06-33:○オクラホマ南方防衛基地陽動作戦[4]
第六話:「死に化粧」
section33「パレ・ロワイヤル攻略作戦」
(メビル)
「アリン!!」
(ランス)
「何っ!?」
激しい攻撃的意識を前面に押し出し、一気に相手DQを縊り殺そうと目論んだアリンの行動は、瞬間的に獲得した己の優位性を、全く無駄なく活用する、素晴らしき妙技であったと言えるが、何故かこの時、相手の前に跪いて死に際の叫び声を奏で上げたのは、攻勢にあったアリンの方だった。
アリン自身、自らが搭乗する青い機体の異変に気付いたのは、もはや機体が爆発寸前の最後の予兆を示し出した瞬間であり、彼女は、コクピット内の足元から噴出した炎に包み込まれるまで、ずっと正面に見据えた敵機に意識を集中させたままだったのだ。
恐らく彼女は、一体自分がどうやって殺されたのかを全く知る事無く、この世から掻き消されて行ったのだろう。
(ランス)
「あのアリンが・・・。まさか!?」
(ユァンラオ)
「まずは一機。」
疎林地帯で執り行われる事が決定した二つの戦いの内、先に火花を散らし始めた右手側の戦いを、サーチモニター上で備に観察していたランスは、強い光の余韻だけをそこに残して、静かに消え去って行ったアリン機の反応に、総毛立つような戦慄に震えた視線を据え、たちどころに表情を強張らせた。
彼は勿論、その戦闘の一部始終を直接視認出来た訳ではなく、アリンを葬り去った相手の攻撃が、一体如何なる手段を用いたものなのか、正確に把握する事は出来なかったが、それでもその攻撃を繰り出した張本人が、このアカイナンである事実に何ら少しも疑いを持たなかった。
確かに、周囲へとばら撒かれたダミーイリュージョンの効果を考えれば、その光点の何れかに別の敵機が隠れ潜んでいる可能性も否定できなかったが、感度良好であるサーチシステムが、別の場所から繰り出された攻撃を、少しも感知しなかった事からも解る通り、この戦闘に関しては、その他の敵機が介入した形跡は無いと思われる。
そして何より、アリンの激しい攻撃に対して、全く後退する素振りを見せず、逆に何かを狙って前進するような挙動さえ垣間見せたアカイナンの動きが、ランスの脳裏に確信めいた推測を齎したのだった。
もしかして奴が足を止めたのも、アリンの攻撃を回避する為ではなく、アリンを撃墜する為に取った偽装行為だったのか?
そう、この時、彼が直感的に達したその推測は、正しく事の真実を射抜いていた。
見るからに機動性に飛んだ帝国軍の青いDQに対し、ユァンラオが保有していた主要武器は、アカイナンの右手に装備したGRM-89スナイパーライフルと、右肩に装備した120mmミドルレンジキャノン砲と言う組み合わせであり、そのどちら共が、連射性能に劣る中長距離攻撃用兵器である。
唯一近接戦闘用にと保有したサブマシンガン「XMG-15P」も、連射性能を有したアサルトライフルに勝るような代物ではなく、機動性に劣るアカイナンを持って、この青いDQに対抗する為には、少なからず相手を接近させない戦い方を選択しなければならなかった。
しかし、この青いDQとの距離をある程度保つ事が出来たとしても、疎林地帯内部を高速で移動する相手を一撃で撃破する事は困難であるし、一度攻撃を外してしまえば、相手に接近するチャンスを与えてしまう事になる。
その為、ユァンラオは、自らの機体を囮に使い、撃破されそうな場面を業と演出して見せる事で、相手が自分に対して直線的動きを取るよう仕向けたのだった。
そして、まんまと罠に嵌り込んだフォル・レンサジアが、アカイナンへと直線的に突進を開始した刹那、彼は飛来する無数の炸薬弾の雨中に紛れさせ、GRM-89スナイパーライフルによるカウンター攻撃を正確に繰り出した。
勿論彼は、機動性を売りにしたこの青いDQが、訳もなく長距離射撃用の兵器を保有していないであろう事を予測しており、相手に接近を許す以前であれば、同じ射撃ラインを使用した撃ち合いで、自分が撃ち負ける事は無いであろうと確信していたのだ。
結果は言うまでも無く、彼は一撃を持ってアリン機を粉砕する事に成功し、未だ年端も行かぬ子供達との実力差を、まざまざと見せ付けたのだった。
しかしこの時、相手が繰り出してきた炸薬弾は、ユァンラオの予想を超えた正確さを持ってアカイナンへと襲い掛かり、彼は機体に思わぬ被害を被る結果となってしまった。
彼が思わず発してしまった相手への賛辞は、決してお世辞などではなかったと言う訳だ。
