06-16:○沸き起こる高揚感[3]
第六話:「死に化粧」
section16「沸き起こる高揚感」
延々と果てしなく伸びる殺風景なトンネルの中から這い出すと、やがてアリミア達の乗る車を、煌びやかに光り輝く大都市の夜景が出迎えた。
オクラホマ都市中心部の最北端となるその街並みは、遥か頭上高くまで聳える数々のビルディング群が立ち並んでおり、その足元を煌々(こうこう)と照らし出す賑やかな光が、真っ黒に彩られた夜空のベールを背景として、巨大な建造物達を立体的に映し出してた。
猛烈なスピードで左右をすり抜ける道路照明は、まるで流れ星のような閃光を醸し出して、直進する高級車の淵に眩い光沢を齎し、やがて建物の隙間から見え始めた広大な暗がりの中に、彼女達の進むべき道筋をくっきりと浮かび上がらせていた。
(ギャロップ)
「武装決起予定時刻をとっくに過ぎているな。」
高速で巡航する車の運転席で、街の明かりにキラキラと照らし出される腕時計に、チラリと視線を宛がったギャロップが、静かにそう呟く。
そして、運転席の左側に取り付けられたナビゲーションシステムを、空いた左手を使って手際よく操作してみせると、目的地となるオクラホマ軍事空港への到達予想時刻との兼ね合いから、少しだけ車の進行スピードを緩めにかかった。
この時、アリミアとギャロップ二人の工作員に課せられた任務は、オクラホマ軍事空港に対する破壊工作を敢行することであるが、それは決して外部の周辺施設を直接破壊する事が目的ではない。
逆に言えば、たかが二人の人間の手によって、広大な敷地面積を誇る軍事空港施設を、片っ端から破壊し尽くす事など不可能な事であり、彼女達二人には、もっと最小限の労力を持って最大限の効果を発揮し得る、基幹的な軍事施設への破壊工作が主目標として設定されていたのだ。
そして、その彼女達が目標とする最終的軍事目標と言うのが、帝国軍東方戦線における中継基地として重要な役割を担う、オクラホマ軍事管制システム本体そのものであった。
しかし、如何にこのオクラホマ軍事空港が、民間旅客機も離発着する併用空港であるとは言え、帝国軍の最重要システム本体を抱える中枢施設周辺は、数多くの警備兵達の手によって、強固な防御陣が築き上げられており、人が簡単に潜入できるルートなどほぼ皆無といっても過言ではない。
勿論彼女達も、そんな半要塞化した中枢施設に対して、無謀にも真正面から直接攻撃を仕掛けようなどと言う考えは無かったのだが、それでも間接的な破壊工作を試みる過程で、少なくともこの防衛部隊に何かしらの混乱を生じさせ、彼等の視線をあらぬ方向へと誘き寄せておく必要が有ったのだ。
そしてその主たる混乱を招く役割を担うのが、オクラホマ都市内部で敢行される武装決起だ。
長い直線トンネルの出口を突き出てからと言うもの、車の後部座席から見渡せる視界内には、特にこれと言った変化は見られない。
近代的巨大な建造物が数多く軒を連ねる大都市の中心部で、まさに天空をも映し出さんばかりの輝きを放つ繁華街の光が、時折過ぎ去る遮蔽物を間抜いて、アリミアの瞳を鮮やかに浮かび上がらせているだけだ。
しかしやがて、オクラホマ空港到着まで10分程を切った頃合であろうか、それまでじっと繁華街の光を見つめていたアリミアの眼前で、突如として迸った眩い閃光と共に、真っ黒な黒煙が立ち上った。
(アリミア)
「ギャロップ!始まっているわ!」
(ギャロップ)
「みたいだな。さすがに現職を追われた身とは言え、ロイロマール派の兵士達は優秀だ。」
ギャロップはそう言って、軽い笑みを浮かべて口元緩ませると、前方を突き進む先導車に対して、車のヘッドライトを忙しく上下に動かして見せる。
そして、もはやその答えとなる真実を知っていながらにして、ハンドルの直ぐ脇に取り付けてあった無線機へと手を伸ばすと、彼は白々しくも業と先導車に乗る二人の警備兵に問いかけるのだ。
(ギャロップ)
「後続車アフレアーノから先導車テルザレモへ。たった今、繁華街の方で何か爆発したようにも見えましたが、何か問題でも発生したんですか?」
(警備兵A)
「こちら先導車テルザレモ。こちらも確かに繁華街の方で爆発を確認しました。詳細については現在調査中。恐らく事故か何かだと思われますが・・・。・・・。えっ!?武装集団!?」
(警備兵B)
「たった今入手した情報です!現在、オクラホマ都市E地区51番街にて、帝国憲兵隊の兵士達が謎の武装集団と交戦中との事です。今のところ、この武装集団の正体は不明ですが、数的にはそれほど・・・。」
(警備兵A)
