06-30:○オクラホマ南方防衛基地陽動作戦[1]
第六話:「死に化粧」
section30「オクラホマ南方防衛基地陽動作戦」
ひっそりとした暗闇に包まれた大都市郊外の平野部。
そこには近代的な巨大建造物も、忙しく動き回る人々の影も、車のライトも存在しない、静かでのどかな田園風景が広がっている。
緑豊かな大自然と言うには、少々人の手が入りすぎている感は否めないものの、広大な土地に植え付けられた農作物が元気良く生い茂り、濃く甘い柔らかな風に乗って流れる綺麗な蟲のハーモニーが、より一層、人の心を穏やかに落ち着けてくれるようだ。
雲ひとつ無い新月の夜空には、まるで頭上に落ちて来んばかりに凝縮された星々が光り輝き、洒落っ気の無い農村部を、唯一煌びやかに彩る存在として、優しい光を地表に振り撒いていた。
セルブ・クロアート・スロベーヌ帝国と、トゥアム共和国を分け隔てるレイナート山脈の麓、その西側に広がる平野部には、科学の進歩と共に急激に発展した現代社会とは、全く時代の異なった、昔ながらの景色が広がっていたが、どんなに長い時を経ようとも、人の腹を満たすべき第一次産業が完全に潰える事は無い。
勿論、端的に農業と言えば、気紛れな天気振り回される過酷な重労働と言う、悲観的イメージが拭いきれず、年々その担い手が不足し行く現状に変わりは無いのだが、それでも世界が食糧難と言う危機的状況を回避する事ができているのは、生物工学の進歩と、農作業用機器の進歩によって、それが補われているからに他ならなかった。
(ジルヴァ)
「全機進軍停止!FTPフィールドを継続展開しつつ、第一種戦闘体制のまま所定の配置場所で待機!」
そして、そんな生産的思考とは全く対照的な、破壊的思想の元に生み出された巨大な六つの人型兵器が、山間部から平野部へとかけて広がるなだらかな疎林地帯で、可愛らしい隊長格の女性の声を合図に、一度その足を止めた。
彼等は険しいレイナート山脈を乗り越え、遥々ランベルク地方からやって来た、トゥアム共和国軍の遊撃部隊メンバー達であり、遥か南方サルフマルティア基地より北上を開始したオクラホマ攻略部隊に先んじて、ここオクラホマ都市南方平野部で、小規模な陽動作戦を展開する任務を与えられていた。
勿論、彼等としては、たった六機の僅かなDQ部隊を持って、馬鹿正直に真正面から帝国軍防衛守備隊と事を構えるつもりなど無く、できればその道中で、帝国軍の索敵網に捕捉して貰う算段を思い描いていたのだが、それも驚く程の無警戒振りを見せ付けた帝国軍の緩慢な行動によって、実現する事は無かった。
結果、彼等は思いもよらず簡単に、オクラホマ南方防衛基地の程近くまで接近する羽目となり、今まさに彼等は、この防衛基地に対して直接攻撃を仕掛けられる位置にまで接敵していたのだ。
現在、彼等の目の前に広がる西側の平野部には、少し小高い丘を切り崩して建設された、巨大な防衛基地が横たわっており、周囲に広がる農業区画のそれとは、明らかに違った近代的威風を漂わせていた。
(フレイアム)
「ざっと見積もって戦車が100、装甲ヘリが10、DQが10ってとこか。残りはまだ地下格納庫の中か?」
(ジルヴァ)
「奴等の様子から見て、恐らくそれは間違いないだろう。レアル隊はまず、敵戦闘装甲ヘリをターゲットとして狙撃を開始する。エミーゴ隊は剥き出しの地下入り口ゲート付近を中心に、ミサイル攻撃を敢行しろ。攻撃開始のタイミングは私の合図を待て。ダミーイリュージョンの敷設も忘れんなよ。」
ジルヴァはそう言って、従える隊員達に新たなる指示を飛ばすと、不思議と未だ静けさを保つオクラホマ南方防衛基地から一度視線を外し、チラリと左腕の腕時計に意識を流した。
