第30話 起死回生
「ぐああああっっ!!」
ジラトが苦しむように叫ぶ。
見れば先ほど割れた小瓶の液体がジラトの体に付着し、異常な量の煙が出ていた。
焦げくさい匂いが鼻腔を刺激する。
「何が起きてるんだ?」
ジラトの体が徐々に膨れ上がり、筋肉は隆起して骨は所々突き出ている。
その間も意識だけはあるようで、なかなか気絶しない。
容赦無く襲う激痛がジラトの全身を巡る。
神経は最早、機能停止寸前。
全身の膨張に伴い、内臓もそのサイズを変貌させる。
「これは...魔瘴気?でもそんなはずは...!」
シリウスは唖然とした顔でジラトを眺めている。
「おい、魔瘴気ってあの煙のことか?」
俺の声に気づいたのか、はっとして見つめてくる。だがその瞳には酷く暗い色しか見えない。
「...そうです。魔瘴気は生物の死骸が魔物になる瞬間に、微量ながら放出されるのですが、あの量は...」
シリウスの言う通りだとすれば魔物になっている時点でジラトは死亡している。
つまり目の前にいるのはジラトであってジラトではない。かつて存在していた盗賊団の長は死んでしまったのだ。
「だとしても何が気がかりなんだ?」
この落ち込みようは明らかに普通ではない。
だが、シリウスは少し黙り込んだあと重々しく口を開いた。
「本来、生物が魔物になるには儀式が必要です。死骸があるのは最低条件ですが、そこには生贄も必要なのです」
一般的に黒魔術と呼ばれるやつだろうか。現代の日本でもそれっぽいのが書かれた本が何冊もある。
「ですが、生贄を用意するにもコストがかかりすぎる。そこで作られたのが先ほど道化師が使った液体です」
不自然に光を反射させる液体。見た目だけでもやばそうなのにその結果がこれか。
「あれは魔界の科学者が作り出したものですが、使用後に生み出される魔物が、半ば狂乱状態に入るので使用は禁止されているのです」
何故そんなものをあの道化師が持っていたんだ?
思考を巡らす。
シリウスの話と俺の魔王城の戦力の少なさ。作り出すのであれば用意するのは簡単だ。
だが、制御できない狂戦士が出てきても困る。
ーーーその時、今までの考えを吹き飛ばすことが起きた。
背後でひたすら苦しんでいたバイツプラントが胃の中のものを吐き出した。
否、吐き出したと言うよりは自ら出てきたと言った方が正しいかもしれない。
「...うぇ。体が気持ち悪い。何より臭い!...?なに寝転がってんだお前!」
そいつは出てくるなり悪態をつきながら、構わずバイツプラントを蹴る。
「よくもやってくれたな、僕は優しくないぞ。ってもう瀕死じゃん」
「アトリアー!!」
さっきまで暗い顔をしていたシリウスが飛びつく。
こいつは状況を理解してるのだろうか...?
それに対してアトリアは嫌がりはしないが、シリウスがくっつくことを拒んでいる。
「や、やめて。今僕に抱きつくとシリウスまで臭くなる!」
うむ。この光景自体はなかなか良いものだが、臭いのが増えるのは勘弁してもらいたい。
「よくお前は無傷で出てこられたな。酸で溶かされたとばかり」
「スライムが溶かされてたまるかっ」
ポカンと杖で頭を叩かれるが、俺の視線がジラトに向かっていることに気づいたのだろう。
アトリアが杖を構える。
「あの化け物は?戦うの?逃げるの?」
「正直に言えば全速力で逃げたい。けど放置もできないだろ。一応目的の子は連れてきたから、二人はその子を守ってくれ」
二人にハルシャを預ける。
こと戦闘に関しては俺よりもアトリアの方が上だろうが、今まで捕食されていたやつに戦えとは言えない。
「君が誘拐された子か〜。臭いだろうけど我慢してね」
「...はい。んっ」
ハルシャは二人のそばに行くなり鼻をつまむ。
その行動に他意はないのだろうが、アトリアがむっとする。仕方ないだろ、事実臭いんだから。
「さて、どうするかな」
ジラトの魔物化はもうすぐ終わる。
全身から出ている魔瘴気が時間が経つにつれ、少なくなっているからだ。
こちらで戦えるのは若干負傷気味の俺とシリウスのみ。
ネオフォビアのクールタイムは終了しているが、果たしてあいつにどれだけ通用するか。
いや、勝たなければならない。
ここで負ければ待つのは死だ。
「やるぞ、何が何でもこの場を切り抜ける!」
そうして俺は二度目のネオフォビアを発動させた。




