06-07:○仮面パーティ[1]@
※挿入絵は過去に描いた古い絵を使用しています。小説内容と若干細部が異なります。
第六話:「死に化粧」
section07「仮面パーティ」
真っ赤に染まった西の空が、次第に薄暗く真っ黒なカーテンで身を包んで行く頃、見下ろした眼下には、ゆっくりと煌びやかに光り輝く装飾品を纏った、巨大な建造物達が姿を現し始める。
帝国トポリ領南東部平野一帯に広がる大都市「オクラホマ」は、夕刻を告げる古き良き鐘の音と共に色鮮やかな光を放ち、真っ暗な闇の世界に星空のような絨毯を広げるのだ。
そして、その観る者全ての心を掴んで離さない、綺麗な夜景を一望できると噂される絶好のポイントが、ここ「サイレンス・タワー」である。
都市部を形成する平野部から、少し頭の突き出た小丘の上に建つこの建物は、豪華さで言えば帝国内でもトップクラスを誇る高級ホテルであり、敷地内に作られた雰囲気の良い緑地公園が一般市民達にも開放され、旅行客や恋人達にとても人気の高い観光スポットとなっている。
実は正式名称として「オクラホマロイヤルホテル」と言う、極ありふれた名前が存在するのだが、その小丘から見渡せる綺麗な夜景を目の当たりにした人々が、皆一様に言葉を失ってしまう事から、いつしかそう称されるようになっていたのだ。
(アリミア)
「もうそろそろ到着してもいい時間なのですけど。渋滞にでもつかまってしまったのでしょうか。困ったわ・・・。もうすぐ会議の時間だというのに・・・。」
(警備員)
「都市区画整理事業が始まって以来、R35は東方住宅街に帰宅する人達の迂回路になってしまいましたからね。最近では夕刻になるといつもこうなんですよ。」
そんな幻想的風景を作り出す街並みを見下ろしながらも、そわそわと落ち着かない様子で誰かを待つ女性が一人。
サイレンス・タワーの正面ロータリーの傍らで、目の前の大通りを埋め尽くした長い車列の先を見据えては、困り果てたように溜め息を付いて、仕切りに時計を気にする素振りを見せていた。
休日前夜のこの時間帯ともなれば、サイレンス・タワーの緑地公園は、訪れた数多くの一般市民達の姿で賑わいを見せるのだが、彼女の背後に付いて廻る三人の警備員達の持つ威圧的な銃が示す通り、周囲には何処か普段とは違った物々しい雰囲気が漂っている。
と言うのもこの日、ここサイレンス・タワーの国際会議場では、セルブ・クロアート・スロベーヌ帝国とビナギティア国との間で、重要な国家間会議が開催される予定となっており、同施設周辺を警備する帝国憲兵隊によって、会議関係者以外の立ち入りが厳しく制限されていた為だ。
この両国間の会議に出席するメンバーについて、詳しい情報は一切公にされていないのだが、それでもこのサイレンス・タワー周辺の厳重な警備体制を見れば、どれほどの大物人物が訪れるのか、容易に予想する事が出来るだろう。
勿論、アリミアが待つ人物と言うのも、その中の一人と言うことだ。
(警備員)
「もう1時間以上も立ちっ放して疲れたでしょう。少しエントランスでお休みになられてはどうですか?もし大佐が到着されましたら、私が呼びにいきますから。」
(アリミア)
「ええ。お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。大佐を待つことも私の仕事ですから。」
そう言って、優しい気遣いを見せる警備員の一人に、アリミアがニッコリとさりげない笑みを浮かべながら言葉を返す。
履き慣れないハイヒールに、足が疲れてきている事を気づかれたんだろうか・・・。
彼女は内心そんな疑念を抱きつつも、美しく品のある女性を演じたまま、再び綺麗なオクラホマ都市の夜景へと視線を移した。
普段から身を飾る事に無頓着なアリミアだが、この時彼女が身に纏った衣装は真っ赤な高級スーツドレス。
首からは豪華に宝石が鏤められた銀のネックレスがぶら下げられ、耳元では三日月形の綺麗なイヤリングが光り輝いている。
