第54話 第一王子の意地
「ハァ……ハァ……」
「よし、そろそろ休憩するか」
ジェフリーの言葉に従い、私達は一旦走り込みの足を止める。ジェフリーは運動が得意だから、程良い休憩のタイミングを把握しててくれて助かるわ。
……それにしても……。
「も、もう駄目……」
私達の目は、自然と一点に注がれる。そこには前のめりになって倒れ伏した、リオンの姿があった。
「兄上の体力が、まさかここまで落ちてたとは……」
「元々積極的に運動する方じゃなかったから……」
リオンの体力の無さは、正直、想像の遙か上をいっていた。まさかたった十分の走り込みにすら息を切らせるなんて、予想もしていなかった。
女の私よりも体力がないとなると……これは相当よ?
「お姉様、ジェフリー様。このままのペースで運動を続けるのは、ちょっと無理なのではないでしょうか?」
私達皆が思っているだろう事を、代表してシエルが言った。確かにもっと負担のかからない運動を、もっと時間をかけてやった方がいいような気もする。
「そうだな、走り込みは止めてまずはウォーキングから……」
「ま……待って下さい」
けれど頷きかけたジェフリーの言葉を止めたのは、他ならぬリオンだった。リオンは重い体をのろのろと起こすと、決意に満ちた目を私達に向ける。
「このまま……走り込みをやらせて下さい」
「ですが、リオン様……」
「ここでそのお言葉に甘えてしまえば、私は本当に貴女やサブリナに顔向け出来なくなる。そんな気がするのです。……どうか、このまま続けさせて下さい」
「!!」
思わず、私とジェフリーは顔を見合わせた。それは今までの――痩せていた頃のリオンからすらも、想像が出来ない台詞だったからだ。
かつてのリオンは、まさに世界の中心にいるような人間だった。地位も、美貌も、名声も、総てがその手の内に在った。
そして彼自身、口には出さないけれど、自分が世界の中心である事が当然であるように振る舞っていた。私が彼に恋愛感情を抱けなかったのも、無意識のうちに、そういう部分が鼻についていたからなのかもしれない。
そんな彼だから、何かを得る為の努力なんて、今までした事がなかったのに違いない。けど今、彼は確かに、かつての自分を取り戻す為、そして私とシエルの信頼を得る為に努力しようとしている。
ジェフリーの目を見ると、ジェフリーは私に小さく頷き返した。きっと、私と同じ事を考えているに違いない。
「……なら、こっちもとことんまで付き合ってあげるわ!」
「手加減はしないぞ、覚悟しろよ!」
「……はい!」
リオンを囲み、大いに盛り上がる私達。そんな私達を見たシエルの呟きが、私達の耳に入る事はなかった。
「……この体育会系のノリ、ついていけませんわ……」




