07-03:○理想と現実の齟齬に塗れて[2]
第七話:「光を無くした影達の集い」
section3「理想と現実の齟齬に塗れて」
(ランスロット)
「おおうおおう。こんな所で女性を泣かせるなんて、三佐殿も中々隅に置けませんなぁ。」
するとそんな時、サルムが視線を逃がした先、レストポートへと続く通路の奥側から三人組みの男達が姿を現し、不意にサルムと視線がかち合った一人の男が、不思議と愛嬌のある笑みを浮かべながら、冷やかしの声を上げた。
その男達は、見るからに仕事終わりを示唆するラフな格好をしており、恐らくはレストポートでしばし休憩を取った後、自分達の部屋へと戻る途中だったのであろう。
真っ先に口を開いた金色のグリグリ頭は、上半身だけ脱ぎ去ったパイロットスーツを腰からぶら下げ、汗だくになったTシャツ一枚にサンダル履きと言う出で立ちだった。
その次に続く太ったモヒカン男は、ダブダブに伸びきったハーフパンツにTシャツ、加えて全く意味不明な事に、茶色のロングブーツを履いており、首の肉に食い込まんばかりに巻かれた銀のネックレスが、無意味な光を放っていた。
そして、一番最後尾を歩く金髪の男に至っては、油や埃に塗れた汚らしい作業服を着たままであり、首から提げられた黒ずんだタオルも、元は真っ白であった事を少しも窺わせない代物だった。
この地下通路がレストポートと兵士宿舎を繋ぐ最短ルートである事は、この基地に居る者のほとんどが知る事実であるが、軍の高官達が常時蔓延るこの通路を、何の臆面もなく、その格好のまま渡り歩くつもりなのかと思うと思うと、その不遜さを、多少褒めてやりたい気持ちにもなる。
しかし実際、そんな野放図な食み出し者を従える、部隊長たる立場の者からしてみれば、それは全く持って迷惑千万、頭の痛い話であった。
(ランスロット)
「破壊と殺戮に塗れた混沌とした世界の中で、必死に手を取り合って新たなる未来を生み出そうとする男女が二人。うーん。まさに男女が織り成す美しきパ・ド・ドゥと言うに、相応しい光景ですな。微笑ましい限りです。」
(チャンペル)
「ち!・・・違います!そんなんじゃありません!誤解しないでください!」
(ランスロット)
「あーらー。また、そんなに慌てて否定しなくたって、良いじゃないのお嬢さん。綺麗な女性の瞳に浮かぶ涙は、その人の真実を物語っているんだよ。僕には君の本心が見える。ああ、叶わぬ愛に殉じる君の心は、いつまで経っても満たされる事の無い美しき花瓶。想いを込めた薔薇の華をそっと添えて、ずっとそこに愛と言う水が注がれるのを待っているんだ。」
(チャンペル)
「違いますったら!もうっ!」
(ランスロット)
「愛と言う水は、お互いに持った想いを重ね合わせなければ生まれないもの。たった一人では生み出す事の出来ない、可憐なる相思相愛の雫なのさ。君と出会った僕の心は今、君の心に囚われてしまった。君の心を愛の雫で満たす為、君の想いを僕の想いに重ねてくれないか?」
(チャンペル)
「お断りします!・・・いやぁ!そんな格好のまま近寄らないで!」
(ルワシー)
「まぁたこいつの病気が始まったぁぜ。」
(シルジーク)
「・・・確かにこれは、聞きしに勝る酷さだな・・・。」
サルムはこの時、風の噂では聞いていた、彼の傍若無人振りを目の当たりにし、彼の背後で呆れ顔を浮かべる二人の男と共に、更にげんなりとした表情を浮かび上がらせ、大きな溜め息を吐き出してしまった。
全く人目を憚らず、平気でむず痒い言葉を並べ立てる、ランスロットの神経の図太さには恐れ入るが、それを増長させるかのように反応してみせるチャンペルも悪いと言えば悪い。
大人しくやり過ごす方策を取りさえすれば、こんな輩に捲くし立てられる事もなかろうに・・・。
と、サルムは、もはや呆れ返るしかないと訴えかける思考の片隅に、客観的考察を巡らせてしまった。
勿論、その原因を作り出した一因が、自分にもあった事は事実であり、やがて彼は、いいように弄ばれるチャンペルを助ける為、柔らかに苦言を呈して見せるつもりで口を開きかけた。
