08-08:○スティーブ・マウンテン・ダイビング[2]
第八話:「懐かしき新転地」
section08「スティーブ・マウンテン・ダイビング」
果てしなく広がる深緑の世界に、ぽっかりと歪な楕円形を形作る綺麗な草原地帯。
そこは、周囲に描き出された木々達の色濃い様相とは明らかに異なり、幾らかの空色を混ぜ合わせた様な淡い色調を持って、根付く大地が温和なる地勢である事を如実に示し現していた。
吹き荒れる微風に靡く様も、一様に息の合った優美なるもので、時折照り付ける太陽の光をキラキラと反射する様からは、非常に多くの水気分を含んだ場所である事が窺える。
グヴァァァァァ!!
ドシャン!!ドシャン!!
そして、そんな穏やかな装いに包み込まれていた緑野絨毯の上に、荒々しき熱風を叩き付けながら舞い降りた六つの巨大人型機動兵器が、小振りな水飛沫を巻き上げながら、次々と大地を強く踏み拉く。
全身深緑色に塗装されたトゥアム共和国軍最新型DQ「TMDQ-09型トゥマルク」は、大別すれば中型機に分類される高機動軽量指向の機体で、後部テスラポットに覆い被さる様に取り付けられたグライダーを除装すると、如何にも線の細い頼りなさげな外観が顔を覗かせた。
遮るものなく浴びせかけられた太陽の光に、くっきりと浮かび上った流線型のフォルムは、明らかに新型機らしき様相を如実に醸し出していたが、DQ行動バランスを司る制御機構が、センターボールマトリクス制御方式へと移行した今も尚、機体全体的に台形型と言うイメージを完全には払拭しきれない様子だった。
年々著しい進化を遂げるDQ開発技術力の向上に伴い、DQと言う機種の足先が次第に細く設計される様になった事は事実だが、機体本体を支える重要な足の付け根部分、両太腿部分に関してだけは、無暗に細く設計する事が出来なかったと言うのが実情で、人型を目して作り上げられた最新型DQトゥマルクと言えど、それは決して例外ではなかった。
(バーンス)
「グラント隊降下完了。これより作戦第二フェーズへと移行する。各機共にグライダー除装後、周辺周囲警戒モードのまま隊列を組め。」
(ジャネット)
「フロア隊降下完了。こちらも作戦第二フェーズへと移行。」
吸い込まれそうになる程に澄み渡った青空の元、驚くほどにクリアな声色を奏で出すヘッドホンに耳を傾けつつ、流れる様な手捌きで降下フェーズ後の後処理をこなして行ったバーンスは、一度フィールド濃度計の数値に一瞥をくれた後で、直ぐに周囲の様相へと視線を投げかけた。
そしてその直後、上空より唸る様に降り注いだ、けたたましき轟音に意識を奪われ、物凄い勢いで頭上を通過して行く三機の戦闘装甲ヘリの姿を見遣る。
(ルワシー)
「輸送機墜落地点まで5kmilsきっかりってか。実際に自分の足で歩くって訳じゃねぇが、中々に面倒臭ぇ道のりを用意してくれたもんだぁな。しかも南西側の廃墟の中には、クラリオンベイル隊が見つけた帝国軍機が、しっかりと張り付いてやがるときたぜ。」
(ペギィ)
「でも何かちょっと変な感じよね。輸送機墜落地点とは真逆の方向に陣取って待っているなんてさ。まさか私達に、お先にどうぞって言ってるのかしら。」
(ルワシー)
「がっはっは。おめぇも中々面白ぇ事言う奴だな。思わず、そんな訳あるかい!って、ツッコミそうになっちまったじゃねぇか。」
(ペギィ)
「何よ。ツッコミたければツッコメば良いじゃないのよ。このブタ。柄にもなく躊躇してんじゃないわよ。」
(ロッコ)
「もしかして僕達が結構な戦力を引き連れて来たから、数では勝てないって、怖気付いてしまったんでしょうか。」
(セニフ)
「援軍を待ってるって可能性もあるよね?」
(バーンス)
「罠って可能性も十分にな。」
バーンスはふと、思い付いた一番の悲観論をそう小さく呟き出して、当て所なく遣り取りされる部隊メンバー達の会話に弱い終点を打ち付けると、トゥマルクの右手に装備された新型アサルトライフル「ASR-RType45」に炸薬弾を換装しながら、サーチモニターの南西部側に鎮座する二つの光点へと視線を落とした。
