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Loyal Tomboy  作者: EN
第七話「光を無くした影達の集い」
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07-13:○光を無くした影達の集い[4]

第七話:「光を無くした影達の集い」

section13「光を無くした影達の集い」


・・・あ。・・・ごめんなさい。


ちょっとお酒に酔っちゃったみたい・・・。


ちょっと待ってね・・・。




えっと、・・・ごめん。


何処まで話してたのか、解らなくなっちゃった・・・。




・・・ううん。いいの。


ここまで話したんですもの。貴女には最後まで聞いて欲しいわ。


逃げようったって駄目よ。


貴女が私の所に来たのが運の尽き。覚悟しなさい。


うっふふ・・・。本当は貴女の方が、慰めてほしい方なのにね。


ごめんなさいね。セニフ。



えっと・・・、確か、私がマリオを虐めてた・・・って所までは話したわよね。


それじゃあ次は、何で私とマリオが、こんなにも仲良くなったのかって話からかな。


私とマリオ、・・・ここまで聞いた話じゃ、仲良くなるなんて想像もつかないでしょ?


私もね、実際にマリオと、こんなにも仲良くなるなんて、思っても見なかったんだ。


私はその後も、ずっとマリオの事、虐め続けてたしね。


ほんと、酷かった・・・。


その内マリオは、私の姿を見つけると直ぐに逃げ出して、母の後ろに隠れるようになった。


そして、私の虐めに気付いた母も、私の事を厳しく叱るようになった。


それまで母は、私がどんなに悪い事をしても、ただ呆れるだけで、ほとんど関心を寄せない、無視に近い態度を取ってたんだけど、その時ばかりは、流石さすがに私の事を、見過ごす事が出来なくなったみたい。


勿論、母が私の事を必死に叱ったのは、私の為なんかじゃない、マリオの為なんだって事は解っていたけど、私は母の目を自分の方に向けさせる事が出来ただけでも、十分に嬉しかった。


そして、マリオを虐めれば虐めた分だけ、母が私の相手をしてくれるんだって、そう勘違いして、一生懸命マリオの事を虐め続けたの。


その頃の私にとって、マリオは母の目を私の方に引き寄せる為の道具でしかなくて、マリオの事なんて少しも考えてなかった。


私の幸せを奪い取った張本人なんだから、そのぐらいの報いは当然よね・・・って感じで、ほんと物を扱うみたいな酷い仕打ちをしてた。



・・・でも、やっぱり、そんな事ばかりしていたら、私は母にもおじさんにも完全に見放されちゃって、全然相手にされなくなってしまった。


何があっても一切口をきいてくれなくなったし、いつの間にか、私の分の食事も用意されなくなってしまった。


勿論、一人で勝手に冷蔵庫を開けたりして食べてはいたけど、私は同じ家に暮らしていながらも、全く居ないも同然の扱いを受けるようになったんだ。


そして、私の機嫌が悪くなると、直ぐに三人で逃げるように外に出かけて行って、次の日まで帰ってこなかった。


酷い時には、丸々一週間も放置されたわ。


ま・・・、当然って言えば当然の報いなんだけどね。


私はとうとう、本当の一人ぼっちになってしまったの。


本当に・・・、本当に寂しかったわ。


私はその時、本当に全てを壊してしまったんだなって思った。


もう絶対に修復は不可能なんだって、もう二度と優しい頃の母は戻ってこないだって、そう思ったわ。


そして、もう・・・何もかもが、どうでもどうでも良くなっちゃってね・・・。


ある時私は、一本のナイフを握り締めて、三人の寝室に忍び込んだの。


夜、皆が寝静まった後でね。




・・・そう。私その時、母も、おじさんも、マリオも、みんな殺してやろうって思ってた。


そしてその後、自分も一緒に死のうって考えてた。


今考えると、ほんと馬鹿で、浅はかな考えに行き着いたなって思うけど、その頃の私を助けてくれる人なんて誰も居なかったし、お前なんて生きてる価値が無いんだって、皆からそう言われているような気がして、もう本当に生きているのが嫌になった。