そして、衣装から肌蹴た白い素肌が街の夜景に照らし出され、涼やかな風に靡く紅い髪の毛を掻き揚げる姿は、薄っすらと控えめに施された化粧も相俟って、非常に魅力的な女性らしさを醸し出していた。
彼女からしてみれば、普段の様相と全く異なる自分の姿に、戸惑う心を必死に押し殺す意識の方が強かったのかも知れないが、それでも極自然に美しい秘書官たる立場を勤め上げる彼女の雰囲気は、付いて廻る警備員達の目の色さえも変えてしまうほどのものだった。
(警備員)
「あの。クリスティアーノさん。今日の会議の後は、何かご予定でもあるのでしょうか?」
(アリミア)
「ええ。会議後の晩餐会が終わりましたら、すぐに明後日の会談予定地となるランズメアリーに向かいます。大佐は明日朝まで当ホテルに宿泊されますから、大佐の身辺警護をよろしくお願いしますね。」
それは予め決められていた返答なのだろうが、完全に別人である名前で呼ばれながらも、全く相手に違和感を感じさせること無く、対応して見せる辺りはさすがである。
彼女はそっと真朱色のルージュを引いた口元を歪ませると、小声で話しかける警備員の男にそう答えた。
(警備隊長)
「おい。勤務中だぞ。」
(警備員)
「す・・・。すみません。」
するとそんな部下の不謹慎な行動を見かねた隊長格の中年男性が、訝しげなしかめっ面を浮かべて、この青年兵の背中を小突いてみせる。
この若い警備員も、まさか少し離れた所に居たこの中年男性に、会話の内容まで聞かれていると思っていなかったのか、驚いたように後ろを振り返ると、慌てた様子で謝罪の言葉を発した。
規律に厳しい帝国憲兵隊の中にあって、要人を警護すべき立場にある者が、事もあろうかその要人の一人に手を出すような軟派な行動に出るなど、どんな理由があろうとも決して許されるべき行動ではない。
勿論、客人となるアリミアがいる目の前で、この若者を厳しく叱責するような醜態を晒す事など出来ないのだが、それでもこの隊長格の中年男性が醸し出した厳しい表情は、まだ未熟な若者の表情に、暗く淀んだ影を落とすのに十分な程の威圧感を有していたようだ。
(アリミア)
「あ・・・。私なら構いませんよ。こう長く時間を持て余してしまったので、逆にいい一時を過ごせましたわ。隊長さん。どうか彼を叱らないでやってください。」
(警備隊長)
「あ、いえ・・・。まあ・・・。貴方がそう仰られるなら。」
アリミアからしてみれば、この青年兵がその後どんな処罰を受けようとも、全く何ら関係の無い立場にあったと言えよう。
しかし彼女は、自分に対して好意的感情を抱いて話しかけてくれたこの若者の事を、決して無為に捨て置くような真似はせず、穏やかな口調で中年男性の怒りを宥めにかかったのだ。
この時、青年兵は少し驚いたような表情を見せたが、再びアリミアが優しい微笑みの表情を投げかけると、少し顔を赤らめて下を俯いてしまった。
素直で真っ直ぐな想いほど、気持ちの良いものはない。
そんな初々(ういうい)しい若者の素振りは、何処か微笑ましくも爽やかで甘い胸の高鳴りを感じるものであり、アリミアは少し、過去に抱いた自分の想いをこの若者の姿に重ねて、しばし懐かしい思い出の淵に耽入ってしまった。
再びその視線を、綺麗なオクラホマ都市の夜景に添えて。
しかし、不意に吹き荒れた冷たい気流の渦に紅い髪の毛を舞い上げられると、アリミアは大きく息を吸い込んで、和やかで暖かな空気に浸る心の熱を冷ます。
そして、それを吐き出すと同時にゆっくりと両目を瞑り、それまで穏やかな雰囲気を醸し出していた美しい女性の表情に、自分自身の本性を薄っすらと浮かび上がらせた。
今の彼女の名前は「クリスティアーノ・サブラコシュ」。
彼女が北方アイスクリストフ系の名前で身分を偽りながら、ここオクラホマ都市を訪れたのは、何も観光を楽しむ為でも、甘く切ない恋心を実らせる為でもない。
トゥアム共和国諜報部の特殊工作員として、オクラホマ軍事空港への破壊工作任務を完遂させる為に、遥々ビナギティア国経由で乗り込んできたのだ。
