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Loyal Tomboy  作者: EN
第六話「死に化粧」
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06-29:○パレ・ロワイヤル攻略作戦[11]

第六話:「死に化粧」

section29「パレ・ロワイヤル攻略作戦」



「・・・っつ。」


赤々と燃え盛る炎に包み込まれた灼熱の渦中かちゅうにおいて、ゆらゆらと揺らめくように立ち昇る上昇気流が、目には見えない天への架け橋を形成する。


それは儚くも戦いの中で散った、哀れな敗北者達が辿る、冥府への入り口たる昇り階段だ。


激しくうねり狂う業火によって焼き尽くされた者も。


飛来した残酷な鉄片によって四足を引き千切られし者も。


猛烈な爆発によって一瞬にして肉体を消滅させられし者も。


人それぞれ、千差万別の根源を持って、無残にも己の体との離別を余儀なくされた者達の全てが、最終的に帰する場所なのだ。


「・・・。」


彼等はもはや、この階段を昇る事しか許されない異世界の住人達。


決してそこに止まる事も、決して戻る事も許されない、死後の世界の悲しき奴隷達。


高らかに奏で上げた悲痛な叫び声の中に、現世に残した様々な思いを強く込めながら、彼等は再びこの世に立ち戻る事の出来ない、己の立場を嘆き続けるのだ。


そしてやがて、彼等は悟る事になる。



ああ、私は死んだのか・・・。と。



しかし、それまで自己を形成していた物理的組織の全てを失い、拠り所を失った御霊みたまだけが己の自我を保ち続ける事など、本当に有り得る事象としては、中々に受け入れがたい事実だ。


言うなればそれは、機械で言う物理的ハードウェアを失った論理的ソフトウェアが、何のトリガーも無しにひとりでに暴走を開始し、自己のプログラムを処理し続けるようなものである。


勿論、誰しもがはっきりとした否定的事実を示し出せない以上、その幻想世界の存在を頭ごなしに否定する事など出来ないのだが、逆にそれを肯定してみせる術が無い事も事実であり、実際にその真実を知る者は、既に己の死を受け入れた者達に限られている。


今だ現世へと命を繋ぎ止めた者達には、決して見ることの出来ない世界。


決して理解する事の出来ない世界。


存在するかどうかも解らぬ世界。


それが、死後の世界なのである。


しかし、そんな地獄とも、天国とも揶揄やゆされし死後の世界にも、たった一つだけ周知の事実が存在する。


それは、その世界へと足を踏み入れた者達は、二度と戻っては来ないと言う事だ。


「・・・!?」


ふらふらと漂う己の意識に薄ぼんやりとした赤色を滲ませて、次第に浮き上がり来る感覚を、じっとりと重たい手足の真へと重ね合わせる。


そして、メラメラと燃え盛る真っ赤な炎の妖美な踊りを、静かに見開いた視線の先でゆっくりと捕らえ、徐に上体を起こした少女が驚いたような表情を浮かべた。


むせび返るような熱気が渦巻くトゥマルクのコクピット内で、ようやく意識を取り戻した小さき少女は、最終的にその生と死を分け隔てる、最後の一線を乗り越えてはいなかった。



死んでない・・・。


生きてる・・・。


(セニフ)

「上手く行ったんだ・・・。」


幾多にも折り重なるワーニングランプの光に照らし出され、未だうつろいを隠しきれぬセニフが、ようやく色濃く焼き付けられた最後の記憶へと辿り着くと、静かなる目覚めの第一声を呟き出した。


そして、酷く右斜めに傾いていたトゥマルクのコクピット内部で、右手側の操縦桿台へとへばり付いていた自分の身体を引き剥がすと、彼女は少し不安定な体勢のまま、周囲の様相へと視線を這わせる。



私、一体どのぐらい、寝てたんだろ・・・。


フロルは?


ジョハダルは?


