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第1話 総てを思い出した日

 その日、私は思い出した。

 自分が――『ゲームの登場人物である』という、事実を。



 自分の部屋に戻り、扉を閉める。その場から一歩も動かずに、私は、ズルズルとその場にへたり込んだ。

 突然私の脳裏に飛び込んだ記憶の奔流。それはいわゆる、私の『前世』という奴の記憶だった。


 この世界は、「成り上がりプリンセス」というタイトルの乙女ゲームの世界だ。


 ストーリーは、親の失脚で没落してしまった令嬢が身を寄せた先の学園で出会った貴公子達の助けを得てお家再興を目指すというもの。特に目立ったところはない、よくあるタイプの乙女ゲームだ。

 私の前世は、大の乙女ゲームマニアだった。だからこんな、あまり記憶に残らないような平凡なゲームの事も覚えていられた。

 そして、私のこのゲームでの『役割』は――。


 ――主人公の家を没落させた黒幕である主人公の叔父、アドリアス公爵の一人娘であり、最初は主人公に優しく接しながら、影で主人公が孤立するよう手を回していた主人公の従姉――サブリナ。


 勿論今の『私』に、そんな事をした記憶は全くない。何故ならこれは、これから起こる出来事――即ち未来の出来事だからだ。

 要するに今はゲーム開始前の状態という事になる。今日まで前世の記憶が蘇らなかったのも、きっとだからだろう。

 ちなみにサブリナ、つまり私がこの先どうなっていくのかと言うと、初めは順調に主人公を孤立させていくも、攻略キャラ達の手によってやがて悪事が露見すると学園での居場所を失い、おまけに父親が主人公の家を陥れた事もバレて一家纏めて破滅の道を辿る事になっている。基本的に、乙女ゲームの悪役に救いなんてないのだ。

 なら、と、これを聞いた人はこう思うだろう。破滅を回避出来るよう立ち回ればいいと。

 でも、無理なのだ。だって、今日、たった今――。


 没落した後の主人公が、我が家に迎え入れられてしまったのだから。


 ……改めて、「成り上がりプリンセス」のオープニングはこうである。家が没落し、住む場所を失った主人公は、親元を離れ裕福な叔父の家、つまりうちに引き取られる事になる。そしてサブリナの使用人という立場として、サブリナと同じ学園に通うところから物語が始まるんだけど。

 主人公がうちに来たという事は、既にお父様が彼女の家を没落させてしまったという事。そしてどう足掻いても、物語の幕が開く事は確定してしまっているという事。

 即ち、今更、私一人がどんなに主人公に優しく接したところで――。


 破滅、確定。


「ああもう……何でこのタイミングで思い出しちゃったのよ……」


 正直言って泣きたい。まさか主人公本人と対面した瞬間、前世の記憶が蘇るだなんて。よりにもよって、将来の破滅が確定したその瞬間に。

 従妹とは言うけど、私は主人公――シエルとは今日まで一度も会った事がなかった。お父様とシエルの父は元々それほど仲が良くなく、家族ぐるみでの交流なんて全くなかったからだ。

 恨むわ、お父様。もしもっと小さい頃からシエルと会っていれば、もしかしかしたら破滅が回避出来たかもしれないのに。

 遅すぎる。今となっては何もかもが遅すぎる。前世の記憶は、私にとってただの死刑宣告でしかない。

 だからと言って、今や破滅への使者と化したシエルを恨む気にもなれない。元はと言えばお父様がシエルの家を陥れたのが悪いんだし、それに……。


「シエル……すっっごく可愛いのよねぇ……!」


 前世の記憶の中に、「可愛いは正義」という言葉がある。シエルは、まさしくそれだ。

 乙女ゲームというものは、主人公は特に美少女ではない普通の女の子として描かれる事が多い。多くの男性を虜にしている時点でそれは無理があるだろうと今の私は思うが、そこは前世ではツッコんではいけない部分らしい。

 けれどシエルは――明らかに美少女だった。元々のゲームに主人公の顔がキチンと書かれたスチルはなかったので、前世の私もシエルの顔は知らなかったのだ。

 フワフワと緩くウェーブがかかった艶のある長い金髪。パッチリとした二重で、少し垂れ目気味の大きな蒼い瞳。スッと通った鼻筋と、薔薇の花びらを思わせる形の良い紅い唇。トドメに背は私より小柄なのに、胸は私より大きいときた。

 ええ、あんなに可愛かったらそりゃあ男なんてメロメロになるわよ。女の私でもクラッとくるぐらいだもの。

 と言うか、この子本当に私と同じ血が流れてるのってレベルで顔が違う。私なんか髪は赤毛のストレートで目はつり目、共通点なんて瞳の色ぐらいしかない。

 そんな子に、「これからよろしくお願いします、お姉様」なんて微笑まれてみなさいよ! 可愛がらない訳にはいかないでしょうが!

 ……もしかしてゲームの私がシエルを孤立させてたのって、愛情の裏返しだったのかも。シエルは私だけ頼ってればいいっていう。今となってはそう思わざるを得ない。


「……ハァ。こうなったら来るべき破滅の日までシエルの可愛さだけを心の支えにして生きるしかないわ……」


 もう私が破滅する事は確定している。ならその破滅までの日々を、悔いのないように生きよう。

 そう悟りを開いた気持ちで、私は立ち上がる。差し当たっては、短い間の家族になるシエルと交流でも深めましょうか。

 よし、と決意し部屋を出る。シエルの部屋は、私の部屋の隣だ。

 さて、何を話そうかしら。きっと親元を離れて今頃不安がっているだろうから、何とか励ましてあげたいわね。

 そう考え事をしていた私は、すっかり忘れていた。ノックをしてから部屋に入るという、マナーの基本中の基本を。

 そして、そのほんの小さなミスは――。


 私の確定された悪役令嬢人生を、大きく揺るがす事となる。


「シエル、部屋の使い心地はどうかし――」


 ドアを開いた瞬間、飛び込んできたのはベッドに座って着替え中のシエルの姿。脱ぎかけの白いフリルのワンピースが、腰の辺りに引っ掛かっている。

 でも今問題なのは、そこじゃなくて。ブラジャーも外れ、露になったシエルのたわわな筈の胸。


 ――何で、男の子みたいに真っ平らなの?


 ちょっと待って。ねぇ、前世の私。


 こんな展開せってい、聞いてない!

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