オクラホマ都市滞在中も、決して怪しまれる事が無いようにとの配慮から、彼女に与えられた身分は、ビナギティア国でも指折りの権力者、「ヴァラジン・オーム」の秘書官と言う立場。
偽名で使用している「クリスティアーノ・サブラコシュ」と言う人物も、実際にビナギティア国内に実在する人物の名前であり、彼女に手渡された身分証明証も正式にビナギティア政府から発行された本物と言う事になる。
彼女は今後、オクラホマ軍事空港破壊工作任務を実行に移すまでの間、ビナギティア国外交団の秘書官という難しい立場を演じきらねばならないが、それでもこの強力な肩書きが、彼女の当分の身の安全を保証してくれる事は間違いなかった。
しかし、幾ら作戦発動までの安全を手にしたからとは言え、最終的にオクラホマ軍事空港への破壊工作任務を成功させる事は、決して容易なことではない。
今回の作戦任務には、アリミアの他に四名の諜報部工作員が参加しているのだが、それでも直接このオクラホマ軍事空港へと乗り込んで破壊工作を試みるメンバーは、アリミアを含めてたったの二人だけであり、他の三人の工作員達は、別の施設を狙った破壊工作を実行する計画となっている。
しかも、このオクラホマ都市で勃発する予定の武装決起についても、「今夜21:00頃に決行」と言う大まかな情報しか得る事が出来ず、お互いに強力し合うような連携体制を築くまでには至っていなかった。
(警備員)
「クリスティアーノさん。到着されたようですよ。」
やがて、目を瞑ったまま静かに自分一人の世界へと埋没していたアリミアの意識を、若い警備員が優しく揺り起こす。
それは、彼女が一時間以上も待ち続けた人物が、ようやくこのサイレンス・タワーへと到着した事を告げるもので、青年の爽やかな声色に誘われて、アリミアが正面ロータリーの方へと視線を向けると、そこにはゆっくりとエントランス付近に停車する三台の真っ黒な高級車の姿があった。
アリミアはすぐさまエントランス前へと駆け寄ろうとしたのだが、最後にこの若い警備員に、お礼の意味を込めた笑みを投げかける事を忘れなかった。
短い時間であったにせよ、それなりに相手の心の内を察して気遣いをしてみせる辺り、昔の彼女からは決して容易に想像する事が出来ない姿だろう。
アリミアは正面ロータリーの外縁を小走りに駆けながら、願わくば敵として彼と対峙しない事を心の底で強く祈った。
(ギャロップ)
「お待たせいたしました。貴方がクリスティアーノさんですね。初めまして。私が今回ヴァラジン大佐の身辺警護を担当する事になった、シュミット・マハーキフです。よろしく。」
履き慣れないハイヒールに悪戦苦闘しつつも、アリミアがようやく目的地へとなるエントランス前へと到達すると、目の前にがっしりとした体格のサングラスをかけた男が姿を現した。
彼は高級車の助手席から誰よりも早く身を乗り出すと、仕切りに辺りを警戒するような素振りを見せていたが、やがてアリミアに対して穏やかな口調で白々しくも初対面の挨拶をして見せた。
(アリミア)
「初めまして、シュミットさん。大佐の警護任務ご苦労様です。」
そしてアリミアもまた、別人たる自分を少しも崩す事無く満面の笑みを浮かべて見せると、完全に無関係を装ったまま、彼の差し出した右手を強く握り返した。
彼はこれまでビナギティア国内で、数々の要人達を警護してきた、やり手のSPと言う肩書きを持っていたのだが、その経歴から身分から名前に至るまで、全てが偽装された物である事を彼女は知っていた。
と言うよりも、既にこの二人はトゥアム共和国のランベルク地下基地内において、一度お互いに顔を合わせをしている仲だ。
勿論、それほどお互いを深く知り合う仲ではないのだが、それでも同じ作戦任務を背負って、ここオクラホマ都市へと送り込まれた仲間と言う事である。
アリミアはお互いに一通りの形式ばった挨拶を済ませると、すぐさま車の傍まで歩み寄り後部座席の扉を開く。
そして、中から姿を現した一人の中年男性に対して深々と頭を下げた。
