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Loyal Tomboy  作者: EN
第六話「死に化粧」
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06-18:○沸き起こる高揚感[5]

第六話:「死に化粧」

section18「沸き起こる高揚感」


南側の非常階段へと続く重たい扉を開け放つと、その隙間から勢い良く涼やかな夜風が吹き込み、彼女の綺麗な紅い髪の毛を一斉に巻き上げた。


固いコンクリート製の素材で塗り固められたその非常階段は、横に三人並んで歩ける程度の幅を有しており、風雨をしの手摺てすり壁で周囲を覆われているものの、腰の高さから上階の階段底面までは、完全な吹き曝しとなっている。


彼女はすぐさま非常階段の踊り場へと身を乗り出すと、静かに重たい扉を閉めた上で、抱えたボックスの小さい蓋を開け放った。


そして中からてのひらサイズのSES爆弾を取り出すと、脇に取り付けられたホイールをグリグリと回し、一瞬だけ真っ暗な外の世界へと視線を向けた。



ドッゴーーーン!!



するとその直後、彼女の居る非常階段から外側に見て、右手の方向にある建物へと命中した一発の擲弾てきだんが、真っ白な閃光を周囲に振り撒きながら強固な建物の外壁を吹き飛ばした。


薄暗い平原地帯の中心部から放たれたその光矢は、勿論、アリミアの居るこの建物を直接狙ったものではないのだが、それでも瞬間的判断で手摺てすり壁の陰へと身を伏せた彼女の周囲に、破壊的な乱気流の渦を生み出す程度の威力は十分に有していた。


広範囲に渡る破壊兵器の脅威に曝された施設南方部において、そこに身を置く事自体が、非常に危険極まりない愚行であったに違いないが、言うまでも無くそれは彼女達自身が望んでそうした一つの演出であり、このような状況下を作り上げる事で、彼女の目指す施設最上階への道筋を、確実に確保して置きたい思いが有ったのだ。


やがて、周囲で激しいうねりを見せていた大気の渦が次第に和らぐと、アリミアはすぐさま手に持つSES爆弾の時限装置を作動させ、手摺てすり壁の直ぐ横に置き放つ。


そして、草原地帯に潜むギャロップが、次なる砲撃を開始するまでの間隙をって、勢い良くその非常階段を駆け上がり始めた。


この管制施設の外観は、一、ニ階を構成する複雑な施設部分と、その上に建つ複数の小さな建物群を除けば、綺麗なスクエア状を縦に伸ばした直方体となっているが、施設三階部分から直接最上階までを繋ぎとめるこの非常階段だけが、唯一その形状にいびつさを添えている。


この南側非常階段は、施設内部に存在する北側の非常階段とは事情が異なり、何かしらの有事が発生した時以外、完全に出入り禁止となっている場所だが、部外者の侵入を拒むように固く閉ざされた各階の扉も、破壊的手段を持ちえた彼女に対して、何ら有効な防衛機能を有していなかった。


やがて、延べ九階分もの階段を全速力で昇り終えたアリミアは、終端を示す最後の手摺てすり壁へと右手を付いてうつむくと、激しい無酸素運動の連続から悲鳴を上げ始めた肺をいたわる様に、ゆっくりと深く深呼吸を繰り返した。


さすがにこれだけの段数を一気に駆け上がった直後ともなれば、せめて激しい胸の鼓動がおさまるまで、しばしの休息を取りたい所ではあったが、アリミアはすぐさまボックスの中から粘土状の物体と取り出すと、ほとんど休む事無く次なる行動へと移り進んだ。


彼女は静かに最上階フロアへと続く扉の前まで歩み寄ると、起用に左手だけを使用して、ドアノブの下に見えていた鍵穴の中へと、その粘土状の物体をネリネリとひねり込んで行く。


そして、徐に右手に持った短銃のスライドを引き絞り、完全に穴を塞がれたその鍵穴へと照準を宛がうと、三階踊り場付近に設置したSES爆弾が起爆するタイミングに合わせて、即座にトリガーを引き放った。



ドドーーーン!!



