06-14:○沸き起こる高揚感[1]
第六話:「死に化粧」
section14「沸き起こる高揚感」
見渡す限りの地平線に隔てられた天と地とで、無数に鏤められた綺麗な宝石達が、艶やかな光を放つ世界。
新月を迎えるこの時期、頭上で光り輝く星々の営みは、普段より一層際立って見えるが、赤色、青色、黄色とを、思い思いに混ぜ合わせて作り出された街の光もまた、真っ黒な闇に包まれたオクラホマ都市を綺麗に描き出している。
大地より滲み出す幻想的な光の野外劇は、時間と共に静けさを纏い始めた大気のステージ上に、まるで穏やかに舞う風の妖精達の姿を浮かび上がらせているようだ。
サイレンス・タワーの正面玄関を潜り出たアリミアの目の前には、そんな見る者の心を奪う煌びやかな風景が広がっていたのだが、彼女は正面ロータリーに横付けされた、二台の真っ黒な高級車の脇に、見知った男の姿を見つけると、美しき景観には全く関心を寄せる事無く、彼の元へと駆け寄った。
(アリミア)
「シュミットさん。大分お待たせしました。申し訳ありません。」
(ギャロップ)
「お待ちしておりました。クリスティアーノさん。これも私の仕事ですので、どうかお気になさらずに。」
アリミアはまず、がっしりとした体躯のこの男に対して、出発予定時刻を15分も遅らせてしまった事を謝罪し、申し訳無さそうに深々と頭を下げる。
そして、長く垂れ落ちた紅い髪の毛を掻き上げながら顔を上げると、にっこりと愛くるしい微笑を浮かべて、暗に彼の意識に問いかけるように周囲へと視線を巡らせた。
サイレンス・タワーの正面ロータリー前に停車した二台の車は、要人護送を主目的とした装甲車並みの防御力を有する高級車であり、彼女をオクラホマ空港へと送り届ける為に用意されたものである。
勿論、ヴァラジン大佐の秘書官と言う役柄を演じる彼女には、それなりの警護が付いて回る事は避けられないのだが、先導車の運転席付近で、なにやら談笑している二人の若い警備兵の存在に、何処か怪訝そうな表情を浮かべてしまった事は確かだ。
(ギャロップ)
「オクラホマ空港までの道中は、帝国憲兵隊の方々が先導してくれるそうなので、早ければ30分程度で到着できると思います。最終便にはまだ十分間に合いますよ。お荷物はそれだけですか?」
アリミアはふと、その二人の若い警備兵達が、先ほど出会った少年兵ではない事を確認すると、少し安心した様子で溜め息を吐き出して見せる。
そして簡単な状況説明を済ませて右手を差し出したギャロップの方へと向き直り、手荷物を手渡そうとした所で一瞬動きを止めた。
彼はゆっくりとサングラスを外し、にこやかな笑みをアリミアに投げかけると、不意にかち合った視線の先で、一つ目配せをして見せた。
(アリミア)
「はい。これだけです。よろしくお願いします。」
(ギャロップ)
「解りました。お預かりします。」
アリミアはこの時、おしとやかな声色を維持しつつも、注意深く辺りを警戒するような素振りを見せた後で、引き渡した荷物の代わりに、小さな黒い物体を彼から受け取った。
そして、再び交錯した彼との視線の間で、無音なる言葉のやり取りを済ませると、やがて長い後ろ髪を旋毛付近へと結い上げながら、ゆっくりと先導車の方へと歩き始めた。
この時、彼女の周囲で直に見て取れる警備兵の数は全部で十人。
直ぐ目の前の先導車付近にいる二人の男達に加え、ホテル正面玄関入り口前に四人と、ロータリー入り口付近左右に二人づつだ。
少し前までの厳重な警備体制に比べれば、それは余りに閑散とした粗悪なものとしか言いようが無かったが、その日執り行なわれる事となっていた一通りの行事を無事済ませ、数多くの要人達を送り出したサイレンス・タワーには、もはやそれほど大量の兵員は必要無いと言う事なのだろう。
辺りを強く照らし出していたサーチライトの光は全て落とされ、ようやく普段通りの穏やかな雰囲気を纏い始めたサイレンス・タワー周辺部では、まるでそれまで目まぐるしく駆け巡った一過性の繁忙期が嘘だったかのように、静かに鳴く蟲の声が響き渡っていた。
(アリミア)
「すみません。遅れてしまって。オクラホマ空港までの先導よろしくお願いしますね。」
(警備兵A)
