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Loyal Tomboy  作者: EN
第七話「光を無くした影達の集い」
137/245

07-05:○ようこそランガ・カカの屋敷へ

すみません。東と西を間違えて書いてました。

以下の文を修正します。ほんとお馬鹿ですねTT


○スーノースーシ川イーストライン

×スーノースーシ川ウェストライン

第七話:「光を無くした影達の集い」

section5「ようこそランガ・カカの屋敷へ」


西の空へと傾いた初夏の日差しが、次第に優しげな肌触りを交え始める頃。


一年で一番の躍動期を迎えた森の木々達も、周囲に漂わせる色濃い自然の香りだけを残して、次第に黒と言う影色によって塗り潰され始める。


焼き付けるような赤さをまとった夕暮れ時の空色を背景に、皆一様に同じ色へと染まった自然の風景は、吹き抜ける穏やかな薫風くんぷうに妖美な揺らめきをかもし出し、まるでわびしい演劇の終幕を見ているかのようだった。


次第に夜と言うひんやりとした気配を漂わせ始める森の中で、サラサラと心地よい葉音に塗れながら、一日の終わりを示唆しさする幻想的情景を見つめていた一人の女性は、やがて、しっとりと潤った上唇に舌を這わせると、木々の隙間から見える大きな屋敷へと視線を宛った。


そして、注意深く周囲をぐるりと見渡して、辺りに全く人気が無い事を確認すると、屋敷を囲う古風な赤煉瓦塀あかれんがへいの傍まで素早く歩み寄った。


彼女が着込んだ可愛らしい衣装は、周囲の様相に相反して、一際目立つ純白の色を放っていたが、この時見せる彼女の挙動には、何処か人に見つからないよう、気を配っている様子が窺えた。


帝国領東部スーノースーシ川イーストライン沿いに栄える、流通中継都市「シャルム」の中心街から、おおよそ南に10kmils程離れた山間の一画に、たった一軒だけぽつねんと佇むその大きな屋敷は、さほど入念な手入れが施されていない様子で、何処か不気味な雰囲気をかもし出している様にも見受けられる。


しかし、だからと言って、全く生活観を感じさせないかと言えばそうでは無く、勿論、一般市民達が住まうには、余りに無意味な大きさを誇っていると言わざるを得ないが、それでも高級貴族達の離宮りきゅうとして建てられたものだと考えれば、それほど不思議な存在でもなかった。


彼女は、自分の背丈程の赤煉瓦塀あかれんがへいに、背中をぴったりと押し付けた状態で、屋敷の母屋へとくくり付けていた視線を取り除くと、足首まで巻き付いたお洒落なブーツへと視線を落とし、その汚れ具合に小さな溜め息を吐き出した。


そして、幾重にも生地が折り重なった可愛らしいスカートに、絡み付くように付着した草木の端々を丁寧に払い除けると、紫色のボリュームのある細い髪の毛を掻き上げ、再び周囲の様相をくまなく見渡して見せた。


こんな人気ひとけの無い山奥でたった一人、怪しげな行動に終始する彼女の目的が、この大きな屋敷以外にありえない事は明白だが、言わずもがな彼女は、この屋敷に立ち入るのに、正門を利用するつもりなど無かった。


彼女は徐に、赤煉瓦塀あかれんがへい上辺うわべりに両手を添えると、軽快に塀の上へと細身の身体をよじ登らせ、短いスカートを妖美にひらつかせながら、一気に塀を飛び越える。


そして、着地すると同時に素早く左右に視線を巡らせ、屋敷の裏手側へと忍び寄ると、全く間髪をおかず、小高いウッドデッキ上へと続く短い階段を駆け上がった。


流れるような一連の動作の中で、全く目立った物音を一つも排出しない彼女の所作しょさは、確かに洗練された闇の実能力を有しているさまを匂わすものであり、着込んだ派手目の衣装が一際異彩さを放ってはいるものの、まさに隠密行動に手馴れた工作員たる威風を感じさせるものがあった。


