01-11:○黒いお抱え衛兵[5]
第一話:「ルーキー」
section11「黒いお抱え衛兵」
湿地帯ということで、精密機械であるDQの行動が著しく制限されてしまうという理由から、他の参加チーム達からは敬遠されがちなエリア55。
次第に同エリア内で距離を縮めつつある2機のDQの気配を察したのか、それまで静かに囀り、木々達と戯れていた鳥達が、逃げ出すように一斉に飛び立った。
奇妙なバーニヤの共鳴音を撒き散らしながら、小島へと乗り上げた、リベーダー2の両肩バーニヤが3回ほど点滅する。
そして、相対するパングラードが、激しい水しぶきを巻き上げながら、浅瀬へと乗り上げた瞬間に、それまで水を打ったように静かだった、エリア55の様相が一変した。
セニフは、パングラードの両腕に取り付けられている、20mm機関砲のトリガーを引き絞りながら、サーチャーが示し出す警告音に反するように、相手リベーダー2と衝突寸前まで機体を突撃させる。
リベーダー2もまた、構えたResenASR-10rengで反撃の銃撃を見せるのだが、パングラードの前面装甲が厚いという事と、セニフが弾数をケチった事により、お互い致命的な一撃を与えるには至らない。
しかし、セニフの狙いは、全く別のところにあった。
本来、一撃離脱戦法外には、使い道が無いとされて来たパングラードだが、セニフはリベーダー2接触まであと10milsという地点で、パングラード両足踵に取り付けられたブレーキエッジをフルに利かせ、砂煙を巻き上げながら、リベーダー2の目の前で急激に減速させる。
!?
一瞬、一撃離脱後の無防備な背後を付け狙おうと画策していた、メイルマンの予想に反した動きを見せたパングラードは、さらに大地に切れ込ませたエッジを利用して、機体を90度反転させると、今度は全速力で逃げの体制へと移行する。
そして、そのときに生じた土煙が、一瞬にしてパングラードのバーニヤによって舞い上げられた。
(メイルマン)
「こいつ・・・!戦いなれてる。」
両者の視界は一気に「ろうど色」に染まり、細かい霧状に漂う「黒砂」により、馬鹿なサーチャーが、狂ったように警告音を打ち鳴らす。
(セニフ)
「ジャネット!!」
やがて、渦巻く黒砂の霧をいち早く突き抜けたセニフが、次なるアタッカーであるジャネットの気配を捜して叫んだ。
千載一遇とも言える、出会い頭の奇襲攻撃を成功させたセニフのお膳立ては、この機を逃しては、2度と訪れないかもしれない。
(ジャネット)
「ベストだねセニフ。」
決して、彼女達は通信機を通して、お互いの意思を確認しあったわけではないが、全速力で離脱するセニフの左手方向で、格闘戦に備えたラプセルが、右手マニュピレーターをワームオーバルに格納しつつ、増速するために、後部バーニヤを大きく吹き上がらせる姿が確認できる。
タイミング的には、ジャネットの言う通り、ベストタイミングだ。
リベーダー2は最新鋭機種とはいえ、近接格闘用に開発された兵器ではなく、いかにパイロットが優れていようとも、格闘戦専用DQラプセルを持って襲い掛かれば、相手も無傷では済まないはずだ。
しかも、黒砂の粉塵から抜け出した先には、遠方より付け狙うアリミアのASR-LType44の銃口が待ち構えている。
実際こんなもん?
カーネルって言ったってダサダサじゃん。
戦場から離脱体制にあったセニフは、どこか調子に乗った感じで勝利を確信していた。
それは、絶妙のタイミングで攻撃に転じたジャネットも。
そして、慎重に相手DQの動向を見守っていたアリミアも。
彼女達には、この時点で、悲観的推測をめぐらせなければならない理由が無かったのである。
しかし時に、現実とは皮肉なもので、天国から一気に地獄へと人々の思いを貶める「力」を、常に秘めているのだ。
黒砂の粉塵の中へと、勢い良く突入を開始したジャネットの進行方向で、突然、何か大きく鳴り響いた猛爆音。
それは、疾走中のラプセルコクピット内でも、身体に振動を感じるほどに大きな音であった。
一瞬、息を止めたジャネットの背中を、何か冷たい悪寒のような風がひゅるりと吹き抜けて行く。
極限まで高められた緊張感に、思うように手足を動かすことが出来ない中、ジャネットの意識だけが、その事実を突き止める事となる。
前面TRPスクリーンを覆っていた粉塵の流れが急変し、リベーダー2のいる中心部へと勢い良く吸い込まれて行く。
そして次の瞬間、一時的な流れの停滞を経て、リベーダー2の強力なバーニヤによって、爆発的に吹き飛ばされた。
(ジャネット)
「カーネル!!」
(メイルマン)
「残念だったな。」
突然、黒い砂塵の中から姿を現したリベーダー2の中で、不気味に口元をゆがませたメイルマンの目に、黒い炎が宿る。
吹き荒らしたバーニヤの出力によって、猛烈な突進力を得たリベーダー2が、不意にラプセルの機体目掛けて突進を開始した。
ジャネットは、咄嗟に回避行動へと転じる構えを見せるものの、その行動を実行する暇など、殆ど与えられなかった。
ドガシャーーン!
