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Loyal Tomboy  作者: EN
第八話「懐かしき新転地」
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08-02:○確かな記憶の片隅に

第八話:「懐かしき新転地」

section02「確かな記憶の片隅に」



セシル様。暗いですから、足元にお気を付けくださいね。



紺色こんいろのロングスカートに、真っ白なぺプラムジャケットを羽織った清楚な少女が小声で呟く。


古めかしさを残したレンガ造りの街中で、日没間際の暗がりの中を辿るようにして歩きながら。


心持ち体勢を低くして、人目に付かないよう狭い裏路地を選んで突き進むのは、勿論、誰にも見つからない様にと言う意識の表われだ。


綺麗な薄墨色をした可愛らしきボブカットを、薄暗がりの中にふわりとなびかせながら、仕切りに周囲の様子を窺っていた彼女は、小狭い通路の交差点付近で足を止めると、徐に後ろを付いて歩く小柄な少女の方へと向き直った。



大丈夫。誰も居ないようです。



そして、不意に急ぎ足へと歩みを切り替えた小柄な少女、真っ赤なポニーテールが特徴的なりんとした少女に対し、優しげな微笑を投げかけながら手招きを施す。


彼女の後背に付いて回るポニーテールの少女は、それ程派手な服装をしていた訳ではなかったが、それでも一目見てそれが高級品である風を匂わす黒いボトムと、小洒落こじゃれた赤いジャケットを羽織っていた。


彼女達二人の背丈、様相をかんがみる限りでは、前を歩くボブカットの少女の方が、よりお姉さんらしくも見受けられたが、彼女がポニーテールの少女に用いるのは、いつも決まって優しげな敬語だった。



ほら、あそこに見える白い建物ですわ。昨日お話した古い教会。



ボブカットの少女は、程なくして自分の元へと駆け寄って来たポニーテールの少女を、多少身を屈めた低い視線を持って出迎えるてやると、柔らかな口調でそう語りかけながら、右手側方向の小路地奥を指差した。


ポニーテールの少女は、一瞬だけチラリと彼女の表情を窺う素振りを見せたが、口元を大きくほころばせて首を縦に振った彼女の態度に促され、静かに建物の角辺から頭だけを突き出した。



あれがそうなの?・・・何かちょっと気味の悪い建物だね。



ポニーテールの少女は、彼女が言うがままにそこに建っていた古い教会を見るや、直ぐに体勢を引き戻して、あけすけにそう所感を返した。


全く人気ひとけの無い寂しげな裏路地の中で、周囲にむら成す高い建物にうずもれる様にして、ひっそりとたたずんでいたその教会は、通路を挟んで反対側にある街路灯のつたない光の点滅も相俟あいまって、何処か不気味な雰囲気を漂わせている様にも見受けられる。


勿論、ポニーテールの少女は、世間一般的な女の子達の様に、幽霊亡霊のたぐいを無為に恐れる気質の持ち主ではなかったが、それでも不思議と背筋の辺りがゾクゾクと冷え込む感を抑え切れなかった。



セシル様が、そうお感じになられるのも無理無い事ですわ。実はあの教会、近所でも有名なお化け屋敷ですのよ。


お化け屋敷?


はい。私が聞いた話ですと、あの教会には恐ろしい魔物が住んでいて、夜な夜な道行く人を建物の中に引きずり込んで、食べてしまうらしいですわ。


建物の中に引きずり込むって・・・、そんなの絶対嘘に決まってるじゃん。魔物なんて居るはずが無いよ。


うっふふふ。そうですね。私もそう思います。



ボブカットの少女は、そう言ってニッコリと優しげな笑みを浮かべて見せると、すっくとその身を起き上がらせて、改めてその教会へと視線を投げかけた。


そして、ポニーテールの少女もまた、彼女の仕草に釣られる様にして、建物の角から再度教会の様相を窺い見る。


次第に薄暗がりから漆黒の闇夜へと変貌を遂げる裏路地の中にあって、一種異様とも言える古めかしい白色はくしょくを周囲に滲ませるその佇まいは、確かに何者をも寄せ付けない威風をまとっている様にも感じられる。


