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Loyal Tomboy  作者: EN
第八話「懐かしき新転地」
160/245

08-13:○スティーブ・マウンテン・ダイビング[7]

第八話:「懐かしき新転地」

section13「スティーブ・マウンテン・ダイビング」


ネニファイン部隊が降下したポイントより、南西側に約10kmils程離れた森の奥深く。


切り立った岩場が連なる山間部の急斜面に、へばり付く様に陣取っていた帝国軍のDQ二機は、その後も全く新たなる動きを見せる気配を匂わせなかった。


それは、濃緑色の海に沈んだ飛び島の様な廃墟地帯を西側に抜け出し、程なくして広がる起伏の激しい山岳地帯周辺部に、トゥアム共和国軍のDQ四機が足を踏み入れても尚、全く変わりない様子だった。


数的に不利である陣営側が、非常に戦い辛い地形地質を利用して、完全防御に徹すると言うのは多々にある話だろうが、真に守り通すべき何ものも存在し得ぬこの山間部へと陣取り、相手方の出方を窺う様な素振りにのみ終始するなど、完全に意味不明と称す以外に無い、愚行そのものの様にも見受けられる。


墜落した中型輸送機「クリューネワルト」と言う玉女を巡る過酷な争いの中において、最も重要視すべきポイントは、その玉座周辺部の制陸権を、如何にして確保するかと言う点であり、幾ら局地的戦闘での勝利を派手に積み重ね続けた所で、肝心の玉女を相手方に奪い取られてしまったのでは、何ら意味の無い事だ。


先程垣間見せた尋常ならざる戦闘能力を武器に、奪い取られた制陸権を少しでも浸食してやろうと攻勢に転じるならまだしも、巨大な深緑色の猟犬達に追い立てられる様に、山の奥深くへと落ち延びて行った彼等の行動は、もはや既に敗者たる立場を受け入れし者達の痛々しき逃避行の様でもあった。



セニフはふと、サーチモニター上に映し出される、帝国軍DQ二機の反応光と、その北側に展開する友軍機の四つの光点をつぶさに見遣りながら、当該作戦エリア全体を映し出す地形情報へと意識を移し替えると、静かにヘルメットのバイザー部分を開け放って、大きな深呼吸を一つ施した。


(マルコ)

「こちらデモアキート部隊マルコ・シトレーゼ陸等三尉。現在の所、降下ポイント周辺部に敵影は無し。」


(フレッチャー)

「こちら第七機械化歩兵部隊フレッチャー・ブリアスキニ陸等二佐。了解。デモアキート部隊は、引き続き周囲の警戒索敵任務を続行せよ。第七機械化歩兵部隊は、間もなく降下フェーズへと移行する。」


(マルコ)

「了解。」


(バーンス)

「こちらネニファイン部隊バーンス・シューマッハ陸等二尉。現在ポイント12-06付近で、帝国軍地上部隊と睨み合いの状態が続く。帝国軍地上部隊の編成は、高機動型の人型DQが二機と、ロストした残るもう一機の合計三機、一小隊編成だと推測される。今の所、帝国軍地上部隊に新たなる動きは無し。」


(フレッチャー)

「了解。ネニファイン部隊は構築した防御ラインを死守する事を第一とせよ。降下地点の護衛任務に当たる二機についても、降下フェーズ完了と同時に指揮権を一時返還する事とする。ただし、輸送機の積み荷が予想以上に大きい場合、積み荷の搬送作業を依頼する事になると思われるので、一応そのつもりでな。尚、現時刻を持って、当作戦における全指揮権を私が掌握する。ネニファイン部隊、デモアキート部隊共に、今後は私の指示に従い行動する事。」


(バーンス)

「了解。」


(マルコ)

「了解。」


そして、耳元に流れ来る淡々とした通信内容を軽く聞き流しながら、TRPスクリーン一面に映し出される幻想的空間へと視線を流し、呆れ返る程に巨大な体躯をそびえ立たせる木々達の群れを静かに見上げる。