やがてユァンラオは、アカイナンの機体被害状況へとチラリと視線を宛がい、それほど機体の主要機関に深刻なダメージを負っていない事を確認すると、TRPスクリーンの右手側方向で繰り広げられる、もう一方の戦いへと意識を投げかけた。
それは先ほど一瞬にして終結を見た戦いとは裏腹に、お互いにある程度距離を保ったまま、激しい弾丸の応酬を繰り広げていたようであり、両者の搭乗するDQの特性をそのままに、余り大きく移動しないアカイナンと、それを中心に小気味良く動き回るフォル・レンサジアとが、しばし膠着状態と言うに相応しい戦いに終始していた。
(ユァンラオ)
「どうした?中々梃子摺っているようだが、手を貸して欲しいか?」
(ジルヴァ)
「うっさい!!誰に向かって口聞いてんだコラ!!私はてめぇなんかに半人前扱いされる覚えはねぇんだよ!!」
可愛らしい黄色い声の中に、高揚した怒気を汚らしく交え、上から目線でものを言うユァンラオに、思いっきり叩きつけて見せたジルヴァは、目の前で激しく動き回る青いDQに対し、120mmミドルレンジキャノンによる牽制弾を放った。
そして、すぐさま次弾の換装作業へと転じると、続いて繰り出された敵機の攻撃を、必要最低限の動きのみでかわし、アカイナンの傍に立ち並ぶ幾本かの木々達を遮蔽物に使い、GRM-89スナイパーライフルを構えた。
この時、ジルヴァが保有していた武器は、ユァンラオが保有していたそれと、全く同じ構成となるものだったが、彼女はユァンラオとは異なり、二つの中長距離攻撃兵器の射撃間隔をお互いに補うよう被せ合わせると、交互に撃ち出す事によって、ある程度の連射性を維持するよう努めていた。
しかし、やはりと言うべきか、帝国軍でも希少となる最新型DQ、フォル・レンサジアの機動力には凄まじいものがあり、ジルヴァが断続的に放つ巧みな射撃を、その機体性能を持って強引に回避すると、すぐさま激しい敵意を剥き出しにして反撃に転じてくる。
機動性で遥かに劣るアカイナンを必死に駆り立て、持てる武器を駆使して目一杯対抗してみせるジルヴァだったが、傍から見れば、ただ一方的に虐げられる側へと、追い詰められているようにも見受けられた。
やがて、再びGRM-89スナイパーライフルのトリガーを引いたジルヴァは、左手方向へと弾丸をかわしたフォル・レンサジアの動きに注意深く視線を宛がい、全く手元を見ないままに次弾の装填作業を実行に移すと、今度は120mmミドルレンジキャノンの射角を微妙に調整しながら、フットペダルを強く踏みしめた。
(ジルヴァ)
「そっちも行き止まりなんだよ!!」
そして、猛烈な加速度で増速し始めたフォル・レンサジアに対し、その進行方向を遮断するように、的確な偏差撃ちを敢行してみせると、相手を防衛ライン上から内部に割り込まれないポジションへと、素早く機体を移動させた。
勿論、この砲撃も敢え無くフォル・レンサジアにかわされてしまう結果となるのだが、彼女自身は、再三に渡り繰り返してきた攻防の中に、とある一つの光明を見出し始めると、次第に端整な表情を妖しく歪め、軽く鼻先で笑いを奏で出した。
ジルヴァがこれまで相手に対して放ってきた弾丸は、その何れもが、素早い動きで疎林地帯を駆け走るフォル・レンサジアの行動を牽制する為のものであり、一撃を持って相手を撃ち倒す事を目的としたものではない。
しかし直近、最後に放った彼女の砲弾は、それ以前に放たれた弾道よりも、遥かにフォル・レンサジアの機体近くへと接近し、強烈な爆発の閃光を持って、相手の機体を飲み込みかけたのだ。
言うなれば彼女は、幾度も繰り返す事となった同じ様な展開の中で、相手の動きに慣れ始めた、・・・と言うより、パイロット個人個人が持つ動きの癖のようなものを捕らえ始めたのだ。
一見して相手DQの高い機動力に翻弄され、かなり梃子摺っているようにも見えるジルヴァの戦いぶりであったが、この戦闘に関して、寧ろ梃子摺っていたのは、メビルの方であった。
高い瞬発力と巡航能力、そして旋回性能を有した最新型DQを擁しながらも、メビルの繰り出した弾丸は小気味良く相手に回避され、一向にアカイナンへと取り付くチャンスを見出す事が出来ない状況が続いている。
しかも、相手が断続的に繰り出す攻撃は、常にメビルの意図を察したかのように、嫌なタイミングを見計らって撃ち放たれ、更には、砲撃回数を重ねる度に、その精度が増してきているようだった。
僕の動きが読まれ始めている・・・?
