06-32:○オクラホマ南方防衛基地陽動作戦[3]
第六話:「死に化粧」
section32「パレ・ロワイヤル攻略作戦」
雲ひとつ無い綺麗な星空の元、黒と言う闇の世界に包み込まれたのどかな平野部に、無数の紅蓮華が花を開かせると、なまめかしい舞を踊る炎の渦が、まるで夕焼けのような赤色を持って、天空を焼き焦がす。
そして、断続的に放たれる強い閃光によって、更にその力強さを増長させると、続いておどろおどろしい重たい轟音を周囲に吐き散らし、目には見えない暗雲を色濃く漂わせて行った。
オクラホマ南方防衛基地より、南に約5kmils程離れた疎林地帯内部からは、基地の様相を直接視界に捕らえる事は出来なかったが、それでも疎らに生え揃った木々達の頭上で、真っ黒な闇夜を赤々と焦がす燈火の様相から、明らかに逼迫した異常事態に見舞われている事が窺えた。
サーチモニター上に映し出される索敵情報へと視線を宛がい、仕切りに辺りを警戒する素振りを見せる一人の男が、ほぼ全速力に近いスピードで北上するDQを巧みに駆り立て、まるでレールの上を走っているかのような正確さで、木々達の間をすり抜けて行く。
そして、彼の前方を直走る二機の青いDQの様子を気にかけつつ、再びオクラホマ南方防衛基地上空へと視線を流すと、頭部を保護するヘルメットではなく、演習用のバイザー式ゴーグルを手に取った。
F2B1Vフォーメーションを維持したまま、疎林地帯を並走する三機の青いDQは、飛行機型高速機動DQの中で、最も最新型となる「flger:フォル・レンサジア」であり、未だ帝国軍内部においてもそれほど出回っていない、希少な機体の内の三機だ。
前後へと長い本体を軸に、その中央部から這い出た二本の両足によって大地を踏みしめ、後方に突き出た巨大なバーニヤ部から、強力な推進力を得る独特の姿形。
そして、同機種系統の最も苦手とする旋回性能を補うべく、左右へと大きく広げた翼の下には、前後に噴射可能なバーニヤが四基づつ備え付けられており、まさに、地上に降り立つ事で最大の機動力を獲得するに至った、陸の戦闘機とも言うべき機体であった。
(ランス)
「ちっ。演習場に向かう途中、基地との交信が途絶えた時から、何かがおかしいとは感じていたんだ。それがまさか、この有様とはな。」
前方に向かってナブラ陣形を敷いた隊列の一番後方部で、不穏なる気配に包み込まれたオクラホマ南方防衛基地の様子を、じっと見つめていた男が、手馴れた手付きでフォル・レンサジアを操りつつ、心に沸き起こった所感を静かに呟き出す。
黒を基調に青みがかった柔らかな頭髪に、細く釣り上がった目尻が特徴的な彼は、ストラントーゼ軍第403部隊「エイリアンホース」に所属する、DQパイロットの一人であり、名前を「ランス・レッチェル」と言った。
彼はまだ二十歳にも満たない若さながらも、その卓越したDQ操舵技術と高い状況判断能力から、一個小隊を完全に独立した形で運営する事を許された人物であり、この時も、新たに小隊を構成する事になった新兵二人を引き連れ、新型機の慣熟訓練を行う為、演習指定区域へと向う途中であった。
しかし、その道中において、突然基地との交信が全く途絶えてしまった事に気が付くと、彼は即座にオクラホマ基地へと帰投する事を決意する。
勿論、それは何かしら通信系統にトラブルが発生しただけと言う、微々たる問題に過ぎない可能性もあったが、トゥアム共和国軍がカルッツァ地方で攻勢に転じると言う噂を耳にしてから、彼は何処と無く漠然とした不信感を抱き持っていたのだ。
(ランス)
「メビル。アリン。聞こえているな。オクラホマ基地の状況は見ての通りだ。恐らく敵はトゥアム共和国軍に間違いないだろうが、攻撃パターンから察するに、敵の数はそれほど多くは無い。今回が初めての実戦となるお前等にとっては、丁度良い遊び相手になるはずだ。ここでお前等の実力を見せてもらう事にする。勿論、俺はこんな場所に長居するつもりは無いからな。さっさと片付けて来い。」
(アリン)
「はい。ランス様。」
(メビル)
「了解しました。」
ランスはそう言って、従える二人の若い部下達・・・、と言っても、彼より若干四歳年下なだけなのだが、幼い少年少女二人に対して、少し突き放すような口調で戦闘命令を下すと、徐に踏み込んだフットペダルを戻し、フォル・レンサジアの進行スピードを緩めた。
