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Loyal Tomboy  作者: EN
第六話「死に化粧」
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06-09:○仮面パーティ[3]

第六話:「死に化粧」

section09「仮面パーティ」


(レジェス)

「解りました。このまま議論を続けても、お互いの利に叶う結論に達することは無いでしょう。」


すると突然、静まり返った会議場の中に、この少年が綺麗な声色を響かせた。


そして、ゆっくりと椅子を引いて席から立ち上がると、ぐるり周囲を見渡した後で、辿り着いた視線の先にいたヴァラジンに向けて不敵な笑みを浮かべて見せた。


(レジェス)

「それでは、我々帝国側からの譲歩案を提示します。まず、ロイロマール公爵の身柄拘束から、情勢が不安定となっているブランドル地方に対しては、特別治安維持部隊を設立して派遣する事にしましょう。勿論、ブランドル市民に対して過度な刺激を与えぬよう、その指揮官には、ロイロマール公爵の右腕と称される「オルカス・フォーロ」将軍を任命します。ブランドル市民からも信頼の厚い将軍自らが治安維持に乗り出すとなれば、彼等も決して無闇に暴動を起こす事はないでしょうし、貴国ビナギティアにとっても決して悪い話では無いと思います。」


(ヴァラジン)

「その見返りとして、ビナギティア艦隊をブランドル地方に派遣しろと?」


(レジェス)

「いいえ。ブランドル地方の制海権掌握には、同海域に停泊する我が帝国第7艦隊をそのまま宛がう事にします。ブランドル地方の情勢が安定さえすれば、貴国も色々と動きやすくなるでしょう。貴国ビナギティアの艦隊には、逆に北ムルア海の治安維持活動を強化していただきたいと思っています。大佐がおっしゃられる通り、ムルア海における貴国の軍事活動については、トゥアム共和国を刺激する恐れもありますが、現ムルアート政府の要望により、北ムルア海の治安維持活動を主目的とするならば、ラ・スレブッチ協定に反する事無く、正規の軍事行動が可能だと思います。」


まさかこんな少年と重要な言葉のやり取りをするとは思っていなかったのだろう。


ヴァラジンは少し驚いたような表情を浮かべると、この少年がどの様な人物なのかその器を計り見るように、鋭い眼光を持ってして彼の姿を凝視した。


しかしレジェスは、そんなヴァラジンの威圧的視線を全く意にも介さない様子で、ゆっくりと後ろ手に回した両手を組むと、全く少年とは思えない程の落ち着き払った態度を保ったまま、たった一人でこのヴァラジンの相手を勤め上げるのだ。


(ヴァラジン)

「確かに貴行の言う通り、北ムルア海の治安維持活動は、我がビナギティア国周辺海域の秩序を安定化させるための行為であり、ラ・スレブッチ協定に制限されるものでない。しかし、もし我がビナギティア艦隊が、ムルア海域を西進するトゥアム共和国艦隊を発見したとしても、即座にそれを抑止する行動に移れない事をご承知いただきたい。」


(レジェス)

「その点に関しては、貴国ビナギティアの艦隊が、北ムルア海域における警戒行動を強化することで、自然と解消される問題なのです。大佐。フランコ中将率いる反ムルアート政府軍は、ムルアート諸島に点在する無数の島々に活動の拠点を持つ、云わば海賊の一種に過ぎない烏合の衆ですが、今では現ムルアート政府軍をも遥かに凌ぐ軍事力を有するまでに勢力を拡大しています。勿論、その軍事力を軽視するつもりは全く有りませんが、それでもビナギティア国が本腰を入れてこれを摘発し始めたとなれば、彼等にとっては大きな脅威となりえるでしょう。ムルアート諸島一帯に勢力を拡大した彼等が、北方から強力な攻撃を受けた場合、果たしてどういう行動を余儀なくされるのか、聡明な大佐であれば既にその答えはお解りだと思います。貴国ビナギティア艦隊には、北ムルア海に存在する反ムルアート政府軍の幾つかの拠点を攻撃していただきたいのです。」


(ヴァラジン)

