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Loyal Tomboy  作者: EN
第八話「懐かしき新転地」
154/245

08-07:○スティーブ・マウンテン・ダイビング[1]

第八話:「懐かしき新転地」

section07「スティーブ・マウンテン・ダイビング」


青、青、青とした天空の力強い空色を背景に、くっきりと描き込まれた深緑の雲海が、荒々しき波面なみもを形成する奥深い山岳地帯で、煌々(こうこう)と照りつける真夏の日輪ひのわが、色濃きコントラストを生み出して、大自然のよそおいに激しき彩りを添えている。


周囲に吹き荒れる山風の肌触りも、何処か躍動的野性味を帯びて、次々と襲い掛かって来る様な雰囲気を漂わせており、招かざる客人達を、優しくもてなしてくれる様な気配は少しも感じられなかった。


嘗ての栄華をほのかに垣間見せる、巨大な人口的楼閣ろうかく群も、今ではもはや見る影もないほど、濃緑的原生林の食指しょくしに深々と食い破られ、ぐる日の支配者たる覇気の全てを、完全に吸い取られてしまったかの様な佇まいで、ひっそりとそびえ立っているだけだった。


遥か高い頭上で交錯していたはずの大きな陸橋群も、そのほとんどが橋げた部分だけを残して崩れ落ち、整然と道路脇に立ち並んでいたはずの街路灯や道路標識も、意気揚々(いきようよう)と生え育つ植物達の生命力によって、強引にぎ倒されているのが見て取れた。


人々の手によって生み出された人工的建造物の多くは、確かに容易には朽ち果て得ぬ運命を授けられた大いなる遺物達に違いなかったが、完全に死に絶えた街に寂しく取り残されたその様は、まるで巨大な墓場と言うに相応ふさしき様相であった。


そこは嘗て、セルブ・クロアート・スロベーヌ帝国の一時代を支えた、強大なる軍事要塞都市「マリンガ・ピューロ」跡地・・・。


(テヌーテ)

「ユピーチル様。クリューネワルト墜落地点まで残り6kmilsです。依然、敵地上部隊の機影は確認できません。」


誰もいない廃屋が連なる繁華街中心部にて、そんな光景を静かに眺めまわっていた金髪の青年は、通信機より流れ響いた可愛らしい声色に、フッと意識を揺り戻した。


そして、軽くサーチレーダーへと一瞥いちべつをくれると、徐に綺麗な金色の細髪を二、三回掻き上げ、再びTRPスクリーン上に映し出された情景の中へと視線を投げ入れる。


(ベトラッシュ)

「上空を旋回中の共和国軍戦闘機の動向からして、地上部隊の到着を待っている事は間違いないだろうが、俺達に対して全く攻撃を仕掛けてこない所を見ると、どうやら対地攻撃用火器を装備していないようだな。だとすると、このままクリューネワルトに、一気に取り付いてしまう手もあるが、どうする?ユピーチル。」


今にも崩れ落ちそうな背の低い廃ビルを背にしたまま、目の前に横たわる大きな幹線道路沿いの荒れ果てた姿を、ぐるり一通り見渡して見せた彼は、程なくしてコクピット内に響き渡った野太い声色と共に、力強く両手で操縦桿を握りしめると、軽く踏みしだいたフットペダルを持って、搭乗する小豆色のDQ機体を震わせた。


(ユピーチル)

「ふん。言わずと知れた事よ。今だ姿を見せぬ相手に対して、彼是あれこれと思案を巡らせるのは趣味じゃない。」


(ベトラッシュ)

「ふっ。まあ、お前ならそう言うと思ったよ。」


(ユピーチル)

