表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Loyal Tomboy  作者: EN
第八話「懐かしき新転地」
152/245

08-05:○酷暑へと至る朝方の情緒[3]

第八話:「懐かしき新転地」

section05「酷暑へと至る朝方の情緒」


(ペギィ)

「ねぇねぇシル。ジョルジュの姿が何処にも見当たらないんだけど、何処行っちゃったのかな。」


(シルジーク)

「あぁ。ジョルジュならさっき、10、11ローテ小隊の受け入れ作業で、第四格納庫に行ったよ。多分しばらく帰って来ないと思うぞ・・・って、お前、まだこんな所にいたのか。早いとこ・・・。」


(ペギィ)

「ええっー!!?何よそれー!!」


それは、運命によってもたらされた新たなる厄災などではなく、彼自身の怠慢たいまんによって導き出された、自業自得なるしっぺ返し。


彼は、ペギィに甲高い怒声を浴びせかけられるまで、全くその事に気付いていなかった。


(シルジーク)

「あっ!・・・・・・そう言えば、完全に忘れてた・・・。」


(ペギィ)

「忘れてたぁ~~~!?昨日私があれだけお願いしたって言うのに!!忘れてたってなによ!!しかも完全に忘れてたって!!ほんともう使えない男なんだからあんたは!!この役立たず!!」


(シルジーク)

「何だよ。そんなに目くじら立てて怒る事ないじゃないか。今度、また今度、ちゃんとセッティングしてやるから。それで良いだろ。それで。」


昨日の晩、パレ・ロワイヤル基地周辺部の哨戒任務を終えて帰還したペギィは、偶々自分の機体整備担当者となっていたシルの事を、無理矢理に人気のない格納庫裏へと連れ出すと、そこで突然、思いもよらぬ要求をシルに突き付けてきた。


それはシルにとって、迷惑千万極まりない面倒事に他ならなかったが、彼女の強引なるごり押しに根負けしてしまったシルは、渋々彼女の頼み事を聞いてやる事になってしまった。



ねぇシル。明日の出撃準備作業中にさ。


ジョルジュに、私の所まで来てくれるよう・・・伝えておいてくれないかしら。


私、それまでに頑張って、気持ち作っておくからさ。



何だよ気持ちを作るって。



馬鹿!そのぐらい察してよ!


女性が気持ち作るって言ったら、好きな男性に告白する時以外ないじゃないの!



とどのつまりシルは、ペギィがジョルジュに愛の告白をする為の環境作りを手伝うと言った、非常に重要な任務を言い渡されていた訳で、彼女からしてみれば、まさか忘れていたなどと言う安易なる理由を持って、約束を反故はごにされるなど、思ってもみなかったのかもしれない。


勿論、シルとしてもわざと故意に約束を破り捨てた訳ではなく、ただ本当に失念していただけの話なのだが、然程さほどその事を重要視していなかった事も事実で、ペギィが怒るのも当然の事と言えた。


(ペギィ)

「な~によ!その言い草!!良い訳ないじゃない!!今まで一生懸命気持ち作ってきた、私の思いはどうなるのよ!!この馬鹿!!この薄らトンカチ!!」


(シルジーク)

「本当に忘れてたんだから、しょうがないだろ。」


(ペギィ)

「しょうがないって・・・ちょっとあんた!!少しは私の気持ちも考えてよね!!私はね!!今日明日直ぐに死んじゃうかもしれない身なのよ!?これでもう二度と彼に会えなくなるかもしれないのよ!?それを、あんた・・・しょうがないだなんて・・・。ほんとあんたも、あの醜い鶏トン公と一緒だわ!!あんたみたいな男に頼んだ私が馬鹿だった!!」


シルはこの時、ペギィの放つ非常に鬱陶うっとうしき言葉のまとわり付きを、如何に簡単にあしらってやるべきかと、おざなりな返事を突き返しながら考えていた。


しかしその途中、ペギィの放った痛烈な一言によって、心の臓を強く打ち付けられてしまうと、にわかに神妙な面持ちへと表情を切り替え、不意に彼女から視線を切り捨ててしまった。