しかし、不意に彼の小脇を小走りに駆けて行く若い女性兵士達の存在に気が付くと、すれ違い様に浴びせかけられた冷やかな目線と、小さな含み笑いを交えた陰口に、しばし言葉を失ってしまった。
そりゃそうだろうな・・・。
自分の率いるネニファイン部隊の評判が、如何にして落ちていくのか、彼はその理由を多少なりとも認識していたつもりであったが、実際にその光景を目の当たりにすると、吐き出した溜め息と共に、沸き立つ強い虚脱感に苛まれてしまうものだ。
軍規以前に風紀と言って、部隊内の秩序を正そうとするカースの締め付けを、出来るだけ緩和してやりたい気持ちから、課せられた軍務以外は、部隊メンバー達にある程度の自由を許してきた彼だが、流石にこの時ばかりは、それも如何なものかと、激しく自問する羽目となってしまった。
やがてサルムは、怪訝な表情を浮かべたまま小さく首を左右に振り、心に取り憑いた感覚的疲労感を振り払うと、再び彼の暴挙を差し止めるべく行動に移ろうとした。
しかしその直後、そんなサルムの思いを尻目に、ようやく事態の解決に乗り出した二人の男が、ランスロットの注意を引き付けるべく言葉を交互に放つと、彼の言葉は再び蹴躓く事となる。
組織の上では彼の方が彼等を取り仕切る身分であるが、この場に漂い始めた異様な空気は、もはや彼の掌中には無いと言う事なのだろう。
(ルワシー)
「おめぇはほんと、女なら誰でも見境無しに齧り付くんだぁな。さっきもガラのわりぃ白鳥ねぇちゃんに引っ叩かれたばっかだろうが。ちったぁ懲りたらどうなんだ?」
(シルジーク)
「ほんと、周りの迷惑を考えない辺り、うちの誰かさんとそっくりだぜ。羞恥心って言葉を知らずに育った人間が、幾ら必死に女性を口説いたって、駄目なものは駄目だろ。少しは察してやれ。」
(ランスロット)
「おおうー。シル君。君も中々に痛い言葉を吐き付ける毒舌家じゃないか。良い男が台無しだよー。そんなんじゃ駄目駄目。男子たるもの、もっと大らかで優しく包み込むような心を持たなきゃ。そんな陰険に心を尖らせていると、幾ら心の優しい女性だって、直ぐに逃げてっちゃうぞ。」
(シルジーク)
「目の前で女性に激しく拒絶されていた人間には、言われたくない言葉だな。」
(ルワシー)
「がっはっは。まさにこいつの言う通りだぁな。ランスロット。おめぇもたまには男らしく、堂々と踏ん反り返ってたらぁどうなんだ?いつもより少しはマシに見えっかもしんねぇぜ?」
(ランスロット)
「ルワシー君。男の生き様は前のめりよ前のめり。偉そうに踏ん反り返って見せたって、気紛れな女性の心が、いつまでもそこに居てくれるとは限らないのさ。寄せる想いに対して返す想いがなければ、女性の心はどんどん離れて行ってしまうもの。女性の想いを繋ぎ止める為にも、男は決して前進する事を怠ってはいけないのさ。ねぇ。三佐殿。」
やがて、一人の女性から突き返された会話のバトンが、助けに入った男達の思惑通り、順々に三人の男達を巡り経ると、最後にはサルムの前へと差し出された。
(サルムザーク)
「まあ、お前のその考え方が正しいかどうかは知らんが、取り敢えずそう言う事にしておいてやるよ。」
サルムは、俺に振るな。と言うような視線を、ランスロットに浴びせ返したが、その場を丸く治めるための締め括りを演出して見せると、その作戦が取り敢えずの成功を収めた事に、ホッと胸を撫で下ろした。
そして、チャンペルの様子を窺う為、不意に彼女の方へと視線を流すと、そこには何故か、睨みを利かせた彼女の白々しい視線が待ち受けていた。
う・・・。
恐らく彼女は、サルムに助けて欲しかったのだろう。
不意に直走った激しい悪寒を背筋に感じ、一瞬にして心を仰け反らせてしまったサルムは、鬱陶しくもどや顔をちらつかせる、ランスロットの表情を確認するでもなく、何処か居心地が悪そうにして、外の世界へと視線を逃がした。