勿論、一人で死ぬ事も考えたけど、私は、私が居なくなった後に三人が幸せに暮らす姿なんて、見たくなかったし・・・、それに、私の幸せを奪い取ったマリオの事を憎んでいたし、私の事を裏切ったおじさんの事も怨んでいたし、こんな私を作り出す元々の原因になった、母の冷たい態度も許せなかったしね・・・。


もう全てをブチ壊して、終わりにしようって、そう思い詰めちゃったのよ。


ほんと、馬鹿だなって思うわ。



・・・でもね、やっぱり私には、そんな勇気すら無かった。


大きなベッドの上で静かに眠る三人の姿を見て、私はナイフを持った右手に力を込める事すら出来なかった。


ただ震えて立ちすくんでいるだけだった。


寝室に忍び込む前までは、あんなに激しい殺意が沸き起こっていたのに、一番手前側で眠る母の姿を見た瞬間、私の中で霧のようにかき消えてしまったの。


そして、不思議と流れ出した涙が急に止まらなくなってしまった。


その時は、こう・・・、なんて言うか、優しかった頃の母を思い出して、急に悲しくなったって言うか、それまでの寂しい思いの全てが、溢れ返ってしまったって言うか、自分の心の中にあった感情の全てが、ごちゃごちゃに混ざり合って、一気に噴出ふきだしてしまったって感じかな。


もう完全に頭の中が真っ白になってしまった。


結局私は、母を殺す事も、おじさんを殺す事も、マリオを殺す事も出来ずに、しばらくの間その場で、泣き続ける事しか出来なかったんだけど、その内泣き声を抑え切れなくなっちゃってね。


直ぐに寝室を飛び出したんだ。


そして、自分の部屋へと戻って、必死に声を殺しながら思いっきり泣いた。


疲れ果てて眠ってしまうまで、ずっとね。



ほんと、自分の事が情けなくて情けなくて、しょうがなかった。


勿論それは、母を殺せなかった自分に対してじゃなく、そんな行為へと至った自分の浅はかさ、愚かさに対して、・・・それまでの自分、・・・私って言う人間の全てに対して・・・かな。


私ね、その時になって初めて、・・・そんな状況に陥って初めて、それまで自分が犯してきた行為の愚かさに気が付いたの。


だから私は駄目なんだって、だからみんなにみ嫌われるんだって、そう思った。


自分にとって都合の良い楽な道筋だけを選び出して、勝手に一人で突き進んでおきながら、望んだ場所へと辿り着けなかった原因を、全部周囲の人間になすり付けて、逆恨みに等しい暴挙を繰り返してきた、・・・私はそんな我儘わがままな女だったんですもの。


何かを変えたい、何かを変えたいって、必死にもがいているつもりで、結局、自分からは少しも変わろうとしなかった、・・・私はそんな臆病な女だったんですもの。


そして、簡単には抜け出せない泥沼の中にはまり込んで、完全に身動きが取れなくなってしまうまで、少しもその事に気付かなかった馬鹿な女。


・・・それが私。


ううん、本当は自分から進んで泥沼の中に足を踏み入れたんだって、解っていた。


泥沼だって、自分が作り出したんだって、解っていた。


誰かに助けて欲しくて、誰かに構って欲しくて、誰かに見てもらいたくて、・・・母に助けて欲しくて、母に構って欲しくて、母に見てもらいたくて、私はその泥沼の中で必死に叫び声をあげていたの。


もがけばもがくほど、更に深くはまり込んでしまう底なし沼だって、知らずにね。


ほんと馬鹿よね。・・・本当に馬鹿。



・・・もうね、私、その時、本当に自分の事が嫌になっちゃって・・・、完全に壊れちゃった。


ほんともう、そんな状況に立ち向かう気力も沸き起こらなかったし、そもそも変える力なんて私には無かったし、・・・かと言って、何処か別の世界に一人で逃げ出す勇気さえ無かったし、どうしたら良いのか解らなくなっちゃって、ずっとずっと自分の部屋に閉じこもったまま、死んだような毎日を送るようになったの。


