クリスマスイブの夜にサンタの恰好をした美少女が壁をぶち破って襲来した話
(シーズン物という意味では)処女作です。
クリスマスは今年もやってくる。
12月になるとイルミネーションが夜を照らし始め、テレビもコンビニで流れる陽気な音楽が否応なくそれを教えてくれる。
果たして、日本という国にどれくらいカップルがいるのだろう。なんて、恋人を持たない俺には皆目見当も付かない。
クリスマスは平日なのに普段よりシフトに入れる人が減って時給が少しだけ上がる美味しい日……それが俺の認識だ。
「っと、そろそろ寝なきゃな」
バラエティー番組をぼーっと眺めていると、気が付けばもう日が変わろうとしている時間ということに気が付く。
窓の外にはちらほらと雪が降り始めていた。ホワイトクリスマスというやつか、いや、今日は24日だからホワイトクリスマスイブかな。今宵はこの雪の降る町の中で恋人達が熱い夜を過ごすのだろう。なんて、考えるのも虚しいだけ。
せめて今日力尽きて、明日のバイト先にはあまり人が来ないことを祈りつつ俺は非リアらしく早々に床につく。
……しょー……しょー……
「ん?」
……ぃしょー……ぃしょー……!
「なんか外がうるさいな……ったく、ハロウィンじゃねぇんだぞ。こんな住宅街で騒ぎやがって……」
外から聞こえてくる声は次第にその大きさを増していく。俺は少しイライラしつつ掛け布団を頭までかぶった。
……ーらんっ、そーらんっ!
「……そーらん?」
なんだか聞き覚えのあるフレーズに思わず身を起こした、その僅か後。
ーードゴォッ!!
凄まじい爆発音、いや衝突音と共に、それは部屋に飛び込んできたっ!
「ハイハイッ!!」
大きなソリを引くトナカイ、そして、赤い装束に身を纏った人物。まさにクリスマスの風物詩であるそれは……
「さ、サンタクロー……」
「こえをかれよとうたごえあげぇって! うでもちぎれよぉまぁぁいすぅがぁちぇいっ、やさえぇええんやぁあああ!!!」
「うっせぇ!?」
「さあぁの、どっこいしょぉおお!!」
「うっせえええええええええ!!!」
そいつは何故かソーラン節を熱唱していた。こんなクソみたいに寒い季節に、全く季節感のそぐわない民謡を、馬鹿みたいな大声で。
「ん? およっ? これはもしや……到着しているパターンでは?」
そしてそいつはそんなとぼけた声を出すと、目に着けていたゴーグルを外した。
そもそもの声からして分かっていたことだが、こいつはこの24日の夜から25日の朝に出現する、空飛ぶソリをトナカイに引かせた赤装束のあんちくしょうの特徴とは一部違った。
まず、若い。言い伝えでは老人だった筈、それに、声も高い。まるで女性のように。
その感覚を証明するかのように、ゴーグルの下に隠されていた相貌は中々に若い女の子だった。
「おやおや、聞いていた話とは少し内装も違っている気もしますが……」
そう言いつつ、赤い衣装を纏った少女はポケットからスマートフォンを取り出した。
「マップだとここですねぇ。ということは……おや? おやおやおやっ!! あなたは直井先輩じゃないですかぁ! もうやだ、いるならいるって言ってくださいよぉ」
「だ、だだだだだ、誰だお前……!?」
「おやまぁ、そんなに震えて怯えるなんて酷いですよ! どこからどう見ても立派なサンタクロースでしょう!」
ソリの上に立ち、ドヤ顔を浮かべる少女。だが、一つ断っておくと俺は恐怖から……いや、恐怖だけで震えているわけではない。
「寒いんだよっ! 壁! ぶっ壊すから!!」
「ほよ?」
およそ隙間風などと言えない、トナカイの突き破った大穴から容赦なく吹き込んでくる雪と寒波に、物理的に身を震わされていたのだ。
◆
「いやぁ、これは悪いことをしました先輩。ですがそれもこれも現代建築が悪いんですよ? ほら、サンタクロースはトンネルから入るというでしょう」
「……煙突だろ」
「似たようなものです!」
似てねぇよ。
自称サンタクロースの少女は、突っ込んできたトナカイ(よく見るとそれは生き物のような温かさがあるものではなく、やけにメカメカしい風体をしていた)とソリをバリケードのように並べて大穴を塞ぐと、たいして悪びれた様子も無く、ベッドに座る俺の横にピッタリ密着するように座ってきた。
「とにかく、煙突から入るというのがセオリーなわけですが、現代建築ではその煙突が排除されてしまっているわけですよ! こりゃ大変だ! 先輩、先輩ならどうします?」
「あの……そもそも先輩って……」
「ブッブー! 残念不正解ー! 布団没収っ!」
自称サンタクロースの少女はそういうと無理やり俺が被っていた掛布団を剥ぎ取った。穴は塞いだとはいえ、トナカイやソリの隙間から冷たい風は吹き込んできていて部屋の中は凍えるほど寒い。
死ねる、死ねちゃう。寝たら死ぬような寒さだから死寝るというべきか……!?