強烈な衝撃音を伴って非常階段下階部分を吹き飛ばした大きな爆発とは異なり、彼女の目の前で炸裂した閃光は、それほど大した威力を有していなかったが、どうやら彼女の目論んだ鍵の破壊と言う目的だけは達せた様である。


悲しくもドアノブ付近を完全に吹き飛ばされてしまったその扉は、ブスブスと鬱陶うっとうしい黒煙を吹き上げながら、ゆっくりと彼女の目の前に最上階フロア内部を晒し始めたのだ。


アリミアは即座にその機能を完全に失ってしまった扉の隙間へと手をかけると、思いっきりそれを開き放った勢いを持って、建物内部へと転がり込む。


そして、その通路内にたむろしていた二人の警備兵の存在を素早く察知すると、すぐさま短銃の照準を二人へと定めて、猛然と襲い掛かった。


(警備兵A)

「な!何者だ!?」


(警備兵B)

「うあっ!!何っ!?」


しかしこの時、まさか建物の最上階に突然侵入者が姿を現すなど、二人は少しも予測していなかったのだろう。


警備兵としては劣悪と非難されるほど、鎮撫ちんぶな反応しか示す事のできなかった彼等は、鋭い戦意を持って二人に迫り寄るアリミアに対して、全く成す術もなく床につくる運命を辿る事になるのだ。


警備兵の一人は、余りの突然の出来事から気が錯乱さくらんしたのか、腰にぶら下げたホルスターを完全に放置したまま、事もあろうか銃を構えるアリミアに対して、無意味な警棒による反撃を試みる。


一方、後方に控えて脅えるもう一人の警備兵もまた、瞬間的反応を要求される状況下において、一生懸命になってホルスターの中から短銃を取り出そうとしていた。


もはや彼女はこの時点で、短銃のトリガーを引く事を止めた。


彼女は一人目の警備兵が振りかざす警棒の軌跡を、ヒラリと小気味良くかわして見せると、すれ違い様に思いっきり振り上げた右足を、彼の側頭部へと叩き入れる。


そして間髪を置かず、今だ短銃を取り出す事も出来ない、情け無い警備兵へと素早く接近すると、心の中ににじんだ謝罪の言葉と共に、強烈な鉄拳を腹部に突き刺してやった。


先手必勝とはよく言ったものだが、これ程までの醜態を曝け出してしまった二人が、如何にアリミアに対して先手を取る事が出来ていたのだとしても、訪れる結末はやはり少しも変わらぬ悲惨なものであったに違いない。


長いブランクを少しも感じさせぬ彼女の素早い行動は、まさに電光石火と言うに相応ふさわしいものであり、実戦経験すら無いような一介の警備兵などに、それを抑止する事など出来るはずもなかった。


やがてアリミアは、無残にも床の上へと倒れこんだ警備兵の首元から、一枚の認証カードをそっと奪い取ると、空港管制室へと続く自動ドアの前まで歩み寄り、丁度彼女の胸の高さへと取り付けられていた認証システムにそれをかざした。


そして、正当な要求に対しては全くあらがう事さえ知らぬ愚鈍ぐどんなシステムが、機械的な甲高い音を放って彼女の目の前に新たなる進路を示し出して見せると、彼女は何ら躊躇ためらう事無く直ぐにその内部へと足を踏み入れた。


空港管制室前の警備兵二人を難なく打ち倒しす事に成功した彼女だが、まだこの施設内には数多くの警備兵達が残されている事は確かであり、その全てがこの空港管制室前に殺到してしまえば、如何に彼女の能力を持ってしても作戦任務を続行する事は不可能となる。