「いえいえ。貴方のような綺麗な女性が相手なら、待たされた方も本望と言うものですよ。この時間なら高速道路はかなり空いてます。何かの事故で渋滞でもしてない限り30分もかからないでしょう。」
(警備兵B)
「貴方も何かとお忙しい身でしょうが、道中の安全は私達が保証しますから、その間ゆっくりとオクラホマ都市の夜景でも楽しんでください。」
(アリミア)
「お言葉に甘えて、そうさせて頂きますわ。」
アリミアは、先導車に屯した二人の若い警備兵の前まで歩み寄ると、愛想の良い笑顔を振りまきながら、麗しい声色で二人と会話を交わす。
そしてその後、警備兵の一人が運転席に乗り込むのを確認した後で、残ったもう一人の男に何処か意味ありげな艶やかな視線を投げかけて見せると、彼女は美人秘書官劇の締め括りとなる最後の演目へと突入を開始した。
薄暗い闇夜を背景として、薄っすらと浮かび上がる彼女の微笑みは、まるで男の情欲をそそる魔物のような淫靡さを醸し出し、彼女の身体を下から上へと舐め回す様に視線を這わせた男の視線と共に、その意識さえも思うが侭に抜き去ってしまうかのようだ。
勿論、何かしらの物語のように、抜き去った彼の意識を、意のままに操る事など不可能であるが、それでもアリミアの視線の先で、不意に厭らしげな笑みを浮かべてしまった彼の意識には、押し殺しようも無い怠慢な助平心が、強く沸き起こってしまった事は確かだろう。
やがてアリミアは、そんな男の視線を嘲笑うかのように、涼やかな風に靡く紅くしなやかな前髪を左手で掻き上げると、耳元に付けていたヘアピンをわざと弾き飛ばして見せた。
キーン。
キン。キン。
大地へと舞い降りる度に綺麗な金属音を周囲に響かせたヘアピンは、まさに彼女の思い描いた通りの軌跡を描き出しながら、直ぐ脇の車の下へと転がり込む。
(警備兵B)
「あ。」
(アリミア)
「あ・・・。いえ、お構いなく。」
男はすぐさま転がり落ちた彼女のヘアピンを探し出そうと、車の下を覗き込むような格好で体勢を低くして見せたのだが、アリミアは即座にそれを制止した。
そして、真っ赤なドレススーツの短いスカートを、更に上まで捲り上げると、再び長い前髪を大きく掻き上げるような仕草と共に、何ら躊躇なくその場へとしゃがみ込んだ。
捲り上げたスカートから露となった彼女の太腿は、ホテル正面玄関入り口前に降り注ぐ、優しげなオレンジ色の光によって照らし出され、彼女が必死に車の下へと手を伸ばすたびに、男の欲望を掻き立てるように妖美な踊りを舞う。
しかも、前屈みとなった彼女の胸元には、はっきりと見て解る程に白く形の良い山間が浮かび上がっていた。
(アリミア)
「ん・・・。あら?・・・んっ。」
車の下へと転がり落ちたヘアピンは、彼女が思うよりも手前側で直ぐに見つける事が出来たのだが、アリミアはわざと少し手間取るよな素振りで、卑猥な声を小さく呻き出すと、更に厭らしく身体を捩って見せる。
そして、男の視線が完全に自分の身体へと据え付けられている事を横目で確認した後で、左手に隠し持っていた小さな黒い装置を車の裏へと貼り付けた。
(警備兵B)
「どうです?見つかりましたか?」
(アリミア)
「ええ。大丈夫です。ありがとうございます。」
やがてアリミアは、拾い上げたヘアピンを耳元に嵌め込むと、差し出された男の手を借りてゆっくりと起き上がる。
そして、わざとらしくも自分の衣服が乱れている事に、慌てて気付いた素振りを演じて見せた。
この時点で、当初の目的を無事に果し終えた彼女にとって、もはやそれ以上、彼の気を引くような素振りを突き通す必要はなかったが、それでも自身の見せた振る舞いの全てを、しっかりと締め括るように、変に誤魔化しを兼ねた可愛らしい微笑みを彼に投げかけた。
勿論、彼女が二人の警備兵の元を訪れたのは、何も儀礼的な挨拶を交わすためでも、この男を誘惑して見せることでもない。
警護とは名ばかりに監視役を兼ねた警備兵達は、過酷な作戦任務を背負う彼女達にとって邪魔者以外の何者でもなく、彼女の目的はそれを容易に排除する為の一つの処置だったのだ。
しかし男は、そんなアリミアの目論見に、少しも気付く様子もみせず、何処か照れ臭そうに帽子を深く被って、アリミアにへんてこな笑みを投げ返した。
好意的感情を寄せる相手に対し、好意的感情を沸き立たせるのは、人の心の揺り動きとして極自然な感情の成り行きであるが、アリミアはこの時、彼から投げかけられた好意的視線を強引に断ち切ると、時間が無いと言う理由に託けて、即座に別れの挨拶へと転じた。