(アリミア)
「長旅お疲れ様です。ヴァラジン大佐。先方はすでに37階大広間にてお待ちになられてます。」
(ヴァラジン)
「うむ。」
強固な防弾ガラスを張り巡らせた車のドアに手をかけ、その大きな体躯を車から乗り出したこの男こそ、北方ビナギティア国軍指揮権の大半を掌握していると言われている強大な権力者、「ヴァラジン・オーム」である。
彼は屈強な男達の集うSPをも、遥かに上回るであろうその上背と鍛え上げられた肉体を持ち、額から右目を辿るように頬にかけて伸びる大きな傷からは、まさに戦士たる威風が如実に醸し出されているようにも見受けられた。
彼の指揮するビナギティア国軍は、強大な軍事力を誇る帝国軍を持ってしても、簡単に打ち破る事は出来ないとまで言われ、彼の存在こそが、長きに渡り大陸北方部アイスクリストフ地方に、平和と秩序を齎していたと言っても過言ではなかった。
(マキュリアーニ)
「クリス。これが今回の会議資料とビナギティア側の参加者名簿よ。資料は大至急DCに転送をお願い。」
(アリミア)
「解りました。大至急手配いたします。」
(マキュリアーニ)
「大佐。メイン会場へご案内いたいします。どうぞこちらへ。」
そして、その高級車の反対側から降り立った一人の女性が、大きな車体をぐるり廻ってアリミアの元へと駆け寄ると、何やら小さな磁気記録媒体を手渡す。
彼女は「マキュリアーニ・ビジクタシュ」と言う女性で、アリミアと同じこのヴァラジンの秘書官を勤める人物である。
彼女はアリミアよりも頭一つ分背の低い小柄な女性であったのだが、はきはきとした自己主張の強い性格と、何事にも物怖じしない度胸の据わった33歳の年長者だ。
長い間ヴァラジンの元で秘書官を勤め上げてきた彼女は、ヴァラジンが最も信頼を寄せる人物の一人であり、彼女の言葉は時にヴァラジンの判断をも左右するとまで言われている。
しかし今回奇妙な事に、オクラホマ軍事空港に対する破壊工作任務を携えて、ビナギティア国を訪れたアリミアを、最初に出迎えたのがこのマキュリアーニと言う美人秘書官だった。
勿論アリミアも、ビナギティア国内に身を潜めるための引受人として、一時的に宛がわれただけの人物なのだろうと思っていたのだが、彼女はトゥアム共和国諜報部工作員としてのアリミアの素性を全て知っていたのだ。
しかも、当作戦におけるアリミアのパートナーであるギャロップを、ビナギティア国内でも有数の警備会社に配属させ、オクラホマ都市を訪問するビナギティア国外交団の専属ボディーガードに選抜したのも彼女である。
トゥアム共和国の工作員でも無い、純粋なビナギティア人であるこの女性が、何故他国での破壊活動を目的とした他国の工作員を受け入れる事になったのか、その思惑を窺い知るまでに至っていないのだが、定期的に武装決起集団の情報を齎してくれる人物と言うのが彼女自身である以上、そこに何か複雑な構図が隠されている事は間違いないだろう。
これまで長きに渡りセルブ・クロアート・スロベーヌ帝国との間に、友好的な関係を築き上げてきたビナギティア国にとって、如何に両国間の平和の為に尽力してきたロイロマール公爵が投獄されたからと言え、帝国が不利益を被るような謀略を自ら進んで幇助する事などありえないし、帝国内部の混乱に乗じて帝国領土へと侵攻を開始しようなどと考える野心に満ちた過激な指導者も皆無だった。
結局のところ、ビナギティア国としては、帝国との関係を悪化させる事無く、今後も友好的関係を維持していきたい立場にあるはずで、今回ヴァラジンがこのオクラホマ都市を訪れる事になったのも、それに起因するところが大きい。
とすれば、このマキュリアーニという女性の行動は、完全にビナギティア国の思惑から逸脱した背信行為に他ならず、もしアリミアとギャロップの素性が周囲に暴かれるような事にでもなれば、彼女自身の立場はおろか、両国間の関係をも悪化させかねない、非常に危険な行動なのだ。
