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第1話 瓦礫の底

 人気のない山道を歩く。

 まだ殴られた鳩尾(みぞおち)や蹴られた足が痛む。


 俺とジジイの住んでいる家は山の上。

 ジジイの通り名の通り【瓦礫山】の上だ。


 この瓦礫山は旧時代の遺物が山ほど堆積してできた山だ。

 出来た経緯は知らないが殆どがガラクタで使い物にならず、町の人間が近寄ることは余りない。


 何でそんなところに居を構えているのか?

 という点はジジイの趣味によるとことなのだが、それは今はいいだろう。


 ただでさえ瓦礫が積み重なった足場が悪い山道、今の痛んだ身体では登ることもままならない。



「はぁーいってぇ。」



 俺は瓦礫に腰掛け夕日を眺めていた。

 ほっと一息つくと虚しさが去来する。


 今日もされるがままだった自分の無力さ。

 魔法の修行を続けているが魔力のコントロールすら出来ない才能の無さ


 ここ最近何度も過った「このままでいいのだろうか?」という疑問が湧いて出る。

 だが明確にどうすればよいかもわからず思考が荒れる。



「…くっそぉ!!」



 行き場のない怒りのままに瓦礫を殴りつけるも自分の手に鈍い痛みが戻ってくるだけだった。

 誰からの返答もない叫びと手の痛みに余計気持ちが空しくなる。



「…うん、帰ろう。考えてもしょうがない。」



 そう思って立ち上がった時。



 ――――ガコッ

「おっ?」



 不吉な音と共に立ち上がったはずの俺の全身は突然浮遊感に襲われた。



(あっ、やばっ…)



 視界では空が段々と遠くなり、光が小さくすぼまっていく。

 段々と暗闇に呑まれていく視界の中で何が起きたのか理解する前に俺の意識は断ち消えた。




 ◇




「ん…ぅ…」



 嗅ぎなれない薄甘い香りが鼻腔をくすぐり目が覚めた。

 俺はどうしたんだっけ…



「はっ!?…いつつ。」



 眼を見開くと天井に空いた穴から空に浮かぶ月が見えた。

 どうやら長い事気を失ってしまったらしい。


 この頭に響く鈍い痛みと遠い空…崩落に巻き込まれたようだ。

 瓦礫山には俺が落ちた穴のように、繊細なパズルのような組み合わせで奇跡的にバランスを保っている場所がある、そのバランスが崩れたら…ストンだ。


 下手したら瓦礫に潰されるか生き埋めになって死ぬとこだが、今回は偶然空間があったから助かった。

 緊張から安堵へと気持ちがうつろいゆく中、俺は一つの違和感に気づいた。



(なんか…ここ明るくないか?)



 月明りしか照明がないはずのこの空間だが、天井がはっきりと見える。

 それに何だか…床が柔らかい。


 瓦礫の中に落ちたのであれば間違いなく硬く冷たい金属の感触がするのが普通だが、何だか少し暖かい感じがする。



「え…?」



 目に飛び込んできた驚きの光景に言葉を失う。

 暗く冷たい鋼の床の上に広がったのは仄かな温もりを宿した光の海、しかしてその正体は群生した小さく可憐な花だった。


 しかしそれすらもどうでも良くなるぐらい俺の全意識は視線の先のモノに注がれていた。



 まるで一つの絵画のような美しさ

 月明かりに照らされた白銀の絹のような長い髪

 白磁のようなしっとりとした潤いを帯びた美しい肌

 そして翠の瞳から真っ直ぐに注がれる視線―-―-




「目が…覚めました…カ?」




 咲き誇る花の中心に坐した人型のソレは抑揚のない声で俺に語りかけた。




 ◇




「そうですカ、やはり崩落に巻き込まれたト。」

「えーと、ハイソウデス。」




 …状況が飲み込めない。



『穴に落ちたと思ったら人型の話す遺物が居た』



 なんて誰に話しても信じてもらえないだろうが、事実目の前で起こっている出来事だ。


 意味不明すぎて俺が泡食っている間に矢継ぎ早に質問され、気付けばここに落ちてきた経緯まで説明してしまっていた。

 それに名前を訪ねてみたがよくわからん文字と数字が入り混じった名前か呪文か解らない言葉を聞かされるばかりで相互理解は諦めた。

 幸いなことに敵意は無いようだが謎だらけだ。



(何がどうなってるんだ…。)