足元に敷き詰められた柔らかな雑草群から、遥か頭上高くへと浮き上がった深緑の世界は、天空に浮かぶ綺麗な島雲の様な様相でそこにたたずまい、手を伸ばしても簡単には届きそうに無い、碧落へきらく情緒じょうしょを漂わせているかの様だった。


細かに生み出された緑の隙間を通じて、天より差し込んだ真白ましろの陽光が、キラキラと不規則な輝きを放って綺麗な光の筋を無数に形作り、殺伐とした戦場の雰囲気に飲まれ沈んだ大地へと降り注ぐ様は、否応なく、綺麗だ・・・と吐き出させるに十分な慈雨じうの様であるとも言えた。


(テオン)

「こちらデモアキート部隊グリフィンスリー。降下ポイント南側平原地帯に、輸送物資の投下を完了。」


(バーンス)

「了解。感謝する。」


(マルコ)

「テオン。お前はもう一度北方クリフ地帯を重点的に索敵しろ。歩兵部隊の降下護衛任務は俺とべスパーで担当する。」


(テオン)

「了解。」


(バーンス)

「セニフ。墜落した輸送機の様子はどうだ?積み荷は引き出せそうな状態にあるか?」


(セニフ)

「えっ?・・・あ。えっと・・・。」


セニフはふと、何処か薄ぼんやりとした意識の中に漂いながら、唐突に突き付けられたバーンスの問い掛けを聞き取り、不意に驚いた様な表情を浮かべて目を丸くした。


そして、あからさまにおざなりな返事を返して、僅かにその場の間を取り持つ気配を漂わせると、直ぐにTRPスクリーン右隅へと視線を流し、そこに映し出されていた白銀色の中型輸送機の様子をつぶさに観察し始める。


セニフは今、帝国軍の中型輸送機「クリューネワルト」が墜落した地点にまで到達し、強襲歩兵部隊の降下到着を待っている状態だった。


(ロッコ)

「輸送機の機体先端部が、完全に山の斜面に突き刺さっていますけど、後部格納庫は剥き出しのままなので、積み荷の回収作業は問題なく出来そうです。見た所、機体が爆発炎上するって感じでも無いですし・・・。ああ、これは墜落の途中で動力ポットを緊急冷却したんですね。機体上部から白い煙が上がってます。」


(バーンス)

「積み荷の状態は確認できるか?」


(ロッコ)

「格納庫の中の様子までは確認できませんが、墜落時に相当激しく地面に叩き付けられた感があります。格納庫内部の緩衝機構がどの程度のものなのか解りませんし、完全に無事とは言い切れない状況ですね。あと、輸送機の積み荷が何であるかにもよると思います。積み荷の大きさの程度も、箱を開いてみないと解りませんね。墜落地点周辺部の様相は、巨大な木の幹に取り囲まれているって感じですが、周囲は比較的見晴らしの良いなだらかな地形になってます。ただ、上空から積み荷を引き上げる為には、巨木を一本、二本、ぎ倒す必要がありそうですね。」


(バーンス)

「そうか。解った。お前達二人は、次の指示があるまで、しばらくそこで待機していろ。周囲の警戒索敵行動も怠るなよ。」


(ロッコ)

「解りました。」


何処かおっとりとした声色を持って、よどみ無く返されたロッコの受け答えは、確かにありのままの事実を正確に示し伝えるのに十分な内容であり、中型輸送機の墜落現場に到着するなり、何処か心ここに有らずと言った様相で、幻想的自然の風景の中に意識を漂わせていたセニフにとっても、良く解る話であった。


セニフはその間、むずむずと口元を僅かに揺り動かしながら、私が聞かれたのに・・・などと、多少不満げな仏頂面ぶっちょうづらを浮き上がらせてしまったのだが、直前まで上の空状態だった自らの手落ち部分をつぶさに省みてしまうと、完全に口をつぐまれた状態で凝り固まってしまった。