「あっ!!いえ。A地区の11番街でも戦闘中・・・。ええ!?G地区・・・。B地区も・・・。一体これはどうなっているんだ!?」
(警備兵B)
「本部!!本部応答せよ!!オクラホマ都市で、一体何が起きているんだ!?」
突然慌しく騒ぎ立て始めた警備兵達の様子を、如実に伺わせる音声が無線機から垂れ流される中、ギャロップがバックミラーを通して、後部座席に座るアリミアと視線を交わす。
この時、それまで彼等が心の底から待ちわびていた武装決起軍の行動は、まさに彼等の期待した通りの効果を発揮しながら顕在化し、彼等の目の前で固く閉ざされていた門の扉を、ようやく抉じ開け始めたのだった。
しかし次の瞬間、オクラホマ都市の綺麗な街並みを舞台として、情熱的で激しい踊りを披露し始めた戦いの渦から、思いも寄らぬ殺意の閃光が飛び火すると、猛烈なスピードで爆走する二台の車の目の前に降り注ぐ。
そして、耳を劈くと言うよりは、身体全体に浴びせかけるような爆音を放ち、綺麗な光を勢い良く四散させた。
ドッゴーーン!!
(ギャロップ)
「ちっ!!」
キュルキュルキュルキュルッ!
(アリミア)
「きゃっ!!」
ゴン!
ギャロップは即座にハンドルを左に回し、それを戻すタイミングに合わせて一瞬だけブレーキペダルを強く踏みしめる。
そして、直ぐに横滑りし始めた車の挙動によって、突然降りかかった厄災を大きく回避して見せると、小刻みなハンドル操作とアクセルワークで、巧みに車の体勢をコントロールして見せた。
しかし、その反動で逆に自身のコントロールを失ってしまったのはアリミアの方で、彼女は突然激しく横移動した車の反動に耐え切れず、無様にも後部座席の強固な窓ガラスに頭を打ち付けてしまった。
(アリミア)
「痛っ・・・。何にしても、もう少し穏やかにやって欲しいわ・・・。」
彼女は殴打した右後頭部付近を静かに擦りながらそうぼやいて見せると、ゆっくりと身体を起き上がらせて、後部座席に散乱してしまった武器類をまとめにかかる。
そして、後部座席シート裏から取り出した一枚の黒い大きなシーツで、一目でそれとは判断できないように武器類を覆い隠すと、やがて再びオクラホマ都市の様子を覗い見るように、車の外へと視線を向けた。
高速道路の上を快走する車の中から見る限りでは、都市部地上付近でどのような戦闘が繰り広げられているのか、その詳細を窺い知る事は出来なかったが、それでも断続的に鳴り響く銃撃音から察するに、それは時を追う毎に激しさを増しているようにも見受けられる。
この時、彼等の周囲で騒ぎ立て始めた荒くれ者達は、オクラホマ都市全域に展開している武装決起集団の極一部の兵士達に過ぎない事は明白であり、やがて、彼等の持ちえる無分別な武力が、この大都市の全てを混沌とした戦乱の業火に陥れるであろう結末は、もはや火を見るより明らかな事であった。
(警備兵A)
「街中でロケット弾を撃ち付けるなんて尋常じゃないぞ!奴等一体何者なんだ!?」
(警備兵B)
「本部が呼び出しに応じない!どうする!?」
(ギャロップ)
「謎の武装集団の正体がいずれのものにせよ、我々の任務はクリスティアーノさんの身の安全を確保しつつ、オクラホマ空港まで送り届ける事が最優先です。もう間もなくオクラホマ空港入り口の検問所が見えてきます。とりあえずそこまで全速力で移動しましょう。」
(警備兵A)
「解りました。検問所には私の方から連絡しておきます。急ぎましょう。」
ギャロップはそう言って、冷静に彼等の混乱した思考を窘めにかかると、徐に進行速度を加速させた先導車に釣られる様にして、右足でアクセルペダルを強く踏みしめた。
そして、オクラホマ都市の終焉を示す、最後の大きなビルの合間をすり抜けると、やがて目の前に広がった真っ暗な闇夜のど真ん中で、一際強い光を放つ巨大な空港へと視線を据えつけた。
オクラホマ都市から少し距離を置いた場所に建設されたその空港は、大都市の醸し出す雰囲気とは大分様相が異なる印象を受けるが、それでも天空を支えるかのように立ち上る無数のサーチライトの光の筋が、人の作りし偉大なる建造物を大々的に誇大して見せているようにも窺える。
黒と言う色で塗りつぶされた平原を広大な大海原に見立てて、そこに浮かぶ光の島へと伸びる一本の架け橋は、まさに彼等にとって、その先に見据えた明るい未来への道筋に他ならなかったが、逆説的に捉えれば、それはその運命から逃れようも無い彼等の境遇を、漠然とした表現で描写した風でもあった。
そして、その長く伸びた直線道路をしばらく突き進むと、やがて彼等の目の前に、真っ赤な赤いライトを点滅させて注意を促す、常設検問所の建物が見えてきた。
(ギャロップ)