メビルは、自分の方が優位的立場にある事実に、何ら少しも疑いを抱いてはいなかったが、意思に反して熱く火照り行く背中に、今まで感じた事の無いような戦慄を覚え始めると、パイロットスーツの内側に篭る熱気の中に、ゾッとするような冷たい氷塊を放り込まれたような、そんな強い悪寒を感じてしまった。
(ランス)
「メビル!後退しろ!これ以上の戦闘は無意味だ!」
(メビル)
「しかし、ランス様!!」
(ランス)
「いいから直ぐに後退するんだ!アリンをやられて苛立つのも解るが、このままだとお前もやられるぞ!」
お前もやられるぞ・・・。と、唐突に発せられたランスの不穏なる言葉に、思わず驚いた表情を醸し出したメビルは、熱く沸騰してブレーキの利かなくなった自らの思考に、突然、強く杭を打ち込まれたような感覚で、次に発する言葉を失ってしまった。
彼は勿論、正規軍とは明らかに一線を画した、自分達の特異な立場を理解してはいたし、実戦経験が無い若輩者たる自分達の為に、ランスがこの戦闘を始めたと言う事も理解していた。
言うなればこの戦いは、運否天賦に身を任せ、自らの命を削り取ってまで成し遂げなければならない過酷な任務などではなく、自分達が実戦経験を積む事以外に、何の目的も無い戦いなのだ。
不本意ながらも、早々にアリンを失う事になり、彼女の仇を討つべく、目の前の敵機だけでも縊り殺してやりたい気持ちも当然有るのだろうが、これ以上損害を出す事は出来ないと判断したランスの思いを察し、メビルは悔しさを滲ませた表情で、真一文字に結ばれた口元を静かに解いた。
(メビル)
「・・・了解しました。ランス様。」
やがてメビルは、TRPスクリーン上の暗がりに潜むアカイナンの方へと、鋭い殺意を込めた視線を押し当てた後、苦々しく残る後味の悪さを振り解く様に、大きく息を吐き出すと、直ぐに後退行動へと転じる為、フットペダルを踏み込んだ。
しかしこの時、そんなメビルの思いを露とも知らぬジルヴァが、不意に訪れた不思議な空白の時間を利用し、それまで噛み合っていた攻撃の歯車の歯と歯を重ね合わせると、待ってましたとばかりに、勢い良く攻勢に転じた。
そして一瞬、妙に動きの鈍ったフォル・レンサジアに対して、連続使用が可能となった二つの中長距離攻撃兵器を振り翳すと、猛烈な勢いでアカイナンを駆り立て、鋭く研ぎ澄ませた第一撃目を撃ち放った。
ドゴーーーーン!!
(メビル)
「うっ・・・!!」
真っ暗な疎林地帯に描き出された一直線の閃光が、メビルの搭乗するフォル・レンサジアの直ぐ傍らへと到達し、爆発的増殖力を見せ付けるかのように炸裂した炎の渦が、真っ青に彩られた機体に華やかさを添え付ける。
猛烈に吹き荒れた爆風に煽られて、やむを得ず体勢を崩してしまったメビルは、直ぐに機体を立て直すために、フォル・レンサジアの両翼に取り付けられたバーニヤを勢い良く吹き散らすと、次なる相手の連撃に備え、攻撃を繰り出す根元たる闇の中へと視線を据え付けた。
これなら何とか次も回避できるっ!!
チョロまかと逃げ回るのもこれまでだ!!もらいっ!!
瞬間的に両者の胸の内に抱かれた言霊が、綺麗な星空へと舞い上がり、熾烈な戦いが繰り広げられる大地上で弾け飛ぶ。
フォル・レンサジアの巨大な右足踵部分で大地上を大きく削り取り、半場強引に機体を旋回させ始めていたメビルが、後部バーニヤ部から眩いフレア光を焚き付けた刹那、その姿をガンレティクル中央部へと捕らえたジルヴァが、GRM-89スナイパーライフルを撃ち放つため、トリガーへと伸びた人差し指へと力を込めた。
ドッゴーーーーン!!