やがて彼女は、取り付いた勝手口の小窓から、マジマジと屋敷の中の様子を窺い見ると、中に全く人気ひとけが無い事を確かめた上で、そっと勝手口のドアノブを回す。



ガチャリ。



すると、思いがけずも簡単に、彼女の手の動きに合わせて口を開いた勝手口の扉が、ギィと言う微かな摩擦音と共に、何処か妖しげな雰囲気を漂わせながら、彼女の目の前に進むべき道筋を曝け出した。


もう既に日没間際の時間帯にあって、屋敷の中はほとんど闇の中へと埋没した状態にあったが、彼女は少しも躊躇ちゅうちょする素振りを見せず、低い体勢を保ちながら、直ぐに屋敷の中へと身を滑り込ませた。


まず最初に彼女を迎え入れてくれたその部屋は、ほのかに湿り気が漂うだだっ広いダイニングキッチンであり、中央部に置かれた大きな長テーブルの周囲には、お洒落な文様を施された六つの椅子が並べられていた。


小奇麗に片付けられたキッチンの様相は、普段から余り利用されていないのかと思わせる程の清潔感に満ち溢れ、直近、何かの料理に使用したような形跡は、全くと言っていいほど皆無であった。


しかし、良く見れば不思議な事に、テーブルの周囲に置かれた椅子の前には、ディナー皿、ナイフ、フォークと言った、食事道具一式が並べられており、テーブルの中央部に活けられた鮮やかな花々もまた、何処かこの屋敷に人が居る事を匂わせていた。



変ね。人の匂いはするのに、人の居る気配がしない。



彼女はじっと身を屈めたまま、薄暗いキッチンの中をキョロキョロと見渡し、徐に短いスカートを更にめくり上げると、右太腿に巻きつけたホルスターから一丁の短銃を取り出し、スライドを引いた。


そして、キッチンから抜け出る為の真っ暗な出入り口へと視線を宛がうと、静かに息を殺しながら、暗がりの隅を辿るようにして、ゆっくりと前進を開始した。


キッチンを抜け出ると、そこは思いの他広々とした横に長い通路へと突き当たり、彼女から見て右手側に伸びる通路には、幾つもの部屋が立ち並んでいる様子だった。


閑散とした様相を紛らす為か、各部屋の入り口と入り口の間には、高級そうな絵画が一枚づつ掛けられており、その逆側の通路を突き当たったL字角には、大きな槍を持った等身大の古びた甲冑かちゅうが置き飾られていた。


窓の外から差し込む夕暮れ時の微光に照らし出され、通路一杯に敷き詰められた綺麗な絨毯じゅうたんが、燃え上がるような赤さを滲ませる中、彼女は入念に周囲の気配を探りながら、壁際をさする様に通路左手奥へと進み出す。



・・・するとそんな時、いまだ物音一つ聞こえ来ない静寂さの中から、不思議と聞き心地の良い静かな音色が響き渡って来るのを、彼女は聞いた。


彼女は直ぐさま周囲へと視線を這わし、しばしその音色に聞き入ってたのだが、一体この大きな屋敷の何処から聞こえ来るものなのか、直ぐには察しようがなかった。


パイプオルガンの音かしら・・・などと、どうでも良い推測を脳裏に浮かび上がらせ、やはりこの屋敷には誰かが居るのだと言う確信を得た彼女は、非常に強い警戒心を渦巻かせながら、ゆっくりと音色が流れ来る源を辿り、歩き出す。


古めかしい甲冑かっちゅう一瞥いちべつをくれ、突き当たりのL字角を右手側に曲がり進んだ彼女は、やがて、一階と二階をぶち抜いて形成された、大きな吹き抜けの空間へと這い出した。


恐らくは屋敷のど真ん中に位置するであろう箇所にこしらえられたその空間は、部屋の中央部に大きな暖炉が一基備え付けられており、天井からは、これまた見事なシャンデリアが四つぶら下がっていた。