他の皆はどうなったんだろう。


無事に逃げ延びる事が出来たんだろうか。


敵のスナイパーは・・・?



一体、どのぐらい長い時間眠り込んでいたのかも解らぬ程、混沌とした思考の中で、彼女はふと、敵スナイパーの激しい攻撃により、危機的状況下へと追い込まれていた仲間達の安否を気遣うと、直ぐにトゥマルクを再始動する為の作業へと移り進んだ。


彼女から見て、右手側に広がるTRPスクリーン一帯は、完全に死滅してしまった状態であり、左手側に広がるそれもまた、所々点在する真っ黒な四角い穴によって、完全にクリーンな映像を作り出すまでには至っていない。


そして、運良く残されたスクリーンパネルもまた、トゥマルクの周囲でせわしく燃え盛る炎の強いオレンジ色の光にさえぎられ、外界の様相をつぶさに窺い見る事までは出来なかった。


外部から強い力で押し込まれたようにひしゃげてしまったコクピットハッチからは、肌にまとわり付くような重たい熱気が、逐次ちくじ外部から漏れ出しているようで、着込んだパイロットスーツの内側に充満した気持ちの悪い汗の粒が、彼女の敏感な柔肌やわはだの上を、さするようになぞり落ちて行くのが解った。


勿論、この熱気を生み出す炎の苗床なえどこは、その強烈な爆発によって、一瞬にして水分を奪い取られた木々達の死骸であり、トゥマルクの機体動力部に引火すると言う、最悪の事態を招く勢いは感じられなかったのだが、それでも彼女には、この程度で済んでよかったと言う思いに、安堵する気持ちなど全く無かった。


メインコンソール上に羅列された大量の被害報告文からも解る通り、現在彼女が搭乗するトゥマルクは、致命的損傷を数多く抱え込む羽目となってしまい、一通りの再始動作業を終えた彼女の元は、やがてその機能のほとんどが麻痺した状態にあると言う、悲しき現実を突きつけられる事になったのだ。


(セニフ)

「・・・これも駄目。これも・・・駄目か。唯一生き残ったのは、左肩の120ミドレンだけ。機体も全然動かないし・・・。」


と、そこまで小さく言葉を呟き出した後、彼女は思わず吐き出してしまった溜め息の中に、連ねるべき言葉を掻き消した。


トゥマルクを稼動させる為のオートモーション機能は、彼女の問い掛けに対して全く反応を示さず、各機体駆動系に直接行動を促す行動ファンクションもまた、唯一生き残った左肩部分を除いては全滅の様相である。


サーチシステムも通信システムも機能停止状態から復帰する様子は無く、後部テスラポットのFE転換機能も、新たにエネルギーを充填する気配は無い。


彼女はトゥマルクの機体が、一体どれほどの損傷を負ってしまったのか、外部から見て客観的に判断する事は出来なかったが、それでも現時点において、完全に戦力外となるガラクタ同然の存在へと成り下がってしまった事を悟った。


そして、ゆっくりと紅いヘアピンを収めた内ポケット付近へと左手を宛がうと、綺麗なオレンジ色を滲ませる左側のTRPスクリーンへと視線を移した。



セニフ自身、あの状況下で敵スナイパーの放つ強烈な砲弾から逃げ延びる事など、決して容易な事では無い、至難のわざである事を認識していた。


そして、やがて訪れる自らの死に、少しもあらがう事も出来ず、ただ虫けら同然にくびり殺される事を覚悟していた。


一瞬にして真っ白な閃光の中へと誘われた仲間達と、全く同じ運命を辿るかのようにして。



しかし、それでも尚、セニフはまだ生きている。


激しく損傷し、満足に手足さえも動かす事の出来なくなったトゥマルクのコクピット内部で、セニフはまだ生きているのだ。



勿論それは、頭の中で彼是あれこれと考えて行動した訳ではないし、もう一度やれと言われても、二度と成功を望む事が出来ない、困難な荒業であった事は確かだ。


しかし言うなれば、あの死に直面したギリギリの状況下において、彼女は生き延びる為の唯一の最善策を選び出したと言えるだろう。


迫り来る死へのカウントダウンが、高鳴る心臓の鼓動と共に、確実にゼロを目掛けて滑り落ちていく中、彼女は敵スナイパーが潜んで居そうなエリア方向をある程度見定めると、バーナーランチャーの発火粒子を大量に噴射しながら、即座に反対方向へと後退行動を開始した。