「べトラ。周囲警戒索敵モードのまま、クリューネワルト墜落地点まで一気に駆け抜けるぞ。テヌーテはここでツィー・ハゲンの到着を待て。」


彼の名前は「ユピーチル・フローラン・レブ・ネノベル」と言った。


サラサラとした細い金色の髪の毛と、燃える様に赤い綺麗な両の眼を持ち、見るからに峻厳しゅんげんなるりんとした雰囲気を漂わせていた彼は、その高飛車たかびしゃなる高圧的態度から見て解る通り、帝国国内でも非常に格式の高い名家出身者と言う肩書を有した人物だ。


彼が着込んだ漆黒色のパイロットスーツも、要所を押さえて配された、綺麗なオレンジ色のラインによって煌びやかに彩られた高雅こうがな代物で、耳元で光り輝く高価なピアスや、左手首に巻き付けられた綺麗なブレスレット群なども、最前線で戦う他の一般の兵士達とは、あからさまに違う人種である事を、如実にょじつに示し現しているかのようだった。


(テヌーテ)

「いけませんユピーチル様。小部隊の分散化は更に危険度を高めるだけです。この地形では、カリッツォも十分に性能を発揮できないでしょうし、何より、ツィー・ハゲンとの連携が取れなくなる恐れがあります。ここは一度・・・。」


(ユピーチル)

「偉くなったものだな。テヌーテ。お前はいつから私に意見できる立場になったのだ?」


(テヌーテ)

「あ、いえ・・・。・・・申し訳ございません。」


そして、普段から小姑こじゅうとの様に小言を並び立てる茶髪の青年、「テヌーテ・ストラナー」に対し、鬱陶うっとうしげな顔色を浮かび上がらせながら、全く大人げない言葉を浴びせかけるのが彼の常だ。


勿論、ユピーチル自身、この茶髪の青年が発した言葉の確からしさを認識していた為、相反する適切な理屈理論を持って対抗し得た訳ではない。


しかし、毎回毎回事ある毎に用心深き慎重論を唱えるテヌーテの言動は、その何れもが己の矜持きょうじたる思いに水を差すものばかりで、彼としても、そう強引に捻じ伏せる以外に手立てが無かった。


そして、テヌーテが何故、その様な言動に終始しなければならないのか、その立場を理解してもいたユピーチルは、その後直ぐに、何処か落ち着かない居心地の悪さと共に、不意に沸き起こる後悔の念にさいなまれる事になる。


ユピーチルはふと、TRPスクリーンの一番右端に映し出される小豆色のDQ、テヌーテが搭乗する「AE-394R型カリッツォ」へと視線を宛がうと、いぶかしげな表情を浮かべながら右手で綺麗な金髪を掻き乱し、軽い溜息を吐き出してしまった。


テヌーテは、幼い頃からネノベル家に仕える使用人の一人で、ユピーチルにとっては、お互いに兄弟とも言うべき間柄で育った仲だ。


勿論、常に下手側から敬語を用いるテヌーテと、常に上手側から命令口調を用いるユピーチルとの関係は、あからさまに見てそれと解る主従関係にあった事は間違いないが、ユピーチル、テヌーテ共に、お互いがお互いをそれ程遠くに感じていた訳ではなかった。


(ベトラッシュ)

「心配するなテヌーテ。俺達二人がそう簡単にやられるはずが無い。お前だって、俺達の腕を全く信用していないって訳じゃないだろ?」


(テヌーテ)

「それは・・・そうですが・・・。」


(ユピーチル)

「お目付け役たるお前の立場は私も重々承知しているが、この機動小隊の指揮官は私だ。そしてお前は私の手足となって働く一兵士に過ぎない。余り余計な口出しをしないでもらおうか。」


(テヌーテ)

「・・・解りました。」


(ユピーチル)

「今作戦におけるお前の役割は、作戦エリア周辺周域の索敵行動と、ツィー・ハゲンの積み荷回収作業を補佐する事にある。もし、我々が共和国軍と戦端を開く事になったとしても、お前は戦闘に介入する必要はないからな。」


(テヌーテ)

