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第5話 パーフェクトメイド

「ふぃ~今回は5日ほどかかってしまったのぅ~」



 滑るように空を飛びながら住処の瓦礫山を目指す。


 最近は面倒な仕事や相手が多くてかなわない。

 一昔前はこれぐらいの量は簡単にさばけていたのだが、年は取りたくないものだ。

 今日は頑張った自分への褒美に()()()()()な奴で楽しむとしよう。



「さ~てあの師匠泣かせの弟子はどうしておるかのぅ~。」



 訳あって弟子という形で傍に置いているが、一つも魔法が使えない不肖の弟子アルト。

 魔法の神に見放されたとしか思えないほど才能の微塵もない男だ。

 願わくば芽が出てほしいものだが、果たして…というところで家に着いた。



「んむぅ? 随分と家のナリがよぉなっとるのぉ?」



 空から家の前に降り立つと瓦礫山に埋もれていた家が姿を変えていた。

 元々あばら家に近い掘っ立て小屋だったが、形の良い瓦礫を選んだのかちょっとした小金持ちの家のようなナリになっている。

 草木こそ生えていないものの平坦にならされた庭のような広場に、それをぐるりと取り囲むように作られた鉄柵。


 自分が不在にしていた数日でこれほどの変化があったことに舌を巻かざるを得ない。

 まさかこれをアルト一人でやったのだろうか?

 いやしかしそもそもアルトはそこまで殊勝な性格ではないし、する理由がない。



「はて、なんぞあったかのぉ~?」



 色々と思考を巡らせるが答えが出ない、誕生日でもなければ祝い事があるわけでもない。

 あるとしたら何か不肖の弟子に何かたかられるのではないかと不安が頭をよぎるが結論は出ない。

 解らないものは解らいで仕方ないのでそのまま門扉をくぐることにした。



「ただいま戻ったぞぃ~…ッ!?」



 扉を開けた先には流麗な所作で傅く見覚えのない女

 立ち姿だけでも凛としており周囲の空気が浄化されているかのような錯覚を覚える。



「おかえりなさいませ、ガラン様」



 思わず杖を構え警戒していた自分をよそに女は顔を上げて微笑んだ。

 その姿はまるで蛆どころか瓦礫にまみれた男やもめの家に舞い降りた天使



「な、なんと…!」

「如何されましたか?」

「ふ、ふつくしい…!」

「…はい?」



 誰かと尋ねるのが自然な中で女の外見に目を奪われ思わず口から本音が漏れ出る。

 まさかこのワシが幻術にでもかかったか、白昼夢でも見てしまったのかと疑わざるを得ないがそれでも構わない。



「銀髪隻眼というミステリアス属性の変化球!と思いきや基本に忠実クラシカルなヴィクトリアン式メイド服!これは…これは…!」

「これは…?」

「ナイスメイド…じゃっ…!」



 年甲斐もなくはしゃいだ結果、ほとばしる熱情(パトス)が鼻から噴き出したのだった。




 ◇




「な、言ったとおりだったろ?」

我が主(マスター)に微笑みのご指導を頂いた甲斐がありましたが、まさか出血されるとは。」

「ありゃ反則じゃよリィンちゃん。」



 ちり紙を鼻に詰めてカラカラとジジイは笑った。

 想像通りリィンはこのスケベジジイの()()()()()ど真ん中だったようだ。

 家に来た経緯も話したがジジイは驚く様子も無くすんなりと彼女の同居を了承したのだった。


 ジジイ好みの恰好だったのと、家を綺麗に整えたのがリィンだというところが後押ししたのだろうか。どちらにせよ拗れずに話がまとまって一安心だ。


 一しきり話し終えた後、リィンが拵えた晩飯をつつきながら俺達3人は会話に花を咲かせた。



「しかしこれ程人間に似た【機人】が現存するとはのぅ~」

「え?ジジイまさかリィンみたいなやつを見たことあるのか?」

「うむ、今でも稀に遺跡の中におったりするぞ?まぁ大半は人の見掛けとはかけ離れておるし、大半がイカれて話など通じん奴らが多いのぅ。」

「おそらく経年劣化でシステムにバグが起きたのでしょう。若しくは元々警備や防衛を目的に作成された物の場合は会話すら成り立たない事が殆どかと。」

「そういうもんなのか…。」



 遺跡探索なんてしたこともないし、前の街にいた時も外に出ることなんて滅多になかったからそんな存在がいるなんて知らなかった。

 しかし今の話を聴くとリィンが俺のことを攻撃してこなかったのは不幸中の幸いだったという訳だ。



「因みにリィンはなんのために作られたんだ?」

「私は要人警護を目的として作られました。常時は主の傍にお仕えし身の回りのお世話をし、有事の際は主を守る盾となり、主に仇なす敵を刈る剣となる、それが私という存在です。」