季節外れの灯火ともしびを宿す暖炉の炎が妖美な揺らめきを奏で出す中、周囲に並べられた大きなソファや観葉植物の影達が織り成す、無機的な舞踏会の様相を見て取った彼女は、やはりここにも誰もいない・・・と思い付いた直後、再び聞こえ来るパイプオルガンの音色に意識を舞い戻した。


屋敷の中に篭る空気の全てに浸透するように響き渡るその音色は、いつの間にやら薄ら寒いイメージを連想させる曲調へと移り変わり、時折テンポを急激にペースアップして見せては、激しく鍵盤を叩き付ける様な狂騒を吐き出すようになる。


そして、再びなだらかな調子へと繰り返し舞い戻っては、何処か人の恐怖心をあおり立てるような、おどろおどろしい音色を静かにつむぎ出し、突然の来訪者に対する悪意ある持て成しを、彼女に押し付けている様でもあった。



ほんと悪趣味ね。家主の人格を疑っちゃうわ。



彼女は握り締めた短銃を胸元に構え、生理的嫌悪感を沸き立たせる偏執的へんしつてきな曲調に、深い溜め息を付いて見せたのだが、やがて、吹き抜けの空間を上下に繋ぐ、螺旋状らせんじょうの階段へと視線を据え付けると、恐らくは二階から聞こえ来る音なのであろうと言う予測と共に、素早く階段へと駆け寄った。


そして、吹き抜けをぐるりと囲んだ二階の通路にも、全く人気ひとけが無い事を確認すると、彼女は螺旋階段らせんかいだんの中腹部に備え付けられていた、小広い踊り場へと一気に取り付き、軽やかに木製の手摺りを乗り越えて、素早く二階へと駆け上がった。


するとやはり、彼女が思った通り、屋敷内に響き渡るパイプオルガンの音色が、にわかにその大きさを増して行き、彼女が屋敷の二階奥へと続く、真っ暗な通路脇まで辿り付く頃には、より鮮明に禍々(まがまが)しき旋律せんりつを、聞き取る事が出来るようになっていた。


日没間際とは言え、それまである程度の明るさを持って、周囲の様相を見て取る事が出来た訳だが、今、彼女の目の前に横たわる通路に限って言えば、完全なる闇に取り込まれた世界と言っても過言ではない。


通路入り口の左右に置かれた、二匹の巨大な虎の石像を見ても解る通り、そこから先は、屋敷内でも一際異様な雰囲気を放っている様にも見受けられた。


彼女は、徐に短銃を握り締めた右手拳にグッと力を入れると、激しい躍動を奏で始めた不気味な音色に合わせ、意を決したように真っ暗な通路内へと突き進み始めた。


完全に闇の中へと埋没した通路内には、特に何か仕掛けが施されてる風でもなく、彼女の行く手を遮るような存在は何も感じられない。


ただ、流れ来る不気味な旋律せんりつだけが、ゆるりゆるりと歩を進める度に、次第にその大きさを増して行くのが解った。


やがて彼女は、一際大きな音を垂れ流す部屋の扉の前で足を止めると、手探りで扉の取っ手を探り当て、静かにゆっくりとそれを引く。


僅かに開いた扉の隙間から漏れ出す一段と大きな音の波動と共に、ほのかに流れ来る甘くて心地よい香りも感じ取った彼女は、部屋の中から全く光が漏れ出さない事に懐疑的心情を沸き起しながらも、確実に人が居ると言う気配を直感した。


するとその直後、盛大な盛り上がりを見せ始めていた不気味な旋律せんりつが、激しく乱雑した異音の集合体によって唐突に終止符が打ち付けられ、それと同時に、一斉に通路内のあかりがともされた。


彼女は一瞬、見つかった!?・・・と言う反射的意識の激しい突き上げにより、咄嗟とっさに扉の取っ手から左手を引き剥がすと、まばゆさから細めた目元へと宛がい、仕切りに辺りの様子を警戒した。


