第4話 勝者と敗者
「ぐわっ! …あ?」
飛び跳ねるように起き上がるとそこにあったのは真っ白な壁と天井。
俺はあの能無し野郎をブッ殺したはずじゃ…?
「目が覚めたか。」
「ッ!…ブルースのオジキ?」
記憶が混濁するなか、突然投げ掛けられた声に身構えるとそこに居たのはギルドの支部長、ブルース=ケッターの姿だった。
支部長がなんでこんなところに?…いやそんな事はどうでもいい。
「そうだオジキ!アイツは何処だ!?あの能無し野郎ヘンテコな鎧着て調子乗りやがって!ブッ殺してやる!」
「…その様子じゃまだ分かってねぇみたいだな。」
「あぁ?どういうことだよ?」
「ほれ、見てみろよ。」
紫煙を燻らせながら物分かりの悪い子供を見るような目でブルースがため息をつく。
イラつきはしたが冷めた目に促されるまま周りを見ると俺の仲間がベットの上に転がっていた。
「あ?コイツらは確かあのメイドに…あ?」
「察しが悪い奴だな、ここは病院だ。」
「病院…?」
思わず首を傾げ視線を落とすと、猛烈な違和感が自分を襲った。
腕にに巻かれた包帯、俺が今横たわっているベッド、そして魔力を使い過ぎた時独特の記憶の混濁。
「おい…!?」
「ヴィンス、お前は負けたんだよ」
信じられない言葉がブルースの口から聞こえてきた。
万に一つも考えていなかった言葉に思わず乾いた笑いがこぼれる。
「…はぁ?ちょっとまってくれよ。俺が?アイツに!?能無しのアイツにか!?」
「あぁ。」
「ハッ!笑えない冗談だぜ!いつも澄ました顔して逃げようとしてただけの能無しのアイツだぜ?!今回だってタマゴみてぇな仮面と変な鎧着てイキがってただけじゃねぇか!」
「らしいな。」
「そんな奴にこの俺様が負けるはずねぇ!!!」
「…ヴィンス。」
底冷えするような低い声と漏れ出たブルースの殺気に思わず言葉が詰まる。
病室には荒い俺の息とブルースが葉巻をフカす音だけが響いた。
「認めろ。」
「う、嘘だ。」
「お前は虎の子の身体強化魔法まで使ったにも関わらず、一発もアルトには当たらなかったらしいぞ。」
「嘘だ…。」
意味のわからない寒気にカチカチと奥歯がなる。
あの時俺は確かにアイツを捉えた筈だ、袈裟斬りでバッサリのコースだったんだぞ…!?
「獲物もこんなにされちまった挙句に絞め落とされて病院だ、解ったか?」
「お、俺の…。」
ブルースが取り出したのはぶち折れたロングソード。
微かに見える刀身に刻まれた紋様はオーダーで入れさせた俺の特注品である証拠。
「いつもぐらいの話なら簡単に済んだんだがな…お前今回殺す気でやっただろ。」
「…。」
「先に抜いたのはお前、殺す気で斬りかかったのもお前、その結果病院送りにされたのはお前だ。」
そんな、嘘だ。俺がアイツに負けただけじゃなく情けをかけられただと…?!
