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Loyal Tomboy  作者: EN
第六話「死に化粧」
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06-06:○ローゼイト・サーペント[6]

第六話:「死に化粧」

section06「ローゼイト・サーペント」


数日後、私は意味も無く、スラム街をり歩く。


それは、いつものように新たなる獲物を探し出す為の、自分自身が生き延びる為の行動に他ならなかったが、私はそこで、何も得ることは出来なかった。


いえ、私は何も得ようとしなかった。


私はあれから満足に食事が取れていない。


あの老婆と出会ったあの日から。


私はまた再び、あの老婆のような人間と出会うのが怖かった。


また再び、あの老婆のような人間を生み出してしまうのが怖かったのだ。


それでもこの時、私が歩く事を止めなかったのは、歩く事を止める理由すら無かったからだ。


やがて、私がスラム街の大通りへと辿り着くと、目の前を曲がった細い裏路地の奥から、激しく怒鳴り立てる男の声が響き渡ってきた。


勿論それが、このスラム街で日常的に横行する、略奪の現場である事は直ぐに解ったのだが、私は直後に鳴り響いた二発の銃声に釣られるように、裏路地の方へと足を向けた。


私は別に、他人の略奪行為を見物して楽しもうなどと言うつもりは無い。


ただ、それまで私が犯してきた略奪行為が、一体どんなものであるのか、今一度自分の目で確かめて見たかっただけなのかもしれない。


しかし私はそこで、私と言う人間の全てを崩壊させる、まさに衝撃的な事実と巡り合う事になってしまった。



私がゆっくりと裏路地の中を覗き込むと、両側を高いレンガで挟まれた狭い通路の中に、十数人にも及ぶ男達がたむろしていた。


彼等の形作る輪の中には、苦痛にもだえる悲しき被害者の姿があり、必死に助けを求めて苦しそうな声を上げていたのだが、それが彼等に聞き入れられる事は無かった。


彼等は何ら抵抗する事も出来ない被害者を容赦なく蹴り飛ばすと、意味も無く奇声にも似た笑い声を高らかに張り上げる。


そして、みじめにも地面へと這いつくばる被害者に対し、何ら躊躇ちゅうちょする事無く鋭い刃物を突き立てたのだ。


狭い裏路地へと飛び散った真っ赤な鮮血が更に彼等の欲望を増長ぞうちょうし、周囲へと響き渡る被害者の断末魔だんまつま嘲笑あざわらう彼等の咆哮ほうこうによって掻き消される。



これが・・・。これが私・・・。



私は咄嗟とっさに、その光景から目をらすと、心の奥底から沸き起こる強い冷気によって思わず身震いしてしまう。


如何にここまで酷い仕打ちを相手に強いる事が無かったとは言え、目の前で繰り広げられる略奪行為は、まさにそれまで自分がしてきた行為そのものであり、どんな言い訳を用いようとも、自分自身の心の中でさえ、それを否定する事は出来なかったからだ。


私には、この男達の行為を非難する資格など無い。


私もこの男達と同じ、人の思いを少しも意に介さない略奪者。


人の命を奪うことに、何の躊躇ためらいも感じない殺人者。


結局私もこの男達と何ら変わらない。


人々の悲しみを生み出すだけの最低な存在なんだ・・・。


私はもはや、その略奪行為の結末を見届ける勇気すら打ち砕かれて、すぐさまその場から逃げ去りたい気持ちに駆られてしまったのだが、目の前に横たわる自分自身の影の中に、私の身体を雁字搦がんじがらめにする重たい鎖の存在を見出してしまうと、全く身動き一つ取れなくなってしまった。


しかしそんな時、我先われさきにと金目の物を奪い取る為に、哀れな屍の元へと群がった男達の方から、その欲望を満足させるに至らなかった粗悪品の一つが放り投げられる。


それは、かなり使い古された形跡が見て取れる一本の杖であり、恐らくはその被害者の愛用品か何かであったのだろう。


周囲に乾いた音を響かせながら、私の足元へと転がり落ちたのだ。


勿論それは、確かに何かの価値を見出す事もできない、ただの木で出来た棒切れに過ぎない物だったのだが、私は一瞬、この杖の姿形に目を奪われてしまった。



この杖・・・。何処かで見た事が・・・。



私は咄嗟とっさに男達の方へと振り返り、胸の内で必死に否定的願望にすがり付きながら、その被害者となった人物の姿を凝視する。


しかしこの時、そんな私の思いを打ち砕く悲しき現実が目の前に示されてしまうと、直後に全身を駆け巡った激しい電撃によって、私はそれまで影を潜めていた恐ろしい程の殺意をたぎらせてしまった。


