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Loyal Tomboy  作者: EN
第六話「死に化粧」
107/245

06-12:○解れ始めた糸[3]

なんか改行が壊れていたので修正しました。

ほんと、何ででしょう・・・^^;

第六話:「死に化粧」

section12「解れ始めた糸」


エレベータールームの直ぐ脇に設置された、指紋認証用リーダーの上に右手の人差し指をかざすと、細く狭い通路への扉が開かれる。

そして、その通路に敷かれた真っ赤な絨毯じゅうたんを足元に、長い通路を抜けて歩き始めると、やがて大きく開けたドーム型広場へと突き当たった。


ドーム型広場の天井には、巨大なシャンデリアが吊り下げられており、豪勢な光を持ってして周囲の風景を薄っすらと照らし出していた。


壁際に素っ気無く置かれた4体の高級鎧飾りは、今にも動く出しそうな程の異様さをにじませ、まるで来訪者を品定めしているかのようにも見受けられる。


全く人の気配を感じないその広場には、東西南北四方向に伸びる細い通路への入り口があり、その通路で区切られた四区画に、他国から招かれた要人達が使用する、最上級の設備を整えた高級宿泊施設が用意されていた。


ここ、オクラホマ都市内における最高級ホテル「サイレンス・タワー」最上階は、要人達の身の安全を確保する為の様々なセキュリティシステムが完備されており、関係者以外は絶対立ち入る事が出来ないように設計されている場所だ。


ビナギティア国外交団の長「ヴァラジン・オーム」大佐が使用する宿泊施設は、そんな強固な防御システムに守られた一角に存在していた。



ふぅー。



アリミアはふと、宙を舞う綺麗なガラス細工の造形物から視線を外すと、南側に抜ける通路の奥を見据えながら大きく息を吐き出した。


そして、通路の奥へと続く赤い絨毯じゅうたんをなぞる様にゆっくりと歩き始め、やがてその先に見えた部屋の扉に鋭い視線を突き刺して表情を強張らせた。


「今夜のパーティーは30分遅れて開始」


それは、セルブ・クロアート・スロベーヌ帝国と、ビナギティア国との間で開催された国家間会議の後、彼女の先輩秘書官であるマキュリアーニから、手渡された紙切れに記載されていた短い一文だ。


勿論、その文章の指し示す内容が、予定より30分遅れて開催される事になった、晩餐会ばんさんかいを指し示しているのではないと言う事を、アリミアは直ぐに理解したのだが、それでもマキュリアーニが去り際に残した衝撃的発言について、何らかの詳細説明が書いて有るのではないかと期待していた。


しかしそこに、アリミアの望む様な真実を示す言葉は一切無く、彼女はその後、秘書官としての最後の仕事をこなす為に与えられたホテルの小さな一室で、一人悶々(もんもん)とした二時間を過ごす羽目になってしまった。


確かに秘密裏に推し進められるべき陰謀の内容を、物理的文字として紙に書き出す事など、危険極まりない行為に他ならないが、何ら詳しい状況説明もしないまま、ヴァラジン大佐の秘書官以上に難解な役柄を与えるなど、それこそ無謀にも等しい危険な行為では無いのだろうか。



彼女は一体、私に何を望んでいるのだろうか・・・。



アリミアはふと、左手首に付けたきらびやかな腕時計へと視線を落とすと、辿り着いた部屋の扉の前でしばし立ち止まる。


そして、決してそうとは悟られないようにして、しきりに周囲の気配をうかがうと、短銃を忍ばせたドレススーツの左胸付近へと静かに右手を宛がった。


この時既に時計の針は20時35分を回っている。


時間的には、そろそろトゥアム共和国軍のオクラホマ攻略部隊が北上を開始する頃であろう。


マキュリアーニからもたらされた情報が正確なものだとすれば、オクラホマ都市で勃発する武装決起は、21時30分頃に予定を繰り下げられると言う事になるが、オクラホマ都市にある主たる軍事施設への破壊工作任務を背負うアリミアにとって、それほど多くの時間が残されていた訳ではない。


