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Loyal Tomboy  作者: EN
第六話「死に化粧」
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06-17:○沸き起こる高揚感[4]

第六話:「死に化粧」

section17「沸き起こる高揚感」


心地よい夜蟲の鳴き声が響き渡る、真っ暗な草叢くさむらの中で。


自分の背丈程にも伸びたイネ科の植物達をかき分けるように突き進むと、やがて目の前にオクラホマ空港全体を取り囲む、フェンスのへりが見えてきた。


鋼鉄のワイヤーを斜めに組んで編みこんで作られたそのフェンスは、オクラホマ空港北側に位置する軍事関連施設のそれとは異なり、高さこそあれ決して侵入者を強く拒む風格を有してはいない。


アリミアが隠れ潜むその場所は、位置的に民間航空機管制施設の裏手側と言う事になるが、周囲には巡回する警備兵の姿も無く、遥か遠くの倉庫付近で荷物の整理作業を行っている、作業員数人の姿が見て取れるだけだ。



アリミアは鬱蒼うっそうと生い茂る草叢くさむらの影から、一通り周囲の状況を確認し終えると、脇に抱えたボックスの小さな扉を開け放って、中から真っ黒な運動靴を取り出した。


そして、もはや彼女にとって何の役にも立たなくなってしまった、真っ赤な高級ハイヒールを無造作に脱ぎ捨てると、素早くその運動靴に履き替えて、靴紐くつひもを固く結びつけた。


本来であれば、このような作業は移動中の車の中で済ませておくべき行為なのだが、確実に秘書官と言う仮の立場を捨て去るタイミングが訪れるまで、彼女にはこのハイヒールを脱ぎ去る事を許されなかったのだ。


やがてアリミアは、ようやく脱ぎ去る事が出来た窮屈なハイヒールを拾い上げると、ボックスの小さな収納スペースへと仕舞い込み、ゆっくりと目の前にそびえ建つ民間空港機管制施設を見上げた。



オクラホマ空港管制塔の脇に隣接したその建物は、巨大な民間旅客ターミナルビルとは異なり、少しこじんまりとしたたたずまいとなっているが、民間航空管理システムの全てをつかさどる重要な施設の一つである事に間違いなく、実は物理的機能の多くを軍事施設に依存している関係から、軍事管制システムに対する幾つものアクセス経路を有していた。


勿論、当然の事ながら、重要な機密情報を有した軍事管制システムに対しては、主体的処理を制限するセキュリティ防壁が何重にも張り巡らされており、必要最低限の情報以外、決して取得する事も、操作する事も出来ないよう、厳重な防衛対策が取られている。


しかし、幾ら完璧な防御システムに守られているからとは言え、100%人間の手を借りない独立したシステムなど存在するはずも無く、それらを取り扱う内部関係者の中に、何かしらの悪意を含み持つ者が、絶対に居ないと言う保証も無かった。


彼女が破壊工作任務の最終目的地として、この建物を目指すよう指示されていたのも、そんな一部の内部関係者が作り出した、秘密の抜け道がこの施設内に存在していたからに他ならず、彼女に課せられた任務の真の目的は、その抜け道を利用して、民間航空管理システム側から、オクラホマ軍事管制システム側に、論理的破壊工作を仕掛ける事にあったのだ。



アリミアはやがて、静かにボックスのスリングベルトを左肩にかけると、徐に草叢くさむらの中から顔を覗かせて、オクラホマ空港敷地内への侵入タイミングを見計らう。


この時、オクラホマ都市中心部で勃発した武装決起に加え、検問所付近で騒ぎ立てた彼女達の撹乱かくらん行為によって、数多くの警備兵達の目が外部へと向けられていた事は確かだが、その余りにも無防備な姿を曝け出した目標物を前に、彼女は少なからず心の中に否定的な抵抗感を感じていた。


心配性な性格に加え、様々な事象に対して彼是あれこれと考え込んでしまう、彼女の悪い癖が出たと言う所だろうが、それでも彼女には、折角降って沸いた願っても無い機会チャンスが、それほど長くは続かないと言う事を良く解っているようだった。