そして、静かに大きな溜息を一つ吐き出して見せると、TRPスクリーン越しに映し出されるロッコ機へと視線を宛がい、不思議と悪感情の一つも沸き起こらない、彼の温和でいて優しげな人となりへと、フッと意識の矛先を結わえ付ける。



ロッコって、いつもいつもこんな感じなのかな。


何処か憎めないって言うか、愛嬌あいきょうがあるって言うか、おっとりとしていて、優しげでいて、何処かふんわりと人を包み込むって感じ?


年齢もジャネットと同じ二十三歳だし、見た目や言動に反して、妙に落ち着いた感もあるし。


何かあれば直ぐに怒鳴り付ける、何処かの誰かさんとは大違いだなぁ・・・。


まだやっぱり、ちょっとギクシャクした感はあるけど、それは多分、私自身の問題ってだけで、それが無くなれば、きっと、もっと仲良く・・・・・・・・・って、私、何考えてんだろ・・・馬鹿。




(セニフ)

「・・・ん?」


すると、そんな時、全くらちも無い妄想の最中へと旅立っていたセニフが、不意に降り落とした視線の先で、チカチカとつたない赤い光を点滅させる、小さな一つのシグナルランプの存在に気が付いた。


それは、通信機システムの片隅に設けられていた、普段はほとんど使用することのないシグナルランプの一つで、各機毎に振り分けられたオリジナルの通信コードを利用して、一対一での会話をやり取りできる通信モードに、外部からアクセスがあった事を知らせるものだった。


セニフは、すぐさまネニファイン部隊内の通信回線を単方向受信モードへと切り替えて、通信機画面に小さく映し出された「fror03」の文字を静かに読み取ると、多少躊躇ためらう様相を強く滲ませつつも、受信承諾を通知するボタンを押した。


(セニフ)

「ど・・・どうしたのロッコ?・・・プライベートラインでなんて・・・。」


(ロッコ)

「あっはは。別に・・・って言ったらなんだけど、セニフとさっきの話の続きがしたくてさ。どう?僕と二人きりで、少しお話しない?」


(セニフ)

「えっ?・・・・・・お話って・・・。」


戦局全体が停滞期に差し掛かった時頃であるとは言え、戦場のど真ん中において、少しお話しようなどと言われて、困惑し得ない訳がない。


セニフはこの時、思いっきり返す言葉に窮してしまった。


(ロッコ)

「大丈夫だよセニフ。この状況なら、しばらくの間は戦局も動かないだろうし、デモアキート部隊の索敵範囲の広さから言って、ここは完全に安全圏だよ。何があってもいの一番に行動を起こさなければならない、外円部に居るって訳でもないし、少し話をするぐらいなら大丈夫だよ。」


(セニフ)

「そ、それは・・・そうだけど・・・。」


(ロッコ)

「もしかして僕の事、嫌いだったりする?」


(セニフ)

「ううん。そんな事ない。そんな事ない。・・・そんな事ないよ。・・・そんな事ない。」


(ロッコ)

「あっはは。良かった。じゃあ決まりね。ああそれと、部隊内の通信回線は、リスニングモードでちゃんと残しておくんだよ。」


(セニフ)

「・・・うん。」


そんな事ない・・・と言う言葉を、何度も反芻はんすうさせて否定して見せたセニフは、それは少しずるい言い回しだ・・・とは思いつつも、渋々とロッコの要求を受け入れる返事を返した。


そして、そんな事じゃない・・・と、不意に脳裏に浮かび上がった言葉で、戸惑う心の全てを強く上書いてしまうと、一つ息を飲んで表情を硬く強張らせた。


それは、社交辞令とも言える日常的会話の中においても、自らの過去を浮き彫りにしてしまう危険な遣り取りへと巡り至ってしまうのではないかと言う、強い憂心が彼女の中にあったからで、出身地がセルブ・クロアート・スロベーヌ帝国であると言う彼との会話を、彼女は少なからず怖いと感じていたのだ。