そして、敵スナイパーが砲弾を撃ち放つタイミングに合わせて、バーナーランチャーの発火装置を作動させると、その砲弾が駆け抜けるであろう狙撃斜線上に、不気味に光り輝く灼熱の炎を走らせたのだ。


そう。この時彼女は、高速で飛来する高威力の砲弾を、出来る限り自分の機体から遠く離れた位置で誘爆ゆうばくさせる為、見えない発火粒子の導火線を、その狙撃ライン上に引き放つ手法を選択したのだ。


それは確かに、運的要素に左右される部分が多く、彼女も決して成功すると言う確信を持って、そのような行動に及んだ訳ではない。


しかしそれでも、この敵スナイパーの攻撃を左右に旋回してかわしてみせるよりは、遥かに生き延びる確立の高い選択であった事は間違いない。


あれほど高い狙撃能力を有したスナイパーであれば、相手が左右のいずれかに回避する事など、既に予測しえる範囲内の対応であろうし、かろうじて砲弾の軌道を逸らした所で、一度完全に足を止めてしまったセニフが、その驚異的な爆発から逃れ出るなど、ほぼ不可能な事であったからだ。


そして、この回避行動を成功させる上で、一番重要になってくるキーポイントが、この敵スナイパーが一体どの方向から狙撃してくるのかと言う点である。


その時点で、完全に敵影を見失っていた彼女には、新たに敵機を探し出す為の時間的猶予も無く、彼女は全く索敵行動を取る事も出来ずに、敵スナイパーの砲撃を迎え入れる事になってしまったのだが、それでも彼女は、敵が狙撃してくる方向に関しては、ある程度確信めいた予測を見出す事が出来ていた。


勿論それは、彼女の周囲に広がる密林地帯の地形的条件から、狙撃されそうなラインを大まかに絞り込んだ上での判断となるが、彼女は当戦域において、完全に優位的立場にあったこの敵スナイパーが、ほぼ手中に収めていた獲物達を簡単に放り出して、無益な後退行動に転じる事などありえないだろうと考えていた。


河川南側の高台に布陣したキャリオン隊のメンバー達は兎も角として、河川北側の高台に居たジョハダルを狙撃する為には、どうしても西側に立ち並ぶ傾斜のきつい山の斜面を、狙撃ライン上から除外する必要があり、必然的に敵スナイパーの移動予測範囲は、その射線上より南東部に限られる事になる。


そして更に、岩石地帯中央部を一度経由して、北側の密林地帯へと押し入ったセニフの行動から、この敵スナイパーが岩石地帯へと顔を出す事はありえないだろうし、移動速度に勝るトゥマルクとの距離を離そうと考えたならば、出来る限り北側のルートを選択するであろうと、彼女は予測していたのだ。


勿論、ある程度敵スナイパーの狙撃方向を特定できた所で、引き放つ発火粒子の導火線上と少しでも食い違いを見せれば、飛来する砲弾を途中で誘爆ゆうばくさせる事が出来なかったかもしれない。


しかしこの時、幸運な事に、その予測し得た狙撃方向には、四本もの巨大な木々達が立ち並んでおり、彼女は完全に正解となる狙撃ラインを引き当てる事に成功したのだった。


(セニフ)

「・・・アリミア。」


結果的にセニフは、この綱渡りに等しい回避行動を見事最後まで歩みきり、引き放った導火線のほぼ最先端部分で、飛来する砲弾を誘爆ゆうばくさせると言う、当初の目論見通りの成果を勝ち取る事が出来た。