そうだ。確かに言われてみればその通り・・・。


戦地へと赴き、命を賭して戦う者達にとって、今日を確実に生き残れる保証なんてどこにもない・・・。


今日と言う日、今と言う時を逃せば、もう二度とその機会に巡り合う事が出来なくなってしまうかもしれないんだ・・。


言うなれば俺は、これで最後になるかもしれないから・・・と言う覚悟を持って、好きな相手に告白しようと心に決めたペギィの決意を、忘れていたなんてらちも無い理由で、踏みにじってしまった事になる・・・。


最後・・・。死・・・。もう二度と・・・。



(シルジーク)

「ペギィ。・・・あの、ごめん・・・。俺が悪かった。」


(ペギィ)

「何よ今更!!誤って済む問題じゃないでしょ!!折角こんなにお洒落までしてきたって言うのに!!ほんとあんたのせいで全部水の泡だわ!!」


(シルジーク)

「ごめん・・・。ほんとごめん・・・。」


(ペギィ)

「ごめんごめんってねぇ!!あんた・・・・・・何よ。急に・・・。妙にしおらしくなっちゃって・・・。いつもの勢いはどうしたのよ。いつもの勢いは。」


(シルジーク)

「だって・・・。その・・・。ごめん・・・。」


相手から突き返される反応の全てを逆手に取り、いつなんどき如何なる言動に対しても、まくし立てられるよう身構えていたペギィが、不思議と唐突に意気消沈したよそおいを全身にまとい被って、謝罪の一手へと身を引き込ませたシルの態度に、驚いたように声色を変えた。


そして、吐き付ける口調をそのままに保ちつつも、あからさまに態度を豹変させて、その場を取りつくろう言葉を並べ立て始めた。


彼女もまさか、シルがこんなにも真摯しんしなる態度に打って出るなど、思ってもみなかったのだ。


(ペギィ)

「・・・。あぁーっ!ぅんもう!そんな顔されたら、こっちだって困っちゃうじゃない!いいわよ別に!そんなに気にしなくても!私もそんなに気にしてなんかいないんだし!大体、私はね。今日死ぬつもりなんてサラサラ無いわよ。明日も明後日も、その次の日も、ずーっと死ぬつもりなんて無いんだから。今日だってちゃーんと生きて帰って来るわよ。ねー。セニフー。」


(セニフ)

「えっ?えっ?何?」


そして、ようやくシルの元へと辿り着いたばかりのセニフに対し、解るはずもない先の話題の終端部分をなすり付けると、今だ浮かない表情で凝り固まっていたシルを余所に、新たに見出した会話の入口へと屈託くったくの無い作り笑いをじ込んでいく。


どうやら彼女はこういった展開が苦手なタイプらしい。


ペギィは、徐にセニフの手首を掴み取って、強引に彼女の身体を引き寄せると、シルに背を向ける様にして少しばかりの距離を取り、セニフの首元へと巻き付けた右腕を持って、彼女の身体を羽交はがい絞めにする。


そして、小刻みにもがき苦しむセニフの耳元に顔を近づけて、小声でこう話しかけるのだ。


(ペギィ)

(ねぇねぇセニフ。あなたジョルジュと仲が良いでしょ?年齢も近いんだし、今度私の為に彼を誘い出してくれないかな。)


(セニフ)

「ええっ?ちょっ・・・私が?・・・えっと・・・。」


(ペギィ)

(私ね。ジョルジュの事が、ほんと大好きで大好きでしょうがないの。だからねっ。お願いっ。一生のお願い。ねっ。)


(セニフ)

「で・・・でも、・・・そういうのは、自分でやった方が・・・良いと思うけどなー。」


(ペギィ)

(いいじゃない。いいじゃない。セニフなら簡単にできるでしょ?いつもいつもジョルジュと仲良く話してる所、私見てるんだから。セニフなら絶対上手くいくと思うのよね。私ね。本当に大好きな人の前では上がっちゃってさ。まともに会話する事すら出来なくなっちゃうんだ。だからお願い。セニフ。こんな哀れな私を助けると思って、お願いっ。)


(セニフ)

「えーっ?・・・でも・・・。やっぱり・・・。」


(ペギィ)

(あーっ。じゃあさ。その代わりって言ったら何だけど、今度私もセニフの為に男の子を呼び出してあげる。それならいいでしょ?お互いがお互いにギブアンドテイクって事で。ねっ?)