お互いに同じ故郷を有する者同士。絶対に避けては通れない会話があった事は間違いない。


そして恐らくはその中に、彼女が口にしたくない内容も、多数含まれているであろう事は明白な事だった。


(ロッコ)

「セニフはさ。出身が帝国だって言ってたよね。見た感じ、セレアニア系なのかな?昔は何処に住んでいたの?メヌシア?テアルムント?」


(セニフ)

「えっと・・・。・・・ル、ルーアン・・・だけど・・・。」


(ロッコ)

「王都ルーアン!?へぇー。そうなんだ。すごいねー。ルーアンみたいな高級都市街に住んでいたなんて、セニフは結構、良家の出身者とかなのかな。年齢の割にはDQの扱いが物凄く上手いから、もしかしたら、きっとそうなんじゃないかって思ってたんだ。」


これはまずい・・・と、セニフはいきなり思った。


(セニフ)

「あ・・・。えーと・・・。でもね。ルーアンって言ったって、街の辺にある小さな団地に住んでいただけだし・・・、それに、えっと・・・、DQの操縦だって、トゥアム共和国に来てから覚えたんだよ。・・・ほんとだよ。・・・うん。」


(ロッコ)

「ふぅーん。そうなんだ。」


セニフはこの時、真っ先に思い付いた一人の友人の家を思い返し、咄嗟とっさにそう誤魔化ごまかして見せると、最後は完全に架空の事実を持って、自らの経歴を覆い隠した。


(ロッコ)

「僕はね。帝国領南部のアンム・ジェラートって街の出身なんだ。血筋はサンカサロ系で、これでも昔は小さな貴族の一員だったんだよ。」


(セニフ)

「へ・・・へぇ・・・。」


(ロッコ)

「まあ、別に隠す必要も無いんだけどね。ついでに言っちゃえば、僕の本当の名前は、フィルロッコ・レブ・アーグリスって言うんだ。ミラマールって言う名前は、死んだ僕の友人の名前を貰っただけ。」


(セニフ)

「・・・ふぅーん・・・。」


(ロッコ)

「でもほんと、少し前までは考えられなかったな。僕がトゥアム共和国軍の兵士として、戦場で帝国軍と戦う事になるなんてさ。本来なら僕は、この戦場でセニフの相手をしていたかもしれない人間なんだよ。」


(セニフ)

「・・・ロッコって、帝国に居た時からDQに乗っていんだ。」


(ロッコ)

「うん。これでいてロイロマール軍に所属するDQ部隊の兵士。まあ、物凄い末端部に辛うじて引っかかってた程度の部隊なんだけど、腕っぷしには自身があるって言う連中が数多く集まった、非常に優秀な部隊でね。・・・ああ、でも、僕なんかは、ほとんど役立たずって感じで、完全に下っ端扱いされていたんだけどね。」


(セニフ)

「あはっ・・・ははは・・・。」


(ロッコ)

「それにしてもさ。セニフは本当にDQの操縦が上手いよね。僕が前に所属していた部隊の連中と比べても、全然見劣りしないよ。一体何処でどうやって覚えたの?」


(セニフ)

「えっと・・・。それは・・・。DQA大会で、・・・色々と経験を積んだ・・・からかな?・・・後は、色々とDQの事について、教えてくれた人が居たんだ。・・・うん。・・・DQの操縦の仕方とか、・・・射撃の仕方とか。」


セニフはこの時、不意に浮かび上がった一人の友人の事をつぶさに思い返し、多少しどろもどろになりながらも、そう切り返して見せた。


勿論、その人物の言葉を少しも聞きもしなかった事実については、完全に棚上げにした。


(ロッコ)

