06-08:○仮面パーティ[2]
第六話:「死に化粧」
section08「仮面パーティ」
(ゲイリーゲイツ)
「カルッツァ地方、及びオクラホマ地方、加えてムルア海域における、侵略的武力行使権の放棄につきましては、オットンハイマー・レブ・ロイロマール公爵が、独断で締結した不公認の条約であり、我々セルブ・クロアート・スロベーヌ帝国と、トゥアム共和国政府との間で正式な外交交渉が、成立していなかった事を改めて強調します。ロイロマール公爵が帝国最高評議会を度外視し、他国との間に独断的な協力体制を築いていた事は紛れも無い事実で、トゥアム共和国政府が帝国国内各地に点在する叛乱分子に対して、密かに裏で支援活動を行っていた事実も判明しています。トゥアム共和国に対する宣戦布告は、我が帝国の平和を脅かす叛乱分子を一掃する為の、真に妥当な判断によるものと考えています。ロイロマール公爵と叛乱分子の因果関係につきましては、現在も多角的な方面から調査中ですが、ブランドル地方で発生した武装決起事件からも解る通り、帝国各地で叛乱を起こす指導者達の多くが、ロイロマール公爵に仕えていた忠臣達であり、公爵自身に全く叛意が無かった事を、証明するものは何も有りません。従って、貴行の要求されるロイロマール公爵の早期釈放については、現段階で直ぐにお約束出来るような事ではありません。」
(ヴァラジン)
「では我がビナギティア国とのブランドル地方停戦条約、ムルア海峡における両国間の協力体制も、不公認の条約であったと仰るのですかな。アイスクリストフでロイロマール公爵と結んだ、条約のすべてを無効と言われるのであれば、これまでお互いに築き上げてきた友好的関係を、根本から否定する事になりますが。」
(ウィンチェスター)
「貴国ビナギティアとの停戦条約、ムルア海峡における安全保障条約に関しては、帝国最高評議会派遣員ヴァシャール外交官立会いの元に締結された、正当な条約であることを認めます。」
(トリストライアン)
「帝国最高評議会外交官を伴った正式な外交会談については、その会談内容の一切を否定するつもりはない。特にロイロマール公爵に関しては、帝国最高評議会を完全に度外視した、独断的外交交渉についての罪を問うものであり、決して不当な弾圧行為でない事を理解してほしい。」
(ヴァラジン)
「我がビナギティア国との間で締結された安全保障条約については、お互いに有効性が有ると言う認識で理解した。しかし、我々ビナギティア国海軍の約五割がムルア海における保安活動に従事しており、ビナギティア艦隊を再編成するには、それなりの時間がかかる事をご理解いただきたい。それに、ビナギティア艦隊をブランドル地方に派遣する事は、我がビナギティア国とトゥアム共和国の間に締結された、ラ・スレブッチ協定に抵触する事になる為、私一人の判断で決断を下す事は出来ませんな。」
(ゲイリーゲイツ)
「トゥアム共和国に対する貴国の立場は理解しているつもりですが、現ムルアート政府がムルア海域の制海権を、完全に掌握する事が出来ていない現状において、トゥアム共和国艦隊が複雑に入り組んだ当海域を西進してくる恐れもあります。スタルアントリオン地方からカルッツァ地方にかけて、海岸線一帯を防衛しなければならない我が帝国艦隊において、依然情勢が不安なブランドル地方を差し置いて、当海域に艦隊を派遣する程余力が無いと言うのが正直なところです。トゥアム共和国艦隊がムルア海へと進軍を開始した場合、最初にラ・スレブッチ協定に違反するのは、トゥアム共和国側と言う事になりますが、トゥアム共和国艦隊の西進を確認してからでは余りに時間的猶予が無さ過ぎます。」
(トリストライアン)
「今のところ我々はカルッツァ地方における戦闘に注力してはいるが、遥か東方へと伸び切った戦線に対して強い懸念を抱いている。今だトゥアム共和国の真意がどこに有るのか定かではないが、恐らく占拠されたリトバリエジ都市奪還に向けた、ある種の陽動作戦である可能性が高い為だ。この場合、トゥアム共和国がこの戦線を迂回して挟撃に転じる可能性もある為、我が帝国軍は南方リトバリエジ都市部周辺と、北方シュツルシルト海岸線一帯の防衛体制を強化する為に、必要以上に兵力の投入を余儀なくされている。陸路を辿った進軍経路に関しては、オクラホマ都市に駐留する、強力な航空師団を持って対抗し得る術を持つが、トゥアム共和国艦隊にムルアート諸島を経由して直接「砂漠の岬」を越えられた場合、スタルアントリオンに残された僅かな兵を持って、これに当たらなければならない事態に陥る可能性もある。トゥアム共和国艦隊の砲火の切っ先から帝国王都ルーアンを死守する為には、ムルア海中域を警戒する兵力がどうしても必要になるのだ。我が帝国軍としては、現在ブランドル地方へと釘付けになっている第7艦隊をムルア海へと派遣し、当海域の警戒任務に宛がいたいと思っているのだが、ブランドル地方海域の治安維持活動を、貴国で引き受けてはくれまいか。」