「はい。」


テヌーテは、ユピーチルが放つニベもない態度そのものが、本当の彼を示し現す全てではない事を知っていた。


そして、何の考えも無しに一人我が道を突き進む無鉄砲者でも、周囲の者達の思いを全く歯牙にもかけぬ高圧的専横者でも、ひねくれ者でも無い事を知っていた。


テヌーテにとっての本当の彼は、非常に人情味に溢れた心優しき好青年だったのだ。


当然、その事を面と向かって彼に言って聞かせれば、にわかに顔を赤らめて憤怒ふんぬの形相を浮かび上がらせる為、その様な色合いを滲ませた言葉を口にする事は出来なかったのだが、最終的に黙って彼の言に付き従う態度へと鞍替くらがえしてしまうのも、そう言った思いがあったからに他ならなかった。


そして、そんな二人の関係を良く知る「ベトラッシュ・レブ・デューター」もまた、ユピーチルが内面に抱き持つ心優しき一面を知る人物の一人であり、上位者たる立場を利用して強引にテヌーテを捻じ伏せにかかるユピーチルの言動を、無為に差し止める様な真似はしなかった。


しかし彼の場合、いつもいつも虐げられる側へと自ら身を引くテヌーテの事を、多少可哀想だとも感じていた様で、もそれが当然であるかの様に振る舞うユピーチルに対し、時折神経をチクチクと逆撫さかなでする、からかいの言葉を投げつけるのだ。


言うなれば彼は、テヌーテ擁護派だった。


(ベトラッシュ)

「おいおいユピーチル。そんな回りくどい言い方をしなくてもいいだろ?テヌーテを危険な目に合わせたくないって、素直にそう言えばいいじゃないか。」


(ユピーチル)

「なんだとべトラ!私がその程度の理由で、自らの戦術論を捻じ曲げるとでも思っているのか!?私はただ・・・!」


(ベトラッシュ)

「はいはい。解っていますよユピーチル大尉。王都の貴婦人方に絶大な人気を誇るユピーチル大尉は、何者をも恐れぬ傲岸不遜ごうがんふそん無頼漢ぶらいかんって、そう言う設定になっているんだよな。心優しき純朴な好青年と言うお前の内面は、俺の心の中だけに仕舞って置く事にするよ。」


(ユピーチル)

「こいつ・・・!好き放題言わせておけば・・・!」


(ベトラッシュ)

「はっはっはっ。まあ、そう眉間にしわを寄せて、いきり立つ事も無いじゃないか。折角の綺麗な顔が台無しだぞ。こう見えても、俺はお前の事を褒めてやってるんだぜ。少しは素直に喜んでくれたっていいんじゃないか?」


(ユピーチル)

「ふん。そんな安っぽいおだて言葉で舞い上がる程、私は陳腐ちんぷな人間ではないのだよ。何が心優しき純朴な好青年だ。自分で言ってて恥ずかしくないのか君は。」


(ベトラッシュ)

晩餐会ばんさんかいで貴婦人方に言って聞かせる、歯が浮く様なお前の賛辞に比べれば、大分マシな方だと思うがな。」


(ユピーチル)

「ちっ!余計なお世話だ!」


高貴なる身分を持つユピーチルに対し、全く歯に衣を着せぬタメ口をかまして見せるベトラッシュは、今年で二十歳になるユピーチル、十九歳になるテヌーテより頭一つ抜け出た、今年で二十四歳を迎える品の良い人格者だ。


家柄としてはネノベル家に遠く及びもつかないものの、これまた高級貴族と称すに相応ふさわしき身分の持ち主であり、贅沢な金の文様によって彩られた彼のパイロットスーツも、ユピーチルに負けず劣らずの質的良さを有した代物だった。


ほのかに緑がかった収まりの悪い黒髪に、シンプルな丸眼鏡から覗く細く垂れた目尻が特徴的である彼の様相は、他の二人と比べて、あからさまに成熟した大人の色香を強く印象付ける雰囲気を漂わせており、血気盛んな暴れ馬たるユピーチルの扱いについても、それなりに要領を得た体裁ていさいの良いものだった。