完全に自分自身に愛想が尽きたって感じかな。


もう生きているのが嫌になってしまった。


勿論、私には、自分で自分を殺す勇気すらなかったんだけどね。


もう食事する気力も沸き起こらなかったし、ただボーッとベッドの上に座ったまま、只管ひたすらに時間が過ぎ去るのを待っていた。


ほんとに何もしなかった。何も考えなかった。


何も考えられなかったって言う方が正しいのかな。


破壊し尽くされた後の焼け野原に、一人だけぽつんと取り残された気分。


何処を見渡しても希望を持てるようなものは何も無かった。



でもね、そんなある日、・・・母が突然、私の分の食事を用意してくれるようになったの。


あれは確か、私が何も食べなくなってから、五日目の朝ぐらいからかな。


多分、それは、母が家の食材の減りが少なくなったって、気付いたからだと思うんだけど、それから毎日、私の部屋の前に食事が置かれるようになったんだ。


私、その時ほんと驚いちゃって、・・・もしかしたら早く死ねって、毒でも入れられてるのかと思っちゃった・・・。


・・・うっふふ。冗談。


本当は凄く嬉しかった。涙が止まらなくなるほど嬉しかった。


幾ら要らない子供だって言っても、母はちゃんと私の事を気にかけてくれてたんだって、完全に見捨てられた訳じゃないんだって、そう思ったわ。


そしたら急に、目の前が明るくなったような気がしてね。


一番最初に出された食事は、無我夢中でかぶりついちゃった。


久しぶりに食べた母の手料理は、相変わらずの味だったけど、本当に懐かしくて、本当に暖かくて、本当に美味しかった。


母の手料理を食べる事なんて、もう二度とないんだって思ってたしね。


私は母に差し出された食事を口にしながら、まだやり直せるんじゃないかって思った。


また再び、あの楽しかった日々を迎えられるんじゃないかって、取り戻せるんじゃないかって思った。


勿論、直ぐに母の好意に答える事は出来なかったんだけどね。


その時、母が私にくれた私への想いが、私自身を変えてくれるような、そんな気がしたの。


まるで長い長いトンネルの中で、ようやく出口を見つけたような感じかな。


本当に・・・本当に嬉しかったわ。



でもね、そう思った矢先、・・・私がようやくトンネルの出口から外に飛び出そうとした瞬間、突然、その出口がガラガラと崩れ落ちてしまったの。


そして、再び目の前が真っ暗になっちゃった。




・・・ううん。そうじゃないの。


・・・死んだの。・・・事故で。


母が突然、交通事故で死んじゃったの。おじさんと一緒にね・・・。


それは私が15歳の時。確か冬の・・・凄く凄く寒い日だったかな。


その頃の私は、まだ三人と一緒に行動を共にする所まではいってなくて、昼頃から買い物に出かけた三人とは別に、一人で家に居たんだけど、夕方になっても、夜になっても、三人が帰って来なくってね。