トゥアム共和国軍の作戦が予定通り実行されるとすれば、オクラホマ攻略部隊がナルタリア湖付近を通過するまで、残り二時間を切ったと言う事であり、同部隊の負担を極力減らす事を目的とした彼女達工作員には、出来る限り早い段階での作戦任務を開始する必要があったのだ。


勿論、彼女達が破壊工作任務を敢行するに当たり、武装決起による混乱に乗じる事が、作戦任務を成功させる最良の方策となる為、そのタイミングをないがしろにしてまで、機動的行動を追求する事は出来なかったのだが、それでも過酷な作戦任務を直前に控えたアリミアには、いつまでも秘書官たる立場を演じている余裕などなかったのである。



晩餐会ばんさんかいが終わったら大佐の部屋まで来て。今夜そこで大佐の身柄を拘束するわ。貴方にはそれを手伝って欲しいの。」



このマキュリアーニと言う女性が何を企んでいるにしろ、帝国との友好的関係を目指すビナギティア国政府の思惑に相反し、トゥアム共和国の計画に加担する態度を固持している事からも、突然アリミア達の行動を阻害するような暴挙に転じる可能性は低い。


勿論、その全てを理論的に構築した言葉で説明付ける事は出来ないが、彼女はビナギティア国側の人間でもなく、帝国側の人間でもないと言う立ち位置にいる事は確かだ。


ただ、彼女が完全にトゥアム共和国側の人間なのかと言えばそうでは無く、彼女にとってトゥアム共和国は利用すべき道具の一つに過ぎない存在である事は間違いはない。


とすれば、その答えとなる真実はたった一つ。


それは、帝国の不利益を望み、トゥアム共和国のオクラホマ攻略作戦の成功を願う者。


逐一有益な情報をもたらす彼女自身が、武装決起軍の一員であると言う事だ。



チリン。チリン。



アリミアは古典的な鈴の音を奏でる呼び鈴を二回ほど押すと、人気のない通路の中で一人、静かに返事を待った。



確かにマキュリアーニが、武装決起軍の一員である可能性は非常に高い。


彼女を取り巻く複雑な情勢下において、えて彼女の立場を各陣営に配して考察してみれば、最後に辿り着く結論は「そこ」以外に存在しないだろう。


しかし、彼女が武装決起軍の一員であったとして、何故ヴァラジン大佐の身柄を拘束すると言う行為に及ぶ必要があるのだろうか。


帝国に友好的な態度を示すビナギティア国に対して、何らかの圧力をかけるつもりなのだろうか。


そして、何故そこに私を必要としたのだろうか。



やがて部屋の扉のロックが外れる音が通路内に響き渡ると、少しだけ開いた扉の隙間からマキュリアーニが顔を覗かせる。


そして、通路左右に人影が無いことを注意深く見渡した後で、扉の直ぐ傍に立っていたアリミアの顔色をマジマジと覗き込みながら、静かに殺した小声でこう言うのだ。


(マキュリアーニ)

(来たわねクリス。その様子だと、部屋で色々と考え込んでいた見たいね。それで?答えは見つかったのかしら?)


(アリミア)

(・・・・・・。いいえ。)


アリミアは少し何かを考え込むような素振りでマキュリアーニから視線を逸らすと、不意に怪訝けげんそうな表情を浮かべて短くそう答えた。


アリミアの脳裏には、それまで様々な視点から考察する事で導き出した、ある程度具象化された答えが存在していたのだが、それもまた確実性に欠けた推論に過ぎない事を自覚していた。


(マキュリアーニ)

(そう・・・。ごめんなさいね。私も貴方の事を完全に信用していた訳じゃないし、さっき貴方が居た部屋に盗聴器を仕掛けさせてもらったの。気付いていた?)


えっ・・・??


アリミアは一瞬、密かに奏でた驚きの声を心の中に響かせて、マキュリアーニの表情を覗き込んだ。


彼女が放つ言葉は、事あるごとに鋭い懐疑的かいぎてき刃となってアリミアの心に突き刺さり、まるで全く出口の見えない迷宮の上に、更に難解な迷宮を重ね置かれて行くような、そんな嫌悪感すら抱くものである。


勿論それは、アリミアがこの女性に対して、心から信頼を寄せるような思いに至らないと同時に、彼女もまたトゥアム共和国の工作員であるアリミア達の事を、完全には信用していないと言う事の表れなのだろう。



今回に限らず、ずっと何か探りを入れられていた・・・。と言う事なのかしら・・・。


(マキュリアーニ)

(クリス。私が思うに、私達は決して敵同士じゃないと思うの。お互いの目指すべきものは違っても、歩む道筋は恐らく一緒だわ。そう思わない?)