「か、返せ……っ!!」
「むふふ、大丈夫ですよ先輩。この私ががっちりむっちり暖めてあげますから!」
少女はそういうと、纏っていた赤いコートの前を広げ、俺を包むように正面から抱き着いてきた。
なぜ、こんな過剰なスキンシップ……アッ……あったかい……。
「どうです? サンタクロースの衣装は特別性っ! 一晩中外を飛び回ったとて寒さをものともすることなく、さらに雪や雨にも対応した防水仕様ですよっ……って、あっ、もう先輩。ダメですよ、そんなに抱き着かれたら、ふへへ……」
あまりの暖かさに、思わずこちらからも身を寄せてしまった俺を、少女は何故か嬉しそうに抱きしめてきた。
「ああ、で、話を戻しますがぁ、ほら煙突が無いんですから、だったら別の場所から突っ込むしかないじゃないかっ! って話ですよ。そして現代建築にはシックハウス症候群対策として換気口の設置が義務付けられているわけです。換気口というのは文字通り空気を入れ替えるためのもの……およよ? それってつまり暖炉の煙を外に逃がす煙突と同じなのでは!?」
「同じじゃないだろ」
「いいえ、先輩。同じなのですよ、サンタクロース界隈からしてみればっ!! そんなわけで私は相棒であるフージン・タイプ・トナカイちゃんとライジン・タイプ・トナカイちゃんを先輩の住んでいるこの部屋目掛けてドーンッ!! したわけです!」
なるほど、あのメタリックなトナカイは風神と雷神というのか。ネーミングセンス0点。
「にしても先輩。随分寂しい部屋ですね。あまりものが無いというか」
「それよりお前……さっきから先輩先輩って妙に馴れ馴れしいけれど……」
「へ? やだなぁ、先輩。まさか私のことをお忘れで? もしやトナカイちゃんが突っ込んだ衝撃で記憶が吹っ飛んじゃったり……はっ! 駄目ですよーっ! 先輩死んじゃ駄目ですよぉ!」
「うぐっ!? うっ、ぶふぅっ!? ぐひゅぅっ!?」
サンタの少女は俺を突き飛ばすと、そのまま馬乗りになり腹を左右の腕で交互に殴りつけてきた。
「死なないで! 死んだら駄目ですよ! それで終わりですよっ!?」
「ぶふっ! 死ぬ……ぐふ、今殺されるぅ……!?」
身の危険、というか本格的に三途の川的なアレが見え始めた俺は必死に身をよじり、サンタの少女から逃げる。
「あっ、駄目ですよ先輩! 人工呼吸なんですから、まだ呼しかしてないですよ!!」
「死ぬから! 酸素以外の色々も出てきちゃうから! ていうか人工呼吸だったの!? サンドバック代わりにされているかと思ったわ!」
「この状況でなんで私が先輩をサンドバックにする必要が!?」
「だったら人工呼吸もよく分からないからね!?」
ああ、なんだろうこの感じ。どことなく懐かしさを覚える。
そういえば、俺のことを先輩と呼び、容赦も何も無く突っかかってくるやつが1人……、
「どうしました、先輩っ」
……いや、違う。彼女はこの自称サンタの少女のような金髪碧眼ではなかったし、もうこの世にも……。
「さてさて、先輩っ。残念ながら息を吹き返したところでワタクシ、サンタクロースの役目を思い出していただきましょう!」
「サンタクロースの役目?」
「先輩だって知っているでしょう? サンタクロースがクリスマスの夜、何のためにコソコソと不法侵入を働くのか」
「お前は全然コソついてなかったけどな」
「ズバリプレゼントですよ! ズバリ!!」
「プレゼント?」
思わず顔をしかめてしまったのも仕方がないことだろう。
