08-15:○スティーブ・マウンテン・ダイビング[9]
第八話:「懐かしき新転地」
section15「スティーブ・マウンテン・ダイビング」
所々赤茶けた岩肌を周囲に曝け出す急峻なる崖道を、事も有ろうか転げ落ちるかの如き猛烈なスピードを持って、無理矢理に駆け下りて来た2つの小豆色の物体が、荒々しき異相を纏い被った濃緑色の雲海へと一気に飛び込んだ。
そして、時折視界へと絡み付く鬱陶しき木々達の枝葉群を一顧だにせず、不意に足元へと急迫する程良い凸部を利用して、その重々しき巨体に急減速をかけると、瞬間的に見定めた次なる凸部へと目掛けて、合計六枚もの機翼を大きく羽ばたかせる。
ほのかに緩やかな小気味良い降下ラインを描き出しながらも、猛然と濃密な密林地帯内部を縫い進むその様は、まるで、狙いを定めた獲物へと向かって、地表スレスレを勢い良く滑空する、猛禽類の様にも見受けられた。
(ユピーチル)
「べトラ!後方で屯していた他の二機も動き出したようだ!合流される前に一気に殲滅する!」
(ベトラッシュ)
「了解。」
煌びやかな漆黒色のパイロットスーツへと身を包み、巧みな操舵技術を持って搭乗するカリッツォの機体を激しく駆り立てていたユピーチルは、サーチモニター北東部際付近に張り付いていた、相手方DQ機の慌ただしき蠢きを不意に見て取ると、ヘルメットゴーグルから覗く真っ赤な両の眼を鋭くぎらつかせ、そう言い放った。
そして、瞬間的に目の前へと差し迫った巨大な樹幹を、軽やかなステップで艶やかにひらりとかわすと、ガラガラと崩れ落ちる岩屑達よりも早く、急勾配の下り坂へと小豆色の機体を躊躇なく投げ込んで行く。
(テヌーテ)
「ユピーチル様!窪地地帯南東部に散布したフィールド粒子の実効時間は、十五分が限界です!余り長居はなされぬよう、ご自重願います!」
(ユピーチル)
「テヌーテ!戦場における引き時など、予め予測して据え置ける様な代物ではない!押すべき時には徹底して押す勇気と勢いとが必要なのだ!余り余計な差し出口を叩くな!」
(ベトラッシュ)
「ははっ。心配するなテヌーテ。俺もユピーチルも、引き時を見誤る様なヘマはしないさ。大丈夫だ。」
(テヌーテ)
「・・・はい。」
(ユピーチル)
「ボンジョイ少尉!崖上へと這い上がった暁には、直ぐにテヌーテを引き連れて、クリューネワルト墜落地点へと進攻を開始せよ!今後、こちら側への援護射撃は一切不要だ!」
(ボンジョイ)
「へへっ。了解。」
真に深いと称せる濃緑地帯へと足を踏み入れて間もなく、魑魅魍魎なる喬木群の立ち姿を、見上げるまでに至った二機のカリッツォは、次第になだらかな形様を示し行く窪地地帯南端部へと差し掛かると、更にその機体スピードを振り上げるかの様に、力強いフレア光を背中に焚き灯した。
そして、激しい凹凸によって形勢される変則的な難道を、いとも簡単に、軽々しくも優美に疾走し行きながら、未だ色濃い爆発の硝煙と真っ赤な漁火とが燻り残る爆心地付近へと、その進路方向を釘付ける。
(ベトラッシュ)
「ユピーチル。敵DQ部隊の配置状況は前面に2、その右後方に1だ。残る1機については今だロスト。」
(ユピーチル)
「そんな事は言われなくても解っている!それより、あの左利きのパイロットは私の獲物だからな!君は手を出すなよ!」
(べトラッシュ)
「ふっ。状況が許せばそうしてやるよ。」
(ユピーチル)
「行くぞ!!」
ユピーチルはそう言って、更に力強く右足でフットペダルを踏み付けると、カリッツォの右手側三枚羽の裏側へと括り付けていたHV192-T64を装備しながら、最後にもう一度だけと、サーチモニター上に軽く視線を宛がった。
不意に一瞬だけ浮かび上がった二つの赤い光点に対しては、ロストした一機ではないな・・・と言う、簡単な私的見解を用いて直ぐに処理して見せたが、未だ姿を現さぬロスト機に対しては、先程敢行したミサイル攻撃によって撃墜せしめたと言う、安直な考えを宛がうつもりは全くなかった。