「なるほど、だからあんなに強かったのか。」

「ほ、なんぞあったかの?」

「いやこっちの話。」



 成る程、これで納得がいった。

 道理で家事炊事も逸品級で腕っ節が立つ訳だ。

 要人なら傍に立つのは美人の方が見栄えがいいだろうし、人ではなく遺物なら変えもきくというあたりだろうか。



「だが、しかしそうなると余計気を付けんといかんのぅ。」

「え?」



 俺がリィンの出自に納得しているとジジイが急に神妙な面持ちで呟いた。



「リィンちゃんは見た目こそパーフェクトメイドじゃが、正体は遺物じゃろ?」

「パーフェクトメイドって…。」

「お褒めに預かり恐れ入ります。」

「あ、そこは認めるんだ。」



 ジジイ曰くこれほど高性能な遺物の存在が明るみに出れば金目当ての輩や悪しき者たちに存在がつけ狙われる可能性があるという。

 しかも世の中には貴重な遺物を収集する王族や金持ちがいるらしい、その中でも【人形卿】とよばれる機人専門のコレクターまでいてソイツに捕まるととんでもないことになるらしい。



「何がどうなるのさ?」

「さぁのぅ、聞いた話では中身を弄られて絶対服従を誓わされるとか×××とか○○○されたりするらしいぞい。」

「うわぁ上級者すぎてついてけねぇ…。」

「随分とアヴァンギャルドでおられますね。」



 ちょっと想像できない金持ちの性嗜好を知り思考が固まりかけるが、結局のところ大事なことはリィンが遺物だとバレないようにすることだ。


 幸いリィンの肢体は人間に近い質感だし、手は鎧を模した義手に、足は薄黒い張り付く布を纏っているからそうそう容易くは遺物だと解らないだろう。

 ただ、呼吸や鼓動といった生命活動や人体に流れる血潮といったものは備わっていないから注意せざるを得ない。それに未だに修復できていない顔の右側は眼帯で隠したままだが、剥ぎ取られれば言い逃れは出来ないだろう。



「まぁこれほど完璧なメイドっぷりならバレることもなかろうて。」

「お褒めに預かり恐縮です。」

「…じゃがな~、そのぉ~。一つ気になっている事があるんじゃが。」

「何でしょう?」」



 会話がひと段落就いたかと思いきや、急に歯切れの悪くなったジジイに視線が集まる。



「その~…見れば見る程完成度が高いメイドっぷりなんじゃが、その服はどこで手に入れたんじゃ?」

「こちらの衣服は自作致しました。我が主(マスター)のご指示で掃除の際に立ち入らせて頂いたお部屋に良い資料が御座いましたのでそちらを参考に…如何いたしましたか?」



 そこまで話すとジジイの声色が震え、冷や汗が滝の様に流れ始めた。

 顎が歯車の合わなくなった水車のようにカクカクさせている。

 普段よりも二回りほど縮こまって見えるその姿からやんごとなき事態であることが伺える。



「ななな、なにを見たのかのぅ~?どこぞの部屋にそんなものがあったかのぅ~??」

「はい、このようなものが。」

「がッ…!そ、それは!!」



 どこから出したのかリィンの手元には衣服がはだけたメイドの姿が刷られた()()が握られていた。

 旧時代の言葉で何やら色々と書かれているがピンク色だったりやたらと扇情的な絵が添えられていて、()()()()()()()だという事が文字が読めずとも見て解る。


 うん、知ってた。服を見たときに何となくそういう事だろうと思っていたけど。

 知ってた。



「他にも部屋からは様々な種類(ジャンル)のモノが出てまいりましたが、こちらの資料は特に出来が良かったので参考にさせて頂きました。」

「わ、わわわワシのコレクションがががが…!」



 先程の朗らかな表情から死相が見えるほどにまでやつれたジジイの姿。

 眼も虚ろで微かなそよ風でも吹けば命の火が消えそうなほどに意気消沈している


 この歳になってそれはきつかろう…。


 流石にもうこれ以上はないだろうと思っていたところで無情にもトドメが刺された



「また勝手ながら非常に様々な場所に散らばって収納されておられましたので、机の上に種別に整えさせて頂きました。」

「ノオオォォォォーーーーーゥッ!!!!」



 瓦礫の山に慟哭がこだまする。

 夜はまだ長い。

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