サンタクロースのプレゼントというのは子供達の憧れであり、誰もが一度は口にした話題だろう。サンタの正体を見破ろうと夜更かししようとしてみたり、けれど見破れず眠ってしまったり。そんな青春より前の話で、今年成人した俺には随分と昔に卒業したイベントでもある。
「先輩、今年はいい子に過ごしましたかぁ? まあ、いい子でなくても来てしまった以上プレゼントはあげるのですけどねー!」
「いい子とかそういう年じゃないんだけど……」
「何を言いますか。大人と子供の境界線なんてどこにでもないんですよっ。ほら、子供向け番組のグッズも大人からの購入需要は年々増加していると言うではありませんか! それならばサンタ側も時代の変化に合わせ大きなお友達にもプレゼントをあげるべきというのが、世界サンタクロースグループの総意な訳ですよ!」
「世界サンタクロースグループ……?」
なんだかストレートでマヌケな響きだな。
「というわけで先輩、サンタな私がイブでも1人さみしぃく過ごしている先輩にプレゼントを贈呈しますですよぉ! さぁ、なんでも希望を言ってください!」
「なんでも……?」
「なんでもです」
ニヤリといたずら好きの子供のように口角を上げる自称サンタ。
「なんでもったらなんでもですよ。あっ、ちなみに常識を越えるものは無理です。億万長者、不老不死、リア充に隕石なんてものでなくとも、あくまで先輩への一年間のご褒美なわけですから、身の丈にあった願いでないと」
「はあ」
「ネンイチですからね! ちなみにオススメならありますよぉ!」
そう言って、もじもじと体を寄せてくるサンタ少女。
「ほ、ほらぁ? 先輩は独り身なわけざんしょ? ならぁ、欲しいものだってそりゃあ絞られてくると言いますかぁ。たとえば、パートナー的な? い、いやいや、それこそ意中の誰かを心変わりさせるなんてできませんが、1人ばかりちょうどいい感じの子がおりましてですねぇ……?」
「うん、決まった。身の丈に合えばなんでもなんだよな」
「はっ、はい!」
サンタ風少女は勢いよくベッドの上に正座する。なぜか緊張した面もちで。しかし嬉しそうに。
サンタと名乗るくらいだ、プレゼントを与えるという行為が一種の快感となっているのかもしれない。なんてちょっとばかし思考しつつ、俺は真っ先に思いついた願いをぶつけた。
「壁、直して」
「……………………はい?」
「はい? じゃねぇよ! 直せ、壁!」
壁とは当然この女がぶち開けた大穴である。
「直ってるじゃないですか」
「直ってるかぁ! トナカイとソリ並べただけだろ!」
「トナカイでなくフージンちゃんとライジンちゃん! ソリでなくフェラーリです!」
「お前にはこのソリが高級外車に見えると?」
メタリックなトナカイに比べ、ソリはただのソリだった。サンタの絵本に出てきそうなイメージ通りのソリだ。
「はぁ……先輩には少しばかり失望しました。据え膳食わぬは高楊枝というやつですね。とんだポンコチ野郎です」
「どこからツッコめばいいんだよ……とにかく壁、直せ! そもそもプレゼントがどうこうじゃないから! こんなの誰かに見られたら……」
「ああ、大丈夫です。サンタネットワークによるスケジュール調査によれば、このアパートの住人は皆デートのために外出中。残っているのは先輩オンリーですよ」
「このリア充アパートっっっ!!!」
しっかりクリスマスイブ満喫してんじゃねぇよ! こっちが1人こんな訳わからないサンタコスの女の相手させられている最中に!