(ヴァラジン)
「ムルア海域へと侵攻したトゥアム共和国艦隊が実在するのであれば、我がビナギティア国は全力を持ってこれを排除する。しかし、然したる確証も無くビナギティア艦隊を派遣する事は、貴国の振るう軍事活動を支援する行為に当たり、トゥアム共和国に対して敵対行動を示す事になる。我々ビナギティア国と貴国との間に結ばれた条約は、共闘を強制するような同盟条約では無く、両国間での停戦条約と、ムルア海域における安全保障条約だ。勿論、ブランドル地方の治安悪化については、我がビナギティア国内でも大きな問題になっている事は事実で、近々大規模な治安維持軍を投入する事を検討している。しかし、我がビナギティア国軍が目指すべきは、国民の平和と秩序を目指したものであり、決して他国を侵略する武力行使に加担する為のものではない事を、お解り頂けますな。」
だだっ広い大広間の中央部に敷かれた真っ赤な絨毯を、ぐるり取り囲むように並べられた長テーブルに、20人程の男女がお互いに対峙して座り、なにやら激しく討論を繰り広げている。
ゆうに5メートルを超えるであろう部屋の天井からは、三つの大きなシャンデリアがぶら下げられ、もの侘しさすら感じる閑散とした部屋の中を、優しげな光で煌々(こうこう)と照らし出していた。
ここサイレンス・タワー37階に位置する大広間は、実用的機能のみを追求した多目的ホールとして作られたものであり、生憎オクラホマ都市の綺麗な夜景を一望できるような、大きなガラス窓など取り付けられていなかったのだが、それでも両陣営が抱える様々な現実問題から、目を逸らす事の許されない彼等にとっては、都合の良い隔離部屋だったのかもしれない。
部屋の中に漂う空気も何処か淀んで重苦しい雰囲気を醸し出しており、両腕を組んだまま太い眉毛の間に険しい皺を寄せる、ビナギティア国有数の権力者「ヴァラジン・オーム」の言葉を最後に、長い沈黙の時間が彼等を包み込んでいた。
上座を示す大きな帝国旗が掲げられた壁側に座る一団は、皆セルブ・クロアート・スロベーヌ帝国の権力者達で占められ、その中央部でどっしりと構えて座る一人の男が、異様なまでの威圧感を漂わせている。
彼は若干貧相な上髭を携えた中柄の中年男性であり、両脇に従えた大柄な男達に比べれば、特にこれと言った特徴の無い人物だったのだが、彼の着込んだ軍服の上には帝国軍の中でも最上級を意味する、豪華な軍階級章がぶら下げられている。
時折会議の中にで割って入る彼の言動からも解る通り、ただの高階級貴族の一人ではないことが窺えた。
そう。彼こそが帝国国内でも最大の統治領土を誇る歴史深い名家の一つ、ブラシアック家当主「トリストライアン・レブ・ブラシアック」その人だ。
近年ストラントーゼ家とロイロマール家両家に、大きく水をあけられてしまった感のあるブラシアック家だが、「眠れる獅子」とも揶揄されるその強大な軍事力は今も尚健在であり、帝国軍東方戦線における主力部隊を担うのもこのブラシアック家である。
先祖代々名将を排してきた名門の名に恥じぬ10代目当主として、帝国軍東方部隊の総司令官を勤め上げるこのトリストライアンは、物腰の柔らかいゆったりとした語り口調ながらも、何処か鋭く光る眼光の奥に、激しい闘争心を抱いている様にも見えた。
そして、そのトリストライアンの右手側に座るふくよかな身体をした大男が、ストラ派の中でも一際異才を放つ人物。
「ウィンチェスター・ボォクリューユ」である。
彼はお世辞にも覇気に満ち溢れた有能な仕官とは言えず、見るからに怠け者たる劣等者のイメージを拭いきれなかったが、これでも周囲からは天才と称される程、卓越した戦術眼を持つ若き軍参謀の一人だ。
ブラシアック家の遠い親戚一族でしかなかった彼は、幼い頃から平民達と同じ学校に通う、全く何の取柄も無い太った少年に過ぎなかったのだが、ブラシアック軍に志願入隊し、配属された先でようやくその才能を花開かせる事になる。
当時、帝国南西部に位置する「トロス王国」と戦闘状態にあった帝国軍は、「ネルブリア砂漠」戦線において、敵将である「セヒロス・ジェフティ」率いる「砂漠の堕天使部隊」の猛攻を受け、壊滅的打撃を被る結果となってしまったのだが、その時、敵軍の行動を適確に察知して、敗走する味方部隊を全滅の危機から救った男が、このウィンチェスターだったのだ。
普段から何をするにも他人より劣る運動能力しか持っていなかった彼だが、有事の時に垣間見せる彼の思考の速さは、まさにその欠点を補って余りある程の稀有な能力とも言われ、今ではこのトリストライアンの右腕として、他の重臣達と肩を並べる存在にまで上り詰めたのだ。