「そっか。そうなんだ。ふーん。良い人に巡り合えたんだね。」


(セニフ)

「・・・・・・うん。」


(ロッコ)

「そうだセニフ。今度シミュレーションの時で良いんだけどさ、セニフが操縦している所、見させてもらってもいいかな。僕ね。どうやったらあんな動きが出来るのか、物凄く興味があるんだ。」


(セニフ)

「あ・・・。うん・・・。いいよ。」


(ロッコ)

「あっはは。やった。約束ね。」


(セニフ)

「・・・うん。」


自分の事を聞かれる度に、心臓が跳ね上がる様な悲痛な思いに駆り立てられ、何とかその場をしのぎ切ろうと嘘を積み重ねるも、非常に強い自責の念に捕われる始末で、やがてセニフは、次第に言葉を短く短く削り取りながら、その語尾をすぼめて行く他なかった。


確かに彼女自身、これまでに全く嘘を付いてこなかったかと言えばそうではなく、少なからず自分の身を守る為にと、突き通してきた偽りの事実があり、何を今更・・・と思う心が彼女の中に無かった訳ではない。


どうしてトゥアム共和国に来たの?家族はどうしたの?・・・と、人からそう問い掛けられる度に、彼女は全く事実とは異なる、虚飾きょしょくの少女を示し出して、幾多の障壁を乗り越えてきたのだった。


しかし、やはりと言うべきか、嘘を付く事に対して、どうしても及び腰になってしまう自分自身の姿を客観的に省みると、妙にぎこちない、わざとらしいと強く感じてしまうもので、セニフは、そう言った自分のつたない所作から、逆に本当の自分を見つけ出されてしまうのではないかと危惧していたのだ。


勿論、じっと黙り込んだままその場をやり過ごす事も出来ると言えば出来るだろうが、それはそれで怪しさを増幅させる元凶にしかなり得ない事であり、彼女としては、普段の振る舞いも含めて、裏表無い素直な女の子を演じて見せる他なかった。


やがてセニフは、不意に訪れた沈黙の時間を利用して、大きな深呼吸を数回繰り返して見せると、さあ、来るなら来い・・・とばかりに、力強く心に気合を込め入れた。



(ロッコ)

「そう言えば、セニフはさ・・・。」


(セニフ)

「うん!」


(ロッコ)

「・・・。」


しかし、この時、余りにも思い詰めて意識を注力した反動からか、セニフは、思いもよらず力のこもった強い声色を返してしまった。


直後、彼女は、ああ・・・しまった・・・的な表情を浮かべながら、両手で頭を抱え込んでしまう。


そして、その後、完全に会話を途切れさせてしまったロッコの表情を思い浮かべながら、猛烈にばつの悪い思いに苛まれてしまった。


・・・うぁあ・・・どうしよう・・・と。


・・・だが、そんな思いも束の間、程なくして彼女の耳元には、ロッコの優しげな笑い声が響き渡ってきた。


(ロッコ)

「あっはは。セニフ。そんなに怯えなくたっていいよ。僕も別に、セニフの事を取って食おうなんて思っている訳じゃないんだしさ。誰にだって話したくない事はあるだろうし、答えたくない時は、答えたくないで通してもらって構わないよ。」


(セニフ)

「あ・・・。うん・・・。ごめん・・・。」


(ロッコ)

「たった一人、異国の地で兵士として戦っているんだ。過去に何も無かったって思う方が不自然な話さ。僕にだって、聞かれたくない話は沢山あるし、その辺はちゃんとわきまえているつもりだよ。話せる範囲だけで良いからさ。もっと楽しく会話をしようよ。僕はただ、セニフと一緒に楽しく話がしたいだけなんだ。」


ロッコはしっかりと空気の読める人物だった。


あからさまに相手の神経を逆撫さかなでする悪言を公然と浴びせ掛ける輩でも、ネチネチと回りくどい苦言を持って他人をしいたげる輩でもなく、相手を無為におとしめて楽しむ様な輩でもなかった。