サンタネットワークとかいう訳の分からない情報網への疑問も吹き飛ばす嫉妬が俺の中に渦巻いた。
「町はリア充に満ちてるんですよ。私もここに飛んでくるまで嫌というほどリア充を見せつけられました。まぁお返しとばかりにリア充虐待マニュアルに記載の通り、大声量のソーラン節を披露してやりましたが!」
「あのソーラン節にそんな意味が!?」
ただの頭おかしい奴だと思ってたが、なるほどそんな理由が……ん? でも頭おかしいことに変わりはないんじゃ……。
「はぁ……しかし先輩には呆れを通り越しアキレウスですよ。こうなっては仕方がない……それでは願いを3つに増やします」
「はぁ?」
「1つは壁の修理ですね。では残り2つをどうぞっ!」
「なんか急に柔軟になったな……」
「3年分、過去の分もプラスと思えばいい感じでしょう?」
「3年分ねぇ……」
大学2年の今年、大学1年の去年、高校3年の一昨年。去年はともかく、一昨年の俺にいい子なんて要素はまるで無いというのに。
「ほらほら、言っちゃいましょうや欲望のままに! こんなに可愛い美少女ちゃんがお願いを聞いてあげるって言ってるんですよぉ!」
「自分で言うか……」
「言いますっ! 事実なので!!」
得意げに胸を張るサンタ少女。確かに美少女だとは思うけれど、これまでの言動がマイナスにしてくれる。
「さあさあさあ! リア充になりましょうよ! ポンコチ野郎を卒業しましょう! こんな据え膳据えすぎてもうちょっと腐り始めてますよぉ!」
「腐ってたらダメだろ」
「言葉尻をとらない! とやぁ!」
サンタ少女は不敵に笑いながら、そして少し顔を赤くしながら俺をベッドに押し倒してきた。およそ彼女の華奢な体つきからは想像できない力に身動きをうまくとれない。
「さぁ願え! 願うのですよ! ここまで露骨に言っているのですから流石のポンコチ先輩でも分かってますねっ?」
「うぐ……」
そりゃあ分かる。流石に分かる。自惚れの疑念を抱くにはあまりに露骨すぎるから。
確かに彼女は美少女だ。性格も快活で悪いやつじゃないのだろうと思う……が、それだけで「ハイじゃあそういう関係になりましょう。ホワイトクリスマスをホワイトに染め上げましょう」なんてなるかといえば違う。相手はサンタを自称し壁をぶち破ってくるやつだ。正直に言うと、恐怖心もないとはいえない。
よって、俺はポンコチ野郎と罵られてもこの腐りかけの据え膳を回避することに決めた。
「いやぁ、でも俺、好きな人いるし」
往年の断りテンプレを発動した。厳密には告白されたのとは違う気もするけれど、これでこのサンタ少女も無茶な要求はやめるだろう。さっさと壁を直してもらって次のよい子の所に言ってもらいたいものだ……
「冷てっ!」
不意に頬に冷たい何かが触れる。反射的に手で拭うとそれは冷たい水だった。いや、水というより……。
「好きな人って……なんですかぁ……」
雪、だった。
彼女の目からほろほろと雪が振ってきている。まるで涙の如く。
「好きな人ってなんですかぁ! 先輩の浮気者ーっ! 私というものがありながらぁ!!」
「ぶっ、わちょっ!? 力、力強っ!?」
俺の両肩を掴み上下に揺さぶってくるサンタ少女。その凄まじい力で行われるこの行為は、まさしく日常に突然現れた絶叫マシーンであった。うぷ。
「誰なんですか、その女っ!?」
「言えるわけないだろ!」
「そりゃあもちろんその人に先輩がいかにダメダメなダメ太郎か教えて好感度爆下げさせるんですよ。ぐふふふふ」
「悪質……」