帝国軍の大型特殊DQ「ヴィン・ツィー・ハゲン」より発せられた、合計六発ものクラスター型ミサイル弾頭「MAG02スターレイン」は、確かに強力な広範囲攻撃型の対地兵器である事に疑いの余地は無いが、それでも、数多くの遮蔽物に囲まれた窪地地帯底辺部においては、その破壊力を十分に発揮し得ないだろうと、彼は既にそう予想していた。
勿論、少なからず相手DQ部隊に損傷を与える事を目論んではいたものの、完全に相手を殲滅せしめようなどと、都合の良い考えを巡らせていた訳ではなく、実際には、自らの陣営側が有利に事を運び経るのに、十分な土台を構築しようと目していただけだった。
それは、クラスター型ミサイル弾頭の中に紛れ込ませた、大量の阻害粒子散布弾をばら撒く事によって、お互いの位置すらも簡単に特定できぬ特異環境を生み出す事・・・。
彼等が望む乱戦の構図を相手方に無理強いできる、自らが持てる戦闘能力を遺憾無く最大限に発揮し得る戦場を、そこに作り上げる事にあったのだ。
(バーンス)
「!?・・・まずいぞ!!南方側のカリッツォが来ている!!」
(ペギィ)
「ええっ!?」
しかし、エフゼロエリアと称せるほどに、空疎な空間を形作っていた樹海内部において、完全なるフィールド防壁を張り巡らせる事は、そうそう容易な事ではなく、周囲を流れ行く大気の層に不規則に煽り立てられた阻害粒子の塊群は、幾つもの抜け穴を生じさせる程度の代物にしか成り得なかった。
結果、バーンスは、偶然にも生み出された南方向きの穴隙を通して、迫り来る帝国軍DQ二機の存在を見つけ出す事が出来た。・・・のだが、状況は最悪と言うに等しき枠組みから完全に脱しきる事はできなかった。
(ルワシー)
「・・・ザーザー・・・ってやがんだこの馬鹿女!!早いとこ後退しねぇ・・・ザザッ・・・つかれちまうぞ!!」
(ペギィ)
「そんな事言ったって!!・・・動かないものはしょうがないじゃない!!どうすんのよ!!これ!!」
(バーンス)
「ペギィ!!予備には切り替えられないのか!?」
(ペギィ)
「もうやってるって!!」
普段彼女が垣間見せる様相とは打って変わり、激しく狼狽えた様子でそう声を荒らげたペギィの機体トゥマルクは、言うなればもう既に、何ら手の施しようもない死に際の淵まで追い込まれてしまっていた。
上空より飛来し強力なクラスター型ミサイル弾頭の猛威を何とか堪え凌ぎ切り、運良くも生者たる身分を剥奪されずに済んだ彼等だが、それはデジタル的に鑑みて、単に零と壱とで分け示しただけの話であり、実際には、レッドゾーンと称すに相応しき危険域にまで、彼等の立場は悪化していたのだ。
ペギィから見て直ぐ左手側前方を並走していたバーンスの機体は、見た目的にそれ程大きなダメージを受けていない様にも見受けられるが、内部的機能・・・特に火器管制系システムに多大な障害を抱え込む羽目となり、攻撃的動作を繰り出すオートモーションの大半が、非常に扱い難いズレを生じさせる奇なる状態へと陥ってしまっていた。
そして、彼等二人より少し離れて先を進むルワシーの機体に関しては、後方に並ぶ右手側のメインバーニヤ2つと、サブバーニヤ2つとが完全に死滅した状態にあり、断続的にブスブスと小汚い黒煙を漏らし零す有様で、ジャネット機に至っては、周囲に立ち込める色濃い爆煙と、吐き散らされた阻害粒子群とに完全に飲まれ沈んだまま、生死すら定かではない状況にあった。
もう、いつ死に絶えてもおかしくない重症機が1機と、現状では治る見込みも無い体内疾患を抱え込んだ病身機が1機・・・。
そして、激しい外的創傷を刻み込まれた負傷機が1機と、ご都合主義的皮算用にしかならぬ行方不明機が1機・・・。
現状見て取れる彼等の戦力状態を鑑みれば、防衛ラインを死守するだけの戦いを継続する事など、もはや不可能な事である様にも見受けられる。
