第26話 幽閉された少女
◻︎チリジョウ サイカ『ジラトの迷宮』地下四階
ここへ繋がる階段は今までの階層よりも段数が多かった。きっと幽閉された者達を逃がさない為だろう。
そう断言できる理由がここにある。
今、俺の目の前には大量の牢屋が設置されているからだ。
大小問わず、鉄格子で区切られており内側の側面には鎖に繋がった手錠がいくつもある。
「酷いなこれは…」
中には人間であったろう骨がそのまま手錠にかけられている物も確認できた。
その他にも、多数の魔物が檻の中に囚われていた、恐らくモッカ山脈の魔物だと思う。
「誘拐された子供はどこに居るんだ?」
あまりにも牢屋や檻の数が多過ぎていちいち確認してたらすぐにジラトがやって来る。急がないと!
その時、遠くの方ですすり泣く少女の声が聞こえた。
その声は酷く掠れており、疲労困憊であることが窺える。
俺は声のする方へ走って向かった、小さな牢屋の中にうずくまっている裸足の少女がそこにはいた。
「おい大丈夫か!今出してやるからな!」
ジラトから盗んだ鍵で牢屋のロックを解除する。
幸いにも少女は手錠がかけられていなかったのですぐに連れ出すことが出来た。
「…寒い」
少女は両腕をさすりながら震えている。
その外見に目立った外傷は無いが、精神的に傷を負ってしまったのだろう。
「これでも着とけ。すぐにここから脱出しよう」
俺は羽織っていた薄手の上着を少女に渡す。
「ところで君の名前はなんだい?」
「…ハルシャ」
ハルシャと名乗る少女は静かに別の牢屋の中を見つめている。
そこには、先程見た人骨や魔物の死骸などが転がっていた。
この狭い空間の中で一人、怖い思いをしたのだろう。
俺はハルシャの手を引いて地下四階から出ようとする。
「待って!…あの人たち可哀想」
「可哀想って、でもなあ…」
普通に考えて既に彼らは手遅れだろう。
もはや原型を留めているとは言い難いのだから。
だが、俺は思う。自分が魔王であることの意味を。
思えば俺は今までの旅で魔王らしき能力を使おうとしたことが無い、と言うより使う機会が無かった。
もし俺が今ここでこの場を去って、果たして彼らは弔われるのか?
幽閉され、暗く寒い空間に取り残されて一生を過ごした者の気持ちなど俺には分からない。
…出来るかどうかはまだ分からないけど、やってみるか。
「ちょっと待っててくれ。すぐに終わるからさ」
俺は牢屋の中で朽ち果てていた人骨に近づく。
そしてそのまま握手をするように触れる。
するとまるで身体の内側から響くように声が聞こえてきた。
『…誰ですか?私の声が聞こえてるのですか?』
俺はその問いに心の中で「そうだ」と返す。
『あなたは人間では無いようですね。死者と関わることが出来るのは闇の種族のみ。しかし、結局話せたところで何も変わらないのです』
その声からは初めから希望を持っていない、あるいは諦めてしまったようにも思えるように聞こえた。
『高位のプリーストでなければ私たちは永遠に浄化される事なくこの地に囚われたままです。…ここから出たい』
「じゃあ、その願い叶えてやる」
しばらくの間沈黙が続いたが、人骨は驚いたような声で急に喋り出した。
『プリーストじゃ無いでしょ!どんだけ頑張っても浄化出来ないんです!』
「俺は魔王だ、お前らをまとめて仲間にすればここから出られるんじゃないか?」
魔王なのだからアンデッド召喚とかゾンビ使役だとか色々出来るんじゃないかとは前々から思ってたのだ。
しかし死体がそもそも無かったから挑戦しようにも出来なかったわけだ。