そして、トリストライアンを挟んで彼の反対側に座る強面の若者が、当会議の進行を勤める「ゲイリーゲイツ・トロ・ナイト」である。
端整な顔立ちに光る鋭い眼光が特徴的な黒髪のこの男性は、まだ若干二十歳の若者であり、タクラマカン地方一帯を取り仕切る名家「ルフトスピーリング家」の長男として生まれ、帝国内でも将来を嘱望される有能な人材の一人だ。
本来であれば、ルフトスピーリング家の跡取りとして、タクラマカン地方を治める領主となるべき人物だが、彼が名に背負う家名の示す通り、現在彼は第13代皇帝ソヴェールの妹「ラキシス・ラント・ナイト」の養子と言う少々複雑な立場にある。
と言うのも、彼がまだ幼い頃、重い病を患って病床に臥せていた彼の父「グネービルム・レブ・ルフトスピーリング」が、長い間統治してきたタクラマカン地方の領主権を、皇居を離れる事になったラキシスの為に、献上する事を決意したからである。
勿論ラキシスは、他人の領土を搾取してまで、自らの生活に安泰を求めるような思いなど全く無かった為、始めの内は彼の申し出を丁重に断り続けたのだが、既に自分の死期が近いことを知っていたグネービルムの決意は固く、決して揺るぐ事はなかった。
常にタクラマカン地方に住まう領民達の事を、第一に考えていたグネービルムにとって、まだ幼い一人息子に領主としての多大な責務を背負わせるような事は出来ず、彼には帝国国民から絶大な人気を誇っていたラキシスにその領土を提供する変わりに、タクラマカン地方の未来の全てを託したい思いがあったのだ。
ラキシスは、そんなグネービルムの強い思いを、いつまでも無碍に断り続ける事が出来ず、最後には彼女が折れる形で彼の意向を汲み取る事になるのだが、その時彼女がグネービルムに提示した一つの条件と言うのが、彼の一人息子であるゲイリーゲイツをナイテラーデ家の一員として、養子に迎え入れると言うものだった。
それは、本来タクラマカン地方の領主となるべき人物であった、ゲイリーゲイツのことを慮って、彼にタクラマカン地方の領土相続権を残そうとラキシスが考えた為であり、ゲイリーゲイツが成人した暁には、ルフトスピーリング家の当主として独立させる事を思い描いていたのだ。
しかし、当の本人であるゲイリーゲイツに、どの様な思いが有ったからなのかは解らないが、彼はようやく成人を果たした今も尚、ナイテラーデ家の家名を背負ったままである。
しかも、彼の養親実子である「シングロード」が何者かに暗殺された事を切欠に、16歳の誕生日を待たずして突然ラキシスの元を飛び出すと、事もあろうかストラントーゼ家の軍団に身を投じてしまったのだ。
そして今や、ストラントーゼ軍の旅団長を任される存在にまで成長を遂げ、将来の将軍候補とも呼び声高い有能な仕官の一人としての立場を確立したのだった。
私が帝国を離れてから4年半余り・・・。
時代が変わったと言う事なのかしら・・・。
シーンと静まり返った大広間の片隅で、会議の進行記録係を任されていたアリミアが、小型PCに添えた両手をしばし休めながら、目の前のテーブル席に並んだ帝国要人達に対して、ゆっくりと順番に視線を据え付ける。
過去に帝国国内でテロ活動を行っていたアリミアにとって、最大の標的とも言えた帝国貴族達の顔ぶれは、その多くが年老いた老人達で占められていたはずなのだが、このビナギティア国との重要会議上に姿を現した若々しい陣容を見る限り、以前とは少し様相が違ってきているようだった。
トリストライアン・レブ・ブラシアックや、北方外交官「アムベルト・レブ・ブロクホルスト」はともかくとして、ウィンチェスター・ボォクリューユはまだ三十台半ばの中堅所であり、ゲイリーゲイツ・トロ・ナイトや、その脇に座るオクラホマ地方領主「チミン・オマール」の息子「リュチアーノ・オマール」に至っては、まだ二十台前半の若者だ。
それに、帝国要人達が並ぶ末席に座る一人の少年。彼は何処からどう見たって二十歳にも満たない少年だ。
アリミアは、小型PCの裏面から会議参加者名簿のウィンドウを呼び出すと、一番最後に記載されていた彼の名前をまじまじと眺めた後で、再びこの少年の顔へと視線を移した。
綺麗な翡翠色の髪の毛が特徴的なこの少年の名は「レジェス・ウィルナー」。
勿論、アリミアの過去の記憶の中に、彼と同じラストネームを持つ人物は存在しない。
この重要会議に参加する以上、それなりの功績を持って周囲に認められた者か、または高い身分を持ちえる者かのいずれかに該当するはずなのだが、彼の名前に帝国貴族たる称号を示す表記は無く、年齢的に見ても何かしらの功績を持って伸し上がった人物という訳ではないだろう。
この少年は一体、何者なのだろうか・・・。