予定では一時間程前に、オクラホマ都市で大規模な武装決起が勃発しているはずだが、このオクラホマ南方防衛基地の様子を見る限り、何ら少しも慌しい雰囲気を醸し出す気配は感じられない。
と言うより、至って普段通りの平穏な待機状態を保っているようにも見受けられる。
帝国軍東方戦線の重要な中継基地であるオクラホマ都市内部で、大規模な武装決起が勃発したとなれば、当然、その周囲に点在する防衛基地にも、何らかの動きがあって然るべきであり、その事実を知っていながらにして、黙って静観を突き通していると言う事は、まずありえない話であろう。
とすると、もう既に武装決起軍は鎮圧されてしまった・・・。
あるいは、武装決起その物が情報操作された欺瞞であった・・・。
と考えるのが妥当であり、この時ジルヴァは、帝国軍が軍事管制システムに深刻な打撃を被ってしまったと言う事の真実に、少しも思考回路を直結させる事ができなかった。
しかし、オクラホマ攻略作戦と銘を打たれた今回の作戦において、トゥアム共和国側がこの武装決起軍の優劣如何に、全てをかける様なプランを採用していたかと言えばそうでは無い。
勿論、その切欠を作り出す一つの転機となった事は言うまでも無いが、最終的にトゥアム共和国は、この武装決起が完全に失敗に終わる可能性まで十分に考慮し、この作戦を発動させるに至ったのだ。
(フレイアム)
「ジルヴァ。エミーゴ隊は全機、所定の配置に着いたぞ。」
(ジルヴァ)
「了解。こちらの配置も完了した。ユァンラオ。アイグリー。戦闘開始準備は万全か?」
(アイグリー)
「別に準備って程のもんじゃ無いでしょ。もう終わってるよ。」
(ユァンラオ)
「問題ない。」
透き通るような青い瞳を持って、静かにオクラホマ南方防衛基地を見つめたジルヴァは、小隊長としての慣用的な言葉を用いて部下達の様子を確認すると、その視線を若干遮る程に伸びた、こげ茶色の前髪を左右に掻き分け、DQパイロット専用ヘルメットを被った。
そして、レイナート山脈から伸びる森林の際、疎林地帯に、綺麗に並んだ六つのDQ機体反応へと視線を移し、再び周囲の様相へと意識を集中させた。
確かにオクラホマ都市に出没する武装決起軍の動向如何で、今後繰り広げられるオクラホマ攻略作戦が、大きく揺り動かされる事は間違いないが、それでも予測しえる最悪の筋道を辿り経たからと言って、トゥアム共和国軍上層部が、この期に及んで作戦自体を中止するなどありえない事だろう。
勿論、数多くの一般市民達が暮らす同都市内部で、激しい戦闘行為を繰り広げたく無い思いは、軍上層部にもあるであろうが、それでももし仮に、この武装決起軍に誘発された南方防衛部隊が、オクラホマ都市内部へと投入される事になれば、トゥアム共和国軍も望まぬ市街戦を強いられる事になる。
そこで今回、トゥアム共和国側が用意した回避策と言うのが、オクラホマ南方防衛守備隊の注意を引き付ける為の遊撃部隊を投入する事であり、その重要な囮役を担うべく存在するのが、ジルヴァ達ネニファイン部隊メンバー六人と言う訳だ。
先に行われたディップ・メイサ・クロー作戦において、帝国軍南進部隊の南下を塞き止められない事態を察知したトゥアム共和国軍は、即座にリトバリエジ都市周辺部での戦闘を回避する為に、スーノースーシ川の対岸まで軍を撤退させる事を決意した。
そしてその結果、リトバリエジ都市は帝国軍の手に落ちる事にはなったが、同都市にほとんど目立った被害を被る事無く、今日を迎える事が出来ている。
今回このオクラホマ攻略作戦における、トゥアム共和国の最終的帰着点は、リトバリエジ都市失陥したトゥアム共和国軍と、全く同じ状況を帝国軍に強いる事であり、帝国軍に対して、オクラホマ都市防衛がほぼ不可能である事を認識させ、そして更に、帝国軍に次なる機会に望みを託した行動が取れるよう、ある程度の逃げ道を作ってやる事にあったのだ。
