06-21:○パレ・ロワイヤル攻略作戦[3]
第六話:「死に化粧」
section21「パレ・ロワイヤル攻略作戦」
(セニフ)
「やっば・・・!!出力が足りない!!」
猛烈なスピードに駆り立てたトゥマルクの機体を、そのままの惰性で離脱させた後、すかさず背後から迫り来る三つ目の殺意に相対する為、軽快な足取りでステップを刻み込んだセニフが、思わず大きな声を張り上げてしまった。
この時、二機目のポールポンドを撃破する際に使用したバーナーランチャーによって、大量の蓄積エネルギーを吐き出してしまったトゥマルクには、もはや彼女の思いを体現できるほどのエネルギーが残されていなかったのだ。
しかも、最新型FE転換システムによるエネルギー充填処理も、トゥマルクの出足の遅さを完全に払拭する事が出来ず、彼女はサーチレーダー上に映し出された敵影の接近を目の当たりにしながらも、何ら打つ手の無いと言うもどかしい状況下で、表情を顰めてみせる事しか出来なかった。
トゥマルクのフル稼動最低ラインまで・・・。あと・・・30秒!?
(セニフ)
「そんなっ・・・・!!」
フットペダルを踏めども踏めども、一向に加速度を伴わないトゥマルクの反応に、さすがのセニフも己の身の危険を察したのだろうか、生き延びる為のせめてもの抵抗と題して、即座にトゥマルクの機体を敵ポールポンド側へと反転させると、左半身に構えた体勢のまま、ASR-RType44と120mmミドルレンジキャノンの銃口を翳した。
そして、トゥマルクの特長である機動性を完全に捨て去った状態で、強烈な攻撃力を有するポールポンドとの真っ向勝負を挑まねばならない事態を覚悟し、森の奥深く闇の向こう側から出現する敵の動向に意識を集中した。
ドガッ!!
しかし次の瞬間、彼女の目の前で炸裂した一つの閃光が、真っ暗な密林地帯を表示していたTRPスクリーン中心部で強い光を四散させると、その全てを覆い潰すかのように蒼白い世界を爆発的に増殖させた。
(セニフ)
「う!!・・・なにっ!?」
TRPスクリーンの瞬間的光量調節機能をも、一瞬にして半壊状態へと陥れたその特殊な光は、機体被弾時に生じる激しい衝撃を少しも感じさせなかった事からも、単に相手の視界に対する目晦まし攻撃であった事が解る。
勿論、頭から被ったヘルメットゴーグルによって守られていた彼女の視力は、ほとんどその機能を失う事無くやり過ごす事が出来たのだが、コクピット内部から外界の様相を窺い見る、唯一の手段を奪われてしまった彼女は、目前へと差し迫った敵ポールポンドの動向を、全く察知する事が出来なくなってしまった。
彼女はすぐさまモニターの感度調節ダイヤルをグリグリと回し、TRPスクリーンの表示機能回復に努めるが、スクリーン中央部で不気味にうねり狂う虹色の波紋は、彼女が思うほど簡単に消え去ってくれるものではない。
彼女はサーチレーダー上のほぼ中心点付近まで接近した敵影にチラリと視線を宛がいつつ、何ら成す術もなく敵の殺意に曝されると言う恐怖と、中々に訪れない敵の攻撃の狭間で、焦燥たる思いに苛まれてしまったのだが、やがて、徐々に隅の方からその機能を回復していったTRPスクリーン上に、不思議な二つの光点が映し出されると、彼女の立場を一気に好転させるほどの、激しい銃撃音が撃ち鳴らされたのだった。
(ジョハダル)
「お転婆娘が。一人で気張るなよ。ポイントを独り占めにしようったって、そうは行かないぜ。」
(セニフ)
「ジョハダル!?」
彼女の元に訪れた二つの光点の内、先行する一つ目の光点から、眩い光矢の群れが一斉に放たれると、まるで激しい横殴りの雨を髣髴とさせる軌跡を描き出して、セニフの直ぐ目の前まで迫っていた、敵ポールポンドの巨体へと襲い掛かる。
そして、敵機体周辺部で炸裂した無数の閃光が、半狂乱的爆風の渦を形成すると、間髪を置かずして、後方から進行速度を増速させた二つ目の光点が、敵ポールポンドとの距離を一気に詰め、構えた「GMM30-グレネードガン」から、止めとなる五つもの擲弾を相手へと撃ち放った。
ドドドーーーーン!!