そして、クラリオンベイル隊が発見した三つの敵影の内、もう一機はサーチ範囲外か?・・・などと、何の確証も無い思い込みを持ってそう簡単に解決付けると、不可解な動きを見せる帝国軍の行動をじっと観察しつつ、現状整理に近い思考を脳裏に渦巻かせた。
確かにそれが罠である可能性も十分に考えられるが、直近対峙する帝国軍DQはたったの二機。
サーチレーダーに捉えられた機体反応から推測しても、決して大型機でも特殊型機でもない極普通の中型機のようだ。
サーチ範囲外へと身を隠した残るDQ一機の存在が気がかりと言えば気がかりだが、現状、三機の戦闘装甲ヘリを持って上空を制圧している俺達の脅威とは成り得ないものだし、帝国軍の増援部隊が姿を現した所で、それほど悲観的な兵力差を生み出すには至らないだろう。
何しろここは、大部隊を投入するには適さない地形地質に覆われた「魔境の森」だからな。
もし仮に、奴等の狙いが輸送機の積み荷を破壊する事にあったのなら、俺達より先にこの地へと辿り着いた優先権を持って輸送機へと取り付き、一撃離脱を持って積み荷を破壊してしまう事が出来たはずだ。
それを敢えて見送り、南西側に離れた廃墟地帯に陣取ったと言う事は・・・。
顔中、体中に刻み込まれた幾多の傷跡を、ヘルメットの中、パイロットスーツの下へと押し遣り、静かにコクピットシートの上に腰を下ろしたその様は、一見して普通のDQ乗りと言った様相以外に、何ものをも感じ得ぬ月並みさに包まれていたが、これまで、非日常的動乱の中を日常として生き抜いてきた彼の心の中には、目前へと差し迫った「敵」と言う存在に対し、確かなる高揚感が芽生え始めていた。
楽観的状況、悲観的状況に関わらず、己の命を業火の中に曝し入れる事で得てきた、得も言われぬ快感めいた麻薬は、どれだけ平穏な世界に全身を浸し入れたとしても、そう簡単に掻き消えてくれるものではなかった。
(バーンス)
「恐らく帝国軍部隊の目論見は俺達と同じ、輸送機の積み荷を回収する事にあるのは間違いないだろうが、見た所、どうやら奴等自身に回収能力はなさそうだ。元々奴等に回収できる能力があるのなら、俺達が到着するまでの間、無理にゴリ押ししてでも、回収作業を優先させただろうしな。とすれば・・・。」
(セニフ)
「敵は積み荷を回収できるだけのものを用意して、それを待ってる・・・って事?」
(バーンス)
「そうだ。その可能性が非常に高い。」
(ペギィ)
「上空からクラリオンベイル隊が目を光らせてるって言うこの状況下で?ちょっと考えすぎなんじゃない?」
(バーンス)
「クラリオンベイル隊が帝国軍部隊を発見した時の報告を、お前も聞いていただろう?突然、当該作戦エリア内に姿を現しましたって、確かにそう言っていたよな。」
(ルワシー)
「そういや、そんな事言ってた様な気もすんなぁ。でもよ。FTPフィールド張りっぱなしでここまで来たってんなら、別に驚く様な事でもねぇんじゃねぇか?」
(バーンス)
「エフゼロエリア内を移動しながら、FTPフィールドをフル展開し続けられる化け物機って言うなら、確かにあり得る話だが、見た所単なる中型機程度でしかない奴らに、そんな機能が備わっているとは思えん。」
(ロッコ)
「この辺りは帝国軍の秘密基地が、数多く存在しているって言われている、完全密室の伏魔殿ですからね。何が起きても不思議ではありませんよ。」
やがて、DQ制御メインシステム上から降下支援用システムを完全に排し、地上戦闘用行動システムへと移行作業を完遂させた彼等達は、各々が持つ銃火器の最終チェック作業を並走しながら、西方へと広がるおどろおどろしき深緑の異形物群に向かって簡易的な隊列を組み始める。
その間、嫌でも目に付く南西側廃墟地帯の二つの光点は、彼等と同様、相手方の行動を備に観察できる位置にあったにもかかわらず、当然の如く動く気配を垣間見せなかった。
穏やかな口調のままに発せられたロッコの言葉が、彼等の脳裏に嫌な緊張感を植え付けるに至ったが、それにより弛緩した心の糸が俄かに張り詰めたのも事実で、彼等は次第に意識の全てを戦闘モード一色へと塗り替えていった。
(ジャネット)