実際にそんな魑魅魍魎ちみもうりょうなる噂話を、歯牙にもかけぬ現実主義者でも、端からこんな場所に立ち入ろうなどと、考えもしない事だけは確かだった。


しかし、そんな事は全くお構い無しと、再び周囲の様相を注意深く見渡したボブカットの少女は、不意にポニーテールの少女に一瞥いちべつをくれた後で、直ぐにその教会の出入り口付近へと向かって歩き出した。


普段見せる穏やかな仕草、その見た目の可愛らしさとは裏腹に、意外と肝が据わった活動的行動を見せ付ける彼女の一面は、ポニーテールの少女に、多少なりと躊躇ためらいと戸惑いの意を植え付けるに至ったが、その反面、何処か頼れるお姉さん的豊潤ほうじゅんさを色濃く滲ませている風でもあり、やがて、ポニーテールの少女もまた、彼女の後に付いて教会へと足を向けた。



でもさ、あの教会の上から、ルーアンの街並みが一望できるって、本当なの?


はい。本当です。ここからでは少し見辛いですが、教会の一番奥の建物に、背の高い鐘楼しょうろうがありまして、その一番上の釣鐘堂から、ルーアンの街並みが一望できるんです。セシル様がお住まいの「ヴィンシュタルディッヒ」も、「セントアンヌ学校」も見えますのよ。


へー。それは楽しみだなぁ。


それに、あの教会は昼間でも人が立ち入るような場所ではありませんから、セシル様のようにやんちゃばかりされている方には、格好の隠れ家になると思います。


ええっ?そんな・・・。私そんな、いつもいつも悪さばかりしてる訳じゃないよ?


あら?今日のお昼休みに、突然隣のクラスの男子生徒達と、無茶苦茶な水掛け合戦を始めた少女がいるって、私の耳にも届いてますわよ。綺麗な廊下一面を全部水浸しにして、他の生徒達だけでなく、先生方も皆ずぶ濡れになったって聞きましたわ。


うー・・・。それは・・・。隣のクラスの奴等が、先に水を掛けて来たからだよ。私、何にもしてないのにさ・・・。


うっふふふ。解っておりますわ。セシル様。セシル様は単に、その方達のお相手をして差し上げただけなのですよね。でも、周りの迷惑を全く省みずに、騒ぎを大きくなされたのは、余り褒められた行為とは言えません。セシル様は、もう少し反省なされた方が良いと思います。


そりゃまあ・・・、あれだけこってり叱られれば、もう少し大人しくしてようかって気にもなるけどさ・・・。いつもいつもあいつ等の方から、私にちょっかいをかけて来るんだもん。黙って見過ごせないよ。ほんともう、迷惑な奴等。


うっふふふ。セシル様は人気者ですからね。きっとその方達も、セシル様と一緒に遊びたかっただけなのでしょう。余り邪険に扱わないでくださいましね。


え?遊びたかった?


そうですよ。セシル様はとてもお優しい方ですから。何があっても、決して無為に権力をひけらかす様な方では無いと、皆も解っているのです。セシル様は、常に相手と同じ目線に立たれて、正面から堂々と立ち向かわれますから、きっとその方達も、セシル様の事をとても好いているのだと思いますわ。


うーん。別に好かれたくてそうしてる訳じゃないんだけど・・・。そっか、私の普段の対応が悪いから、あいつ等が増長するって事なのか。


そうですね。あからさまに言えば、そう言う事になると思います。でも、私はそう言ったセシル様のお人柄が大好きですわ。帝国の皇女ともあろう峻厳しゅんげんなる身分をお持ちでいながら、その事を少しも鼻にかける風でもなく、周囲の方達と何の分け隔てなくお接しになられる、そのお人柄が。私なんて、エクレアール伯爵様のご好意が無ければ、セシル様と同じ学校に通う事さえ出来ない下賤者げせんものですのに・・・、セシル様は、何一つ嫌な顔をなされずに、お相手をしてくださいます。それは本当に、心の底から敬愛すべき、素晴らしいお人柄だと思いますわ。


シーフォにそう言ってもらえると、凄く嬉しいんだけどさ。あんな奴等にばっかり寄り付かれても、ちょっと困るかなー。


あら、セシル様は結構楽しまれたのではないかと、私はそう思っているのですが、違うのですか?