しかし、如何なる事態に対しても、直ぐに対応出来るよう、若干身を屈めるようにして短銃を構えて見せた彼女の行動を他所に、新たに示し出された次なる異変は、彼女の予想とは全く相反あいはんした、実に静かなる現象だった。


最後に打ち付けられたパイプオルガンの音色だけが、掻き消えそうで掻き消えない微かな余韻を周囲に漂わせる中で、彼女の手を放れた部屋の扉が、無音なるままにゆっくりと開かれていく。



遊ばれてたのね・・・。



この時、彼女はそう思った。


開かれた扉の向こう側、彼女が構えた短銃の先には、部屋の壁一面にへばり付く様に設置された、巨大なパイプオルガンが横たわっており、そしてその前の演奏席には、真っ黒で清楚な執事服をまとった老人が一人座っていた。


老人はゆっくりと立ち上がり、背筋を伸ばしたまま行儀良く彼女の方へと向き直ると、右手をお腹の辺りにそっと添えて、彼女に深々と一礼を施した。


「ようこそ。ランガ・カカの屋敷へ。」


静かに頭をもたげ、真っ白な口髭を小さく上下させながらそう言い放った老人は、面白くも無さそうに仏頂面ぶっちょうづらを浮かべる彼女に対して、優しげな笑みを一つ振り撒いて見せると、静かに部屋の奥の方へと手を差し伸べた。


それは言うまでも無く、彼女に部屋の中へと入るよう促す仕草であり、老人は無断で屋敷の中へと立ち入った彼女の非を問うでもなく、あたかも最初から彼女が来る事を予見していたかの様な素振りで、すんなりと彼女を迎え入れる態度を示し出して見せたのだ。


雪の様に澄んだ白髪と、何処か人の良さを匂わせる、優しげな瞳を持つこの老人が、つい先ほどまで、屋敷中に不気味な音色を響かせていた当の本人には間違いないのだろうが、老人のかもし出す雰囲気は、そう言った人の負たる感情を全く刺激しない、物柔らかさを感じさせるものがあった。


やがて彼女は、心の中に生じた警戒心を、更に強く脳裏に渦巻かせながらも、不思議と毒気を抜かれてしまった様子で、構えた短銃を静かに下ろした。


そして、全く微動だにしない老人の立ち姿に、一瞬だけチラリと視線を宛がうと、老人の誘いに従ってゆっくりと部屋の中へと歩を進めた。


元はといえば、彼女もそれが罠である可能性を十分考慮した上で、この屋敷を訪れたのであって、今更目の前に鬼が出ようが蛇が出ようが、何ら臆するつもりもなかった訳だが、彼女もまさか、こんな子供染みた悪戯いたずらを持って迎えられようとは、思っても見なかった事だ。


「ようこそおいでくださいました。私共のお持て成しは如何でしたか?」


思ったよりも小狭い部屋の雰囲気は、外界を覗き見る窓のようなものが、一切取り付けられていないせいもあってか、何処か陰湿な雰囲気を帯びた粘着性の高い空気に包み込まれていた。


部屋の四隅に置かれた古めかしいスタンドライトからは、煌々(こうこう)ときらめくオレンジ色の光が滲み出しており、部屋の様相を窺い見るのには十分な程の光量が保たれていたが、こう言ったたぐいの建物には、絶対的必需品であるはずの巨大シャンデリアの姿も無く、程高く設定された天井付近は、何処か閑散とした雰囲気を漂わせていた。


部屋の壁面は一様に淡い薄黄色で統一され、丸みを帯びた大きな柱にも、全くこれと言って目立った装飾などは施されていない。


大豪邸と称するに相応ふさわしき屋敷の中にあって、今一つ精彩さを欠くこの部屋は、恐らく客人を持て成すような品性漂う応接間ではないのだろうが、部屋の奥で一段高い場所に座っていた一人の少年は、ぜいを凝らすより趣を添えると言った趣向の持ち主・・・と言う事なのだろう。


