01-14:○台風一過[1]
第一話:「ルーキー」
section14「台風一過」
(シルジーク)
「大体、お前等3人に、チームワークという言葉があるのか?攻撃時のチームワークの事を言ってるんじゃない。チームTomboy全体としてのチームワークのことだ。たまにはバックアップの身にもなってみろ。盛りのついた馬みたいに、ぶいぶいとフットペダル空踏みするから、オーバーヒートなんかするんだ。全神経再チェックするのに一体どれだけの労力が必要だと思っている?ジャネットなんか無事だったからいいものの、下手をしたら今ごろ丸焼けになって棺桶の中だぜ。あれほど安易な考えで、敵に突っかかるなと言っていたのに。本当はお前が止めるべきだろうが?アリミア?違うか?」
横一列に整列させた女性3人を順番に指差しながら、シルが沸き起こる怒りを、嫌みったらしく言い放つ。
何も、彼女達の暴走行為は今に始まった訳ではない。
これまで何度も、彼の頭を悩ませて来た行為なのだ。
そのたびに苦労しなければならないのは、シル達バックアップメンバーであり、大きなDQA大会に実際参加するともなれば、少しはマシになるのではと、儚い期待を抱いた自分が馬鹿だった・・・。
両手を腰に宛がい、年下とは思えぬ貫禄で、彼女達の目の前に仁王立ちする彼の後ろでは、今まさに、無残にも真っ黒に焼け焦げたラプセルが、大型クレーンで吊るし上げられていた。
そして、一見、外傷は少なく見えても、何か焼け焦げた匂いを充満させるパングラードもまた、DQ輸送用大型トレーラーの荷台の上で、どこからとも無く白い煙を上げ続けている。
(ジャネット)
「まあ、やられちゃったものは仕方ないじゃない。みんな無事だったわけだしさ。あんまり怒んないでよ。シル。明日からまたがんばろう。」
前向きというか、無頓着というか、ジャネットが小首を傾げながら言う。
やたら首筋を気にする仕草を見せる彼女だが、先のカーネルとの戦闘で、唐突に前面から受けた強い衝撃によって、軽い鞭打ち状態になっているようだ。
コクピット内部を残して、その機体の殆どを、全焼させてしまうほどの激しい業火の中から、彼女が無傷に近い状態で救出されたことは、まさに奇跡的な事である。
そんな死の淵から生還を遂げた彼女はというと、みんなの心配をよそに、呆れるほど「あっけらかん」としており、普段どおりの可愛らしい彼女の笑顔がそこにはあった。
しかし、この時、ニッコリと微笑んで見せた彼女の行動は、シルに対して安堵感を与えるばかりか、逆に彼の神経を逆なでしてしまうこととなる。
(シルジーク)
「あほかぁ!!仕方なくない!!お前等の好奇心も程ほどにしろ!!お前等、一体、歳はいくつだ!?いつまでも子供みたいにはしゃぐだけはしゃいで、後始末するこっちの事を少しは考えろってんだ!!いいかぁ!!お前ら〜〜〜以下省略〜〜〜。」
大きな声を張り上げて、怒鳴りはじめたシルの説教が、留まることを知らぬ、マシンガンのように彼女達に襲い掛かった。
それは確かに、言われてみればその通りと、もっともらしい説教ではあったが、立ち並んだ3人にとってみれば、まさに念仏のようにも聞こえる。
反省しているのかしていないのか、ジャネットは、やさしく煌く様な笑顔をシルへと向けて、どうにか彼の気を収めようと終始するばかりであり、アリミアはといえば、完全にそっぽを向くような感じで、何故か遠くを見つめていた。
そして、セニフはセニフで、怒鳴られた事にショックを受けたような態度で、両手で顔を覆ってシクシクと泣き「真似」を始めてしまう。
・・・。
もはや、こんな彼女達には、何を言っても無駄と言うしかない。
単にDQを操舵することしか考えていない彼女達にとって、そのDQを整備すべき者達のことなど、考えていないのであろう。
(シルジーク)
「・・・ったく・・・。命令無視してカーネルに突っ込んだ挙句、たった1機のDQにボロクソやられて、あげくの果て戻る事もできないなんて・・・。早いところ身の程をわきまえろってんだ。馬鹿は馬鹿らしく、ちょっとは考えて行動しろ。だから女なんて、迷惑なだけで使い物にならないんだよ。こっちは遊びでやってんじゃないぞ。」
それまで、シルの説教に対して、全く興味を示さなかった3人だが、ものすごく嫌味たらしく言い放ったこの言葉には、さすがの彼女達も敏感に反応を見せた。
(セニフ)
「なんだよシル!!私達だって一生懸命やったんだぞぉ!!DQだって壊さないようにがんばったつもりだよ!!そりゃあ調子に乗ったりもするけどさ!!そんなひどい事言わなくたっていいじゃん!!シル達なんか、後ろでブツブツ指示してればいいだけじゃんさ!?私達だってがんばってるんだよ!!」
先ほどまで、俯いて泣き真似をしていたセニフが、大声で叫びながら、シルへと突っかかる。
しかも、今度のシルの言葉はかなり利いたようで、シルを睨みつけるセニフの表情が、本当に泣きそうになっていた。
また、温厚な性格のジャネットも、それまでの態度が嘘だったかの様に表情を曇らせると、著しく気分を害したのか、やがてシルの方からソッポを向いてしまった。
(アリミア)
「シル。貴方もう18歳でしょ?もう少しまともな言葉を選べないのかしら?」
(シルジーク)
「選ぶべきときには選ぶさ。アリミア、お前は子供相手に話しをするときに、論文発表のような言葉遣いをするのか?」
アリミアはアタッカーリーダーとして、今回のような事態を招いてしまったことに対し、少なからず責任感を感じていた。