(セニフ)

「ええっ?・・・そ、・・・そんなの困るよ・・・。」


ペギィの放つその可愛らしい猫撫で声は、確かに温和でいて優しい口調のまま、セニフの耳元へと送り届けられていたが、かなりの強引さを有して会話を推し進めて行くその圧力は、周囲から自己中心的お転婆娘として認識されていたセニフにとっても、かなり辟易へきえきとしてしまうのものだった。


・・・と、言うよりも、あからさまに戸惑いを隠しきれなかったと言う方が正しいであろうか。


何よりこの時まで、セニフはペギィと言葉を交わした事がなかったからだ。


セニフとしては、自らが持つ社交的精神を総動員させて、何とか受け答えを成り立たせていた所なのだが、やはりと言うべきか、初対面の相手に対しても全く警戒心を抱かぬ、ペギィの馴れ馴れしさには打ち勝つことができず、セニフは、荒波に揉み砕かれるように会話の渦へと引き込まれて行ったのである。


(ペギィ)

(大丈夫よ。大丈夫。私に任せておけば、絶対に上手くいくわ。大船に乗ったつもりで安心しなさいって。ほらほら。セニフは誰の事が好きなの?言ってごらんなさいよ。ジョルジュ・・・って言われると、私もちょっと困るけど、それ以外の子なら私が何とかしてあげるわよ。)


(セニフ)

「・・・す、・・・好きな人って・・・いきなり言われても・・・。」


(ペギィ)

(ほーら。恥ずかしがる事無いじゃない。女の子同士なんだし。大好きな男の子を目の前にしてるって訳じゃないでしょ?お姉さんに言ってみなさいって。力になってあげるわよ。)


(セニフ)

「えっと・・・その・・・。」


(ペギィ)

(あー。解った。セニフー。貴女、自分に自信が無いとかって言うんでしょ。そんなに可愛らしい顔してながら、贅沢な悩みねぇー。)


(セニフ)

「そ・・・そんな事ない。そんな事ないって・・・。」


(ペギィ)

(私さー。セニフがニコーっと可愛らしく笑って見せれば、大抵の男はコローっといっちゃうと思うのよね。その上、お化粧なんかしちゃったらさー・・・。あ、そうだ。今度私がお化粧の仕方教えてあげよっか?)


(セニフ)

「え?・・・お化粧?」


(ペギィ)

(うんうん。セニフならほんと、びっくりしちゃうぐらい美人になっちゃうと思うわ。ちょっとお化粧したぐらいでも、女性って見違えちゃうんだから。私ね。ほんとセニフの力になりたいのよ。だって勿体ないじゃない。セニフみたいに可愛らしい女の子が、毎日毎日作戦任務に明け暮れるだけなんてさ。セニフだって、偶には好きな男の子と、デートなんかしたいなーって、思ったりする事あるでしょ?)


(セニフ)

「・・・・・・そりゃ、まぁ・・・。」


(ペギィ)

(そうでしょう?そうでしょう?だからさ。私がセニフの愛のキューピッドになってあげる。ほんと頑張っちゃうんだから私。セニフの為なら何でもしてあげるわよー。だ・か・ら・さー。セニフの好きな人。私に教えてくれないかなぁ。)


(セニフ)

「う・・・・・・うー。」


セニフは困っていた。非常に困っていた。


自らの意思を持って返答できる全ての道筋を断ち切られた挙句、最後に示された一本道を渡るよう強引に強要してくる、そのペギィの優しげな笑顔に。


それはまさに、誘導尋問と言うに相応ふさわしきペギィの遣り口で、セニフはもはや、その会話の趣旨が変ってしまっている事にすら、気づかない様子だった。


恐らく、こう言った輩の意地悪な魔の手から逃れ出る為には、それ相応の巧みな切り返しを持って、相手をじ伏せる以外に手立てはないのだろうが、普段からその場の勢いに任せて言葉を発してきた、やんちゃなるお子様風情には、まだ、そんな高尚なる会話技術が備わっているはずもなかった。


セニフは、刻々と移り変わり行く会話の内容をじっくり吟味する事も出来ず、ただただ浴びせかけられるペギィの言葉に、つたい反応を見せる出来なかった。


(ペギィ)

「あれっ?セニフ。・・・もしかして、好きな男の子とかいないの?」


(セニフ)

「あ・・・いや。・・・・・・・・・。べ・・・別にぃ・・・。」


そして、頬と頬とが触れ合う程に、間近へと迫ったペギィの表情にチラリと視線を宛がうと、自分の表情をまじまじと観察する好奇心旺盛な瞳の存在に気付き、にわかに頬を赤らめながら下を俯いてしまった。