綺麗な翡翠ひすい色の髪の毛を持つその少年は、いまだ二十歳にも満たない幼さを残した顔立ちであり、何処か興味有り気な視線を彼女へとくくり付けると、綺麗に澄んだ声色を持って、形式的挨拶文をそのまま彼女に投げかけて来たのだ。


「最悪ね。余り大人をからかうものじゃなくってよ。」


子供・・・?と、彼女は一瞬虚を突かれた様子で少年の眼差しを見返し、何処かむしゃくしゃした気分を吐き付けるように、邪険な言葉を投げ返した。


そして、その少年の直ぐ左脇に立っていた黒髪の女性へとチラリと視線を宛がい、更にその反対側の右脇に立っていた厳つい中年男性を経由して、再び翡翠ひすい色の髪を持つ少年へと視線を戻す。


少年の脇で姿勢良く直立した二人の男女は、あからさまに悪意ある視線を、彼女に突き付けている様にも感じられたが、彼女はして気にも留めない様子で無視を突き通した。


「いやぁ。私も驚きましてね。まさか貴方のような可愛らしい女性が訪ねて来るなんて、思っても見なかったものですから。急遽考え付いたもよおし物を持って、貴方を持て成そうと考えたのですが、どうやらお気に召さなかったようですね。」


少年は彼女にそう語りかけながら、右手を小さく振りかざすと、パイプオルガンの傍らに佇んでいた老人に退出を促した。


そして次に、黒髪の女性の方を向いて何やら目線で合図を送ると、加えて中年男性の方にも左手で新たなる指示を出す。


「私もまさか、貴方みたいな子供に迎えられるとは思ってなかったわ。私、この屋敷の主人にお会いしたいの。お取次ぎ願えるかしら?」


その少年がかもし出す雰囲気と、周囲の者達の振る舞いとを見て取れば、それは恐らく問うまでもなく解りきった事実なのであろうが、彼女はわざとらしく周囲をキョロキョロと見渡すと、白々しくも敢えてそれを確認する問い掛けを投げかけた。


「この屋敷の主は私ですが、何かご不満でしょうか?」


「そりゃあ不満よ。折角苦労してここまで辿り着いたって言うのに、ようやく出会えた相手が、貴方みたいな子供だったなんて。わざと食い付き易いき餌を目の前に曝しておきながら、かなり面倒臭い手順を踏むよう仕組まれていたのも、しゃくさわるし、私は子供の遊びに付き合っている暇はなくってよ。」


「それは申し訳ありません。私も貴方の力量を知りたかったんです。」


そう言って、殊勝しゅしょうにも謝罪の言葉を並べ返した少年は、少しも悪びれる様子もなく、彼女に無邪気な笑顔を振り撒いて見せる。


彼女は、そんな少年のかもし出す友好的振る舞いから一度視線を切り離すと、何処か心の中に溜まり込んだモヤモヤを拭い切れないと言った様子で、大きな溜め息を一つ吐き出した。


そして、程無くして部屋の隅から椅子を持ち出してきた中年男性へと視線を宛がうと、直ぐに「このままでいいわ」と、その好意を切り捨てる言葉を投げ付け、綺麗な紫色の髪の毛を妖美に掻き揚げて見せた。


やがて、背後で静かに部屋を出て行った老人が、退出間際に部屋の扉を閉める音を聞いた彼女は、いぶかしげな表情を浮かべた中年男性の視線を完全に無視したまま、部屋の奥にある小さな扉へと姿を消し行く、黒髪の女性へと視線を据え付けた。


これまでの彼等の振る舞いを見て取る限り、何か怪しげなくわだてを持って罠に落としいれようと言う、無粋な行為に及ぶ気配は微塵も感じられない。


勿論、安心だけさせておいて、いきなり背後から襲い掛かる可能性も無きにしもあらずだが、この少年が本当に依頼人本人であるならば、自分のような小者をおとしいれて満足するような輩ではないだろう。