「我々ビナギティア艦隊が北ムルア海域における警備の手を強める事で、それを警戒する反ムルアート政府軍の艦隊を南下させ、トゥアム共和国艦隊の西進を妨害しようという訳ですな。確かにトゥアム共和国は、ラ・スレブッチ協定において、ムルアート諸国の内戦問題に対して、一切関与しない立場を表明している。しかし、もしトゥアム共和国が反ムルアート政府軍と内通し、一方的にこの協定を破棄して西進を開始した場合、いかがなされるおつもりですかな。如何に我がビナギティア艦隊が、北ムルア海まで南進するからとは言え、貴国の帝都ルーアン地方へと支援に駆けつけるまでには、かなりの時間を要する事になると思いますが。」


(レジェス)

「その可能性は全く有りません。大佐。」


(トリストライアン)

「レジェス!」


それまでビナギティア国外交団を率いるヴァラジンを相手に、全く臆する事無く言葉を連ねて来たレジェスだが、彼が短くヴァラジンに返答を返して見せた際、突然トリストライアンの大きな怒声によって言葉を遮られた。


この少年の放った短い言葉の中に、一体どのような思惑が隠れ潜んでいたのか、周囲にいた者達の多くは見当も付かなかったであろうが、帝国外交団のど真ん中で打ち鳴らされた大きな銅鑼どらの音は、そんな周囲の疑念をもかき消さんばかりの迫力を秘めていた。


一瞬にして静寂さに支配された会議室の中には、何処と無くピリピリと張り詰めた空気が漂い始めていたが、それでも何ら悪びれる様子も無く、レジェスは不敵な笑みを浮かべてトリストライアンの方へと視線を宛がうと、あからさまに見て解るように軽い溜め息を付いて見せる。


そして、静けさに包まれた会議室の中で、唯一自分の奏で出した音だけを残して、彼はゆっくりと椅子の上へと腰を下ろした。


思えばそれまで、帝国外交団の要となる人物達を差し置いて、たった一人で会議の進行を始めたこの少年に対し、何故トリストライアンが黙ってそれを見過ごして来たのか、不思議と言えば不思議な現象であるが、この時少年の見せた態度から察するに、少なからずそこに小難しい関係図が存在するのであろう。


やがて、会議の主導権を取り戻したトリストライアンが、大きく咳払いをして周囲の注意力をかき集めると、静かにヴァラジンの先の問いに対する新たな答えを示してみせた。


(トリストライアン)

「勿論、我々帝国側としてもその可能性を大いに憂慮ゆうりょしている。もしそのような事態が生じた場合には、我々はカルッツァ地方の防衛戦線を放棄してでも、トゥアム共和国の西進艦隊を追撃する覚悟だ。確かにスタルアントリオンに残された兵力は僅かだが、それでも友軍が転進してくるまでの時間を稼ぐ事は出来る。その場合、我々帝国はカルッツァ地方の多くの都市を失陥しっかんしてしまう危機に陥ってしまうのだが、トゥアム共和国がラ・スレブッチ協定に違反した場合、我々帝国は即座に貴国ビナギティア艦隊に対して、手薄となったカルッツァ地方沿岸部の防衛任務を要請する方針だ。北ムルア海から帝都ルーアンまでの距離はかなり有るが、そのままカルッツァ地方沿岸部へと南進するのであれば、それほど多くの時間を必要とするまい。」


(ヴァラジン)

「ほーう。自国の民衆の命運を他国の軍事力に頼るなど、何とも他人任せな戦略ですな。我々ビナギティア艦隊がカルッツァ地方に赴くにしても、まずは目の前に立ちはだかる反ムルアート政府軍を攻略してからの話になります。それに、今まで中立国としての立場を突き通してきたからとは言え、トゥアム共和国の軍事力が決して他国に劣っているとは思えませんが。」


(トリストライアン)