私はまた、何か悪い事でもしちゃったかな・・・なんて思いながら、ずっと三人の帰りを待っていたんだ。


そしたらその後、日付が変わる頃になって、突然家に電話がかかってきて・・・、警察から・・・、三人が事故に遭った事を知らされた。


幸い、マリオはかすり傷程度で済んだらしいけど、母とおじさんは、交差点に突っ込んできた大型トレーラーの下敷きになって即死だって。


私その時、ほんともうパニくっちゃって、三人が街の一番大きな病院に搬送されたって聞かされたとたん、受話器を放り出して家を飛び出したの。


そして、お金も持っていなかったから、必死に病院へと向かって走った。


病院の場所もよく解っていなかったけど、多分、一生懸命街の人に聞きながら向かったんだと思う。


実はその時の事、余りよく覚えていないのよ。


電話口の向こう側から聞こえてきた警察官の言葉が、ずっとずっと脳裏にこびり付いたままでね。


きっと私の聞き違いなんだって、きっと電話してきた警察官の勘違いなんだって、必死に頭の中で繰り返しながら掻き消そうとしていたかな。


それ以外の事は、他に何も考えられなかった。



でも、幾ら心の中で必死に願ったり、祈ったりしても、現実って変わらないものなのよね。


ようやく辿り着いた病院で待っていたのは、やっぱり悲しい現実だけだった。


私は母が死んでしまったなんて、ほんと信じられなくって、病院の先生に掴み掛かりながら、母に会いたい、母に会いたいって、泣き付いたんだけど、母と面会する事は強く止められた。


先生はその理由を、明確に説明してはくれなかったけど、母の遺体が相当酷い状態なんだって、先生の顔にそう書いてあった。


私はその時、本当に母は死んでしまったんだって、もう二度と会えないんだって事を、知ってしまった。


その後はずっと、人気ひとけの無い病院の待合室で、一人で泣いていたかな。


もう泣く事以外、何も出来なかった。


私は母とよく喧嘩をしたし、時には酷い事を言い合ったりして、決して仲が良かった訳じゃないけど、・・・やっぱり私は、母の事が大好きだったのよね。


そりゃ、一度は殺してしまおうって思い詰めた事もあったけど、本当の私は、母と一緒に仲良く暮らしたいって思ってたし、・・・あんなに母の事を困らせるつもりも無かった。


出来れば母とおじさん、マリオと私の四人で、毎日を楽しく過ごしたいって思ってた。


特に、母が私の分の食事を用意してくれるようになってからはね。


いつの日かきっと、自分の思いは伝わる、母に思いを伝えられる日が来るんだって、そう信じていた。


なのに、・・・それがまさか、こんな形で唐突に終わりを迎えてしまうなんて、・・・夢にも思わなかった。


・・・本当に悲しかったわ。・・・ショックで目の前が真っ白になっちゃって、何も見えなくなるぐらい。


何を言われても、何も聞こえなくなっちゃったし、何も考えられなくなった。


でも、悲しいって言う気持ちの中で、一番強くうずいていたのは、最終的に、私の本当の思いを、母に伝える事が出来なかったって言う、情けなさ、悔しさかな。


結局私は、母を困らせてばかりいた不出来な娘で終わり・・・。


母を苦しませるだけ苦しませて、何一つ気の利いた事をしてあげられなかった親不孝者。


もう絶対にその事実を覆す事は出来なかったし、・・・そう思うと、ほんと悔しくて悔しくてね・・・。


こんな馬鹿な娘でごめんなさい、我儘わがままな娘でごめんなさいって・・・、心の中で必死に謝っても、もうどうなるものでもなかったし・・・。


その時私は、本当に死にたい気分になってしまった。


ほんと、生きる気力の全てを吸い取られてしまった感じだった。



でもね、そんな時、ふと顔を上げたら、目の前にマリオが立っていたの。


顔に何枚か大きな絆創膏ばんそうこうを張った状態で、私と同じように思いっきり泣きじゃくってた。


私はそれまで、死んでしまった母の事ばかり考えていて、奇跡的に助かったマリオの事なんて、全然頭に無かったけど、よくよく考えたら、マリオはその時、母親と父親を同時に失ってしまったのよね。