 ちらと視線を人形に向ける

 儚さすら感じるほどの美しさを携えた人型のソレ

 おそらくぱっと見ただけでは人間としか思えないだろうが…コイツは明らかに遺物だ


 捥げた右腕

 千切れた両足

 ひび割れた右目


 それら全てから金属の部品が覗いており人ではない何かであることを物語っている。

 聞けば何百年も前からここにいるらしいが…



「考え事ですカ?」

「あっ…!あぁ。」



 黙りこくってしまっていたのか、遺物に心情を察せられるなんて予想外すぎて思わず声が裏返った。

 どうにも調子が狂う、後手後手だ。


 だが現状この穴から出るにはコイツの協力がないと無理そうだし…意外と協力的だ。

 …えーいままよ!



「あー、それでだね。もし良ければ何か外に出られる道具とかないかな?俺は家に帰りたいだけなんだ。」



 思い切って用件だけを伝えると、人形は何かそらんじたあと、口を開いた。



「畏まりましタ、では…使用者も不在ですシ、()()()は如何でしょウ?」

「―-―-え?」



 人形がそう言うと突如後ろの壁から無数の金属で出来た手が飛び出し、俺を壁の中に引きずり込んだ。



「な、何をするんだ!?やめろおぉ!!」

「落ち着いて下さイ。傷口に響きますヨ。」

「これが落ち着いていられるか…ってほあぁぁ!?」



 壁に吸い込まれるや否や服を全部ひっぺがされた。

 何だ、一体何をされるんだ!?

 透明な壁越しに人形を睨み付けると、人形はちらと俺の股間を見てから呟いた。



「ご安心ヲ、私にそういった感情は御座いまセン。」

(そこじゃねぇ!)