(アリミア)

(・・・そう願いたいものね・・・。)


(マキュリアーニ)

(貴方がまだ私の事を信用できない気持ちも解る。でも私一人では失敗する可能性もあるし、どうしても貴方に手伝って欲しいの。貴方に迷惑はかけないわ。作戦任務開始前には終わらせるつもりだから。)


マキュリアーニはそう言うと、徐に部屋の扉を大きく開け放ち、アリミアを中へといざなうように小さく首を傾げてみせる。


そして、今だ疑心暗鬼ぎしんあんきに揺れ動くアリミアに対して、静かに愛くるしい微笑みを投げかけるのだ。


ほのかに涼しげな空気の漂うその部屋は、如何にも高級そうな家具や装飾品で彩られた異世界のようでもあり、何処か異様な雰囲気を感じさせる濃密な黒い霧が立ち込めているようにも見える。


アリミアはこの時、答えを見つけることも出来ない思考の渦へと、再び意識を埋没させてしまいそうになったが、一つ大きく息を吐き出すと、彼女の誘いに従うように、ゆっくりと部屋の中へと足を踏み入れた。


(マキュリアーニ)

(中に入ったら私の行動に合わせて大佐の行動を抑止して欲しいの。後は私の言う通りに従って。)


ビナギティア国内でも有数の権力者ヴァラジン・オームが今夜宿泊するその部屋は、入り口となる扉を開くと、まず縦二階分に相当する大きな部屋が来訪者達を迎え入れる。


部屋の天井からは、もはや当然のように巨大なシャンデリアがぶら下げられ、柔らかな絨毯じゅうたんに描き出された無数の文様もんようを綺麗に浮かび上がらせていた。


そして、部屋の中央部に置かれたテーブルの周囲には、お洒落なデザインを施した椅子が6つ並べられており、その各々の椅子が指し示す方角には更に6つの部屋が用意されていた。


アリミアはふと、目の前を歩いて行くマキュリアーニの後ろ姿に視線を宛がうと、テーブルの直ぐ傍で一旦その足を止めた。



彼女の目論見が如何なるものであったとしても、作戦任務開始直前となる現時点において、もはや私が秘書官たる立場を突き通す理由などどこにもない。


もしここで彼女が私達を裏切るような行為に及ぶなら、さっさと彼女を始末して自分の任務へと立ち返ればよいだけの話だ。


勿論、これまで献身的に私達の為に行動してきた彼女が、無為にその全てを投げ出すような真似はしないだろうし、彼女が私達に対して疑いを持っていたのだという本心を明かした以上、それなりに私達の事を信用したという意味なのだろう。



やがてアリミアは、一番右手奥側の開いた扉の中へと姿を消した、マキュリアーニの後を追う様に再び歩き始める。


そして、恐らくはヴァラジンの寝室であろう部屋の中へと足を踏み入れると、目の前のソファーに座る大柄な男へと視線を据え付けた。


(ヴァラジン)

「おや?クリスティアーノ秘書官。まだこんな所に居たのか。もうランズメアリーへ出発した後だと思っていたのだがな。時間の方は大丈夫なのか?」


すると、並々とブランデーの注がれたグラスを片手に、美しき新人秘書官の姿を見上げたヴァラジンが、少し驚いたような声色でそう問いかけた。


彼は既に、その日予定されていた公務の全てを終了させ、後はもはや寝るだけと言うバスローブを羽織った状態だったが、晩餐会ばんさんかいと言う名の外交業務に忙殺されて、少々飲み足りなかったのか、就寝前の安らかな一時で軽く飲み直している様子だった。


(マキュリアーニ)

「はい。ランズメアリーへの最終便にはまだ間に合う時間です。私がここに呼び寄せました。」


(ヴァラジン)