しかし次の瞬間、ジルヴァがトリガーを引き放つよりも逸早く、フォル・レンサジアの機体全てを取り込む眩い閃光が迸り、力強い怒号を持って誘爆した青い機体の動力部が、一瞬にしてメビルの肉体を消滅せしめる大きな爆発を生じさせた。
(ジルヴァ)
「なっ!!」
照準システム中央部へと意識を注力していたジルヴァは、突然奏で上げられた強い光の球体に目を細めるしかなく、しばし、何事が起きたのか判断付かない混沌とした思考と共に、意味なく周囲へと視線を巡らせる羽目になってしまった。
しかし、そんな彼女の慌てふためき様を、まるで背後から見て楽しむかのように、浴びせかけられたユァンラオの一言とはこうだ。
(ユァンラオ)
「ふっふっふ。遅いな。」
(ジルヴァ)
「てっめぇ!!ユァンラオ!!余計な手出しすんじゃねぇよ!!」
それは正しく、先の爆発を生み出した張本人が、ユァンラオである事を指し示す言葉であり、嘲笑めいた笑い声を交えて送り届けられた、嫌味ったらしい声色に、ジルヴァは思いっきり怒りの感情を叩き付けてやった。
ジルヴァの放った第一撃目を、何とか回避する事に成功したメビルは、その後、再度撃ち出されるであろうジルヴァの攻撃に対し、全神経を集中させ、素早くその攻撃を回避する為の体勢を整えていた。
勿論、完全にその攻撃をかわし切る確証はなかったものの、メビルにはそれを回避し得る能力と自信とが有り、まさかそこで自らが命を絶たれるなど、全く思っていなかったかもしれない。
しかし、完全に一方向へと据え付けられた彼の意識は、別の角度から撃ち放たれたユァンラオの殺意を察する事が出来ず、彼は120mmミドルレンジキャンの破壊力を、まともにその身で受け止める結果になってしまった。
(ランス)
「・・・ちっ!!」
二人目の犠牲者を生み出すに至った爆発の光を、TRPスクリーン越しに遠目から眺めていたランスは、強い失望の念と、強い怒りの念を込めた鋭い視線を、サーチモニター上へと落とすと、疎林地帯を蠢く二つの敵機に対し、大きな舌打ちを吐き付けてやった。
そして、非常に優秀である若手パイロットを、二人も同時に失う事になってしまった、自身の判断の甘さをしみじみと省みながら、激しく沸き起こる復讐心に燃える己の意識を、必死に捩じ伏せるかのようにして、強く下唇を噛み締めた。
彼にとってこの戦いは、二人の若手パイロットに、実戦経験を積ませる事だけを目的としたものであり、既に二人がこの世から消え去った現状とあらば、これ以上戦闘を継続する理由など何処にも無い。
勿論、可愛い部下達の仇を取る為、猛り狂った復讐心を胸に、敵機に特攻を仕掛けると言うのも、真っ当な人間的感情の揺り動きと言えるのだろうが、戦場においては、感情に任せた行為その物が、自らの破滅を招きやすい事を、彼は十分に理解していたのだった。
やがて彼は、屈辱的敗北に塗れた自身の姿を無様に晒す事になろうとも、その醜態を敢えて甘受するかのように、静かに戦場を離脱する行動へと移り進んだ。
(ユァンラオ)
「ここで後退する?・・・ふーむ。」
そして、サーチモニター上に唯一残された最後の敵機たる反応へと、じっと視線を据え付けていたユァンラオは、彼にとっては思いもよらぬ行動を選択した敵パイロットに対し、少し感慨深い表情を滲ませると、喉元で唸るような声を奏で出した。
それは勿論、二機の味方機を撃墜されながらも、何ら少しも抵抗する気配を見せず、おめおめと戦場を逃げ出した臆病者を罵るようなものではなく、何処か少し興味心を抱くような、そんな雰囲気が彼の瞳には宿されていた。
(ランスロット)
「ねぇねぇジルヴァちゃん。俺ったら、もう既に三機も撃墜しちゃったよ。俺の勇姿、ちゃんと見ててくれた?」
(ジルヴァ)
「ばっか野郎!!こっちはこっちで手一杯だったんだよ!!んなもん見てる暇があるかってぇの!!」
(フレイアム)
「ジルヴァ。こっちは後一発づつでスラインダ撃ち切りだ。今の所、レンサカールは何とかなっているが、更に基地から蟲型DQが六機這い出してきたぞ。武装装甲車が二輌付だ。」
(ジルヴァ)
