吹く可憐なる蓮華!!生と死とを分かつ戦いの極地において、見事その華を咲かせて見せよ!!」
左右へと大きく展開した六枚羽根の裏側に、煌々(こうこう)たるサブバーニヤの光輪を背負い担ぎ、赤茶けた岩壁を力強く昇り飛翔した小豆色の機体は、色濃い緑を疎らに生え塗した大地上を踏み捉えると、全く間髪を置かずして次なる攻撃を演じ出る為の体勢へと移行した。
踏み込んだフットペダルの仰角を最大限に据え置いたまま、右羽根の裏側を利用して弾丸の換装作業を完遂させたユピーチルが、硝煙の中に塗れ沈んだ敵機へと素早く構え持ったHV192-T64の銃口を括り付け、猛り狂った闘争心の炎を言葉の中に含み入れて、そう言い放つ。
勿論、彼は、俄かに高鳴りを見せた胸の鼓動とは裏腹に、周囲の様相を冷静に洞察する内なる心の瞳を、僅かに意識の片隅へと取り残して置く事を忘れなかった。
ビーッ!!
ドゴン!!ドゴン!!ガンガンガンガンガン!!
(ユピーチル)
「!」
するとやはり、何処かへと姿を晦ましていたロスト機の内の一機、西側の岩陰から突如として姿を現した深緑色の機体が、不意に彼の攻撃的所作を端から挫き倒す牽制弾を浴びせ掛けた。
ユピーチルは直ぐに、そこにいたか!!・・・と小さく呟き出し、凝縮させた敵意の刃を新たなる脅威へと差し向けながら、即座に攻撃目標を切り替える所作へと移り進もうとした・・・のだが、鋭く研ぎ澄まされた彼の瞳に映し出されたのは、右手側にアサルトライフルを装備したトゥマルクの姿だった。
(ジャネット)
「いつまでも好き放題やらかしてんじゃないわよ!!」
(バーンス)
「・・・!?ジャネットか!?」
ちっ・・・!
ユピーチルはこの時、迫り来る新手からの牽制攻撃を全く歯牙にもかけず、注意深く周囲の様相へと意識を巡り至らせると、思わず発してしまった小さな舌打ちと共に、直ぐにその場から離脱する構えへと転じた。
つい先程まで、この窪地地帯へと屯していたトゥアム共和国軍DQ機四機の内、三機までと交戦、その姿を直視し得た今の彼にとって、最も注意を払うべきと警戒していた左利きのパイロットが、最後の一機として居残ってしまった形で、彼は瞬間的に、無用なリスクをなるべく避け捨てたいと言う思いに、揺り動かされてしまったのだ。
勿論、彼の中では、あれほどの腕を持った攻撃的パイロットが、何の理由も無く後方に下がり控えるなど、考えもしない事であった。
(バーンス)
「無事だったのか!!ジャネット!!」
(ジャネット)
「無事じゃないわよ。もうオートモーションの大半が、言う事を聞いてくれないし、ほんともう右足がやばい状態で、真っ直ぐ走る事すら出来ないわ・・・。」
そして、精度を度外視・・・と言うより、度外視せざるを得ない機体状態で、逃走し行くカリッツォの後ろ姿に大量の炸薬弾を浴びせ掛けたジャネットが、多少安堵感を滲ませた様子で言葉を投げかけてきたバーンスに対し、ボヤキ口調でそう返答を返してみせながら、流跡豪の辺付近へと機体を括り付けた。
ジャネットが合流した事で、数の上だけでは三対二と、相手陣営を上回る状況を得る事と相成った訳だが、だからと言って、彼等が狩られる側たる劣悪な環境下から脱し得たと言う訳ではなく、未だに彼等は、攻撃の先手番を取られ続けると言う、過酷な流れに押し流されるがまま、次なる帝国軍の攻撃を迎え入れる事になってしまう。
(ベトラッシュ)
「多少、攻撃のタイミングが噛み合わなかったと、素直にそう評すべき所なのだろうが、この状況下ではそれもまた致し方なしと、割り切るべきでもあるのだろうな。」