・・・・・・ううん。違わない。結構楽しかった。


うっふふふ。そうですよね。きっとそうなのではないかと思っておりました。



やがて、程なくして辿り着いた教会の入り口付近で、一際優しげな笑みを振り撒いたボブカットの少女が、ポニーテールの少女にそっと左手を差し向ける。


ポニーテールの少女は、にわかに込み上げたその笑みを幼顔一杯に押し広げながら、静かにそのてのひらを掴み取った。


すると、不意に吹き荒れた強めの夜風が、奇妙な冷気を帯びて彼女達二人の髪の毛を妖美に舞い上げ、真っ黒な鉄柵でこしらえられた教会の門戸をゆっくりと押し開いて行く。



さあセシル様。中に入りましょう。



入り口付近から見上げた古い教会の様相は、寄り付く晩夏の夜色に彩られ、次第に黒々とした陰影の彼方へと落ち込みつつある様だったが、ぎりりと嫌な音を立てて開け放たれた門戸の中には、確かなる暖かさを宿し入れたいとおしき光が灯されていた事を、ポニーテールの少女は思い出した。


そしてふと、握り締めた左手に力をギュッと強く込め入れると、そっと心の中だけで小さく口ずさんで見せる。



私、シーフォの事が大好きだよ。



次第に暗闇の中へと溶け込んでいく薄墨色のボブカットをじっと見据えながら、紺色こんいろのロングスカートも、真っ白なぺプラムジャケットすらも、完全に掻き消してしまった闇の中をじっと見据えながら、ポニーテールの少女は、引かれるその手に感じる暖かな温もりを、確かに胸の内なる部分で感じ取っていた。


全く何も見えない完全不可視なる漆黒の闇夜に、頭の先から足の先までどっぷりと漬かり込んだ状態にありながら、これ程までに心の奥底が穏やかななぎを示しているのは、間違いなく掴んだその手の向こう側に、ボブカットの少女が居てくれるからであり、ポニーテールの少女はこの時、少しも怖いと感じなかった。


やがて、教会の裏手側にある高い鐘楼しょうろうの中へと潜り込んだ少女達二人は、恐らくは階段であろう板張りの登り道を辿り経て、ようやく硬い石畳が敷き詰められた小広い空間へと躍り出た。


そして、二人の身体をすっぽりと覆い隠す程の大きな釣鐘の脇をすり抜けて、ほのかな光を差し込ませる大きな窓枠へと駆け寄って行く。



うわぁ・・・。



するとその直後、大きな窓枠の右手側柱へと取り付いて、直ぐに眼下を見下ろしたポニーテールの少女が、思わず驚色を強く滲ませた感嘆の吐息を吐き出して凝り固まってしまった。


それは、少し小高い丘の上、そこに群生する木々達の更に上から見渡せる、美しき王都ルーアンの街並みで、それ程高さの無い古風な建物群が、一斉に夜を迎え入れる為のあでやかな光を照らし出し、一糸乱れぬ整然さを持って、煌びやかな幾何学模様を天へと差し向けている光景だった。



如何ですか?セシル様。


凄い・・・。ルーアンって、こんなに綺麗な街だったんだ。私、こんな風に街を見下ろしたの始めて。


うっふふふ。どうやら気に入って頂けた様ですね。私も嬉しいですわ。ルーアンには高い建物がほとんどありませんし、飛行機だって王都上空を飛ぶ事は許されていませんから、この光景を見られるのは、このユースフーの丘と、対面にあるタルヒネンブリッツの丘ぐらいですわ。勿論、この場所からの眺めが一番・・・とまでは言い切れませんが、私はこの場所からの眺めが一番大好きです。週に一度は必ずここに来て、こうしてルーアンの街並みを眺めていますのよ。


ふーん・・・。そうなんだ。何かちょっと意外な感じ。


意外・・・ですか?


うん。だってさ。シーフォって、いつもいつもおしとやかで、余り外で遊ばないってイメージが有るからさ。まさかこんな場所を一人で見つけてるなんて、全然思ってなかったんだよね。


うっふふふ。そうですね。私もそう思いますわ。



ボブカットの少女はそう言って軽い笑みを浮かべて見せると、涼やかな夜風に舞い上げられた薄墨色の髪の毛を右手で優しく掻き上げながら、静かにルーアンの街並みへと視線を下ろした。


ポニーテールの少女もまた、眼下に広がるあでやかな街の夜景へと意識を舞い戻したが、街の光に照らし出されるボブカットの少女の横顔をチラリと見遣ると、こちらもまた格別に綺麗だなと言う、羨望せんぼうなる思いを沸き起こしてしまった。