出来る事なら、四の五の言わずに逃げの一手を強く打ち据えたい所ではあった。
しかし、各機共に多大なる損傷を背負わされたこの状況下において、足の速いカリッツォ二機から確実に逃げ果す事が出来るかと言われれば、それもそうそう容易ならざる荒業に等しく、特に、死に際に瀕した重症機を抱え込んでしまった彼等にとっては、それは完全に不可能と言える無理難題そのものと言えた。
バーンスはふと、TRPスクリーン越しに映し出されるペギィ機の状態を、横目でチラリと確認、窺い見ると、直ぐにサーチモニター上へと視線を移し、再び薄汚い白い靄の中へと姿を掻き消したカリッツオ二機の行方を追った。
そして、未だに戦うべきか、逃げるべきかで迷い、細かに揺れ動く意識の天秤上に、もはや奴等の追撃を免れる事は出来ない・・・と言う、直感的思考の重みをドッサと加え入れると、徐に力強い怒鳴り声を通信機システム内に叩き込んだ。
(バーンス)
「ルワシー!!次の流跡壕の中に降りたら、直ぐに迎撃行動に移るぞ!!」
(ルワシー)
「ああん!?あんだって!?」
(バーンス)
「この状況下で後退を強行するのは無理だ!!密集隊形を維持したまま守勢へと回り、援軍が到着するまでの時間を稼ぐしか無い!!この際、防衛ラインは突破されても構わん!!」
(ペギィ)
「こんな場所で相手を迎え撃つって言うの!?まだミサイルの射程範囲内じゃない!!」
(バーンス)
「大丈夫だ!!奴等がこの場所にいる限り、三回目のミサイル攻撃は無い!!流跡豪の中にある岩陰を利用して防御陣を形成するぞ!!常にお互いがお互いをサポート出来る位置取りでだ!!急げよ!!」
慌ただしき様相をごうごうと纏い被せて、口早にそう言い放ったバーンスは、進行方向左手側前方で流跡壕の中へと、機体を落とし込んで行ったルワシー機の背中をチラリと見遣ると、徐に機体を180度半回転させ、隊列の殿を務めるべく、機体の進行スピードを緩め落としにかかった。
そして、多大なる損傷を受け負わされたペギィ機の追い付きをしばし待ちつつ、トゥマルクの右手に装備したASR-RType45の銃口をその後方へと差し向けると、いつ何時何処から襲い掛かられても対処できるよう、色濃い白煙霧が立ち込める周囲の様相へと、全神経を振り向かせた。
濃密に凝縮させた荒々しき攻撃的意識を、意図的に宥め賺した心の奥底へと仕掛け入れながら・・・。
さあ、来るなら来い・・・とばかりに、五体の全てを融通無碍たる境地の中に、どっぷりと浸し入れながら・・・。
ガンガンガンガンガン!!
(ルワシー)
「ぬっお!!なんじゃこり・・・ザッ。・・・ザザッツ。」
しかし、そんな彼の思いとは裏腹に、突然鳴り響いたけたたましき銃声は、全く予想だにしなかった前方からの攻撃と言う形を持って、彼等を嘲笑うかの様に高らかに奏で上げられる事となった。
ちっ!!そっちか!!・・・と不意に思ったバーンスは、直ぐにトゥマルクの機体を再反転させ、TRPスクリーンの真正面に捉え見た流跡壕へと向かって、力強くフットペダルを踏み拉く。
(バーンス)
「ペギィ!!流跡壕の中に立て籠もる案は一時撤回する!!お前は何処か安全な場所に退避してろ!!」
(ペギィ)
「安全な場所って・・・そんな場所、何処にもある訳ないじゃない!!それに、こんな機体じゃ、何処に逃げたって・・・!!」
(バーンス)
「泣き言を言うな!!お前もその若さでまだ死にたくはないだろ!!四の五の言う前にさっさと武装を解除して、少しでも機体を軽くする工夫をするんだ!!南側のカリッツォ二機については、俺とルワシーの方で何とか対応する!!お前はその隙に北側の岩石地帯へと逃げ込め!!」
(ペギィ)
「そんなっ!!無茶よ!!あんた達二人だって損傷持ち・・・ザッ・・・ザーザザー。」