それはまさに、奇跡的と言うに相応ふさわしい生還劇であり、この時見せた彼女の勇気と行動力は、真に賞賛すべき素晴らしきものだった。


しかし、やはりと言うべきか、その代償として彼女が失ってしまったものは、決して小さなものではなく、彼女は自らの命を生き永らえさせるのと同時に、自らの意思を具現化する手段を失う事になってしまったのだ。


勿論、どのような手段を講じて見せた所で、今以上の結果を生み出す保証がある訳でもなく、せめて生き延びる事が出来たのだと言う、最低限の結果に満足すべき所なのだろうが、彼女は静かに呟き出した言葉への強い想いから、後付あとづけで浮かび上がって来る、可能性と言う名の多くの選択肢にさいなまれていた。



もしかして、もっと上手く回避する方法が、他に有ったんじゃないかな・・・。


トゥマルクを完全に無傷・・・。いや、無傷とまでは行かないまでも、もっとこう、ダミーイリュージョンを駆使して相手の狙いを撹乱するとか、砲弾をもっと遠くで誘爆ゆうばくさせる為に、タイプ44を使うとか、炸薬弾を装填した120ミドレンを使うとか・・・。


閃光弾は持っていないけど、狙撃ライン上に120ミドレンをぶっ放したら、良い目晦めくらましになったかもしれない・・・。


やっぱり確かにジョハダルが言う通りだ。


たった一人の狭い視野の中で下した判断なんて、所詮はその程度のものでしかない。


もし他の皆と一緒だったら、誰かがもっと良い方法を見つけてくれたかもしれないし・・・。


ほんと私って、駄目な奴・・・。



セニフはじっと、目の前でゆらゆらと影を躍らせる炎の光を見つめたまま、不意に力を入れて左手を握り締めると、てのひらの上に感じる、紅いヘアピンの外形を脳裏に描き出しながら、ふと、大きな溜め息を付いてしまった。



ドッゴーーーン!



しかしそんな時、再びパレ・ロワイヤルミサイル基地周辺部で生じた巨大な爆発が、周囲の密林地帯を真っ赤な閃光で色濃く照らし出すと、セニフは生き残ったTRPスクリーンパネルの一つに、なにやら不気味にうごめくオレンジ色の物体を発見する事になる。


(セニフ)

「・・・?・・・あれは!?」


燃えるような赤色に包まれた森の向こう側を、彼女から見て左手側から右手側へと、ゆっくりと横断し行くそのオレンジ色の物体は、自然界に存在する大型生物と言った類のものではなく、人工的に作り上げられた巨大な製造物であった事は間違いない。


それは一目で大型機であると解る程に酷く鈍重なDQのようで、森の枝葉に隠れてつぶさにその形状まで特定する事はできなかったが、なにやら巨大な長い棒を腹部に抱え込んでいる事までは見て取る事が出来た。



敵スナイパー!!?



そう確信したセニフは、即座にサーチシステムを起動し、狭長域パッシブモードに切り替える為の作業へと移り進もうとした。・・・のだが、彼女は軽快にスイッチを弾き飛ばした時点で、サーチシステムが完全に死んでいる事を思い出し、直ぐにTRPスクリーンを拡大表示する為の操作へと移り進んだ。


しかし、直後に拡大表示されたその物体は、程無くして掻き消える事となった爆発の光と共に、静かに薄暗い森の中へと姿を消してしまった。


(セニフ)

「南下している!間違いない・・・。・・・と言う事は!」


そして、この敵スナイパーが奏でる行動軌跡から、直ぐに仲間達の危機たる状況を感じ取ったセニフは、唯一残された武器である120mmミドルレンジキャノン砲の照準を、鋭く突き刺した視線の先、暗闇に包まれた森の奥深くへと這わせる。