彼はまさに、見た目そのままの第一印象通り、非常に物腰柔らかな心優しき好青年と言うに相応ふさわしき人物だった。


セニフはふと、全く淀みなく繰り出されたロッコの甘言に、き物が落ちたかの様な重たい溜息を一つ繰り出して見せると、不意に流した視線を持って、直ぐ隣脇にたたずむ緑色のDQをまじまじと見つめ、静かに口元を緩めた。


(セニフ)

「うん。・・・そうだね。・・・ごめん。私、色々と考えすぎちゃって・・・。正直、ロッコと話するの、少し怖かったんだ・・・。私も昔・・・、ほんと・・・、色々あったからさ・・・。何かごめんね。色々と気を使わせちゃったみたいで。」


(ロッコ)

「ううん。別にいいよ。僕はセニフと何の気兼ねも無く、お話したかっただけなんだからさ。」


(セニフ)

「でもさ。何でまた私と話がしたかったの?私みたいなつまらない子供を相手にして、楽しいの?」


(ロッコ)

「あっはは。楽しいよ。見た目おしとやかで可愛らしい女の子なのかと思えば、強気な態度で相手を激しくまくし立てたり、逆に弱弱しくしょげ返って見せたりしてさ。性格の起伏に富んでいるって言うか、いつもいつも低調な僕なんかから見れば、物凄く羨ましい性格してるなって思うよ。そう。雰囲気的に、帝国のセファニティール皇女様みたいだなって思ったり。」


(セニフ)

「えええっ!!?」


しかし、次の瞬間、不意にロッコが口走った思いもよらぬ言動に、思いっきり心の臓を跳ね上げられてしまったセニフが、全く無防備なる意識の中に渦巻いた驚愕の感情を爆発させてしまった。


そして、咄嗟とっさに両手で口元を押さえ付け、やばっ・・・!!と言った表情を浮かべ上げながら、ドクドクと脈打つ身体の鼓動を必死に抑えにかかった。


だが、しかし・・・。


(ロッコ)

「僕ね。実はセファニティール皇女様と直接お会いした事があるんだ。かなり昔の話になるけどね。あれはいつの頃だったかな。当時の皇帝ソヴェール様が、セファニティール皇女様を連れて、アンム・ジェラートの街を訪問された事があったんだけど、その歓迎式典の会場でバッタリと、突然にね。」


(セニフ)

「へ・・・へぇ・・・。」


ロッコは気付いていなかった。


セニフの驚きの声色を真面に浴びせ掛けられて尚、それを全く気する様子も無かった。


確かに考えてみれば、帝国の皇女様に似ていると言われて、少しも驚かない人間の方が、おかしいと言えばおかしい話で、セニフはふと、そんな都合の良い解釈を持って、自らのぐらつく意識を復立ふくりつさせると、取り敢えず差し障りの無い淡白な返答を投げ返して、しばし様子見を決め込んだ。


(ロッコ)

「本来なら僕みたいな下っ端貴族は、歓迎式典に参加する事すら出来ないんだけど、その日は偶々(たまたま)人手が足りないからって、手伝いに駆り出されていてね。朝からずっと式典会場の裏倉庫で、荷物の運び出し作業なんかを手伝っていたんだ。そしたら突然、僕の目の前に、セファニティール皇女様が一人で姿を現して、僕の事を見つけるなり、私にこの街を案内して・・・って、いきなり言うんだよ。僕もう、ほんと驚いちゃってさ。しばらくの間、何も言えずに、ただただ茫然とするしかなかったよ。だって帝国の皇女様ともあろうお方がだよ?歓迎式典の真っ最中にだよ?付添人を一人も随伴ずいはんさせないで、見ず知らずの人間である僕の事を捕まえて、突然、街を案内しろだなんて、ほんと、何か悪い夢でも見ているんじゃないかって思っちゃった。」


(セニフ)

「そ・・・。そうなんだ・・・。」



そ・・・そんな事あったけか・・・。


アンム・ジェラート?


