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第29話 仄めかされる危機

◇◇◇

◽︎チリジョウ サイカ『ジラトの迷宮』地下三階


天井から豪炎が噴き出して落下してきたのはバイツプラントとシリウス。


その場にアトリアの姿は見当たらない。


「テメエ何やってんだ道化師!金払ってんだから相応の働きを見せろ!」


天井の瓦礫から自身を守りきったジラトが悪態を吐く。その矛先は完全にペドロリーノに向けられている。


「じゃあお前が何とかしてみろ!こっちは召喚術士が相手なんだぞ!」


召喚術士…?誰のことだ。

シリウスは呪術士じゃ無かったか?


「悪魔まで召喚か…どうなってんだこいつら。普通じゃ出来ねえ芸当だぞ」


気に障っているのか、瓦礫を叩き割って俺の方を睨む。


シリウスの召喚と俺の【ネオフォビア】の事について言ってるんだろう。


「…俺は人間じゃないからな。そりゃまともじゃないだろうよ」


背中から激しい痛みを感じる。


骨にヒビでも入ったのだろうか。

何にせよ折れてないだけマシだ。


「リッチーか…アンデッド風情が調子に乗りやがって。すぐにでも殴り殺してやりたいところだが、まずはあの嬢ちゃんからだな」


元々銀髪のシリウスは見た目的には、文句の言いようのない美少女なのだが今の彼女は目が真紅に染まり、さらに際立って見える。


怒っているのが美しいというのも皮肉なものだが。


「サイカさん。ついさっきアトリアがそこの化け物に飲み込まれました。恐らくまだ死んではいないと思います」


「そうか…シリウス。そいつは任せた。アトリアを救出した後は()()()()()()()()()()()()()


その願いにシリウスはただ一言「了解です」と答え、悪魔を嗾ける。


シリウスがかざす手からはとんでもない程の魔力が感じられる。


あそこから放たれる魔法をもろに喰らえばひとたまりも無いだろう。


「ベリアル、あの木偶の坊の周りの酸素だけを燃焼させろ。苦しみを与えてやれ」


命令を受けたベリアルはその巨体をバイツプラントへと向ける。


全身から迸る火の粉は大きく、動いただけで着火しそうな勢いだ。


黒い輪を頭上で回転させながら両腕から放たれる火を帯びた魔力がバイツプラントの周りをドーム状に囲む。


そしてドームの中が3秒ほどの間炎に包まれた後、ボロボロになったバイツプラントは必死にもがいていた。


『AAAAAAA...!!』


酸素を奪われ、呼吸も出来ず、身体は燃え、奴の目の前には悪魔という絶望だけが立ち塞がる。


それをただ見ていることしかできないあの男はどんな気持ちなのだろう。


己の脆弱さを感じているのか、ひたすらにこの状況を打開する策を講じているのか。

ペドロリーノは微動だにしないで硬直している。


『KA....KA.........』


振り絞るように出す声は、命の終わりを告げているようにも聞こえた。


ーーーさて、向こうはすぐにでも片がつくだろう。


だが、こっちは手負いの上にハルシャを連れている。

場に残っている骸骨兵士も半数が既に潰された。


クールタイムもまだ時間がかかる。このままだと...負ける。


「雑魚しか扱えねえ道化師は後で殺すとして、お前はこの場で死ね」


言葉を発するとほぼ同時に間合いを詰めて来る、3秒もあれば俺に到達する勢いだ。


「っ!骸骨兵士、この一撃を全力で防いでくれ!」


命令に従い、数名の骸骨兵士が盾を構えて攻撃を受ける。


バラバラに崩される者もいたが、折れた骨や砕け散って出た骨粉がジラトの視界を阻む。


ーーーこの瞬間を逃してたまるか。


剣の柄を強く握りしめ、即座にジラトの背後に回り込む。このまま斬りつければ致命傷を狙える!


「喰らえっ!」


腕全体に伝わる肉を斬る振動。しかしジラトのそれは硬く、本当に斬れているのか疑ってしまう。


「ぐぁっ!」


ジラトの声が傷を負わせられたことを俺に告げる。

そして全力で剣を縦に斬り下ろす。


鮮血が舞う中、俺は構わず距離を取る。


今の攻撃でジラトを止められるとは思えない。次に間合いに入られたら今度こそやられてしまう。


「はっ...はっ...はぁ...はぁ」


緊張で強張った足を叩きつけて無理やり動かす。


休んでる暇なんかない。直ぐに体制を整えないと。


「クソガキがぁ...!ぶち殺す...チッ、おい道化師!お前も加勢しやがれ!」


俺への怒りが収まりきれずほとんど八つ当たりのようにペドロリーノに愚痴を吐く。


バイツプラントはグッタリとして巨大な蕾からアトリアを吐き出す寸前だ。


加勢どころか自分の身を守るのに必死だろう。


「...断る。ボクはこの戦いから降りるよ。バイツプラントも使い物にならないみたいだしね」


ペドロリーノの発した言葉が淡々としていて、感情が感じられなかった。


「大体キミ、ボクの事散々バカにしてきたけど何も知らないでしょ?」


煽るかのようにジラトへ言葉を投げる。先ほどまでと違い、ふざけた様子は見受けられない。


だがその態度がますます癪に障ったのだろう。


「何が言いてえんだ?お前から先にぶっ殺してもいいんだぞ!」


ジラトはそう言って瓦礫を掴み上げて投石の体勢に入る。


()()()()()()()()って言ってるんだよ。はぁ、こんな事になるなら早めに使うんだったな。まぁボクにはもう必要ないけど」


ペドロリーノはポケットから小さな小瓶を取り出す。


中には不自然な色で光を反射させる液体が入っていた。そして小瓶をジラト目がけて投げつけて割ってみせた。


「じゃあ、またね。()()()は今目覚めさせても無駄だろうから、そこの筋肉ダルマでせいぜい楽しんでくれ」


立ち去ろうとするペドロリーノにシリウスが食ってかかる。


「待て、逃がすか!ベリアル!」


「無駄だ、そこの悪魔じゃボクは倒せない」


攻撃に移ったベリアルの一撃を不可視の障壁が阻む。


それどころか反射された攻撃で吹き飛んだのはベリアルの方だ。


「ボクを追うなら、まずは王都フラスタを守り抜いて見せな。もう始まってるんだからさ」


意味深な言葉を残してペドロリーノは迷宮の暗闇に溶けていった。

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