同性同士であるにもかかわらず、こうも顔を近づけられて、気恥ずかしい思いにさいなまれてしまうのは何故だろうか・・・。


セニフはふと、そんな詮無せんない思考に、わらをも掴む思いで必死にすがり付くと、滴り落ちる額の汗を拭う事もできないまま、じっと黙り込む他なかった。



(ペギィ)

「あっははははははっ。ごめんごめんセニフ。ちょっとからかって見ただけよ。冗談。冗談なんだから。」


(セニフ)

「えっ?」


(ペギィ)

「セニフがさー。余りにも可愛らしい反応するからさー。ちょっと意地悪してやろうかって思っただけ。ほんとごめんねぇー。」


(セニフ)

「・・・えっと・・・じゃあ、ジョルジュの事を好きだって言うのも・・・。」


(ペギィ)

「ううん。それはほんと。彼の事はほんとに大好きなんだから。でもね。愛の告白なんて、実際自分一人で出来るし、他人を困らせてまで人に頼んだりしないわよ。」


(シルジーク)

「なぬっ!?」


するとこの時、非常に辛気臭い面構えで負たる感情の穴蔵へと沈み込んでいたシルが、唐突に開示されたペギィの本意に感敏なる反応を示し、徐に頭をもたげて眉間にしわを寄せた。


勿論、シルも一瞬まさかとは思った。


しかしその直後、可愛らしい仕草を持って態勢をひるがえし、シルに向かって小憎らしい薄ら笑いを浮かべて見せたペギィの態度が、彼の脳裏に渦巻いた疑念を確信へと書き換える十分な根拠となった。


あれだけ物凄い剣幕を持って、人の失敗をまくし立ててきたペギィの行為が、実は、シルをおちょくる為だけに繰り出された、偽りの悪行であったとは・・・。


(ペギィ)

「あっらー?聞こえちゃった?ごめんねぇシルー。あっはは。」


(シルジーク)

「お前な・・・。あははじゃないだろ。あははじゃ・・・。俺はほんと、お前に悪い事したなーって、そう思って、物凄く反省してたんだからな。ほんと勘弁してくれよ・・・。」


(ペギィ)

「だからごめんってば。そんなにブーたれる事ないじゃないの。シルだって私との約束、完全に忘れてたんだから、これでおあいこよ。おあいこ。」


(シルジーク)

「おあいこって・・・。大体お前、もし俺が約束通り、ちゃんとジョルジュを連れて来てたら、どうするつもりだったんだよ。」


(ペギィ)

「あーっ。その時はその時よ。私は元々、彼の反応をちょっと見てみようかなって、そう思ってただけだし、私の存在を少しでもアピールする事が出来れば、それはそれで良っかなー程度にしか考えてなかったしね。大体、彼はまだ私の事を良く知らないはずだから、最初から良い返事なんてもらえるはず無いわよ。まずは彼に、私の事を良く知ってもらう所から、しっかりと始めないとね。真っ向勝負して激しく玉砕なんてのは、若い子のする事よ~。」


恐らくペギィの本性を知ってしまったら、ジョルジュは直ぐに離れて行ってしまうと思う・・・と、不意にそう思い付いたシルとセニフは、やや呆れ気味の表情を浮かべてお互いの顔を見合わせると、ほぼ同じタイミングを持って大きな溜息を吐き付け合った。


そして、彼女の単なる遊び相手として・・・と言うより、単なる玩具としてもてあそばれてしまった二人は、心を揃えてこう思うのである。


決して悪い人間ではないのだろうが、余りにも傍迷惑はためいわくな輩であると・・・。




(カース)

「ほらそこ!!いつまでグダグダと話し込んでいるつもりだ!!さっさと整備作業に取り掛からんか!!」


(ペギィ)

「ひぇっ!!」


しかし、そんな口八丁手八丁な独善的振る舞いを持って、その場を蹂躙じゅうりんし続けていた彼女の行動も、唐突に浴びせかけられた恐ろしき怒声によって、いとも簡単にき止められる事となる。