(ジャネット)
「きゃぁぅぅう!!」
激しい衝突による金属音が撒き散らされる中、回避のために少し機体を捻ったのが災いしたのか、ラプセルは斜め方向からの衝撃に耐え切れず、無様にも背中から吹っ飛んだ。
しかも、そんな重量級DQラプセルを相手に回し、体当たりを持って吹き飛ばしたリベーダー2の方はと言えば、衝突部分の左肩装甲部分を拉げただけで、体制すら崩すこと無く大地へと降り立つのだ。
それだけ両者の機体総重量が違ったのだと言われればそれまでだが、殆ど損傷を受けたようには見えないリベーダー2の機体剛性は驚くべきものである。
(メイルマン)
「見え見えなんだよ。素人が。」
轟音と共に背中から地面にたたきつけられたラプセルは、新たな粉塵を大量に巻き上げながら、ずるずると大地を引きずられ、ようやくその衝撃から開放されたときには、全くピクリとも動く様子は無かった。
バチバチと眩い火花が、機体外部まで迸る様を眺めながら、メイルマンはゆっくりと「ResenASR-10reng」を構えると、事もあろうか、動かなくなったラプセルに向けて、ゆっくりと弾丸を撃ち込み始めた。
大会の規約では、パイロット達の安全性を確保するために、火薬の量には制限が設けられているのだが、それでも実際に、コクピットを至近距離で撃ち抜けば、装甲を簡単に貫通してしまう事もありうる。
しかも、故意に相手パイロットを死に至らしめたとなれば、殺人行為として法的刑罰を免れないのだ。
それを知りつつも尚、右腕、左腕、右足、右肩、左足・・・と、ラプセルに対して弾丸を撃ちこむ事を留まらないメイルマンの残虐性は、ある種異常とも言えるのだが、彼にとってみれば、これは遊びの範疇内であり、決して殺意を抱いているわけでもない。
(セニフ)
「ジャネット!!何してる!!ジャネットォ!!」
そんな時、舞い上がる粉塵の中に渦巻く異変に、セニフが気がついた。
黒砂の影響もあり、思うような通信状況ではないにしろ、必死になってジャネットの名前を叫ぶセニフに対しての返答は無い。
リベーダー2を撃破したのか、それとも何かしらのトラブルがあったのか。
全く砂煙に包まれている両者の状態を知る術は無いのだが、それでも「一撃離脱」を主体に立てた作戦に対し、全く音沙汰が無いという状況が、すでに事の異常を示していた。
そして、やがて、一種異様な黒い雲の塊が、ゆっくりと大気の流れに乗ってスライドして行く中、最初に姿を現したのは漆黒のDQ。
ついで姿を現したのは、無残にも大量の火花を飛び散らして横たわる、ラプセルの姿であった。
(セニフ)
「ジャネット!!」
セニフの呼びかけもまた虚しい。
爆発寸前のラプセルの中でジャネットは完全に気を失っていた。
抹茶色の髪は乱れ、半開きになった口元からは、唾液が垂れ落ちる。
彼女に外傷はないようだが、パイロットの身を守るための磁気ベルトが、衝突の衝撃から敏感に反応しすぎたために、その圧力で気絶してしまったのだ。
(メイルマン)
「あー。こちらチームBlack's。本部応答願います。エリア55、ポイント83にて、DQ一機が炎上中。至急レスキュー部隊を派遣されたし。」
ラプセルの機体状況から見ても、早急に中に閉じ込められているパイロットを救い出さねば、危険な状態であることは誰の目にも明らかで、メイルマンは、即座に大会本部へと連絡を取り、専門のレスキュー部隊へ出動を要請した。
・・・・・・が!?
しかし、メイルマンはそれでも、ラプセルへの銃撃をやめようとはしない。
この男・・・。どこまでふざけているのであろうか。
(セニフ)
「ジャ・・・!!」
ドォォォーン!
メイルマンが、ようやくその銃撃の手を緩め始めたのは、轟音と共にラプセルから赤黒い火柱が立ち上った瞬間。
ラプセルの爆風による巻き添えを食らわないように退避した時だ。
漆黒のDQの機体表面に映し出される赤い炎の渦が、呆気にとられたように見開いたセニフの瞳に宿り、激しい憎悪と怒りによって、彼女の神経を逆撫でる。
(セニフ)
「てぇんめぇ!殺してやる!」
完全に我を忘れるほどの怒りを体現しながら、セニフは出来る限りの低い声を唸らせる様に吐き捨てた。
普段から気性の荒い性格をしている彼女だが、これほどまでに激しい怒りを見せることは無い。
全く身動きが取れない相手を前に、大会規約に違反すべき行為を平然とやってのける相手パイロット。
人を死に至らしめるかもしれないと言う危険な行為を平然と。
そして、それを、親友であるジャネットに対して。
怒りに打ち震えるセニフは、荒々しく思いっきりフットペダルを踏み込むと、強烈なスピードでリベーダー2への突進を開始した。