勿論この時、彼にはチャンペルを助けようと言う気持ちが無かった訳ではなく、ただ単に行動を起こすタイミングを逸してしまっただけなのだが、不覚にもそれと説明付ける事の出来ない現状へと陥ってしまった以上、下手に言い訳するよりはマシと、不貞腐れたように両手を放って見せた。
一方、チャンペルはと言うと、そんなサルムの態度にムッとした表情を隠そうともせず、可愛らしく口を尖らせて見せ、あからさまにサルムに背を向ける様にしてソファに座り直した。
ランスロットは、そんな二人の若人が織り成す、他愛の無い喧嘩事をマジマジと見据え、満面の笑みを浮かべながら、意味不明に頷いてみせる。
この男、望みもせぬ来訪者として、偶然その場を通りかかったにも関わらず、その場にある空気の全てを荒らすだけ荒らして、最後には一人だけ満足気な表情で自己陶酔に浸るとは、流石に「ウザ男」として、その名を轟かせているだけの事はある。
サルムは、そんなランスロットの姿に横目でチラリと視線を宛がうと、一回、蹴り付けてやろうか、などと言う思いを沸き起こしてしまった。
(シルジーク)
「そうそう。そう言えばさ。サルム。」
するとそんな時、その場に蔓延った淀んだ空気を紛らす為か、高級感溢れるテーブルを挟んで、サルムの目の前へと歩み寄ったシルが、思わぬ問い掛けをサルムに投げかけた。
それはお互いにお互いを敬遠し合ってきた間柄である、二人にしか解らない違和感には違いなかったが、この時、サルムに投げかけられたシルの言葉は、不思議とそんな余所余所しさを感じさせないものだった。
(シルジーク)
「今日から整備班に回されて来たパイロット達さ。あれどういうつもりなんだ?」
(サルムザーク)
「何がだ?」
(シルジーク)
「いや、見たところ元々DQ整備士の技術を持っている奴等みたいだし、特にこれと言って問題は無いんだけどさ。プーちゃん・・・、いやいや、シューマリアン技術三尉の指揮下に入るなら入るで、それなりに編成の見直しがあっても良いと思うんだが、その件に関する裁量権は、まだお前が握っているって言われてさ。お前、あいつらをどうするつもりなんだ?そのまま整備班に転属させるつもりなのか?」
(サルムザーク)
「貴重なDQパイロットである彼等を、そのまま整備班に転属させるのかと言われれば、答えはNOだな。本音を言ってしまえば、今の所どうするとも詳しくは決めていない。ただ、今後のネニファイン部隊の運営を見据えた場合、色々と試行錯誤していく必要が有ると、俺は考えている。今回一部のDQパイロット達を整備班に回したのも、その一環だな。現状、俺達ネニファイン部隊は、保有するDQ機数に対して、所属するDQパイロットの数の方が圧倒的に多い状態になっている。勿論、部隊発足後約一ヶ月程で九名を失ってしまった事実を省みれば、決して数が多いとは言い切れないのだが、それでも現時点において、軍の作戦任務や軍事演習に参加できないDQパイロット達が、数多く出てしまうと言う問題は避けられない。今回の試みは、言うなれば部隊として、出来る限り隊員達の不稼動を出さないようにする為の一つの案だ。そう思ってくれて良い。」
(シルジーク)
「ふーん。」
(ルワシー)
「だってよ。よかったなぁ俺達、DQパイロット以外に能がなくってよ。」
(ランスロット)
「ほんとほんと。僕ちゃんのような機械音痴には、到底無理な相談事ってやつですな。こんな僕ちゃんに唯一出来る事と言えば、彼等の分まで楽しい軍属ライフを満喫してやる事だけ。悲しいけどこれ仕方が無い。くぅーっ。」
シルが一体、自分に対して何を聞きたくて話しかけてきたのか。
サルムは内心、そこに様々な憶測を巡らせてしまったのだが、彼の思いに反して投げかけられた言葉は、全く当たり障りの無い一般的な内容の質問であり、彼は至って普段通りの自分、ネニファイン部隊隊長としての立場を突き通したまま、返事を返すことが出来た。