実際、ポニーテールの少女とボブカットの少女は、年齢的には一歳程しか離れておらず、どちらもまだ子供と言う枠組みから抜け出得ない幼さを残していたのだが、ポニーテールの少女の目から見たボブカットの少女は、いつでも素敵なお姉さんと言う存在に相応ふさわしく、常に憧れの様な思いを抱いていた事は事実だった。


やがて、次第に明るみを掻き消し行く西の空の情景とは相反あいはんして、より一層あでやかさを演出し始めた街の光が、不思議なイルミネーションを形成して、午後六時になった事を知らせる鐘の音に神秘的な華を添える。



ピーッ。ピーッ。ピーッ。ピーッ。ピーッ。ピーッ。



あれ?・・・と、ポニーテールの少女は一瞬思った。



もう、こんな時間なのですね。そろそろ帰りましょうか。セシル様。


う・・・うん。



ポニーテールの少女は、多少戸惑いを隠しきれない様子で、そう軽く返事を返し、直ぐに階段の方へと歩き出したボブカットの少女を見遣ったが、先ほど鳴り響いた不思議な音は、いつまでも脳裏の奥底で木霊し続けている様だった。



あのさ。何だろこの変な音。


変な音?何でしょう。私には何も聞こえませんけど。もしかして、セシル様のお腹の虫でも鳴ったのですか?



ぐるるー。



おや、鳴った。・・・確かにお腹は空いている。でも、お腹の虫とは全然違う音だ。



ピーッ。ピーッ。ピーッ。ピーッ。ピーッ。ピーッ。



うっふふふ。セシル様ったら。そんなに慌てなくても、母の手料理は逃げたりしませんわよ。今日は、セシル様の大好きな紅ボルシチを作るって、母がそう言ってましたわ。楽しみにしていてくださいましね。


うわーい!やったー!



・・・・・・。



・・・。



・・・と、不意に両手を振り上げて嬉しさを爆発させたポニーテールの少女は、全く無意識の内に壁際にあるボタンを押した。


それは、古びた教会の建物内になど存在するはずも無い、近代的な四角い細長のボタンであり、左手の指先に感じる物理的感触から、ほのかにゴムの様に柔らかい素材である事が解った。


そして、自らの身体が柔らかなベッドの上に横たわっている事実に気が付くと、それまで自分の居た温和なる世界観、自らの記憶を元に組み上げられた、「夢」と言う仮想的空間が、儚くももろく一気に崩れ去ってしまった・・・。


(シルジーク)

「なんだ?まだ寝てたのか?今日は朝の九時から機体整備をするって、昨日言っといただろ?もう三十分も無いぞ。」


(セニフ)

「ん。・・・んー。」


ベッドの直ぐ傍に設置されていた小さなTVモニターから、聞き覚えのある男性の声色が流れ出ると、少女は寝惚ねぼけた返事を二つほど返して見せ、直ぐにモニターに背を向けるようにして寝返りを打った。


勿論少女は、このTVモニターの通信方式が、映像のみ単方向である事を知っていた。


彼女は既に、自分が現実世界へと舞い戻って来てしまった事実を理解していたが、「二度寝」と言うらちも無い悪足掻わるあがきによって、再び同じ夢の続きを見ようと安易に画策したのだった。


しかし、その男性の背後から聞こえるけたたましい機会音と、それに負けじと声を荒らげる作業員達の怒鳴り声によって、その目論見を簡単に阻まれてしまうと、仕方なしとばかりに身体をのそり起き上がらせて、乱れた赤い髪の毛に軽く二、三回手櫛てぐしを通して見せた。


(シルジーク)

「おい!セニフ!起きろったら!聞こえてんのか!?」


(セニフ)

「は~ぁい。聞こえてますよって。朝からそんなに大声を出さないでよ・・・。私が朝弱いんだって事ぐらい、シルも知ってる事でしょ?もう少し静かに起こしてくれたっていいじゃない・・・。」


(シルジーク)

「何言ってんだよ。一時間も前から定期的に呼び出しかけてんのに、お前、全く起きる気配が無かったじゃないか。そう言う台詞は、一時間前の呼び出しに応じた時に言ってくれ。ああ、それと、第二作戦室に新人のパイロットが一名居るらしいから、お前来る途中一緒に連れてきてくれ。」


