06-15:○沸き起こる高揚感[2]
第六話:「死に化粧」
section15「沸き起こる高揚感」
サイレント・タワーを出発して10分ほど経った頃であろうか。
縦にニ台並んで高速道路の上を走る黒塗りの高級車は、やがて巨大な一本のトンネルへと差し掛かった。
大型爆撃機ですら優に滑走可能なほどの広さを誇るこのトンネルは、都市北部に位置するオクラホマ空港までを一直線に繋ぐ大動脈であり、更に合流した二本の幹線道路を飲み込むと、次第に大都市の地下奥深くへと潜り込んで行く。
周囲にはほとんど他の車は並走しておらず、時折すれ違う対向車のヘッドライトだけが、物凄い勢いで彼女達の横を通り過ぎて行った。
(アリミア)
「SSMG-104にKBスナッチャー。ワイヤーカッターにクレイモアGNG。こんなにかき集めて、帝国の警備を舐めているとしか思えないわね。」
そして、薄暗いトンネル内を照らし出す果てしない光の破断線に、流れ行く無数の影を纏ったアリミアが、後部座席のシート裏からゴロゴロと現れ出た武器類を眺めながら、呆れたような表情で溜め息を付いて見せた。
彼女達トゥアム共和国工作員の為に用意された武器類は、全て武装決起軍の一員であるマキュリアーニが手配したものだが、彼女もまさか、彼がここまで大量の武器弾薬を運んでくるとは、思っても見なかったのだろう。
(ギャロップ)
「なあに。彼女も別に舐めてそうした訳じゃない。逆に帝国の都市防衛能力を強く警戒していたからこそ、これだけの武器を俺達に持たせたのさ。俺はクレイモアとSSMGを使うから、準備しといてくれ。」
(アリミア)
「解ったわ。私はブリッチルとSES爆弾を3つ貰うわね。後はナイフ1本で何とかするわ。」
(ギャロップ)
「えっ??・・・たったそれだけで良いのか?」
(アリミア)
「必要なら相手から奪うわよ。身動き取れなくなるの嫌いなの。」
(ギャロップ)
「それはなんとも頼もしい限りで・・・。」
ギャロップはそう言って、少し呆れたような素振りで溜め息を付いて見せると、バックミラーへとチラリと視線を宛がって、アリミアの姿を見つめた。
今年で36歳を迎える彼は、これでも過去に幾度と無く死線を垣間見てきた経験を有しており、人と人との直接戦闘においては、それなりの自身を持っていたつもりだったが、それでもこの一回り以上歳の離れた小娘に対し、内心では恐れを抱くほどの奥深い威風を感じていた。
確かにそれは、彼自身が直感的にそう感じただけの、見えぬものに対する恐怖心が生み出した感情に過ぎないのかもしれないが、戦場を目の前にして何ら少しも脅える様子も無く、静かに後部座席で戦闘準備を整え始めるアリミアの姿は、彼にとって少し特異なものとして映ったのかもしれない。
(アリミア)
「ねぇギャロップ。一つだけいいかしら。」
(ギャロップ)
「ん?・・・何だ?改まって。」
するとアリミアは、バックミラーを通して投げかけられる彼の視線に対し、一瞬だけ横目でチラリと目配せすると、静かな口調で彼にそう問いかけた。
そして、手馴れた手付きで銃火器の状態を入念にチェックしながら、まるで他人事のような素振りで、彼に不思議な要求を投げかけたのだ。
(アリミア)
「もし万が一、私が戻らなかった場合、諜報部メインDBのコード805を覗いてみてくれないかしら。」
(ギャロップ)
「おいおい。なんだ。縁起でもない事言うなよ。」
(アリミア)
「念のためよ。」
アリミアはそう言うと、右手に持つ短銃「ブリッチル」のスライドを左手で軽く引き、弾丸をチェンバーに装填させた状態でセーフティロックをオンにする。
そして、徐にそれまでドレススーツの内ポケットに忍ばせていた短銃を抜き取ると、新たに用意した短銃を代わりに仕舞い込み、次なる武器の準備作業へと取り掛かった。
この時、彼女が醸し出す態度は妙に素っ気無く、勿論、抱き持った真意の全てを彼に明かして見せるつもりなど全く無かった訳だが、それでも万が一の事態に備えて、彼女はその入り口となる場所の在り処を、彼に打ち明ける事にしたのだった。