(ジャネット)
「!!」
左手に装備したBSY10スタンディスチャーを素早く構え上げ、颯爽と流跡豪の東側崖上へと現したベトラッシュは、自らが搭乗するカリッツォのコクピット内部で、完全なる独り言を静かにそう呟き出して見せると、ガンレティクル内へと収め入れた哀れなる獲物、未だ彼の直ぐ足元でのったりと蠢いていたルワシー機へと、冷ややかな視線を送り付けた。
彼は戦闘の口火を切る最初の砲火をルワシー機へと浴びせかけた後、直ぐに流跡豪東側の高台へと這い上がり、ユピーチルとの断続的スイッチ攻撃を奏で出そうと、突入するタイミングを見計らっていたのだ。
しかし、彼自身が自分で評して見せた通り、思いもよらず早い段階での離脱を余儀なくされたユピーチルとの呼吸が合わず、その攻撃は、やや切れ味の悪い、足取りが重いものに、成り下がってしまっていた事は確かだった。
結果、離脱したユピーチル機から、早々に意識を切り離す事を許されたジャネットが、周囲へと視線を巡らせる時間的猶予を生み出してしまう事となり、最終的に彼の攻撃は、何の実りもなく阻害される羽目となる。
バシュッ!!
ドゴーーン!!
(ルワシー)
「うっぉ!!」
(バーンス)
「ルワシー!!」
完全に不意を突かれた形となったルワシー機にとって、カリッツォが放ったスタンディスチャーの電気的衝撃波攻撃を、体良くかわして見せるなど不可能な事であった。
本来であれば、スクラップ同前の黒焦げ機へと、否応なく変貌する事を余儀なくされる、致命的一撃と成り得るはずのものであった。
しかし、ベトラッシュ機が持ち構えたスタンディスチャーの射線上に、強引にグレネード弾を撃ち込むと言った、ジャネットの瞬間的思い付きが功を奏し、見事、デコイ代わりとして機能を果たしたグレネード弾が、その電気的衝撃波の全てを吸収し、爆発四散してくれた。
(ルワシー)
「くっそ!!・・・誰だ今撃ちやがったんは!!この俺様を殺すつもりなんかよ!!」
(ジャネット)
「私が撃たなきゃ確実にやられてた・・・って、気付いてないの?」
(バーンス)
「ルワシー!!ほら、ぼさっとするな!!敵はまだお前の頭の上に居るぞ!!」
そして、ようやく体勢を寄り戻し終えたバーンスが、荒々しき怒声を通信システム内に叩き入れながら、片腕のみとなってしまったトゥマルクの機体を、巨木の幹へと軽く寄りかからせ、流跡豪の対岸付近へと居座るカリッツォに、大量の炸薬弾を浴びせ掛けた。
勿論、火器管制系システムに多大な障害を抱え持っていた彼の攻撃は、それ程効果的な牽制弾とは成り得ずに終わり、続いて砲火を浴びせ掛けたジャネットの攻撃もまた、即座に緊急回避行動を奏で出した小豆色の機体に、軽やかにかわし出されてしまう事となる。
更に続いて発せられたルワシーの攻撃に至っては、ほんの数回だけ、銃口の先に閃光を走らせただけで、直ぐに終幕を迎え入れる事となってしまった。
(ルワシー)
「なにぃ!!なんだっててめぇは、いつもいつも肝心な時に弾切れになんだよ!!折角のB型マガジンだっつぅのに!!全く何の役にも立ちゃしねぇじゃねぇかよ!!」
(バーンス)
「ルワシー下がれ!!一旦下がれ!!」
言うまでも無くそれは、彼が彼たる所以たる嘆かわしき結末・・・。
一時的にとは言え、残弾数をゼロへと降り落とす事を得意技とした、彼の悪癖が見事にその華を開かせて見せた瞬間であった。