「解った。私達も直ぐにそっちに向かう。」
(ルワシー)
「一番奥側の戦車部隊もようやく重い腰を上げたみてぇだぁな。景気付けに最後の一発を見舞ってやっかぁ。」
(フレイアム)
「止めとけルワシー。密集して停車した戦車部隊の方が効率が良い。」
(アイグリー)
「なぁウザ男君。最後の一機は俺にくれよ。あんたそんなに弾数持って無いだろ?」
(ランスロット)
「馬鹿言っちゃいけないよ青年。早い者勝ちよ。早い者勝ち。」
やがて、南側の攻防に終止符が打たれたのを機に、ネニファイン部隊メンバー達の砕けた会話が、再び通信機内を飛び交い始めた。
それまで、ツーマンセル体制三チームへと部隊編成を切り替えていた彼等は、出来るだけお互いに干渉し合わないように、その編成単位毎に専用の通信チャンネルを開設して使用していたのだ。
勿論、緊急性の高い非常事態が発生した場合など、部隊メンバー全員に敢えて通知する必要のある情報は、逐次、全体通信チャンネルを通して連絡する事になっていたのだが、今回の戦いにおいて、彼等はそれほど差し迫った緊急事態に見舞われる事無く、再度全員が終結するタイミングを迎え入れる事が出来たのだった。
(ジルヴァ)
「おいユァンラオ。被弾した機体状況に問題はないか?」
そして、そんな新たなる戦いへと移り進もうかと言う節目において、ジルヴァはふと、先の戦いで機体に被弾を許したユァンラオに対して、その被害状況を問う質問を投げかけた。
(ユァンラオ)
「ん?何だ?気になるのか?」
するとユァンラオは、何処か陰湿な遊び心を込めたような問い掛けを上から被せ、彼女に投げ返してきた。
(ジルヴァ)
「ん?何だ?その切り返しは?てめぇは黙って機体の被害状況を報告すりゃいいんだよ。訳の解らん変な含みを持たせんな。ばーか。」
しかし、常に勝気な態度を突き崩さない彼女は、ユァンラオと言う得体の知れぬ男に対しても全く臆する事無く、完全に上から目線で捩じ伏せるように、再び問い掛けと言う風呂敷で包み込んだ言葉を叩き返してやった。
(ユァンラオ)
「ふっふっふ。別に問題はない。」
(ジルヴァ)
「よし。それじゃ、さっさと奴等の所に戻るぞ。急げよ。」
(ユァンラオ)
「了解した。」
その後、ユァンラオは、不気味な笑い声と共に、大人しく彼女の指示に従うような素振りを示して見せたが、彼が決して人に恭順するような人間では無い事、そして、決して人に媚びるような人間ではない事は、ジルヴァ自身、心の中でひしひしと感じていた事だった。
彼は完全に一匹狼たる存在。
己の意思のみで行動し、己の意思のみで戦う孤高の戦士たる存在。
このユァンラオ・ジャンワンと言う男は、一体何を求めて、戦っているのだろうか。
ジルヴァはふと、このユァンラオと言う男に、強い嫌悪感を抱きながらも、そんな問い掛けによって、少なからず彼の思いの淵を覗き見てみたい、と言う気持ちを沸き起こしてしまったが、それが自らの破滅を呼び込む切欠になるであろう予感を、決して拭い去る事は出来なかった。
やがてユァンラオは、コクピットシート後部に放置したままのヘルメットへと手を伸ばし、中に入れておいたタバコとジッポを取り出すと、ゆっくりとフットペダルを踏み込んで、アカイナンの機体を震わせ始めた。
そして、無造作に銜えた一本のタバコに、手馴れた手付きでジッポの火を翳すと、ドきつい煙を大きく吸い込んで、綺麗に星々が輝く北の夜空へと視線を宛がった。
(ユァンラオ)
「生き延びる為に。願いを叶える為に。必死になって這いずり回ってみせろ。死と言う終焉が齎されるその瞬間まで、厭らしく、妖艶に、小気味良く、踊り狂うが良い。必死になって舞を踊る人間の姿は、またとなく素晴らしい輝きを放つものだ。ふっふっふ。」
TRPスクリーンに映し出される北の夜空が、吐き散らされた真っ白い煙によって覆い隠されると、鼻を刺すほど良い刺激臭に塗れたユァンラオの表情が、次第に不気味な笑みを浮かび上がらせる。
それはまるで、過酷な生き様を強要されし奴隷達が、闘技場の中で必死にのたうち回っている様を、遠目からじっくりと眺め、嗜むかの様でもあった。