彼女が南側非常階段を爆破したのは、この最上階の異変に気付いた警備兵達が、容易に上階へと到達する事が出来ないようにする為の手段であり、彼女が外部攻撃に迷彩した行動を順守しているからとは言え、いつまでも彼等の目をあざむき続ける事など出来るはずもなかった。


本来であれば、北側の非常階段も爆破しておく事に越した事はないのだが、それでは折角ギャロップの仕業に見せかけたカモフラージュが、容易に見抜かれてしまう恐れもあったし、何より今だ施設内の異常事態に気付かぬ一般民間人達が、整然と避難行動を完了させているとも考え難い。


それは警備兵達の移動ルートを残すと言う危険な行為に他ならなかったが、彼女は最終的に北側の非常階段は残しておくべきと言う判断を採用したのだった。


やがて彼女が空港管制室へと続く短い通路を抜け出ると、正面と両側面を大きな窓ガラスで囲われた小広い部屋へと突き当たった。


オクラホマ空港滑走路一帯を見渡せるその部屋は、民間航空管理システムを操る様々な機材が並ぶ先進的な作りとなっており、天井からぶら下がる巨大なモニターが一際人目を引く他、部屋の中央部には管制官達が使用する業務端末が、設置された机毎に綺麗に並べられている。


先ほど打ち鳴らされた避難警報の効果もあってか、部屋の中は普段の慌しい様子を少しも感じさせない、閑散かんさんとした雰囲気が漂っていたが、それでも彼女が懸念した通り、一般民間人の中には、避難警報に全く従わなかった者もいたのだ。


(アリミア)

「そのまま動かないで!抵抗しなければ危害は加えないわ!」


アリミアは即座に、右手に構えた銃口を彼等へとかざすと、大きな声を張り上げて不正侵入者らしい挨拶を発して見せた。


この時、アリミアの大声に驚きの表情を見せて振り返ったのは、管制官らしき体格の良い男が一人と、小柄で細身の女性が二人であり、彼等は何か急を要する残務にでも追われていたのだろうか、爆発音が響き渡る施設内においても、自分の業務端末の前に張り付いたままだった。


(管制官男)

「ん・・・?何ですか?何か御用でも・・・。あっ!!」


(管制官女A)

「きゃぁっ!!じゅ・・・!銃を持ってるわ!」


(管制官女B)

「ええええっ!?ちょ・・・ちょっとぉ!!何の冗談!?悪ふざけはやめてよ!!」


真っ赤な高級ドレススーツを身にまとい、見るからに社長秘書のような気品さえ感じられるアリミアの立ち姿に、一瞬だけ普段通りの反応を見せてしまった男の一人が、彼女の右手に構えられている短銃の存在に気付いた直後に驚きの声を上げる。


そして他の二人の女性もまた、背後から突然銃口を突きつけられると言う非日常的状況に、至って新鮮味に欠けた甲高い悲鳴を張り上げた。


(管制官男)

「何者だ!?何にしここに来たんだ!?」


(管制官女A)

「だ・・・駄目よ!!無茶しないで!!」


(管制官女B)

「そうよ!相手は銃を持っているのよ!」


(管制官男)

「心配するな。こう見えても俺は普段から格闘技で身体を鍛えているんだ。俺が時間を稼ぐから、お前達二人はその隙に外へ逃げろ。」


唐突に訪れた危機的状況の中で、二人の女性を守り抜くと言う、勇猛果敢で健気な男性を演じて見せるつもりでもいるのか、男が威圧的態度を持ってしてアリミアに鋭い視線を投げつける。


そして、まるでドラマや映画のワンシーンを再現するかのように、格好の良い決め台詞ぜりふを言い放って見せると、徐に机の脇に立て掛けてあったモップを手に取り、大上段に振りかぶって見せた。



これだから素人は・・・!!!



(アリミア)

「動かないでって言ったでしょう!!」


パシュッ!!