これ程までに過酷な最前線の真っ只中に投げ置かれた状況下で、自ら進んで臨死体験を所望してかかる彼の怠慢ぶりには恐れいるが、もしもこの時、ベトラッシュが無理にでもルワシー機を撃破せしめようと、ゴリ押しを強行すれば、彼の命はそこで潰えていた事であろう。
しかしこの時、ベトラッシュもまた、ユピーチル同様、荒ぶる心の内底を押さえつけるかの様に、控えめな行動に終始する素振りを見せ付け、激しい反撃弾を放つ対岸の二機と、しばし虚しき撃ち合いを演じる事になる。
そして、やや相手方の攻撃が激しさを増してきたと感じたその瞬間、彼は一気にその場から離脱し行く構えへと転じ、勢い良くカリッツォの後部バーニヤを吹き上がらせた。
これは勿論、次なる不意打ち仕掛け出す攻撃の手番を、首尾よくユピーチルへと引き渡す為の行為そのもので、相手方兵士達の意識を上手く吊り上げたままに敢行される、流れる様な連続攻撃の括り付け作業だった。
(ペギィ)
「ジャネッ・・・ザッ・・・ろ!!後ろ!!後ろ!!後・・・ザーザー。」
しかし、思いもよらず唐突に齎された可愛らしき声色が、それらの目論見の全てを掻き消す忙しき警鐘を打ち鳴らし、新たなる脅威が背後へと差し迫っている事実を、苦境に喘ぐ戦士達陣営側へと告げ知らせた。
直後、素早い意識の切り替え作業を持って、トゥマルクの機体を半回転させたジャネットが、迫り来るユピーチル機へと突き付けたASR-RType45の銃口から、激しい炸薬弾の暴雨を浴びせ掛け、続いて巨木の陰から身を乗り出したバーンスが、軽快な回避運動を奏で上げるカリッツォへと、更なる牽制弾を狙い食らわせる。
(ユピーチル)
「ちっ!!」
ユピーチルは、攻撃を仕掛ける前に反応を示された!?・・・と、多少驚きを禁じ得ない表情を浮かび上がらせ、小さな舌打ちを軽く吐き捨てて見せると、已む無く自らの機体を直ぐに遮蔽物の裏陰へと滑り込ませ、強行姿勢に沸き立つ意識の火照りを静かに冷ましにかかった。
一方、流跡豪を挟んで反対のエリア側へと、一時退避する構えを見せていたベトラッシュもまた、散発的銃撃音しか鳴り響いてこないと言う、不穏当なる気配を直ぐに感じて取り、再度、流跡豪へと突入を仕掛ける素振りを示し出すのだが、これもまた、ネニファイン部隊の面々達に軽くあしらい出されてしまう事となった。
(ペギィ)
「西側の一機は現状岩陰に張り付いたまま!!東側の一機は・・・ザザ・・・ら北方側に回るみたい!!注意して!!」
(バーンス)
「ペギィ!!お前何処にいるんだ!!機体は大丈夫なのか!?」
(ペギィ)
「・・・夫じゃないわよ!!今はただ、スリープモードで延命し・・・ザッ・・・私が索敵と通信に専念してあげるから、あんた達はあい・・・ザー・・・て!!私、もう動けないんだから!!・・・お願い!!」
(ルワシー)
「こん馬鹿女が!泣きそうな声出しやがって!さっさと逃げときゃいいもんをよ!」
(ペギィ)
「っさいわね!!あんたは早く流跡豪の上に上がりなさい!!直ぐにまた次が来るわよ!!」
(ジャネット)
「バーンス!!左!!左からまた来る!!」
それまで、一方的に虐げられる側へと落ち込んでいた彼等の立場は、この時、全く予想だにしていなかった心強き援軍の登場によって、急激に回復の兆しを見せ始めていた。
ガラクタ同前と化してしまったポンコツ機トゥマルクに搭乗し、ただただ逃げ惑う事しか出来なかったはずのペギィ機が、彼等の周囲を警戒する専属の見張り役として、その行動をサポートし始めたのだ。