まさか彼女も、こんな辺鄙へんぴな格納庫内で、鬼軍曹たる人物の怒鳴り声を聞かされるは思っていなかったのだろう。


にわかに張り詰めた表情を浮かび上がらせて態勢を低く構えたペギィは、何処かオドオドと言った様相を強く滲ませながら、必死に辺りの様子を窺う素振りを見せ始めた。


どうやら彼女にも、天敵と呼べる人物が存在するらしい・・・。


そはまるで、意気揚々(いきようよう)と好き放題野山を駆け回っていた野ウサギが、突然、捕食者たる大蛇の存在を感じて取った時の様な怯え振りだった。


周囲に立ち込める空気の全てを、痛々しい緊張の荊棘線ばらせんへと変質させ、目には見えないおどろおどろしき暗雲を率いて、颯爽さっそうと歩き近づいてくるその女性の名は、「カース・イン・ロック」と言った。


彼女は、ネニファイン部隊内における、影の元締めとも揶揄やゆされし大御所で、その見た目の派手さとは全く対照的に、非常に生真面目で厳格な気質に凝り固まった人物だ。


恐らく、彼女の内面を露とも知らぬ男性達の目から見れば、意図せずも振り返ってしまいたくなる女性の一人として、数え上げられていたに違いないが、ネニファイン部隊に所属する者達の目から見れば、意図せずも敬遠したくなる女性の一人である事に間違いはなかった。


凄いがの出てきちゃったよ・・・と、徐に顔を背けて、いそいそと整備作業へと舞い戻る素振りを見せ始めたシルの行動に合わせ、やばい、逃げなきゃ・・・的な様相で、慌てふためくペギィが眉間に深いしわを寄せる。


(ペギィ)

(ごめんセニフ。私、あの人超苦手なの。後はお任せしたわ。じゃあね。)


(セニフ)

「えっ?」


ペギィはそう言うと、態勢を低く保った状態のまま、そそくさと足早にその場を後にした。


(シルジーク)

「は~ぁ。忙しい忙しい。今日はほんと、休む暇もない忙しさだぜ。さーてお次の作業はっ・・・と。」


(セニフ)

「ちょっとシル!あんたまで!」


するとシルも、何処か余所余所しい態度を頭から被りまとって、近場にあった整備工具をガチャガチャといじり始めた。


本来、彼が次になすべき仕事は、セニフが搭乗するDQ機体のシステムリンク作業であり、物理的工具を持って機体を整備する事などではなかったのだが、彼としても、非常に危険極まりないこの落雷予測地点から、逸早く逃げ出したかったのだろう。


程なくしてセニフは、その場にたった一人取り残された感のある自分の存在に気が付くと、遠くへと逃げ出せるはずもないシルに対し、可愛らしき怒声を放って、その首根っこを掴み取ろうとする。


・・・が、しかし、それよりも早く目の前へと辿り着いた鬼軍曹・・・、いや、現時点においては鬼曹長と称すべき女傑じょけつの高圧的威風によって、その後の行動の全てを封じられてしまうと、セニフはにわかに身を小さくすぼませて、その場に立ち尽くす他なかった。


(カース)

「セニフ。ちょっといいかしら。」


(セニフ)

「は・・・はい。」


泣く子も黙る戦慄せんりつの捕食者、カースが真っ先に捉えた哀れなる獲物は、逃げ出す事も出来ず、助けを呼ぶ事も出来ず、ただオロオロとビクついた表情で硬直してしまった野ウサギ、セニフであった。


セニフは一瞬、何故に私だけ・・・と、恨めしさを込め入れた視線をシルの背中に浴びせ付けたが、勿論、その理由について、少なからず思う所があった。


やがて、上から目線でじっとセニフの表情を窺い見ていたカースが、一つゆるりと大きな溜息を吐き出して口を開く。


(カース)

「セニフ。別に貴女の気持ちが全く解らない訳ではないけど、ここ二週間の間、貴女が私的に軍務を放棄していた行為は、著しく軍規に違反する行為だって事ぐらい、解っているわよね。」


(セニフ)

「・・・はい・・・。」


やっぱり来た・・・と、セニフは不意に思った。


真っ直ぐに自分へと宛がわれたカースの視線の中には、真に厳粛げんしゅくな攻撃的鋭利さが含み込まれていたが、弱弱しくも素直に返事を返して見せたセニフには、それを避ける事も、直視する事も出来なかった。


(カース)