「そう言う事なら話は簡単。今の内に叩ける相手は叩いておいた方が良いって事よね。後続の敵部隊と合流でもされたら、更に厄介な話になる訳だし、ここは一気に敵の先行部隊を殲滅するって方向で行動を起こしましょう。私達フロア隊は、南側の斜面に沿って廃墟地帯へと降りるわ。バーンス達グラント隊は、北側棚台から輸送機への転進ルートをケアしつつ、回り込む様に挟み撃ちって事でどう?」
(セニフ)
「たった二機のDQを相手に六機がかりで挑むの?」
(ジャネット)
「強襲歩兵部隊が到着するまで、そんなに時間的猶予がないでしょ。今回の私達の任務は、強襲歩兵部隊を護衛するって役目もあるんだから。」
そして、妙に落ち着き払った綺麗な声色を持って、次なる行動指標を指し示したジャネットが、搭乗するトゥマルクの左足を僅かに引いて機体を南側へと傾けて見せると、それに同調したセニフ機が、後部バーニヤを意味も無く二回ほど大きく空吹かしして見せる。
音声のみの遣り取りとは言え、ジャネットが発した言葉の色調には、普段彼女が垣間見せる自暴自棄的な刺々しさは感じられず、その内容に関しても、バーンスが思い描いていた今後の展望に程近いもので、特にケチをつける様な劣点も見られなかった。
しかし、この時バーンスは、不意に感じた妙な違和感と共に、彼女へと投げ返す言葉に窮してしまうと、TRPスクリーンの左手側に映し出されるジャネット機へと視線を投げかけ、奇妙と言う他ない静寂なる間を作り出してしまった。
(ジャネット)
「あれ?バーンス。聞こえてる?」
(バーンス)
「ん?・・・あ、ああ。」
(ジャネット)
「突然何?何かあったの?」
(バーンス)
「いや。・・・別に。何でもない。」
怪訝そうな面持ちで、そう問いかかけてきたジャネットの言葉に、多少おざなりな返事を返して処理してみせたバーンスは、思いもよらず戸惑いを隠しきれない自らの胸中を無理矢理に抑えにかかった。
そして、普段の様相とは全く異なる柔和的暖かさを振り撒く彼女の態度に、今まで心の中に形作っていた彼女へのイメージが、全く別のものへと切り替わってしまう様な錯覚に囚われてしまった。
(ジャネット)
「取り敢えず一時的には別行動になるけど、デモアキート部隊の支援も受けられる訳だし、お互いに何かあれば直ぐに連絡するって事で。通信システムは常にBモードを維持する事にしましょ。」
(バーンス)
「解った。それで良い。」
(セニフ)
「でもさ。FTPフィールドを使って隠れる素振りも見せないって事は、やっぱりそれが罠か何かって可能性もあるよね。だったら私、先行してちょっと相手の様子を窺ってみるよ。ジャネットとロッコはC5ルートを辿って廃墟地帯に降りて来て。」
(ジャネット)
「解ったわ。あまり無茶はしないのよ。」
(セニフ)
「勿論そのつもりだけどさ。危なくなったらすぐ助けに来てよー。」
(ジャネット)
「はいはい。解りました。」
(ルワシー)
「おおー。出たか出たか?お得意の猪突猛進爆走モード。行ったきり帰って来やしねぇ鉄砲玉が、飛んでく前に助けてよ~ってかぁ?」
(セニフ)
「うっさいなデブ!転がる事しか能がない、お前みたいな砲丸球に言われたくなよ!このバーカ!」
(ペギィ)
「うおーぅ。セニフも言う言う。」
バーンスにとってのジャネットは、にこやかな笑みを浮かべながら、他人との会話に興じる様な優しげな人物ではなかった。
周囲を取り巻く様々な外的要因に目を凝らし、最適な道筋を選んで歩み進もうと言う思慮深き人間でもなかった。
酷く冷たいハリネズミの様な刺々しさを持って、他者との接触を嫌う異端的はみ出し者。
周囲との協調性を一切排し、一人自分だけの道筋を思うがままに突き進む近視眼的無鉄砲者。
それが彼女に対する印象だった。
勿論、バーンス自身、ジャネットとの深い関わり合いを持って、そう言った印象を形作った訳ではなく、単に彼女の表層的一面を繋ぎ止めて、そう判断したに過ぎない事を自覚してはいた。
しかし、彼の脳裏に焼き付いていた彼女の行動、あのディップ・メイサ・クロー作戦で目の当たりにした、彼女の半狂乱的戦いぶりは、今し方脳裏に焼き付けられた彼女の声色と、どうしても一致し得ないもどかしさを生じさせ、彼の心の奥底に大きな波紋を広げるに至ったのだった。