「来たぞ。検問所だ。」
ギャロップは何処か緊張感を匂わせる口調でそう強く言葉を発すると、外したサングラスを無造作に助手席の上に放り投げ、暗がりに揺れ動く赤いライトの動きに誘われるように、車の進行速度を落としにかかる。
そして、通常遮断機の前に列を成した数台の民間車輌を避けるように、左手の脇道に逸れた先導車の動きに合わせて検問所裏手側の広場へと躍り出ると、特別な人間達の為にだけに用意された専用ゲートの前で車を停車させた。
広大な草原地帯のど真ん中に佇むこの検問所は、距離にしてオクラホマ空港まであと1kmils有るか無いかの場所に位置し、周囲の監視が効果的に行えるよう、非常に見晴らしの良い小丘の上に建てられている。
巨大空港の出入り口の一つにしては、それほど機能的な設備を有していない様だが、それでも道沿いに並んだ三台の強力な装甲先頭車両が、威圧的雰囲気を周囲に吐き散らしていうようにも見え、頭頂部に取り付けられた各銃座には、周囲を警戒する監視兵の姿が見て取れた。
この検問所の周辺に配備された兵士達の総数は、装甲車や検問所建物内に篭る兵員達を勘案したとしても、ざっと二十人程度といったところであり、アリミア達二人の戦闘能力を持ってすれば、力押しによる強引なゴリ押しのみでも、突破する事は決して不可能な事ではない。
しかし、彼女達の見据える真の作戦目標に留意すれば、検問所などと言う瑣末な障害に対し、無用な労力を費やす必要性など皆無であった事は確かだ。
やがて、アリミア達の乗る車に駆け寄った兵士の一人が、固い防弾ガラスを軽く小突いて、運転席の窓を開くように指示を出すと、ギャロップは全くそれに逆らう事無くドアウィンドウを下ろした。
(検問所兵士A)
「ご苦労様です。お話は担当の警備兵から伺っています。お怪我はありませんでしたか?」
(ギャロップ)
「はい。大丈夫です。私もまさか突然あんな事態に遭遇するとは思っても見ませんでしたが、何とか無事に逃れる事が出来ました。街中ではかなり激しい戦闘が繰り広げられているように見えましたが、一体何が起きたのですか?」
(検問所兵士A)
「余り詳しい事は申し上げられませんが、どうやら叛乱軍の残党達がオクラホマ市内で暴れ回っているようです。現在、憲兵隊の兵士達がこれの対応に当たっていますので、直ぐにこの騒ぎも収まると思います。ご安心ください。」
直ぐに収まる?
ギャロップは一瞬、余りに楽観的な願望を抱いて、非現実的現実を直視出来ていなかったこの男に対し、何処か同情めいた感情を寄せてしまったのだが、すぐさま運転席の脇にあるアームレストボックスの中から身分証明書を取り出すと、何食わぬ顔で男の目の前に差し出して見せた。
そして、男の視線が身分証明書に据えつけられている隙に、同じ場所に隠してあった小さな装置を取り出すと、少し離れた位置に停車した先導車へと視線を向けた。
(ギャロップ)
「先導車に乗っていた警備兵の方が言うには、オクラホマ都市の各地で騒ぎが起きていると言う事でしたが、このオクラホマ空港は大丈夫でしょうか。幾ら周囲の見晴らしが良いからとは言え、背の高い雑草に覆われた草原地帯は、敵が身を隠すのに最適なエリアとも言えます。ひょっとしたらもう既に何者かが潜んでいるかもしれません。」
(検問所兵士A)
「我々も定期的に雑草駆除はしているんですが、この季節の雑草の生命力と来たらご覧の通りでして。でも大丈夫です。このオクラホマ空港には隣接した軍事基地も在りますし、敵もまさかこんな強大な敵の拠点に、攻撃を仕掛けるなんて無謀な事はしないでしょう。ご安心ください。」
馬鹿ね。だからこそ相手にとっては、格好の標的になるんじゃないの・・・。
ファルクラムのような潜在的脅威が無くなると、こうも平和ボケしてしまうものなのかしら・・・。
車の後部座席に座っていたアリミアは、じっと黙り込んだまま二人の会話に聞き入っていたのだが、彼に心の奥底でそんな厳しい突っ込みを叩き入れてやると、やがて再びバックミラーを通して、ギャロップとアイコンタクトを交わした。
(ギャロップ)
「そうですか。安心しました。空港内にはすぐに入れますか?」
(検問所兵士A)
「一応規則なので、軽く車内を点検させて貰います。それほどお時間は取らせませんので、少々お待ちください。」
やっぱりそう来るわよね・・・。
アリミアはこの時、咄嗟に後部座席のシートの上に、身を伏せたい気持ちに駆り立てられてしまったが、直ぐ近くにいた兵士の存在にそれを阻害されてしまうと、せめてもの自衛手段として、暗がりの中で両目をギュと強く閉じた。
ドッゴーーーーン!!!