『…確かに、あなたからは並外れた力を感じます。魔王としての力を使って私たちをここから出していただけないでしょうか?』
「勿論だ。ついでにあの筋肉バカも倒そうぜ!」
俺がそう言うと、全身を駆け巡る力を感じ頭の中にある言葉がよぎる。
【ネオフォビア】を習得。
魔王としてのレベルがアップしました。
…ちょっと待て。じゃあ何?今まで魔王として成長してなかったってこと?話が違うんだが。
ま、まぁ良い。とりあえず先にこいつらをなんとかする所からだ。
「【ネオフォビア】!」
スキルの詠唱をすると目の前の骸骨は地面に飲み込まれ、消失した。
それと同様に他の牢屋にいた魔物たちも地面に飲み込まれていく。
すると、俺の両手が紫色の光を帯びて輝き始める。
恐らくだが死霊系統の魔物を飲み込んでから召喚するのだろう。これでスキルをもう一度詠唱すれば彼らが俺と戦ってくれるはずだ。
「ハルシャ、待たせたな。さぁここを出よう」
俺は今度こそ長い階段を上って地下四階から幽閉された少女、ハルシャを連れ脱出を目指した。
◇◇◇
◽︎アトリア・シリウス『ジラトの迷宮』地下二階
「ハッハァ!お二人さん粋がってた割にはそんなに強く無いじゃん!」
「うるさい!目にもの見せてやる!」
未だ地下二階ではアトリア達によるペドロリーノとの交戦が続いていた。
「あの幻術をどうにか出来れば良いんですが…」
狭い通路の角や壁に対侵入者用のトラップが仕掛けられており、迂闊に動ける状況では無い。
その間、ペドロリーノはスキルを連発させて攻撃を仕掛けてくる。
「ホラホラ次行くよ!【ジャックナイフ】!」
迷宮の壁からまるですり抜けるように突如として現れたナイフが二人に向かって回転する。
「危ない!【侵食】!」
シリウスが手の先から放った赤黒く染まった光は飛んできたナイフに着弾する。
ナイフは一瞬で光に包まれ、次の瞬間には触れただけで崩れてしまいそうなほどに錆び付いていた。
「防衛一線でまともに攻撃できないかなぁ?行け、バイツプラント!」
ペドロリーノの蒔いた種が地面に落ちると同時に芽を出し、大きな花が咲く。
それには牙が花弁の先についており、まるで蕾のように窄めることで対象を捕食する。
「所詮、植物でしょ?そんなのすぐに焼き払って…ちょっ」
地面に生えたバイツプラントは己の意思で根を足として利用した。
若々しい葉で自身を持ち上げ、まるで筋トレをするかの如く根を完全に地面から引きずり出した。
『KAKAKAKAKAKAKAKA!!』
雄叫びをあげながらバイツプラントは突進する。だがこの狭い迷宮を容易に走り回れるはずもなく、直ぐに壁に激突した。
「こいつ目が見えてないんじゃ無い?とりあえず逃げよう!じゃなくて戦術的撤退だ!」
「アハハハハ!馬鹿が、誰一人この迷宮から逃しはしないよ!喰い殺せ!」
ペドロリーノの合図と共に今まで壁に衝突していたバイツプラントがその花びらを丸く窄める。
花弁の先についた牙によって傷つけられた壁はバイツプラントの重さで簡単に崩れてしまった。
それが意味するのはただ一つ。
「バイツプラントの前ではどんな岩も無力。どれだけ逃げても簡単に追いつかれるぞ!」
迷宮の隙間を縫って移動し続ける二人に対してバイツプラントは壁を壊しながら追跡する。
その嗅覚は異常であり、どこまで逃げても彼女らを追い続けている。
「マズい、行き止まりだ!」
「早く戻らないと。!?アトリア!」
瞬間、シリウスが見つめていた先の壁。
すなわちアトリアが背にしていた壁に亀裂が入り、悪魔が現れる。
壁を破壊して進んできたバイツプラントは振り返ったアトリアを頭から足先までの全身をその蕾の中に取り込み、捕食した。