そして、最新型サーチシステム「ジュダ」が捕らえた情報の内、特に緊急性の高いものだけをバイザー式ゴーグルに表示するよう設定を切り替えると、完全に高見の見物を決め込んだような様子で、一気に急加速し行く二つのバーニヤ光を見送った。
兵士としてはまだ若輩者たる立場にあるはずのランスに対し、全く反抗する態度を匂わせない二人の返事は、まさに屈託の無い透き通った印象を感じさせるものであり、彼の意のままに動く従順な僕と言う己が立場に、何ら少しも疑いを感じていないようにも見受けられる。
二人は共に、帝国内でも最下層に当たる貧しい家庭の下に生まれ、幼い頃に親に売り飛ばされた経験を持つ子供達であり、同じような境遇にありながらも、特殊部隊の小隊長を務めるまでに伸し上がったランスの事を、ある種、崇高視していたのかもしれない。
少年の方は、巻きの強い短めの黒髪と、浅黒い肌が特徴的な人物であり、名前を「メビル・クオーラン」と言った。
一方、少女の方は、襟足から先に少しウェーブのかかった桃色の長髪と、色白の肌が特徴的な人物であり、名前を「アリン・サザー」と言った。
先代皇帝ソヴェールの時代、帝国国内に蔓延る身分格差緩和政策の一環として、このような苦境に喘ぐ子供達を救済うべく、「アモルパラシオン」なる特別機関が設立され、数多くの人身売買組織を摘発する事に成功したのだが、それでも、人身売買と言う卑劣な犯罪行為を完全に撲滅するには至らず、今尚、闇の世界では、人知れず取引される子供が後を絶たないと言われている。
しかし、この二人、メビルとアリンは、そんな同機関の活動によって、運良くも人身売買組織から助け出された子供達であった。
二人はその後、アモルパラシオンの施設に保護され、各々が自律して生活できるよう、必要最低限の学習と訓練を受ける事になるのだが、この機関が最も力を入れていた訓練と言うのが、戦闘員を育成する為のカリキュラムだった。
勿論、このようにして、闇の世界から救い出された子供達の全てが、無理やり戦闘員に仕立て上げられる訳ではなく、真に適正のある子供達だけが、特別な計らいを持って軍に引き上げられるのだが、女帝ソヴェールが崩御した後も、精力的に活動する同機関の真の目論みは、こういった優秀な子供達を、何の後腐れも無く、自由に扱えるからと言うのが専らの噂であった。
言うなれば彼等は、一度、人身売買組織を経由する事によって、簡単に身元不明と言うレッテルを貼り付ける事のできる人間であり、まさに権力者達が思うがまま操るために生み出した、悲しき道具の一つと言う訳だ。
しかし、元々親に売られた過去を持つ彼等にとって、何処にも帰れる場所がなかった事は事実だし、何より自分達を危機たる状況から救い出してくれた人達に対する恩義から、彼等自身がその流言を否定する傾向にあった事も確かである。
このメビルにしろ、アリンにしろ、決して例外ではなく、自分達を救ってくれた人達に対する感謝の気持ち、そして、こんな身分の卑しい自分達を、何の分け隔ても無く拾い上げてくれた人達に対する感謝の気持ちは、決して覆る事の無い強固なものだった。
恐らく彼等は、上官から死んで来いと命令されれば、はいと二つ返事で自ら望んで戦場に赴く忠実な僕であり、それが恩人達に報いる唯一の方策である事を、彼等は良く理解していたのだ。
エイリアンホースと呼ばれ、帝国内でも一、二を争う強力な戦闘集団にあって、極貧民層出身者がその半数を占めると言う事実には、こういった理由があったからに他ならなかった。
(ランス)
「言うまでも無い事だが、前面に捕捉された敵DQ反応の多くはダミー。実際にその中に隠れ潜んでいる敵機はほんの数機だ。何機か解るか?」
(アリン)
「一機・・・。いえ、二機だと思います。」
(メビル)
「僕も二機だと思います。」
(ランス)
「ではメビルは左側、アリンは右側の奴を撃墜しろ。所要時間は15分だ。」
(アリン)
「はい。ランス様。」
(メビル)
「了解しました。」
やがてランスは、サーチモニター上の前方部に、ワラワラと姿を現した不気味な光点へと視線を宛がうと、人並みに親心を醸し出すかのような口調で、幼い二人の部下達に注意を促す。