当然、シルの怒りの説教は、彼が自分よりも年下だからとはいえ、紳士に受け止めるべきであり、自分には反論する余地も無いと思っていた。
そう、少し前までは・・・。
(アリミア)
「シル。今回の結果を招いた原因は、私達アタッカーだけの責任じゃないわ。いえ、むしろシル達バックアップ側のミスとも言える。」
(シルジーク)
「なにぃ!?こっちの指示を無視して、勝手にカーネルに突っ込んでいったのはお前らだろうが!」
(アリミア)
「あのカーネルのDQ機体性能、パイロットの能力からして、逃亡したとしても簡単に逃げられるわけ無いわ。相手はすでに、ニュートラルエリアとの、コンタクトライン上に陣取っていたわけだし、足の速いパングラードだけを生かしても仕方ないわよね。疲弊しきった私達が、別のニュートラルエリアを目指せるわけも無いし、あの段階で、カーネルと戦闘状態に入ることは、もはや避けられなかったと思うわ。寧ろ、戦闘であのカーネルを相手に、手傷を負わせただけでも万々歳。私達は最善を尽くしたわ。それは、アタッカーリーダーの私が保証する。」
(シルジーク)
「・・・そんなこと、実際に撤退行動をとってみないと解らんだろうが!逆説的に自分達の言い分を、肯定しようって言うのか?」
(アリミア)
「いえ、私が言いたいのはそこじゃないわ。カーネルと戦闘をするしない以前に、何故、あの位置に接近されるまで、バックアップチームがカーネルを発見できなかったのか。今回の事の発端、結果を招いた原因の元はそこにある。」
(シルジーク)
「・・・。」
(アリミア)
「キャンサーのフィールドサーチャーは、型遅れとは言え、中心半径10kmilsは索敵が可能よね。私達のDQに搭載しているサーチレーダー上でも、くっきりと相手を確認できたから、FTPフィールドみたいに、サーチ障害となるようなものは存在しなかった。それでいながら何故、私達が逃げ切れなくなるような位置まで、カーネルの発見が遅れたのかしら?」
(シルジーク)
「・・・・・・・・。」
攻め手と守り手が、完全に逆転してしまった状態で、先とは打って変わって、態度を豹変させたアリミアのマシンガントークが続く。
言うなれば、単なる「責任転換」という奴なのだが、彼女の言い分ももっともであり、シルが後半、黙り込んでしまったのも、彼なりに思うところがあったからなのだろう。
アリミアの言葉はとても静かで、平静さを保ったまま、相手を悟すように投げかけられるものの、言葉尻に微量に含まれた彼女の怒りのスパイスが、シルの心に見えない圧力をかけていく。
そして最後に、彼の心を陥落させるに至る言葉が、アリミアから発せられた。
(アリミア)
「シル?貴方の過失でしょう?戦闘中、何をしていたのか知らないけど、もう少し集中力を持続してほしいものだわ。こっちは遊びでやっているわけじゃないのよ。」
やはり男が、口で女に勝つことは出来ないのだろうか。
全く先に履き捨てた台詞を、そのままの形で返されてしまったシルは、歯軋りが聞こえんばかりに悔しがる気持ちで、アリミアから視線を叛けると、静かに黙り込んでしまった。
戦闘中、シルとしても、マリオとの会話の合間に、瞬間的にではあるがサーチレーダーから目を離してしまったことは認識している。
それも、ほんの一瞬だ。
アタッカーチームが、無事に敵チームの追撃を逃れることが出来たという、安堵感が生んだ油断だったんだろうか。
それとも長い間、戦況把握に努めた頭の疲れが、カーネルという偶々(たまたま)現れた最悪の敵を見落としてしまったということなのだろうか。
様々に自分の敗因を探るシルが、なんだか収まりきれない気持ちと格闘している中、ようやく、ラプセルとパングラードの回収作業を終えた一人の男が、彼の元へと歩み寄って来た。
彼の本名は「サフォーク・モロ」。年齢は22歳。性格は明るく、前向きなのだがお調子者であり、何かにつけてやる気なさげなDQ整備士である。
向上心に欠け、口が悪く、手癖も悪いと3拍子揃った彼は、何故かいつも年下のシルに怒鳴られる役を買って出るのだ。
(サフォーク)
「なんだ。やられちまったのかシル?お前も粘り強さが足りないねぇ。しかたねぇな。お前もボケッとしていたんだろ?」
(シルジーク)
「うるさい!!昼寝してた奴に言われたくない!!」
当の現場で爆睡をぶっこいていたにもかかわらず、よくも平気でそんなことが言えたものだと、シルは怒りの矛先をサフォークに向けて、完全なる八つ当たりをして見せた。
目の前でヒソヒソと勝利の喜びを分かち合う、3人の女共の姿が、やけに恨めしい。
あの半スクラップ状態に陥ったラプセルと、パングラードの機体状況では、今夜のDQ修理作業は徹夜になってしまう事は間違いない。
いっそのこと、何も考えずに寝てしまえたのならば、どれだけ気分が楽になるのだろうかと、シルは、大きくため息をつくしかなかった。
(セニフ)
「やったね。さすが、アリミア。」
(ジャネット)
「尊敬しちゃうわ。」
神様、仏様でも見るような目つきで、アリミアを見つめる二人の視線に、アリミアはにっこりと微笑んでこう言った。
(アリミア)
「簡単よ。あの子真面目だから、自分の考えだとしても、すべてに筋が通ってないと強く出れないのよ。」
アリミアの思いとは裏腹に、カラリと晴れ渡った青空に視線を向けて、彼女は少し、やりすぎた自分を反省した。