「軍隊と言う協調一致団結が必要不可欠な集団の中において、貴女一人の我儘わがままが、一体どれだけの人間に迷惑をかける事になるのか、少しは考えなさい。偶々今回の例に限って言えば、したる大きな問題を生じさせずに済んだと言えるけど、貴女の犯した自分勝手な振る舞いが、仲間達の命を奪い取ってしまう事だってあるのよ。トゥアム共和国との間に結ばれた、有事の際の徴兵契約に従い、仕方なく軍属となっている、貴方達の現状も解っているつもりだし、何の為に戦うのか、何の為に命を賭けるのか、その目標を見出し辛い状況にある事も解る。でもね。それでも、貴女の周りには、本気でこの国の為に死力を尽くして戦っている者達が、大勢いるんだって事を認識して欲しいの。」


やや俯き加減のまま、じっと直立不動体勢を維持していたセニフは、淡々と繰り出されるカースの苦言に、非常に耳が痛い思いにさいなまれていた。


勿論、親しい友人の死によって、のっぴきならぬ精神状態にあったと言う事実は事実だが、それを傘に投げ遣りな言い訳を持って、自身を正当化する事が出来るとも思っていなかった。


彼女の周囲にいる兵士達は皆、彼女と同じ境遇へと追い込まれし人間達であり、中には親しい友や恋人、将又はたまた家族を失ってしまった人達も、数多く存在していたはずで、彼女一人だけが、悲痛な思いに苦しめられていたのでは無いのだ。


誰しもが皆、そんな悲しみにさいなまれながらも必死に戦っている・・・。


誰しもが皆、そんな悲しみを乗り越えて必死に戦っている・・・。


(カース)

「貴女も含め、私達は皆、お互いに協力し合い、必死に困難な作戦任務を、数多くこなしてしかなければならない立場にあるわ。同じ陣営側に属する者として、同じ目標へと向かって歩み進む者として、云わば私達は、一蓮托生とも言うべき結び付きを持って、戦っていかなければならない運命共同体なの。それは解っているわよね。」


(セニフ)

「はい・・・。」


(カース)

「ネニファイン部隊と言う組織の中で、所属する各隊員達を管理、統率しなければならない私の立場からすれば、周囲の和を著しく乱す行為、軍規約に著しく違反する行為を、簡単に見過ごす事は出来ないし、事と次第によっては、厳罰を持って対処しなければならない場合だってあるわ。勿論それは、女子供だからと言って、特別扱い出来るものではないわ。」


厳罰を持って対処する・・・。


そのフレーズを聞いた瞬間、セニフは少しだけピクリと身体を弾ませて見せ、うつむいた頭を更に深く前へとのめり込ませていった。


彼女自身、自らが押し通した自分勝手な振る舞いが、一体如何なる種の悪行に類するのか、よくよく理解していたようであり、全く一言も弁解する素振りを見せないその態度から、もはや何かしらの処罰が下される事を覚悟している様子だった。


やがて、恐らくは意図的に作り出したのであろう、セニフにとっては非常に居心地の悪い長い沈黙の時を経て、不意に小さく口元を緩めて見せたカースが次なる言葉をゆっくりと発する。


(カース)

「・・・とは言え、今回の一件に限っては、貴女にも十分反省の色が見えるようだし、その罪を無為にとがめる様な事はしません。今回の貴女の行動に関しては、私個人の判断で、特別に休暇を与えたものとして処理します。当然これは、既にサルムザーク陸等二佐の了解を得ている話です。」


とがめなし・・・。


この事実に、セニフは少し驚いた様な表情を浮かべて、カースの顔を見上げた。


(カース)

「正直言って、私も、各隊員達の体調や精神状態を全く無視してまで、無理矢理に軍務を押し付ける様な真似はしたくないわ。勿論それは、戦況が許す限りの範囲内においての話になるけど、出来れば貴女達パイロットには、常に万全の体勢を持って、作戦任務に臨んでもらいたいの。体調が芳しくない、気分がすぐれないと言った、士気に欠ける兵士達を用いて、多大な戦果を上げたと言う話は聞いた事が無いし、本当は貴女の事も、哨戒ローテーションチームに組み入れるべきかどうか凄く迷った。でも、ここ最近、帝国軍の動きが非常に活発化してきて、他のパイロット達にも大分疲労の色が見え始めてきたし、貴女の事をいつまでも放置しておく事が出来なかったの。それは解ってもらえるかしら。」


(セニフ)

「は・・・はい。」


(カース)