アリミアはすぐさま、この軽率で愚かな行動に打って出ようとした男に対して、躊躇ちゅうちょなく短銃のトリガーを引き放った。


彼女にとって、動くなと言う宣言をいとも簡単に無視して見せた彼の行動は、まさに撃ち殺してくださいと言わんばかりの自殺行為に他ならず、更には反撃さえ試みようとする相手に対して、いつまでも寛容かんような態度を突き通す事は出来なかった。


しかし、彼女の放った怒りの弾丸が男の身体を捕らえたかと言えばそうでは無く、全く事なる弾道を描き出した弾丸は、男の持つモップの柄先えさきへと命中し、乾いた金属音を周囲に吐き散らしただけだった。


(管制官男)

「うあっ!!」


(管制官女A)

「きゃぁぁぁぁっ!!」


(管制官女B)

「嫌ぁぁぁぁぁっ!!」


(アリミア)

「静かにしなさい!!」


吹き飛ばされたモップの柄先えさきが、綺麗な放物線を描き出して床の上へと転がり落ちると、恐怖に掻き立てられた彼等の叫び声が管制室内へと木霊した。


一方的暴力をひけらかして抑圧を強要する相手に対し、あえて自ら立ち向かおうとする彼の意識は賞賛に値するが、それでも無駄な抵抗と言うものが、どれだけ無駄な行為であるのかと言う事を、少しは理解しておくべきである。


勿論、平和的世界の中に頭の先までどっぷり浸かり切った彼等を、一様に非難する事など出来るはずも無いのだが、アリミアは再び鋭い殺気を込めた銃口を男へと宛がうと、沸き起こる苛立いらだちを吐き散らすかのようにして、軽率な行動を取ろうとしたこの男の姿を睨め付けた。


(アリミア)

「貴方の勇気は認めてあげるけど、向こう見ずにも程があるわ。彼女達の事を守りたいのなら、そこでじっと大人しくしてなさい。いいわね。」


(管制官男)

「う・・・。ぐっ・・・。」


そして、完全に男の戦意を削ぎ落とすほどの威圧的態度を持って、彼にそう強く釘を刺して見せると、やがて彼女は一番近くにあった管制端末へと歩み寄り、肩にかけたボックスを床の上へと置いた。


彼女としても、彼等の事を無為にしいたげるつもりなど全くなかったのだが、それでも本当の殺し合いと言うものを露ほども知らぬ彼等に対しては、口で言って聞かせるよりも、遥かに効果を期待できる行為であった事は確かだ。


その後彼女は、全く一言も発する事無く後退あとずさりしてしまった男から、ゆっくりと銃口を取り除いてやると、少しだけ優しげな笑みを投げかけた上で、静かに椅子の上へと腰を下ろした。


彼女としても、偶々(たまたま)ここに居合わせただけと言う不運なる三人の男女に対し、少しでもその恐怖心を和らげてやりたい気持ちがあったのだが、その元凶こそが自分にあるのだと言う当たり前の事実を再認識すると、何一つ気の利いた言葉を投げかけてやる事が出来なかった。


やがて彼女は、全く抵抗する素振りを見せなくなった三人から視線を逸らすと、再び厳しい表情をかもし出して自らの任務へと立ち返った。


彼女は床の上に置き放ったボックスの大きな蓋を開け放つと、中に収められていた円筒形の物体から、何やら細長いコードを引き伸ばす。


そして、目の前にある業務端末の小さなジャックに、その先端部分を差し込むと、端末を操作するキーボードなどには一切目もくれず、円筒形の物体に取り付けられていた電子機器の赤いスイッチを押した。


アリミアが持ち込んだこの円筒形の物体は、「スパイロウ」と呼ばれる小型巡航ミサイルの一種であり、その中のシステムに内蔵された強力なハッキングソフトが、彼女に与えられた論理的破壊工作任務の大半を、全自動で代行してくれる事になっている。


勿論、彼女自身も情報工学分野に精通した高い情報処理能力を有している訳だが、非常に短期間でそれを可能とする特化型ソフトウェアに取って代われるはずも無く、この作業に関して彼女の出る幕は全く無かったと言えよう。