次の瞬間、彼等の左前方に停車していた先導車から、周囲の平野部一帯を照らし出すほどの火柱が立ち昇ると、猛烈な爆発音と風圧を伴って検問所付近一帯を暴れまわる。
そして、その余りの破壊力から、車体を軽々と宙に持ち上げられた先導車が、悲しくも無様に一回転した後、耳障りな衝撃音と共に地面へと叩きつけられた。
この時、強固な装甲を有した車輌に身を守られていたアリミア達二人は、全く何の被害を被る事無く、その爆発をやり過ごす事が出来たのだが、これほどまでに至近距離で爆風を浴びせかけられるのは、決して気持ちの良い事ではない。
(検問所兵士B)
「何だ!?叛乱軍の襲撃か!?うわっ!!火だ!!早く火を消せ!!倉庫に燃え移るぞ!!」
(検問所兵士C)
「それより負傷者を救出するのが先だ!!急げ!!」
(ギャロップ)
「おおい!!左手の草原地帯から、何かが発射されるのを見たぞ!!西側の草原地帯に何かいる!!」
(検問所兵士D)
「西側の草原地帯だと!?確かか!!」
(ギャロップ)
「はい!!確かにロケット弾のような物がこちらに向かって飛んできました!!街中で暴れている連中の仲間かもしれません!!私はとりあえず秘書官を安全な空港内へとお連れしますので、ゲートを開けてください!!」
(検問所兵士D)
「解った!!おい!!ゲートを開けろ!!動ける戦闘員は直ちに戦闘レベル1種体制に移行!!西側の草原地帯に敵が潜んでいるとの事だ!!敵の第二派に注意しつつこれを殲滅しろ!!」
俄かに慌しさを見せ始めた検問所の兵士達を他所に、事の発端を作り出した張本人であるギャロップが、有りもしない敵の攻撃をでっち上げて、大法螺を吹いてみせる。
すると、余りの突然の出来事から、完全に平静さを失った兵士の一人が、ギャロップの虚言をそのまま鵜呑みにすると、全く思慮に欠いた愚鈍なる指示を周囲に吐き散らした。
確かにオクラホマ都市内で暴れまわる叛乱軍兵士達の存在を知らされた上で、このような身近な場所で爆発が発生したのなら、それが彼等による仕業なのだろうと思い込んでしまう気持ちは解らなくも無い。
しかし、よくよく考えてみれば、重要な軍事施設の立ち並ぶオクラホマ空港を目の前にして、たった一発のロケット弾をもって、その一つ手前の検問所を威嚇して見せるなど、全く何ら意味を成さない行為に他ならなかった。
もしこの時、混沌とした慌しさの中で、その事実に気付く者が現れていれば、二人は即座に望まぬ戦闘を余儀なくされていた事だろうが、完全に統制を失って乱雑な行動に終始していた兵士達は、いとも簡単に強固なゲートを開け放ってしまったのだ。
ギャロップは、目の前でゆっくりと首を擡げ始めた遮断機を見据えると、即座にアクセルペダルを思いっきり踏み込んで車を急発進させる。
そして、間抜けにも開け放たれたゲート付近を勢い良く駆け抜けると、やがて再びオクラホマ空港へと向かう一本道に車を滑り込ませた。
まだ赤々とした炎の光が残る検問所付近では、大慌てで動き出した装甲車輌から、西側の草原地帯に向かって強いサーチライトの光が浴びせかけられ、これから全く実りの無い捜索活動が始められようとしている。
この時、オクラホマ空港の内部施設へと潜入を目指す彼女達にとって、その周囲を警備する兵士達の目を、出来る限り外の世界へと誘い出しておきたい思いが有った事は確かだが、最終的手段として強行突破をも辞さない構えだった二人の覚悟を他所に、その目論見は思いのほか造作も無く実を結んだのだった。
オクラホマ空港ターミナルへと向かって一直線に伸びるその道路は、草原地帯に盛られた土台の上を走るように作られており、背の高い雑草が群生する平野部に向かって、なだらかな斜面を形成している。