彼は、軍階級的に言えばユピーチルと同格、帝国軍大尉の称号を有している人物で、周囲の評価では、彼の方が隊長として相応しき人物であるとの呼び声も高い。


しかし彼は、年齢的に下位者であるユピーチルの部下と言う自らの立場に、特に強い不満を抱いていた訳では無く、逆にその状況を楽しんでいるかの様でもあった。


(ベトラッシュ)

「まあ、何にせよ。今回が初めての実戦となるテヌーテを、最前線に駆り出さなくても良い様に、俺達がしっかり頑張らないとな。ユピーチル。」


(ユピーチル)

「当然だ。この程度の作戦任務で二の足を踏んでいては、この先ゲイリー様のお役になど立てん。」


ユピーチルはそう言うと、真っ白なグローブを嵌めた両手で、操縦桿をギュッと強く握りしめ、ぎらつく様な赤光しゃっこうを宿した両目を持って、人工的深緑の世界を睨めつけた。


そして、勢い良く右足でフットペダルを踏み拉き、ごうごうと唸りを上げ震える自らの機体に猛烈な加速度を加え入れた。


(ユピーチル)

「見ているがいいテヌーテ。戦場における我々二人の働きぶりを。」


(テヌーテ)

「御武運をお祈りいたします。ユピーチル様。どうかお気を付けて。」


けたたましき爆音と、強烈な暴風を周囲に吹き荒れさせて、羽ばたく様に左右三枚づつの巨大な鉄の翼を広げた小豆色のDQが、翼の裏側に取り付けられた無数の小型バーニヤを煌々(こうこう)と点滅させながら、繁華街を貫く大きな幹線道路へとその機体を滑り出させる。


と、それと同時に幹線道路対岸からも全く同型となる機体、ベトラッシュが搭乗するDQが飛び出し、先行するユピーチル機の直ぐ後ろを追走する形で、勢い良く進攻ルート上の粉塵を巻き上げた。


この二人が搭乗する小豆色のDQは、帝国軍内においては珍しい部類に入る汎用型人型機動兵器「AE-394型カリッツォ」の改良機で、その機体の扱い易さと改良のし易さから、幾多の亜種を生み出すに至った機種である。


中でも「Y3型」の改良番号を付与された彼等二人の機体は、元々カリッツォが持つ高い機動性を、更に飛躍的に向上させる事を目したもので、両肩を軸にして自由に稼働する、大きな楕円形の三枚羽根が特徴的な機体だった。


テヌーテが搭乗する「R型」カリッツォについては、元々この機体が持つ華奢きゃしゃなる様相を、そのままに有した外観となっていたが、ユピーチル、ベトラッシュの両名が駆る、この「Y3型」カリッツォに関しては、全く機種さえも異なる重厚な威圧感をまとい有しており、強烈な突進力と凄まじき旋回性能を持って戦場を駆け抜ける、勇ましき豪傑ごうけつと言った雰囲気を漂わせていた。


とは言え、そんな荒々しき暴れ馬を激しく駆り立て、もはや道路とも呼べぬ不整地の上を全速力で疾走する彼等二人の移動軌跡は、適所適所で立ちはだかる障害を小気味良くスムーズに回避し行くもので、非常に柔和的にゅうわてき滑らかさを感じさせるものがあった。


それは言うなれば、二足歩行兵器としてはあるまじきスピード、あるまじき挙動を持って不整地に描き出された半直線的最短ルートであり、彼等が如何に卓越したDQ技術を有した戦士達であるかを、如実に物語っているかの様だった。



実際、彼等二人は入隊してから今だ一年半に満たぬ軍歴しか有していない、云わばひよっことも言うべき新米兵士であり、戦場において多大な戦果を挙げて、のし上がってきた戦士ではない。