完全密室を形成する程の濃密な阻害粒子に囲い覆われたままと言うならまだしも、空疎なる自然界の中において不規則に乱れ動くその撹乱幕は、実際には、索敵し難い状況を作り出す程度のものに過ぎず、じっくりと索敵行動を取る事さえできれば、相手方の機体位置を特定する事など実は造作もない事である。
要は、瞬間的判断を要求される過酷な戦いの渦中において、索敵行為に割き宛がうべき時間が絶対的に足りないと言う状況が、混沌とした乱戦状態を生み出す原因となっていた訳で、如何に卓越した技術を有したパイロットと言えど、サーチモニターへと視線を振り向けたその瞬間に、敵影を捉え得られるかどうかは、完全に運次第と言う他なかった。
その後、流跡豪の西側崖上に座したバーンス、ジャネット両名の元に、ASR-RType45の弾丸の換装作業を終えたルワシー機が合流し、全く簡素ながらも強固たる防御陣を形成するに至り、時折齎されるペギィの的確な助言を適宜活用しながら、再三再四に渡って敢行される帝国軍の攻撃を、その都度上手くいなし、処理して行く。
いや、上手くと言うよりは遮二無二と言った方が、より相応しき形容であったのかもしれないが、帝国軍側が攻勢へと転じようと身構える度に、首尾良くその攻撃の先を挫き倒し、相手機の自由を奪い去る事のみに注力したその防衛行動は、攻撃を敢行する側、ユピーチル、ベトラッシュの目から見ても、それ相応に見事なものであると言えた。
やがて、両軍が共に浪費した弾丸の数分だけ、無駄に時間を浪費すると言った、不毛なる展開がいたずらに積み重ねられ、次第に薄れ掻き消え行く白煙と阻害粒子とが、徐々に時間切れたる様相を周囲に漂わせ始める・・・。
(ユピーチル)
「共和国軍の兵士達も中々にやるものだ・・・。あの左利きのパイロットを隠し玉として、何処かに控えさせておきながら、これ程までに見事な戦いを披露して見せるのだからな。」
ユピーチルは、サーチモニター上に浮かび上がった三つの敵対光点をじっと見遣りながら、ある一定の評価を込め入れた忌憚なき所感を宛がい、小さくそう呟き出して見せると、自らが隠し玉と称した左利きのパイロットの所在を求め、しばし、静穏なる索敵行動を持続させるフェーズへと移行した。
そして、次で最後だな・・・と言う、口惜しき諦観の念を、不完全燃焼たる思いの中にそっと潜め入れながら、新たなる攻撃のタイミングを見計らい、大きな岩場の陰裏で小豆色の機体を小さく震わせた。
しかし、彼の脳裏に色濃く焼き付けられた左利きのパイロットは、その後も全く彼の目の前に姿を現す気配を匂わせず、只々、混沌とした情勢下の中に、その脅威たる存在感を奥ゆかしく漂わせているだけであった。
勿論、この時、ユピーチルも既に解っていた。
自らが最も得意とする乱戦状態を望み求め、強引に敷き強いた濃密なフィールド防壁が、かえって自分達の行動を大きく阻害する悪因に成り下がってしまっている事を・・・。
彼の中では、未だにこの左利きのパイロットに対するこだわりの念が強かった。
それは特に、恐怖心と言ったマイナス的な負たる感情から沸き来るものではなかったが、彼が何よりも真っ先に見つけ出しておきたいと、思いを巡らせていた相手であった事は事実で、いつまでたっても見つけ出せぬと言うもどかしき状況が、彼の積極的姿勢、攻撃的行動力の全てを、低色たる粗悪品、躊躇い交じりの堅物へと、置き換えてしまっていた事は確かだった。