完全に無防備となる右側面からの奇襲攻撃に加え、全く反撃する間も無く浴びせかけられた強力な五つの擲弾によって、強固な防御壁を完全に打ち砕かれてしまったポールポンドが、巨大な火柱を立ち昇らせて朽ち果てる。
これまでトゥアム共和国軍最新式のDQトゥマルクを相手に、骨董品である旧式DQポールポンドのみで苦戦を強い、セニフ機を撃破寸前にまで追いやる事に成功した帝国軍パイロット達だが、暴走するセニフ機を追って駆けつけた二人の手練を前に、最後は呆気ない幕切れを迎える事となってしまった。
勿論、高濃度フィールド防壁下と言う状況にあって、後続の二人が難なくセニフの元へと辿り着く事が出来たのは、セニフが二機目のポールポンドとの間で繰り広げた激しい撃ち合いによって、真っ暗な密林地帯に眩い閃光を轟かせていた為であり、そう言った意味では、無闇やたらとガトリングガンをぶちばら撒いた帝国軍パイロットの行為は、少し軽率な行動だったと言えるかもしれない。
とは言え、機動性に劣るポールポンド側が、セニフのトゥマルクを圧する為には、少なからずその優位性を剥奪する必要性が有り、彼等は持てる火力を振り翳す事でしか、セニフの行動を抑止する事が出来なかったのだ。
やがて、真っ暗な大自然の闇夜に産み落とされた真っ赤な炎が、慌しかった森の中を鎮める穏やかな朱色を周囲に漂わせる中で、静かに一人佇んだままのセニフ機の元へと、二人の仲間達が駆け寄ってくる。
(ジョハダル)
「どうだセニフ。動けそうか?」
(セニフ)
「うん。大丈夫。ありがと。機体ダメージはほとんど無いし、チャージもようやく40%超えた所。でもTRPスクリーンのど真ん中に、少し黒円が残っちゃった・・・。」
(フロル)
「ごめんごめんセニフ。まさかあの状況で、お前が相手と向かい合ってるなんて思わなくってさ。」
(セニフ)
「あー。あれ、フロルの仕業だったんだ。私はてっきり敵の攻撃かと思って、かなりドキドキしちゃったよ。」
(フロル)
「ドキドキするのはお前の勝手だけどさ。セニフ。相手だってプロなんだぞ。態々(わざわざ)危ない橋を選んで渡る必要もないじゃないか。もう少し私達との連携も考えて行動して欲しいな。」
(セニフ)
「あ・・・。うん。そだね。・・・あっはは。」
(フロル)
「あははって・・・。セニフ。お前ねぇ。」
(ジョハダル)
「まあいいさ。猪突猛進が売り物の突撃系跳ね馬相手に、自重しろって言う方が無理ってもんだ。初っ端からいきなり作戦無視して特攻するのも構わんが、せめて俺達が常に援護できる体勢を維持して突っ込め。いいな。セニフ。」
(セニフ)
「・・・うん。・・・解った。」
(ジョハダル)
「それと、その新兵器だが、連続して使用するには少々難があるな。敵部隊が全てポールポンドだけとは限らんが、もし同じようなタイプが相手なら、接近してグレネード弾を浴びせかける方が有効的だろう。攻撃パターンは当初の予定通り、セニフが囮。俺が牽制。フロルが止めの順で行くがどうだ?セニフ。何か不満は有るか?」
(セニフ)
「・・・ううん。・・・別に無いよ。」
(ジョハダル)
「それならばいい。セニフのFEチャージ処理が完了するまでの間、しばらくここで待機する。二人とも周囲の状況確認を怠るなよ。」
(フロル)
「了解。」
(セニフ)
「了解。」
ジョハダルは事前に「戦闘中の判断は各自に任せる」と言った手前、敢えてこのセニフの暴走行為を強く咎めるような事はしなかったが、それでも平然と危険極まりない単独戦闘に及んだ彼女に対し、程よくやんわりとオブラートされた言葉で釘を刺しにかかった。
勿論彼には、部隊内でも噂に高い彼女の戦闘能力を直に見物したいと言う、遊興的心情が存在していた事は確かであり、彼女の最も得意とするその能力を、必要以上に縛り付けてしまうつもりも無かったのだが、彼女と同様突撃系戦士である彼の目から見ても、この時彼女の見せた行動は、齎される成果に対して、リスクのみを一方的に積み上げているようにも感じてしまうものだった。
やがてジョハダルは、遭遇した三機の帝国軍哨戒部隊以外に、全く新手が現れる気配が無い事を確認すると、この暴れ馬たるセニフに対して、少し年長者らしき言葉を投げかけ始めた。
(ジョハダル)
「セニフ。お前は少し気持ちが逸っているようだが、功を焦って目的を失すれば、本末転倒もいい所だ。もう少し落ち着いて戦況を見定めてからでも、攻撃を仕掛けるのは遅くないんじゃないか?」