やがて彼女は、建物周辺部に全く人気が無い事を確認し終えると、思い切って草叢くさむらの中から身を乗り出し、目の前の金網フェンスへと飛び付く。


そして、彼女の背丈より少し高いだけのフェンスを軽々と乗り越えると、すぐさま近くにあった建物の影へと身を滑り込ませた。


旋毛つむじ付近でゆわえ上げられた彼女の綺麗な紅い髪の毛が、悠然ゆうぜんと薄暗い闇夜の中を駆け抜けるその姿は、まるで獲物を付け狙う紅い大蛇の様相をていしており、かつてのローゼイト・サーペントたる彼女の姿を髣髴ほうふつとさせるものだ。


建物周辺部へと駆け寄る際、彼女は見晴らしの良い広場を、突っ切るめとなってしまったのだが、それでも周囲では全くその異変に気付くような気配すら匂わせず、彼女の抱いた不安は完全に杞憂きゆうのものとして終わりを見せたのだった。


やがて彼女は、建物の遮蔽物しゃへいぶつに身を隠しながら、注意深く周囲の様子を窺うと、素早く建物の壁沿いを伝って目標となる建物の裏手口付近へと忍び寄る。


そして、徐にそのドアノブに手をかけると、ゆっくりと左右に数回それをひねり回してみた。


ガチャガチャ。


(アリミア)

「まあ、当たり前よね。」


当然の結果と言えば当然の結果だが、アリミアの前で固く閉ざされたその鋼鉄の扉は、部外者が簡単に開け放てるような、粗悪な作りになっているはずも無い。


アリミアは少し残念そうに、そう呟いてみせると、すぐさま別の侵入口を探って、薄暗い建物周辺部へと視線をわせた。


この時、彼女が所持している爆発物を使用すれば、強引にでもそこから中へと侵入する事は出来るのだろうが、同施設の最上階を目指していた彼女にとって、外部へと向けた敵の目をあざむき続ける必要が有った訳だ。


やがて彼女は、管制施設建物に隣接した巨大なタンクの存在に気が付くと、そこから上に伸びる二本の四角いダクトをゆっくりと見上げ、静かに息を殺して近くまで歩み寄った。


管制施設の三階付近まで高く伸びたそのダクトは、まさに彼女にとって好都合な程度の隙間を有し、剥き出しとなった大きなボルト伝いによじ登れば、何とか三階ベランダへと乗り込む事が出来そうな状態である。


彼女はすぐさま鉄の梯子はしごを伝ってタンクの上へとい上がると、剥き出しになったボルトの様子やダクトの強度をマジマジと見定める。


そして、素早く一通りのチェックを済ませた上で、行けそうだと言う判断を脳裏に導き出すと、彼女は一つ大きく息を吐き出して心に弾みを付け、一気にそのダクトをよじ登り始めた。


幼い頃から厳しい戦闘訓練を積み重ねて来た彼女にとって、この程度の障壁を乗り越える事など全く造作も無い事であろうが、それでも彼女が過酷な戦闘員としての生活から離れて、もう五年の月日が経とうとしている。


まだ成長期の過程に有ったあの頃に比べ、かなり体力が落ちてしまった事は否定出来ないし、体格が一回りも大きくなってしまった事は確かだ。


しかしこの時、そんな一抹の不安を抱えたまま望んだ彼女の登頂劇も、何のことは無い、ものの三分で終劇を迎える事となった。


勿論それは、彼女がダクトの最上部へと到達するまでに要した時間の事である。



私もまだまだ捨てたもんじゃないわね。



草原地帯から吹き荒れる優しげな風に煽られながら、見晴らしの良いダクトの頂上付近で、ほんの少しの優越感に浸る彼女は、やがて直ぐ傍らに見えていたベランダの外壁へと視線を据えつけると、勢い良く身体を放り出して飛び移った。


そして、全く何も置かれていない殺風景なベランダの内部へと潜入すると、すぐさまドレススーツの左側内ポケットから短銃を取り出し、右側内ポケットから取り出したサイレンサーを取り付けながら、脳裏に描き出した空港管制施設の見取り図を参照し始めるのだ。



施設三階東側の大部屋と言う事は、第五会議室付近かしら。


位置的には北側の非常階段の方が近いけど、ギャロップがそろそろ行動を起こす頃だろうし、南側の非常階段を目指すのが得策よね。



アリミアは慎重に大きな窓ガラスを通して部屋の中を覗き込むと、抱えたボックスの中から小さなスプレー缶を取り出し、素早く窓ガラスの内鍵付近に円を描くように白い泡を吹き付ける。


そして、間髪を置かず、右手に握り締めた短銃のスライドを引き絞ると、躊躇ちゅうちょ無くその円の中心部目掛けて弾丸を撃ち込んだ。



パリン!