この際、武装決起軍が本当に存在するか否かと言う思索は別に置いておくとして、未だに帝国軍の南方防衛守備隊が、このソリアス平原に止まっていると言う現状は、まさにトゥアム共和国軍が目論む理想の展開と言うに相応しい状況である。
この時点において、ジルヴァには何ら陽動作戦の発動を躊躇う理由など、何処にも存在しない事だけは確かだった。
しかし、このオクラホマ南方防衛基地での戦闘において、如何にトゥアム共和国軍が勝利を勝ち取る事が出来たとしても、それに余り時間をかけ過ぎてしまえば、北西部カフカス砂漠に存在するトポリ要塞から、直ぐに帝国軍の増援が駆けつけてくる事は明白であろうし、一路カルッツァ地方へと行軍を開始した、北方防衛守備隊が転進してくる可能性も考えられる。
圧倒的兵力を有する強固な南方防衛守備隊を前にして、短時間の内に壊滅的打撃を与える事は、決して容易な事ではなく、それを成し遂げる為の事前準備を賄わされた立場の者としては、心の中にそれなりの強い意思を凝縮させねばならなかった。
やがてジルヴァは、静かに両目を瞑って、一つ大きく深呼吸をしてみせると、再び見据えた攻撃目標へと鋭い視線を宛がい、静かに作戦開始を意味する扉の取っ手へと手をかけた。
(ジルヴァ)
「オクラホマ攻略部隊の到達まで、後二時間ほど時間的猶予があるが、現状は私達にとって安易に楽観視できる状況ではない。本来であれば、オクラホマ都市へと行軍中の帝国軍と鉢合わせし、その注意をしばし引き付ける程度で良いと考えていたが、南方防衛基地に何の動きも無い以上、それなりの苦労を強いられる事になるはずだ。オクラホマ攻略部隊が当戦域において、数的優位性を得られるようにする為には、出来る限り多くの帝国軍兵力を、この南方防衛基地より引き摺り出す必要が有る。その為にはまず、私達が相手にとって脅威たる存在である事を知らしめ、そしてその上で、上手く相手を誘き出すよう、攻撃的意思を前面に押し出したまま、逃げる振りをして見せなければならない。そしてそれを実現する為には、私達六人全員が一糸乱れぬ部隊行動を取り、常に帝国軍防衛守備隊の先手を取り続ける必要がある。いいか。各々の勝手な判断による行動だけ許さないからな。作戦行動は全て私の指示に従う事。これだけは守れよ。」
(ユァンラオ)
「ふっ。」
(ランスロット)
「愛しきジルヴァちゃんの為なら何なりと。何でも言う事を聞くよん。」
(ルワシー)
「年下の女に、こうも偉そうに指示されんのは少し癪だがぁよ。まぁ、こりゃしゃあねぇ状況だわな。」
(アイグリー)
「俺はポイントさえ稼げれば文句は無いよ。勝手に指示してくれ。」
強大な敵兵力が醸し出す猛烈な威圧感を、直ぐ目と鼻の先に突き付けられた状況にありながらも、全く普段と変わらぬ不遜たる態度を突き通せる彼等の神経には恐れ入るが、少しぐらいは過酷な戦場に臨む気構えを見せてもいいのではないかと、ジルヴァは思わず滅入る気持ちを押し殺すように、小さく舌打ちを吐き出してしまった。
とは言え現状、彼女に与えられた戦力は、彼女を含めたこの六人以外には存在せず、それが例え無気力な半端者であっても、糞の役にも立たない無知無能者であっても、彼女は彼女なりに、与えられた任務を成功へと導かねばならない立場にあった。
(ジルヴァ)
「戦闘は全てボカージュ地帯より東側で行う。例え瀕死の獲物が目の前に転がっていたとしても、決して前に出るなよ。それと、出来る限り農業区画への攻撃は避ける事。いいな。」
(ランスロット)