きっと私以上に辛い状況だったに違いないわ。


それなのに私ったら、そうだと気付いた瞬間、鬱陶うっとうしさの方が強くなっちゃって、マリオの事を慰めてやろうともしないで、直ぐにその場から立ち去ろうとしたの。


逃げ去ろうとした・・・って言う方が正しいのかな。


目の前で悲しみに暮れる自分の弟を見捨ててだよ。


自分よりも十歳も年下の子供を見捨ててだよ。


ほんと薄情な姉だって、自分でも思ったわ。


私は結局、自分の事しか考えない、他人の悲しみ、痛み、辛さなんて、どうでも良い軽薄な人間だったのよね。


いつか自分は変われるんだなんて、そう思ってたけど、結局私は以前と何も変わっていなかった。



でも、そんな時、マリオが突然、私に抱きついてきたの。


そして、泣きながら震える声で、こう言ったんだ。


「お姉ちゃん」・・・って。


私、いまだに覚えているわ。その時のマリオの言葉。


それだけ衝撃的だったの・・・。私にとっては・・・。


他に頼る人が居ないと言うのは解る。


でもまさか、あんなに酷い事をして虐めまくった私に、泣きながら抱きついてくるなんて・・・、夢にも思わなかった・・・。


・・・嬉しかった。・・・本当にね。本当に嬉しかった・・・。


勿論、母の死は悲しかったけど、それ以上の嬉しさが込み上げてきちゃって、途中から違う涙になっちゃった。


私はマリオに、絶対に嫌われていると思っていたし、憎まれているとさえ思っていたし、まさかマリオの方から私に近付いてくるなんて、・・・まさか、お姉ちゃんって呼んでくれるなんて、思っても見なかった。


それに、それまでの私は、誰かに頼られるなんて事は、一度も無かったしね。


本当に嬉しかったわ。


その後私ね。ぼろぼろ涙を零しながら、小さなマリオの身体をギュッと抱きしめて、優しく頭を撫でてあげたんだ。


ずっとずっと、マリオが泣き疲れて眠ってしまうまで、ずっとね。


ほんとこの時、私の中で何かが変わったと思うわ。


それまで刺々しかった私の心も、何処か自然と穏やかになったような気がする。


だってその時点で、この幼いマリオの事を守ってやれる人間は、もう私しか居なかったんですもの。


私が何とかしなきゃって思った。


私がマリオの母親代わりにならなきゃって思った。


私が誰かの為に何かをしようって本気で考えたのも、その時が初めてかな。


私はね。マリオがくれた「お姉ちゃん」って言う、その一言によって救われたんだ。


暗い暗い闇の中で、ずっと一人で彷徨さまよい続けていた私の心に、フッと暖かい光をもたらして、救い出してくれたのがマリオなの。


私にとってのマリオは、本当にかけがえの無い愛すべき人。


マリオの為なら何でもしてあげようって思った。


マリオの為なら死んでも良いとさえ思うようになった。


人って、何かの切欠さえあれば、一瞬にして変われるものなのよね。


それまで、幾ら頑張った所で、思うような人間にもなれなかった私が、その日を境に、出来るだけ優しい人間になろうって、努力し始めたの。


自分でも不思議だったわ。


その内マリオも、私の事を好きだって言ってくれるようになってね。


最終的に私達二人は、凄く凄く仲の良い姉弟あねとになる事が出来たんだ。


母とおじさんが死んでからは、おじさんの遠い親戚の家をたらい回しにされて、根無し草の様な毎日を送る破目になっちゃうんだけど、私はマリオと一緒なら、どんな状況だって乗り越えられると思っていたし、私は、マリオが傍に居てくれれば、それだけで幸せだった。


・・・本当に幸せだったわ。



でもね。実際はそんな幸せな事ばかりじゃなかったの。


本当は毎日が辛い日々の連続だった。


私達を引き取ってくれた親戚の多くは、みんな自分達家族が食べていくだけで精一杯って言う、貧しい家庭の人達が多くてね。


何処に行っても私達は、要らない物の様に冷たく扱われた。


酷い所だと、食事を全く用意してくれなかったし、寝る場所も、壁に穴の空いた薄汚い物置小屋を宛がわれて、毛布の一枚すら与えてもらえなかった。真冬の寒い時期にだよ。


私達には、母とおじさんが残した僅かな蓄えがあったから、なんとかやっていく事が出来たけど、毎日毎日働くだけ働かせておいて、学校にも行かせてもらえなかったし、挙句の果てには、別の親戚を紹介してやるから出て行けって・・・。