するとシルは、軽く鼻を唸らせる様にして、何処か気の無い返事をサルムに返し、一瞬テーブルの上に視線を落とした後で、直ぐにお茶らけた態度で会話に割り込んできた二人の男の方へと視線を流した。
サルムは、そんなシルの様子をマジマジと窺い見つつ、こいつが本当に聞きたい事は、もっと別の事なんだろうな・・・と言う、思いの壁に突き当たってしまったが、直ぐに自分がシルに対して、何ら臆する事も、何ら身構える必要も無いのだと言う気概を奮い立たせると、静かに両腕を組みながら、ソファの背凭れに圧し掛かった。
そして、不思議と心に霞がかった黒い靄を、一気に吹き飛ばすように大きな溜め息を繰り出し、無意味に錯綜する会話を、継続させる為の言葉を被せ重ねてやった。
(サルムザーク)
「ああ、そうそう。そう言った奴等に関しては、今後、他の部隊にDQパイロットとして貸し出す事も検討している。」
(ルワシー)
「ぬぁーにー!?そんな話聞いていねぇぞ!」
(ランスロット)
「うっへぇ!?そんな話聞いてませんがな!」
(サルムザーク)
「当たり前だ。今、初めて言ったからな。」
(ランスロット)
「そんな殺生な・・・。折角楽しみにしていた僕ちゃんの軍属ライフは、一体どうなっちゃう訳よ。そのような理不尽な話、私目の耳には、一切聞こえませんでしたぁ。」
火を見るより明らかな彼等の反応を、冷やかな視線で受け止めたサルムは、少しだけ周囲を窺うような素振りを見せた後、再びゆっくりと彼等の方に向き直った。
そして、何もそこまで詳しい補足説明を付け加える必要は無いのではないかと、内心では思いつつも、彼は出来る限り部隊メンバー達との対話を重要視したい考えから、敢えて全てを包み隠さず、軍内部の裏事情に触れ始めた。
(サルムザーク)
「本当に理不尽な話って奴はな。お前達を一般兵士達と同じ立場で、戦場に駆り出そうとする連中の思惑の事さ。お前達が軍と結んだ傭兵契約書には、確かにDQパイロット、DQ整備士として、任務に就く事を示唆する文面が存在してはいるが、その契約内容はあくまで、軍の任務を真っ当する事が前提となっている。現状、ネニファイン部隊で余り者となったDQパイロット達は、軍から指示された作戦任務に従事する事が出来ず、後方基地での待機任務を言い渡されるだけだ。当然の事と言えば当然の事なんだが、これを良く思わない連中が数多く居てな。命を賭して必死に戦う兵士達を尻目に、奴等は一体何をしているのかと、臆面もせず堂々と吹聴する奴等が居るのさ。」
(ルワシー)
「まあそりゃよ。確かに考えてみりゃ、作戦任務に駆り出される奴と、そうでない奴とが出るっつう時点で、不公平感はあるわな。」
(サルムザーク)
「勿論、その事もあって、作戦任務に従事するパイロット達には、それに見合った特別報酬が支払われる仕組みになっている。ただ、だからと言って、自ら率先して戦場に身を投じる馬鹿共ばかりではないだろうし、命が惜しいのは誰でも一緒だ。今後、後方基地で楽ばかりしている奴等を見て、疎ましく思う輩も出てくるだろうし、そう言った不公平感を極力無くして行く方向で、検討を重ねて行く必要が有ると思っている。まあ、部隊長である俺の立場としては、その場その場に見合った、有能なパイロット達を優先して選抜して行く必要があるし、どうしても先発要員に偏りが出てしまう事態は避けられないだろう。余ったDQパイロットを他の部隊に貸し出すと言う案は、そう言った事情を踏まえた上で考え出した、云わば苦肉の策なのさ。」
(ランスロット)
「そりゃぁ早い話、他部隊に転属するって話なんですかい?」
(サルムザーク)
「いや、あくまで所属はネニファイン部隊、あくまでDQパイロットと言う立場を保持したままで、特定の作戦任務、あるいは特定の期間、他部隊に貸し出すと言う形を想定している。DQ専門部隊と言う肩書きが取れたのを良い事に、お前等にDQを降りて戦うよう、強いる可能性もあるからな。」
(ルワシー)
「でもよ。他の部隊に行くっつったって、肝心のDQがなけりゃ、話にもなんねぇんじゃねぇか?結局何処行ったって、難民は難民で終わりって気もすんがよ。」