怒りと混乱で頭の中がぐちゃぐちゃで何も頭に入ってこない。
「今回の全責任はお前にある。半壊したギルドのエントランスと酒場の修理代はお前の口座から引いとくからな。」
「…。」
そう吐き捨てるように告げてブルースは席を立った。
ドアに手をかけた時にブルースは何か思い出したように振り返らずに呟いた。
「まぁなんだ。普段の狩りでもな、追い詰められた魔物ほど何をしてくるか解らねぇもんだ。油断こいて死ぬ前に体験できてよかったな。」
足音が遠ざかり、部屋には静寂が戻ったが、すぐに何かが軋むような音が部屋に響いた。
男の拳からは血が滲み、食いしばった歯は亀裂が入るほど強く噛み締められている。
(…ふざけるな。)
ブルースの言葉はヴィンスの成長を期待しての発破がけだったが、それをヴィンス本人が知る事はない。
砕かれたプライドと汚れた冒険者としての立場
男の目にあったのは反省の色ではなくドス黒い憎悪の光
俺をここまでコケにした能無しアルト
そして俺の仲間を痛めつけたあのメイド
「絶対に復讐してやる…!」
◇
「あいたたたたた!!!?!?」
寝返りをうとうとするだけでも全身を電気が走り抜けるような痛みが駆け巡る。
身体の筋という筋が伸び切ったり千切れたりしたようで、全身が熱っぽい。
おかげで家に帰ってくるだけでも一苦労だった。
「コクーンを使った反動ですね。」
「こんなに痛くなるなら最初に言ってくれ…!」
「失礼しました、私の時代の人間はこういった事態に陥っておりませんでしたので。」
「旧時代の人間頑丈すぎるでしょ…。」
正直今回コクーンを使ってみて思ったが、完璧にコクーンに使われている感じだった。
俺の意識が追い付くより先に身体が動き、何が何やら解らないうちにヴィンスの剣が折れ飛んだと思ったら、ヴィンスの頭が腕の中にあった。
意気込んだ割に戦った実感、というものはあまりないけれども剣を折った衝撃と、ヴィンスを締め落とした時の感覚が手に残っていてなんとも不思議な気分だ。
しかし、過程はどうあれ俺は【勝った】のだあのヴィンスに。
「リィン。その、ありがとうな。」
「…と、仰いますと?」
「武者震い、なんて言って気を紛らわしてくれただろ?」
あの時ヴィンスに立ち向かえたのはリィンの後押しがあってこそ、だった。
本当はリィンがヴィンスを挑発しなければこんなことにはならなかったのでは?と思わないでもないが、結果オーライだ。
「お気づきでいらっしゃいましたか。」
「なんとなくな。」
「心拍数や瞳孔の開き方、発汗の様子から見てひどく緊張しておられるようでしたので。勝手ながら差し出がましい真似をしました。」
「いや、いいんだ。おかげで踏ん切りがついたし。」
「勿体ないお言葉で御座います。」
普通の人間でも出来ない気遣いをサラっとしてくるあたりリィンは優れた遺物なんだろう。
会話が成り立つだけでも間違いなくすごい事なのだが想像を簡単に超えてくるから恐ろしいものだ。
「しかしあのコクーンは凄いな、ヴィンスを圧倒するなんて。」
「コクーンは蓄積されたデータから状況に応じて最適化された戦闘術をガイドする機能が備わっておりますので、あのような猿に後れを取る事は御座いませんよ。」
「えっと…?」
「詰まる所コクーンは歴戦の戦士の記憶が宿った鎧のようなものなのです。」
「おいおい、なんかすごいお宝に聞こえてきたぞ。」
「私の時代ではコクーンは量産されておりましたので価値は然程高く御座いませんよ。」
「旧時代ってすげー!!」
こんなに便利で強力なモノが溢れていただなんて旧時代は本当に凄い時代だったんだな。
着るだけで強くなれる鎧、とても簡単に力が手に入る時代。
旧時代の人たちはどんな気持ちでこれを作り、使ったのだろうか。
もしかしたら俺の様に力のない人間が強さを求めて作り出したのかもしれないし、より強い者が高みを目指して作ったのかもしれないが答えは出ない。
折りたたまれ鞄状態になったコクーンを眺めながら物思いにふける。
「でもあれだね。」
「何かご不満な点でも?」
「いや、なんというかすごく強くなれて嬉しかったんだけど…ちょっと怖かったな。」
「おそらく相手に対するトラウマが強く残っていた為だと考えられます、今後はそういった事は無いかと。」
「あーうん、そういうもんなのかな。」
違うんだ、リィン。
ヴィンスの奴を怖いと思ったのは確かだけど。
今まで天地がひっくり返っても逆らえないと思っていたヴィンスを、ほんの一瞬で倒してしまったこの力が「怖い」そう思ったんだ。
そして努力という過程を吹っ飛ばして急に手に入れたこの力を振るった時、思わず「楽しい」と感じてしまった自分がいた気がして、それが怖かったんだ。
こればっかりは俺の心の持ちようだと思うし、今リィンに話してもどうしようもないことだったかもしれない。
思わず漏れ出た気の迷いを胸にしまい込んで天井を眺めた。
「あ、そうだ。リィン頼み事があるんだけど。」
「なんなりと。」
「明日の朝いちばんで一応部屋と外の掃除をお願いしてもいいかな?」
「畏まりましたが…急にどうされましたか?」
忘れかけていたが俺がリィンと出会って4日目、詰まる所アイツが家を空けて4日目という事になる。
今までの傾向として明日あたりだと思うんだよな。
「多分ジジイが帰ってくる。」