お母様と一緒に行った?


うーん・・・。確かに昔・・・、南の方にも行った様な気はするけど・・・。


思い出せない・・・。思い出せないな・・・。


でも・・・。思い出せないけど・・・。


私・・・。ロッコと会った事があるんだ・・・。



セニフは不意に、当て所なく挙動不審に視線をばたつかせると、神妙な面持ちで必死に過去の記憶を洗い直し、それに該当する場面光景を探し回った。


・・・が、しかし、簡単に洗いざらえる彼女の浅い記憶の中からは、それに該当する印象深き思い出の片鱗を見つけ出す事は出来なかった。


彼女はふと、自分が母親と巡り歩いた思い出の場所を順々に辿り、それを一つ一つつぶさに思い返してみようかとも考えたが、その後、私は一体どうしたんだろう・・・と言う、情けない疑念に取りかれてしまうと、ロッコの話の続きに意識を集中させた。


(ロッコ)

「その後僕は、強引に手を引く皇女様に連れられて、アンム・ジェラートの街を巡り歩く事になったんだけど、それはもう本当に夢の様な一日だった。アンム・ジェラートの要所は、ほとんど全部見て回ったし、その他にも、海が見える丘に行ったり、ちょっと汚いけど、活気のある裏町に行ったりしてね。皇女様と一緒に、小さな公園のベンチで、サンドイッチをかじったりもしたんだよ。ほんともう、言葉では言い表せないぐらい、楽しい一日だったよ。・・・でもまあ、その後帰ってから、二人でこっ酷く叱られる羽目になっちゃうんだけどね。あっはは。」


(セニフ)

「ロッコと二人きり・・・で、街を歩いたの?」


(ロッコ)

「うん。そうなんだ。僕と皇女様と二人きり。本当に今でも信じられないよ。」


(セニフ)

「へぇ・・・。」


(ロッコ)

「皇女様は、とても積極的な方でね。何にでも直ぐに興味を示されて、いきなり走り出しちゃったりするから、僕なんかは、付いて行くのがやっとって感じで、途中でへばっちゃったりしてたんだけど、皇女様は、そんな僕の事を色々と気遣ってくれたりもしてさ。本当に優しい方だった。見るからに高圧的な高級貴族達とは違う、何処か普通・・・って言ったら、かなり失礼にあたるけど、とても人当たりの良い、気さくな方だったんだ。」


(セニフ)

「・・・・・・ふーん。」


(ロッコ)

「セファニティール皇女様は僕の憧れさ。それは皇女様が召天されてしまった今でも変わらない。ディユリス様を暗殺したって言う容疑に関しても、僕は絶対に何かの間違いだって、そう信じているし、恐らくは皇室周辺部の権力争いに、巻き込まれてしまった結果なんじゃないかなって思っている。」


(セニフ)

「・・・・・・え?」


(ロッコ)

「あっはは。まあ、こんな話、帝国国内じゃ、表だって口にする事は出来ない話なんだけどね。恐らくは僕だけじゃなく、帝国国民の多くがそう思っているはずだよ。勿論、全員が全員って訳じゃないだろうけど、セファニティール皇女様の人柄を知っている者であれば、少なからずそう言った疑念を抱いているはずさ。」


(セニフ)

「・・・・・・。」


(ロッコ)

「帝国国内では、未だにその事件の真相を暴き解こうと、頑張っている人達もいるみたいだし、毎年毎年、皇室の機密事項に触れたって、摘発される人達が後を絶たないしね。まあ、僕にはそこまで強い執念は無いけど、出来れば皇女様に着せられた濡れ衣だけでも、晴らしてあげられたら良いなって思っているよ。」