「おおー。さすがはジルヴァちゃん。天使のような思いやりだねぇ。」
(フレイアム)
「幾ら敵国とは言え、善良なる一般市民に罪は無いからな。」
心に宿した濃密な可燃性ガスの中に、ゆらゆらと揺らめく真っ赤な灯火を一つ投げ入れて。
ジルヴァは徐に狙撃モードへと切り替えた自動照準システムを機動すると、グローブを嵌めた両手で操縦桿を強く握り締める。
そして、TRPスクリーン上で素早く敵ターゲットを捕らえたガンレティクルが、射撃可能を示す赤色へと変色したタイミングを見計らって、即座に戦いの火蓋を切って落とす合図を通信システムに流し込んだ。
(ジルヴァ)
「よし!行くぞ!レアル隊!エミーゴ隊!全機攻撃開始!」
おおよそ戦場には似つかわしくない、ジルヴァの可愛らしい声色が、感度良好の通信システム内を駆け巡ると、それに合わせて一斉に行動を開始した部隊メンバー達が、完全に先制攻撃となる鋼鉄の咆哮を奏で上げる。
ソリアス平原の東側疎林地帯に潜伏したDQ「MKK-05アカイナン」六機の内、南側に陣取ったレアル隊所属の三機が、装備した「GRM-89スナイパーライフル」を撃ち放つと、漆黒の闇夜に包まれていた田園地帯に、綺麗な三本の光の筋が描き出された。
そして、その道筋を正確に辿り経た鉄甲榴弾が、オクラホマ南方防衛基地の管制塔付近に停機していた戦闘装甲ヘリへとぶち当たると、周囲に鈍い金属音を撒き散らして、直後に猛烈な爆発を順々に誘発して行った。
(フレイアム)
「ルワシーは奥側。ランスロットは手前側だ。俺はガレージ付近のDQを狙う。」
(ルワシー)
「了解。ランスロット。スラインダぁ重いから全部撃ってこうぜぇ。」
(ランスロット)
「って言うより、全部撃ち切らないと、この後が大変でしょ。もし余ったらルワシー君にあげるから、遠慮なくもらってくれたまえ。」
(ルワシー)
「馬鹿言えぇ。阿呆が。」
一方、北側に陣取ったエミーゴ隊の三機は、レアル隊の第二斉射を確認した直後、アカイナンの両肩に装備したミサイルポットから、各々二つづつの小型ミサイルを射出した。
通称、スラインダと呼ばれるこのミサイルは、小さいながらもそれなりの破壊力を有した攻撃兵器であり、自動追尾システムを搭載した自律型のミサイルだ。
勿論、自動追尾システムを無力化するECM兵器の登場により、その持てる能力の全てを発揮する場が、失われつつあった事は事実だが、完全に自己システム内だけで飛行経路を導き出せる、目標地点指定型攻撃も可能であり、トゥアム共和国陸軍では良く用いられる兵器の一つとなっている。
しかし唯一つ、そこに問題点があるとすれば、それはDQが装備するには重過ぎる兵器であるという点であろう。
アウトレンジ型DQとして重火器の装備を想定して作られた、アカイナンクラスならいざ知らず、華奢な機体であるトゥマルクとの相性は、最悪と言うに相応しい風評が一般的であった。
とは言え、極少数の部隊で大量の敵軍と相対する彼等にとって、一撃を持って高火力を得られる兵器はまさに必需品であり、幾ら移動速度に支障をきたそうと、持って運ぶに値する兵器である事は間違いなかった。
アカイナンの機体より斜め上方向の空中へと放り出されたスラインダミサイルは、一旦緩やかに落下し行くタイミングで、後部推進装置から大量の白煙を吐き出すと、空気を切り裂く鋭い噴射音だけをそこに残し、一斉に指定された攻撃目標へと邁進し始める。
そして、ようやくその異常事態を察知したオクラホマ南方防衛基地が、けたたましいサイレン音を周囲に鳴り響かせる頃には、目標物との間に立ち並ぶ疎らに生え揃った木々達を全て飛び越え、未だ無防備なままの地下施設入り口付近へと、次々に突き刺さっていった。