彼女が一体どの様にして武装決起集団の動向を入手しているのか定かでは無いが、その情報をトゥアム共和国側に流す事で利益を得られるのは、オクラホマ都市攻略作戦を目論むトゥアム共和国と、そして恐らくはその恩恵に与る武装決起集団と言う事になるだろう。
ビナギティア国にとっては、全く何一つ得る物の無いこの構図の中に、一体彼女は何を求めて、何を企んでいるのだろうか。
アリミアはふと、ヴァラジンを引き連れて颯爽とホテル内へと歩き去る、この女性の後姿を見つめながら、しばし憶測の上に様々な思案を巡らせてしまった。
(ギャロップ)
「クリスティアーノさん。今夜開催される晩餐会では、会場に武器類を持ち込む事が出来ないため、大佐の周囲を警護する人員を増員する方向で検討しています。私はこれから明日のルートを下見に出かけますが、晩餐会が終わるまでには戻りますので、何か有りましたら私の部下にお申し付けください。」
(アリミア)
「解りました。シュミットさん。よろしくお願いしますね。明日の大佐のスケジュールに変更はありませんが、ランズメアリーでの大佐の訪問先が少し変更になりましたので、とりあえず現時点の詳細をお渡ししておきますわ。」
やがて、部下達への細かな指示を終えたギャロップが、真っ黒な高級車の傍らで佇んでいたアリミアの元へと歩み寄ると、業務的な内容でオブラートされた会話を投げかける。
そしてアリミアもまた、そんなギャロップとの間に、何ら周囲に違和感を感じさせない返答を返し、一枚の紙切れを手渡して見せたのだが、この時工作員たる二人の間でやり取りされた言葉の中には、全くそれとは異なった真意が含まれていたようだ。
「アリミア。今夜決行される武装決起軍の数は、かなりの規模になりそうだとの事だ。それと、我々が作戦任務で使用する武器をこれから受け取りに行ってくる。晩餐会が終わるまでには戻るよ。」
「そう。お願いするわね。これがオクラホマ空港の見取り図と経路よ。今の内に渡しておくわ。」
お互いに偽った身分を突き通しつつも、制限された会話の中に必要最低限の情報を織り込んで意思の疎通を図る二人。
如何に二人の周囲を取り巻く情勢が、複雑怪奇に思惑が折り重なった疑念の尽きないものなのだとしても、彼女達に与えられた任務はオクラホマ軍事空港への破壊工作任務を成功させる事であり、このマキュリアーニと言う女性の目論みを暴く事ではない。
二人には二人の目的があり、この女性にはこの女性の目的がある。
そして、そのお互いが目指す最終目的地への道のりの中で、お互いの利害が一致する部分があったからこそ、諜報部は彼女の指示に従うよう、二人に命令を下したのだろう。
確かに彼女の目指す最終目的地がどこに有るのか解らない状況で、彼女を完全に信用しろと言う方が難しいのかもしれない。
しかし現時点において、彼女を頼る以外に手立ての無い二人からしてみれば、そこに疑念を抱く事自体無意味な事だった。
(ギャロップ)
「それでは私はこれで。」
やがて、短い一言と共にアリミアに軽く会釈をしたギャロップがその場を立ち去ると、再び乾いた涼しげな風がアリミアの紅い髪の毛を宙へと舞い上げる。
そして、帝国領土内の懐かしい雰囲気の中に晒され、嘗ての自分自身をしみじみと省みながら、ゆっくりとオクラホマ都市の綺麗な夜景へと視線を向けた。
羊の皮を被った狼は、どんなに羊を演じたところで、所詮は狼なり。
生き延びるために他人を食い殺し、力を誇示することでしか己の存在を示せない悲しき狼なり。
そんな悲しき狼たる私が唯一持ち得たものとは、それまで積み重ねてきた自らの暴力的な戦闘能力のみであり、自分が欲するものを手に入れる為には、自分を欲する者達の為にその能力を行使して戦う以外に手段は無い。
アリミアは次第に闇夜へと溶け込んで行く山の稜線を見つめながら、もう決して開けることは無いだろうと思われていた過去の扉にそっと手をかける。
そして、嘗て「ローゼイト・サーペント」と呼ばれた過去の自分自身を、この世に再び解き放つのだった。