いや、猟奇的でないだけマシと思うべきか。どちらにしろ彼女に手出しできるとは思えないけれど。
「……もう、この世にはいないからな」
ぽつり、と思わず出てきた言葉に、多分彼女よりも俺が驚いていた。知らないやつに知り合いのことを、それももう亡くなっているなんて話を言いふらすことなんて、普通あり得ないのに。
「……え?」
だが、一度漏れ出た言葉は止めることができるわけもなく、しっかりサンタ少女の耳に吸い込まれてしまっていた。
「それって、亡くなった、ってことですか」
そして今回ばかりは彼女はふざけた回答ではなく、当たりを引いてくる。それが逆に腹立たしい。この世にいない、を変に曲解してくれれば誤魔化せたのに。
「高校の一個下の後輩だったんだ。どうしてつるむようになったのか、もう覚えちゃいないけど、多分一番仲が良かった。あいつも変なやつだったけど懐いてくれてて、……俺はそんなあいつが好きだったけど、打ち明けられなかった」
一度出てしまえば後はスルスルとこぼれ出てきた。疲れていたからかもしれない。サンタ少女に体力を消耗させられたから。
「俺が東京の大学を、わざわざ一人暮らしをしてまで選んだ理由は……まあ、大したことじゃなかったんだ。でも、あいつも俺と同じ大学に行くって言ってきた。それが……なんていうか、嬉しかったんだ。もしかしたら彼女も俺のことを……なんて浮かれて、でもやっぱり気恥ずかしくて、適当に誤魔化してた」
「………………」
「それから、俺が大学に入って半年くらいして……あいつが事故にあったって聞いた」
今でも鮮明に覚えてる。電話で地元の友人からその知らせを聞いた時を。
すぐに帰った。すぐに見舞いにと……俺が着く頃にはもう彼女は……。
「それで先輩はどう思ったんです?」
「どうって……死ぬほど後悔したよ。東京の大学なんか行かなきゃよかった。もしも……もしも告白してたら……なんて、どうしてお前なんかにこんなこと言わなきゃいけないんだ」
「ふむふむ、そうですかそうですか」
明るい話をした覚えはない。なのに彼女はなぜか笑いを堪えるようににやにやと頬を緩めている。
「……なんだよ」
「私ですよ」
「何が」
「その後輩、私です。私」
一瞬呼吸が止まった。が、俺がその言葉を認識するのを待つ遠慮さえなく彼女は得意気に笑った。
「まさか先輩が私のこと好きだったなんてっ! もぉ~、なんっすか、クリスマスプレゼントすか、逆クリプレっすか!」
「……お、まえ、冗談にしたって」
「冗談なんかじゃないですよ。私ですよ、与那国雪ちゃんです。先輩のだぁーーーーい好きなっ!」
「で、でも与那国は……」
「死にましたよ。どかぁーんっ! と、トラックにひかれてしまいまして」
そうオーバーな身振り手振りで表現するサンタの少女。
金髪碧眼という日本人離れした特徴はあるが、なぜかかつての後輩、与那国雪にダブって見えた。それこそ、このどちらも日本人らしい黒に染めれば……。
「いやぁ、トラックにひかれてどこか別世界に転生する、というのは聞いたことがありましたが、まさか元の世界でサンタクロースに生まれ変わるとは。世の中奇妙ですねぇ。んん? 死んだんだから世の中ではないのか、外? 先輩、どっちだと思います?」
「わ、悪い。死んでサンタクロースになるって、意味が……」
「変でもってないですよ。ほら、サンタクロースってセイント的なあれがホニャってサンタになったという説もあれば、悪魔的なサタンがララってサンタになった説もありますし……ま、何かしらそれっぽいアレがコレしてソレになったんでしょうねっ」