「我々は貴国の強大な海軍力を高く評価している。貴国ビナギティア艦隊の能力を持ってすれば、必ずや我々の期待に答えてくれるものと信じている。我々帝国側の要求ばかり突きつけて申し訳ないが、それでも貴国ビナギティア国と我が帝国との関係強化の為にも、我々の要望を受け入れてはくれまいか。貴行の望まれるロイロマール公爵の処遇についても、決して粗悪に扱わない事を、このブラシアック家の名に駆けて約束しよう。」


この時、右手を顎の下に添えて、少し何かを考え込んでいたヴァラジンだが、先ほど少年の放った一言に関する内容について、あえて見て見ぬ振りを突き通した。


トリストライアンが示して見せた対応策はあくまで最終的手段であって、少年が思わず発してしまった一言が示す通り、そのような事態へと陥らない為の方策を幾つも用意しているはずなのだ。


とすれば、ビナギティア国がトゥアム共和国と対峙する可能性は、本当に最悪の事態が降ってかからない限りありえない事である。


しかも、ヴァラジンの要求するブランドル地方の治安維持問題や、ロイロマール公爵の処遇に関して、帝国側からある程度誠意のある回答を得た今、何も不穏な空気の漂うやぶの中を、無闇に突付いてみせる必要も無い。


ヴァラジンは直ぐ脇に座っていたマキュリアーニに、少し小声で耳打ちをして見せると、やがて大きな身体を椅子から立ち上げて、会議を締めくくる事になる最後の言葉を放つのだ。


(ヴァラジン)

「了解した。今回貴国から提示のあった要望事項に関しては、即刻検討するよう本国に通達いたします。早ければ明日の朝には正式な回答があるでしょう。貴国セルブ・クロアート・スロベーヌ帝国との友好関係強化の為に、我がビナギティア国も出来る限りの誠意を尽くして、対応に当たりたいと考えておりますので、どうか今後ともよろしくお願い致します。」


そして、ヴァラジンが一同に対して深々と頭を下げて見せると、大きなどよめきと共に広い会議室内を双方が奏で出した拍手の雨が包み込み、一時間半にも及ぶ両国間の激しい論争に幕が下ろされる。


両国共に思い描いた要求には届かなかったかもしれないが、それでもお互い納得行く落とし所を見出す事が出来た結果に、誰しもがホッと胸を撫で下ろした事であろう。



アリミアは、そんな安堵感に包み込まれた会議室の片隅で、妙に疲れたように右肩をグルグルと回してみせると、ゆっくりと椅子の背もたれに身体を預けながら小さな溜め息を吐き出した。


慣れるはずも無い秘書官と言う難しい立場を預けられ、目まぐるしくやり取りされた会議の進行を、長い間備つぶさに記録し続けなければならなかった彼女にとって、それは過酷な戦場で戦う事を強要されるより、神経を擦り減らす作業だったのかもしれない。


何より彼女の周囲に屯した人物達の多くは、過去に彼女が敵として対峙してきた相手の親玉たる人間であり、逃亡者として身を潜める立場にあるはずの彼女も、まさかこのような公の場に出席する事を強要されるとは思ってもみなかったのだ。


勿論、魅力的で可愛らしい清楚な女性へと変貌を遂げた彼女の姿に、かつて帝国中にその悪名を轟かせていたローゼイト・サーペントの影を重ねて、疑いの目を向けるような者は誰もいなかったのだが、それでも彼女は、自分の素性を見抜く者が現れ出るのではないかと、少なからず心の中に不安感を抱いていたのだ。


(マキュリアーニ)

「クリス。どう?疲れた?」


(アリミア)

「ええ・・・。少し。」


すると、そんなアリミアの溜め息を聞きつけたのか、大量の資料を片手に抱え、ゆっくりと歩み寄って来た小柄な先輩秘書官が、彼女をねぎらうかのように優しい言葉を投げかける。


しかし、今回オクラホマ都市を訪れるに至った主目的の一つを果たして尚、秘書官たる彼女達がこなさなければならない仕事は山のように存在し、アリミアがホッと一息を付いたのも束の間、直ぐにマキュリアーニが次なる仕事を彼女の前に差し出したのだ。


(マキュリアーニ)