(サルムザーク)
「いや、トゥアム共和国陸軍内には、DQ専門部隊以外にも、個別にDQを保有している部隊が数多く存在しているんだ。勿論、それなりに規模の大きい部隊に限られてくるがな。基本的に、DQパイロットを貸し出す先として考えているのは、主力戦車部隊や後方支援部隊、防衛基地駐留部隊と言った大規模部隊だ。本来であれば、そう言った各部隊のDQ部門を全て統合して、DQ専門部隊を新設すべきだったんだが、軍上層部も、共和国軍初となる試みに対して、そこまで過剰な戦力を与えるつもりは無かったんだろう。実際、軍上層部では、いまだDQと言う軍事兵器に、疑問符を投げかける輩も多いし、DQ専門部隊の必要性を問う声も後を絶たない。DQを取り扱う事以外に何ら能が無いお前達にとって、ネニファイン部隊存続の是非は、死活問題に関わってくる話だ。俺達は今後も、DQ専門部隊としての利用価値、俺達自身の存在価値を、軍上層部に示していかなければならない立場にあるのさ。今回の話は、そう言った意味を込めたものでもあるし、お前達の活躍如何では、今後、部隊のインフラが劇的に改善される可能性だってある。ネニファイン部隊の未来、お前達自身の未来は、自分達自身の手の中にあるのだと言う事だけは、決して忘れるなよ。」
(ランスロット)
「軍の作戦任務中、後方基地で遊んで過ごすような輩達には、未来は無いって事なのね。そりゃまあ、聞けば解る話ってもんだけどさ。DQを保有している部隊には、勿論、専属のDQパイロットが居る訳でしょ?そんな所に余所者である俺達が割り込めるもんなのかね。」
(サルムザーク)
「確かにお前の言う通り、DQを保有する部隊の多くには、専属のDQパイロット達が存在する。しかし各部隊共に、予備のパイロットまでは用意できていないし、何より、そのパイロット達の多くが、臨時で宛がわれた急造パイロットと言うのが実情だ。ネニファイン部隊を設立するに当たり、集める正規軍人達の実能力には相当気を配ったが、奴等のように根っからのDQ乗りと言う人種は、軍の中でも希少な存在なんだ。それはDQと言う軍事兵器に対する、軍上層部の見解からも見ても解る話だろう?俺は生粋のDQパイロットであるお前達が、各部隊の専属パイロット達より能力が劣っているとは思っていないし、お前達にも少なからず、入り込む余地はあると思っているんだ。」
長々とした会話の中で、断続的に浴びせかけられる質問に対し、少しも考えを詰まらせる事無く、己の一貫した思いを示し出して行くサルムの言葉に、やがて二人は「ふーん」と納得した表情を浮かべて顔を見合わせた。
堅物が多いと称される軍上層部において、自分の揮下にある一兵士達に、これほどまで丁寧な応対を見せる指揮官も珍しいのだろうが、サルムは彼等の質問が途切れるまで説明を連ね続けた。
見るからに血気盛んな若者である彼が、あたかも経験豊富な年長者たる威風を醸し出し、実際に年上となる者達を説き伏せるその姿は、有能な軍人、有能な指揮官と言う立場以上に、何処か不思議な魅力的風格を感じさせるものであったが、逆にそんな風を着飾らない態度が好感的でもあり、彼等は、そんな彼の持つ不思議な雰囲気に対して、何処か親しみを込めた笑みを滲ませていった。
(サルムザーク)
「まあ、そうは言ったがな。俺自身、他人に頼ってばかりいたんじゃ、お前達に示しも付かないし、今後もっと部隊をより良く改善して行く方向で、色々と行動を起こしていかなければならないと思っている。尤も、だからと言って、直ぐにどうこうなる問題でも無いだろうが、取り敢えず目先の問題として、現状、整備班にかかっている膨大な作業負荷を軽減する為、直近十名のDQ整備士達を追加する話を取り付けた。今よりはもう少し楽になると思うぞ。シル。」
(シルジーク)
「・・・ん?ああ・・・。」