(ギャロップ)
「何か大事なものでも隠してあるのかい?」
ギャロップはふと、猛烈なスピードで前方を快走する先導車の動きに合わせ、緩やかな左カーブを曲がり終えると、再びバックミラーへと視線を宛がって、サングラスを外した曇りない視線の上に、彼女の姿をじっと見据えた。
薄暗い車内を映し出すバックミラーの中央部には、まるでフラッシュライトを浴びたかのように、断片的に強調された彼女の姿が浮かび上がっていたが、珍しくも自分の死後を懸念して言葉を発した彼女の表情までは、窺い知る事は出来なかった。
(アリミア)
「見れば解るわ。私も貴方の事を、少しは信用する事にしたの。勿論、私が生きて戻れば、直ぐ別の場所に移動させるけどね。パスワードは私の昔の通り名になっているから。」
(ギャロップ)
「君の昔の通り名?なんだいそれは?」
(アリミア)
「・・・?・・・。ローゼイト・サーペントよ。」
(ギャロップ)
「ローゼイト!?・・・。サーペント!?」
ギャロップは一瞬、過去に聞き覚えのある言葉との照合作業に、少し手間取るような素振りで言葉を詰まらせてしまったが、やがて、激しく沸き起こった驚きの感情と共に、彼女の言葉をそのままに大きな声で復唱してしまった。
(アリミア)
「・・・。貴方本当に何も聞かされていないの?」
(ギャロップ)
「いや全く・・・。今初めて知ったよ。本当なのかい?君がまさか、あの有名なローゼイト・サーペントだったなんて・・・。この世界に生きるものなら、誰しも一度は耳にした事のある名前だ。そうか。あの猿親父がえらく君にご執心だったのも、なんか解る気がするな・・・。」
これは少しマズったかしら・・・。
アリミアは徐に左手を口元に宛がうと、少し視線を脇に逸らした上で表情を歪めてしまった。
あの猿親父に、自分の事を口外しないで欲しいと頼み込んだのは確かに自分自身だが、まさかあの時点で、ギャロップが私の素性を知らないとは思わなかった。
態々(わざわざ)しなくても良い自分の素性への道筋を、自らの手で開け放ってしまうなんて・・・。
実はもしかすると、あの猿親父ですら私の素性には気付いていないのでは・・・?
いえ。・・・それは無いわね。
もし私が、ローゼイト・サーペントでもなんでもない、ただのファルクラムの生き残りだったとしたら、あの猿親父も私の事を諜報部に引き込もうなんて考えには至らなかったはずだ。
組織と言う大きな枠組みで括られた人間達の能力は、高い者もいれば低い者もいると言うのが、世間一般的に知られる世の理。
勿論、ファルクラムと言う組織に所属する兵員達もまた、例外なくその能力はピンからキリだし、その得意とする分野も様々だ。
まさかあの猿親父が、それを理解していないという事は無いだろう。
(ギャロップ)
「ローゼイト・サーペントは、ファルクラム壊滅時に憲兵隊に捕らえられて、その後、獄中で死んだって聞かされていたけどな。上手く逃げ出すことが出来たのかい?」
(アリミア)
「・・・昔の事は余り思い出したくないの。」
(ギャロップ)
「・・・・・・。そうか。・・・そうだな。すまない。」
ギャロップはこの時、アリミアに対して沸き起こった非常に強い興味心から、思わず無粋な問いかけを投げかけてしまったのだが、少し俯き加減で、そう拒絶して見せたアリミアの反応を察すると、すぐさま謝罪の言葉を述べた。
そして、再びゆっくりとサングラスをかけて、まだ先の見えぬ長いトンネルの行く末に視線を据えると、心の中に形作られた好奇心と言う名の鋭い刃を強く握り潰して、じっと黙り込んでしまった。
彼もまたアリミアと同じように、人に聞かれたくない過去を持ち、決して開けまいと固く決意して、真っ暗な意識の底へと沈めた深い傷を有していたのだろう。
(アリミア)
「いいのよ別に。気にしないで。」
アリミアはそんなギャロップの気遣いに対して、全く少しも気にするような素振りを見せず、優しい口調でそう言葉を投げ返してやる。