しかし、アモルパラシオン機関より非常に優秀であると認定され、エイリアンホース部隊に引き上げられた二人は、そんなランスの懸念を完全に払拭する真実を簡単に突き止めて見せると、素早い動作を持ってランスの指示を体現し始めた。
この時点でもはや、トゥアム共和国軍ネニファイン部隊のリーダーであるジルヴァの目論見は、いとも簡単に端から崩れ去ってしまったと言えよう。
ランスはTRPスクリーン上で大きく左右へと分散し、急速に先行し行く二人の姿を、過去の自分の姿に照らし合わせると、十五歳当時の自分に、これほどの素養が備わっていただろうか・・・などと、少々親馬鹿的と言うか、半場、自嘲気味な感情を沸き起こしてしまった。
とは言え、戦場においては、如何に相手より戦闘能力が高かろうとも、決して無事に帰ってこれる保証は無いし、攻撃するタイミングと、後退するタイミングを、少しでも間違うような事があれば、一瞬にして死を招き入れる結果を引き当ててしまう可能性もある。
今回が初めての実戦となる二人に、唯一欠けていた能力と言えば、様々な不確定要素を孕んでうねり動く、戦場の流れを読む能力であり、絶対的に経験が少ない二人とっては、それが一番の不安材料であった。
勿論、それは相手にも同じ事が言え、戦闘能力的には申し分ない二人が、相手よりも先にミスを犯す可能性は少ないであろうし、例え二人が先にミスを犯してしまったとしても、相手がそのミスに気付かない、または、気付いてもつけ込めないような輩達であれば、特に心配するような事でもない。
自らの命を脅かす危険性を孕んだ戦場においてしか、決して積み上げる事の出来ない貴重な実戦経験。
確かに、いきなり過酷な最前線へと突き落としてやるのも一つの手と言えるが、折角振って沸いた自軍有利の甘い戦場を利用しない手は無く、ランスは取り敢えず、少しでも二人に実戦経験を積ませる為、二人だけで戦闘を行うよう指示したのだった。
しかしこの時、彼等にとっては最悪な事に、目の前に立ちはだかった二機のDQは、彼が予想したような凡庸な戦士達ではなく、寧ろ戦場において幾多の実戦経験を持つ男が一人と、卓越した戦闘能力を誇る女が一人、パイロットとして乗り込んでいた機体であった。
(ジルヴァ)
「ちっ!仕方無い!私は右の奴を相手する!ユァンラオは左だ!」
(ユァンラオ)
「ふっ。まあ、それもよかろう。」
灰色に緑の迷彩を施したトゥアム共和国軍の人型兵器、「アカイナン」を疎林地帯内部へと潜ませ、じっと息を殺して相手の出方を窺っていた二人の熟練兵士は、やがて、その行動が相手に対して、何ら影響を及ぼしていない事を悟ると、すぐさま自らが搭乗する機体を駆り立て、迎撃体勢へと移行する。
そして、相手の意図する所を敢えて汲み取るかの様に、素早く左右へと離別行動を取ると、急速に接近する青いDQと、完全に一騎討ちとなる体勢を構築して行った。
勿論、各々一機づつとなる最小単位へと分散化した相手に対しては、二機以上の火力を持って集中攻撃をし、各個に撃破して行く方が有効的であると言えるが、見るからに移動速度の速いDQが相手となれば、その一方を攻撃している間に、もう一方に防御ラインを突破される恐れもある。
この時既に、六機もの高速機動DQを相手にしなければならない、他の部隊メンバー達の事を考えれば、彼等にこれ以上の負担を強いる訳にも行かず、ジルヴァ達は、この防衛ライン上から、一機たりとも敵DQを、後方へと逸らさない為の戦い方が要求されていたのだ。
その為ジルヴァは、一対一と言う身も蓋もない、稚拙な戦い方しか選択する事が出来ず、その指示に軽い笑い声を飛ばしたユァンラオの態度も、そのやむない状況を察した上での事だった。
しかし、幸いな事に、ジルヴァが最も懸念していた三機目の敵機は、全く戦闘に介入する気は無いらしく、どうやら索敵レーダーの有効範囲ギリギリのエリア周域で、その足を完全に停止したようである。
サーチモニター上で未だ黄色い点滅を繰り返す機種不明機が、一体どれほどの性能を持ち合わせた機体なのか見当は付かなかったが、取り敢えずは、一対多となる不利的状況を回避し得た状況に満足すべき所ではあった。
(ランス)
「おぉ。一騎討ちを選択するとは、中々に勇気のある奴等だ。メビルとアリンを相手に回して、何処まで頑張れるか見ものだな。」
しかし、二人の幼い少年少女の戦闘力の高さを知るランスは、急速に距離を詰めつつあった二対の対戦カードを興味深く観察しながら、ニヤリと思わず零れた不敵な笑みを持って、口元を歪ませた。