(アリミア)
「それでは兵隊さん。オクラホマ空港までの道案内、よろしくお願いしますね。」
(警備兵B)
「あっ・・・。は、はい。解りました。」
そしてその後、行儀良く敬礼を施して見せた彼の振る舞いを他所に、アリミアは一度も彼の方を振り返る事無く、急いでその場を立ち去った。
ほんの数時間前に出会ったあの少年兵の存在を、一瞬浮かび上がらせてしまった自分の意識を強く戒めながら。
人と人とが織り成す感情のやり取りの中に、少なからず芽生え始める暖かな人との繋がり。
それは回数を重ねる毎に太くなり。強くなり。暖かなものへと変貌を遂げていく。
アリミアはトゥアム共和国の破壊工作員であり、帝国を守る彼等兵士達にとっては、忌むべき排除の対象でしかない。
勿論それは、作戦任務の成功を目指す彼女達にとっても同じ事が言えるだろう。
戦場で顔を合わせればお互いに敵同士となる関係の中において、相手に好意的感情を芽生えさせる事は、己の判断を狂わす気の迷いを生じさせる可能性を孕んでいるのだ。
アリミアには、その事が良く解っていた。
(ギャロップ)
「どうだ?うまく行ったか?」
(アリミア)
「ええ・・・。」
やがて、アリミアが後続車の近くまで辿り着くと、後部座席のドアを開いて彼女を待っていたギャロップが声をかけた。
アリミアは一瞬、ギャロップの浮かべた笑みに対してチラリと視線を宛がうと、そう小さく返事を返しただけで、素っ気無い態度のまま即座に車内へと乗り込んだ。
ギャロップは、そんなアリミアの素振りに対し、少し肩を竦めて見せると、徐に後部座席のドアを閉めて、直ぐ前の運転席へとゆっくりと身体を預けた。
そして、車内を完全に密閉状態にする最後の扉を強く閉め、バックミラーに映し出されたアリミアの表情を窺い見ながら、明るい口調で問いかけた。
(ギャロップ)
「どうしたんだ?何か不機嫌そうだね。俺が君に雑用を押し付けた事を怒っているのかい?」
(アリミア)
「いいえ。そうじゃないわ・・・。別になんでもないのよ。ただ、私にも少しは女としての使い道があったんだなと思って。ただ、それだけよ。」
(ギャロップ)
「何言っているんだ。君はその辺に転がってる女性とは、比べ物にならない位、魅力的な女性だぞ。気付いていないのは君ぐらいなものさ。」
(アリミア)
「えっ??・・・。ええ・・・。ありがとうございます。シュミットさん。」
アリミアは、自分の醸し出す態度が、少々荒ぶっていた事に気が付いていたが、大きな溜め息を一つ吐き出して気持ちを落ち着けると、変に捻くれた様に美人秘書官の立場を再度掘り起こして、全く別人である彼女の言葉でお礼を述べた。
勿論、アリミアの抱く苛立ちの正体は、彼女自身の気持ちの中に直接の原因がある事は確かだが、彼女は自分の真意を軽くはぐらかして見せると、薄っすらとスモークのかかったガラス窓から外の景色へと視線を逃がした。
昔はもっとこう・・・。他に何も考えずに。
作戦任務を成功させる事だけを考えていたと思う。
それはまだ、私が子供だったからと言う事もあるんだろうけど、それでも周囲の様々な事象に対して、こんなにも心を揺り動かされるなんて・・・。
作戦任務を目の前に控えた私に、敵であるはずの少年兵の事を、心配なんてしている余裕は無いはずなのに・・・。
しかも私は、新たにあの少年兵のような存在を、自分の中に作り上げる事を恐れた・・・。
(ギャロップ)
「そんな怪訝そうな顔するなよ。作戦任務開始前でピリピリするのも解るが、折角人が褒めてやっているんだ。少しは嬉しそうな顔してくれたっていいんじゃないか?」
(アリミア)
「・・・。そうね。ごめんなさい。」
アリミアは、バックミラー越しにギャロップの顔色をチラリと覗った後、少し浮かない表情を浮かべながら小さな声で彼に謝罪した。
そして、再び外の世界へと意識を放り出すと、何かを考え込むような素振りで完全に黙り込んでしまった。
アリミアと出会って間もない彼にとって、彼女の抱く深層心理を正確に把握する事など不可能だが、何処か妙な雰囲気を醸し出す彼女の事が少し気になったのだろう。