(セニフ)
「でも、それじゃあ、折角の奇襲攻撃が意味なくなっちゃうし、ぐずぐずしていると直ぐに敵の増援が駆けつけて来ちゃうよ。あんなガチガチの火力馬鹿相手に強固な防御ラインを敷かれたら、それこそ突破するのが難しくなっちゃうじゃん。」
(ジョハダル)
「いやいや、そういう事じゃない。俺が言いたいのは、危ない橋にも渡り方があるって事さ。幾らお前の戦闘能力が高くても、複数の敵を相手に回して、簡単に勝利を収められないと言う事は、今の戦いで解っただろう。でも、今の戦いを俺達3人で同時に迎える事が出来ていたら、もっと楽に戦闘を終わらせられたと思わないか?」
(セニフ)
「・・・・・・うん。まあ・・・。」
(ジョハダル)
「戦況を見渡すって事は、敵の動きだけでなく、味方の動きも良く見るって事だ。急造部隊に緻密なチームプレーを望むのは無理かも知れないが、それでも一人より二人。二人より三人の方が、瞬間的攻撃力もアップするし、敵の攻撃意識を分散出来ると言うメリットもある。自分のDQ操舵能力を過信するのも良いが、もう少し俺達の力を頼ってみても良いんじゃないか?」
(フロル)
「そうそう。確かに私なんかじゃ、セニフの足元にも及ばないんだけどさ。セニフから見て、私はそんなに頼りない人間に見えるのか?こう見えて私だって人並みに傷付くんだぞ。」
(セニフ)
「そ・・・!そんなつもりじゃ・・・!そんな事、思って無いよ・・・。ただ私は・・・。私が頑張れば、頑張った分だけ、他の皆が楽になるんじゃないかって思って・・・。あ、勿論、相手の陣形や機種情報から色々ちゃんと考えて、一人で戦闘を開始する事に決めたんだよ。・・・結果は確かにこの通り、無駄に時間を浪費する羽目になっちゃったんだけどさ・・・。」
(ジョハダル)
「いいかセニフ。お前のその心意気は立派だが、戦場では常に能力の高い方が最終的な勝利を掴み取る訳じゃない。射撃能力や回避能力に秀でているからと言って、必ず生きて帰れる保証なんて何処にも無いんだ。どんな高い能力を有した者でも、どんなに戦闘経験を積んだ者でも、常に生き延びる為の確率を上げる方策を捜し求めなければならないし、それを達成する為の努力を怠ってはならないんだ。確かに俺の目から見ても、お前は優れたDQパイロットだと思うが、勿体無い事に、お前はその持てる優位性を、態々(わざわざ)溝の中に放り込んで、必死に一人でもがいているようにも見える。もっと周りをよく見てよく状況を把握し、利用できるモノを出来るだけ有効的に利用すれば、お前にはもっと簡単に目的を達成する事が出来ると思うがな。」
(フロル)
「そう言う事。セニフはもっと周りの人間を信頼して、任せられる所は私等に任せときなって。うちの部隊の隊長を見てみなよ。部隊内の雑用は全部、あの鬼軍曹と猫目の姉ちゃんに任せっきりじゃないか。この戦場には、私やジョハダル以外にも、頼れる仲間達が一杯いるんだ。自分一人で何でもこなそうとしないで、他の仲間達と協力して戦って行こう。セニフ。私もお前の事、頼りにしてるんだからさ。」
(セニフ)
「・・・・・・うん。そだね。・・・・・・うん。」
セニフは、少し俯き加減で、そう前向きな返答を返して見せると、じっと目の前のTRPスクリーン中央部に焼き付けられてしまった黒円へと視線を据付け、心の中に溜め込んだもどかしさを、大きな溜め息に乗せて吐き出した。
そして、自分が無意識の内に胸の内ポケット付近へと左手を宛がっている事に気が付くと、無理やり両目を瞑って、胸の奥底から突き上げる強い想いを、静かに宥めにかかった。
彼女はジョハダルやフロルの投げかける極一般的な正論に対し、全く同意する意思が無かったかと言えばそうでは無く、寧ろ、戦場においては、周囲の仲間達と協力し合う事こそが、自らの願いを叶える上でも最良の方策であると言う事を既に知っていた。
しかし彼女は、例えそれが独善的判断による暴走行為である罵られる事になろうとも、自らの正当性を安易に擁護する正論の効用に囚われて、折角降って沸いた瞬間的攻撃のチャンスをみすみす見過ごす事など出来なかったのだ。
勿論、最終的に無駄な時間を浪費する結末を生み出してしまった以上、彼女も忸怩たる思いで自らの非を認めざるを得ず、彼女が尻すぼみに口篭ってしまったのもその為であるが、彼女は自身の心の水面下で不完全燃焼を起こしてしまったもやもやとした気持ちに、はっきりとした方向性を見出す事が出来ないでいた。