昨今、真新しい戦闘兵器が次々と登場する戦場においては、子供より大人、女性より男性の方が優れていると言う一般的概念が、徐々に崩れ始めていた事は確かであり、とりわけDQと言う人型兵器を扱う事に関しては、大人よりも子供の方が優れているケースが、数多く見られるようになって来た。
それは、常にその時代の最先端技術を投入して形作られるDQと言う兵器に、子供達の方が柔軟に対応する事が出来ていたと言う事実を証明付けるものであり、まだ身体的に不完全な子供達が、戦場において大人達を圧倒する例は、決して珍しい光景ではなくなってきていたのだ。
やがて、これまでの模擬訓練において、幾多の大人達を打ち倒してきた少年少女が、フォル・レンサジアの機体主翼付け根部分から生える大きな右腕で、機体下腹部に備えたアサルトライフル「HV192-T64」を取り外すと、もう一対の小さな腕を持って、炸薬弾入りの弾装を装着させる。
そして、既に目前へと差し迫った相手DQに対して、攻撃タイミングを見計らうように移動速度を緩めると、それぞれ相手との距離をある程度保つようにして、旋回行動へと移り進んだ。
それは勿論、そつなく迎撃体勢を整えた相手DQに対し、少し様子を窺い見る事を意図した行動であったが、サーチモニターに浮かび上がる無数の光点内に紛れてやり取りされる、目に見えない敵意の鍔迫り合いは、それほど長くは続かなかった。
程無くして、相手を撃破するイメージを構築するに至ったアリンが、対戦相手となる敵DQアカイナンに対して、激しい攻撃的意識を集中させると、真っ先に戦いの火蓋を切り落とす役目を担った。
彼女はまず、疎林地帯を緩やかに移動し行くアカイナンの動きを封じ込める為、フォル・レンサジアの最上部に取り付けられたミサイルポッドから、「シャルベリン」と呼ばれル小型ミサイルを三発発射すると、すぐさまフットペダルを最大限まで強く踏み込んだ。
そして、フォル・レンサジアの右手に強く握り締めたHV192-T64を前方へと翳し、不意に動きを停止したアカイナンに向かって猛烈な突進を開始すると、HV192-T64の有効射程範囲ギリギリのライン上から、更なる追加攻撃を加え始めた。
ドドドーーーーン!
その直後、上空へとスルスルと舞い上がった三つのミサイルが、アリンの意図した飛行軌跡を正確に辿り経て目標地点へと突き刺さり、アカイナンの機体周囲で眩い閃光を三度弾けさせた。
ネニファイン部隊メンバー達が所有するスラインダミサイルより、遥かに小型軽量化されたそのミサイルは、それほど強力な破壊力を有した兵器ではなかったが、それでも直撃を受ければ、即死を免れない程度の威力は十分に有している。
この時、アカイナンの進行方向に加え、左右への回避旋回するコースをも、正確に遮断して見せたアリンの攻撃は、歴戦の猛者ユァンラオに対して、機体を一時停止せざるを得ない状況に追い込む事に成功した。
そして、まさにそのタイミングに狙いを定めていたアリンが、これまた正確な射撃能力を持って、大量の炸薬弾を浴びせ掛けると、爆発の余波に塗れたアカイナンとの距離を急速に縮めていく。
それはもはや、ランスに指示された所要時間15分を待たずして、一気に片を付けてしまおうと目論む彼女の意思が、強く凝縮されたような連続攻撃であった。
(ユァンラオ)
「ほうー。この距離から当ててくるのか。意外に優れたパイロットだな。」
しかし、そんな撃墜間際の危機的状況に曝されながらも、何ら少しも動揺する素振りを見せなかったユァンラオは、疎らに武将髭の生え揃った口元を不気味に歪め、静かに相手を褒め称える言葉を呟いた。
彼は、相手のミサイル攻撃によって、機体を一時停止せざるを得なかった。
・・・と言われれば、確かにそうなのかも知れないが、彼ほどの能力を有していれば、その状況へと追い込まれる以前に、危機を回避する事が出来たはずだ。
では、何故?
(アリン)
「あっ!?ランス様っ!!あああぁっ・・・!!」
ドッゴーーーーン!!
次の瞬間、アカイナンへと向かって、勢い良く突進していたフォル・レンサジアが、突然、その青い機体から色取り取りの眩い閃光を吐き散らすと、続いて吹き上がった真っ赤な業火に取り憑かれ、身悶えする暇も与えられぬ内に一気に爆発四散した。