両者が共に有する帝国軍大尉の称号も、まさに高級貴族出身者と言う、高い身分の持ち主達だけに与えられる特権的御祝儀であるとの見方が強く、彼等二人に対する世間一般的風評も、それほど高いものではなかった。


しかしそれは、彼等二人の実力を露とも知らない不見識者による空言に過ぎず、彼等ののし上がり振りに不満を抱く者達の悪言であったともされ、真に彼等が有する能力の高さを公正に称したものではなかった。


少なくとも彼等が、幼少の頃からDQと言う兵器に慣れ親しみ、幾多のDQA大会で数々の栄光を勝ち取ってきた猛者達であると言う事実を知らしめれば、彼等に対する見方を変えざるを得なくなる事であろう。


帝国内でも指折りの精鋭軍団ストラントーゼ軍へと入隊した当初から、彼等二人の事を非常に重用して来た「ゲイリーゲイツ・トロ・ナイト」などは、彼等が持つ真の実力を知る数少ない有識者の一人であったと言える。


彼等は今、ストラントーゼ軍ゲイリーゲイツ将軍帰下の機動部隊に所属する兵士だった。


(ベトラシュ)

「ユピーチル。進攻ルート上のエネンクワドル公園跡地が、こないだの大雨で完全に水没してしまっているみたいだぞ。どうする?南北の何れかに大きく迂回して進むか?」


(ユピーチル)

「いや、最新の地形データと水没地域の水嵩みずかさを照合してみると、右辺ルート107ラインは、それほど深く沈み込んでいないようだ。このカリッツォなら、一気に渡湖してしまえる程度だろう。」


(ベトラッシュ)

「了解。派手好きのお前には、ピッタリの進攻ルートだな。へまをやらかして水面みなもに足を取られるなよ。」


(ユピーチル)

「ふん。それはこっちのセリフだ。」


帝国国内におけるDQA大会は、トゥアム共和国内で開催されるそれとは違い、非常に秘匿性が高いもよおし物として開催される事が多々あり、特に高貴なる身分を持つ貴族達がパイロットとして登場する様な大会については、ほとんど世間に周知される事など無い。


それは、そのDQA大会に参加するDQのほとんどが、高級貴族達各々が持つ独自の開発技術力によって生み出された、特別特注の新型機であったからに他ならず、おいそれと周囲にひけらかせるものではなかったと言うのが、大きな理由の一つだ。


そして、そう言ったDQA大会を観戦できると言うのも、その人自身が持つ身分の高さを象徴する要素であると言われ、帝国国民達に娯楽を提供すると言った世俗的目論見など、当初から考えもしない輩達の集いと言っても過言では無かった。


彼等高級貴族達にとって、その自らが持てる開発技術力の高さを誇示こじする相手は、それが真に解る同じ趣向を有する同調者達だけで十分だったのである。


もっとも、だからと言って、DQA大会なる代物が、全く帝国国民達に馴染みの無いものであったかと言えばそうではなく、一般市民達を含め、貧民階層者達の成り上がりの場として開催されるDQA大会等は、帝国国内でも非常に人気が高いもよおし物の一つとして認知されていた。


しかし、そう言った一般市民向けに開催されるDQA大会のほとんどが、有能なDQパイロットを見出したいが為に開催される軍主催の大会で、高貴なる身分を持つ貴族出身者がDQパイロットとして参加する事など、まずありえない話だった。


とどのつまり、ユピーチル、ベトラッシュの両名がこれまでに参加して来たDQA大会は、その全てが前述した非常に秘匿性の高い大会に該当する代物ばかりで、彼等の活躍振りが直接一般市民達の目に触れる事は無かったのである。


勿論、そう言ったDQA大会で活躍する事自体に、何ら意味が無かった訳ではなく、知る人ぞ知る的に広まった人々の風評によって、英雄視される事になったDQパイロットも、帝国軍内部には数多く存在している。


