第2話 おつかい
「どうだい、初めて見るこの時代は?」
リィンとの同棲が始まって早3日。
俺は修理を終えたリィンと共に街に出ていた。
遺物ながらに興味が尽きないようでしきりに翠色の眼が動いている。
「これは随分と文明が後退していますね。」
そう語る彼女の装いは白と黒を基調とした使用人の礼服、彼女曰くヴィクトリアン式というものらしい。
今の彼女は俺のメイド、という設定で付き添ってもらっているのだが、使用人といったらコレという強い拘りがあるようで…正直俺は門外漢なのでよくわからない。
因みに手足は瓦礫山から拾ってきたパーツを彼女の指示のもと修理して付け替えたが、直せなかった右目の部分は眼帯で隠している。
足は例のメイド服で上手く隠れているが、腕が左右対称とはいかず、右腕だけ甲冑を付けたような意匠になっている。
しかしそんな違和感を含めたとしても、はたから見たら息を飲むような美人メイドにしか見えない、誰もがその正体が遺物だと思わないだろう。
実際街ゆく男たちはチラチラとリィンの事を見ているし。
「そうなのか?」
「はい、魔法という未知の技術が台頭しているので一概には言えませんが、私の稼働していた時代から見ると千年程後退しているかと。」
「千年…そりゃだいぶだね。」
「はい、少なく見積もってそれぐらいです。」
かなり辛口な評価だが旧時代はそれ程にすごい技術を持っていたのだろう。
残念ながら旧時代が滅んだ理由についてリィンは知らないようだった、何せずっとあの瓦礫の中に埋まっていたのだから知りようがない。
「それで、今日はどちらへ?」
「あぁ、今日はジジイの遣いでギルドに行かなきゃいけない日なんだ。」
「ジジイ…つまりお師匠であらせられるガラン様のことですね?」
「あー、まぁうん。」
リィンを連れ帰ったあの日からジジイは家に帰ってきていない。
時々こうやって一週間ほど居なくなることがザラにあるのだ。
そんな時でも俺は決まって週に1回必ずギルドに顔を出さなければならない。
なんでもギルドの支部長がジジイと知り合いらしく手紙のやり取りをしているのだ。
それを決まった曜日に受け取りに行くのが弟子の俺の仕事の一つだ、正直めんどくさい。
「ガラン様に許可を得ずに間借りしてしまっていますが…大丈夫でしょうか。」
「んー、大丈夫だと思うよ。多分リィンはストライクだから。」
「ストライク…とは?」
「まぁ会えばわかるさ、それより見えてきたぞ。」
視線の先には石造りのギルド支部局が見えていた。
◇
「はいよ、これが今週の分。」
「ありがとう、確かに受け取ったよ。」
窓口で書簡を受け取り簡単な手続きを済ませる。
毎度のことだからお互い手慣れたもんだ。
「それよりどうしたんだ今日は、なんか色々とツッコミ所が多くて…。」
「あ、これ?」
怪訝な顔を職員が向けてくるが無理もない。
理由は今の俺の服装に問題があるからだ。
いつも着ていた服はコクーンを手に入れるときに処分されてしまったので、今はコクーンを装着する時に着るピチピチの服を着ている。
しかしそれで外を歩くと目立ってしょうがないのでボロ布をマントみたいにして羽織っている。
このファッションは冒険者になりたての若手が憧れてやったりするので、冒険者の間ではイタいファッションとして有名なのだ。
「いや、それもそうだけどよ、あっちだよ。」
窓口の職員が指差す先にはギルドの中を観察するリィンの姿があった。
「あぁ、彼女は俺の実家にいた使用人の一人だよ。」
「へぇー!お前の家って使用人雇えるほど裕福だったんだなぁ。というかえらいベッピンじゃねえか…もしかして?」
「ちがわい!無能者の俺がちゃんと生活出来てるか見に来たんだよ。」
「あぁそりゃなんというか…大変だな。ま、頑張れよ。」
謎の励ましを職員から贈られつつ、窓口を後にした。
本当の俺とリィンの関係性を明かすわけにはいかないのでこういう設定にしているが、中々に恥ずかしいし情けないものだ。
「お待たせ、何か面白いものでもあった?」
壁を眺めて立ち止まっているリィンに声をかける。
目線を追うと壁面に描かれた模様があった。
その模様は渦と♾のマークが折り重なった目が回りそうな意匠をしている。
「我が主、これはなんでしょうか?」
「これは【回天教】っていう宗教のシンボルマークだな。」
「回天教?」
「あぁ、回天教っていうのはこの世界で一大勢力を誇る宗教で――」
教義は簡単【魔物を狩り魂を救済せよ】というもの。
魔物というのは俺たち人間に牙を剥く種族の総称だ。
獣のような魔獣と呼ばれるポピュラーなものをはじめ、魔族と呼ばれる人に似ていながらも人間に仇なす存在までいる。
魔物に殺された人間の魂は魔物の胃袋に収まり続ける事となり天国へ行けなくなる、だから魔物ごと殺して浄化してやれ。
「―-っていう宗教なんだよ。」
「成る程、魔物から人間という種を守ろうとするには合理的なプロパガンダですね。」
「魔物による被害で家や家族を失う人も少なくないからね、こういう教えが流行しても仕方ないとは思うけどさ。」
回天教はギルドの支援者でもある、何せ冒険者の仕事の大半は魔物の駆除や討伐だ。
教義と目的が合致している組織を支援するのは自然な流れだ、実際に冒険者には信者も多いし回転教としては信者も増えて一石二鳥なのだろう。
「我が主は信奉しておられるのですか?」
「いやぁー、そんなにかな。」
俺は正直信じてないしどうでもいいと思ってる。
身を守る時や必要に駆られた時以外命の奪い合いなんて正直ゴメンだ。
お互いの事を深く知ってそれで許せないなら、仕方ないとは思うけど。
「…そうですか。」
「? なにか気になることでも――」
少し微妙な間を感じ、リィンに尋ねようとしたその時
俄かにギルドの入り口が騒がしくなった。
ガチャガチャとされる金属の音に粗く床を踏みしめる足音。
そして特徴的な神経を逆なでする不快な大声。
(…しまった、普段より長居しすぎた。)
そう後悔したのが後か先か、背後から悪意と嘲笑が入り混じった声がぶちまけられた。
「あれぇ〜?"能無し"アルトちゃんじゃぁ〜ん?!」
その声はおもちゃを見つけた子供のように弾んでいる。
「ヴィンス…。」
振り返ると俺を痛ぶった男が嗜虐的な笑みを浮かべてこちらを見ていた。