もはやこの時点で、彼女達とオクラホマ空港とを分け隔てる障害は、何一つ無くなったと断言する事が出来るだろうが、それでも軍の重要施設への破壊工作任務を背負った彼女達に、数多くの警備兵達が屯した正面ゲート付近から、堂々と空港内に乗り込む事など出来ようはずがなかった。
するとアリミアは、後部座席シート裏からなにやら小さな小箱を一つ取り出して、側面に取り付けられていた電子機器のスイッチを素早く数回押す。
そして、徐に後部座席の下へと小箱を設置すると、スライド式に切り替えた車のドアを無造作に開け放ち、次なる行動へと移行すための合図をギャロップに向けて発した。
(アリミア)
「ギャロップ!あと10秒!」
(ギャロップ)
「了解!」
彼女の合図に合わせるように、車の進行速度を少し緩めて見せたギャロップが、右手側の反対斜線へと車をスライドさせると、アリミアは躊躇無く事前に用意した武器類を車の外へと放り投げる。
そして、自分の直ぐ脇に置いてあった、少し大き目のボックスのスリングベルトを掴み取ると、最後は自分だとばかりに、走行中の車から思いっきり身を投げ出した。
(アリミア)
「くっ!」
猛スピードで駆け抜ける車から飛び降りたアリミアは、咄嗟に手に持つボックスを手放すと、鬱蒼と雑草が生い茂る平野部目掛けて、勢い良く坂道を転がり落ちていく。
そして、その背丈の長い草木達を柔らかなクッション代わりとして、ようやくアリミアがその回転速度を落ち着けさせると、やがて道路を挟んだ反対側の平野部から、再び大きな爆発が発生した。
(アリミア)
「ギャロップは!?」
アリミアはすぐさま体勢を立て直して起き上がると、小高い道路の向こう側に立ち昇った黒煙を見上げつつ、ギリギリまで車に乗り込んでいたギャロップの安否を気遣う。
この爆発の正体は、アリミアが先ほど車の後部座席でスイッチを入れた、時限式の小型爆弾によるものであり、オクラホマ空港へと差し迫った武装集団の幻影を、より強く匂わせる効果を期待した他、更には自分達自身の存在を有耶無耶の内に、かき消してしまおうと目論んだものだ。
(ギャロップ)
「アリミア!!俺の方は大丈夫だ!!君はスパイロウを持って、直ぐに空港内に侵入しろ!!後の事は俺に任せてくれ!!」
(アリミア)
「解ったわ!!」
検問所から500mils程遠ざかった薄暗い草叢の中で、オクラホマ空港側に少し離れた位置から聞こえてきた、ギャロップの元気そうな大声に、アリミアは安堵した表情を浮かべて、そう返事を返した。
そして、一瞬だけ背後にある検問所方面へと視線を宛がうと、すぐさま放り投げたボックスを拾い上げて、青臭い草叢の中へと潜り込んでいった。
(検問所兵士E)
「放水機能付き装甲車をこっちに回せ!!早く火を消すんだ!!」
(検問所兵士F)
「馬鹿野郎!!四の五言わずにさっさと秘書官を救出せんか!!大問題になるぞ!!」
(検問所兵士G)
「完全にやられ放題じゃ無いか!!直ぐに警備兵を西側の草原地帯に突入させろ!!」
さあ。ここからが本当の勝負よね。
低い大勢を保ちつつ、草叢の中を突き進むアリミアは、やがて聞こえ始めた検問所兵士達の怒鳴り声に耳を傾けながら、目の前に横たわる巨大なオクラホマ空港を見据えた。
心の中で次第に高鳴る高揚感に煽られつつも、草原地帯を吹き抜ける涼やかな風によって、優しく窘められた意識が、彼女に妙に懐かしい感覚を呼び起こさせる。
そして、熱くも無い、冷たくも無い、程よい緊張感に包み込まれた彼女は、ゆっくりとオクラホマ空港へと向かって、前進を開始したのだった。