先導車から放たれた出発を意味するクラクションに合わせて、車のエンジンを始動させた彼は、直後に思いも寄らない要求を彼女に突きつけたのだ。
(ギャロップ)
「どうだい?アリミア。この作戦任務が終わったら、何処か二人でバカンスにでも行かないか?」
(アリミア)
「えっ??私と??・・・二人きりで??・・・。」
アリミアは、突然振って沸いた彼の思わぬ要求に、驚いた表情で運転席に座るギャロップに視線を投げかけたのだが、その後どう返答を返して良いものやら少し困った様子で、視線を足元へと落としてしまった。
やがて先導車の後に続いてゆっくりと動き出した車内には、先程とは全く様相の異なる静寂さが漂い始めていたが、ギャロップは全く臆する事無く、自分の素直な思いを連ね始めた。
(ギャロップ)
「俺と一緒じゃ嫌かい?」
(アリミア)
「嫌とか、そう言う訳じゃないけど・・・。私には余り近付かない方が良いわ。危険よ。」
(ギャロップ)
「女性が危険な存在だって事ぐらい、俺も十分承知しているさ。君がとても用心深い心を持っていると言う事もね。でも、まさか君もベッドの中にまで、ナイフを忍ばせている訳じゃないだろ?」
(アリミア)
「そういう言い方・・・。好きじゃないわ。」
(ギャロップ)
「俺もそんなに女性の扱いが上手い方じゃないし、その辺は少し大目に見てくれよ。これからゆっくり君の事を理解して行く事にするからさ。俺も作戦任務を成功させて生き延びる為の、何か強い意志を抱く目標が欲しいんだ。」
(アリミア)
「それで私??・・・。貴方も相当物好きなのね。何かこう・・・。他には無かったの?」
(ギャロップ)
「昔はあったさ。」
サイレンス・タワー正面ロータリーをぐるりと回り、目の前の大通り交差点へと差し掛かった所で、ギャロップが放った一言が、再び車内の空気を止めた。
そして、信号待ちの為にゆっくりと停車した車の中で、何処か不思議な哀愁を醸し出すギャロップの背中を、アリミアはじっと見つめていた。
(ギャロップ)
「人が生きて行く為には、何かしらの強い意志を抱く目標が必要だ。それが生死を賭した戦いの中に身を置く者ならば当然の事さ。生きる為の目標を何も持たず、自分に対する価値観すら見失った中で、相手に対してトリガーを引くのは決して簡単な事じゃない。そこで手が止まれば自分は死ぬ。俺がここまで生き延びてこれたのも、結局は運が良かったからなのさ。生きる為の目標を見失って以来、俺はずっと闇の中で必死にトリガーを引き続けていただけだ。そして作戦任務が終わった後でいつも思うんだ。何で俺は生き延びてしまったんだろうって。」
やがて、目の前の信号が青へと変わり、先導車に釣られるようにして動き出した車が右折を開始する。
(ギャロップ)
「まあ、だからと言って俺も死にたい訳じゃない。出来れば毎日を楽しく過ごしたい気持ちはあるし、他人から自分を認められたいという気持ちもある。他の人間が聞いたら、人として最低の屑だと、罵られるかもしれないが、俺がこんな世界で生きているのも、自分の能力を一番発揮できる唯一の場所がここだからさ。今更他の生き方なんて、俺に出来るはずも無いしな。結局俺も怖いんだ。何の目的意識も無く相手を撃ち殺している自分がさ。勿論それは、自分自身の思いを納得させたい為だけの、自分勝手な理由付けにしかならないかもしれないが、それでも一瞬の判断が要求される戦場のど真ん中で、何ら躊躇う事が無いようにだけはしておきたいんだ。」
(アリミア)
「見かけによらず結構お喋りなのね。お酒でも飲んだの?」
(ギャロップ)
「まさか。・・・でも、何でだろうな。突然目の前に現れた女性に、心を奪われてしまったからじゃないのか?作戦任務前にこんな事を言うのは不謹慎かもしれないが、全く心の内を明かさずに死んでしまうのも、気持ちの良いものじゃないだろうしね。」
(アリミア)
「臭いセリフね・・・。」
アリミアは静かにそう返答してみせると、フッと落とした視線の先に全く別の世界を映し出して、脳裏に渦巻く彼の言葉と共に意識を埋没させた。
戦場においては一瞬の判断ミスが命取りになる。勿論それは解っている。
そして、それらが自分の抱く思いの中に生じた気の迷いから来るのだと言う事も。
何が起こるのか全く予測も付かない混沌とした世界の中で、迫り来る恐怖に脅えながらも、必死に弱る心に鞭を打ち付け、無数に飛び交う外乱要素の中から、最良の道を最速で選び出していく。