高性能なサイレンサー効果により、けたたましい銃声は完全に押さえ付けられ、非常に粘着性の高い泡が、割れた窓ガラスの全壊を食い止める。


勿論、描き出した円内部で飛び散った、ガラス片の細かな音色まではかき消す事が出来なかったが、それでも全く人気の無い大会議室内においては、それで十分な程度であったと言えよう。


やがてアリミアは、無様に穴の開いた窓ガラスから左手を差し込んで中から鍵を開けると、物音を立てないよう静かに窓ガラスを開いて、素早く大会議室内へ潜入した。


廊下側への出入り口となる通用口小窓から零れる光によって、薄っすらと照らし出されたその大会議室の様相は、非常に質素で機能的な作りとなっており、整然と並べられた長テーブルとパイプ椅子以外に、特に彼女の目を引くような物は無かった。


彼女はすぐさま足音を殺したまま通用口付近まで忍び寄ると、その扉に右耳を宛がうような仕草で静かに両目を閉じる。


そして、ドクドクと脈打つ胸の鼓動を、ゆったりとした深呼吸で整えつつ、聴覚のみで形成された想像の世界観によって、廊下側の様子に探りを入れ始めた。


時間的にはまだ多くの労働者達が、この施設内に残っていると推測されるが、この時扉の向こうから聞こえて来たのは、断続的に唸りを上げる機械的な音だけであり、外の通路に人が居るような気配は全く感じられなかった。


それもそのはず、彼女がいるこの区画は、非定期的に使用される多目的会議室や、自動で運行する機器類が数多く存在する空白地帯であり、普段からそれほど人が多く出入りする場所ではなかったのだ。


勿論、だからと言って、このまま他の誰とも出くわさずに、施設最上階の空港管制室まで到達する事など不可能な事であろうし、空港関係者である事を示す身分証明証すら持たない彼女が、道に迷ったなどと言う与太話よたばなしで、無用な戦いを避け続ける事など出来るはずもなかった。


この時、彼女が直ぐにこの会議室を飛び出さなかったのは、今だ数多くの一般民間人達が残されたこの施設内において、激しい銃撃戦を展開するような事態を避けたい思いが強かったからであり、彼女は出来る限り人目をはばかった行動を突き通すつもりだったのだ。



ズッズーーン!!



しかし次の瞬間、そんな彼女の願いを聞き入れるかのように、突然大きな爆発音が周囲に響き渡ると、続いて地鳴りにも似た小刻みな震動が、空港管制施設全体を揺り動かす。


爆発の規模としてはそれほど大きくは無いようだが、やがて異常事態を察知した警報システムが、けたたましいサイレンを吐き散らし始めると、空港管制施設内はにわかに慌しい雰囲気へと包み込まれていった。


勿論、この爆発を誘発した人物とは、アリミアの行動を外部から補佐する為に、武装決起軍を装って草原地帯へと身を潜めたギャロップであり、彼はアリミアが工作任務を遂行する間中、ずっと外部に敵の目を引き付ける役割を担っていたのだ。


(館内放送)

「非常事態発生。非常事態発生。現在オクラホマ都市に出現した武装集団の一部が、ここオクラホマ空港施設に対して攻撃を開始した模様です。館内に残る作業員は、速やかに地下シェルターへと非難してください。尚、空港警備部隊からの情報によれば、武装集団の攻撃は施設南側に集中する可能性が高いとの事で、非難時は北側の非常階段を使用してください。また、万が一の事態に備え、エレベーターの運行を完全に停止します。現在エレベーターに搭乗している方は、最寄の階で停止した後、速やかにエレベーターから降機してください。繰り返します・・・。」


さすがギャロップね。良い仕事するわ。


まさにベストタイミングとはこの事よね。


まるで私の事を何処かで見ているみたい。



ズッズーーン!!