しかし彼等二人の場合、DQパイロットとして所属していたチーム陣営の旗色、つまりは、親ロイロマール派か親ストラントーゼ派かと言う、大分類派閥の違いによって、その栄光の全てを黙殺される事になってしまったのだ。


現状、帝国軍内部における派閥勢力図は、ストラントーゼ派兵士達によって、完全に牛耳られる始末となっており、ロイロマール派兵士達にとっては、非常に肩身の狭い思いを余儀なくされる状況に陥ってしまっている。


元々が親ロイロマールである彼等二人の家柄をかんがみれば、それも当然の事だと言う他なかった。



やがてユピーチルは、目の前に現れ出た大きな水溜りの中へと、勢い良くカリッツォを突っ込ませると、激しい水飛沫みずしぶきを綺麗に左右に吹き上がらせながら、一気に対岸へとその身を滑り込ませた。


そして、TRPスクリーンに映し出される相も変らぬ廃屋の連なりを再度見渡して、非常にクリアなサーチ結果を表示するモニターへと視線を落とし込むと、手慣れた手つきでカリッツォの右手に装備された中距離型アサルトライフル、「HV192-T64」の弾丸装填作業を並走して行う。


(ユピーチル)

「フィールド濃度計の数値は終始5%前後か。かなりクリアな状態が保たれているな。」


(ベトラッシュ)

「どうやら敵の不意打ちを警戒する必要はなさそうだが、ここから先、更に森が深くなって行くぞ。大自然のトラップには気を付ける様にしないとな。」


エネンクアドル公園跡地に広がる水源地帯周辺部は、先程彼等が待機していた繁華街と比べ、幾許いくばくか見晴らしの良い風景が広がっていたが、それは水平方向に広がる景色についてのみ言える事であって、周囲に立ちそびえる巨大な木々達の枝葉群に遮られ頭上は、完全に深緑の洞窟内と言うに相応ふさわしき様相をかもし出していた。


マリンガ・ピューロ都市中心部を離れるに連れて、次第にその背丈を降下させ行った巨大な建物群とは相反し、呆れるほどにその背丈を急上昇させて行ったのが、「ミュートローズド」と呼ばれる樹海の木々達だった。


巨大な人型機動兵器DQに搭乗した状態にありながらも、見上げねばその全貌をつぶさに観察できぬ程に育った木の幹は、カリッツォ一機分を丸々と覆い隠してしまう程の、濛々(もうもう)たる貫禄を兼ね揃えており、時折、自分が小人の世界へと迷い込んでしまったのではないか・・・、と言う錯覚にさえさいなまれてしまう程である。



ユピーチルは、公園外周部をぐるりと囲むグネグネとした細い道路を、しばし北に突き進み、東方側へと広く開けた片側二車線の大通りを目の前にして、静かにその足を止めると、TRPスクリーン左手隅に表示された最新の地形データへと視線を宛がった。


そして、後方から追いすがるベトラッシュ機の走行音を聞いた彼は、右手の人差し指で軽く前髪を巻き取る仕草を奏で出しながら、小さい吐息を一つ吐き零す。


(ユピーチル)

「このまま街中を東へと突き進んでも良いが、第一城塞壁より向こう側は、かなり地形的に入り組んだ構造になっているな。一体どうなっているんだこれは。」


(ベトラッシュ)

「魔境の森に食われて死んだ都市の残骸が、山の様に山積してるって事なんだろ。噂では、東地区は完全に原型を止めていないって話だからな。」


(ユピーチル)

「・・・だとすると、今の内に北側の棚台へと這い上がった方が吉か・・・。」


ユピーチルは、独り言とも取れる小さな呟きを吐き出すと、進攻予定エリアの地形データを多角的視点から観察できるよう、メインモニター下部に取り付けられた大きなダイヤルをグリグリと左右に回し動かした。