「そう・・・。・・・その様子だと、大分落ち着いてきたみたいね。最近はどう?良く眠れるようになったの?」


(セニフ)

「あ・・・はい。・・・大丈夫・・・。もう大丈夫です。私。」


(カース)

「そう。それは良かったわ。」


思いもよらぬ人物から思いもよらぬ言葉が発せられるとは、まさにこの事を指して言うのだろう。


普段から機械的に発せられた無機質な声色と、人々の恐怖心をあおり立てるおどろおどろしき怒声しか、聞いた事の無かったセニフにとって、この時カースが見せた柔らかな喋り口調は、まさに意外と言う以外に無い驚きを生じさせるものだった。


そしてその直後、不意に投げかけられたカースの優しげな笑みの中に、アリミアと同じ様な雰囲気の存在を重ね見てしまうと、にわかに涙が溢れだしそうになる感覚に突き上げられてしまった。


しかし、やはりと言うべきか、鬼軍曹たる彼女の最後の振る舞いは、しっかと締めるべき所はきちんと締めて終わると言った、彼女らしい高圧的な態度を持って繰り出される事になるのだ。


(カース)

「ところでシル。私が彼女の事を足止めしておいて言うのもなんだけど、18ローテ小隊の整備作業における進捗遅れ分に関しては、貴方が責任を持って取り返しなさい。いいわね。」


(シルジーク)

「えーっ!?そんな・・・。」


(カース)

「ん?何?何か文句でもあるの?」


(シルジーク)

「あ・・・。いや・・・。」


そして、まさに有無を言わさずと言った感じで、哀れなる子羊と化したシルの顔を睨み付けると、あからさまにドスを聞かせた鋭い声色を流し、相手の恐怖心にグリグリと突き刺していく。


(カース)

「出来るの出来ないの?はっきりしなさい。」


(シルジーク)

「解りました!やります!頑張ります!」


やがてシルは、全く四の五の言う暇も権利も与えられぬままに、そう答える他ない虎口こぐちへと無理矢理に追い立てられると、突き出された彼女の鋭い言葉のやじりあおられ、その崖際から望まぬダイブを強要されてしまう事になってしまった。


先程セニフに対して垣間見せた優しげな態度とは裏腹に、一転して相手をまくし立てる表面モードへと物腰を立ち返らせたカースの表情は、触れれば食い付く悪魔の妖華ようかたる様相を、薄っすらと浮かび上がらせている様でもあり、シルとしても、適当な戯言ざれごと見繕みつくろって反撃する事が、如何に危険極まりない行為であるのか、既に解っている様子だった。


シルはふと、とほほ・・・と、ガックリ肩を大きく落とす仕草を奏で出すと、不意に恨みがましい視線をセニフに対して突き刺してやったが、セニフからは、わざとらしく浮かべた可愛らしい笑顔の上に舌を出した、「あっかんベー」と言う間抜けな表情を突き返されてしまった。


そして、シルはそこで思う。



何かこう、俺は皆の遊び道具になりつつあるんじゃなかろうか・・・。



やがて、そんな思いに強くさいなまれてしまったシルは、得も言われぬ不平不満が鬱積うっせきした陽だまりの中で、大きく溜息を吐き出しながら天を仰ぎ見る他なかった。




するとそんな時、突然聞きなれない警報音・・・と言うより、何かしらを知らせる不思議な音楽が格納庫内へと響き渡り、それまで周囲に漂っていた忙しい喧騒けんそうさが、一時的に静寂の海へと埋没した。


(館内放送)

「緊急招集連絡。緊急招集連絡。ネニファイン部隊所属カース・イン・ロック作戦曹長、並びに、第17、18哨戒ローテーション部隊所属のDQパイロットは、至急、第一作戦会議室に集合してください。繰り返します・・・。」


何だ?・・・と一瞬、恐らくはその場にいる全員が、眉をひそめたであろうその館内放送は、思いもよらず穏やかなメロディと丁寧な喋り口調を持ってもたらされた為、周囲にそれほど慌ただしい雰囲気を感じさせるものでもなかった。


しかし、「緊急」と言う二文字をかんていしている以上、そこに何かしらのゆゆしき事態が隠れ潜んでいる事は明らかで、シルは、もうちょっと気の利いたメロディは無かったのか・・・と、思い付くよりも前に、何処か不穏当なる不気味な色香の存在を嗅ぎ取ってしまった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