その後アリミアは、このハッキング処理が完了するまでの間、手に持つ短銃を無意味にひけらかして見せ、恐怖による抑止力を持って管制官三人の行動を縛り付ける事に注力するのだが、彼女の元に訪れた静かな一時は、それほど長くは続かなかった。


やがてボックスの中から、ハッキング処理の進行状況を知らせる機械的音声が鳴り響く。



ピー。


一つ目に鳴り響いた音声の意味するところは、民間航空管理システム側から、軍事管制システム側への強制アクセスルートを確保する事に成功した事を示すものである。


このハッキングソフトを製作した人物と言うのが、両システム間に秘密の抜け道を用意した張本人である以上、この作業はそれほど困難なものでは無かったと言えよう。


勿論、その人物がロイロマール派の人間であった事は言うまでも無い。



ピー。


二つ目に鳴り響いた音声の意味するところは、軍事管制システム内に、隠蔽型情報収集ウィルスを投入し、密かに帝国軍機密情報を抜き取る事に成功した事を示すものである。


この機密情報の中には、オクラホマ軍事基地管轄下にある全ての軍事基地情報が含まれており、その中に、パレ・ロワイヤルミサイル基地の詳細情報が存在している事は、もはや考えるまでも無く当然の事であった。



ピー。


三つ目に鳴り響いた音声の意味するところは、軍事管制システム内に、増殖型超攻撃的ウィルスを投入し、システム内でその発症を確認した事を示すものである。


警戒レベル特A級の扱いを受けるこの凶悪なウィルスは、物理的に繋ぎとめられたシステムの全てを、一気に瓦解させる程の爆発的増殖力を有しており、これに対抗する為には、特殊な抗体を予めシステム内に常駐させて置く以外、何ら有効な手立てが存在しない。


勿論、帝国軍の東方戦線における重要な軍事管制システムともなれば、常時このようなウィルスに対抗し得る防御策が、幾つも講じられている事は間違いないが、それでもこの時、アリミアが投入したウィルスは、攻撃を受ける度に三度の変異を繰り返す、完全新種の変身型ウィルスだったのだ。



ボックスの中で三度目のシグナルが打ち鳴らされた時、アリミアはウィルスの破壊的活動の逆流を防ぐ為に、素早く業務端末に接続したプラグを引き抜いた。


そして、部屋の中央部に並べられた他の業務端末達が、破壊工作任務の成功を祝福する悲痛な叫び声を一斉に奏で始めると、彼女は不意に浮かべた笑みと共に、そのプラグコードをボックスの中へと放り投げて蓋を閉じた。


(アリミア)

「北側の非常階段はまだ安全よ。貴方達は直ぐに地下シェルターに避難した方が良いわ。私は用事が済んだから先に帰るわね。」


その後、ボックスのスリングベルトを肩から担ぎ上げて席を立ったアリミアは、にわかに異常な気配を漂わせ始めた管制室内で、オロオロとするばかりの三人の管制官達に対し、優しげな口調を持ってそう忠告した。


そして、もはや彼女の障壁とは成り得なくなった彼等に向けて、可愛らしい笑みと共に軽く右手を振りかざして見せると、今度は先を急ぐようにして管制室内を飛び出して行った。



この時点で彼女は、与えられた作戦任務の九割方を、ほぼ完璧に近い形で成功させる事が出来たと言っても過言ではない。


しかもそれは、敵の強大な軍事拠点に対する破壊工作を敢行すると言う、軍上層部内でも非常に成功確率が低いと言われていた作戦任務においてだ。


オクラホマ都市を攻略するという、最終的作戦目標を掲げるトゥアム共和国にとって、この作戦の成功如何によってもたらされる戦局への影響度は、かなり高い比率を占めており、この時彼女の成し遂げた功績は、決して小さなものでは無かった。