「クリス。今回の会議の内容を議事録にまとめて、早急に本国のグレシュビッツ大臣宛てに送信して。勿論、秘守レベルAの暗号化を忘れないようにね。それと、大佐からのことづけで、メットネル中佐に東方沿岸警備部隊の再編成を推し進めるよう指示があったわ。防衛本部のムロミンツ作戦副部長を通して、彼に指示を出すよう依頼して。はい。これ。連絡用の暗号化携帯。」


(アリミア)

「解りました。」


一体いつまでこんな秘書官ゴッコを続けなければならないのだろうか・・・。


この時、アリミアの疲れた脳裏に浮かび上がった言葉は、彼女の心を映し出した素直な感想とも言うべき本心なのだろうが、それでも彼女は愛想の良い笑顔を振りまいて、先輩秘書官の依頼に了承を持って答えると、差し出された白い折りたたみ式携帯に手を伸ばした。


敵国に潜入しての工作任務と言うのは、たった一つのミスから全てを瓦解させるに至る程、非常にデリケートで不安定なものであり、彼女の思いがどのようなものであれ、然るべき時が訪れるまで、決して着飾った秘書官たる毛皮を脱ぎ去る事は出来ないのだ。


しかし、ふと手渡された折りたたみ式携帯の間に、一枚の紙切れが挟み混まれている事に気が付くと、アリミアは綺麗に束ねられた髪の毛を掻き揚げるような素振りを見せながら、マキュリアーニへと視線を向ける。


それが恐らく、彼女からもたらされた新たな情報であろう事は、それまでの成り行きからうかがい知る事は出来たのだが、それでもこの時、不意にアリミアの耳元まで顔を寄せたマキュリアーニは、アリミアの心の中に驚愕きょうがくの嵐を呼び込むのに十分な程の言葉を発したのだ。


(マキュリアーニ)

晩餐会ばんさんかいが終わったら大佐の部屋まで来て。今夜そこで大佐の身柄を拘束するわ。貴方にはそれを手伝って欲しいの。)


(アリミア)

「えっ!!!!?」


彼女の付けたほんのりと甘さを含んだ香水の香りが漂う中で、耳元でささやかれた綺麗な声色が、巨大な鉄のハンマーと化してアリミアの心を激しく叩きつける。


(マキュリアーニ)

「そんな顔してもダメよ。クリス。いつまでも貴方を新人秘書官として甘えさせておく余裕なんて無いの。このぐらいの仕事は難なくこなして貰わないとね。」


大人びた笑みを浮かべながら、スッとアリミアの傍から身を離したマキュリアーニは、まるで妹を叱る姉のような口ぶりで、唖然とするアリミアにそう苦言を吐き散らしてみせる。


それは恐らく、アリミアが思わず発してしまった驚きの声を、カモフラージュする為の行為に他ならなかったが、それでも先に彼女が発した爆弾発言の内容は、決して難なくこなせるような仕事ではない。



ヴァラジン大佐の身柄を拘束する??


彼女が??何故??何の為に??


そしてそれを私に手伝えですって??



(マキュリアーニ)

「それじゃクリス。頼んだわよ。後はよろしくお願いね。」


(アリミア)

「マキュリ!」


アリミアは、この美人秘書官の示した目論みの真意を探り当てようと、必死になって様々な思考をめぐらせて見たのだが、それまである程度予測していた構図をも、簡単に瓦解させるほどの一手を放たれてしまった今、ゆっくりとその場を立ち去ろうとした彼女を呼び止めることしか出来なかった。


しかし、そんなアリミアの思いに反して、静かに振り返ったマキュリアーニは、左手首に付けた腕時計を人差し指で二回ほど小突いて見せただけであった。


要するにじかに詳細な説明をしてる時間的余裕など無いと言うことだ。


やがて、会議室を出て行ったヴァラジンの後を追うように、小走りに駆けて行くマキュリアーニの姿を見つめつつ、アリミアは手渡された折りたたみ式携帯を、素早く胸の内ポケットの中へと仕舞い込む。


そして自分が既に、目まぐるしくうごめく陰謀の渦中に居る事を自覚したのだった。


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