彼女の目の前には、直ぐ傍らでくすぶる炎の光にあぶり出された、極々直近の狭い世界しか映し出されていなかったが、セニフはじっと、暗闇に潜んだ敵スナイパーの動向を、食い入るように見つめていた。


相手を全く捉え見る事すら適わぬ薄暗い闇の中で、頼みの綱であるサーチシステムは完全に沈黙を保ち、朽ち果てたトゥマルクの機体は全く言う事を聞かないと言う、最悪の状況下にあって、これ以上彼女に何ができると言うのだろうか。


再びこの地に舞い降りた巨大な爆発が、周囲の密林地帯を明るく照らし出したからと言って、彼女が敵スナイパーを直視できるとは限らないし、機体を動かす事もできない状況で、120mmミドルレンジキャノン砲の射角から外れてしまっていては、結局彼女には何ら成す術はない。


幸いな事に、この敵スナイパーがセニフの生存に気付いている様子は全く無く、彼女は完全に敵スナイパーの意識外から攻撃を繰り出せそうな雰囲気を感じ取っていたのだが、それでも、狙撃と称するに十分な程の距離を置いたこの敵スナイパーを、一撃で仕留めて見せる自身が、彼女には無かった。


(セニフ)

「アリミア・・・。アリミアなら・・・。」



セニフ?貴方は近接格闘戦専門だって威張っているけど、もっとチーム戦術の幅を広げる為に、少しは狙撃の練習をしなさい。


私は貴方ぐらいの射撃技術があれば、十分可能な事だと思っているわ。


近接戦闘が常に危険と隣り合わせって事ぐらい、貴方にも解っている事よね?


さっきもシルに、お前は機体に負荷をかけ過ぎだって、怒られたばかりじゃないの。


勿論私は、貴方にその戦闘スタイルを変えろって言ってる訳じゃない。


相手に接近するにしたって、相手の動きを抑止する射撃は必要な訳だし、遠方の相手を逸早く足止めしたい場合にだって使えるわ。


まあ、遠方からの攻撃で相手を仕留める事が出来れば、それが一番楽なんだけどね。


ほらセニフ。苦手だからって言ってないで。私が教えてあげるから。



今更ながらにして、昔アリミアに言われた言葉が、セニフの胸に突き刺さる。


結局その後、セニフは各人の得意分野を生かした適材適所と言うありきたりな逃げ台詞で、遠距離射撃の全てをアリミアの技術力に頼りきり、少しも狙撃の練習をする事は無かった。


あの時少しでも、アリミアの言う事を聞いて、狙撃の練習をしておけば・・・。


と、不意に彼女は他人を頼る事が出来た過去の自分をかえりみて、強く下唇を噛み締めるのだが、それはもはや完全に後の祭りであった。



エネルギー残量は極僅か。


ミドレンの換装作業もできないし、私に残されたチャンスは後一回だけだ・・・。


もし、それを外してしまったら、身動きの取れない私に次は無い。


敵スナイパーに見つかって、直ぐに止めの一撃を食らわされる事になるんだろう。


こんな時、アリミアが居てくれたら・・・。


・・・。ううん駄目。甘えちゃ駄目だ。


いつもアリミアに頼りっぱなしだった私だけど、今は私一人しかいない。


アリミアを助ける為に。皆の手助けをする為に。


私がやらなきゃ駄目なんだ。



セニフはそっと、紅いヘアピンが収められた胸の内ポケット付近を右手で擦ると、左手でギュッと操縦桿を強く握り締めた上で、静かに120mmミドルレンジキャノン砲の発射トリガーへと人差し指宛がった。


そして、真っ暗闇に包まれた密林地帯の奥深くに、じっと狙いを定めながら、再びこの地に舞い降りるであろう強烈な爆発を、ただ只管に待ち焦がれた。


(セラフィ)