彼女はふと、そう思い付き、不思議な雰囲気を漂わせる少年の方へと視線を戻すと、ようやく妖しく笑みを浮かべて見せた後で、静かに相手の真意を探るべく会話へと突入を開始した。


「・・・で?私の力量を知って、貴方はどうするつもりなのかしら?」


「ご覧の通り、私は帝国の人間でして、帝国国内の時事に関しては、それなりに精通している自負がありますが、帝国国外の時事となると、そう簡単にはいきません。見た所、貴方はトゥアム共和国にも活動拠点を持つ、非常に優秀な人物であるようですし、できれば私に協力してもらいたいと、そう思っていたんですよ。」


「そう。・・・やっぱり諦めた・・・って訳じゃなかったのね。」


「諦めた?どうしてですか?」


「だってそうでしょう?あの事件以降、何か新しい指示があるのかと思って、黙って大人しく待ってれば、全く何の音沙汰おとさたも無し。貴方が別ルートを使って、新たに行動を起こしている風にも見えなかったし、そう思われても仕方が無い事じゃなくって?あんな強力な爆弾を野放しにしたまま、貴方は一体何をくわだてようとしているのかしら?」


「別に野放しているつもりはありませんよ。私が提供した情報によって、「貴方達」が彼女を監視下に置くであろう事は予測してましたし、次の機会が来れば、また貴方に協力を要請しようと思っていました。」


「次の機会?」


「勿論、それがいつだと、直ぐにお約束できる様なものではありませんが、時が来たら、追って私の方から連絡します。今回の事で、貴方が非常に優秀な人物である事が解りましたし、それを利用しない手はありませんからね。私が一体何をくわだてているのか・・・と言う質問に関しては、直接私の口からお答えする事は出来ません。ですが、実際に起きた出来事を順に並べて検証してみれば、自ずとその答えは明らかになると思います。貴方も既に、それとなく感じ取ってはいるのでしょう?」


そう言って、可愛らしい微笑み投げかけた少年の表情をじっと見つめ、その中に、何処か異様な底暗さを感じ取った彼女は、やがて、右手に握り締めたままとなっていた短銃を、右太腿にくくり付けたホルスターの中へと仕舞い込んだ。


そして、奥の部屋へと姿を消していた黒髪の女性が、二人分の飲み物を乗せた四角いトレーを持って、直ぐに部屋の中に舞い戻って来た様を見て取ると、少年の脇に直立した中年男性のかもし出す攻撃的威風と合わせて、妙に納得感を滲ませた表情を浮かべ、静かに腕組みをした。


「まあ、それなりにね。でも、だからこそに落ちないのは、何故貴方があの小娘を放置したままにしておくのかって事よ。貴方にとってあの小娘は、最終的には邪魔な存在になるんではなくって?」


「そうですね。彼女が本当に本物なのであれば、そう言う事になるでしょうね。」


「本当に本物なのであれば??・・・どういう事??」


少年の発した思いがけない言葉に、思わず驚きの声を張り上げてしまった彼女は、黒髪の女性が差し出した珈琲コーヒーカップを手に取り、暢気のんきにその香りをたしなむかの様な素振りを見せる少年の姿に、多少じれったさを感じつつも、じっと少年の姿を見据えたまま、次なる言葉を待った。


やがて、残る一つの珈琲コーヒーカップを差し出してきた黒髪の女性に、無言なる断わりを突き返してやった彼女は、「飲まないんですか?美味しいですよ?」と、あっけらかんとした表情で口を開いた少年の方を睨み付けた。


少年はゆっくりと珈琲コーヒーを二口ほどすすり、手に持つ珈琲コーヒーカップを、右手側にあった木製の置き台の上に載せると、静かに彼女の方へと向き直って、興味津々なる視線を彼女に据え付ける。