そして、不意に乱れ掻き飛んだペギィの喚き声と共に、荒ぶる意識の全てを前面へと浴びせ押し遣ったバーンスは、新たなる噴煙をのうのうと立ち上らせる流跡豪へと視線を釘付けて、トゥマルクの左手に装備した「GMM30-グレネードガン」の銃口を突き付けた。
周囲に鳴り響く騒々しき銃撃音の二重奏から察するに、まだそれ程近い距離での撃ち合いには至っていない様にも感じられたが、牽制弾による鍔迫り合いと言った様相が、そう長くは続かないと言う事を、彼は既に予測していた。
濃密な白煙と阻害粒子とによって形作られたこの半閉鎖的空間は、時間と共に次第に崩れ行く虚飾の闘技場であり、それと望んで過酷な第二回戦場を用意した帝国軍陣営側が、むざむざと時間を浪費するだけの行為に終始するはずがなかったからだ。
搭乗する深緑色の新型機「TMDQ-09トゥマルク」を激しく駆り立て、程なくして流跡豪の縁部分にまで到達したバーンスは、徐に一度だけサーチモニター上へと視線を落とし込むと、やはり、そう何度も都合良く相手機の位置を捉え見る事は出来ないか・・・と、多少落胆色を強めた小さな溜息を吐き出しながら、持ちかまえたグレネードガンの発射トリガーを引き放った。
ドゴン!!ドゴン!!ドゴン!!
そして、流跡豪の中に居る味方機の前面部に、体良き目晦ましとなる大きな爆煙を三つほど立ち上らせると、直ぐ脇に聳え立っていた巨木の裏蔭へとトゥマルクの機体を滑り込ませ、尚も激しい銃撃戦を断行し続けるルワシー機の様相を見遣った。
(バーンス)
「ルワシー!!下がれ!!無理に単騎で戦おうとするな!!」
(ルワシー)
「べらんめぇ!!ばーろー!!やられた分はきっちりやり返してやらにゃ、寝覚めが悪くなるってもんだろがよ!!」
(バーンス)
「馬鹿野郎!!お前が攻撃するその先にもう敵は居ない!!そのぐらい気付け!!」
(ルワシー)
「なぬっ!?」
全く持って不必要とさえ言える大量の弾丸を周囲にブチばら撒き、勢い良く燃え上がらせた闘争心の炎を、無闇矢鱈にひけらかしていたルワシーは、バーンスの放ったその一言を浴びせ掛けられるまで、全くその事実に気付いていなかった。
確かに視界不良たるくぐもった世界観の真っ只中において、頼みの綱であるサーチシステムもほとんど機能しないと言う状況にあれば、それと判断するに足る材料に事欠いていた事は事実だが、それでも、相手側からの反撃弾が途絶えた事ぐらいは、直ぐに察知して然るべきである。・・・と、不意にそう思い付いてしまったバーンスは、軽い溜息を吐き出してしまった。
しかし、呆れ果てた色合いを前面に押し現して、小隊長らしき蛇足的苦言を呈して見せる暇も無かった彼は、直ぐに流跡豪の向こう側対岸付近に、鋭い視線の刃を括り付けると、未だ正確に捉えられない敵機の挙動に全神経を尖らせ始めた。
相手の機体は高機動型のカリッツォが二機。
常に移動を絶やさず、こちら側の意識を撹乱し続け、各個に撃破、殲滅しようと試みている事に間違いない。
と、すると、相手機はほぼ間違いなく散開行動を取っていると考えるのが妥当で、次の攻撃は反対側から繰り出される可能性が高いと言う事になる。
ここで相手の攻撃の先を制する事が出来れば・・・。
ビビーーーッ!!
ガンガンガンガンガン!!
しかし、不意にそう思い付いたバーンスが、迎撃行動へと移り進むよりも僅かに早く、無情にも鳴り響いたサーチシステムの警告音が、またしても相手方に先手番を奪い取られてしまった事を告げ知らせた。
直後、彼は激しい炸薬弾の雨霰に見舞われる事となり、巨木の裏蔭に完全に釘付け状態にされてしまった。
窪地地帯の南側から北側へと下り伸びる流跡豪の西側縁部分を、猛スピードで北上して来くるその小豆色の機体は、バーンスが予想した通りの単独行動を取っていたが、守勢へと回り下った哀れなる相手陣営側に、先手番を引き渡す様なヘマをやらかす輩ではなかった。