やがてサルムは、収束に向かいつつあった会話の中で、不思議と全く会話に参加する意思を見せないシルに対して、極自然な流れでの言葉を投げかけた。
しかしこの時、彼から帰って来た返答は、何処か心ここに在らずと言った感じの声色だった。
(ランスロット)
「だってさ。その中に女性は居るのかね。」
(ルワシー)
「居ようが居まいが俺はパスだぁな。軍隊所属の女なんて、所詮、女っ気の欠片もねぇ、ガサツな奴しかいねぇだろうしよ。」
(チャンペル)
「あら。女っ気の欠片も無い、ガサツな女で悪かったですわね。」
そしてもう一人、男達三人だけで繰り広げられていた会話の中から、完全に蚊帳の外に置かれていた一人の女性が、唐突に振って沸いた悪意ある言葉に噛み付き、可愛らしく釣り上がった目元をあからさまに歪ませて、モヒカン頭の男を睨み付けた。
彼女は別に、女っ気が無い訳でも、ガサツな性格の持ち主でも無かったのだが、出口の見えない会話の流れが、ようやく淀み始めたタイミングを見計らうと、強引に捻じ込んだ言葉と共に、スッとサルムの方へと向き直った。
そして、部隊長であるサルムに、いつまでも長々と会話に興じている暇は無いのだと言う事を暗に告げるように、彼の軍服の袖を摘んで引っ張った。
(サルムザーク)
「ん?・・・ああ。解ってるよ。」
するとサルムは、直ぐにチャンペルの意図を察して、チラリと彼女の方に視線を流し、小声で短く返事を返した。
しかしその後、直ぐにその場を立ち去る行動に移るかと思われた彼は、不思議と一瞬何かの間を取るように長嘆息を奏で出して見せると、両膝の上に両肘を乗せるように前屈みとなり、組んだ両手の上からじっとシルの様子を窺うように視線を据え付けた。
自ら進んで会話をスタートさせる一石を投じていながら、その後全く会話に参加する意思を垣間見せず、ただ自分の頭の中だけでグルグルと思案を巡らせている様にも見えるシルの態度は、長い間顔を合わせていなかったサルムにとっても、あからさまに不自然だと感じるものだった。
サルムは、そんなシルの姿を頭の片隅で捉え見ながら、ある程度推測し得た彼の思いを察して見せると、カーテンコールさながらの最後の一幕を、無理やりにではあるが、何かを躊躇うシルの為に用意してやったのだった。
するとやがて、そんなサルムの意図にようやく気付いたシルが、一瞬だけ交錯したサルムとの視線上に、小さな溜め息を吐き出した。
(シルジーク)
「・・・なぁサルム。・・・あいつは本当に死んだのか?」
あいつとは一体誰の事を指すのか、もはや問い質すまでも無く解りきった事で、サルムはその後、不意に切り捨てた視線と共に、短く「ああ」とだけ答えて見せた。
勿論、サルム自身、彼女の死を直接見た訳でもなく、諜報部から一方的に送りつけられてきた状況証拠品のみで、彼女の死を確信するのは、そうそう容易な事ではないと思っていた。
しかしこの時、決してそうでは無いのだと言う、望みの薄いあやふやな情報によって、拙い希望の光を指し示す事など、シルは望んでいないのだと、サルムは暗に察していた。
(サルムザーク)
「すまなかったなシル。彼女を救ってやれなくて。」
戦争と言う過酷な殺戮劇の荒波に揉まれながらも、出来る限りの手を尽くし、たったの一人の仲間も失う事無く、作戦任務を完遂させたい思いは確かにある。
例えそれが、決して叶わぬ子供染みた幻想だと解っていながらも、己のもてる能力の全てを結集して、その事実に抗いたい気持ちがある。
勿論、非情なる結末を容赦なく突き付けて来る現実世界においては、幾ら必死に最善の努力を試みた所で、望んだ結果を得られない事は、良くある事だろう。
確かに考えてみれば、歴史的大勝利とも称される今回のオクラホマ攻略作戦において、それ以上の結果を更に望むなど、余りにも欲深な考えだと言われても仕方ない。
しかし、それでもサルムは、当初一番最初に望んだ結果を得られなかった事実から、自らの選択が本当に正しかったのかどうか確信が持てず、シルに対して素直に謝罪して見せる他無かった。
(ルワシー)