「貴方から戴いた彼女の写真。あれは私が探している人物とは多少異なる人物なのではないかと、そんな気がしてならないのです。本当に彼女で間違いないのでしょうか?」


「何言っているのよ。DNA鑑定結果もちゃんと添付して送信したでしょう?私が直接彼女から毛乳頭付き毛根を採取したんだから、絶対に貴方の探していた当の本人で間違い無しよ。それとも貴方・・・まさか私が鑑定結果を捏造ねつぞうしたんじゃないかって、そう思ってるんじゃないでしょうね。」


「いえいえ。それならそれで良いのです。・・・ふーん。そうですか・・・。」


何?何なの?この子の反応は・・・。


この子は、あの小娘を探してたんじゃないの?


帝国の皇女である、あの小娘を・・・。


DNA鑑定結果をないがしろにしてまで、写真の見た目だけで、その事実を疑ってかかるなんて・・・。有り得ないわ。・・・一体どう言う事?


見た目・・・。見た目だけで判断・・・。


・・・と言う事は、実際にこの子は、自分の探している人物を、直近、何処かで見た事がある・・・って、そう言う事に・・・。


「解りました。少し思い当たる節があります。」


するとやがて、両者の間にしばし形作られる事となった沈黙の時を経て、彼女よりも先に新たなる道筋を見出した少年が、そう発した言葉と共に、その身を椅子から立ち上がらせた。


そして、一段高い場所から彼女を見下ろすように視線を据え付けると、ゆっくりと両手を後ろ手で組み、不意に彼女の視線とかち合ったタイミングに合わせて、続く言葉を連ね出して行った。


「貴方にとっては、多少後ろ向きな内容になるかも知れませんが、私にはどうしても確認しておきたい事があるんです。貴方にはそれを手伝って欲しいのですが、いかがでしょうか?勿論、報酬もそれなりにお渡ししますよ。」


彼女はその時、脳裏に渦巻く激しい混乱の淵から中々抜け出す事が出来ず、少年が突き付けた要求に即答する事が出来なかった。


しかし、この少年が一体何を目論んでいるのかと言う真意を含め、その背後に見え隠れする真の黒幕たる存在に、少しでも近付く事が出来るのであれば・・・と思い付くと、彼女はニヤリと不敵な笑みを浮かべて、短く「いいわ」と返事を返して見せた。


そしてやがて、彼女は小さく吐き出した溜め息と共に、紫色の髪の毛をなまめかしく掻き揚げて見せると、黒髪の女性へと視線を宛がい、こう言った。


「やっぱりそれ戴くわ。少し喉が渇いちゃった。あ、勿論、中に毒が入ってなければの話だけどね。」


すると少年は、黒髪の女性に一瞥いちべつをくれ、少しだけ不思議な間を置いた後で、静かにこう言って見せた。


「オルティア。この方にもう一杯珈琲コーヒーを入れて差し上げて。」


「解りました。」


彼女は一瞬、その二人のやり取りに驚いた表情を浮かべ、にわかに険しさを増した鋭い視線を持って、少年を睨み付けたのだが、そんな彼女の反応を見て取った少年は、何処かクスクスと込み上げる笑いを堪えきれない様子だった。


「あっははは。冗談ですよ冗談。そんなに怖い顔しないでください。可愛らしい容姿に似合わず、貴方が余りに堂々とした立ち振る舞いを見せるので、少し驚かせて見たかったんです。申し訳ありません。」


彼女はあからさまに苛立いらだちを滲ませた口元を大きく尖らせると、呆れたように短く鼻から息を吐き出しながら、少年のかもし出す表情をじっと観察し続けた。


自分の仕出かした子供染みた悪戯いたずらに、無邪気な笑顔を浮かべて喜ぶ少年の様は、まさしく本当にまだ子供である雰囲気を拭い切れない、幼さを感じさせるものがあったが、彼女は何処か、その笑みの中に、得も言われぬ不気味さを感じ取ってしまった。

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