(セニフ)

「・・・。」


セニフはその後、しばらくの間、一言も返答を返す事が出来なくなり、静かに目の前のメインコンソール上に視線を落としたまま、完全に凝り固まってしまった。


そして、自分自身の中だけに存在する自分と言う人間の上に、妙にこそばゆさを感じさせるロッコの褒め言葉をそっとかけ被せ、じわじわと込み上げる心地良い嬉しさの中に浸った。


聞けばそれは社交辞令的な要素が強い、単なる言葉遊びとも受け取れようものではあるが、父親殺しと言う不名誉なるレッテルを張り付けられ、一人寂しく処刑された不憫ふびんなる少女にとっては、それだけでも十二分に嬉しいものだった。


油断していると、不意に涙が零れ落ちてしまいそうになる程だった。



しかし、その反面、彼女の心の奥底でくすぶり続けていた、黒々しき憂心ゆうしんの塊が、高鳴る胸の鼓動を更に激しく突き上げる様にして鎌首をもたげると、彼女の表情は、にわかに暗い陰り色に染め上げられてしまう事になる。


嘘によって塗り固められた虚飾きょしょくの少女と言う、分厚い毛皮を頭からまとい被り、完全に別人として生き永らえていた彼女にとって、それは、非常に危険極まりない思想そのものでしかなかったからだ。


自らを破滅へと追い遣る、おどろおどろしき陰謀の根源にしか成り得ないものだったからだ。


皇女の濡れ衣を晴らそうとする行為自体、現帝国体制に刃向う叛徒はんとたる証であり、行動を起こさずとも、その意思を有する者は、皆その予備軍と言っても過言では無い。


今現在の彼女にとっては、嘗ての自分を想いうやまい、必死に戦う者達ですら、敵にしか成り得ない存在だった。



やがてセニフは、これ以上ロッコとの会話を続けるのは危険だ・・・と、不意にそう思い付いてしまうと、真一文字に結び付けた下唇をキュッと軽く噛み拉きながら、この会話を早く終わらせる為の様々な道筋を、必死になって模索し始めた。


勿論、そんなセニフの思いを露とも知らぬロッコが、意味も無く考える時間を分け与えてくれる事など、ありはしないのだが・・・。


(ロッコ)

「ねぇ。セニフはさぁ。実際の所・・・。」


(ジャネット)

「居た!!見つけたわ!!十時方向にロスト機1機!!北上しているわ!!」



しかしそんな時、不意に次なる会話へと押し進もうと口を開いたロッコの言葉を、通信機越しに響き渡ったジャネットの声色が完全に掻き消してくれた。


何一つ考えもまとまらぬ内に繰り出された言葉だっただけに、セニフにとっては非常に嬉しい助け舟となった。


(ロッコ)

「あっと。ごめんセニフ。お話し終わり。また今度にしよう。」


(セニフ)

「うん。」


直後、セニフは、直ぐに会話を切り上げる素振りを見せたロッコの態度に、ホッと胸をで下ろした様に小さな溜息を小さく吐き出し、にわかに慌ただしき様相に包み込まれた通信システム内の音声へと意識を埋没させた。


そして、未だにざわざわと落ち着かぬ気持ちを紛らわせるかの様にして、フーッと静かに長い吐息を吐き出して見せると、徐に緑色のDQ機体をひるがえしたロッコ機の後ろ姿をTRPスクリーン越しにチラリと見遣り、その後、次第に不穏当なる気配を漂わせ始めた西の方角へと視線を移し替えた。


思いがけずも長い長い中断期間を挟み経たせいか、戦いへと臨み挑む戦士たる気概に事足りていない事を彼女は自覚していたが、それでもなりふり構わぬ我武者羅がむしゃらさを振りいて、戦闘準備作業を強引に推し進めると、やがて彼女は、再び訪れるであろう過酷な戦いの只中へと意識を立ち向かわせた。


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