そして、東側へと延びる片側二車線の大きな幹線道路の向こう側、直ぐ目と鼻の先まで迫った巨大な城塞壁を潜り抜けたその先に、何ら目ぼしき進攻ルートを見出し得ない事を悟り取ると、今度は全く別の視点から考察を開始し、新たなる進攻ルートを探索し始める。


確かに高機動軽量型である彼等のDQカリッツォの性能を持ってすれば、それ程神経質になって進路を選別する必要など無いと言えるが、今だ共和国軍が姿を見せぬこの状況下にあって、彼は街中へと潜り入る事によって、身動きが取れなくなってしまう事態を嫌ったのだ。


城塞壁を抜け出た向こう側に広がる都市道路の多くは、山積した数多くの瓦礫群によって埋め尽くされた状態にある様で、東側へと抜ける大きな幹線道路以外には、全くと言って良い程良好な迂回路が存在しない様子だった。


(ユピーチル)

「べトラ。第五環状ルート沿いを北上した先に、棚台へと続く緩斜面があるだろう。ここを一気に登り切って、崖上を東進する事にするぞ。」


(ベトラッシュ)

「いや・・・ちょっと待て。ユピーチル。」


(ユピーチル)

「何だ?何か文句でもあるのか?」


(ベトラッシュ)

「そうじゃない。二時の方向約10kmils。」


しかし、そんなユピーチルの思惑とは裏腹に、唐突に否定の意思を叩き返した野太い声が、やけに落ち着き払った態度のまま、事態が急変した事を告げ知らせると、ユピーチルはにわかに表情を強張らせ、直ぐに真っ赤に光る両の目をサーチモニター上へとくくり付けた。


それは確かに予め予測し得た事態と言うに相応ふさわしき現象で、サーチモニター上の北東方向から、突如として姿を現した一つの赤い光点が、ゆっくりとではあるが真っ直ぐに、中型輸送機墜落地点へと突き進んでいる様が見て取れた。


そして程なくして、その移動軌跡をなぞる様に姿を現した、デルタ陣形を成す三つの光点が、その背後をピッタリと追走して行く。


(ユピーチル)

「移動速度と高度から推測して、共和国軍の強襲型輸送機だな。ベイロード的にDQ六機二小隊って所か。」


(ベトラッシュ)

「恐らくそんな所だろう。ようやく招かざる客人達のご到着って訳だ。さーて。お持て成しの方法はどうする?ユピーチル。どうやらお供に三機のオートジャイロを連れている様だぜ。」


(ユピーチル)

「望むべくして御足労いただいた客人達ならいざ知らず、望まぬ客人達を相手に礼儀正しき紳士を振る舞って見せても仕方があるまい。彼等にはそれ相応の趣をらした、特別な応接室を用意してやる事にしよう。」


ユピーチルはそう言って、ほのかに小さな笑みを浮かべて見せると、金色の前髪を優しく掻き上げた右手を持って、操縦席の脇に置き放たれていた漆黒色のヘルメットを掴み取った。


そして、右足と左足の操作だけで器用にカリッツォを半旋回させつつ、機体背後に取り付けられた全てのバーニヤに、赤々とした業火ごうかを灯し入れる。


静かに被り経たヘルメットの中に、高級貴族出身者と言う肩書の全てを隠し入れ、遥か東方森の奥深くへと続く幹線道路を睨み付けた彼は、もはや最前線で死闘を繰り広げる戦士たる存在以外の何者でもなかった。


彼はゆっくりと両手で操縦桿を握りしめると、サーチモニター上で徐々にその数を増やし行く敵部隊の動向を見て取った後で、カリッツォの両肩から生え伸びる片側三枚づつの大きな鋼鉄の翼を、小刻みに三回ほど羽ばたかせた。


(ユピーチル)

「さあ。それでは行くとしようかべトラ。」


(ベトラシュ)

「ああ。」


そして、不意に態勢を深く沈みこませたカリッツォの機体に、右足で猛烈な推進力を踏み与えてやると、東側に延びる大きな幹線道路を全速力で疾走し始めた。



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