しかし、彼女がその功績をたたえられ、多大な恩賞を受けるにしても、それは彼女が無事に生還を果した時のみに限られる。


作戦任務の残り一割が、この敵地のど真ん中から逃げおおせる事に有る以上、如何に破壊工作任務を成功させたからとは言え、まだ彼女には、おいそれと気を緩める事など出来なかった。



やがてアリミアは、管制室入り口付近へと舞い戻ると、今度は北側の非常階段を目指して通路を爆走し始めた。


彼女は既に、逃走ルートとして別の道筋を見出していた為、敵の警備兵達が殺到するであろう北側の非常階段を利用して、下階に下りようなどとは考えていなかったのだが、この時彼女が目指していたのは、寧ろ屋上へと上り詰める為のルートだった。


それは彼女が入手した帝国軍機密情報の全てを、出来る限り早い段階で友軍へと送り届ける為の手段であり、彼女はこの情報を納めたスパイロウ巡航ミサイルを、この管制施設屋上から打ち放つつもりなのだ。


正確な情報のやり取りを妨害する為の技術が、著しく発達した近代戦争の中において、より確実にその情報を相手の元に送り届ける為には、その発信側を出来るだけ受信側に近付ける事が、最大の近道であると言っても過言ではない。


しかし、物理的に遠く離れた敵の拠点に身を置く彼女が、自ら仲間達との距離を詰める事など不可能な事であり、彼女はその役割を、このスパイロウ巡航ミサイルにになわせようとしていたのだ。



ドドーーーン!!



アリミアの目の前に、ようやく北側の非常階段が姿を現し始めた頃、再び重たい爆発の震動が管制施設内を襲った。


一つ前の爆発から勘案しても、それはかなりの時間差を生じていたようにも感じられるが、ギャロップの方もそれなりに苦労を強いられていると言う事なのだろう。


やがてアリミアは、薄暗い北側の非常階段の入り口まで到達すると、何ら躊躇ちゅうちょする事無く屋上へと続く短い登り道を駆け上がった。


そして、程無くして辿り着いた最後の扉の前で、簡易的なシリンダー型キーを素早く開錠すると、彼女は逆手に回したドアノブと共に、満天の星空が迎え入れる綺麗な闇夜の中へと身を乗り出した。


少しばかり強い風が吹き荒れる物静かな施設屋上部は、建物の形状そのままの広さを有していた事は間違いないが、出入り口となる非常階段を囲う塔屋以外にも、大きな四基の貯水タンクや、積み上げられた資材の山々がのきを連ね、決して解放的なイメージを有してはいなかった。


しかし、彼女が屋上の最南端パラペット付近まで歩み寄ると、全く様相の異なる神秘的な自然の暗がりを背景に、眩いほどきらびやかなオクラホマ都市の姿が浮かび上がり、彼女の意識を不思議な情緒じょうしょが優しく包み込むのだった。


アリミアは、吹き荒れる涼やかな風に舞い上げられたポニーテールを、静かに左手で掻き上げて見せると、ひんやりと冷たいコンクリート製の手摺てすり壁の上に右手を付いて、遥か南の夜空に浮かぶ星々へと視線を宛がった。



綺麗ね・・・。


見せ掛けの美しさなんて、今まで全く何の興味も無かったけど、それでも人の心を揺り動かすのに十分な程の魅力を有しているのよね。


人と人との交わりに際しても、それは良き緩衝材かんしょうざいとなって、お互いの心を穏やかにしてくれるもの。


私ももっと・・・。



いえ・・・。私のような人間に、そんな生き方は無理よね・・・。



やがてアリミアは、徐にボックスを床の上に置き放つと、まず始めにその中からスパイロウ巡航ミサイル本体を取り出し、次いでその奥へと仕舞い込まれていた幾つかの部品を手際よく取り出した。