「さーてー。ここからなら、よーく狙えるねー。皆さんお待ちかねのショータイムと行きましょーかー。でも、こっちのお尻にも結構火が付いちゃってるからさー。一気に一網打尽と言う事で、よろしくお願いしますー。」


分厚い装甲板を抱えてゆっくりと目的地へと到達した、黄土色おうどいろのDQ「ブロホン・ツィー・ゲルン」のコクピット内で、にわかに怪しげな笑みを浮かべたセラフィが陽気に呟く。


彼の見つめるサーチモニター上には、小癪こしゃくにも、周囲を警戒する素振りを匂わせて動きを止めた六つの光点と、全速力で南下し行く二つの光点が映し出されていたが、彼はそんな事を少しも気にかける様子も無く、ゆっくりと狙撃準備へと取り掛かった。


彼は既に北側の密林地帯を抜け出し、岩石地帯の北側辺へと歩を進めており、狙撃するには十分過ぎる程に安定した地盤の上に大きな機体を落ち着けると、人間で言う両足のすね脹脛ふくらはぎ部分から、合計八本ものフットダンパーを繰り出し、硬い大地上へと固定付けた。


そして、TRPスクリーン上に浮かび上がる地形情報にあぶり出された、十二本もの狙撃ラインを静かに見据えると、有線索敵網によって捉えられた敵機の動きを先読みし、狙撃する為のイメージを脳裏に描き出していった。


しかしこの時、完全なる捕食者として、獲物達に狙いを定めていた彼自身が、もはや哀れなる獲物に成り果てていようとは、思っても見なかった事であろう。


次の瞬間、再びパレ・ロワイヤルミサイル基地周辺部から発せられた強い閃光に、赤々と照らし出した彼の表情には、不気味な笑みが交えられたままだった。



絶対に!!


絶対に!!


絶対に!!


(セニフ)

「当れーーーーーっ!!」


刹那せつなの瞬間、その視界に浮かび上がったオレンジ色の機体へと目掛けて、セニフは躊躇ちゅうちょ無くトリガーを引いた。


彼女の抱く想いの全てを一斉に解き放って。


思い描く弾道をそのままに突き進む事だけを信じて。


一撃で敵スナイパーを仕留める事だけを考えて。


彼女は人差し指に全ての願いを込めるようにして、力一杯トリガーを引き放った。


完全に身動きの取れないトゥマルクの左肩から発せられた一発の弾丸は、一瞬だけ周囲にほとばしった閃光によって、猛烈な加速度を加え付けられると、薄暗い密林地帯に潜んだ無数の木々達の間をすり抜けて、真っ赤な炎に彩られた岩石地帯へと突き進んで行く。


周囲に屯す様々な外乱要素の全てを突き崩し、彼女の想いを体現するかのように描き出されたその弾道は、まさに一直線と称するに相応ふさわしいものであった。


勿論、帝国軍最新型DQである黄土色おうどいろの機体、ブロホン・ツィー・ゲルンは、分厚い装甲板を体中にまとった不沈砲台であり、如何に動きを完全に停止していたからとは言え、生半可な攻撃で簡単に撃破できるものではない。


しかしこの時、狙いを定めたセニフに対して、無防備にも右側面を曝け出していたブロホン・ツィー・ゲルンは、後部テスラポットの左右から途出した唯一の弱点である、巨大な弾装部分が剥き出しとなっており、彼女の放った鋭い弾丸は、まさにその弱点部分へと吸い込まれるようにして突き刺さったのだ。


(セラフィ)

「ゲフッ。・・・!!?」


ズッゴーーーーーン!!!