「おいおい。何も隊長が悪いって訳じゃねぇだろ。あやまんなってよ。」
(ランスロット)
「そうそう。三佐殿が素晴らしき案を軍上層部に捻じ込んだからこそ、助かったって言う人間だって数多いんだろうしさ。三佐殿がアリミアお姉さまの為に、必死に最善の手を尽くそうとしていたのは、皆解っている事だし、誰も責めやしないと思うよ。」
シルは、サルムの謝罪に対して、何も返事を返さなかった。
直ぐにサルムを擁護する言葉を並べ立てた二人の発言を上の空で聞き流し、少し俯き加減で視線を外の世界へと放り出すと、アリミアを失った悲しみによる感情からか、心に強く圧し掛かる重たい何かに、肺を押し潰されるような感じで大きな溜め息を漏らした。
勿論、シル自身、サルムに非があるなどと考えていた訳ではなく、サルムから直接言い渡されるその言葉によって、自身のもやもやとした感情に、終止符を打ち付けたかっただけなのだ。
やがて、地下通路の片隅に充満した湿り気を帯びた雰囲気を、一気に吹き飛ばすかのように大声を張り上げたモヒカン男が、手加減する事を忘れた右手で、シルの背中をドンと叩いた。
(ルワシー)
「おっし!!今日は飲むかぁシル!!朝まで浴びるほど飲みまくってやろうぜぇ!!」
(ランスロット)
「そうそう、そうだね。嫌な事は全部酒で洗い流すのが一番よ。」
(シルジーク)
「ああっ!?お前等朝までって、俺は今日、夜番もあるんだぞ。」
(サルムザーク)
「ああ。いい。いいぞお前等。この後部隊メンバー全員に通達するが、今夜から明日の午前中にかけて、ネニファイン部隊の活動を完全にオフにしてやる。俺達に課せられていた第三種戦闘体制も、本日夕刻18:00を持って解除される事となった。但し、明日の午後からは軍事演習を予定しているからな。羽目を外しすぎて使い物にならないって状態だけは避けるようにな。」
(ランスロット)
「うっほー!さすが三佐殿。話が解る方でいらっしゃる。俺が女性だったら直ぐに愛しちゃうタイプだね。」
(サルムザーク)
「俺が例え女でもお前だけは願い下げだな・・・。」
(ルワシー)
「おっしゃ!そうと決まれば即行動!シャワー浴びて着替えたら、直ぐレストポート集合な!」
(シルジーク)
「ちょ、ちょっと待て!集合時間は18:00ぐらいで良いだろ?そんなに慌てなくてもいいじゃないか。」
(ランスロット)
「あらー?シルちゃん。もしかして、またあの赤毛の少女の所に寄って行きたいって事なのかなぁ。中々に君も隅に置けない男だねぇ。」
(シルジーク)
「違っ!!・・・・・・うー・・・わないけどさ。ちょっと様子を見てくるだけだ。」
(ランスロット)
「またまた。照れる事ないじゃない。良い事よ。良い事。」
(ルワシー)
「んじゃまぁ、集合は18:00つう事で決まりな。じゃあよ隊長。ちょっくら外出してくっからよ。チャンペル。外出申請書は任せたぜぇ。」
(チャンペル)
「えっ!?ちょ・・・!ちょっとぉ!!そう言うのは各個人で作成するようにって、お願いしてるでしょ!?それに飲酒も基地内の施設で済ますようにって・・・!」
やがて、突然弾ける様な盛り上がりを見せ始めた二人の男が、止まる事を知らぬ強引さを持って、シルの身柄を拘束する。
そして、一体誰の気分転換を目しているのか、容易には判断付かないようなはしゃぎ振りで、彼等は兵士宿舎へと続く地下通路を歩き去っていった。
勿論、背後から浴びせかけられるチャンペルの怒鳴り声には、全く聞こえない振りを突き通した。
(チャンペル)
「んもう!全く、どういう神経しているのかしら!私だって暇な訳じゃないんですからね!三佐からも何か言ってやってくださいよ!」
チャンペルは、完全に自分の事をネニファイン部隊の雑用係だと勘違いしている彼等に、激しい憤りを感じていたが、頼めば何でもやってくれる便利屋チャンペル、とまであだ名されているらしい自分が、何を言った所で効果が薄い事を知っていた。