そして、ゆっくりと後部座席の柔らかい背凭れに身体を預けると、やがて何事も無かったかのように、再び使用武器の準備作業へと舞い戻った。
彼女はこの時、自分の発した軽率な発言に対して、少し悔いるような表情で小さな溜め息を吐き出してしまったのだが、それでも、自分の想いを仕舞い込んだ聖域への入り口を、彼に指し示して見せた事までは後悔していなかった。
信用に足る仲間達に事欠いた彼女の人間関係の中において、彼ほど好意的で頼れる人物と言うのは、今後もそう多く現れ出るものではない。
勿論彼女が、彼の好奇心を鼻から挫き飛ばすように拒絶して見せたのも、まだ完全には彼の事を信用していないと言う、否定的な感情に苛まれてしまったからに他ならないが、それでも彼女は、実際に自分の口で発した言葉の通り、これから少しづつでも、彼の事を信用していく事に決めたのだった。
彼女が真に心の中で追い求める、強い願いを叶える為に。
アリミアはもはや、自分一人の力だけでは、その想いを叶える事は難しいと言う事を悟っていた。
そう、ランベルク地下基地の倉庫内で、男に襲われたセニフを奇跡的に助け出す事が出来たあの日から。
勿論アリミアは、既にその脅威となる敵の正体が、一体誰であるのかと言う事を察知していたし、最終手段として奴を抹殺してしまうと言う、簡単な手立てがあった事は確かだが、それでもセニフを付け狙う最終的黒幕の素性を暴くよりも先に、自分自身が早々に失脚してしまう事など出来なかった。
そして、全く何の証拠の一つも残さないアノ男に対して、完全に後手を踏まざるを得ない状況下で、悪意に満ちた奴等の見えぬ魔の手からセニフを守り抜く為には、もはや誰か他の人間の手を借りる以外に、全く有効な手立てを見出す事は出来なかったのである。
やがてアリミアは、突然降って沸いた自身の転機を利用して、諜報部の最高責任者である猿親父の権力を利用しようと言う考えに至るのだが、それもまた、彼等にセニフと言う護衛対象を無闇に晒してしまう事により、周囲の懐疑的な視線を彼女に集中させる危険性もあった為、最終的にそれを断行する事を思い止まったのだ。
結局アリミアは、基地内の警備を担当する保安部隊に、ランベルク基地内で強姦があったと言う事実だけを告げ、被害者のプライベート保護を理由に、その真相を有耶無耶にしたまま、基地内の警備強化を要望して見せる事しか出来なかった。
勿論、それによって、少しは奴等の行動を抑止する事は出来るだろうし、奴等に次の手を打たせるまでの時間を稼ぐ事ぐらいは出来るであろうが、それでも、セニフを守り抜くという最終的目標に対して、今だ有効な対策を取る事が出来ていなかったアリミアにとって、単なる時間稼ぎに満足している余裕など無かったのだ。
しかしそんな時、完全に八方塞とも言える状況下で、彼是と苦慮していたアリミアの元に、ようやく希望に満ちた光の筋が差し込んだ事は確かだ。
(ギャロップ)
「アリミア。そろそろトンネルを抜けるぞ。オクラホマ空港までは、もう目と鼻の先だ。準備はいいかい?」
彼は決して私利私欲の為に他人を売るような人物ではない。
そのぐらいは私にも解る。この作戦が終わったら、彼に真実を明かしてみよう。
勿論、彼に断られてしまえばそれまでだが、それでも彼に相談してみる価値は絶対有るはずだ。
彼女が真に求めていた信用に足る人物。
彼女がようやくそう感じ取る事が出来る人物。
この時の彼女にとって、ギャロップと言う新たな人物の登場は、まさに願っても無い好機と言っても過言ではなかったのだ。
(アリミア)
「ええ。いいわ。貴方も死なないでね。ギャロップ。」
ギャロップの投げかけた優しげな言葉に対し、不意に意識を舞い戻されたアリミアが、今の自分の素直な気持ちを言葉に表して発してみせる。
そして、車のフロントガラスの中央部で次第に膨張し行く、綺麗なオクラホマ都市の夜景に視線を据え付けながら、彼女は心の中で強い決意を込めた拳を握り締めたのだった。