そう、男達の手によって惨殺ざんさつされた被害者とは、私に優しい笑みと言葉を投げかけてくれた、あの老婆だったのだ。


私はもはや、激しく駆り立てられた感情を押さえ付ける事が出来ず、ただ心のおもむくままに身体を委ねた。


鋭く抜き去った一本のナイフを、右手に強く握り締めて。



その後、私は激しく激高げきこうした意識の中にうずもれて、一体自分が何を仕出かしたのか、全く何も覚えていなかった。


一体自分が何を求めてそのような行為に及んだのかさえも解らなかった。


しかし、ふと我に立ち返った私の目の前には、十数人に及ぶ男達の屍が横たわり、狭い裏路地の中全てを真っ赤な血色で染め上げていたのだ。



これが私の今まで築き上げてきたもの全て。


これが私の犯してきた行為の全て。


これが私と言う人間の正体を指し示す全て。



私はドロドロと薄黒い鮮血が滴り落ちる右手から、力なくナイフを地面に滑り落とすと、心の中でもろくくも崩れ去った自分自身を省みながら、呆然ぼうぜんとその場にへたり込んでしまった。


そして、目の前に広がるおぞましい惨劇の中に一人佇たたずみ、沸き起こる恐怖心からガタガタと震えの止まらぬ自分の身体を、必死に両手で押さえ付ける事しか出来なかった。



人は何かを求め、何かを欲する願望から、心の中にある程度推測した指標を刻み込み、示された現実値との差異によって生み出された様々な感情に揺り動かされる者。


私が激しい殺意に駆り立てられて、抱いた憎しみの感情によって突き動かされたのも、私に好意を示してくれたこの老婆を目の前で惨殺されてしまうと言う、悲しい現実を見せ付けられてしまったからに他ならない。


確かにこの老婆とは、一度会話を交わした程度の関係でしかなかったが、すさんだ私の心に暖かい温もりを与えてくれた老婆の存在は、決して小さなものではなかったのだ。


しかしこの時、抱いた憎しみの感情を爆発させて、力無き者達をくびり殺した私の行為は、結局この老婆を惨殺した男達と何ら変わりない。


奪う側の立場に君臨するだけの能力を持ち、それを行使するだけの残忍さと冷血さを有した私と言う人間。


自分勝手な感情の揺り動きによって、独断的裁定を下す事が出来る私と言う人間。


そんな私がそれまで犯してきた行為そのものが、私と言う存在そのものが、この老婆を殺してしまったのかと思うと、私は怖かった。


私は心の底から私と言う人間に、強い恐怖心を抱いてしまった。



その後私は、人を殺す事を止めた。人を襲う事を止めた。


私はそれまで生き延びる為の手段として用いて来た行為そのものを、捨て去ってたのだ。


勿論、そんな私が簡単に生きていけようはずも無い。


当ても無く街を徘徊はいかいしては、必死に人の情けにすがり付き、物乞ものごいをする汚らしい浮浪者。


それが私の成れの果てだった。


誰の為にもならない自分。


自分の為にもならない自分。


生きる為の目標を失い、生きる為の手段すら失ってしまった私は、やがて、再び肌寒い季節がスラム街に訪れる頃、とうとう道端に倒れこんでしまった。


裏切り者を殺すなどと、大そうな志を抱いたところで、所詮こんな落ちぶれた私に実現できるはずも無い。


彼には彼の立場があり、誰かからそう望まれて、私達を裏切ったのだろう。


幾ら私が彼を憎んで見せたところで、それは犯罪者の逆恨みにも等しい感情に過ぎない。


私は数多くの人間を殺し、数多くの物を奪ってきた最低の人間。


処分されて当然。


殺されたって文句は言えない。


出来ればあの時、私を殺してくれていたのなら・・・。


いえ・・・。


恐らく私に、死ぬまでもがき苦しめと言う意味だったのでしょうね・・・。


もういい・・・。それでいい・・・。


この時私は、ようやく長く辛い人生の終わりを予感した。


そして、吹き荒れる冷たい風の中、寒さすら感じなくなってしまった私は、ゆっくりと両目を閉じたのだ。




しかし、私が次に目を覚ました時、私は見知らぬ部屋の中でベッドに横たわっていた。


それは小さな本棚と小さな机以外には何もない、粗悪で汚らしい部屋だったが、小窓から差し込む優しい太陽の日差しに照らし出されて、何処か温和な空気を漂わせていた。


私は一瞬、その部屋のかもし出す静かな雰囲気の中に、死後の世界を連想してしまったのだが、やがて私の目の前に姿を現した一人の男によって、私がまだ死んでいないのだという事実を知らされる事になる。


どうやら私は、道端で倒れている所を偶然通りかかった彼に助けられたようで、その後丸二日間も眠りっぱなしだったらしい。


私は既に自らの死を覚悟し、生き延びる意欲さえも失ってしまっていたが、彼が私の目の前に食事を乗せたトレイを差し出すと、私は思わず夢中でそれにかぶり付いてしまった。


暖かな食事を口にするのは、本当に久しぶりのことだった。


私の命を救ってくれたこの男の名は「ラックス・ムーズ」。


彼は見るからにお調子者そうな雰囲気をそのままに、とても口数の多い人物であり、最も私が苦手とするタイプの人間だった。


しかし彼は、私が一体どの様な人物で、何故道端に倒れていたのかなど、詳しい経緯いきさつを一切気にする様子も見せず、常に明るく優しい態度を持って私の面倒を見てくれたのだ。