言うなれば彼は、流跡豪の辺にある岩陰の裏に、じっと身を隠したままの重症機、FTPフィールドを張り巡らせる事で、その存在を掻き消していたペギィ機の隠蔽行動そのものによって、目には見えない敵との格闘を余儀なくされてしまったのだ。
彼はその後、実際に、左利きのパイロットはそこに存在しなかった・・・と言う、全く持って埒も無い結末を突き付けられ、更に激しく落胆する事と相成るのだが、それはまた、もうしばし時を経てからの事となる。
彼は徐に顔を上げ、TRPスクリーン上に浮かび上がる周囲の様相へと、ぐるり視線を巡り這わせると、流跡豪の西側辺付近で密集隊形を取る、三つの敵対光点へと向けて、直ぐにカリッツォを急発進させた。
そして、弾丸を換装する為にと、カリッツォの右羽根裏付近に括り付けていた、HV192-T64を手早く右手に装備し、構え持つと、周囲に屯す数多くの凹凸群、遮蔽物群の間を縫い繋ぐ様に突き進んでいった。
しかし、彼がネニファイン部隊の面々と対峙する距離位置へと差し掛かるより以前に、サーチモニター上東端部へと浮かび上がった二つの異色光点が、彼の脳裏に完全終幕たる潮時を告げ知らせる低調な所作を奏で出し始めると、彼は最後と見据えたその攻撃すら握り潰さざるを得ない状況で、自らの機体の進路方向を南方側へと振り逃がす事となる。
(ユピーチル)
「べトラ!!引き時だ!!一度南方側の淵崖付近まで後退するぞ!!」
(ベトラッシュ)
「了解。」
ユピーチルは、新たに東方へと姿を現した赤い光点が、敵軍の援軍部隊である事を直ぐに悟り得ると、不意打ちを打ちかまされた様な状態で回避運動を続けるベトラッシュ機に対して、一度後退するよう全く不本意なる指示を飛ばし入れた。
そして、もうほとんど機能しなくなったフィールド防壁の様相をじっと窺い見ながら、これだけ攻撃を敢行して、たったの一機も討ち果たせず撤退する事になるとは・・・と、非常に情けない思いに駆り立てられ、真一文字に締め結わえた下唇を、ギュッと強く噛みしめる羽目となってしまった。
(ロッコ)
「皆無事!?ペギィは何処!?大丈夫なの!?」
(バーンス)
「ロッコか!?・・・よし!!良く耐えた!!良く耐えたぞお前等!!」
(ペギィ)
「私ならここぉ~~~。ここよ~~~。お願い~~~。早く助けてぇ~~~。」
(ルワシー)
「全く、情けねぇ声ばっか出しやがって!ピーピーワーワー小煩ぇんだってよ!てめぇは!」
(ペギィ)
「何よこの豚!!あんたには言ってないわよ!!この役立たず!!無駄飯食いの木偶の坊!!」
(ジャネット)
「はぁー・・・。何か物凄く疲れたわ・・・。もう汗びっしょり・・・。」
(ロッコ)
「良かった・・・。皆大丈夫そうだね。本当に良かった・・・。」
やがて、消極的行動に凝り固まって後退を始めたベトラッシュ機を、完全に見送る様な形で無視して見せたロッコが、程なくして流跡豪の辺付近へと辿り着き、長く辛い暗黒の地下トンネルの中で、もがき苦しんでいた仲間達の安否を気遣う優しげな言葉を投げかけた。
見るからに多大なる損傷を請け負わされた三人の機体からは、これで良く堪え凌げたものだ・・・と言う、痛々しき悲壮感しか感じ得られなかったが、代わる代わる通信機より聞こえ来る仲間達の声色は、思ったよりも割と元気そうな雰囲気が留め残されている様でもあり、不意にフッと口元を緩め解いて見せたロッコは、ほっと胸を撫で下ろした様に大きな溜息を吐き出した。
(ジャネット)
「ロッコ。セニフはどうしたの?一緒じゃないの?」
(ロッコ)