軽くて丈夫な素材で作られたその部品の数々は、スパイロウ巡航ミサイルの発射台を構築する為の部品であり、全てを組み終えるのにさほど多くの時間を必要としない代物だったが、彼女は直ぐにその発射台の組み立て作業へと取り掛かった。


細長い折り畳み式部品を開いて、もう一方の対となる部品にくくり付け、支えとなる予備を含めて合計六本の脚部を床の上へと斜めに置く。


そして、瞬間的凝固性の高い吸着液を排出するボタンをそれぞれ六回押下おうかし、ミサイル発射台の土台となる骨組みを床の上に固定化すると、更にその上に半円筒形の発射レールと、スパイロウ巡航ミサイルを取り付け、最後にミサイルの推進力を生む動力棒をミサイル本体に差し込んだ。


このスパイロウ巡航ミサイルは、見た目はかなり小さな部類に属するものだが、それでも遠く離れたナルタリア湖付近をも、軽く飛び越える程の巡航距離を有している。


しかも、この巡航ミサイルに記憶された機密情報を取り出す為に、態々(わざわざ)その着地点まで本体を回収におもむく必要は無く、勿論、その本体を決して捨て置く事は出来ないのだが、それでも時間的浪費を避ける為、上空を飛行中でもアクセス可能なように、特殊な暗号化通信機器を搭載していた。


アリミアは、一通りの手順に従い発射台を組み終えると、躊躇ちゅうちょ無くスパイロウ巡航ミサイルの発射ボタンを押し、発射までのカウントダウンを開始した赤いランプの点滅に合わせて、直ぐに逃走する為の準備作業へと取り掛った。


彼女はボックスの中からナイフシースを取り出すと、後ろ腰へとそれを回してくくり付け、更に取り出した三本の弾装マガジンを、真っ赤なドレススーツの内ポケットの中にじ込んだ。


そして、徐に床の上に置き放った短銃を拾い上げると、やがて彼女は再び南側手摺てすり壁から覗き込むようにして、管制施設周辺部の状況に意識を巡らせた。



屋上から見渡す限りでは、激しい銃撃戦が展開されている様子も無く、また、数多くの兵士達がうごめいている気配も感じられない。


ここまで出来る限り隠匿いんとくした行動に徹してきたとは言え、私が軍事管制システムに対して行った破滅的行為に、彼等が今だ気付かぬはずも無いし、対応が余りに遅すぎるのではないのだろうか・・・。


それとも発生した異常事態の大きさに、あたふたと手をこまねいているとでも言うのだろうか・・・。



彼女はこの時、しばし心の中に沸き起こった疑念の中に思考を泳がせていた。


勿論、この巡航ミサイルの発射を見届けさえすれば、後は逃走するだけと言う終幕を迎えつつあった状況に、たとえそれが容易なものではないにしろ、何処か心の奥底に油断のようなものが存在していたのかもしれない。


その瞬間は、彼女の全く予期せぬ事態として、突然、彼女の元に舞い降りたのだった。


(アリミア)

「!!?」


不意に彼女が後ろを振り向いた時、彼女は全身を駆け抜けた電気的衝撃によって、その活動の全てを停止してしまった。


驚きの余りに半開きとなった口元からは一言も発する事が出来ず、全てを白霧はくむの中へといざなわれた思考が、一点に収束した視線すら動かせずにいる。


幾ら彼女が油断していたからとは言え、彼女に全く気付かれる事無く、その背後を取るなど決して容易な事では無いはずだが、この時何故か、彼女の振り返った先には、一人の男が立ち尽くしていたのだ。











(アリミア)

「シュバルツ・・・。ノイン・・・。」



しばしの時を経て、彼女がようやく発した言葉の中に、彼の名前が示されていた。


彼女は彼の事を知っていた。


やがて、管制施設屋上にたたずむ二人の元へと、冷たく強い風が吹き荒れた直後、空気を切り裂くような鋭い発射音と共に、スパイロウ巡航ミサイルが夜空へと舞い上がった。

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