(ジャネット)
「バーンス。出来ればデモアキート部隊に、対地攻撃支援を要請して欲しいんだけど、お願いできるかしら。小隊長って言ったって私初めてだし、ちょっと何だからさ。」
(バーンス)
「ああ。解った。デモアキート部隊との遣り取りは、全て俺に任せておけ。強襲歩兵部隊との連絡、調整も全部俺の方で面倒を見る。お前は常にフロア隊の事だけを考えて行動しろ。」
(ジャネット)
「解ったわ。ありがとう。」
そして、挙句の果てには、ありがとう・・・か、・・・などと、またしても意外性に富んだ一撃を持って、イメージを強く上書かれてしまったバーンスは、目の前のTRPスクリーン上を物凄い勢いで駆け抜けて行くセニフ機を見遣った後で、不思議と込み上げる笑みを鼻息に交え、口元を緩めてしまった。
長年に渡り、過酷な戦場を生業としてきた彼にとって、複雑怪奇に織りなす様々な事象を、その経験則によって一瞬にして判断し処理する事は、生き抜く上で必要不可欠となる上等手段であった。
しかし、余りに凝り固まった主観的見方に依存し続ける事は、無限に存在するはずの物の見方を窮屈に制限してしまう一方で、間違った物の捉え方をしてもそれと気付かぬ、盲目的偏屈者を生み出してしまう事にも成り兼ねない。
俺も随分と歳を食った・・・と言う事なのか・・・。
やがてバーンスは、次第に慌ただしさに見舞われ始めた周囲の様相へと視線を逃がすと、西方へと続く奥深い樹海の中へと意識を投げ入れ、右手の人差し指で通信システムのモード切り替え作業を行った。
(バーンス)
「マルコ。これよりネニファイン部隊は、南西側廃墟地帯に潜んだ帝国軍部隊に攻撃を仕掛ける。デモアキート部隊はこれに先行して対地攻撃を実行してくれ。」
(マルコ)
「こちらデモアキート部隊グリフィンワン。了解した。敵脅威2に対して北西側から侵入。ツインアローによる対地攻撃を実行する。現在、目標輸送機墜落地点上空付近を飛行中だが、今だ残る敵脅威1の機影は確認できず。」
(バーンス)
「了解マルコ。何か解ったら直ぐに知らせてくれ。それと、不意打ちを食らって落とされた、なんて報告は聞きたくないからな。」
(マルコ)
「心配してくれてありがとう・・・と言いたい所だが、地べたを這いずり回っている様な奴らに、この俺が落とされる訳ないだろう?お前の方こそ、魔境の森に食われて、骨すらも残らない様な死に方をするんじゃないぞ。俺は賭けポーカーでの負け分を、香典袋に捻じ込むなんて事はしないからな。」
(バーンス)
「お互いに生きて帰ったら、また相手してやるよ。」
(マルコ)
「ふっ。今の内に余裕かましてろ。この野郎。」
そして、大きな爆音を奏で出しながら、一つ、また一つと、後部バーニヤ部に赤々としたフレア光を焚き付ける、深緑色の僚機の姿を見て取ったバーンスは、昔馴染みの悪友「マルコ・シトレーゼ」との、相も変らぬ憎まれ口の応酬を繰り広げた後で、鼻で大きく一つ息を吸い込んだ。
コクピットハッチに固く閉ざされたトゥマルクの操縦席内からは、外界に漂う自然の香りを備に嗅ぎ取る事など不可能な事だが、戦地へと赴く今の彼にとっては、戦場と言う名の香りを少しでも感じ取る事が出来れば、それでよかった。
周囲に吹き荒れる荒々しき熱風の咆哮と、それを奏で出す巨大人型兵器の機械駆動音に塗れながら、意図的に落ち着けた心の奥底に、確かなる闘争心の種火を宿し入れたバーンスは、やがて、両の目の中にぎらつく様な鋭さを浮かび上がらせる。
(バーンス)
「ルワシー。ペギィ。準備は良いか。俺達も行くぞ。」
(ルワシー)
「おおうよ。」
(ペギィ)
「了ー解。」
静寂なる時を刻み続けていた過去の遺産「古都市マリンガ・ピューロ」周辺部にて、謀らずも相見えた両軍の戦士達は、この戦いの果てに、一体何を得、何を失うと言うのだろうか。
目に見えて直ぐにそれと解る多大なる戦果、もしくは甚大なる被害であろうか。
それとも、目には見えない何か・・・。
過去から未来へと無限に広がる枝葉の様な道筋を辿り、幾多の偶然性を踏み拉いて作り出される現実路が示すものとは・・・。
また、隠すものとは・・・。