そこで彼女は、折角振って沸いたチャンスとばかりに、部隊長であるサルムから直接苦言を呈してもらおうと、深緑色の長い前髪を勢い良く掻き揚げて、サルムの方へと向き直った。
(チャンペル)
「三佐?」
するとサルムは、そんなチャンペルの言葉に全く反応を示さず、ずっと誰もいない地下通路の奥の方へと、視線を据え付けたままだった。
左手でノート型PCを胸元に携え、不思議そうにサルムの顔色を窺ったチャンペルは、何処か恐る恐ると言う感じで彼を呼び、完全に自分だけの世界観に潜り込んでいるサルムの意識を揺り動かす。
(サルムザーク)
「チャンペル。」
(チャンペル)
「はい。」
(サルムザーク)
「お前、こないだの作戦について、どう思う?・・・もしも・・・。」
(チャンペル)
「はい??」
チャンペルはこの時、サルムの発した思いも寄らぬ問い掛けに、一瞬戸惑いを隠しきれずに、おざなりな返事を返してしまったのだが、神妙な面持で目の前に佇むサルムの姿から、その意図する所を察してみせると、直ぐに引き締まった表情を浮かべて、続くサルムの言葉を待った。
しかしその後、サルムはいつまで経っても、「もしも」に続く言葉を吐き出そうとしなかった。
チャンペルは、部隊長であるサルムが、自分に対して一体どんな回答を求めて、そんな問いを投げかけてきたのか、よく理解できなかったが、歴史的大勝利とも称される今回の作戦に、「もしも」と言う言葉を突きつけて見せた彼の思いが、今回の大戦果に満足していないのだと言う事を悟った。
それは、たった一人の女性を助け出す事が出来なかった自責の念からなのか。
三人の戦死者を出してしまった、パレ・ロワイヤル攻略作戦を省みての事なのか。
それとももっと全体的に最善の道筋、最良の方策を選び出したかった思いがあるからなのか。
何も言わない彼の素振りからは、何も察する事が出来なかったが、それでもサルムが、必死により良き道を模索しようと様々な思案を巡らせ、悩んでいる事だけは間違いなかった。
少なくともこの時、彼女はそう感じていた。
人は死ぬ。簡単に死ぬ。
どんなに手を尽くしても、どんなに努力しても、人の死全てを回避する事は出来ない。
それが戦争。それが戦いと言うものなのだ。
ちっぽけな存在でしかない人間には、どうにもならない事だってある。
言ってしまえば、どうにもならない事の方が多いのかもしれない。
しかし、それでも人は生きていかなければならない。
毎日必死に頑張って、より良き道筋を捜し求めて、歩み進まねばならないのだ。
チャンペルはふと、そんなサルムに対して、可愛らしくニッコリと微笑んで見せると、まるでお姉さんが弟に言って聞かせるような感じで、優しく言葉を投げかけた。
(チャンペル)
「三佐。世の中きっと、うまく行かないんだと思います。だから皆頑張って、必死に生きているんだと思います。私、三佐のそう言う考え方、好きです。」
私「考え方」って、確かに言ったわよね・・・。
チャンペルは、間違いなく発した自分の言葉を、再度確かめるように脳裏で反芻させると、意思に反して頬の辺りが急に火照り行く熱を感じてしまった。
そして、ゆっくりとこちらの方に向き直ったサルムの視線から、唐突に逃げ出すように視線を切り捨てると、「そうか」とだけ聞こえて来た彼の言葉に、ほのかに口元を緩めた。
(サルムザーク)
「さーて。そろそろ戻るとするかチャンペル。彼是と思案するよりまず先に、片付けなければならない目先の仕事が山程あるしな。取り敢えず奴等の外出申請書は、俺が作っといてやるよ。」
やがて、何事も無かったかのように、普段通りの言葉をチャンペルに投げかけたサルムは、思いもよらず長居する事となったソファから立ち上がり、少しも名残惜しさを感じさせない素っ気無さで、直ぐに短い昇り階段へと足をかけた。
(チャンペル)
「はい。三佐。」
そして、チャンペルもまた、元気良く返事を彼に返して見せ、直ぐにソファから立ち上がって、彼の背中を追いかけるように、小走りに駆け寄っていった。