「セニフは今、フレッチャー陸等二佐の指示で、ツィー・ハゲンの迎撃任務に向かってるんです。フレッチャー陸等二佐には、何か考えがあるようですが・・・。」
(ルワシー)
「なにぃ!?あの馬鹿!!また一人でそんな無茶な事してやがんのか!?ほんと、頭の捩子が二、三本まとめて、吹っ飛んじまってんじゃねぇのか!?」
(ペギィ)
「あんたに言えたセリフじゃないと思うけどね・・・・・・っと、もうダメ!システムが落ちる!私、コクピットハッチを開けて待っているから、絶対に迎えに来てよ!!迎えに来なか・・・プツッ。」
(バーンス)
「・・・ロッコ。詳しい話は後で聞く。お前は直ぐにペギィの回収に向かえ。機体はそのまま乗り捨てても構わん。」
(ロッコ)
「了解。」
(バーンス)
「ジャネット。ルワシー。お前達の機体はまだ大丈夫そうか?」
(ジャネット)
「激しい運動さえしなければ何とか。」
(ルワシー)
「へっ。おっさんの機体よか、まだマシな方だって言えるぜぇ。」
混沌とした戦況下の中にあって、ようやく訪れた安息の一時が、次なる展開へと移り進む為の一時的な過渡期でしかないと言う事を、彼等は良く知っていた。
そして、自分達には、何れの道筋へと進み入るべきか・・・などと、彼是と考え込む程の選択肢が無かった事も、十分過ぎる程に理解していた。
帝国軍のDQ部隊がこの場から立ち去ってしまったと言う今現在の彼等の状況は、再び北方からのミサイル攻撃に曝されると言う、危機たる状況に振り戻ってしまっていた訳で、何をどうこうしようと四の五の言う前に、彼等はまず、直ぐにでもその場から離脱する為の行動へと移り進まねばならなかった。
(バーンス)
「よし。ペギィを回収し次第、即座に撤退行動へと移るぞ。それまで、各人共に周囲の索敵警戒行動を怠るな。・・・と言っても、北方からのミサイル攻撃だけはどうにもならんか。あとはもう、神に祈りを捧げるしかないな。」
(ジャネット)
「あら?バーンスったら、神に祈りを捧げて、事の成り行きを運命に委ねるタイプ?」
(バーンス)
「それ以外に縋り付く物があるって言うなら話は別だ。他に何か良い対処療法があるなら、今の内に教えといてくれ。」
(ルワシー)
「まぁよ。祈るだけならタダってこったし、偶にはそれもいいかもしんねぇな。」
(ジャネット)
「プッ・・・。ふふふ。それもそうね。あっはははは。」
しかし、その後、彼等が最も懸念してかかっていた北方からのミサイル攻撃は、彼等が元来た廃墟地帯の更に向こう側へと撤退を完遂するまでの間、全く敢行される気配すら匂わせなかった。
それは勿論、神に祈りを捧げると言った非現実的妄想に、必死に縋り付いた彼等の願いが、全知全能たる神の慈悲心に触れたからと言う訳ではなく、ただ単に、それを敢行する帝国軍陣営側に、その意思が無かっただけの話だ。
言うなれば彼等は、強大なる移動要塞ツィー・ハゲンの指揮権を握る、ユピーチルの強い自尊心によって救われた・・・と言っても過言では無かった。
やがて、次第に普段通りの明瞭さと希薄さとを纏い直し行く戦闘エリア内において、激しく錯綜してた通信波と索敵波とが、正常に遣り取りされる様になり始めると、それまで隔絶された世界観の中に捕われていた者達も、ようやく全体的な戦局を備に見渡せるようになる。
窪地地帯南東部で繰り広げられた激しい銃撃戦は、両軍共に、またしても勝ち負け無し・・・たる虚しき結末に収束してしまった訳だが、今尚、北方クリフ地帯で執り行われるもう一つの戦いは、未だに激戦の最中にある様子だった。