「お前分かってないの!?」
「愚問ですね、先輩。先輩だってどうやって自分が生まれたか、その過程をはっきり認識していないでしょう。ましてや人類の、この日本の歴史だって1から全て知ってるわけじゃない。それと同じです。つまり、『我いる、故に我あり』といつやつですね」
「いや、名言みたいに言ってるけど、それ同じこと2回言ってるだけだからな」
ああ、こいつは与那国雪だ。俺の知ってる、知ってた与那国雪だ。
なんでサンタになってるのかは分からないけれど、その意味のわからなさが与那国雪だ。
「ふふん、先輩、泣いちゃいましたか」
ドヤ顔をしながら、真紅のサンタ衣装に身を包んだ金髪碧眼の与那国は、いつの間にか俺の頬をつたっていた涙を指で掬い取る。
「ちなみにサンタって汗とか涙が雪みたいになるですよ。ホワイトクリスマスってサンタ達の汗と涙の結晶なのかもしれませんね。ロマンチックですねぇ」
「汚っ!? 全然ロマンチックじゃねぇよ!」
「はぁーっ!? 先輩そんなことSNSで呟いたら叩かれ案件ですよ!? 先輩が住んでるこのアパートだって大工さん達が汗水垂らして建ててるわけですからねっ! 労働者の否定ですよそれはっ!」
そのアパートの壁を無惨に突き破ったやつに、大工さんも言われたくはないだろう。
「こほんこほん。しかして、先輩。私は今、知らず知らずの内に先輩の2つ目の願いを叶えてしまったわけですが?」
「はぁ?」
「もう、言わせんなよコノコノ~。ほら、このプリティで先輩がラブラビュな与那国雪ちゃんが生き返ったということですよっ。想い人が蘇る……くぅー! なんてロマンチックなんざんしょ!」
「いや、別に願っちゃ……、まぁ、いいか」
確かに、こいつにこうも言われるのはしゃくだが、夢にも見たことだ。サンタになっているのは夢にも見なかったが、与那国が生きているというだけで死ぬほど嬉しい自分がいる。
「さぁさぁ、お立ち会い! これで願いは残りひとぉつ! 今年分の願いでは壁を直すのをご所望され申したな?」
穴開けたのはコイツだけどな。
「そして2つ目は可愛い可愛い後輩、与那国ちゃんの復活っ!!」
こいつが願いを叶えたというより勝手に叶ってたという方が正しそうだけど。
「奇しくも1つ目は今年起きたことに対する願い、2つ目は去年起きたことに対する願いとなったわけですがぁ」
「……え? あ、確かに」
「それなら3つ目は、一昨年のことを願うべきだと思うのですよ。サンタちゃん的には?」
「一昨年、一昨年なんて……」
「先輩っ」
グッと与那国が覆い被さってくる。顔が近い。鼻と鼻が触れ合う距離、そんな本来ピントが合うはずのない距離でも与那国の目が俺を捉えて離さないということはハッキリ分かった。
「一昨年、言い忘れたことがありましたよね」
逃す気は無い、勝利を確信したように言外にそう伝えてくる与那国の目には自信が溢れていて。
「さぁ、3つ目の願い、是非とも聞かせていただこうではありませんか……!!」
そんな言葉とともに捕食者の如く行われた舌なめずりから生まれた雪が、俺の唇を冷たく濡らした。
お読みいただきありがとうございました。
ちなみにアチキは連載作品もやってる駆け出しなろう作家でございます。
本作の如くコメディ&ハードボイルド&ラブを信条としておりやすので、ぜひ下の作者ページから別作品も覗いてもらえりゃ幸いでございやす。
今後の禿味になりやすので、ぜひポイント評価もお願いしやす。
それではみなさま、よいクリスマスを!