(セニフ)

「・・・新人パイロット?・・・何それ?」


(シルジーク)

「おーい!!ジニアス!!そこの接続作業ちょっと待ってくれ!!制御システム側の受け入れ準備がまだ整って無いんだ!!あと五分で完了させるから、先にアマーウの方手伝ってくれ!!それじゃぁな。セニフ。頼んだぞ。」



プツッ。



(セニフ)

「えっ?ちょ・・・ちょっと、シル・・・。」


今だ夢から覚めやらぬ薄ぼんやりとした意識の中で、半場適当気味に彼と遣り取りしていたセニフは、全く取り付く島もなく、一方的に接続を切り捨てた彼の態度に、しばし唖然とした表情を浮かべて凝り固まってしまった。


確かに彼の背後でうねり動くせわしい人の流れを目の当たりにすれば、彼も相当忙しい最中にあるのであろう事は簡単に予想できたのだが、もう少しぐらい相手してくれたっていいじゃない・・・と、我儘わがままなる思いを強く募らせて頬を膨らませると、彼女は不貞腐ふてくされた様にベッドの上で大の字になった。


そして、今だ見慣れぬ殺風景な部屋の天井をじっと見上げながら、久しぶりに見たと思える穏やかな夢の余韻に浸り、静かに両目を瞑った。



セニフが今居るこの部屋は、兵士達が日常生活を送る上で必要な、最低限の設備のみを取り揃えた機能的兵士宿舎の一室である。


何処と無く圧迫感のある狭い部屋の中には、一人用の簡易ベッドと、小さな机が並べられているだけで、入り口付近に設置されたバスルームも、トイレと洗面台が一緒になった三点ユニット方式の簡素な作りとなっていた。


それは、以前セニフが寝泊りしていたランベルク基地と比べても、特に変わり映えする様なものでも無く、セニフ自身、特にこれと言って不満がある訳でもなかった。


しかしセニフは、この部屋の様相、雰囲気、・・・匂いとでも言うのだろうか、上手く言葉では説明し切れない、妙な違和感を完全には払拭する事が出来ず、今だに自分の部屋として落ち着く事が中々に出来ないでいた。


(セニフ)

「・・・だからあんな夢、見たのかな・・・。」



久しぶりに見たな・・・。あんな夢・・・。


やっぱり綺麗だったな・・・。シーフォの優しい笑顔・・・。


今も元気にやってるんだろうか。


今何処で、何をしているんだろうか。


できる事なら、会いたいな・・・。


一度でいいから、シーフォに会いたい・・・。



セニフはふと、そう思い付いた瞬間、徐に上体を起き上がらせ、心の中に滲み出した思いを一気に吹き飛ばすかの様にして、勢い良くベッドからその身を立ち上がらせた。


そして、枕元に置かれていた紅いヘアピンを、そっと左手で掴み上げると、ゆっくりと右耳、左耳の順で嵌め込んでいく。



ううん。・・・そんなの無理。


そんな事は出来ない。


私はもう、二度とシーフォと会う事が出来ないんだ・・・。


今の私は、セファニティールでも、セシルでも無い。


セニフ・ソンロと言う一人の少女。


トゥアム共和国軍ネニファイン部隊のDQパイロット。


セニフ・ソンロなんだ・・・。



セニフはゆっくりと深呼吸する様に大きく息を吐き出し、机の上に置いてあったスタンドミラーへと視線を据え付けると、鏡に映し出された自分自身の姿をじっと見遣りながら、きりりと表情を強張らせた。


そして、ほんの少しだけ「彼女」らしさを滲ませた赤髪の女性に向かって、小さく笑みを零して見せながら、こう語りかける。


(セニフ)

「アリミア・・・。私頑張るから・・・。頑張って生きるから・・・。」


その後セニフは、徐に下を俯いて、下唇を強く噛み締めたのだが、強引に涙をじ伏せた瞳を持って、再度鏡に映し出された自分自身の姿を凝視すると、直ぐに椅子の背凭せもたれに掛けてあった群青色の軍服、軍から新たに支給された真新しい軍服に手をかけた。


帝国領南東部に位置するパレ・ロワイヤル基地に配属されてから、四日目となる朝。


彼女はこの日より、ネイファイン部隊活動に復帰する事が決まっていた。

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