「まさか今から明日以降の打ち合わせを始めようと言うんじゃないだろうな。酔った私が翌朝まで記憶を維持できない事ぐらい、君も知っている事だろう?面倒事は全て明日の朝にしてくれないか?」


(マキュリアーニ)

「申し訳ありません大佐。事は急を要するもので、仕方なく・・・。」


マキュリアーニは柔らかな口調でそう答えると、ソファーに座るヴァラジンの傍までゆっくりと歩み寄る。


そして、固く表情を強張らせたまま小さなポーチの中へと右手を入れると、徐に中から取り出した短銃を、静かに彼の頭部へと突きつけた。



もう、後戻りは出来ないのね・・・。



アリミアもまた、彼女の行動にタイミングを合わせるようにして、ドレススーツの左胸内側から短銃を引き抜くと、素早くヴァラジンへと目掛けて銃口を構えた。


(マキュリアーニ)

「現時点を持って、大佐の命を私に預けていただきます。どうかご容赦くださいませ。」


この時ヴァラジンは、決して悪い冗談では無いのだという事を指し示すマキュリアーニの真剣な表情に、少し驚いたような表情を浮かべたが、やがて鋭い眼光の奥底に背筋が凍りつきそうな程冷たい業火を宿す。


そして、徐に周囲の気配を探るような素振りを見せると、マキュリアーニと少し離れた位置に陣取ったアリミアの方に一瞬だけ視線を宛がい、手に持つグラスのブランデーを一気に飲み干して見せた。


(ヴァラジン)

「君達二人だけかね。」


(マキュリアーニ)

「はい。」


(ヴァラジン)

「そうか。」


ピリピリとした肌を刺すような殺気を部屋中に吐き散らしながらも、静かな口調でそう問いかけるヴァラジンは、むせびくように大きく息を吐き出して、空になったブランデーグラスをテーブルの上へと置く。


そして、テーブルの隅に置いてあったアイスペールから、新たなる氷を2、3、グラスの中に放り入れると、ゆっくりと綺麗な外形をしたブランデーボトルへと手を伸ばした。


(ヴァラジン)

「君と出会ってから、もう何年になるかな。」


(マキュリアーニ)

「もう7年になります。大佐。」


(ヴァラジン)

「そうか。もうそんなに経つのか。時が過ぎ行くのは存外早いものだな。」


(マキュリアーニ)

「はい。」


(ヴァラジン)

「あの頃の君は、まだ学校を出たばかりの駆け出しの若輩者だったが、今となっては決して欠かすことの出来ない私の第一秘書官だ。これまで色々と苦労が絶えなかったと思うが、君も立派な大人の女性に成長したものだ。」


(マキュリアーニ)

「今の私が有るのも、全て大佐のおかげです。本当に大佐には感謝の言葉もありません。」


グラスの中で今だ溶け切らぬ氷と、大量に降り注ぐ褐色かっしょくの液体とが奏でる心地よい音が、甘く濃密な香りに乗せて部屋中に染み出していく中、静かに二人が会話を続ける。


それは決して相手の抱き持った真意に、直接強く問いかけるようなものではなかったが、それでもそれが、長年連れ添った者同士が奏でる、対話への入り口である事は確かだった。


アリミアはこの時、屈強な体躯を有するこの大柄な男と、激しい格闘戦を余儀なくされるのではないかと予想していたのだが、並々と酒を注いだブランデーグラスを手に取り、ゆったりとソファーにもたれ掛かったヴァラジンには、全くその気は無かったようだ。


相手が華奢な女性二人だけとは言え、二つの銃口を二つの方角から同時に突きつけられて尚、全くそれを意に介する様子も見せないヴァラジンの素振りからは、相当酒に酔っているようにも見受けられたが、マキュリアーニは決してヴァラジンに対する態度を軟化させる事はなかった。


やがて、しばしの無言の時を経て、徐に視線を交わした二人が、新たなる言葉を発し始める。


アリミアはじっと、そんな二人の奏で出す二人だけの世界の中に浸り、幾重にも折り重なる難解な真実への道筋を歩み始めた。


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