見ず知らずの人間である私に対し、何故彼がここまで親身になって接してくれるのか、私はそこに少なからず退廃的たいはいてきな疑念を抱いていたのだが、やがて私の体力がある程度回復した頃、彼は私に不思議な要求を提示したのだった。


それは、彼が新しく設立したDQチームのパイロットとして、働いてみないかと言うものだった。


勿論、私はファルクラム時代に、DQの操作に関する訓練も受けており、DQを操る事自体に何ら不安は無い。


しかし、その事実を知るはずも無い彼が、何故他の優秀な人間達を度外視して、私のような行き倒れの人間を選択するのか。


不思議に思った私は彼にその真意を問いただしてみた。


すると彼は、満面の笑みをたずさえながら、何の恥ずかしげもなく「そう言う運命だったのさ」と答えて見せたのだ。


この時私は、現実問題としてお金が無いからなのだと言う極一般的な返答を予測していた為、この彼の余りに脱俗だつぞくした表現に、思わず込み上げる笑いを食い止める事が出来なかった。



運命・・・。運命か・・・。


私が幼い頃からファルクラムの戦闘員として生きてきたのも運命。


その後ノインに裏切られ、過酷な収容所に送り込まれたのも運命なら、脱獄できたのも運命。


リトバリエジで汚らしい浮浪者に成り下がり、彼に命を助けられたのもまた運命か。


それなら今後、私にはどんな運命が待ち受けているのだろうか・・・。



私はたった一つの言葉だけで、その全てを安易に言い表してしまう、この「運命」と言う表現を、余り好きにはなれなかったのだが、偶然にもその後を与えられる事になってしまった自分の人生を、命の恩人である彼の言う、この「運命」に委ねてみる事にした。


人の人生を運命と言う言葉で言い表すなら、何故私はこの世に生まれる運命にあったのだろうか。


人の命を奪い、人の物を奪い、人の世に何ら存在する価値の無い私であっても、私がこの世に生れ落ちた真の理由が、きっとどこかにあるはずだ。


それは、私がこの世に生み出されたという「事実」そのものが、その理由の存在を物語っている。


人が生きるという事は、どういうことなのだろうか。


人が死ぬと言う事は、どういうことなのだろうか。


人を憎み、人を妬み、その命をも奪う激しい感情を抱きうる存在ながらも、何故人に魅かれ、人を愛し、新たな命を生み出していくのだろうか。


人は皆、必ず死ぬと解っていながらも。



それまで、生き延びる事にだけ必死だった私が、ようやく訪れた安息の一時の中に、持て余した時間を思案に当てる。


考えれば考えるほどに数多くの疑念が浮かび上がり、決して答えとなる道筋に辿り着く気配すら見いだせない。


その後私は、数多くの書物の中にその答えを求めて、本を濫読らんどくするようになった。



私は彼の提案を快諾し、彼の元で働く事を決意したが、直ぐにそのDQチームに合流する事は無かった。


それは、私の身体に刻み込まれた無数の傷跡が、表の世界で生きて行く事を妨げていた為であり、幾ら袖の長い衣服や手袋で隠して見せたところで、左の頬に刻まれた大きな切り傷だけは、簡単に隠しようがなかった。


私は別に他の人間達からどう見られようと、全く気にするつもりも無かったのだが、それでも彼は多額の医療費を負担し、私の身体から傷跡を消し去る為の手術を受けさせてくれたのだ。


その後私は、三ヶ月もの間、専門の医療機関で治療を受ける事になるのだが、全ての手術を終えた後で目の当たりにした自分の姿は、まるで別人のように綺麗な素肌を身にまとっていた。



殺戮に殺戮を重ねた戦闘マシーン「カル・ジャンヌ」はもう死んだ。


今ここにいるのは、極普通の一般人として新たな人生を歩み始めた「アリミア・パウ・シュトロイン」と言う一人の女性だ。



やがて私は、DQチーム「Tomboy」に合流する為、長い時間を過ごす事になったリトバリエジ都市を後にした。


そしてそこで、セニフ達チームTomboyのメンバー達と出会う事になる。


こんな私が普通の人間としての生活に慣れるのは簡単な事ではないかもしれない。


こんな私が他人と間に友好的関係を作り上げるのは簡単な事ではないかもしれない。


しかしそれでも、その後チームTomboyのメンバー達と過ごしたニ年間は、私の人生において最高に楽しい瞬間に成り得たのだ。


決して忘れる事が出来ない楽しい毎日。


心の底から永遠に続く事を願った関係。



貴方にだって、きっと楽しい日々が訪れるに違いないわ。きっとね。



私は今なら言える。


私にも、ようやく楽しい日々が訪れたわ。お婆さん・・・。

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