それこそが、戦場で生き延びる為の唯一の方策なのだ。
確かにそれは、実戦経験や戦闘訓練によって、ある程度の能力を向上しうるものではあるが、それでも不安定に揺れ動く「心」を有した人間である以上、何かしら判断を下す時には、自らの心の中に持つ指標と照らし合わせ、最終的結論を生み出して行かねばならない。
勿論、その照合作業に時間を費やせば費やすほど、自らの命を危機的状況へと引きずり込む結果を生み出す事は目に見えている。
様々な比較対照との間に、瞬間的判断を持って結論を導く為には、まずその照合先となる自らの指標を、自分の心の中で出来るだけ簡素化し、出来るだけ明るく見やすい状態にして、出来るだけ強く、出来るだけ深く刻み込む事が必要なのだ。
恐らく戦闘経験が豊富な彼には、その事が良く解っていたのだろう。
アリミアが心の中で自分自身の姿に苛立っていたのも、その答えとなる最終的帰着点を知りつつも、様々な心の揺り動きによって、自分の意識が中々その域まで到達出来ないでいたからである。
自分自身が何を目的としているのか、解っているはずだった。
自分自身が何をしなければならないのか、解っているはずだった。
セニフを守る為。セニフを守りたいと言う自分自身の意思を貫き通す為。
その最終的目標を見据えて判断するならば、その他の要素は全て取るに足らない、些細な事でしかなかったはずのだ。
勿論それは、彼の言うように、自分自身を納得させる為の、自分勝手な理由付けにしかならない事は解っている。
セニフを守る為なのだと言う「大儀名分」をひけらかして、平気で他人を殺める事に対して、強い後悔の念に押し潰されない様に、必死に心の防波堤を築き上げているに過ぎないのだと言う事も。
しかし、それでも、人は全てを選択する事など出来やしない。
自らが達成可能なものだけに対象を絞込み、その何れかを選択して生き続けなければならないのだ。
自分を取り巻く様々な対象物の中から、彼女が選び出すものとは。
それは自分で問うまでも無く、答えは解りきっている事だった。
(アリミア)
「いいわよ。その気持ち。私にも解るもの。勿論、バカンスに行っている余裕なんて無いけど、こんなつまらない私でも良ければね。」
この時アリミアは、必死に生き延びる為の強い目標を、自分の心の中に作り上げたいと願う彼の素直な気持ちによって、ようやく自分の真に願う目標へと視線を立ち返らせると、やがて彼の言葉を了承する意思を示して見せた。
(ギャロップ)
「そうか。良かった。ありがとう。これでようやく俺も、生きて帰る為の強い目標を手に入れる事が出来たよ。」
(アリミア)
「余り私を煽てないで。戦場での判断が鈍っちゃうわ。」
アリミアはそう言って、少し呆れたような表情を醸し出すと、小さく溜め息を吐き出して見せた。
しかし同時に、彼女は決してそうとは悟られないようにして、心の奥底から沸き起こった微笑を、静かに彼の背中へと投げかけてやった。
(ギャロップ)
「それは困るな。俺の望みは作戦終了後に君と過ごす楽しい時間だ。折角見つけた新たな目標を直ぐに失うつもりは無いぞ。勿論、俺も出来る限り君の行動を支援するつもりだから、絶対に生きて帰って来いよ。アリミア。約束だ。」
(アリミア)
「なんとも自分勝手な言い分ね。でも、貴方に言われるまでも無く、私は必ず生きて帰ってくるつもりだからご心配なく。まあ、貴方の想いも少しは意識しとくわ。」
(ギャロップ)
「少しなのか・・・。まったくつれないな・・・。」
(アリミア)
「うふふ。・・・ごめんなさい。・・・あっははははは。」
アリミアは笑った。
きっと、嬉しかったのだろう。
自分の心の中に抱き持つ自分だけの想いとは別に、他人の心の中に作り上げられた自分への想いが、彼女の心を少し軽くする。
勿論、自分の中で最優先にすべきものは何も変わらない。
しかしそれでも、その目的地は違えども、同じ方角を指し示した別の想いが、彼女の抱く想いを強く後押しした事は間違いない。
やがてアリミアは、快適なスピードで大通りを北上し始めた車の中から、綺麗なオクラホマ都市の夜景へと視線を移すと、心の奥底から次第に沸き起こる、懐かしい高揚感の存在を感じ始めた。