そして再び大きな爆発音がアリミアの耳元へと届けられると、彼女はすぐさま手に持つ短銃を強く握り締め、静かに開け放った会議室の扉から勢い良く通路へと飛び出した。


館内放送を聞く限り、彼女の一番の懸念事項であった一般民間人達は、どうやら北側の非常階段から地下へと非難してくれるらしい。


勿論、それによって彼女の目指す空港管制室が、完全にもぬけの殻となる事は無いだろうが、それでも彼女が多くの一般民間人達を巻き込む可能性はかなり低くなったのだ。


やがてアリミアは、躍り出た通路の壁際に背を向けて張り付くと、南北に伸びる一直線の道筋をそれぞれ見据えた後で、全く躊躇ちゅうちょ無く、南側の非常階段を目指して南下を開始した。


今彼女が居る地点から南側非常階段までの道順は、突き当たったT字路を左。次の十字路を右。最後のT字路を右の順で辿れば問題ない。


後は他の誰とも出くわさない事だけを祈って、全速力で通路を駆け抜けるだけだ。


彼女は通路の曲がり角へと差し掛かるたびに、次なる経路の様子を注意深く観察する行動だけは省略しなかったが、それでも完全に足音を消し去ったまま、俊敏しゅんびんな動きで順調に道筋を辿って行った。


しかし、やがて彼女がようやく最後のT字路へと差し掛かった時、突然何かの異変を感じ取って足を止めると、即座に彼女は壁際に体勢を低くした状態でへばり付いた。



誰か来る!人数は・・・。一人・・・か。


こんな状況下で施設内を一人で徘徊するなんて、この施設の警備員か何かかしら。


可哀想だけど・・・。



機密性の高い通路の中に響き渡るその足音は、ゆっくりとでは有るが確実にアリミアが潜む通路角へと向けられている。


それは恐らく、彼女の存在を察知しての行動ではないだろうと推測されるが、周囲に全く身を隠す場所など無い寂寞せきばくとした通路内において、もはや二人の遭遇劇は避けようの無いものだった。


アリミアは、その人物が通路の角へと差し掛かろうとした瞬間、先手を打って勢い良く相手に飛び掛ると、有無を言わさず左手で相手の首元を掴み取り、思いっきり右膝を相手の腹部へと突き立てた。



ドスッ!!



するとこの時、全く一言も発する事を許されなかったこの男は、悲しくもアリミアに対して少しも抵抗する事も出来ずに、更には、一体何が起きたのかと言う詳しい事態を理解する暇も与えられないままに、彼女の目の前で無様にも膝を屈する事となってしまった。


背中に自動小銃を抱えたこの男は、明らかに施設警備員と言うよりは、何処かの兵士である事を匂わせる風貌をしており、恐らくは日々訓練に明け暮れる毎日を送る兵士の一人なのだろうが、アリミアはその余りにあっけない幕切れに、少し軽い溜め息を吐き出してしまった。


その後アリミアは、とりあえずこの倒れこんだ男の身体を、出来るだけ目立たぬよう通路の隅まで引きって行くと、途中で男の頭から滑り落ちたベレー帽を拾い上げるため、徐に左手を伸ばした。


しかし次の瞬間、彼女の視線の先に浮かび上がった小さな軍章に気が付くと、彼女は突如として表情を強張らせてしまった。



親衛隊!!!?



彼女の過去の記憶に強く刻まれていたその軍章は、「ふくろう」をモチーフとして装飾された特徴的なものであり、帝国内では親衛隊と呼ばれる畏敬いけい集団「フランクナイツ」の兵士である事を示すものだ。


勿論、皇帝を守る事にのみ主観を置いたこの皇帝専属自兵集団が、何の理由もなくこんな地方空港施設内に配備されているはずも無い。


彼女はこの時、少なからず静かな意識の水面みなもに、突然巨大な雫を叩き落されたかのような衝撃を打ち付けられてしまったのだが、すぐさま体勢を低くして壁際に張り付くと、注意深く周囲の様子を窺う素振りへと移行した。



何故こんな所に親衛隊の兵士が・・・。


見たところ単独行動のようだけど・・・。


何か有るのかしら・・・。



彼女が潜む通路周辺部は、その後も全く人気の無い廃墟のような雰囲気を保ったままであり、別の兵士達が後に続いて一斉に押し寄せてくるような気配も感じられない。


アリミアは、不意に心の中に充満した強い疑念と強い警戒心を、直ぐに払拭する事が出来なかったが、それでもやがて、周囲の状況に何ら変化が見られない事を確認すると、直ぐ目の前に見えていた南側の非常階段へと向かって、再び走り出した。

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