ほんと酷い人達ばかりに当たっちゃったと思う。


世間はこんな酷い人達しかいないのかって、そう思っちゃうぐらい。


まあ、何処の馬の骨とも解らない子供二人を、引き取って育てるなんて、簡単な事じゃないって解ってたけど、ほんと、酷かったわ。



でも、本当に酷いと思ったのは、最後に行き着いた中年夫婦の家かな。


初めて会った時は、とても愛想が良くて優しいおじさんとおばさんって印象を受けたんだけど、実際は毎日働きもしないで、昼間から酒をあおっているような連中でね。


他人を食い物にして生き永らえてるだけの最低の人間だった。


私もまさか、最初はそんな人達だって知らなくってさ。


ようやく優しい人達に出会えたんだって、マリオと二人で喜んでいたんだ。


そしたら突然、・・・あれは確か、私達が中年夫婦の家で暮らすようになって、二週間ぐらいが経った頃かな。


突然、家に黒服の男達が四人やってきて、強引に私の事を連れ去ろうとするの。


もう有無を言わさずって感じでね。


私ほんと、何が何だか訳が解らなくって、必死に叫び声を上げながら、家の中に居るおじさんとおばさんに助けを求めたんだけど、二人はニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべたまま、助けてくれようともしなかった。


私ね。その時、・・・おじさんとおばさんに売られたんだ。


その黒服の男達に・・・。


私はそうだと気付いた瞬間、何とか逃げ出そうって必死に抵抗したんだけど、黒服の男達に四人がかりで掴みかかられちゃって、全く成す術もなく、車の中に引きり込まれそうになったの。


必死に声を上げても、近所には誰も住んでいない廃屋ばかりが立ち並んでいたし、私はもう駄目だと思った。


本当に怖かった・・・。



でもね、そんな私の事を助け出してくれたのがマリオ。・・・マリオなの。


・・・凄かった。・・・本当に凄かったのよ。


小さい身体ながら、手に持った木の棒をブンブンと振り回して、たった一人で黒服の男達に飛び掛って行ってね。


あっと言う間に一人、二人とぎ倒してしまったのよ。


そして、男達がひるんだ一瞬の隙を見て、私は何とか逃げ出す事が出来たんだけど、その後も、後ろから追いすがって来る男達を、千切っては投げ千切っては投げって感じで上手に蹴散らしてくれてね。


本当に凄かったんだから・・・。




・・・うっふふ。そうでしょうね。セニフには信じられないでしょうね。


勿論、話がちょっと飛躍し過ぎって点については、敢えて否定はしないけどね。


その時の私には、本当にそう見えたんだ。


マリオは普段から大人しくて、泣き虫で、人見知りが激しいってイメージが有ると思うけど、実はあれでいて意外と度胸のある子なのよ。


そして、いざとなると信じられない様な力を発揮する不思議な子。


あの時はほんと、マリオに助けられたわ。


もしマリオが居なかったら、その後の私はどうなっていたか解らないし、・・・本当にマリオには感謝している。


本当にね・・・。



私はね。いつもいつもマリオの事を守ってやらなきゃ、守ってやらなきゃって、そう思ってたんだけど、本当は逆に、いつもいつもマリオに守られてばかりいた。


助けられてばかりいた・・・。


それは、実際にマリオに助けてもらった話とは別にね。


私はマリオが傍に居るだけで、本当に幸せを感じる事が出来たし、どんなに辛い事があっても、どんなに悲しい事があっても、どんなに怖い目に遭っても、マリオの笑顔を見ただけで、頑張って乗り越えようって言う、強い気持ちを抱けるようになった。