一瞬の間隙を置いて発火した弾丸が、この巨大な弾装に詰め込まれた強力な砲弾の覚醒を促した。


そして、それと同時に生じた灼熱の業火が、唯一最後の断末魔だんまつまとして、この世にゲップを置き放った彼の肉体もろとも、白霧の世界へと葬り去る。


彼がそれと感じた時には、もう既に、彼の肉体はこの世に存在し得ない、無なる物へと変化を遂げてしまっていた。


四方八方へと吹き散らされる無数の残骸を他所に、真っ赤な炎を身にまとった暴れ馬が、凝縮された狭い空間から一気に解き放たれ、あでやかな光の楼閣ろうかくを描き出しながら、真っ暗な闇夜へと駆け上がっていく。


一度ならず、二度、三度と同様の爆発に塗れた岩石地帯からは、幾重にも織り成す爆煙の渦が吹き上がり、やがて、自然豊かなカノンズル山の麓付近に、巨大なキノコ雲を形成していった。


(ショウ)

「な・・・なんだ!?」


(メディアス)

「何!?この衝撃波は・・・!!」


(アグリ)

「ヘルコンドルの対地爆撃・・・じゃないよな?まさか帝国軍の新兵器か!?」


(バーンス)

「ソドム。ショウ。周囲の警戒を怠るなよ。まずはフロア隊のメンバー達と合流する事を最優先とする。」


(ソドム)

「へいへい。バーベキューパーティーをするには、十分過ぎるほどの火力だねぇ。これじゃ肉を焼く前に、こっちの身が焼かれちまうよ。本体様のご到着まで、大人しく待っていた方が良いんじゃないか?」


(ジョハダル)

「・・・。まさか・・・。まさかセニフが!?」


この時、ナルタリア湖周辺部に分厚く振り撒かれた高濃度フィールド粒子の妨害により、全く周囲の状況を掴みとる事が出来なかったネニファイン部隊のメンバー達だが、突然、恐ろしい程の轟音を奏でて舞い上がった黒煙に気付かないはずもなく、彼等は直ぐに、戦闘体制を敷いて身構える羽目となってしまった。


しかし、そんな疑心暗鬼ぎしんあんきに揺れ動く部隊内にあって、ただ一人、その爆発の原因たる真実について、ある仮説を元に導き出された回答を呟き出したジョハダルは、不意に逃走するトゥマルクの進行スピードを緩めると、静かに後方を振り返って、その巨大なキノコ雲へと視線を宛がった。


彼がそれまで抱いてきた一つの憶測。


それは、セニフがまだ生きているのではないかと言う、一方的な彼の思い込みであり、己の力だけではどうする事も出来ない危機的状況に、わらをも掴みたい彼の思いが勝手に作り上げた、保身的妄想であった。


しかし実際にそれは、正しくご名答であったと言えるだろう。




はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。


ダラダラと玉粒のような汗を垂らしながら、斜めに傾いたコクピットシートの上に、ゆっくりと背をもたれ掛けたセニフが静かに天を仰ぐ。


そして、鬱陶うっとうしいヘルメットを脱ぎ去り、大きく乱れた呼吸を整えるように深呼吸をして、ふっとTRPスクリーンに映し出された眩い赤光しゃっこうへと視線を据え付けた。


(セニフ)

「えっへへ・・・。私にも・・・。私にもできたよ。アリミア。今度、自慢してやるんだから。」


やがて、彼女が静かに両目をつむるのと同時に、全てのエネルギーを使い果たしたトゥマルクの全システムがダウンする。


もはやこの時点で、彼女にできる事は本当に何一つ無くなった。


焦げ臭い生暖かな空気の漂う真っ暗なコクピット内で、セニフは再び胸の内ポケット付近へと両手を宛がうと、静かに黙り込んだまま、じっと神に祈りを捧げた。


普段から神なる存在を崇拝すうはいも信仰もしない身でありながら、こんな時ばかり・・・。なんとも都合の良い小娘だと、自分で自分の振る舞いをせせら笑って見せたものの、彼女にはもう、神に祈る事しかできなかった。



かけがえの無い友人と、再び再会する事を願って。


また楽しく、あの頃のように楽しく、和気藹々(わきあいあい)と会話できる事を願って。


切に願って。



アリミア・・・。


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