 内心ツッコミを入れているウチに身体が壁から吹き付けられた薄い膜に覆われ、その上に金属が被せられていく。


 固定された体は身動(みじろ)ぎできず、身体がどんどんと鈍色の金属に覆われ、ついには頭まですっぽりと何かに覆われた



「うおぉぉ!?真っ暗だ!何も見えん!」

『もうすぐ見えるようになりますヨ』

「へ?…どぅえっ!」



 密閉された空間の耳元で人形の声が聞こえたと同時に壁の外に吐き出され思わず変な声が漏れる。

 壁からは雷が弾けるような音と、金属が軋みあう不快な音が聞こえる。



「最後の最後で壊れましたカ…。」

「いや壊れる可能性があるもの使うな…ってあれ?」



 真っ暗だった視界が元に戻った…いやむしろ暗がりのはずなのに鮮明に見える。

 しかも地面に打ち付けられたのに痛みが全くない。


 起き上がって身体を確認すると全身が筋肉が上乗せされたようなフォルムになっていた。

 そして所々体を覆う鈍色の装甲。



「…これは?」

「イブスキ社製戦闘用強化外骨格【コクーン】で御座いまス」



【コクーン】それが俺が手に入れたモノの名前だった。




 ◇




「んじゃ、俺はそろそろ行かせてもらうけど…。」



 全身をコクーンという装甲に覆われたまま壁の出っ張りに手をかけ人形に語りかける。

 人形は俺が起きた時から変わらず花の中心から動く気配もない。



「ハイ、お気を付けテ。使い方は先程お伝えした通りですのデ。」



 寂しさを微塵も感じさせない抑揚のない声。

 一人ここに残ることが当たり前だと信じて疑わない、そんな声だ。



「君はどうするんだ?」



 口をついて出た疑問。

 何百年もここで一人、何をしているのか、何を待っているのか。

 疑問に思うことは当たり前だった。


 俺の問いかけにさして驚く様子もなく淡々と人形は答えた。



「何モ。」

「何も?何も無いのか?」

「ハイ、私は800年前に(マスター)から命令を仰せつかリ、それを成し遂げましタ。それ以降新しい命令が無いのデこうして待っていまス。」

「それって…。」



 人間である俺からしたら信じられない話だ。

 800年何の命令もないからただ待ってるなんて、俺なら耐えられない。



「なぁ、800年も経ってるんだろ?流石にその指示を出した人は…」

「そうでしょうネ。人間の寿命は120歳ほド、いくら主とはいえ存命ではないでしょウ。」

「いや長っ…じゃなくて、それが分かっているなら何故?待つ理由は無いんじゃ――」

「私がそう作られたからデス。」



 俺の発言を遮るように人形は言った。

 曰く主の指示は絶対、今は戻ってこいという指示も、そのまま停止しろという指示もない、だから待ち続けているだけだという。


 正直馬鹿げていると思った、聞いていて愚かさに憤りすら感じた。

 そのせいか思わず語気が荒くなる。



「それで…待ち続けてどうするんだ?」



 非常に意地悪な質問だ。

 分かりきった答えが返ってくると知っていて。

 ただどこか何か他の回答が欲しいような、そういった問いかけ。


 そんな俺の質問に人形は答えた。



「…このまま、朽ちていくのかもしれませんね。」



 月明かりのせいだろうか

 そう言った人形の顔はひどく美しい自虐の色を帯びた微笑みのように見えた。




 ◇




「やっとついたー。」



 穴を脱出して小一時間

 ようやっと家にたどり着いた。


 ベッドに腰掛け一息つくと頭を覆っていた装甲が折りたたまれ顔が露出する。


 鼻腔に広がる家の匂い、決していい匂いではないがなんとなく落ち着く。

 こうして帰ってこれたのもこの鎧【コクーン】のおかげだ。


 身体中が痛んでいたにも関わらず、ほんのわずかな力で断崖絶壁に近い穴をよじ登ってこれたし、山道も余裕で歩いてこれた。



「本当感謝だよ。ありがとう。」



 そう素直な感謝の念を口に出して伝えた。



「…何故、でしょうカ?」



 それに対して帰ってきたのは怪訝そうな声。

 部屋の壁にもたれかかった例の人形だ。

 俺は人形が動けないことをいいことに、勝手に背負って家まで連れ帰ったのだ。



「いや、助かったから御礼を言ったまでなんだけど。」

「そうではなク、何故私を連れ帰ったのですカ?」


 

 理解出来ないと言った様子だ。

「ただ待ち続けるだけ」そういった彼女を俺が連れ帰った理由が理解出来ないのだろう。



「なんというか…見殺しにするみたいでさ、嫌だなと。」

「私に生命はありませんヨ?」

「物の例えだよ真面目だなぁ。」

「失礼しましタ。」



 しかしまだ納得がいかないらしい。

 説明を求めるような視線がじっとこちらを見つめている。



「あー、なんだろうな。勿体無いと思ったんだよ。」

「勿体…なイ?」

「うん、君は人と話せる頭脳がある数少ない旧時代の遺物だ、外の世界を知るチャンスもあるのにそれを瓦礫に埋もれさせたままにするのは勿体ないし…イケてない。」

「イケてない、ですカ。」

「そう、イケてない。」



 我ながら語彙力がひどい。

 こんなんだからこの歳になっても彼女が出来たことがないんだろう。

 目の前の人形も納得する様子が微塵もないし、困ったな。


 しばし沈黙の後、人形が口を開いた。



「…色々と貴方様の真意は分かり兼ねますガ、主の生存が確実ではナイのも事実。」

「うん?」

「次の指示を頂くまデ穴の中で待ち続けるよリ、この時代のことを知るのモ一理あるかもしれませン。」

「お、つまり?」

「差し支えなけれバ、貴方様を仮の(マスター)としてお仕えさせて頂けますカ?」



 相変わらず表情は読めないがかしずくように人形の頭が揺れた。

 俺としては何か恩返しもしたいし、欲を言えばもっと遺物のことを知りたい、願ったり叶ったりだ。



「もちろん!よろしく、俺の名前はアルト、クロガネ=アルト。んで、えぇっと…名前はさっき聞いたけど…ごめんちゃんと聞き取れてなくて…。」

「構いませン、この時代での私の名前を御命名くださイ。」



 責任重大だな、人の名前なんて考えたことないぞ。

 ない頭をひねって彼女に纏わる何かから名前を絞り出す。

 うーん…あ、そうだ。アレがあった。



「それじゃ、リィン。リィンでどうだ?」



 彼女の居た場所に咲いていた花がそんな名前の花に似ていた気がする。




「有難うございまス、それでは今後とも幾久しく宜しくお願い致しまス、我が主(マスター)アルト様。」

「よろしく、リィン。」




 こうして無能者の俺と遺物の奇妙な同棲生活が始まった。

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