それに、マリオと一緒に居ると、私が私で居られる・・・って言うか、私自身がこう在りたいって望んだ、理想の自分に近づけているような気がして、本当に嬉しかった。


私にとってのマリオは、本当にかけがえの無い大切な存在で、絶対に無くしてはならない心の拠り所。


そう、心の底から真に愛すべき可愛い弟だったの。




・・・でもね。私はそんなマリオに・・・、酷い事をしていた・・・。


毎日毎日、執拗しつようなぐらいに虐めていた・・・。


泣き叫んでも泣き叫んでも、この手で何回も何回も殴り付けて、何回も何回も蹴り飛ばして、挙句の果てには、この手で殺そうとまでした・・・。


ほんと、情けなくなっちゃう・・・。もう情けなくて涙も出ないわ・・・。


私さ、マリオの笑顔を見る度に、凄く嬉しい気持ちになる反面、いつもいつも心が苦しくて・・・、切なくて・・・、やるせなくって・・・。


でも、マリオは、本当に優しい子だから、全くそんな事気にしていないような振りして、いつもいつも私に明るく振舞って見せるんだ。


本当に優しい子・・・。



私ね・・・。そんなマリオの優しさに甘えて、きちんと謝った事が無いの・・・。


いつかは絶対謝ろうって心に決めていたけど、二人で仲良く過ごすようになってからは、中々言い出すチャンスが無くてね・・・。


・・・私、今でも毎晩、寝る前にマリオに謝ってるんだ。


もう、マリオが死んでしまった後じゃ、何を言っても意味の無い事なんだけど、・・・今の私に出来る事は、これぐらいだから。



でも、なんか・・・。その時、いつもいつも頭の中に浮かぶんだ。


マリオがニッコリと満面の笑みを浮かべて、「いいよいいよ。気にしないでお姉ちゃん」って、言ってくれてる姿がね・・・。


勿論、それが自分勝手な思い込みでしかないって事は解ってるけど、私には優しいマリオのイメージしか思い浮んでこないんだ。


ほんと、馬鹿なお姉ちゃんでごめんなさいね。マリオ・・・。



結局ね・・・、私の心の中に残された傷跡は、絶対に直らない・・・って、そう思っている。


直す方法は、死んでしまったマリオに直接会って、謝る事しかないんだと思う。


それが出来ない限り、この私の心の苦しさは、絶対になくならないの。


つまり、私が生きている限り、永遠に苦しみ続けなければならないって事。


自分自身がこれまで仕出かしてきた悪行のツケですもの。


私はもう、死ぬまで苦しみ続けるつもり。


勿論、その辛さに耐え切れなくなりそうな時はあるけどね。


でも、それでも頑張って生きていかなければならないのよ・・・。


だって、死んだってマリオに会えるって、決まってる訳じゃないしね。


それに、恐らくマリオは天国に行ってるけど、私は絶対に地獄に落ちるんだって思ってるし・・・。




・・・うっふふ。ありがと。


でもね。これは私が生きる為の一つの方便として、そう思うようにしただけだから、余り気にしないで。


だって地獄に落ちてしまったら、こうやってマリオの事を思い返す暇なんか、全く無いないかもしれないじゃない?


現世って言うこの世界で、マリオの思い出に浸れるだけ、まだ幸せな方なんじゃないかって、そう思うようにしたの。


自分から死を選択する事は自由だし、死ぬのはいつだって出来る事だわ。


なら、取り敢えず生きてみるのも、そう悪くはないんじゃないかって、私はそう思う。


セニフはさ、今直ぐここで、死にたいなんて思っているの?




・・・そうよね。死にたいって思っていたら、最初から私の所なんかに来る訳無いっか。


私もね、・・・あんまり気の利いた言葉をかけてやる事は出来ないけど、・・・一度心に負ってしまった悲しみ、辛さって言うのは、生きている限り絶対になくならないものなのよ。


死ぬまでずっと、それに耐え続けなければならないものなの。


悲しみや辛さに耐え続ける為には、自分がもっともっと強くならなきゃって思っているし、強くなる為には、それなりの何かを見つけなければならないって思っている。


勿論、それがそう簡単に見つかるものだなんて思っていないけどね。


でも、セニフも私も、これから頑張って、それを見つけていかないとね。


生きて行く為に・・・。

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